その魂の解放を

作者:澤見夜行

●天から落ちる雫は涙か
 夕暮れ、空は晴れているというのに、水滴が落ち始めていた。
 バフォメット・アイベックス(山羊座の守護の下・e14843)は傘も差さず、濡れるがままに怒りに拳を握りしめた。
 ある日、一通の手紙がバフォメットの元に届いた。
 ――俺を解放してくれ――。
 ただの一言。だが、その筆跡、それだけで誰が出したのか判別できた。
 バフォメットはあらゆる手段を用いて、送り主を探そうとした。
 そうしてついに、この場所へとたどり着いたのだ。
 荒れ果てた戦場となった市街地。すでに避難は行われ人影はない。
 降りしきる天気雨の中、その先を見据えれば――。
「ミカエル・カシミア――」
 その名に返事をする者はいない。
 ただ、重厚な機械音を響かせる、山羊頭のダモクレスが殺意滾らせ向かってきていた。
 握りしめた手紙がつぶれる。
 共に神学を学んだ友が、今、ダモクレスの尖兵として目の前に現れたことに、怒りと悲しみが渦を巻く。
 ――俺を解放してくれ――。
 今一度、その言葉を噛みしめる。
「貴方の願い、受け取りました。――今、その魂、神の御許へと送って差し上げましょう」
「ギギギ……敵対生命を確認……排除開始」
 ダモクレスの各部が光り、十字架を模した武器を構える。
 バフォメットもまた、左斜め上へと指先まで真っ直ぐ伸ばした右手を回す構えを取る。
 そして、悲哀と怒りを込めてその言葉を叫んだ。
「獣・身・変!!」
 黒山羊の番犬と、白山羊の機械兵との戦いが始まった――。


 集まった番犬達にクーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が説明を開始した。
「バフォメットさんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されたのです」
 その言葉にセニア・ストランジェ(サキュバスのワイルドブリンガー・en0274)は頷いて、
「ああ、こちらでも急いで連絡をしてみたが、間に合わなかったようだ」
 その言葉にクーリャは顔を曇らせて、けれど顔を上げて口を開く。
「――一刻の猶予もないのです。バフォメットさんが無事なうちに、なんとか救出してあげてくださいなのです」
 続けて敵の詳細情報を知らせてくる。
「敵はダモクレス一体。配下などはいないのです」
 手にした十字架型のバスターライフルでなぎ払うビーム攻撃に、相手の弱点を見破る痛烈な打撃、そして自己修復機能を備えているようだ。
「戦場は、避難が終わり放棄されている市街地なのです。人影もなく、障害物などもないので思う存分戦えるはずなのです」
 説明を終えたクーリャは資料を置き番犬達に向き直る。
 それを確認したセニアがぼそりと呟いた。
「ここ最近バフォメットは誰かを探しているようだった……もしかしたら……」
 何かが彼を駆り立てたのかもしれない。
 クーリャは祈るように手を合わせ番犬達に言葉を投げかける。
「――とにかく、バフォメットさんを救い、宿敵を撃破して欲しいのです。
 どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
 ぺこり、と頭を下げたクーリャは番犬達を送り出すのだった。


参加者
ティオ・ウエインシュート(静かに暮らしたい村娘・e03129)
ミストリース・スターリット(ホワイトマーベル・e03180)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
バフォメット・アイベックス(山羊座の守護の下・e14843)
風戸・文香(エレクトリカ・e22917)
アルクァード・ドラクロワ(爬虫類大嫌いな血晶銀龍伯爵・e34722)
レイス・アリディラ(プリン好きの幽霊少女・e40180)

■リプレイ

●約束のロザリオは消えて
 空から落ちる水滴が、頬を伝い流れていく。その雫はまるでそこに対峙するバフォメット・アイベックス(山羊座の守護の下・e14843)の胸中の想いを表すようで重く、もの悲しい。
 対峙するは一機のダモクレス。
 白山羊のウェアライダーを改造し作られたその機兵は低い作動音を奏でながら、バフォメットを睨めつけていた。
「ミカエル……まさか貴方と、このような形で再会するだなんて」
 胸元から取り出したロザリオは普段愛用しているものだ。
「覚えていますか? 貴方がプレゼントしてくれたものです」
 それは約束のロザリオ。
 互いに立派な神父になることを約束し、再会した時は交換をすることになっていた。
 ――そう、言っていたのだ。
 バフォメットは一段悲しげな声色で言葉を走らせる。
「私が贈ったのは、何処へ行ったのですか?」
 胸元にロザリオはなく、機械仕掛けの十字が刻まれているのみ。
 ダモクレス――ミカエルは問いに答えず、手にした武装の狙いをバフォメットに合わせた。
 そこに、かつての友の意思はないのだと、バフォメットは怒りを握りしめる。
「残念です。もう貴方はそこに居ないのですね――」
 ミカエルの構えた武装より放たれるエネルギー。地面を抉り取るその一撃を躱したバフォメットは今一度沸き上がる力を言葉に込めた。
「――良いでしょう。かくなる上は解放してあげましょう」
 ――獣・身・変!
 力ある言葉と共にバフォメットの姿が黒山羊のそれになる。
 踏みしめた足が大地を蹴る。刹那の呼吸で肉薄したバフォメットが、大きく腕を振るってミカエルへと叩きつけた。大きく後退するミカエル。だがそれは、衝撃を減らすためにわざと大きく後退したのだと言うのがわかる。
 ミカエルの構える十字架を模したランチャーが全てを薙ぎ払う力を伴って放たれる。
 一撃、二撃――。
 襲い来るエネルギーの波。バフォメットは大きく横に動きながら躱すが、続く三射目、ついに動きを捉えられてしまう。
 躱せない。そう判断するより早く防御態勢をとるバフォメットだったが、ミカエルからエネルギーが放たれる直前、空より幾つもの影が飛来した。バフォメットの救援に来た番犬達だ。
 バフォメットの直前で防がれるエネルギー。防いだのは前衛としてその身を盾にする二人だ。
「大丈夫ですか、バフォメットさん!」
「大事ないか」
 風戸・文香(エレクトリカ・e22917)と樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が声を掛ける。その声色には仲間を心配する想いが感じられた。
「バフォメットさん! ごぶじですか!?」
 小さめの翼をぱたつかせて天使のように降り立ったのはミストリース・スターリット(ホワイトマーベル・e03180)だ。黒山羊と白山羊。二者の間にあるであろう、巡る思いに胸を痛める。
「皆さん、助かりました」
 バフォメットが礼を返す。どこかホッとするような、安心を浮かべる表情だ。
 新たに現れた番犬達を察知してミカエルが間合いを取る。すでに敵性体であることを認識しているようだった。油断なく武器を構え様子を窺っていた。
「おやおや、心配になって来てみれば……ふむ。真面目モードの方が……良いみたいだな?」
 いつの間にかバフォメットのそばに出現したアルクァード・ドラクロワ(爬虫類大嫌いな血晶銀龍伯爵・e34722)が目線とハンドサインで挨拶を交わすと、柔和な笑顔が一変し、凄味のある表情へと変化する。同時に、銀色に輝くドラゴニアンの象徴――角・翼・尾を出現させた。アルクァードの言う真面目モードというものだろう。
「初めましてカシミアさん。私達はケルべ……いえ今回は唯あなたの苦しみを終わらせにきた者です!
 待っていてください。今その苦しみから解放します!」
 間合いを推し量るミカエルに対し、一歩前にでたティオ・ウエインシュート(静かに暮らしたい村娘・e03129)が想いを届けるように言葉を紡いだ。
 バフォメットとミカエル。二人の間に在ったであろう絆を思い浮かべ、クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)は拳を握る。
 ――友達。自分の友が同じようにダモクレスに改造されたら。そう思うとやるせない。それでも、きっとバフォメットが前に進むためには必要なのだろうから、手を貸してあげたい。重傷を負いながら、しかしその強い思いをもって、クーゼはこの場に立っていた。
「何だか複雑な事情がありそうだけど――私はいつも通り、デウスエクスを狩りに行くだけよ」
 そう言うレイス・アリディラ(プリン好きの幽霊少女・e40180)は髪を靡かせ武器を構える。
 重傷を押してまで救援に駆けつけた仲間が居ることに驚いたレイスだったが、そこまでして助けに向かう理由があるのか、と自問する。終ぞその答えは出ることはなかったが、バフォメットと敵の因縁に理由があるのかもしれないと思った。
 けれどそれは、他人が立ち入れる話ではないと思う。で、あれば自身の成すべきは敵たるデウスエクスの排除だ。殺意と共に、気力を漲らせた。
「皆さん、どうか、あのダモクレスを――私の友人の魂を解放するチャンスを、私にください」
 黒山羊が、白山羊を睨めつける。手にしたロザリオをしかと握りしめて。
 頷く番犬達が武器を構えると、ミカエルもまた冷たい殺意を張り巡らせた。
 空より水滴が落ちてくる。
 頬を流れ、冷たい装甲を零れ落ちる様は二人の胸中を示すものか。
 戦いが、始まった――。

●その魂の解放を
 機械の作動音、続けてモーターが唸りを上げ空に木霊する。
 白山羊のダモクレス――ミカエルは手にした十字架を思わせる大型のランチャーから次々とエネルギー波を打ち出す。薙ぎ払うように放たれるエネルギー波。それを耐え凌いだ先に待っているのは、相手を大きく打ち付ける致命的痛打だ。
 大振りな一撃はしかし、確実に相手を捉え振り抜かれる。衝撃に身を揺らされながらレンはバランスをしっかり取ると、ミカエルに向けグラビティを迸らせる。
「友に決着をつけて欲しかったのだな。
 ダモクレスの軛からの解放は任されよ。涅槃へ送り届ける故。
 ――覚悟!」
 ――水天の真言、蓮華の花に乗る女神騎士が翔く――。召還された槍騎兵が機械兵に凍れる槍を振り抜く。同時、レンはさらなる攻撃を放つ。
「この世を照らす光あらば、この世を斬る影もあると知れ」
 芙蓉と山吹の葉が乱れ飛べば、レンの分身となって降り立つ。駆ける数多の夜鳴鶯が、ミカエルの身体を逃すこと無くグラビティを叩き込んだ。
(「体が重い。それでも、友人のために戦う彼のために、少しでも助けになれば――」)
 後方で仲間の回復を努めるクーゼは持てる力を振り絞り、仲間達を支える。
 紡がれるは碧の盾。
 九重流双剣術五の型によって大地に眠る龍脈を操り、半透明の碧の盾を創生する。生み出された盾は、仲間達を守る守護の力となった。
「誰だって倒れさせやしない。だから――」
 黒山羊と白山羊。二人の最後の逢瀬。言いたいこと、想いを、遠慮も何もかも捨ててぶつけ合って欲しいと心から想う。
「起動! クロノスハート! 粉砕レベル金剛石! 砕け散ってください!」
 ティオが気合いと共に戦場を駆ける。両腕に装着した岩盤粉砕機が唸りを上げる。
 高い機動を見せてその一撃を回避するミカエルだが、ティオは食らいつく。逃れることはできないのだ。機械化の進む硬い装甲に両腕を叩き込むと同時、超高圧爆発が内部から起こり装甲板を破砕する。
「覚悟して下さい! とっても痛いですよ!」
 ティオは止まらない。さらに自身の身体を高速回転させれば、間合いを取ろうとするミカエルを追いやって、その防御機構ごと貫き破壊。ミカエルのバランスを崩す形となる。
 その隙をバフォメットが狙う。
「止まりなさい! そして思い出すのです!」
 将来性を感じる一撃を、ミカエルの装甲板に叩きつける。
「かつての理想を! 誓い合った未来を!」
 身体を捻り唸らせるは獣化した手足による一撃。重力を集中させた、高速かつ重量のある一撃がミカエルの胴体に直撃する。
 ミカエルが重金属の咆哮を上げる。崩れたバランスを整えると同時に、致命齎す波動を叩きつける。バフォメットを守るように文香が盾となりその一撃を耐える。鈍痛が身体の芯に響き、骨が軋みをあげた。
「カシミアさん! バフォメットさんですよ! おともだちですよ!」
 ミカエルの意識が少しでも浮上するようにと、声を掛け続けるのはミストリースだ。
 時空を凍結する弾丸を放ちながら、地を蹴り側面を取るように移動する。
 ミカエルが猛る。咆哮はしかし、意識の浮上を齎すものではない。ミストリースを狙いランチャーを構える。
「声は届かないのでしょうか……ならっ!
 星々の小さな光よ、集まって我が力となれ!」
 やられるわけにはいかない。ランチャーに対応するように、ミストリースのグラビティが収束する。それは夜空の星が集まるように光の粒子が収束し、凝縮され星形を成せば力を伴い射出される。
 互いに迸らせたエネルギーの奔流は両者を飲み込み傷を負わせる。
「かつての友のなれの果て、ですか……」
 番犬達に対して容赦なくその力を振るうミカエルを前に、文香は悲しげな視線を向ける。変わり果てたミカエルと対峙するバフォメットの気持ちは計り知れない。
 戦況をよく確認する文香は、チャンスが生まれれば攻撃に回る。
 大地をも断ち割るような強烈な一撃が、ミカエルの足を止め、続く高速回転からの突撃は、その装甲板を叩き割る。
 やや命中の伴わない攻撃ではあるが、攻撃を重ねるたびに、その問題も解決していった。
「開放します! サン・ニー・イチ・開放!!」
 ミカエルの頭上の虚空を、手にした樹脂製の棒の先にあるフックで、引き下げる動作を見せれば、ミカエルの動きが鈍くなる。文香曰く「敵のやる気スイッチを切断している」とのことだが、それを確かめる術はない。だが、事実としてミカエルの足が止まるようになったのは間違いないだろう。
 この戦場で誰よりも好戦的に舞うのはレイスだ。
「少しこっちを向きなさいよ」
 天空高く飛び上がり、美しい虹纏う蹴りを浴びせミカエルの注意を引けば、
「立派な角ねぇ。叩き折ってみたくなるわ」
 と、目を細めミカエルの頭部の角を睨めつけ走る。ミカエルの攻撃を掻い潜りながら一足飛びに肉薄し、稲妻帯びた超高速の突きでミカエルの神経回路を麻痺させる。
 反撃の痛打を受けながら、くるりと回って間合いを取ると、おまけと言わんばかりに半透明の御業を生み出して、放った炎弾で業火に包む。
 グラビティエフェクトをふんだんに与える、レイスの活躍は戦況を有利に傾けていったといえるだろう。
「我が名に於いて汝等罪無し……しかし中々苛立つんだよ……改造なんて生者の絆を弄ぶ様なモノはァ!」
 声を荒げながらアルクァードが疾駆する。背負った阿頼耶識から光線を放ち、牽制と仲間の支援を行えば、一気に彼我の距離を詰める。
 手にしたパイルがドリル回転し、ミカエルに叩きつけられる。装甲を拉げ内部にまでパイルが届く。
「貴様は安らぐべきだ……私が許す。穏やかな夜へ! テトラグラマトォォォン!
 夜超え明けより出でよ、全能の神鳴る裁き! 降れや雷ィ! かく有れかし! 真の……ロォォッズ……フロォォォム……ゴォォォッドォォォォォォ!!」
 それは邪悪を理解し共に在る事で眠りから目覚めた概念支配の力。かつて最も得意とした技の究極完成形。
 遥か天空より超高光速で降り、絶え間無く迸るは、神の力が如き一条の極雷を纏いし鋼杖の爆撃。
 アルクァードの一撃はミカエルに幾度も叩きつけられ――しかし、未だミカエルは健在。軋む装甲を動かし、低い唸りのような駆動音を鳴らす。
 一鳴き。それはミカエルの嘆き苦しみの咆哮か。空より降りしきる水滴をその身に流しながら、ミカエルが武器を構え、幾度目かになるエネルギーを放った。
「ダモクレスの尖兵とされたこと、同情しよう。
 だが、私の仲間が傷つき倒れることだけは見逃すことはできない。――白山羊よ、お覚悟を」
 セニア・ストランジェがグラビティを迸らせる。生み出された混沌の水が仲間達に浴びせかけられ、その傷を治癒すると同時に破魔の力を与える。
「倒すことが救いになる……上手く言えませんが、何だか悲しいですね……。
 アイベックスさん、サポートします!」
 サポートとして参加した玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)もまた、番犬達を支援する。妖しく蠢く幻影を付与し、妨害能力を高めると、番犬達の配置より見出した陣形をもって、破魔力を与えていく。
 エネルギーの波状攻撃で傷付いていた番犬達は、少しずつ力を取り戻し、ミカエルの前に立ちはだかる。
 ミカエルもまた、自己修復機能を全開にして、番犬達を睨めつけた。傷付いた身体をぐらりと動かしながら、番犬達へと向かう。
「カシミアさん、もう終わりにしましょう!」
「これ以上仲間に手出しはさせませんよ」
 ミストリースと文香が、ミカエルへと駆ける。ミストリースの放つ音速の拳が、ミカエルの自己修復機能を停止させ、文香の高速回転による突撃はその装甲を吹き飛ばしていく。
 ミカエルが暴れるように腕を振るう。
 ミストリースと文香が吹き飛ばされ、変わるようにレイスとアルクァードが肉薄する。
「この漆黒の闇で塗り潰してあげるわ!」
「眠れ、友の手で――!」
 混沌とした鈍い光を放つエネルギー体をレイスは手に持つ槍に纏わせ、刹那の呼吸でその間合いに収めれば、一突きの元に叩き込む。わずかに揺らぐエネルギー体がミカエルの傷口を切り広げていく。
 同時に、アルクァードの放った槍が天空で分裂し、ミカエルの頭上から降り注ぐ。幾つもの槍がミカエルの装甲に突き刺さっていった。
 レンもまたミカエルへと接近し、再度自己修復しようとするその機構を見破る。
「バフォメットへの手紙に貴方の矜持を感じる。
 友に決着をつけてほしかったのだな――」
 大黒天の真言。暴風の如き一撃が、自己修復機能そのものを破壊する。
 粉砕される装甲ままに、ミカエルがランチャーからエネルギーを放出する。前衛を飲み込み肌を焼くその攻撃に、番犬達は奥歯を噛みしめる。
「痛~、正直鳴きそうです! ですが! まだまだです!」
「最後まで皆を支えてみせる――! シュバルツ、力を貸してくれ!」
 ティオが涙を浮かべながらミカエルを叩き伏せ、そうして出来た隙にクーゼが力を振り絞り、仲間を回復する。
 番犬達は確実にミカエルを追い詰めていた。あと一歩だ。
 攻撃を重ねるレイスがそれを察知すると、バフォメットへと振り返り、
「……少し疲れたわ。ちょっと代わってもらえるかしら」
 そう言って、ミカエルから距離をとった。
 苦しむように空を仰ぐミカエルに、バフォメットがその身を鋼の鬼と変え、肉薄する。
 かつて共に語り合った理想。誓い合った未来。
 そして約束のロザリオ。
「全て消えたというのなら! 解放してあげましょう――」
 オウガメタルによる超鋼の一撃がミカエルを大きく吹き飛ばす。
 だが、まだミカエルは倒れず、かつての友を見つめていた。
 ――トドメを。
 バフォメットの耳に、かつての友の声が聞こえた気がした。
「我が一撃は、獣の一撃。この剣に切れぬものなど、無い!」
 頭上に掲げた手刀。そこに集中するは獣の力、グラビティの奔流。
「――さようなら、ミカエル。その魂、神の御許へ!」
 疾走するバフォメットの左肩口から袈裟懸けに放たれた一撃。右脇を通り抜けた先、もう振り返ることはなかった。
 言葉はない。ただいくつものセンサーが――鼓動を止めるように停止した。
 想いを全て込めた一撃は確かな手応えと共に、その魂の解放をもたらしたのだった。
 空より落ちていた水滴は、全て流し終えたのだと言うように、ピタリと止むのだった――。

●空を仰ぐ
「俺たちの勝ち、だな」
 感傷的に言うクーゼの表情は晴れない。
 空を仰ぐバフォメットの様子を見て、想う。
 静かに黙祷を捧げれば、同じように瞑目して片合掌をするレン。
(「せめて友により討たれたのが救いか。――安らかに」)
「大丈夫きっと天国に行きますよ。こんなに冥福を祈る人がいるんです。
 神様だってきっと笑顔でOKくれますよ」
 ティオは努めて明るくそう言って、バフォメットを励ますように。
 レイスとアルクァードは離れた場所で、様子を窺っている。アルクァードが燻らせた紫煙がオレンジ色の空へと昇っていった。
「バフォメットさん、おつかれさまでした。
 カシミアさんも……おつかれさまでした……。
 帰りましょうバフォメットさん、みなさん待ってますよ……!」
「思うところもあるでしょうが……今は一緒に帰りましょう。
 旅団の皆さんが、待ってますよ」
 ミストリースと文香がバフォメットに笑いかける。けれど、まだ心の整理は付かなくて、バフォメットは先に帰って欲しいと伝えるのだった。

 仲間達が消えた戦場で、ミカエルだった機械兵の前で空を仰ぐバフォメット。
 想いを噛み締め約束のロザリオを強く、強く握りしめた。
「――いつか、私もそちらへ行くでしょう。その時まで、待っていてください」
 吐き出した言葉は、どこまでも高く高く、昇っていった――。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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