痩せっぽちのラルド

作者:柊透胡

「ドラゴンより肉でしょう、肉。あとパンケーキ」
 京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)――納豆を除いて、自らの食欲に大分正直な、ブレイズキャリバー的狼のウェアライダー。ちなみに後5ヶ月程で、大人の飲み物も好物に加わるかもしれない。
 ドンガラガッシャーン!!
「……大丈夫ですか、えだまめ」
 まだまだ茹だるように暑い黄昏刻――巨大な引き戸を破り、屋内まで吹っ飛ばされた夕雨は、いつも傍らにいる、白柴のようなオルトロスに声を掛けた。
 剣を咥えている為、鳴き声こそ上げないが、えだまめははたりと尻尾を振って応じる。
「では、急いで逃げましょう」
 勢い付けて起き上がったついでに、えだまめを横抱きに抱えて夕雨は駆け出す。
 ドガァッ! バキバキィッ!
「何処だぁ? 何処行ったぁ?」
 更に引き戸を破壊して、ぬぅっと顔を覗かせたのは、痩せぎすのエインヘリアル。生白い体躯は肋骨が浮き、ぼろぼろの革の前掛けは返り血がべっとりこびり付いている。引きずる大ぶりの肉包丁も血まみれで、それを見下ろしニタリと嗤う形相は、陰湿で陰険で陰鬱。
「ちっさい割に、削ぎ甲斐のありそうな小娘だったなぁ……逃がさねぇぞぉ。おとなしく出てこぉい」
(「そう言われて、はいわかりましたと出てくる人なんていませんから」)
 廃工場にそのまま打ち棄てられた巨大タンクの陰に身を潜め、夕雨は面倒そうに眉を顰める。
 ――今夜の夕飯を考えながらの帰宅途中。夕雨は突如、エインヘリアルに襲われた。「健康そうだ」とか「頑丈そうだ」とか、色々わめきながら、肉包丁を振り回してきた。後、「小娘の癖に、憎たらしい」とも。そうして、咄嗟に逃げを打とうとして、廃工場に蹴り飛ばされたのだ。
(「周りに一般の人がいなくて、良かったです」)
 そう考えながらも、夕雨は既に察しが付いている。この手の襲撃は、きっと仲間が救援に来てくれる。それまで、隠れ果せて万全の体勢を図るか、或いは、仲間を信じて単身迎え撃つか。
(「でも、あの肉包丁、すっごい痛そうですけど。ついでに、エインヘリアルもすっごい気持ち悪いです」)
「何処行きやがったぁっ! 小娘ぇっ!!」
 苛立たしげに、転がっていたドラム缶を蹴っ飛ばすエインヘリアル。ついで、周囲の機械やらを薙ぎ倒す轟音が響き渡る。
 このままじっとしていては……見付かるのも、時間の問題かもしれない。

「京極・夕雨さんが、デウスエクスに襲撃されると判明しました」
 通常に増して早口で、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)はケルベロス達に緊急事態を告げた。
「私もそろそろ心得てきましたが……やはり、京極さんとは音信不通です。猶予はありません。急ぎ、救援に向かって下さい」
 敵はエインヘリアル。身長は3mと種族的に標準サイズだが、貧相なまでに痩せぎすという。
「『痩せっぽちのラルド』と呼ばれています。自身の体格に劣等感があるのか、健康、頑丈、丈夫な肉体に対して強烈に嫉妬し、対象の肉を削いで己のように痩せこけさせる事に執着します」
 ちなみに、今回襲われた夕雨は年頃の女の子ながら、その体躯は存外『頑丈』であるらしい。
「武器は鉈のような肉包丁。これで、装甲を割るように肉も削ぐようです。返り血を浴びて回復もするようですね」
 又、痩せぎすの見た目に反して、繰り出される蹴りの威力はかなり強烈のようだ。
「痩せっぽちのラルドは、昏くなりつつある廃工場で、夕雨さんを捜しています。ラルド自身が人払いしたのか、周辺に一般人の姿は無く、避難誘導は不要です」
 廃工場の入口の引き戸は既に壊されており、中に入れば、すぐエインヘリアルが目に入るだろう。そのまま放棄された大きな機械やタンク等が点在しているが、天井も高く、屋内でも戦闘に支障はない。
「敵は京極さんの『肉』を削ごうと血眼ですので、速やかに割って入って下さい」
 黄昏刻の戦いとなる。屋内故に日没を前に暗くなるので、短期決戦に越した事はないだろう。
「その嗜好から、痩せっぽちのラルドが多勢が相手だからと逃亡する事はないでしょう。何より、京極さんの救援が最優先です……どうぞ、御武運を」


参加者
福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)
ユージン・イークル(煌めく流星・e00277)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)
霧隠・佐助(ウェアライダーの零式忍者・e44485)

■リプレイ

●黄昏の隠れ鬼
「何処行きやがったぁっ! 小娘ぇっ!!」
 斜陽射す廃工場。ドラム缶が倒れ、周囲の機械やらを薙ぎ倒す轟音が響き渡る。
 巨大タンクの陰に身を潜め、京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)は息を殺す。
(「まあ、襲われた時点で、運が尽きている気もしますけど」)
 その時、夕雨は失念していた。
 敵が、自身に倍する長躯である事。目線が高ければ、視界も広くなる。
 そして、このままじっとしていては……見付かるのも時間の問題かもしれない、と。刹那に過った直感を。

 ――みぃつけたぁ。

「……っ!」
 振り返るより早く、鈍く重い衝撃が走る。ごつり、何かが硬い所に当たり、力任せに削ぎ落とされる。
「あ……ぐ……」
 咄嗟に転げる。滅茶苦茶痛い、というより、熱い。背中に当たった鉄骨に息を詰まらせながらも立ち上がれば、オルトロスのえだまめが激しく吠え立てる。構わず、痩せぎすのエインヘリアルはベロリと鮮血に塗れた刃を舐めた。
「それで動けるたぁ、頑丈だなぁ」
 ちっさい癖に削ぎ甲斐がある、と。雨粒程の炎弾に、膝小僧の尖った足を貫かれて尚、にたぁと嗤う。
「何だか貶されているみたいで、地味に嫌な気分です……っ!」
 凶刃が、新たな傷を作る。夕雨自身をも汚す返り血を浴び、エインヘリアルが愉悦を浮かべた直後。
 ドガァッ!
「夕雨殿ー! 生きてるかー!?」
 転がるドラム缶を蹴散らし、飛び込んできたのは福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)。
「拙者のお目々がキラッキラの内は、夕雨殿に悪さなどさせませぬ」
「ユタカちゃん、多分それ、僕の台詞……」
「って訳で夕雨殿、遅くなったが助けに来たぞーっ」
「……本当に、来るのが遅いですよ」
 心配そうな表情も束の間。ユージン・イークル(煌めく流星・e00277)の突っ込みにもめげないユタカの大声に、夕雨の眼差しも氷点下だ。
「夕雨さんみーっけ! えだまめさんも一緒ですね♪ お怪我……しまくりじゃないですかぁっ!」
 軽口が一転、全身紅の斑に染まる夕雨に、思わず悲鳴を上げるアイカ・フロール(気の向くままに・e34327)。慌てて夕雨に気力を注ぐ。
 だが、既に夕雨は攻撃を2発受けており、ウイングキャットのぽんず伴うアイカでは、メディックの位置からでも癒しきれない。
「えだまめちゃんは、無事で何よりです」
 マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)も、大急ぎで大自然の護りを発動する。
「お待たせしました! また助けに上がりました!」
 真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)が駆け付けるに至り、漸く、安堵の息を吐く夕雨。
「本当に、もう……嬉しいです」
「女子を狙うとは……悪い奴だ。倒させてもらう」
 メディック達のヒールの間に、戦鬼の衣を脱ぎ捨てた進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)は、タイトなシャツ姿でこれでもかと体格を誇示。
「夕雨ちゃんを狙うとは良い度胸っすね。そのガリガリの体をよりガリッガリに削ってやるっす!」
 オルトロスのクノと並び立ち、霧隠・佐助(ウェアライダーの零式忍者・e44485)は威勢よく啖呵を切る。
「隠れ鬼はここで終わり。ここからは鬼退治の始まりっすよ!」

●挑発その1
 瘦せっぽちのラルド――通り魔の名を梔子から聞いた夕雨は、呆れた表情を浮かべた。
「その容姿に全く似合ってないですね」
 ラルドは、イタリア語で豚の背脂の塩漬け。痩せぎすには、確かにそぐわぬか。
「肉を削いでも気持ちが晴れる訳じゃないのに。コギトなんちゃらよりプロテインを食べないからですよ!」
 梔子も叫ぶが、エインヘリアルは一顧だにせず夕雨を蹴り飛ばす。
「……っ」
 大事な相棒を直截援けられぬ悔しさに、思わず舌打ち。ヘリオライダーの情報通りなら、華奢なユタカがどう挑発しても見向きもされないだろう。クラッシャーの位置で庇えないのももどかしい。だが、敵の注意を逸らす術はある。
「しかし、夕雨殿を狙うって趣味悪くないか?」
「……趣味悪いって、聞き捨てなりませんね」
「いやだって、他にも良い人いるでござろ!?」
 ユタカの視線に――隆治がふんぬと力を込めれば、忽ちシャツのボタンは弾け飛び、生地もビリリと破れ散る。
「ひゅー! 流石は隆治殿! 正に鱗と筋肉のコラボレーション! やっぱり鍛えられた肉体は、見ていて気持ちいいでござるな」
「よっ! 素敵な肉体ですー!」
「ええ、まるで鋼鉄ですね。あれを肉体美というんですね」
 口笛を真似して、囃し立てるユタカ。アイカと梔子の称賛に、隆治も大いに胸を張る。
「どうだ、痩せっぽちのお前では、こんな事は出来ないだろうなぁ。うん? なぁ、骨と皮だけの……えぇとなんだっけ?」
 もう1度繰り返す。瘦せっぽちのラルドだ。
「……なんだとぉ」
 おどろおどろしい声音が、身長190cmの更に上から降ってくる。
「出来ないかどうか、教えてやろうかぁ!」
 内心でしてやったりと、ケルベロス達は快哉の声を上げ、或いは安堵する。それぞれがサーヴァント伴う身であれど、ディフェンダーに位置どる夕雨をメディック2人掛りのヒールで尚癒しきれていなかった。
 ――No rest. No mercy. No matter what.
 咄嗟に梔子が黒い液体を操り更に応急処置を施し、初っ端から夕雨脱落は避けられたが――瘦せっぽちのラルドは恐らく、クラッシャー。打たれ強さの点からも、彼女が狙われ続けるのは危険だっただろう。
「まぁ、貴様じゃ我輩を削ぎ落すなんて無理だろうがな」
 駄目押しを言い放ち、隆治が轟竜砲をぶっ放せば、ケルベロスの攻撃も次々と。
 えだまめのソードスラッシュに続いて、稲妻突きを敢行する夕雨。ユタカの達人も斯くやの一撃が奔る。飛び出した木箱――田吾作は歯を剥きやせ細った脛に食らい付いた。
 ――――!!
 雄叫びを上げるエインヘリアル。
「嗚呼、おめぇらの血色、健康そうだ、憎たらしい……肉、肉、全部削ぐ、みぃんな痩せこければ、俺だってぇ!」
(「似たコンプレックスならボクにもある。その思いを誰かにぶつけたくなる気持ちも正直に言うとわかるよ」)
 だが、その八つ当たりで夕雨が襲われたのだけは、ユージンは許せない。
「佐助君、行くよ!」
「了解っす」
 スナイパー同士で視線を交わし、同時に動く。隙を突いて右からは佐助の、左からはユージンのスターゲイザーが交錯した。続いてクノのソードスラッシュ、ヤードさんの猫ひっかきも同様に。
「回復はお任せを。相手は通り魔、存分にどうぞ」
 右目を閉じ、グラビティ越しに見える世界から敵の行動を解析するマリオン。その右目を見開くや、解析データをヒールと共に隆治に伝達する。
 余裕があれば、更なる強化もしたい所だが……今回の編成はケルベロス8名にサーヴァントが5体。陣形は後衛に偏る。元より、ミミックの田吾作を腰掛にするマリオンはエフェクト付けが不得手。前衛はまだしも、後衛の早急な強化は見込めまい。
「風よ、私の声が聞こえますか」
 アイカの癒しの風もぽんずの清浄の翼とて、厄払いの効果は前衛でも2人に及ぼせれば上等なのだ。
 サーヴァントの強みは、何より手数。多様を確実にヒットさせるべく、スナイパーを多めに配したのはけして悪くない。だが、列強化も視野に入れるなら、もっと陣形を考慮しても良かったかもしれない。

●挑発その2
 貧相な体格だろうと、敵はエインヘリアル。その一撃は重く、見た目に違うしぶとさだ。
「肉! 肉を、削いでやるぅ!」
 妄執じみた執念に耐えながら、隆治は頬を伝う血潮を拭う。
「ふ、くくく……」
 何処か昏い笑みを唇に刻み、詠唱を滔々と。
「この身から流れ、滴り落ちる赤き色。我が意と共に敵を喰らい、啜り、貪れ。彼の者の名を借りよう……ブラム・ストーカー」
 隆治の血潮が瘦せっぽちのラルドを抉る。血潮の一撃で生命力を奪取し、猛るままに吼えた。
「まだまだぁっ!」
 確かに余力はありそうだが、ダメージが1人に集中するのは避けたい所。気恥しさを必死に堪え、パーカーを勢いよく脱ぎ捨てるユージン。日頃よりトレーニングは欠かさない。
「進藤さんが傷付いた今……最も輝かしい肉体は、ボクのようだねっ☆」
「ひゅー! いったれユージン殿! 花ひらりで鍛えられたスリムマッチョは伊達じゃないっ」
「正に、しなやかな筋肉の機能美。もしかして眼福?」
「惚れ惚れしますよ、男の中の男です!」
 すかさずの女性陣の合いの手に、ギョロリ、と澱んだ視線がフサフサの毛並越しにも判る無駄のない肉付きを舐める。
「こいつら削いだら、次はおめぇだぁ」
「え……?」
 不穏な返答に、ユージンの表情が強張る暇があればこそ。
「……っ!」
 躊躇いはなかった。ザクリ、と竜鱗ごと断つ凶刃に、ドラゴニアンの青年は歯を食い縛って耐えた。
「なんで……っ」
 アピールが足りなかったか? ――否。痩せっぽちのラルドが標的の体格に拘るのは、その肉を削ぎたいが為。そして、肉を削ぐ斬撃は、後方まで届かないのだ。
 或いは、標的に足る者全てが後方に在れば状況も違ったかもしれないが。夕雨と隆治が前衛に立ち続ける限り、ユージンが狙われる事はないだろう。
(「……本当に心配で、苦しいよ」)
 特に夕雨が傷付くのは辛い。ならば、一手を費やし前に出るか? ――否。唇を噛み締め、ユージンは禁縄禁縛呪を放つ。今は、自分のするべき事を。キャットリングを飛ばし、ヤードさんが満足げに目を細めたのは、果たして気の所為か。
 勿論、為すべきを為すは誰もが同じ。肉削ぎの通り魔なんて決して見過ごせない。
「えだまめ、せぇの、って言ったら……フライングです」
 逸早くえだまめのパイロキネシスが痩躯に爆ぜれば、肩を竦めて対照的なフロストレーザーを撃つ夕雨。
(「それにしても大きな肉包丁……あれで襲われるとか、想像しただけでゾッとしてしまいますね」)
 一刻も早く、決着を――正直、戦闘には余り自信の無いアイカ。だからこそ、ヒールに尽力する。勢いよくリングを投げる、ぽんずのふっくら尻尾が頼もしい。
「1つインストラクションを。地球の力士と呼ばれるファイターは太る為、そして太った身体を筋肉に変える為、只管食べるのだとか」
 あなたはご飯何膳いける口ですか――マリオンはヒールの手を休めず、真顔で問い質す。
「まず自己申告の倍食べてから暴れるようにしましょうよ」
「うるさい! おめぇらが痩せればいいんだ!」
 唸りを上げる肉包丁を、髪色違う一房を揺らして遮ったのはレプリカントのブレイズキャリバー。
「しぶとさだけが取り柄ですから。あなたが幾ら切り刻もうと」
 その実、それなりの頻度で敵の斬撃を阻んできた梔子。身を翻すや旋刃脚が閃く。
「てめぇこそユウちゃんを襲った事、後悔するが良い!」
 零式忍者の強い精神力の源は、激しい『怒り』。仲間を襲われた怒りを激しい雷に変え、佐助は思い切り叩き付ける。
(「拙者は花人……散るまでは、咲き誇ってみせまする」)
 そして、今は敵の血花を散らすべく、ユタカは錐揉み回転しながら飛翔突撃を敢行した。

●変化
「さあ! そろそろ終わりにしてやろうっ!」
 血が滾るまま哄笑する竜躯を、オウガメタルが覆っていく。鋼の鬼と化した隆治の拳が強かに打ち込まれれば、ゲハァッと吐血せんばかりに身を折るエインヘリアル。
「なまくら包丁より鉄アレイ、人に当るより走り込んだ方がいい」
 やはり、力一杯殴り付けた梔子の縛霊手「土蜘蛛~勿忘~」は、蜘蛛の巣状の霊力を以て痩身を緊縛する。
「向こうとあちら、境界は存外曖昧なようで……さっさと彼岸の彼方まで、どうぞ」
 初めて攻撃に転じたマリオンがプラズムキャノンで砲撃すれば、エクトプラズムがもやもやと。田吾作も正確な模倣で追い撃ちを掛ける。
「水面に映った月のように、静かな輝きをキミへ」
 水草のような風情の死神少女の残霊を召喚するユージン。水たまりから少女の腕が伸びるや痩身を絡め捕る。すかさず、ヤードさんの爪が鋭く閃いた。
「八つ裂きにしてやるっす」
 獣化の術を以て佐助の両手が虎爪を具えて閃けば、クノのパイロキネシスが文字通り痩躯を炎上させた。
「逃がさねぇよ」
 低い声音に殺気が滲む。ユタカの鋭い眼光が生白い体躯を切り裂く。シトリンの眼差しは、鮮血すら橙に染める。
 それでも、痩せっぽちのラルドは倒れない。
「最後、バッチリと決めちゃって下さい!」
 グ、グアァァァッ!
 ぽんずのキャットリングが翔けると同時。禁断の断章を素早く紐解いたアイカの掛け声に絶叫が重なる。血走った眼が夕雨を捉えるや、振り上げられる肉包丁。
「おめぇだけはっ! 小娘ぇっ!!」
「……確かに、私はまだ小娘ですけどね」
 凶刃より早く、えだまめのソードスラッシュが閃く。
「大人の飲み物の味も知らずに死ぬのは、死んでも御免です」
 間髪入れず、神代も聴かぬ紅の番傘が、炎を纏ってエインヘリアルを貫いた。
「あ……が……にく、うぉ――」
 柔肌を掠め、肉包丁がどさりと落ちる。忽ち痩身は乾いた麦藁のように燃え上がり、尽きた。

 ――――。
 静まり返った廃工場に、荒い息遣いが響く。
 眼を見開く夕雨に心配そうにえだまめが寄り添えば、ケルベロス達も気遣う表情。
「大丈夫? ユウちゃん」
「怪我、治してしまいますね」
 心底心配そうなユージンのマインドシールドに続いて、アイカのほわほわした気力が夕雨に注がれる。
「……ふ、う……」
「夕雨殿?」
 俄かに肩を震わせた彼女の顔を、ユタカが覗き込めば。
「…………なんでっ! すぐ来ないんですっ!!」
 ガシィッと襟ぐりを掴まれ怒鳴られた。
「ゆ、夕雨殿っ!?」
「みぃつけたって! 肉、削がれて! 血いっぱい出て、痛くて……マジで、ほんとに、怖かっ……!!」
 しゃくり上げた夕雨の両の眼から、だぱだぱと涙が溢れる。
「これは又……」
 珍しいものを見たような面持ちの隆治。過去の記憶と共に、感情を露にする術も忘れてしまったような夕雨は、常の表情も乏しく言動も飄々とさえしているが。
(「やっぱり、女の子っすねぇ」)
 今更のように、自分と同い年の女の子と実感する佐助である。
「……すみません。もう落ち着きましたから」
 ――暫くして。グスグス鼻を啜る夕雨にハンカチを渡しながら、梔子は彼女に残っていたものをそこはかとなく感じ取る。
「じゃあ、そろそろ帰りましょう。長居は無用です」
 梔子の言葉に否やはない。8人と5体、揃って廃工場を後にする。賑やかに夕雨を囲みながら、誰1人態度が常と変わらぬのは優しさだ。
「それにしても夕雨、2度ある事って何度もあるのですね」
 マリオンはクスリと笑みを零す。
「私はもう、あなたが別のに襲われても驚きませんよ」
「……止めて下さい、縁起でもない」
 ふいと顔を背ける夕雨も、もういつも通り。ケルベロス達は、微笑ましげに顔を見合わせた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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