慟哭の死神

作者:秋津透

 長野県北佐久郡軽井沢町、深夜。
 山中にある小さな教会の裏手にある墓地で、フィアンセ・リヴィエール(オークスレイヤー・e22389)はひざまづいて祈りを捧げていた。
「お父様、お母様、お姉様……私は仲間たちの助けで、皆の仇、触手大王を討つことができました……」
 フィアンセは一心に呟くが、実際には、この墓の中に遺骨が納められているのは父親だけだ。母親や姉たちは、オークに連れ去られて行方不明となっており、確かな生死のほどはわからない。
 すると、その時。
「来たわね」
「……フリアディーラ姉様!?」
 弾かれたように振り返るフィアンセの表情が、そのまま凍る。生きていたのですか、と問う言葉が口から出ない。そこに月光を浴びて佇んでいる女性は、ぼろぼろのシスター服という異様な服装ではあるが、オークに連れ去られたフィアンセの姉の一人、フリアディーラのように見える。
 しかし、ケルベロスとして幾多の修羅場をくぐってきたフィアンセには、わかる。わかってしまう。この凍りつくような気配を持つ相手は、姉ではない。人間ですらない。……死神だ。
「姉? そうなの? ……まあ、どうでもいいわ。なぜかわからないけど、私は一目見た時から、お前が憎くてたまらなかった。そして、なぜかわからないけど、ここで待っていれば、きっと来ると思った」
 冷たく虚ろな口調で呟くと、死神『フリアディーラ』は全身から蒼い炎を噴き上げる。
「そして、お前は来た。死ね」
「姉様……」
 いや、あれは姉様ではない。姉様の姿を奪ったデウスエクス、と、自分に言い聞かせながら、フィアンセは身構える。その瞳から、涙がぼろぼろと零れ落ちた。

「緊急事態です! フィアンセ・リヴィエールさんが、亡くなった親族の姿をした死神に襲われるという予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「フィアンセさんは、軽井沢町の山中にある教会裏手、ご家族のお墓に詣でていますので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。死神『フリアディーラ』は、オークに連れ去られたフィアンセさんのお姉さんそっくりの姿をしており、経緯などはまったく不明ですが、フィアンセさんを激しく憎んでいるようです。ポジションは、おそらくクラッシャー。武器は持っていないようですが、全身から蒼い炎を発して刃物のように使い、惨殺ナイフのグラビティを駆使するようです。また、その他に、オラトリオの種族グラビティも使うようです。フィアンセさんは、あれは姉さんではないと自分に言い聞かせながら戦いますが、正直なところ、一対一では勝ち目は薄いでしょう」
 そして康は、一同を見回して続ける。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援は呼ばず、撤退もしません。相手を斃すか、フィアンセさん……と、救援に入った皆さんが全員斃れるか、どちらかになります。どうかフィアンセさんを助けて、死神を斃し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 よろしくお願いします、と、康は深々と頭を下げた。


参加者
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)
峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)
フィアンセ・リヴィエール(オークスレイヤー・e22389)
ベルガモット・モナルダ(茨の騎士・e44218)
鷹崎・愛奈(死の紅色カブト虫・e44629)
ゲンティアナ・オルギー(蒼天に咲くカンパーナ・e45166)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)
月宮・シオン(聖魔再誕・e56555)

■リプレイ

●それは怨恨の化身
「死ね」
 冷たく虚ろな口調で告げた死神『フリアディーラ』が、全身から蒼い炎を噴き上げる。涙を零しながら身構えたフィアンセ・リヴィエール(オークスレイヤー・e22389)だが、次の瞬間、死神が噴き上げた炎の中に、もう一人、別の姉の憎悪に満ちた顔が見えたように思えて硬直する。
(「まさか……まさか……レティシア姉様まで……やはり、ただ一人逃げ延びた私への憎悪が残っているのですか……?」)
 恐怖か、悔恨か、罪悪感か。全身に冷たく凍るような感覚が満ち、満足に身体を動かせない。あわや、死神の苛烈な攻撃をまともに喰らうか、と見えた瞬間、高空から急速降下してきたマキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)が、間一髪でフィアンセを庇い、代わって攻撃を受ける。
「どうにか、間に合ったようね」
 刃のような炎に鋭く斬り込まれ、浅からぬ傷を負いながらも、マキナはレプリカントらしい冷静な口調で呟く。
「おのれ、邪魔をするか」
「これが恨み……。どうしようもない激しい怒りと、そして哀しみが織り交ざった感情かしら」
 憎々しげに唸る死神を見据えて呟きながら、マキナは自分自身に気力を送って傷を塞ぐ。
 そして、続いて降下してきた峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)が、光の盾を発生させてマキナを覆い、強力に傷を癒して防御力を高める。
「こんなもんで、どうかな?」
「ありがとう、助かるわ」
 視線は油断なく死神に据えたまま、恵とマキナは短く言葉を交わす。
 そこへ三人目、鷹崎・愛奈(死の紅色カブト虫・e44629)が軽やかに降下してくる。
「フィアンセさん、大丈夫?」
 訊ねる愛奈に、フィアンセはかろうじてうなずく。
「は、はい……マキナさんが庇ってくれたので……」
「よかった! さすがマキナさん、GJ!」
 手放しで称賛する愛奈に、マキナは小さく笑みを返す。
 そして愛奈は、死神にびしっと指を突きつけて言い放つ。
「調停者たるオラトリオの姿や力を盗み取り、更に肉親へ攻撃を仕掛けるとは……さあ、その罪を数えろ!」
 死神の返答を待たず、愛奈はオリジナルグラビティ『ジャッジメントレイ』を放つ。
 紅の翼から聖なる光が放たれ、収束して死神を直撃する。
「ぐあああああ……おのれ……」
「罪……罪は……むしろ私に……姉様たちを見捨てて逃げた私にあるのかも……」
 身を震わせて呟くフィアンセに、愛奈は言葉を強めて告げる。
「そんなことない! おばあちゃんが言っていた。『罪の重さなんてものは裁く側が決めるものなのよ』って。だから調停者は公平で正しくないといけないんだ!」
「調停者……」
 今まであまり意識したことはありませんでしたけど、私たちオラトリオは、もともとは時空の調停者と称されたデウスエクスだったのでしたね、と、フィアンセは呟く。
 そこへ降下してきたベルガモット・モナルダ(茨の騎士・e44218)が、生真面目な口調で訊ねる。
「フィアンセ殿、無事か? ここからは、私が身に代えても守る。安心せよ」
「は、はい……」
 フィアンセが応じると、マキナが軽く笑みを含ませ告げる。
「一撃目は、私が防いだけど。さすがに一人ではきついから、分担、よろしく頼むわよ」
「心得た!」
 うなずいて、ベルガモットは全身防御の構えを取る。
 そこへ降下してきた月宮・シオン(聖魔再誕・e56555)のサーヴァント、ボクスドラゴンの『アルカナティア』が、遅れじとばかりにフィアンセの前に陣取り、マキナに治癒と状態異常耐性を行う。
「防御に隙はないですね。では!」
 サーヴァントに続いて降下してきたシオンが、後衛に入って狙いを定め、死神に向け雷撃を放つ。
 更に、オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)が降下してきてシオンの横に占位したかと思うと、いきなりオリジナルグラビティ『龍王沙羯羅大海嘯(ドラゴン・レイヴ)』を発動させる。
「吾は水鬼、この程度は朝飯前よ! 滾れ! 漲れ! 迸れ! 龍王沙羯羅、大海嘯!!」
 此方を見ろ! 刮目して見るがいい! とオウガならではの大音声で言い放ちながら、一見幼女、しかし実は定命化までに相当の年月を過ごしてきた強者であるオニキスは、龍の形をした大波に乗り、死神へ突撃する。
「ぐ……はっ!」
 奔流に巻き込まれ、グラビティで手痛く地面に叩きつけられた死神は、憎悪で全身を震わせながら起き上がる。
 そこへフィアンセが、ドラゴニックハンマーを砲撃形態にして撃ち込み、直撃を喰らわせる。
「お、おのれ……」
「……」
 何か言おうとするが言葉に詰まり、フィアンセは憎悪を露にする死神を涙目で見据える。
 そして最後に滑空降下してきたゲンティアナ・オルギー(蒼天に咲くカンパーナ・e45166)が、降下してきた勢いをつけ、死神の頭を容赦なく蹴りつける。
「ぐぬっ……」
「人の姿を真似た死神、なんて趣味の悪い事するのかしら。しかも亡き姉の姿で、そういう無粋な奴は反省させないといけないわ」
 昂然と傲然の中間ぐらいの口調で告げながら、ゲンティアナはふっと鼻で嗤った。
「さあ、いらっしゃい。これでも死神と戦うのは慣れてるわ。もうトラウマっていうものも少ないから」

●それでも生者は前を向く
(「どうにか、勝ち筋が見えてきたかな?」)
 言葉には出さずに、愛奈が呟く。死神は、執拗にフィアンセを攻撃してくるが、マキナ、ベルガモット、『アルカナティア』の三人がディフェンダーとして立ちはだかり、頑として攻撃を通さない。ディフェンダーが受けたダメージや状態異常は、メディックの恵とディフェンダーたち自身が、マキナの『CCP A.I.D.S(キュアコンバットパターンエイドス)』や恵の『余剰魔術回路部分開放・浄化(サーキットアンフリーズ・ピュアリファイ)』といった強力なオリジナルグラビティを交えて余裕をもって解消し、回復可能な範囲についてはすべて埋めている。
 一方、シオンとオニキスのスナイパー二人が確実に攻撃を当て、状態異常を起こして死神の動きを鈍らせる。愛奈、ゲンティアナ、フィアンセ自身のクラッシャー三人は、当初は攻撃を躱されることもあったが、攻防が進むにつれて痛烈なダメージを与えることができるようになってきた。
 そして、ついに死神は一回攻撃を諦め、自分に治癒をかけて状態異常を解消する。しかし、その治癒は本来複数にかける列治癒のため、ダメージの回復はわずかだ。
「仕掛け時ね。一気に決めに行きましょうか」
 言い放つと、マキナが勇者の武器エクスカリバールを振るい、死神の頭へと寸毫の容赦もなく叩き込む。ばき、と鈍い音がして、死神の頭が割れる。
「あ……が……」
 人間なら鮮血が噴き出すところだが、死神の傷からは蒼い炎が噴き上がる。噴き上がった炎が、死神と似た、しかし別の女性の顔を形作り、悲嘆の叫びをあげる。
「苦しい……苦しい……なぜ、こんな目に遭わねばならないの。私が、何をしたというの……」
「レティシア姉様……」
 フィアンセが呻くが、そこへ恵が、フェアリーブーツから星形のオーラを発して的確に蹴り込む。
「残霊だね。可哀想に……今、楽にしてあげる」
「あ……あ……」
 攻撃を受けて死神の傷は深まり炎は勢いを増すが、残霊とおぼしき女性の顔は呻き声とともに消える。
 そして愛奈が、半分フィアンセに聞かせるつもりで言い放つ。
「お前は、フィアンセさんのお姉さんたちが亡くなり際に残した悲嘆を奪って、自分の力にした。それは、悲しみと嘆きだけど、恨みじゃない。自分の力を保つために、お前が勝手に恨みにしたんだ」
 やはり、罪深いのはフィアンセさんでもお姉さんたちでもない。死神、お前だ、と断じ、愛奈はルーンアックス『トライセルフ』を振るう。オラトリオを模した死神の翼が、ばっさり斬られて落ちる。
「お前に、その翼はふさわしくない。返してもらう」
「おおおおお、おのれぇ……」
 半分砕けた顔面を歪め、死神は怨嗟の声をあげる。
「憎い……生者が憎い……なぜ、お前たちはのうのうと生きている……死者はこれほどまでに苦しんだというのに……」
「……不死のデウスエクスが、知ったようなことをほざくな。いずれ、我らも死者となる。そして貴様も、ここで死ぬのだ」
 私怨かもしれぬが、許し難きデウスエクスの不死を覆し引導を渡すことこそが、我らケルベロスの使命と、ベルガモットが厳しい表情で言い放つ。
 更に『アルカナティア』がブレスを放ち、オニキスが豪快にチェーンソー剣を振り回す。
「どうだ! まだ潰れぬか? ……おっと、いかんいかん、吾としたことが。とどめは、フィアンセ殿に回さねばな」
 オニキスの大音声に、フィアンセが、はっとしたのとぎょっとしたのの中間ぐらいの表情になる。
「わ、私がとどめを……?」
「……つらいようなら、無理をすることはないですよ」
 フィアンセに穏やかな声をかけ、シオンがオリジナルグラビティ『禁呪刻印・612式零・紅刃乃鎖(キンジュコクイン・コウジンノクサリ)』を放つ。
「禁忌を犯せしこの身を赦したまえ……刻印解放・滅魔神殺術・612式零・紅刃乃鎖」
 詠唱とともに、シオンの翼から漆黒の光が放たれ、鎖となって死神を絡め取る。鎖は死神を浸食し、翼と四肢を千切り取るが、死神は欠損部分から蒼い炎を噴き出して疑似的に身体を形成、倒れない。
「く……届きませんか」
「どうする? つらいならわたしがやってもいいけど……あいつは、お姉さんたちの末期の悲しみを束縛して利用してきた仇よ? ケジメつけたくないの?」
 ゲンティアナに告げられ、フィアンセは表情を引き締めてうなずく。
「そうですね。私がやります……でも、もし届かなかったら……」
「その時は任せて」
 言い放つゲンティアナに向かって再度うなずき、フィアンセはもはや蒼い炎の塊と化した死神を見据える。
「……お願いです。もう迷い出ず、恨みも捨てて安らかに眠ってください」
 呟くと、フィアンセはオリジナルグラビティ『地獄の磔刑(ジゴクノハリツケケイ)』を放つ。
「父と子と聖霊の御名において、アーメン」
 敬虔な両親と、姉たちと一緒に、何度となく唱和した聖なる言葉とともに、フィアンセは十字架状の地獄の炎を放つ。真紅の炎と蒼い炎が真正面からぶつかり合い、凄まじい轟音をあげる。
 そして、炎が発する轟音に重なって、女性の甲高い叫びが複数あがる。
「あああああああああああああああああ!」
「あああああああああああああああああ!」
 その声に籠められた感情が、怨嗟か、痛哭か、あるいは歓喜か。それは誰にも判断がつかなかった。
 そして、轟音と絶叫が消えた時、そこには何も残っていなかった。
「……終わった」
 呟いて、フィアンセは数歩進み、愛奈が斬り落とした翼の切片を拾い上げる。本体から切り離された切片は、干からびた骨に絡みつく数枚の萎びた羽と化していたが、それでもかろうじて形は保っていた。
「……」
 フィアンセは無言のまま家族の墓を開き、父親の骨壺の横に羽の残骸を置いた。そして再び墓を閉めると、独言のように呟く。
「全身を触手で覆ったオークに襲われた、あの日。私は父に庇われ、父を犠牲にして逃げ延びました。咄嗟のことで、父が私を選んで庇ったとは思えませんけど、庇ってもらえずに触手に捕らわれた母や姉たちがどう思ったか……私を恨んだとしても、仕方のないことだと思います」
「そうかもしれないけど、フィアンセさんが生き延びたからこそ、家族との絆とか、思い出もずっと続いてく。おばあちゃんが言っていた。『人はいつか必ず死ぬけれど、想いを繋げてくれる人がいれば、生きた証は永遠に続く』って」
 受け売りの言葉でしか言えないけど、と、愛奈が神妙な表情で告げる。フィアンセは微笑し、愛奈に、そして救援に駆けつけた全員に向かって、深々と頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました。私が今、こうして生きていられるのは、皆さんが助けてくださったおかげです。この御恩は、いつか必ず返します」

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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