夏色七変化

作者:東間

●災い
 木々に囲まれた寺の敷地内、訪れた人々が一息つけるよう造られた茶所から臨む庭は、見頃を迎えた紫陽花でいっぱいになっていた。夏の陽射しは花と萼、葉の色をより濃く、より鮮やかに輝かせ、ふかふかとした鞠のように咲き誇っている。
 それを一目見ようと人々が訪れる日本家屋風の茶所は、紫陽花を眺めながら涼めるという事もあって人気だが、理由はそれ以外にもあった。
 ──ズゥン。
「……ん? 何かしら、今の音」
「地震? でも1回しか揺れなかったわねえ」
 麦茶片手に一息ついていたご婦人方が顔を見合わせ、どこかで工事でもしてたかしらと首を傾げる頃。寺の外、朱色の欄干が美しい橋の傍にそれはいた。
「……ああ、あつい……暑い。暑い。暑い。こんな暑いなんて、ああ、なんて酷い」
 ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃん。
 足踏みをする度に水飛沫が舞い、声の主は苛立たしげに唸る。
「俺は悪くないのに暑いなんて酷い。だからみんなが死ねばいいんだ。大丈夫俺は上手だ。ちゃんと斬れる、ちゃんとちゃんとちゃんと──……」
 暗く、甘い声に歓喜が滲んだ。落ち窪んだ目が橋の向こう、寺の方に向けられる。
「あそこで殺ろう」

●夏色七変化
 アスガルドで重罪を犯したエインヘリアルが紫陽花咲く寺を襲う。
 その報せを受けた七楽・重(ドワーフのガジェッティア・e44860)は、ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)の予知を聞き終えると怒りを露わにした。
「暑いのが嫌なのはわかるけど、それで誰かを殺すなんて絶対ダメだよ!」
 エインヘリアルの定命化を遅らせる為に、人々の命が利用される事も許せない。
 重の言葉に壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)は無言で頷き、2人の視線を受けたラシードが撃破すべき敵の情報を告げていく。
 敵はゾディアックソードを携えた『シゼ』という名のエインヘリアルだ。
 不健康な顔色と不安定なものを感じる精神の持ち主だが、戦闘ではその不安定さは影響しない性質のよう。状況を把握し、その場に合わせた戦法でケルベロス達を殺しにかかるだろう。
「シゼは橋のすぐ傍に現れる。現場に流れる川の幅は広く、深さはそんなに無し。君達ケルベロスなら流れに足を取られて溺れる事はないから、最低限の人払いをしたらすぐ仕掛けるのがベストだと思うよ」
 アスガルドからすればシゼは使い捨ての戦力。
 シゼ自身も、戦闘で不利になろうと撤退しないタイプらしい。
 全てを伝え終えたラシードが、寺の為、人々の為、改めてシゼの撃破を頼み──その際口にした寺の名前に、重はあれっ、と首を傾げた。
「その紫陽花寺の名前、かさね知ってる! 庭の紫陽花みたいに綺麗な和菓子が食べられるお寺だよね?」
「その通り」
 上品な甘さがたまらない餡子の大地。そこに咲く紫陽花は、青や紫、紅と色とりどり。寒天で出来たそれらを檸檬香るドーム型ゼリーで閉じこめた、それはそれは美味しい和菓子なのじゃ──と言ってから、重は慌てて咳払い。
「お茶所で食べられるんだけど、そこから見える紫陽花の庭もすっごく綺麗なんだって」
「いいですね。その素敵な贅沢には少し……いえ、かなり興味があります」
 となれば、なおの事シゼを倒さなくては。このエインヘリアルを野放しにすれば、人々の命と共に、寺にある全てが滅茶苦茶にされてしまう。
 想いを強くする様子にラシードも笑顔で頷いた。
「それじゃあ、後は頼んだよ」
「うん。エインヘリアルを倒して、お寺やそこに来ていた人達、紫陽花を守ろうね!」


参加者
レネ・トリラーレ(花守唄・e02760)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)
エトヴィン・コール(澪標・e23900)
美津羽・光流(水妖・e29827)
七楽・重(七楽の教え・e44860)

■リプレイ

●夏彩
「こんな暑いなんて、ああ、なんて酷い」
「あぁ、暑い暑い、暑苦しい。茹だった頭の考えなしの直情行動、暑苦しいったらないね」
「──なんだ、おまえたち」
 温い風に吹かれ僅かに閃く立ち入り禁止テープ。周囲を満たす人避けの殺気。
 ゆっくり振り返ったシゼの大きな目玉にぎょろりと見つめられながら、ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)は巨躯の前へと半ば強引に飛び込んだサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)の背を見送った。
「少し冷やして差し上げないと」
「夏になると変質者が増えるらしいが。なあ?」
 荒っぽい一撃が叩き込まれ、治癒阻むウィルスが染み重なる。
 顔をしかめたシゼの顔に落ちる影はひどく濃く、夏がもたらす暑さというもの、そして仲間達の会話に七楽・重(七楽の教え・e44860)はウンウン頷いた。
「確かに最近すっごくあっついけど、暑いのを周りに八つ当たりはいけなんだよ! 文句言わずに、観念してかさね達にやっつけられちゃってね!」
 笑顔と共に真っ青な空の下を紙兵の群れが一斉に飛び、現れたケルベロス達を見るシゼの目は、不健康そのものだが不気味に輝いていた。
「……ケルベロス。ケルベロス、ケルベロスだ! 定命のくせに俺達を殺す邪魔なケルベロスだな。ああわかるぞ。この暑さと同じくらい邪魔なんだ、俺はちゃんと知ってる。知って、る!」
 目が、唇がにいぃ、と弧を描く。
 振り抜かれた剣は派手に水飛沫を上げ、刃から放たれた蛇座が前衛に牙を剥いたのと同時。駆け抜けたエトヴィン・コール(澪標・e23900)から僅かに遅れて水が跳ね上がり、きらきら舞う。
「大丈夫?」
「助かったわ先輩、おおきに! にしてもほんっま……暑苦しいわ!」
 じりじり噴き出す汗も太陽に灼かれるようで、美津羽・光流(水妖・e29827)は苛々を戦意に変えて突きを繰り出し、一瞬迸った稲妻の後を繋いだ壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)が血桜の嵐で前衛を包んでいく。
 その、向こう。水の音すらも感じさせない剣舞を披露するアルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)の視界、その内に幸い人影はない。
「折角の美しい景色も人々も傷付けさせぬよう、善処致しましょうか」
「うあ、あ、何だこれは。要らない、要らないこんなもの」
 白から黄へ変わる幻想花弁が巨躯を抱き、花弁舞う刹那を川原の小石で貫いたヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)の前、星屑纏う黒水晶──箱竜モリオンのブレスが吹き荒れる。
 足を濡らす川の水は小石全てがよく見えるくらい透明で、そこには橋や空の色が移っていた。神社を包む緑達はとにかく濃く、力強い。
(「人々を守るのも勿論、この景観も壊したくない」)
 真っ青な空へと一気に跳んだエトヴィンも、蛇座の痛みが1つ取れたのを感じながら眼下に広がる風景を、そこに混じるエインヘリアルをしっかりと捉える。
「暑いのは同意するし同情もするけど、八つ当たりすんのはやっぱダメダメだよね。丁度水場だ、死ぬ前にしっかり浴びて涼みなよ!」
 叩き落とすのは虹色急降下。派手な着地で自ら飛沫浴びつつ掌で掬い上げた水は、敵ではなくヴィルベルとサイガの顔へと思い切り。
 目を丸くしたレネ・トリラーレ(花守唄・e02760)だが、すかさず足で引っかけ返す光景に笑みを零し、指輪から現した光剣を手に前へ出る。暑いのが苦手なら、仲間が言った通り少し頭を冷やしてあげればいい。
 斬撃を見舞うべく踏み込めば水が勢いよく跳ね、巨躯からすぐ距離を取ればその軌跡を示すようにまた水が跳ねて。
(「夏だからこそ、楽しめることも有るんですよ?」)
 入れ替わるように駆けたサイガの杭がシゼの足を穿てば、衝撃で更に水飛沫が舞う。
「涼しいだろ? 笑えよ」
「ううぅぅう……全然、面白く、ない!」
 痛みのせいか、夏の陽射しを弾いて光る水の宝石はシゼの目には留まらない様子。

●きらめき
 戦いの最中響く音は、当然攻撃の応酬やケルベロス達が互いに掛け合う声、そして水の音。その中に混じり始めた『ジーーー』蝉の声が、陽射しと一緒になって暑気を倍増させるよう。
 だが、誰かが動けば跳ねる飛沫が涼をくれる。
 頬を濡らしたその冷たさにヴェルトゥはかすかに笑み、
「少し、じっとしていてもらおうか」
 水底を乱暴に踏むシゼの足元から剣揮う太い腕まで、流れるように絡ませた鎖でじわじわ締め上げる。次々咲き始めた桔梗を目印とするように、動けぬシゼ目がけ封印箱に身を滑り込ませたモリオンが突撃した。
 星屑のように散った紫の花弁がかき消えた直後、花弁舞っていた空間を貫くようにしてレネの『御業』が迫る。鷲掴んで更に動きを封じた今がチャンス。
「重さん、今のうちにもう一度お願いします!」
「任して!」
 戦場に溢れた紙兵は前衛陣を支えながら蛇座の呪いをひとつ祓っていき、梢に似た音が消えれば再び聞こえ始めるのは蝉の声。それに苛立たしげに唸ったのは──シゼだった。
「あああ駄目だ駄目だ全然駄目だ。みんな死ねばいいのにそれだけなのに。お前達もアレも、暑い、暑い、暑い……!」
 力の限り振り下ろされた剣はケルベロス達ではなく川原を打ち、大きく上がった水柱の下、流れる水の向こうに蠍座が煌々と浮かぶ。
「まるで駄々っ子ですね」
「暑いなら鎧脱げ! 手伝ったる!」
 アルルカンは涼しげな声色とは真逆の勢いで灰色狐の拳撃を叩き込み、光流は敢えて不敵に笑むと目に付いた傷跡へ刃を突っ込んだ。
 弾みで広がった傷跡は刃で更に広がり、ヴィルベルの伸ばした左掌がシゼの片腕を捕らえ貪り、奪いて喰らっていく。
 癒しのオーラ受けたエトヴィンも、継吾へ軽く手を振ってすぐに雷帯びた刀を手に全力で水面を蹴り上げた。ぱしゃん飛び越えバッシャンと水が跳ね、
「後で倍返しな期待しとけ」
「うわさっちゃん笑顔こわっ!」
 なんて言い合いながらも神速の突きは既にお見舞い済み。
 シゼが水底の石や流れる水も跳ね上げ後退し、止まる。ゆるり上がった顔はより暗く、しかし目だけはギラギラとしていた。
「うる、さい。うるさい、五月蠅い。暑いんだ、暑いんだから死ねばいいんだみんなみんな」
「……暑苦しいって言うよりジメジメしてるね君。もっとテキパキ喋りなよ。その喋り方も暑さのせい?」
 ヴィルベルが肩を竦めて言えば、そんなのはどうでもいい、と1音ずつ噛み締めるような声が降ってきた。落ち窪んだ目が怪しく光る。
「重要なのは俺が、お前達を、上手に斬って殺す事──!」
 咆吼と共に振り上げられた剣で繰り出そうとしたのは癒しの守護星座か、それとも誰か単体、もしくは前衛・中衛・後衛のいずれかを狙った一撃か。どちらにしろ、与えられた激情が瞬間的に燃え上がればシゼの狙いは叶わない。
 重力に従って落とされた斬撃はサイガへ向かい、轟音と共に叩き付けられる。クラッシャー故の威力は、寸前で奔らせ何重にもした黒鎖を易々と超えはしたが、ヴェルトゥが刃に刻み付けたひびが僅かに力を削いでいた。
「重てぇのはその図体だけにしとけっつの」
 言い終えるより早く腹へめり込ませた拳が巨躯を吹き飛ばし、あちこちへ飛沫と小石を飛ばしていく。
「てめえはあとねんねするだけでイイが、このクソ暑ぃ中修復すんのは俺らなんでな」
「手作業が難しければ、ヒールでお片付けですね」
 小さな拳を作ったレネの手から弾丸のように飛び出した小動物がシゼの額を打ち、膝だけでなく手を突いた、その僅かな時間。
「『そこ』ですね」
 アルルカンは紫の瞳を細め肉薄する。
 跳ねた水飛沫がきらきらと舞い、再び水面へ落ちる刹那。脳天へ叩き込んだ拳がシゼの両目から光を完全に奪い、夏の陽射しで煌めく水面へと伏せさせた。

●夏色の向こう側
 川の水がくれる涼で心地良くなりながら戦いの傷跡を手作業やヒールで片付けて、暑い陽射しをクリアし茶所へ着けば、目にも涼しい和菓子がやって来る。
 艶々ぷるんとしたドームと一緒に寒天製の紫陽花を一口。重は湯飲みに手を伸ばし、飲むとほっこり笑顔を浮かべた。
「やっぱり和菓子には抹茶が……」
 あうのじゃ。出かかった言葉を呑み込めば、和菓子を頬張ったまま不思議そうに此方を見つめる継吾と目が合った。ので。
「え、えへへ。おいしーね!」
「はい。とても美味しいです」
 照れ笑いで誤魔化し作戦は大成功。

 天国と思えるほどの涼しさでいっぱいの茶所でも、久々に会えたウォーレンと一緒なら光流の体温は上がるものだし、扇子で涼風をくれるウォーレンの零した不安に目が丸くもなる。
 最近会えなかったのは事実だが、避けられてるのかも、と思われていたとは。光流は赤くなった後に青い顔で否定し、庭に目を向けた。
「紫陽花好きって言うてたやん。せやからまた一緒に見たかってん」
 枯れても散らない花。その話を誰から聞いたのか。語るその声が、そこから伝わる好意が、弱っていたウォーレンの気を晴らしていく。
「うん、紫陽花は凄く好き。綺麗で強いから。花に見えるのは本当は萼で、枯れてもそのままの形で残るんだ。こんな風に」
 ウォーレンが見せたスマホ画面に映る枯れた紫陽花。綺麗と思えなかった光流だが、そこに感じた強さは紫陽花のものだけでない。
 七変化とも呼ばれる花だが変わらないものもある──楽しげに、今は今の姿をと庭を見つめるその隣へ、ぴったりと席を詰める。
「光流さん?」
「好きやで」
 見開かれた目が固まる。理解するまで、あと数秒。

 手元で煌めく様は宝石のよう。触れて崩してしまうのが勿体なくて、レネは瞳輝かせながら甘やかな紫陽花と見つめ合った後、一口。
「口の中に甘い幸せが咲き誇るようですね」
 桜色の瞳を更に輝かせ、笑みを溢れさせる。見つめていた時と今と、表情のひとつひとつが実に愛らしく、クレスもまたふわりと微笑んだ。
「くるくると変わる表情は、七変化の異名を持つ紫陽花のようだな」
 途端仄かに染まった頬は以前共に過ごしたカフェで楽しんだ苺に似ている。あの時も今も、はにかむ彼女はずっと見ていても飽きない。だからとて微笑ましい様を延々眺める訳にもいかず、クレスは軽く笑むと雨に濡れ輝く紫陽花に似た甘露を一口掬った。
 そんな彼を、レネはそっと伺う。
(「……知っていますか?」)
 あの花のように表情が変わるのは、貴方と一緒だから。

 夏ならではの陽射しに輝く紫陽花の庭も、涼しい茶所からなら愛でる余裕が生まれるというもの。故に狐尾揺らすアルルカンと、揺漓の辿り着く答は『現金な生き物で構わない』。
 ──時に。アルルカンは庭と和菓子、2つの紫陽花を味わいながら口を開く。
「貴方を色々と連れ回していますが 花の鑑賞はお好きでしたでしょうか」
「ただただ観賞するのは好きだな、季節を感じられるものは特に」
「嗚呼……季節を感じられるもの、というのには同感です。まあ、私もどちらかと言えば花より団子派ですので」
「……成程。銀と花を観に行こうと思う時は、何か美味いもので誘い出せば良いのか」
 冗談めかし笑みを浮かべる揺漓だが、花に限らずゆっくりとした時間を過ごせるのならば何処だって構わない──と言うのが詰まる所。
「揺漓のお店で後々こんな和菓子が味わえるなら、それで良いのですけれども」
 そう言って紫陽花を一口。その後に庭へ目を向けるアルルカンの期待に対し、揺漓は和菓子にはあまり自信が無い。さて困った。そう語る口は、楽しげに弧を描く。

 文明の力、クーラーの偉大さに溢れた茶所から眺める庭は守り抜いた証。そこで味わえる紫陽花は、庭の一部を切り取り閉じこめたかのよう。
 庭と手元の紫陽花、それからアキト。目の保養とまったりしていたエトヴィンが『食べんの勿体ない』と惜しんだのは一瞬。匙で半分にした花園の片割れをサイガの皿へひょいっ。
「ああ、本当に繊細で良い仕事だね」
 和菓子を眺めるアキトと同様、ヴィルベルも手元で涼しげに咲く紫陽花の園を楽しむその間、受け取った方は。
「ウン、キレーなのが崩れる瞬間たまんねえよね」
 まず自分の物をがぶり。犯罪者じゃありません和菓子好きなだけ。
「でも刹那的な美しさって言うのかな。長い星の時間に比べたら一年のうちのこの花の季節なんて一瞬なんだろうね」
「アキトの髪に咲いてても似合いそうだけどな」
「そう?」
「しかしエトも大概だけどサイガもアレだね。和菓子とか食べるんだね」
 意外、と笑ったヴィルベルだが皿の花が増えいて少し目を丸くする。確かとエトヴィンとサイガを見れば。
「咲いてるとこ摘むのが楽しんだよ」
「あっこら、これ以上はなしだよ」
 成る程把握した。増えた花を半分に切る。
「女子力高いから甘味は別腹の民ですよ。はいアキト。最近餡子が胃にくるんだよね」
「胃が老化しようと全部譲んないのがベルちゃん魂? アキちゃんもっと奪っちゃえ」
「ふふ、有難く頂戴しよう」
 巡り巡って届いた花を一口運べば、勿体ないと言っていたのも惜しいくらいの甘さに頬が緩む。本物と似た花を頬張っていたサイガの匙が、桃から青の変化を見せる花を指した。
「アレ何味だと思う?」
「ベリー味かなあ、って更に減ってない?」
 エトヴィンは抗議の尻尾攻撃を食らわせて。一口で広がった夏を忘れる味は、そう。
「此方は檸檬の風味だけれど……さて」
 ヴィルベルはゆるり笑み、陽射し浴びる花々を見る。
「食べた感想だけ、よろしくね」

 茶所から見る紫陽花に溢れる色は、目映いほどの紫や青、紅。それから緑。涼気に包まれながら見るその風景は勿論だが、友と過ごすひとときもまた、ヴェルトゥとエレオスの心を満たしていく。
 庭に在るものとは違う小さな紫陽花も、また同じ。掌に収まるほどの透明なドームの中、色とりどりの紫陽花が咲いていた。
 壊さず、何時までも見ていたい。ヴェルトゥは暫し躊躇っていたが、小さな歓声の後に翡翠の瞳を輝かせていた筈の友へと視線を移す。
「……どうしましょう。勿体無くて食べられません」
 困り顔だったエレオスが顔を上げ、ああ、と表情を明るくした。共有していたのは色鮮やかな景色や時間だけでなく、幸せな悩みを抱えていた瞬間も『そう』と解ったから。
 ふわり微笑んでいたヴェルトゥは改めて手元で咲く紫陽花を見る。
「勿体無いけれど食べないのも申し訳無い。まだ冷えて美味しい内に頂くとしよう」
「はい。そうしましょう」
 一匙目が届けてくれたのは、幸せな甘さ。頬緩ませたヴェルトゥの後、倣って一口含んだエレオスもまた、幸せそうに頬を押さえる。
 次に味わう夏色もきっと──こんな風に。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。