三日月ワルツ

作者:秋月諒

●白鷺堂奇譚
 白鷺堂をご存知か? 潮騒の届く丘の上の屋敷のことを。
 ステンドグラスから降り注ぐ月明かりを頼りに、繰り返された舞踏会は遠い日のこと。
 白鷺堂を覚えておいでか。
 羽休めの白鷺が、その翼を広げ隠した月夜の逢瀬の行き先は知れぬまま。立ち寄る鳥も無くなれば、今や丘までの道も竹林に阻まれ、辿り着くのは度胸試しの子供達ばかり。
「リ、ィイ、リ」
 静かに崩れゆくだけの場所にーーだが、変化は起きた。古びた屋敷の、錆びついた倉庫の中に機械でできた蜘蛛のような姿をした小型ダモクレスが入り込んだのだ。やがて廃棄されていた照明へと機械的なヒールを施せば、屋敷のフロアを照らしていたスタンドライトはガチャガチャとその身を曲げられ、ひび割れた照明を頭に人の形へと変化する。
「レ、ディィイイイ……!」
 ひび割れたタイルの上、尖った腕を引きずるようにして『それ』は行く。頭代わりのライトを動かし、生者をーーグラビティチェインを探して。

●三日月ワルツ
「その姿はまるで、白鷺堂に肝試しに言った子供達が見たという客を求める亡霊のよう……となると、ちょっと、季節柄っぽいお話になりますね」
 だが、現実は丘を降った先にある街を目指し屋敷を抜け出そうとしているダモクレスだ。
「皆様に依頼です。とある県で、廃墟のお屋敷の倉庫に置かれたままになっていたフロアライトがダモクレスになってしまう事件が発生するようです」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って、ケルベロスたちを見た。
「フロアライトって……、あの背丈くらいある大きいやつかな? フロアスタンドとも言うんだっけ……?」
 首を傾げた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)にレイリは頷いた。
「はい。あのライトがこう、ライト部分を顔に人型になりました。夜、暗い場所で出会ったらドキドキしそうです……」
 という説明は後にするとして、とレイリは顔をあげる。
「幸いにも、ダモクレスはまだ屋敷内にいます。このまま放置すれば屋敷を抜け出し、街へと向かうことでしょう。虐殺が起きるその前に、どうか皆様、撃破をお願いいたします」

 ダモクレスは、フロアスタンドが人型に変形したダモクレスだ。ライト部分を顔に、その身は錆びついたスタンドでできている。ひょりりと背は高く、ライトを揺らしながらこちらを見定める。
「明かりについては眩しすぎないくらいかと。眩しさで戦闘に支障はありません。鋭く尖った腕による攻撃、奇声による音波攻撃を使いこなします」
 金属の軋むような音を響かせるのだ。
 ライトが明滅すれば、爆発を生む。
「戦場となるのは……今から行けば屋敷内のここ、大広間へと向かう長い廊下となります。大人3人が並べる程度の幅があります。大広間に到着するまで待つか、廊下での戦闘になるかはお任せいたします」
 廊下には横に抜ける道はない。古びた小さな窓はあるが、屋敷の外に出るのは少しばかり遠回りだ。その感覚が敵にあるかは不明だ。対して大広間は、空間としては広い。天窓にはステンドグラスが使われており、月明かりが差し込めば色彩も豊かな空間となる。広間には庭へと出る窓があるが、一部が破壊され割れたままだ。
「屋敷の外に出るには近道になります。敵を惹きつける手はずがあれば、どちらで戦っても問題はないかと。気がつかれることがなければ、敵はそのまま大広間にやってきます」
 大広間は、廃墟となって荒れてはいるが美しい模様の描かれた床もそのままで残っているという。
「無事に終わったら、良かったら見てみてくださいね」
「おや、レイリちゃんダンスフロアに興味でも?」
「むかーしは踊れたんですが最近はさっぱり自信ないなぁってくらいですよ」
 一つ笑ってレイリはケルベロスたちを見た。
「屋敷と共にあり、その日々を照らし続けた照明に殺戮を起こさせるわけにはいきません」
 楽しい思い出も悲しい思い出も。きっと全て照らして、見ていたのだろうから。
「行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
シェリル・プリムヴェール(幽明に咲く花・e01094)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
キアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)
風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)
四十川・藤尾(馘括り・e61672)

■リプレイ

●白鷺堂の怪
 夏の風が、大広間に滑り込んで来ていた。庭に出る窓から滑り込んだものだろう。ひゅう、と高い音と共にカタカタと古い窓ガラスが揺れる。
「こっちだ。物陰で身を隠せる」
 仮面越しに、巫・縁(魂の亡失者・e01047)は一角を指し示した。古びた調度品だ。昔は大広間を飾る一つであったのだろう。壁に寄りかかるようにしてある棚だがーー身を隠すだけであれば十分だ。
「……」
 縁の後ろにつき、四十川・藤尾(馘括り・e61672)は静かに待ち受ける。出来るだけ気配を殺すように唇を引き結んだキアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)の耳にも、その音は届いた。引っ掻くような音は、やがてノイズがかった『声』に変わる。
「リ、ィイ、リ」
「鈴、静かに、ね」
 小さく、繰空・千歳(すずあめ・e00639)はミミックの鈴に告げる。その『声』は廊下から大広間へと届きーーやがて、その姿が灯と共に明らかになる。
「ィイイ、レ、ディイ」
 月明かりに照らし出されたのは人の形であった。フロアライト型ダモクレス。頭代わりのライトを右に左にと揺らし、尖った腕を引きずるようにしてーー廊下から、フロアへと踏み込んだ。
「ーー今だ」
「包囲です!」
 縁とメアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)の声が、合図となって響く。物陰から一気に飛び出したケルベロス達に、ダモクレスは頭部の光を揺らした。
「リ、リィイイ!?」
 奇声にも似た声を響かせながらフロアライトは身を翻した。バネのように身を飛ばそうとしたそこにヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が動いた。
「大広間からは出さないよ」
「ギ!?」
「逃さないです!」
 退路を断つように包囲の配置につけば、キアラの目にこちらを向いたフロアライトが見えた。
「ィイイイ」
 それは威嚇か、苛立ちか。
 まず、友好的な言葉では無いだろうとシェリル・プリムヴェール(幽明に咲く花・e01094)は息をつき、ふ、と笑い告げた。
「お出掛けはやめにして、私達と踊りましょう?」
「リィイイ!」
 ギュイン、と頭部の灯りが回りーー次の瞬間、膨大な熱が生まれた。

●夜は嘗て
「レ、ディイイ……!」
 来るぞ、と告げる声と衝撃は同時に来た。痛みよりも先に、熱が体を襲った。ぱたぱたと溢れる血に、は、と落ちる声が重なった。
「……れは、炎、でしょうか」
 歪んだ視界に、それでもと集中して風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)は前を見る。先の一撃に夜の冷えた空気など吹き飛んだ。背中越しに感じる色彩はステンドグラスのものだろう。
(「かつてはここで素敵な舞踏会が開かれていたんですね。今はこうして廃墟となってしまっていますが、その当時の時のまま残されている物もあるんですね」)
 そうした物を壊したくありませんね。
 僅かに、熱の名残を残る空間を、ギン、と蹴る音が耳に届く。
「レ、ディイス!」
「来ます」
 短く告げた羽菜に、力放つ声が応じた。
「奔れ、龍の怒りよ!」
 牙龍天誓の名を持つ剣を叩きつければ風が生まれる。高い命中力と共に放たれた衝撃波は竜の咆哮が如く唸りーー機械の足を一瞬浮かす。
「リ!?」
 フロアライトは身を飛ばす。だがそこはまだーー縁の領域だ。
「敵を討て! 龍咬地雲!」
 返す斬撃と共に、一撃がフロアライト型ダモクレスに叩きつけられた。ぐらり、と大きく揺れた照明は、だが跳ねるように身を起こす。包囲にあって、それでも先へと視線を向けるのは突破できる場所を探してか。惹きつける為の攻撃を用意していない以上、相手の動きを止めるしか方法は無い。
「まず、その為に……っと」
 ぐん、とこちらを向いた照明に、ぱたぱたと落ちる血を払うようにして千歳はその手に黄金の果実を掲げた。
「鈴はディフェンダーね」
「♪」
 任せろと酒瓶を振り上げた鈴がぴょん、と前に行く。掲げた果実から溢れる淡い光は前衛へと。立ち上がった羽菜の姿を見ながら、それならと回復役の少女は息を吸う。
「さあ一緒に行こう、手と手を取って」
 それは明るく希望に満ちた唄。この地に失われて長くあった旋律。虹の光が大広間に生まれるのを見ながらヴィヴィアンは高く、明るく歌い上げる。
「みんなの気持ちが集まれば、迷いも恐れも吹き飛んじゃうよ」
 多少のことでは挫けない自信と勇気を届けに。
「ディ、レディィイ!」
「こっちには行かせないわ」
 ぐん、とヴィヴィアンへと向いた灯にメアリベルは床を蹴った。軽やかに、ふわりスカートを靡かせて前に踏み込む少女に、フロアライトが尖った腕を伸ばす。ーー筈だった。
「ママ」
 それはメアリベルのビハインド。
 ポルターガイストにフロアライトがびくりと身を震わす。ギ、と伸ばす手が一瞬遅れーーそこに熱が生まれた。
「さあ、一緒にワルツを踊りましょ」
 少女は手を伸ばす。踊るように。ひらりと揺れた指先に灯った炎が弾丸となってフロアライトへと打ち出された。
「アン・ドゥ・トロワ!」
「ギィイッ」
 ギン、と鋼の軋むような音がした。人型を保つフロアライトの一部が欠けたのか。落ちた破片を飛び越えればキアラの瞳に、フロアに描かれた模様が見えた。
「当時はきっと華やかで雅な場所だったのでしょうね」
 そんな場所で戦っていると、踊っているようにも見えるのかな?
 ふ、と零した息ひとつ、キアラはその手に絡めた猟犬の鎖を放った。指先が示すがまま、キアラの鎖はフロアライトを絡め取った。
「リ!?」
 締め上げれば火花が散る。ギ、と鈍く聞こえたのは鋼の軋む音か。
「レディ、レ、ディイス……!」
「リリー……? レディ? その軋む体躯で……何と云おうとしているのかしら」
 ほんの僅か瞳を細め、藤尾は紡ぐ。なぞり落とした言葉に、ぐん、とライトがこちらを向いた。分かりやすい敵意に、小さく顎を引きながら娘は回復の一手を取る。
「黄金の果実を」
 癒しと、耐性を。
 ギィイ、と軋む音を響かせる敵にゆるり笑みを浮かべたまま藤尾は、手の中に武器を落とす。
「千鷲さん。わたくしと、シェリルさんとジャマーを担ってくださいませ。奮戦を期待します」
「仰せのままに」
 応じた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が銃口を敵へと向ける。ガウン、と響く音を耳に、シェリルは火花散らす体で起き上がるフロアライトを見据えた。
「潮騒を子守唄に、眠り朽ちゆくお屋敷……素敵な所ね」
 ひび割れた大広間、掠れて届く潮騒。踏み込む足音は高く、歌うように響く。
「リィイ、リィ!」
「屋敷と共に眠る照明に殺戮の悪夢は不要だわ」
 叩きつけられる殺意に、シェリルは黄金の果実をその手に宿す。溢れる光の行き先は前衛へ。数名で重ね落とされる耐性は敵の性質に対応してのことだ。
「目に見えないほどの小さな輝きですが、ひとつに集めればあなたを束縛する青き竜となる雷です」
 ひら、と羽菜の指先が踊る。舞をひとさし舞うように、空を緩やかに滑る少女の指先がパチ、パチと光を帯びた。それは体に溜まった静電気をグラビティチェインに絡め取る術。
「リ、イィイ!?」
 青白く輝く静電気は、まるで竜が巻きついたかのようだ。鋼の体を振るい、ダモクレスは身を起こす。跳ねるように地を蹴りーーだが僅かに、さっきよりはその動きが、遅い。

●迎え
 鋼を撃つ音と、火花が戦場を彩っていた。月明かり越しに差し込む光はステンドグラスの色彩を見せ、踏み込む足音は天井に高く響く。可能な限り、建物の損傷を抑えるように立ち回っているお陰だろう。その分、どうしてもこちらの傷は多くなる。だがまだ、皆、動けている。状況に応じた細かな回復、そしてメディック以外の回復手による制約への耐性のお陰だ。建物を気にするだけの余裕ができた。
「アネリー、もうひと頑張りだよ」
 回復を仲間へと届け、ヴィヴィアンは顔を上げる。
「昔の思い出を抱えて佇むお屋敷、ね。廃墟になってしまっているとはいえ、どことなく威厳があるわよね」
 鋭く伸ばされた腕を、構えた武器で滑らせ一撃をーー叩き込む。威嚇の音が響く中、距離を取り直して、千歳は顔を上げる。
「せっかくここまで残っているんだもの。壊させちゃうのはもったいないわ。しっかりと守っていきましょうか」
 せっかく素敵な場所なんだもの。壊しちゃうなんて、許せないわよね。
「えぇ。本当に」
 ほう、と息をつき、シェリルの白鷺の片翼が広がる。月明かりを受け、淡い光を抱きながら紡ぎ上げるのは葬花の名を持つ術。
「貴方に最高の花を贈ってあげましょう」
 古の想いを呪いに変え、武器へと纏わせ滑り込ませたナイフが鋼を裂いた。溢れる筈の火花はアネモネの花びらと化し、驚くように明滅する灯が鑪を踏みーー身を後ろに飛ばす。
「させると?」
「!」
 声ひとつ、落としたのは縁だった。廊下への退避を狙った照明へと拳をーー叩きつける。ガウン、と重い一撃と共に網状の霊力がフロアライトへと絡みつく。
「リ!?」
 戸惑いは一瞬。だがそこに、迷う事なく追撃入った。アマツの剣だ。
「さぁ踊れ。観客は月明かりと私達だけだ」
 口に咥えた剣で切りつけたオルトロスの鋭い視線に、縁の言葉にフロライトが暴れるように身を振るった。
「レ、ディィイスアンド……!」
 夜気を震わせる奇声がケルベロス達に叩きつけられた。狙いはーー縁か。問題無いと踏み込みで応えた縁と共に前衛が動く。メアリベルと羽菜が先を行くのを見ながら、藤尾はそれならとフロアライトを見た。
「ふふっ、いいですよ。わたくしとも踊ってくださるかしら?」
「リ!?」
 それはひとつの呪い。尋常ならざる美貌の紡ぐ力。
「それとも……自分から声をかけてくるようなはしたない女は貴方、お嫌い?」
「リィイ!?」
 呪いに、フロアライトの動きが鈍る。間合いを詰める前衛に気がつきながらも動きが止まった。一瞬だ。だがそこを逃す羽菜ではーーない。
 熱を帯びた戦場の主は今やケルベロス達となっていた。
「……綺麗な場所」
 月明かりにほんの少しだけ目を細め、ヴィヴィアンは最後の回復を前衛へと届ける。ここが勝負になると、そう思ったから。
「静かに眠っていたこの場所を無理矢理起こすなんて、デウスエクスも無粋だよね。……また、静かに眠らせてあげよう」
「リィイイ!」
 苛立ちに濡れた甲高い音が響く。だが制約を深く刻み込まれたフロアライトに、最初程の攻撃力も制約で絡め取る力も無い。
「さあダンスマカブルをごらんあれ!」
 両の手を広げたメアリベルの周りに、鋭い棘を生やした攻性植物が展開される。ひゅん、と伸びた薔薇の蔓がダモクレスの腕を取った。
「リィィイ!?」
「月下の薔薇で葬送よ」
 鋼が軋む。灯りが揺れる。やがて蔓は大輪の真っ赤な薔薇を咲かしーー軋んだフロアライトはその灯りを消し、崩れ落ちた。最後の最後、久方ぶりの客を迎えた大広間を眺めるようにして。

●月夜に踊る
 頬を撫でる風が、少しばかり涼しく感じた。差し込む月明かりへと視線を向ければ、薄く、帯のように色彩が降りてきていた。ステンドグラスも大広間にも殆ど被害は出ていなかった。「素敵なダンスホールになりましたね」
 淡い光に背を向け、すぅ、とシェリンは息を吸う。振り返れば丁度、夏の風がメアリベルの髪を揺らしていた。
「素敵なお嬢さん、ボクと一曲いかがですか?」
「今日はアナタがメアリの王子様。しっかりエスコートしてね?」
 差し出した手にそっと、メアリベルの掌が重なれば、二人フロアへと歩き出す。音楽は無いけれど、響く足音が二人のワルツだ。
「……」
 こうしていると、生まれ育った英国のお屋敷を思い出す。今はもうない。
「ジャバウォックに焼かれちゃったの」
 二人足音を重ねて、一緒にステップを踏んで、ちょっぴり大人の気分。ママも優しく見守ってくれてる。
「ミスタ・リトルモアと踊った夜の記憶、メアリ大人になっても忘れない」
 足を止めて月明かりの中、一曲踊り終わった少女は少年に微笑んだ。
「約束よ」

 ステンドグラスには空の青と、白鷺の姿があった。指先で月明かり越しの青に触れ、藤尾は思う。誰が何を探し彷徨うのだろうかと。
「わたくしは好きですよ? このような場所、多くの人の喜びも欲も悲しみも、万華鏡のようにつかのま煌めいて」
 やがて夜の轍となるのです。
「滅びてなお遺るものが何か……考えるにも、楽しみがありますわ」
 口元に笑みを刻み、藤尾はステンドグラスを見上げていた男に声をかけた。
「千鷲さんが嗜まれたのは……ワルツですか?」
 もしそうなら、と藤尾は戯れに手を差し出した。
「わたくしがソロターンをお手伝いしますよ?」
 言葉通り、どれ程情緒がない方なのか見極めたいのです。
 微笑み誘った娘に、小さく瞬いた千鷲はゆるりと首を振った。
「少しばかり似たものを。仕事で必要だからと覚えさせられた程度だよ。慣れている人には見苦しいんじゃないかな」
 見極めてもらう必要もないくらいに、と千鷲は謝罪と共に誘いを断った。
 コン、と静かな足音が大広間に落ちた。
「足元気を付けてね?」
「ふふ、ありがとう」
 珍しくも紳士的にエスコートを申し出れば、二人歩む足音は重なっていく。天窓から差し込む月明かりを受けたシェリルに、クインは小さく息を飲んだ。
「……月光に照らされて踊るキミはどんなに綺麗だろうね。ねぇシェリル……オイラの手を取ってくれる?」
 妖艶な笑みと共に差し出された手に、ふ、とシェリルは息を零した。
「クインは本当に私を喜ばせるのが上手ね。ええ、もちろんよ。褪せない夢を見せて……?」
 差し出された手を取り、淑やかに微笑む。重ねた指先は恭しく口付けられ、抱き寄せられるがままにふ、とシェリルは笑みを零した。美しい思い出を、確りと心に残して。

「着ているところ、見せたかったのよ。こういう場の方が映えるかしら」
 鋼色の機械腕は人型でむき出しのまま、くるり、と回ってみせた千歳にハンナは口の端をあげた。
「態々贈ったモンを着て見せてくれるとは可愛いとこあるじゃあないか。なに、ちゃんとお前に合うモンを選んでる」
 こう言う場であろうがなかろうが、とハンナは千歳を見た。
「お前はいつだってそのままで十分にイイ女さ」
 軽口を叩けば笑みがひとつ返り、千歳の少し後ろを歩いて行く。のんびりお喋りというのも久しぶりだと言われて、確かに思う。
「危険を愛する性分なモンでね、緩い環境じゃあ退屈しちまうのさ。ま、偶にはこうして、あんたとゆっくりするのは悪くない」
「危険地帯に乗り込む性分なのはいい加減、分かっているけれど。一応、帰りを待つイイ女がいること、覚えていてね?」
 浮かべられたのは微笑か。千歳の瞳に、安心してくれ、とハンナは言った。待ってるであろうことは一度だって忘れた事はないと。
「あんたを泣かせないよう出来る限り努力はしようか」
 思えば、と息を吐くようにハンナは言った。
「あんたは悪い男に振り回されるタイプなのかもな。難儀な女だ」
 皮肉めいた一言で、笑いながら。

「なぁに、可愛い姪っ子に呼び出されて嫌な気する奴がいるかよ」
 笑みを零せば、こちらを見上げた少女は思い出を辿るように口を開いた。舞踏会が開かれていた場所って聞いて、と。
「お父さんを思い出して。こう言う場所が似合う華やかな人だったなって」
「あー……確かにな、あいつはダンス何かもさらっとこなせるヤツだったし。そういや俺が教わったのも…いや、教わったっつーか「仕事で使うかもしれないでしょ」って名目で面白がられてたっつーべきか?」
 ま、とアッシュは息をついた。
「知り合いと踊るのは別に嫌でもなかったが」
「女性役はどうしたんです? まさか……」
 昔話に笑い、ふと顔を上げたキアラにアッシュがにやりと笑う。
「お前の親父は本当に器用な男だったよ」
 ぱち、と瞬いたキアラに叔父のような優しい人は笑う。その頬に差し込む月影に、そうだ、と少女は声を上げた。
「よかったら1曲踊っていただけませんか? アッシュ叔父様」
 一瞬虚を突かれた男は、だがすぐに、ふ、と笑みを浮かべた。
「可愛い姪の望みとあらば、喜んで」

「かつての喧騒、今は静寂か。少し、寂しい感じがするな。もう、誰も踊る人がいないってのはよ」
 夜風に揺れる髪をそのままに、ゆるり見上げた鬼人の背にヴィヴィアンは声をかけた。
「ねえ、せっかくのダンスホールだし、踊らない?」
「うん? ここで、踊るのか? ……良いぜ、ここは、その為の場所だからな」
 手を取り合い、ゆっくりとステップを踏み出す。カツン、と足音は高く、月明かりに揺れる彼の髪と肩越しに見える景色にヴィヴィアンは唇を開いた。
『見上げた藍 遥けし記憶を宿す。解けることない 月の魔法。どうか覚えていて 今宵の逢瀬も』
 見つめながら、自然と浮かんできた歌が足取りに色を添える。ゆっくりと、一緒に踊る。在りし日の記憶をなぞるように。
「なぁ、ヴィヴィアン。一体、どれだけの間、あのフロアライトは、此処で踊る人を待ち続けたんだろうな」
 歌声を遮らないように、鬼人はヴィヴィアンに問いかけた。
「……たくさん、待ちきれないくらい、待ったんだろうね。今頃、再会して……また舞踏会をしてるかな」
 歌声と足取りに彩られて、白鷺堂の夜は更けていく。嘗てそうだったように、今ひと度の夜の色彩をその身に刻みつけて。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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