降りしきる氷雨のなかで

作者:一条もえる

「やぁ、大変な雨だっただろう。ストーブをつけてるから、こっちに来て暖まるといい」
 山小屋の主人が、扉を開けて入ってきた若い男女を誘った。
「助かります。……まさか、こんなに急に降り出すなんて」
 某県と某県の県境にある、山。裏山に出かけるような気楽さとはいかないが、さほど険しくもなく初心者でも登りやすい山だ。
 そのため、梅雨が明けたこともあって、多くの登山客が訪れていた。
 ところが、ここにきての天気の急変である。激しい雨が降りしきるとともに、一気に気温が下がった。
 幸いなことに、半ば観光地化した山である。山小屋はちょっとしたレストランと言ってもいいほどの大きさで、雨を避けてきた十数人が肩を寄せ合っても、まだゆとりがあった。
「こんなときに動くのは危険だよ。雨が止むまではここにいた方がいい」
 もちろん、皆がそのつもりであったのだが……。
「くくくく、雨はいい。降りしきる雨は、すべてを洗い流してくれる……」
 雷鳴とともに、巨大な人影が山小屋のそばに現れた。
「どれだけ血が流れても、すべてを洗い流してくれる!」
 長剣が振り下ろされる。さほど頑丈な作りとは言えない山小屋の壁には大穴が空き、窓が枠ごと吹き飛ばされた。
「ひぃ!」
 雨に打たれた方がマシである。人々は荷物も放り出し、山小屋を飛び出した。
「そんな格好で、脆弱なお前たちが生き延びられるのか? ここで死んだ方が、苦しまずにすむだろうに!」
 大股で歩いたエインヘリアルは、あっという間に人々に追いついた。整備されているとはいえ、山道である。さほど速くは走れない。
 ほんの刹那。
「くくくく、雨はいい。火照った俺の魂を、冷たく鎮めてくれる」
 氷雨が流れ出た血を洗い流す中、エインヘリアルは薄笑いを浮かべ、新たな犠牲者を求めて山を下り始めた。

「『氷雨のダーヴィド』というのね、そのエインヘリアルは」
 事件を聞いて眉を寄せたエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)は、室内の熱気にまた、眉を寄せた。
「……冷房、もう少し強くしたらどうかしら?」
「そうかなぁ。設定温度はけっこう低めなんだけど」
 崎須賀・凛(ハラヘリオライダー・en0205)は頭を掻いてみせたが、熱気の理由など分かりきっている。彼女の目の前に置かれたカセットコンロが、青い炎をあげて燃えさかっているのだ。
「涼しい部屋で暖かいものを食べるっていうのも、いいじゃない? 冷たいものばかりじゃ、体に悪いし」
 と、凛はよく煮えた豆腐とネギ、そしてつみれを盛った器を差し出してきた。
「もぐもぐ……。
 そのダーヴィドっていう罪人エインヘリアルが、どんなことをしたのかはわからないけど、仲間にコギトエルゴスムにされちゃうくらいだから、ろくなもんじゃないでしょうね」
 はふはふと豆腐を口に含む凛。関心はエインヘリアルの罪状よりも豆腐に向いているようである。
 あっという間に器は空になる。そして流れるように、おかわりが盛られる。
「もぐもぐ……。
 もちろん、放置なんて出来ないわ。襲われる人たちの命もそうだし、そうやって恐怖をもたらすことで、エインヘリアルの定命化を遅らせようっていうのがアスガルドの狙いでしょうし」
 敵はそのダーヴィドのみ。
 しかし、帰還は許されず命のある限り殺戮を続けようとする相手である。決して容易な相手ではない。
「当人はそれで本望なのかもしれないけれど。迷惑なことね」
 はぁ、とエヴァンジェリンがため息をついた。
「そうねー。ひゃうッ?」
 噛みしめた熱々のネギの中身が、口の中で飛び出したようである。はにかみながら「まさに鉄砲ね」などと言いつつ、凛は話を続ける。
「もぐもぐ……。
 問題は、山小屋にいる人たちね。もちろん危険だから避難してもらうんだけど、現地は雨が降ってるから、そのまま下山させるのは危険すぎるの。
 ある程度離れたところまでは避難してもらって、そこで待機してもらうしかないわ。ヘリが飛ばせそうなのは、山小屋付近しかなさそうだし」
 凛は箸と空になった器を置き……そして新たな豆腐を鍋に投入した。
「足場も悪い戦いだけど……大丈夫ね?」

「えぇ。皆の身体が冷え切ってしまう前に、決着をつける……そういうことね?」
 エヴァンジェリンの唇が静かに、確固たる自信のこもった言葉を紡いだ。


参加者
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
ココ・チロル(箒星・e41772)

■リプレイ

●氷雨のダーヴィド
 悪天候ではあるが、それをものともせずに現地にたどり着いたヘリオンは、ゆっくりと降下を開始した。
「氷雨の中で、か……」
 ガラスで弾ける雨粒を眺めながら、エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)がため息をつく。
「詩人みたいじゃないか、エヴァ」
 『妹分』の呟きを耳にしたルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)が、からかうように微笑んだ。
「エヴァが詩を書くのならば、僕がそれを歌おうか?」
「あいにく……アタシには兄さんに歌ってもらえるほどの詩は、書けそうにないわね。
 皆が風邪を引く前に幕を引かないと、って思っただけよ」
「まぁ、長居したいところじゃあねぇな」
 長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)が山小屋を見下ろして鼻を鳴らす。
 山小屋の主人たちが、降下してくるヘリオンを怪訝そうに見上げている。
「ま、そりゃそうだろうな」
「想像以上に冷えるものなんだな、山は」
 ヘリオンを降りた玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が思わず、身を震わせた。
「沖縄でしたっけ? 陣内さんの出身は」
 登山靴の調子を確かめるようにつま先で地面を叩き、ココ・チロル(箒星・e41772)もヘリオンから降りる。
 急な雨で足元はぬかるみ、露わになった岩はひどく滑る。
「でも、やるしかありません! 全力で!」
「それがケルベロスの務め、であろうからな」
 意気込むソールロッド・エギル(々・e45970)の隣で、エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)が頷く。
 事情を聞かされた登山客たちは、当然ながら大いに狼狽した。
 しかし、
「我々がここで敵を抑える。心配はいらない。
 万が一のことを考えて、我々からも3人を誘導につける」
 と、ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)は登山客たちを安堵させた。
「頼むな」
「任せて、パパ」
 エヴァンジェリンは義父に向かって微笑み、ルーチェ、智十瀬とともに登山客たちを前後に挟んで、少しばかり山を下る。
 一行は持ってきた雨合羽やカイロ、防寒着といった物資を山小屋の主人に手渡し、送り出した。
「今日は雨ですけど、晴れていたらすごく景色がいいんでしょうね」
 ソールロッドが、冷えるのか、足を気にする初老の女性に声をかける。
 少し驚いた表情を浮かべた女性だったが、
「そうね。また来なくちゃ。遠くの町まで、よく見えるのよ」
 と、微笑んだ。少しは気が紛れてくれただろうか?
 去っていく一同を見送り、ケルベロスたちは敵の襲来を待つ。その間にも、羽織った合羽には雨粒が打ち付けてくる。
「やはり俺は、レジャーなら海の方がいいがな……」
 陣内が辟易として呟いた、そのとき。
「くくくく、雨はいい。降りしきる雨は、すべてを洗い流してくれる……」
 姿を見せた巨躯の男こそ、『氷雨のダーヴィド』!
「雨は……」
 そう言いつつ、剣を振り上げて山小屋へと叩きつけようとしたところに。
「おまえの話など、どうでもいいッ!」
 合羽を脱ぎ捨てたルビークが、鉄塊剣を叩きつけた。
「どうせ、聞くにも値しない身勝手な理屈だ」
「ぬおッ!」
 さすがの、戦士の本能か。ダーヴィドは咄嗟に剣を構え直し、その刃を受け止めた。とはいえ、その重さに耐えかねたように退きはしたが。
「ち、やるな。
 ……いいか皆、よく狙えよ」
「少しでも、みなさんの力になれます、ように!」
 息の整え方、敵の動きの読み方。獣がそうするように、陣内は仲間たちに『狩り』の術を伝えていく。
 そしてココがスイッチを押すと、背後で色とりどりの爆発が巻き起こり、仲間たちを力づけた。
「雨……雨ねぇ。……正直言うと、ニガテなんだが」
 エリオットは雷雨の中で閉じこめられた苦い記憶を思い出し、顔をしかめたが。
「それに託けて暴れる輩は、もっとニガテだ!」
 敵が退いた分、ぬかるんだ地面を踏み込んで間合いを詰める。大剣を片手の力だけで振り回し、敵の胴へと叩きつけた。雨に濡れて黒光りするダーヴィドの鎧に、ヒビが入る。
「てめぇ……!」
 ダーヴィドの表情から一瞬で、薄笑いが消え失せた。
 怒声とともに長剣が振るわれると、星座のオーラがエリオットとルビークに向けて襲いかかる。
 オーラの直撃を受けたところからは急激に熱が奪われ、たちまちのうちに凍てついていった。
「しっかり!
 今、ここにいる英雄。戦う意志を見せる勇士に、奇跡を……!」
 ソールロッドの口から、即興の歌がこぼれ出る。強敵を前にしても退かなかった、ケルベロスの歌が。その歌声が、仲間たちを勇気づけていく。
 身体に薄く張っていた氷が、砕けて散った。
「ありがたい」
 礼を言って霜を払ったエリオットだったが、
「しゃらくさい!」
 怒声を発したダーヴィドの剣が、目前まで迫っていた。凄まじい重さを持つ刃が、肩を割る。
「く……」
「俺の楽しみを台無しにしてくれたな、ケルベロスども!」
「治療は任せろ!」
「はい!」
 陣内が満月にも似たエネルギー球を作り出したのを見て、ココは大斧を手に突進する。
「なんて勝手な……!」
「黙れ! この世はすべて、力が法よ!」
 大斧と長剣とがぶつかり合い、ルーンと星座の輝きとが火花を散らして飛び散った。
 剣を横薙ぎにしてココを振り払う。ダーヴィドが持つ長剣のオーラが、再びエリオットたちに狙いを付けた。
「ならば、この蹴りを喰らっても諦めはつくんだな?」
 ルビークのブーツから生まれた星のオーラが、敵に襲いかかる。
「ぬおぉッ?」
「お前の魂が火照るというのなら、俺はこの魂を滾らせよう」
「私たちの方が強ければ、あなたはそれに従うのでしょう?」
 身をよじってオーラを避けたダーヴィドだったが、その隙を逃さずにソールロッドは影の弾丸を放った。
 敵の脇腹に食い込んだ弾丸が、徐々に敵を浸食していく。たまらず敵は、膝をついた。
「氷雨のダーヴィド……まさかとは思いますが、無抵抗の弱者を屠るのが、あなたの楽しみなのですか? そんな草むしりのような作業で魂を火照らせることができるなんて……」
 頬に手を当てたソールロッドが、ため息をつく。
「可愛らしいこと」
「なんだと!」
「どこを見てやがる。俺がいるのを忘れるなよ?」
 エリオットの伸ばした攻性植物が、敵の膝にかぶりついた。

●降りしきる氷雨はやがて
 戦いの音が山々に反響し、不気味な轟きとなって聞こえてくる。
「心配はいらないわ。それだけ、パパたちが防いでるってこと」
 途中、焦るあまりに足を滑らせてしまった男性がいた。その男性を荷物ごと平然と背負って、エヴァンジェリンは歩を進める。
「この辺りで、大丈夫かい?」
 山小屋から適度に距離を取った地点で、ルーチェが山小屋の主人に確認を取った。
 ここから先は斜面が急になる。この天候で下るのは……。
「避けた方がいいね。よし、じゃあここで待っていてくれる?」
「心配はいらねぇよ。俺たちにかかりゃ、エインヘリアルなんて単なるデクノボウだぜ」
 ブルーシートをロープで張ってタープ代わりにしながら、智十瀬がニヤリと笑った。
「ま、この雨じゃ気休めみたいなもんだが。ないよりはよっぽどマシだろ」
 登山客たちは不安と寒さに耐えながら、寄り添って座り込んだ。
 彼らをこの場に残し、3人はもと来た道を戻る。
「急ぎましょ。
 ……あぁは言ったけど、みんなが心配だわ」
「俺の出番がとられちまう……なんて都合よくはいかないだろうな」
「まがりなりにも、エインヘリアルの戦士だからねぇ」
 フードを脱ぎ、エヴァンジェリンが岩場を走る。打ち付ける雨が瞬く間に彼女の髪を濡らしていくが、
「少しばかり、張り付くのが邪魔なだけよ」
 下りるには時間がかかったが、ケルベロスの健脚にかかれば登ってくるのはあっという間だった。
「死ねッ!」
 敵の放ったオーラが仲間たちに襲いかかっている。彼らの全身が霜に包まれていた。
「Sei pronto、エヴァ?」
 『準備はいいかい?』と、ルーチェが顔をのぞき込む。
「えぇ。あの人たちを待たせられないし……短期決戦よ!」
「おう! 俺が決めちまっても恨み言は聞かねぇぞ、エヴァ!」
 その声を聞いてダーヴィドが振り返ったのと、ほぼ同時に。
 エヴァンジェリンの肩から猛烈な勢いで攻性植物が伸び、敵の肩に食らいついた。
 いや、敵はかろうじて肩当てで防ぎ、傷は深くない。
 だが、息をつく間もなく、ルーチェと智十瀬の攻撃が襲いかかる。
 敵は長剣を構え直そうとしたが、その手の甲にルーチェの放った弾丸が命中した。それは掌を貫通し、敵は思わず得物を取り落とす。
「喰らえッ!」
 拾い上げようとした横っ面に、流星の重力が込められた智十瀬の跳び蹴りが、見事に命中した。巨体が大きく揺れ、ダーヴィドは泥にまみれながら坂を転がり落ちた。
「ざまぁみやがれッ!」
 猫のように音もなく岩場に着地し、悪態をつく。
 これにて決着……とはいかず、敵は怒りの形相で這い上がってきた。
「よくもこの俺を、泥にまみれさせやがったな!」
「雨が好きなんじゃなかったのかい? 雨が降れば、地面はぬかるむ。当然だよねぇ」
 右手に嵌めた黒手袋を外しながら、ルーチェが笑う。
 ルーンのタトゥーが刻まれた拳を握りしめ、降魔の一撃を叩き込んだ。
「お待たせ、パパ」
「それほど待ってはいないさ」
 どちらともなく笑い合ったルビークとエヴァンジェリンは、ともに槍を構えて突進した。稲妻を帯びた穂先が、両の脇腹に食い込む。
「ぐぅ……!」
 しかし敵は倒れず、槍を握って力任せにそれを引き抜いた。
「うおおおおおッ!」
 地面に突き立てた剣を握り直し、渾身の力で叩きつけてくる。
 必ず、守る。
 ルビークは咄嗟にエヴァンジェリンを突き飛ばした。その代償として、自らがその刃を受ける。得物を盾として致命傷こそは免れたものの、その身体は宙を舞って山小屋の壁に叩きつけられた。外壁に大きな穴があき、中まで吹き飛ばされた。
「行って!」
 ココはライドキャリバー『バレ』をけしかける。従者は炎とともに突進したが、敵は剣を叩きつけて勢いを受け止め、蹴倒す。
「はははははッ!」
 哄笑し、剣を振り回すダーヴィド。
「ずいぶんと、余裕がおありのようだな」
「いつまでそれが続くか、試してやるぜ!」
 エリオットが跳躍し、槍を構えた智十瀬が地を蹴る。
「小癪な!」
 凍てつくオーラが襲いかかり、智十瀬の左腕が感覚を失った。凍り付いた腕が割れ、血が溢れる。
「介すは焔の鼓動、カカラの実、仰日一片」
 ココも古の魔導書に記された製法から丸薬を生成し、智十瀬に与える。
「さあ、どうぞ、召し上がれ」
「目眩がするほど、甘いぜ!」
 智十瀬の残撃が、ダーヴィドを切り裂いた。舞い散る血飛沫……いや、これは体内で蠢く毒だ。それが、全身に広がっていく。
 そこに、樹の幹を蹴って角度を変えたエリオットの蹴りが命中した。
 胸板を蹴られて、一瞬呼吸が止まったものか。敵はよろめく。
「無様なもんだぜ」
「足に来てますね」
 智十瀬が、腰に帯びた刀に手をやる仕草のまま、間合いを詰める。その影に寄り添うようにして、ソールロッドも後に続いた。
「そんな千鳥足じゃ、こいつは避けられねぇぜ?」
 抜刀術『白蛟』。白刃は蛇へと変じ、ダーヴィドの首筋に喰らいつく。
 その傷口にさらに、忍び寄ったソールロッドの刃が食い込んだ。噴水のように血が吹き出る。
「ぐ、おおおおおおおッ!」
 多くの血を失ったダーヴィドの顔面は蒼白で、足が痺れてよろめくためか、拳で自らの膝を打っている。
「もう限界かしら?」
 エヴァンジェリンが槍を手に、距離を詰めようとした。
 しかしウイングキャット『猫』と共に仲間の傷を癒やしていた陣内は、
「油断するな、下がれ!」
 と、毛を逆立てて警告を発した。
「まだ、やる気だぞ」
 山小屋の瓦礫から脱したルビークも、敵の出方を窺う。
「だったら、私たちだって!」
 ソールロッドが再び、『英雄の詩』を高らかに歌う。
「おのれ~ッ!」
 山々に反響するほどの大音声を発したダーヴィドの足元に守護星座が輝く。敵は再び活力を取り戻し、長剣を振り回した。
 めったやたらに振り回される長剣からは次々と冷気が発せられ、ケルベロスたちに襲いかかる。
「貴様らを殺した後は、逃げた人間どもを皆殺しにしてやる! 虫けらのように!」
「人も、弱いわけではない。そして力だけが、強さの定義でもない……!」
 ルビークが大剣でその攻撃を受け止める。
「よせよせ。しょせん快楽殺人者だ。言ってわかるほど賢くもないだろう」
 陣内が鼻を鳴らす。
 ルーチェは苦笑して首をかしげた。
「そういうものかもしれないねぇ」
「合わせるわ、兄さん。遠慮なく打ち抜いて」
 その顔をのぞき込んで、エヴァンジェリンが頷く。
「OK。行くよ、エヴァ!」
 ふたりが走る。
「穢れた腕で、抱いてあげる……」
「……捕まえた」
 ルーチェの歌声とともに、大地を浸食する闇の中から、漆黒の蛇が湧き出でた。それは絡みつつ蠢きつつ襲いかかり、腕に足にと喰らいつく。
 そして、冷たい冷たい、寒い、痛い、極寒の風が敵を押し包む。吐息さえも凍る竜巻が、ダーヴィドの全身を真っ白い霜で包み隠してしまった。
「やった……!」
 ココが歓声を上げる。しかし、
「う、お、お、お……!」
 敵は半ば引きちぎれた右腕で剣を振り上げ、叩きつけてきたではないか!
「ぐ……!」
 エリオットが仲間たちの前に立ちはだかって防ぐが、受け止めた大剣を握る腕に、激痛が走る。
「そんな、まだ動けるなんて」
 エリオットの傷を癒しながら、ココが血相を変えた。止めどなく血を流す敵の姿は、もはや幽鬼にしか見えぬほどだが……。
「いや、こいつは」
 敵を一別したエリオットは、一度ため息をついて。
「蝕炎の地獄鳥よ、邪なる風となり敵を焼け!」
 地獄の炎を纏った足で、地面を蹴る。生まれいでた怪鳥は、大きく羽ばたいて敵の眼前でパッと消え失せた。避けもせず、その火の粉を浴びたダーヴィドの巨躯がゆっくりと傾き……。
 悲鳴さえ上げず、幾度も岩に、樹の枝にぶつかりながら、谷底へと転がり落ちていった。

 山小屋を修復したケルベロスたちは、登山客たちを呼び戻して救助を待った。
「うぅ、寒い」
 陣内がブルブルと全身を揺すって雨粒を飛ばすと、従者も同じ仕草で真似をする。
 ずぶ濡れなのは全員が同じだが、ルビークが恥ずかしがる娘の頭を、わしわしとタオルで拭いてやっている。
「壊れたのがこの程度でよかったぜ。跡形もなくなってたら、雨もしのげない」
 智十瀬が、盛大にくしゃみをした。
 皆で、ソールロッドが入れてくれたココアを飲みながら助けを待つ。狭苦しいが、肩を寄せ合うようにしていろいろな話をした。
「あ、迎えが来たみたいですよ!」
 外に出たココが歓声を上げて、手を振る。
 いつしか空は、鮮やかに晴れ渡っていた。

作者:一条もえる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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