廃レ棄テラレ、狂イ堕ツ

作者:朱乃天

 つい先程まで晴れ渡っていた青空に、雲が次第に濃さを増し、輝く陽の光を遮っていく。
 そしていつしか鈍色の雲に覆われて、小さな雨の雫が、ぽつり、ぽつりと落ちてくる。
「……雨が降ってきちゃったね……葉っさん」
 曇天模様の空を見上げるフローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)は、紫色の花の髪飾りに手を添えながら、徐々に強まる雨の行方を気に掛ける。
 街から外れた場所へ足を伸ばした途端に雨が降り、ツイてないなと思いながらも周囲を見回すと。彼女の目に見えたのは、廃虚と化した古びた教会だ。
 これも何かの巡り合わせだろうかと、フローライトは導かれるようにその廃教会の方へと近付いていく。
 雨は瞬く間に土砂降りとなって、地面に水溜まりができる程。雨宿りをするには丁度良い場所があったものだと、少女は建物の中に駆け込んでいく。
 薄暗くて静まり返った教会内。永く放置されたまま、荒れ果て朽ちたこの廃屋に、人がいる気配などは感じられなかったが。しかし建物の奥で何かが蠢いたのを、フローライトは見逃さない。
 ――その時突然、閃光と共に耳を劈くような激しい雷の音が鳴り響く。
 窓から射し込む眩い雷光が、建物の中を照らし出す。そこに映し出された影の正体は――機械の身体を持った異形の天使、ダモクレスであった。
 白いローブを纏った鋼の天使が、フローライトの気配に気が付くと。翼を大きく広げて動き出し、彼女を攻撃しようと迫り来る。
 このままではフローライトの命が危険に晒される。しかし彼女は落ち着きながらダモクレスと対峙して、瞳に鋭い光を宿し、異形の天使を凝視する。
「大丈夫……心配しないで……葉っさん。私が……何とかしてみせるから……」

 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)がケルベロス達を急いで招集し、彼女の口から予知した事件が語られる。
「緊急事態が発生したよ。フローライトさんが宿敵のデウスエクスに襲われてしまうんだ」
 シュリは彼女に何度も連絡を試みたのだが、全く繋がる気配はない。
「とにかく今は一刻の猶予もない状況だから、フローライトさんが無事でいる内に、現場へ救出に向かってほしいんだ」
 襲撃現場は、街外れにある廃教会の中。周囲はデウスエクスの力によって人払いが行なわれているようなので、到着後はすぐフローライトと合流し、戦闘だけに専念してもらえればいい。
 今回出現した敵は一体のダモクレス。コードネームは『シンセティック‐EX』。白いローブを纏った、機械仕掛けの天使みたいな姿をしているようだ。
 敵の攻撃方法は、麻痺効果のある黒い光を広範囲に放ったり、棘付きの鋼鉄の鞭を揮ってきたりする。また、治癒能力を持つ光の渦は、時には相手に苦痛を齎す武器と化す。
 このダモクレスとフローライトに、どういった因果関係があるかは定かでないが。何れにしても、仲間の窮地を黙って見過ごすことなど出来はしない。
「理由がどうであれ、フローライトさんを助け出せるのはキミ達だけなんだ。だから彼女を救出し、彼女自身の宿縁とも決着を付けてほしいんだ」
 どんな困難も、彼等は力を合わせて乗り越えてきた。
 だから今回も、彼等だったら無事に解決してくれる。
 シュリはそう信じて武運を祈り、戦場に向かうケルベロス達を見送るのであった。


参加者
八千草・保(天心望花・e01190)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ

●廃教会に潜む闇
 ――この先起こる出来事を暗示するかのように、激しく降り始めた突然の雨。
 間断なく勢いよく打ち付ける雨音が、建物の中まではっきり聞こえて伝わってくる。
 鈍色の雲が空を覆い隠して光を遮って、薄暗闇に包まれた廃教会の中。そこに仄かな明かりが燈されて、朽ちた廃墟を照らし出す。
 日溜まりのような淡い光を発しているのは、フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)の髪飾りとしている紫色の花。
 少女が『葉っさん』と呼ぶ花の光が照らした先に映る影――白衣のローブを纏った異形のダモクレス『シンセティック‐EX』が、機械の翼を広げながら彼女を狙って躙り寄る。
「その翼……そう……貴方もルベウスと……」
 フローライトが口に出した名は、彼女が以前に対戦して倒した宿敵であったダモクレス。
 彼の者の翼はフローライトが改修し、今は彼女の背中の偽翼として装着されている。
 おそらくこのダモクレスもまた、『彼』と同じ存在なのだろう。そう悟った少女は複雑な想いを抱きながらも、気を取り直して白いローブのダモクレスと対峙する。
「なゼ……こノ私ヲ棄teた……」
 ダモクレスが発した言葉は、まるで恨み言のようであり。機械の冷たい心の中に、渦巻く憎悪と、更なる殺意を感じさせられる。
 狂気に満ちたダモクレスの魔の手が、フローライトに襲い掛かろうとする――その瞬間、廃教会の扉が開かれて、複数の人影が建物内に雪崩れるように駆け込んでくる。
「俺の友達には手え出させねえぞ。ただ、思いっきり暴れてえって言うんだったら――付き合ってやるよ」
 真っ先に乗り込んだのは、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)。大柄で屈強そうなレプリカントの青年が、ダモクレスと正対しながら挑発するかのように身構える。
 広喜の後に続いて突入してくるケルベロス達。大切な仲間を救出すべく、彼等は駆け付けるや否や、すぐに配置に就いて戦闘態勢へと移行する。
「このよウな天気の日に、難儀だな。さテ――ワタシの友に、何か用だろウか」
 静かな口調だが、力強く響く声。君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が間に割り込み、フローライトを引き離そうとダモクレスの前に立つ。
 雨露に濡れ、目深に被ったフードを脱ぐと。滴る雫が絹糸のように白金色の髪を伝う。
「何か思う所があり、したい対話ならば存分にすルがいい。しかし、手は出させなイ」
 手袋を嵌めた手に、零れて落ちる一雫。その指先から伸びるのは、眸の髪と同じ色の糸。展開される金の鋼糸が波紋のように広がって、仲間を包む眩い光が加護の力を付与させる。
「……辿った軌跡がどんなものであれ、僕が出来ることは、あなたが天に還れるようにベストを尽くすこと。それだけだから」
 白衣を纏った中性的なエルフの少女、新条・あかり(点灯夫・e04291)は表情にこそ出さないものの、眼前のダモクレスに憐れみの念を抱く。
 この機械仕掛けの天使に纏わる詳しい事情は分からない。それでも場を包む空気とフローライトの様子から、朧気ながら読み取ることができるものがある。
 だから少しでも、自分が力になれたらと。あかりは杖を握り締め、勇気と希望をその手に込めて掲げれば。闇を切り裂く煌き放ち、奔る紫電は悪しき力を遮る障壁と化す。
「ああ。事情が何であれ、助けに入る以上は必ず全員無事に終わらせる。それが俺達にできる最大限の役割だ」
 あかりの想いを汲むように、グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)が言葉を重ねる。そして大きな槌を担いで砲撃形態へと変化させ、空色の瞳を眇めて狙いを定め、魔力を圧縮させた弾を発射する。
 砲撃はグレッグの狙い通りにダモクレスに命中し、竜が吼えるが如き爆発音を響かせる。その直後、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)が立ち上る煙を突き抜けながら距離を詰める。
 此処にケルベロスである彼女達が在り、対立するデウスエクスの命が在る以上、結末は常に変えられないのがこの世界の理である――けれども。
「同じ筋書、同じ結末。それでも幕が上がれば、いつだって目を惹くのは筋も末も越え役者の軌跡。……そうですよね♪」
 彼女の両手に携えられたのは、青空と夕陽のような対照的な彩の鞘。どこか芝居がかった動作で二本の刃を振り回し、軽やかに舞うかのようにダモクレスの鋼の機体を斬り付ける。
「鋼の天使とは、なかなかに興味深いね。でも……それと仕事とは全く別だ」
 月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)がダモクレスに興味の目を向ける。その根底にあるものは、斬ることのみを愉しみとした、戦闘狂としての彼の顔である。
 レプリカントの少女の願いと敵の破壊、その両方を叶える為の、唯一振りの太刀として。イサギは薄く微笑みながら、直刃の無骨な刀に空の霊力纏わせて、傷口を重ね広げるように斬り刻む。
 戦闘開始から、息の合った連携攻撃を仕掛けるケルベロス。しかし対するダモクレスも反撃に出て、魔力を集めて機械の翼を広げると、禍々しい黒き光の雨が番犬達に降り注ぐ。
「ボクにもできること……フローライトはんと葉っさんを、確りお手伝いして助けるよ」
 ここに居合わせたのも、きっと何かの縁だろう。八千草・保(天心望花・e01190)は念動力で鎖を操り、描く魔法陣から光が拡散、麻痺を及ぼす敵の魔力を打ち消していく。
 ――ケルベロス達を襲撃する謎のダモクレス。
 敵の目的が何であれ、デウスエクスが相手とあらば、彼等が成すべきことは一つだけ。
 戦って、ただ打ち克つのみである――。

●棄てられ堕ちて
「モウ一度、私は認めteもらウ為――お前達の命ga必要なのダ」
 機械的な音声で、譫言のように言葉を発するダモクレス。ケルベロスを殺すといった執念だけが、この鋼の天使の原動力に間違いなさそうだ。
「フローラも……ダモクレスとして『捨てられた』存在……。だけど……ここで死ぬわけにはいかない……」
 嘗てはダモクレスであったフローライトには、随分皮肉な廻り合わせだと、己の運命自体に諦観すら覚える程だ。
 彼女が以前倒した宿敵と同じ翼を持った敵との邂逅は、決して偶然などではないだろう。
 だからこそ、この宿縁は自分の手で打ち倒す――。強い決意を胸に秘め、葉っさんを連結させた試作砲から放った光線が、ダモクレスの熱を奪って動力回路を凍らせる。
 するとダモクレスは黒い光の渦を発生させて、自らの機体の中に取り込ませ、即座に損傷箇所の自己修復を行った。
「回復を持っているのは織り込み済みだ。だったら――直せねえくらい、壊してやるよ」
 敵の戦闘能力は、事前に把握しているからこそ対処もできる。広喜が不敵な笑みを浮かべながら腕を弓のように引き絞り、地獄の炎を纏った拳を叩き込む。
 烙印された青い劫火はダモクレスの黒い光を相殺し、永遠に傷を灼き続けて蝕んでいく。
「機械仕掛けの天使さん、僕達が楽にしてあげる。これ以上、どうか苦しまないように」
 更にあかりが懐から取り出した、注射器をダモクレスに向かって投げ付ける。そして突き刺さった針から注入されたウイルスが、内から侵してダモクレスの治癒能力を低下させる。
「……量産型のダモクレス。ワタシも過去、そウであった」
 眸の脳裏を過るのは、心を得、レプリカントとして生まれ変わった当時の記憶。
 不良品として扱われていた境遇は、自分と似ている部分があると共感するものの。しかし仲間に手出しをすることだけは見過ごせない。
 自身は地球人の優しさに触れたからこそ、今がある。そうした機会がこのダモクレスにはなかったことが、不運だと。心の中では同情すれども、情けは不要。
 眸に寄り添う黒い制服姿のビハインド、キリノが念波を飛ばしてダモクレスの動きを阻害する。
 従者の援護に応えるように、眸が溢れる翡翠のオーラを練り上げる。腕がうねりを上げて螺旋を描き、高速回転させて威力を増幅させた拳の一撃が、敵の機械の身体を打ち砕く。

 敵の回復手段を封じ込め、ケルベロス達は尚も手を緩めることなく攻め立てる。
 白銀に煌く流体金属を纏ったグレッグが、我が身を武器に変え、地面を滑空するかのように敵の懐へと潜り込む。
「逃がしはしない……確実に捉える」
 獣のように鋭い眼差しで、敵の動きを捕えて逃さず。脚を撓らせ身を捻り、放った蹴りは刃の如く。グレッグの正確無比の蹴撃が、ダモクレスの脚部に決まって相手の身体がグラリと傾ぐ。
「――私は、逃がさないと言っただろう?」
 イサギの紅く耀く柘榴石の瞳が、生じた僅かな隙を見逃さない。
 黒い翼を羽搏かせ、焚きしめた伽羅の薫りに身を包み、蒼銀の髪と袖が風に靡いて翻る。流れる風は死の香を運び、敵の神経回路を狂わせて。我が身を斬られたこともダモクレスは気付かずに、その身体から、刃を抜いてイサギは独り愉悦する。
「フローラちゃんの為になるなら、全力で支援します! ……必要ならば、冷酷にでも」
 メリーナが一瞬静かに口元緩め、地面を蹴って斬りかかる。稲妻状に変形させた刃を傷口狙って突き立てて、更にメリーナは、傷を刃で刳り貫くように掻き抉る。
「私は見返ス為に……ここde負けルわけにはいかぬのダ」
 ダモクレスに刻み込まれた損傷は、治癒能力を奪われてしまって今は修復不可能だ。
 鋼の天使はそれならと、治癒の力を破壊の力に変換し、苦痛を齎す魔弾をメリーナ目掛けて撃ち放つ。
 敵の攻撃を受けたメリーナに、保がすかさず治療に回り、指輪に念じる力が光の盾を創り出す。
「回復の方は任せて下さい。ボクが支えますからね」
 保が具現化させた光の盾が、メリーナの負った傷を瞬く間に癒し、守りの力を強化する。
 敵への対応策も万全で、番犬達は被害を最小限に抑えつつ、次第に流れを引き寄せる。
 そうして一進一退の攻防が続く中、戦いはいよいよ佳境に突入していった――。

●雨上がりの空に希う
 ケルベロス達は手数を重ねて畳み掛け、一気呵成にダモクレスを追い詰める。
 片や鋼の天使の全身は、無残なまでに破損が著しくて、もはや後が無いと言ってもいい程劣勢だ。それでも変わらず最後まで、抗うことを諦めず。残った力で荊の鞭を振り翳し、視界に入った広喜を狙って迫り来る。
「――ワタシの前デ、広喜を傷付けさせルつもりはなイ」
 鞭が振り下ろされるその間際、眸が咄嗟に広喜を庇い、身を挺して荊の鞭を受け止める。
「バイタル測定……波長ヲ合わせる。Refined/gold-heal……承認」
 手袋を外した眸の掌に、金色に輝くコアエネルギーが集まっていく。眸は自身が負った傷に掌を添え、漏れる光が傷を復元し、生命力を維持させる。
「こいつは眸の分のお返しだ。あの世の果てまで吹き飛ばしてやるぜ」
 広喜が腕部に装着させたユニットに、凍気を宿して力を溜める。
 これが自分なりのせめてもの敬意だと。元ダモクレスとしての思いの丈を込め、最大出力させた一撃が、渾身の力を乗せて鋼の天使に叩き付けられる。
「後もう少しだな。そろそろ決着を付けるとしよう」
 敵のダメージ度合を分析し、グレッグは冷静に状況判断しながら、攻勢を掛ける。
 純白の翼を広げたグレッグが、飛翔するかのように高く跳躍、理力を込めた蹴りを放つ。その脚からは白い花弁と星のオーラが閃き舞って、ダモクレスの機械の翼を撃ち抜きながら破壊する。
「では私は、目障りなソレを断ち斬らせてもらうかね」
 イサギが刃に呪詛を載せ、振り抜く太刀は華麗な軌跡を虚空に描き。繰り出された斬撃は――ダモクレスの鞭持つ腕を、斬り落とす。
 刀を鞘に納めたイサギは、あかりの方に視線を向けると軽く笑み。あかりは表情変えずに黙って頷き、入れ違うように前に出る。
「嘘ついたら針千本――縫い留めようか、その口を」
 あかりが虚空に全ての魔力を注ぎ込み、ダモクレスの頭上に、何千本もの針金のような氷柱を召喚。力を発動させると同時に、無数の氷の雨がダモクレスの全身を打ち付ける。
 刺さった傷の一つ一つは微量でも、凍て付く痛みが広がって、氷の檻に囚われるまで――悼みの雨は降り止まない。
 ケルベロス達の度重なる攻撃に、ダモクレスは深手を負って遂に堪え切れずに膝を突く。
 哀れな機械仕掛けの天使に終焉を。メリーナは、消え逝く御魂に敬意を払い、最後に捧げるように演じるは――葬送へと至る物語。
「聖なるかな――聖なるかな、聖なるかな。私は世界に《神》の面影を見ます」
 メリーナの足元から幾千もの『影』が伸び、機械の天使を取り囲む。
 やがて舞台の幕が下り、これより始まる一幕は、世界の記憶の一欠片。
 繰り返される喜劇と悲劇、幸福を謳った理想郷の涯に視る、荒廃していくディストピア。
 結末なき舞台の幕は、二度と上がることなく永遠に。ダモクレスの魂は、モノクロームの世界の中に呑み込まれ――深き闇の底へと堕ちていく。
「最後に一つだけ……。言い残したいことがあれば……言ってほしい……」
 死を待つように跪く、ダモクレスに対してフローライトが問い掛ける。だがその返答は、残念ながら幾ら待てども返って来ない。
 フローライトは大きく溜め息吐きながら、ダモクレスに向かって祈るように手を翳す。
「……それが……あなたの『核』……捉えたよ……『核分裂』……」
 彼女の隣には、義姉であるゼラニウムの姿がそこにいて。残霊の力を借りて発現させる、二人の技術を融合させた『核魔術』。
 二つの異なる魔力がダモクレスの『核』を捉えると、反発するかのように引き裂いて――機械仕掛けの天使の魂は、その身と共に光の塵となって消滅していった。

 フローライトはダモクレスのいた場所に、光る何かを見つけ出す。そこには幾つかの宝石の破片が散らばっていた。
 それはおそらくダモクレスの残骸だ。フローライトはその一つを手にして胸に当て、暫しの間、感傷に耽るように想いを巡らせるのだった。
「おいで……咲き乱れて」
 戦闘で壊れた箇所を直そうと、保がヒールを用いて修復させていく。
 真摯な祈りと紡ぐ歌声が、大気や地中に眠る霊力と呼応して。ひび割れた床や壁から蔓が生え、亀裂を埋め尽くして色とりどりの花で満たす。
 その光景は元の廃墟と相俟って、幻想的な楽園へと作り変えられていた。
 これであの天使も安らかに眠ってもらえたら。保が手向けの花を供える傍らで、あかりは土を掘り起こしながら花の種を蒔く。
 いつの日か、白い紫苑の花が咲くのを願って植えた種。名も無き墓標に黙祷し、いつしか外の雨音が聞こえなくなっていたことに、あかりはふと気付く。
 まるでこの戦いの勝利を祝福し、天使を空に導くかのように。
「……ねえ天使さま。僕はきっと、あなたを忘れないよ」
 薄く射し込む陽が照らす。遺した証は、彼等の心の中に、いつまでも――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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