紫陽花の園を蹂躙する牙

作者:そらばる

●紫陽花祭の惨劇
 赤、青、紫、白、薄緑。色とりどりの紫陽花の花々が所狭しと咲き乱れている。
 美しい景色を楽しむ人々の行き交う紫陽花祭。
 祖父に手を引かれ、興味津々に道の左右に咲く花々を見て回っていた女の子は、唐突に開けた視界に目を丸くした。
「わぁぁ……っ」
 道の先には、紫陽花の花々で溢れる広場があった。
 女の子は目を輝かせ、祖父の手を解いて走り出した。
 久方の晴れ間に雨露がきらきらと輝く美しい紫陽花の庭を背に、女の子は満面の笑みで振り返る。
「おじーちゃーん、はやくはやくー!」
 祖父がにこにこと手を上げ、応えようとした、その時。
 女の子の背後に、巨大な牙が轟音と共に突き刺さった。
「ゆかりちゃん……っ!」
 祖父が悲鳴を上げる。人々の叫喚が広場に響き渡る。
 恐る恐る背後を振り返る女の子を見下ろしていたのは、三対の禍々しい眼光。
「グラビティ・チェインを、ヨコセ」
「ゾウオをシルガヨイ。キョゼツをムケヨ。ソレがドラゴンサマのカテとナル」
 牙より変じた鎧兜の竜牙兵は、恐怖に動けない女の子へと、その刃を振り下ろした……。

●三体の蹂躙者
「竜牙兵が出現致します。場所は、広大な敷地で開催される紫陽花祭の会場でございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は、集まったケルベロス達に向けて、単刀直入に告げた。
「梅雨のこの時期に、紫陽花祭を襲うなんて……やはり人の多いところを狙うのね」
 今回の事態を懸念していたアミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)は、予感が的中してしまったことに、憂いも色濃く目を伏せた。
 竜牙兵は人々を襲うことを目的に現れる。そのため事前の避難勧告をしてしまうと、出現位置が変わってしまい、事前に阻止をすることが不可能となる。
「被害を最小限に抑えるために、皆様、至急ヘリオンにて現場へ直接赴き、凶行の阻止をお願い致します」

 敵は竜牙兵3体。ゾディアックソード使いが1体、簒奪者の鎌使いが2体の構成だ。戦闘で不利になろうとも、決して撤退しようとはしない。
 戦場となるのは、紫陽花が所狭しと植えられた円形広場。
「皆様は竜牙兵出現直後に駆けつけることが叶います。その段になれば、警察による誘導が開始されます」
 私服警官の誘導によって、ほとんどの人々が問題なく避難できるはずだ。
「ですが、竜牙兵に最初に標的とされる幼い少女を助けられるのは、ケルベロスである皆様のみ。駆けつけた直後に竜牙兵の凶刃から少女を救う形で、戦端を開く流れになりましょう」
 黙して耳を傾けていた近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)が、静かに名乗り出る。
「おんなのこの避難と警察との連携は、おれがやる。みんなは戦いに集中してくれ」
 鬼灯は頷き、ケルベロス達を改めて見つめる。
「竜牙兵による虐殺を見過ごすわけには参りませぬ。少女と人々を救い、敵の討伐を、お願い致します」


参加者
タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)
マリアム・チェリ(カラカラ・e03623)
唯織・雅(告死天使・e25132)
アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)
アンナマリア・ナイトウィンド(月花の楽師・e41774)
天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)
犬曇・猫晴(地球人の刀剣士・e62561)
九井・セージ(碧落・e62649)

■リプレイ

●守護者もまた空より降り立つ
 梅雨の晴れ間の空に、プロペラ音が響き渡る。
(「熊本は、どうなっているでしょうか。こんなにも早く本隊が」)
 遥か彼方の空の向こうを見やり、思いふけっていたタンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)は雑念を振り払うようにかぶりをふった。
「……いえ、今は目の前の人の命にすべてを賭けるだけ」
 高高度の強風に長い髪を弄ばれながら、アンナマリア・ナイトウィンド(月花の楽師・e41774)は遥か下方を覗き込んだ。
「梅雨だものね。ちょうど花盛りかしら」
 抜けるような青空を、ケルベロス達の影が次々と降下していった。

 地上は混乱のるつぼにあった。
 紫陽花の庭に突如降り注いだ竜の牙。現れ出でる竜牙兵。
 人々の悲鳴が庭園をつんざく。私服警官たちによる迅速な避難誘導が展開されていく。
 しかし牙の間近で逃げ遅れた女の子を、助けに走れる者はいない。
「グラビティ・チェインを、ヨコセ」
「ゾウオをシルガヨイ。キョゼツをムケヨ。ソレがドラゴンサマのカテとナル」
 暗く不快な声を垂れ流しながら、竜牙兵は凶器を持ち上げ――、
 空から落下する影を複数、視界の端に捕らえた竜牙兵の動作が、ぴくりと、ほんのわずかに鈍った。
 それが決定的な隙となった。
 ガッ、キン……ッ!
 硬質な金属同士のぶつかる音が、立ち竦む女の子の目前で爆ぜた。
 女の子を切り刻まんとしていたゾディアックソードは、寸前で駆け込んだ唯織・雅(告死天使・e25132)の楯によって受け止められ、弾かれた。
 事態の変化を知り、竜牙兵は素早く背後に退き距離をとった。
 雅は隙なく楯を構えたまま、背に庇った女の子へと言葉をかける。
「もう、大丈夫ですよ。ケルベロス、只今参上……です」
「……ける、べろす……?」
 事態を呑み込めず、ぽかんとして反芻する女の子。その少し後方に、他のケルベロス達が続々と降り立っていく。
「流石です」
 短い称賛を送りながら、マリアム・チェリ(カラカラ・e03623)は雅の隣に並び、共に女の子の盾として竜牙兵の前に立ちはだかった。
「高いところから失礼するわ。兵隊さん、市井の人へのオイタは駄目よ?」
 アンナマリアは紫のカラードレスの裾を翻しながら着地し、粛然と戦線に歩み出る。
「性懲りもなくチェイン集め、ご苦労様です。やらせませんよ? 日本中どこでも、人命の危機にケルベロスあり、なのです」
 タンザナイトは戦意を漲らせながら、前線に身を乗り出した。
「か弱き者を狙うなど、戦士の風上にもおけぬ愚行!」
 カッ、と耳を打つのは、天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)の威勢の良い口上だ。
「お天道さまに代わって、我らけるべろすが不届き者を成敗いたしましょうぞ。美しく、鮮やかに咲き誇る紫陽花の中に、血の色などは必要ありませぬゆえ!」
「……ケルベロス」
 竜牙兵の一体が小さく呟いた。ケルベロス、ケルベロス、ケルベロス……三体は音の波紋を重ねるように、不気味に復唱し合う。
 皮肉っぽい眼差しで、それを眺めやる犬曇・猫晴(地球人の刀剣士・e62561)。
「竜牙兵。ほんと、こいつらってどこにでも湧くよねぇ……。どっかのGに似た生き物と同じ位厄介だ」
 着々と竜牙兵を包囲していくケルベロス達。最後に降り立った近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は、仲間たちの背後にわけもわからず庇われている女の子に駆け寄り、手を差し出した。
「おいで。いっしょに、おじいちゃんのところに帰ろう」
「お、おじいちゃん!? かえる……!」
 女の子はヒダリギに手を引かれて、戦場から無事離脱していく。獲物が遠ざかることに口惜しげな唸り声を漏らす竜牙兵たち。
「随分と場違いな奴等がいるんだな」
「花を慈しむこともできないの?」
 九井・セージ(碧落・e62649)とアミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)は、嫌悪も露わに、竜牙兵の視界を遮るように立ちふさがった。
「この場で命は刈り取らせないわ」
 夕闇色の諧調を描く翼を広げれば、アミルの髪を彩る色とりどりのビオラが揺れる。
「出口はあっち。お引き取り願おうか」
 クールに上空を指さすセージの眼差しには、隠しきれない好戦的な熱が滲んでいる。
「オンテキ、ケルベロス……コロス……!」
 竜牙兵の落ちくぼんだ眼窩の向こうで、殺意がギラリと輝いた。

●破滅をもたらす竜牙
 ゾディアックソードを構えた竜牙兵の両脇で、禍々しく湾曲した鎌が二振り、振りかぶられる。
 それを見取った瞬間、アンナマリアは目の前に光の鍵盤を展開し、端から端まで勢いよくかき鳴らした。
「カーテン・コールの時間だわ。花園の中でラスト・ダンスを踊りなさい」
 いち早く飛び出したタンザナイトが、鎌を振りかざす二体のうち手近な一体を、吹き上がる光芒で打ち据えた。マリアムと雅が各々にカラフルな爆発を起こし、士気を高めた前後衛が流れるように動き出す。背後に表出した御業を鍵盤の音色で操り敵を捕らえるアンナマリア。バスターライフルから精密な凍結光線を照射するセージ。すべての攻撃は手負いの一体に集束していく。
「雨露の輝く紫陽花と、花を愛でる人達の心はとても美しいわ」
 どことなくアンニュイに、アミルはしっかり者のウイングキャットに語り掛ける。
「邪魔するなんて無粋よ。そう思うでしょ、チャロ」
 おっとりとした声音でいて、その攻撃は敵に隙を与えることなく、竜牙兵の鎧を無慈悲に斬り破る。
 竜牙兵とてなされるがままではない。
「コシャクな!」
 集中攻撃を受けている盾役からケルベロス達を引きはがさんと、無傷の片方が大鎌を投擲してくる。後衛からは星座のオーラによる援護。体勢を立て直した手負いの一体も、虚纏う刃で斬りつけ、傷口から生命力を簒奪する。
「誰かを守りつつ殲滅するとあれば、鶴翼の陣ほど適した陣形もありませんでしょうな!」
 前衛が敵の攻撃を引き付けている隙に、猫丸は九尾扇を翻し、膨大な破魔の力を与えて陣を整えていく。
 刃を振るう竜牙兵たちの姿に、猫晴は目を細める。思い描くのは、ケルベロスに覚醒したあの日のこと。
 先日、攻性植物と相対した時の緊張感とは、別の感覚がせりあがる。あの日、自分を殺そうとした者と同じ種族の者ども。今は自分にも戦える力があるとわかっているのに、足が震えて、竦み上がる。
(「それでも、ボクは……」)
「ウオオオオオオオオ――!!」
 猫晴は腹の底から咆哮した。ぎょっとして振り返る仲間たちを一気に追い抜き、竜牙兵の目前に躍り出る。
 幻惑をもたらす桜吹雪纏い、斬撃は前衛に立つ竜牙兵たちの硬質な体を斬り裂いた。一般市民を守るために。
 ……自分と同じ思いをさせないために。

●塵へと還れ
 ケルベロスは徹底して手負いの一体を追い詰めた。標的から外れたもう一体がしばしば庇いに入るも、ものともせずに攻撃を重ねていく。竜牙兵の前衛は目に見えてうち崩れていった。
「皆さん、流石ですね」
 マリアムは素直に感嘆し、強者への憧れをあらわにしながら、仲間を発奮させる爆発を連鎖させていく。それが敵の消耗を加速させていく一端を担っているのは間違いない。
「ウヌゥ……」
 旗色の悪さを見取り、攻撃手である後衛の竜牙兵が、剣を足元に向けて守護星座を描き出した。治癒と耐性が前衛を立て直してしまうが、強烈な後衛の攻撃を一巡封じられたことは、決して小さくない。
 してやったりと悪びれもせず笑みを浮かべて、セージはバスターライフルを構える。
「悪いけど、大人しくしてもらうぜ」
 巨大な銃口から照射された魔法光線が敵を圧倒した。重ねてテレビウムのブルーベルがまばゆいフラッシュを焚き、前衛の注意を引き付けていく。
 手負いの竜牙兵はグラビティを耐え抜きながら、隙を縫って大鎌を投擲してくる。
 アミルを狙うその軌跡に、雅がとっさに割り込んだ。
「そう、簡単に……抜かせは、しません」
 雅は楯で斬撃をいなしながら、上下二対の翼を広げ、『安らぎ』と『休息』とをもたらす暖かな一編の詩を歌いあげた。月光のアリアが、身に降り積もった不浄を浄化していく。
 竜牙兵の攻撃も苛烈を極めた。両鎌から解放される怨念による蹂躙、強化を砕く強烈な一撃。仲間が傷つくたびにアンナマリアが鍵盤を軽快にかき鳴らし、歌う。時折後衛に飛んでくる攻撃には、セージが紺碧の空、星影の夜を用いて対処した。
 ケルベロス達は極力紫陽花を荒らさぬよう立ち回ったが、敵はそうもいかない。竜牙兵が暴れまわるたびに、紫陽花の花が無残に散る。綺麗に整えられた庭が踏み荒らされていく。
「花や命を愛でる心など持ち合わせてはおらぬ、と」
 惨殺ナイフを翻し、猫丸は瞳を鋭く光らせた。
「なればわちきから申すことは何もありませぬ。露と消えて頂きましょう」
 猫の如くひらりと懐に潜り込む猫丸。ジグザグに変形した刃が、満身創痍に追い込まれた盾役の竜牙兵を激しく斬り裂いた。
「グガァァァァァ……ッ」
 断末魔の叫びを上げながら、竜牙兵は灰燼となって消え果た。
 残る竜牙兵たちに動揺が走る。対し、つつがなく一体を葬り去ったケルベロス達は、流れるように標的をもう一体の盾役へと移した。
「セクメト、我らも。共に……参りましょう」
 強化を振りまき終えた雅は、武具をバスターライフルに持ち替えて光線を照射した。光線のまばゆさに紛れるように素早く接敵したウイングキャットが、長く伸ばした爪で敵をひっかき追い打ちをかける。
 続けざまヌンチャク型如意棒で一撃を加えて自陣に戻ったタンザナイトは、駆け込んでくるヒダリギの姿を認め、戦列に手招いた。
「戻ったのですね。戦況は見ての通りなのです。段取り通りよろしくです」
「わかった。もう一体たおしたのか……」
 ヒダリギは皆の手際の良さに感心の声を漏らしながら、オウガ粒子を放出し仲間を補助ししていく。
 事実、ケルベロスの攻勢は効率的に敵の力を削ぎ、瞬く間に敵を追い詰めていく。すでに少なからず手傷を追っているもう一体の前衛を追い詰めていくのも、難しいことではなかった。とりわけ念入りに付与され増殖された氷結効果が、攻撃が重なるにつれその命を急速に奪っていくのがわかる。
 敵の衰弱を見て取り、アンナマリアは奏でる曲調を切り替えた。
「レッツゴーシリアルキラー! おいでませ、ザンテツうさぎ!」
 ポップでキュートな魔曲に合わせて、召喚された一匹のウサギが超高速で戦場を駆け回り、標的の竜牙兵をズタズタに切り刻んだ。
「防護は剥いだわ。あと一撃!」
「承知」
 端的に返し、マリアムは正面から敵に相対した。月の名を冠する、極寒の拳。大地を割り巻き上がる砂塵が、標的を足元から凍てつかせ、針の如き痛みの中に敵を閉ざしていく……。
「アグ……ガッ……」
 小さく呻いたきり、凍りついたように動かなくなる竜牙兵。その体もまた、粉微塵に消滅していく。
 全ての盾を剥がれた残る一体が、骸骨の奥深くで、口惜しげな呻きを漏らした。

●紫陽花祭は笑顔に満ちて
 青空の下にグラビティと剣戟が煌めく。雨露散らす紫陽花の花弁も散らして、戦いは苛烈を極めていく。
 戦いの主導権を握っているのはケルベロスだった。最後の一体となった竜牙兵も必死に剣を振りかざしてくるが、それはもはや、無駄な抵抗と呼ぶしかないものだった。
「グゥゥゥ……タオれて、ナル、モノか……ッ」
 守護星座の輝きで武装する竜牙兵。しかしわずかな耐性も、ケルベロス達は見逃さない。
「その加護。纏めて、撃ち砕かせて……頂きます」
 一瞬にして懐に飛び込んだ雅が、構えた楯を振りかぶった。音速を超える打撃が、至近距離から竜牙兵を吹き飛ばす。
「ハァァァァッ!!」
 気合もひとしお、敵の呼吸に合わせて踏み込む猫晴。魔叩。拳が、足が、武具が、敵の体内にありったけのグラビティをぶちかまし、同時にその消耗を如実な手応えとして伝えてくる。
「あと少し……畳みかけるんだ!」
「ああ、任せろ」
 稲妻を弾けさせながら、応えるセージ。
「狙うは、あの一点」
 掲げられたゲシュタルトグレイブが竜牙兵の肩を狙いすまして、超高速で貫いた。電流が敵の神経を焼き、ゾディアックソードを握る手元に不自然な痙攣が走る。
「あなた達の刃の雨なら結構よ。だってあたしが見せてあげるもの。――さぁ、姫の歌声を聴きなさい」
 アミルが喚び出すは、無数の水の刃。その剣戟が奏でる音は、到底歌とは呼べぬ人魚ノ戀。歌え、叫べ、この恋の終わりを。
 すでに釘付けならぬ氷漬けとなった竜牙兵に、この連続攻撃は致命的だった。もちろん手を緩めるケルベロスではない。
「さあさ、我が天淵流の筆捌き、その真髄をとくとご覧あれ!」
 猫丸が取りいだしたるは筆状のペイントブキ。一筆断ち【捌筆】。敵の体にでかでかと一筆したためれば、竜牙兵の鎧兜は捌き筆の如く纏まりを失い、防御の力を失っていく。
「――行きます」
 マリアムは拳を固め、シンプルに殴り掛かった。降魔の力を込めた痛打が、竜牙兵の魂に喰らいつく。
 竜牙兵の剣が、大地に突き刺さった。
 もはやまともに構えをとることさえ叶わず、剣にすがりつくしかない竜牙兵の前へと、タンザナイトは静かに歩み出た。
「熊本の主たちの後を追うがいいです」
 アセンションブレイズ。立ちのぼったのは、地獄から星界まで吹き上がる光芒。
 その力は、悪しき神を地球から祓う。
「――ケルベロスがああああァァァ!!」
 呪いじみた絶叫を上げながら、竜牙兵は光に焼かれて塵と消えた。

「止まない雨はない……って先週も同じ事言ったです。はぁぁ~もう! うんざりなのです! 次も叩き落としてやるです!」
 拳を収めたタンザナイトは、大きなため息ののち、上空に向かって空元気で吼えたてた。
 その背後では、周辺の修復作業がサクサク進められている。
「花はちょっと散ってしまったわね……でも、できるだけ、綺麗にしていきましょう」
 光る鍵盤の上で指を弾ませながら、アンナマリアは惜しみなく治癒を振りまいていく。
 猫晴は竜牙兵を打ち据えた感触を握りしめると、修復作業に加わった。
「壊れる前の通りにはならなくても、少しでも戻せるなら、ね」
 修復も一段落した頃、人の気配が戻ってきた広場を見渡したマリアムは、救うことのできた命を見出し、小さく破顔した。
「ご無事でしたか」
 ケルベロスの前に現れたのは、祖父に手を引かれた女の子――ゆかりだった。
「あ、あの……みなさん、ありがとうございました!」
 祖父に促され、少し照れ臭そうに会釈するゆかり。
 アミルは微笑み、ゆかりに目線を合わせて問いかける。
「怪我はないわね?」
「うんっ」
「ならもう大丈夫、今だけの紫陽花をお祖父ちゃんと楽しんで」
「うん!」
 元気な返事に、ケルベロス達に笑みが広がっていく。
 ゆかりのみならず、周囲の人々から視線が集まっているのを意識して、雅は小さく咳ばらいをした。
「如何なる、デウスエクスが。来ようとも……ケルベロスが、必ず。皆さんを……護ります!」
 少しわざとらしいほどの見得切りだったが、人々はわっと沸き立ち、口々に囃し立てたり感謝の声を上げた。
 きゃっきゃと大喜びするゆかりに、猫丸はちょいちょいと手を振って注意を引く。
「わちきも一緒に紫陽花を見て回ってよごにゃんすか?」
「え? いいよー」
「おぉ、こいつぁ重畳。よければヒダリギさんもご一緒に! 花々は心を癒やすもの。きっと、素敵な思い出となりましょう!」
「ああ、いいな。いく」
 仲良く連れ立って、雨露にキラキラ輝く紫陽花祭へと赴く愉快な一行。
 思い思いに祭を楽しむ人々に紛れて、セージは紫陽花の小路を散策し、ブルーベルと一緒に写生にふけった。
「……守れてよかったな」
 その呟きには、表情には決して出ない、深い喜びが滲んでいた。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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