大和見下ろし躑躅は踊る

作者:零風堂

 涼やかな空気の流れる早朝に、熱い呼吸で体を動かす、ひとりの少女の姿があった。
「…………!」
 音楽に合わせているのか、耳からはイヤホンのコードが伸びている。
 鋭い速さで動作する手足が様々なポーズを形作り、彼女に聞こえているであろう音楽のリズムに乗って、『静』と『動』のタイミングが絶え間なく繰り広げられていく。
 観客などひとりも居ない静かな公園の中で、彼女だけが眠りから目覚めた生き物であるかのように、激しく練習を続けていた。

 その上空からふわりふわりと、幾つもの花粉が舞い降りてくる。公園の端、川に面した辺りに植えられていたツツジにその花粉が取り付くと、突如として枝葉が蠢き出し、無数の鮮やかな花が咲き始めた。
「あれ、花が……? う、ううっ……」
 少女が異変に気付いた時には、彼女の周りを無数の花びらが取り囲んでいた。
 いつの間にか体内に侵入していた攻性植物の毒気が彼女の身体を蝕み、呼吸すらも困難な状態へと陥れていく。そうして倒れた少女には構わずに、動き出したツツジの攻性植物たちは次なる獲物を求め、静かに移動を開始するのだった。

「……また、大阪で攻性植物の事件ですか」
 ヘリオライダーの黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)から話を聞いていたティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)は、どこか心配そうな感情を声に乗せて呟いていた。そんなティニの言葉が聞こえたか、ダンテも僅かに表情を曇らせる。
「そうっす。やっぱ攻性植物たちは大阪市への攻撃を重視しているみたいっすね。これで周辺住民たちを追っ払って、自分たちの拠点を作るつもりらしいっす」
「更にはゲート破壊の成功率も、少しずつ下げられてしまう……と。やはりどうにも、困った状況ですね」
 このまま放置はできない。
 ティニの言葉にダンテは頷いて、他にも集まった何名かのケルベロスに呼びかけるようにして、事件の説明を続けた。
「今回は、ツツジという植物の攻性植物が現れるっすよ。謎の胞子で一気に誕生するみたいなんで、ある川沿いの公園の中で一斉に動き始めるみたいっす。こいつらは一般人を見つけると殺そうとしてくるんで、かなり危ない状態っすね」
 周囲に一般人は居ないのかと問われ、ダンテは一瞬だけ口ごもる。
「……ええと、連中が動き出すのは朝の早い時間みたいなんで、ほとんど人通りはないみたいっすね。ただ予知によると、ひとりの女の子が問題の公園でダンスの練習をしてるらしいっす」
 逆を言えば、彼女さえ何とかすれば良いということだと、ダンテは言葉を付け加える。
「ツツジの攻性植物は全部で4体っす。毒の効果を持つ花びらを撒き散らしてきたり、催眠の効果がある毒針で攻撃してくるみたいっす。この4体は別行動する事は無く、だいたい固まって移動するみたいっす。それに戦闘が始まれば逃走することもないみたいなんで、公園から外に出る前に対処するのも難しくないと思うっすよ」
「それなら、女の子には避難して貰って、公園の中で戦うのが良いでしょうか? 周囲への被害を気にしながら4体の敵を相手にするのは、少々骨が折れそうですし……」
 思案を続けながらも、ティニは言葉を続けていく。
「何にしても、攻性植物たちが起こす事件を放ってはおけないっす。皆さんで力を合わせて、奴らを撃破して欲しいっすよ」
 作戦を相談し始めようとするケルベロスたちに向けてダンテは激励の言葉を贈るのだった。


参加者
神宮時・あお(囚われの心・e04014)
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)
二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)
終夜・帷(忍天狗・e46162)
エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)
智咲・御影(三日月・e61353)

■リプレイ

 静かな川の流れに反して、激しいリズムが地面に刻まれていく。
「……っは!」
 少女の呼気は汗と共にはじけ、地面と宙に舞い散って消える。それは正に一瞬の煌めきで、今を生きる彼女の情熱を表現しているかのようにも見えた。
「侵攻の手を緩める気はねえってとこか。……被害が広がる前に止めねえとな」
 そこへ降り立ったグレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)は注意深く辺りを見回してから、ティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)へと目配せする。
「ここに居ると危険だ。すぐにこの場から逃げて欲しい」
 ティニと共に智咲・御影(三日月・e61353)が少女へと駆け寄り、手短に事情を説明する。デウスエクスの脅威は彼女も理解しており、ティニに連れられて、公園の外へと駆け出した。
「楓さんが来たからには、1人だって犠牲は出さないっすよー!」
 狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)がふわりと構え、炎にも似た闘気を周囲に灯らせる。動き始めたツツジの攻性植物を前に、少女が追撃を受けることのないよう立ち塞がるよう陣取った。
 終夜・帷(忍天狗・e46162)は先頭のツツジよりやや手前に跳び、握り込むような形で螺旋手裏剣を振り上げる。直接突き刺すにはやや離れた間合いだが、帷は迷うことなく敵の影に手裏剣を突き立てた。
 ビクンと僅かにツツジは身を震わせる。帷は一瞬だけその動きに視線を送ると、素早く跳躍して間合いを取っていた。
「攻性植物の動きも、油断できませんね」
 その間に滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)が殺気を纏い、その身から解き放つ。巻き込まれる人が出ないよう、一般人を遠ざけるつもりのようだ。
「朝の公園なら、まだ他にも人が来るかもしれねぇな……」
 エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)もそう言って、立入禁止のテープを貼りに駆け出していた。

 ツツジからはふわりふわりと花びらが舞い、甘い香りが周囲に漂う。
「さて、心配事も消えたし、しっかりやらせてもらうぜ」
 しかしグレインはその花吹雪の中を突っ切るようにして敵陣に飛び込み、ゾディアックソードを振り上げていた。降魔の力を刃に集中させ、断ち切るように思い切り打ち降ろす。
「…………」
 神宮時・あお(囚われの心・e04014)が微かに目を細め、狙いを絞る。白緑の花弁を纏う武器を砲台に変形させ、反動を肩で受け止めるように構えて解き放つ。
 轟っ!
 空気を引き裂く音と共に、断罪の力が攻性植物に迫る。完全に直撃とはいかなかったものの、敵の枝葉を幾らか散らして轟竜砲は突き抜けていった。
「ふふっ! この戦場は楓さんが支配したっすよ! 覚悟するっす!」
 その間に楓が無数の刃を空中に放り投げていく。刃は見えない糸で手繰られているかのように動き始め、仲間を援護すべく展開されていった。
「……被害は、最小限にとどめたいです」
 弓月がゾディアックソードを振り上げて、煌めく刃の軌跡で星の紋章を描いてゆく。守護星座の力を叩き付けるように地面へと降ろすと、目映い光が広がって仲間たちを包んでいく。
「っと、こりゃまだ収束しそうにねぇな」
 エリアスは駆けて戻ってくると、すぐさま腕をコキコキと軽くほぐし、構える。
「……何にせよ、今は一体一体片付けてくしかねぇ」
 瞬間、エリアスの腕から無数の角が突き出てきた。その拳で地面をぶん殴り、敵の足元から無数の角を突き出させる。
「っ!?」
 エリアスの攻撃はツツジの根と幹をざくざく貫いたものの、直後にエリアスは胸を押さえていた。痛みと共に、意識が遠くなるような感覚。細く鋭い毒針が、深々と突き刺さっていた。
「被害が拡大しないよう、手早くいこうか」
 御影は軍帽を深く被り直すと、エクトプラズムで疑似肉体を形成してゆく。それから仲間たちの耐性を高めるように、身体に纏わせていった。
 帷は集中攻撃を受けないように、足を使って動き回っていた。毒気の薄い場所で息を吸い、螺旋の力を練り上げながら左腕に溜めていく。
 刹那、敵が一歩踏み出そうと身体を揺らした瞬間を狙い、帷が氷の螺旋を解き放つ。
「一気に畳みかける!」
 螺旋の氷がピシピシ広がる中、グレインが獣の力を高めて突っ込んでいく。相手はそれでも花弁を撒こうと枝を突き出してきたが、グレインは構わず加速し、狼の爪が如き一撃を突き立てる。ぐしゃりと花が潰れ、幹にまで亀裂が走る。
 月の光を纏って舞い踊るかのように、あおは古代の呪文を操り、石化の魔力をその手に宿す。それは儚い花弁のように、はらはらと朧げな光となって純白に輝いていた。
 そっ、と散らすようにして振り抜けば、光はツツジを包んで掴み、石と変えてその命を終わらせる。
 散ることも枯れることもなく、終わりを迎えたその花へ、あおは静かに別れを告げた。

「わっはー! 次々いくっすよ!」
 楓がバールのようなものを振り上げて、次の攻性植物へと叩き付ける。みしっと幹に亀裂が走るが、相手は咄嗟に毒針を放ってくる。
 その一撃が、二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)の肩口あたりに突き刺さった。
「彩りを添えてくれる花、おれは好きだ」
 御影は一瞬だけ花の色に視線を向けてから、光の球を手の中に生み出す。その光球はルナティックヒール、満月の力を宿し、破壊の衝動を呼び起こすもの。
「だからこそ止めよう。花弁に毒を持つなど、きみ達も望まないだろう」
 御影は光をたたらへとぶつけ、その傷を塞ぐ。そうしてたたらは体勢を立て直すと即座に光の翼を羽ばたかせ、攻性植物へと突っ込んだ。
 正面からの突撃を受けて、ツツジが大きく揺らいで倒れた。その間に弓月が帽子を押さえつつ、ふわり、と舞い踊る。
「しっかりと確実に対応したいです」
 そのステップから散らされる花のオーラが、仲間たちの傷を癒して正気を取り戻させていく。
「任せな。刈り取ってやるか、草だけにな!」
 エリアスが地を蹴り、くるりと簒奪者の鎌を一回転させて振り上げる。ダッシュの勢いを乗せて振り出すように、倒れたツツジの幹へと斬り降ろす!
 だんっ!
 まだ蠢いていたツツジだったが、エリアスの一撃で半ばから両断され、その命すらも絶たれたのだった。

「……!」
 飛来する毒針を、帷は紙一重で避けていた。完全に無傷……とまではいかないものの、集中して動いていれば、致命的な一撃は貰わずに済んでいるようである。
 だがそれは言い換えれば、集中を欠けばいつ直撃を受けてもおかしくないということでもある。疲労による体力の低下、傷の痛み、こちらが攻撃するタイミング。すべてにおいて、一歩も間違えることはできない。
 帷は螺旋の纏わせた手裏剣を進行方向の地面に投げつけると、それを蹴った反動で大きく跳躍する。相手の影を地面に縫い付けると同時に、自身の間合いも開くよう狙ったのだ。
 狙いは……成功。帷は生じた隙にベンチの影へと転がり込んで、急ぎ呼吸を整える。

「あと少しだ。踏ん張れ!」
 グレインが足元に理力を集中させつつも、敵の狙いを引き付けるように走り、立ち位置を調整している。星型にまで高めたオーラを蹴り出して牽制もするが、一撃は惜しくも枝で振り払われてしまう。
(「あれは……?」)
 その時、御影の視界に、ティニの戻ってくる姿が入ってきた。少女の無事を確かめるように視線を送れば、ティニはぐっと親指を立てて応える。
「お待たせしました。援護します!」
 狙いを定め、ティニが銃弾をばら撒き始める。その報告と援護を受けて、御影は小さく頷いた。
「躑躅の花言葉は『慎み』、だそうだ」
 それから静かに、刀を抜く。その刀身は氷のように冷たく輝いて見え、死にゆく者への標となる。
「……慎んで散れ、おれが弔う」
 刃を振り上げ、無数の写し身を形成、展開する。そして降り注ぐ刀の雨が、ツツジの枝葉を、幹を根を、次々に切り裂いていった。
 刀の雨の中で、あおは静かに狙いを定める。時空さえ凍結させる魔力を弾丸に、冷たい決意と祈りを込めて解き放った。
 相手の動きが止まった一瞬に、帷は敵に向かって駆け出していた。氷に包まれていくその木の幹に、螺旋氷縛波を捻じ込むように突き出して叩き込む。
 氷が傷口を押し開いて裂くように、ばきばき、ぱりぱりと攻性植物が裂けていく。氷によって引き裂かれ、ツツジの木はバラバラと地面に転がっていった。

 最後に残ったツツジの木は、まだ戦意を失っていないのか、枝を振って花弁を撒いてくる。
 弓月は息を止めて腹を括り、空の力を刃に集めて飛び出した。
 絶空斬が花びらごと、ツツジの枝を断ち切って落とす。
「植物が、やたらめったら動くんじゃねぇよ」
 エリアスが拳で地面を打つと、根を大地に繋ぎ止めるよう、角が次々に生えてくる。
 その鋭い攻撃に掴まって、ぎしっと敵の動きた止まった。
「これで終わりにするっすよ!」
 楓がニッと笑みを浮かべ、額の辺りに手を添える。
 どんっ!
 その直後、爆発させた楓の感情が雷撃となり、一気に突き進む!
 激しい雷はツツジの幹を真っ二つに裂いて焦がし、戦いに終止符を打つのだった。

「ここで暮らす人にも植物にも、落ち着かねえ状況だしな……。なんとかしてえところだ」
 戦いを終えて、グレインはやれやれといった様子で息を吐く。
「エリアスさん、みいさんにおみやげのお花とかどうでしょう?」
 弓月も残った普通の花を眺めてエリアスに言葉をかけていた。
「そうだな。だが摘み取っていくよりは、この平和な風景を一緒に眺めるのが、いいかもしれねえな……」
 エリアスは静けさを取り戻した公園を眺めながら、そんなふうに言葉を返すのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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