白花のめぐみ

作者:志羽

●白花のめぐみ
 まだ朝日登りきらぬ時間の事だ。
 ふわふわと、謎の花粉のようなものが飛ぶ。
 それが取り付いたのはエルダーフラワーの樹だった。
 この初夏の時期、その樹は枝先に小さな、白い花を咲かせるている。それは今日も変わらない。
「さ、今日もちょっともらうわね。あれ、なんだかちょっと……臭い? 何かしら……」
 と、何か変な匂いと周囲を見回しながらエルダーフラワーの樹に近寄る女の姿が一つ。
 それはこの家の主だ。手には籠を持ち、花を取ろうと手を伸ばした瞬間。
「え?」
 枝葉がしゅるりと伸び、女へと纏わりつき自らの内へと引き込んだ。
 攻性植物となったその樹は、さわさわと変わらずその枝葉を風に揺らしていた。

●予知
 攻性植物が見つかったんだと夜浪・イチ(蘇芳のヘリオライダー・en0047)は集まったケルベロス達へと告げた。
「場所はある都市の、中心地からちょっと離れた場所。のどかな風景の中に、ぱっと一件の可愛い感じの家があるんだけど」
「そこの庭にあるエルダーフラワーの樹ね」
 言葉を継いだオルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)の言葉にイチはそう、と頷いた。
 その家は、一部は店舗となっている可愛らしい喫茶だと言う。
 この時期、喫茶の店主である女性は早起きしてエルダーフラワーを収穫し、それらをシロップにして水割りや炭酸割。はたまたヨーグルトにかけたりと色々な方法で客に振る舞っている。
 襲われるのも、朝の収穫の時間帯の事なのだ。
「攻性植物は女性を宿主にしてしまっている。皆にはこの対処をお願いしたいんだ」
 そう言って、イチは状況について続ける。
 攻性植物はエルダーフラワーの樹、一体のみ。
 取り込まれた人は攻性植物と一体化しており、普通に攻性植物を倒すと一緒に死んでしまう。
 けれど、相手にヒールをかけながら戦うことで、戦闘終了後に取り込まれた人を救出できる可能性があるのだ。
「敵を癒しながらの戦いは長丁場になるだろうけど、可能なら囚われた人も助けてあげてほしいんだ」
「任せて。もちろんそのつもりよ」
 そう言ってくれると思ってたよとイチはオルテンシアに笑いかけ、そしてよろしくねと集った者達へと続けた。
「それと。本当ならいい匂いなんだけど……ちょっと臭いかも」
「臭い?」
「うん。良い匂いもすぎると、異臭というか……」
 こればかりは行ってみないとどの程度かわからないとイチは苦笑する。
「……ちょっと待って……!」
 と、言葉を発したのはザザ・コドラ(鴇色・en0050)だ。
「もしかして、もしかしてその現場は……ここでは?」
 ザザが携帯端末で見せたサイトをイチが覗きこみ、そこだねぇと頷く。
「えー! ここちょっと名の知れた美味しい朝ごはんのお店なのよ」
「ザザ、私にも見せて」
 はい、と渡された携帯端末を見て、オルテンシアは瞬き。そしてザザと視線を合わせ頷きあう。
 絶対、助けましょうと。
 その傍らで、オルテンシアの従者が自分も頑張るのだというように跳ねていた。


参加者
日咲・由(ベネノモルタル・e00156)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
ミニュイ・シルヴェイラ(菫青石・e05648)
デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)
美津羽・光流(水妖・e29827)
レターレ・ロサ(禍福の讃美歌・e44624)

■リプレイ

●異香の庭で
「ここね! ……ふぇっ!」
 思わず、といったようにザザ・コドラ(鴇色・en0050)は鼻を押さえた。
 その香りが異質であることは、間違いない。
「これはなんというかこう、骨の髄に響く臭いね」
 清らかな白花のめぐみ――透きとおった癒しの香が骨頂のはずが、とオルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)の言葉尻は落ちる。
 エルダーフラワーの樹。それは今、変わり果てた姿となっていた。
 ぷっくりと膨らんだ場所はどうやら店主を捕らえた場所の様子。
「さて、囚われの女性がいるんだ。本気を出していこうか」
 あそこかな、とレターレ・ロサ(禍福の讃美歌・e44624)は瞳細める。
「エルダーフラワー……万能薬だね。可能なら効能は破壊ではなく癒しであって欲しいものだよ」
 デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)は嘆かわしいと、紡ぐ。
 その声に残念ですねとミニュイ・シルヴェイラ(菫青石・e05648)も同意を示し瞳伏せた。
 攻性植物になってしまった事も、本来の性質――香りを失ってしまった事もだ。
「ガウちゃん、トリィちゃん。それでは、参りましょうか」
 ミニュイは傍らのボクスドラゴン、ガウェインとファミリアである鳥のトリスタンに声かける。
 意識しなくても主張してくるその臭いに日咲・由(ベネノモルタル・e00156)は足元をふらつかせつつ眉を顰めた。
「んもぅ、エルダーフラワーってこんなに甘くて臭かったの~? ほろ酔い気分も覚めちゃうじゃないのよぅ……!」
 由はそう言って、きっとその樹を見詰め、地を踏みしめる。
「こんな悪い子は倒して、そっちの子はお姉さん達が助ける!」
 その言葉と同時にどこからか現れたのはどこかミステリアスなウイングキャット。
「うおっ……甘っ!! エルダーフラワーってこんな匂いだったっけ?」
 鼻を押さえ天矢・和(幸福蒐集家・e01780)は眉顰めた。
「正に朝飯前のひとしごとじゃねぇか」
 呟きながら天矢・恵(武装花屋・e01330)は周囲を見渡す。
 店と、そして庭の樹、そして草花。それらを損なうわけにはいかないと思える自然の空間。
「庭も含めての名店だ、守ってやるぜ」
 そして庭も守るように立つ恵の傍らで和もうんと頷く。
「魔除けの木やったのに災難やな」
 その仕事は俺らで引き継ぐさかい安心してや、と美津羽・光流(水妖・e29827)は紡ぐ。
 ざわりと枝葉はさざめいて――敵と見止めたケルベロス達へと襲い掛かった。

●香りの果て
 植物と植物を愛する人を護る――これは花屋の勤めと恵は思う。
 だからこそ、出来るだけ庭を破壊せぬように動き、流星の煌めきと重力乗せた蹴りで敵の動きを阻害する。
 続けて後方から和が弾丸を放つ。地を撥ねてそれは樹の枝葉を貫いた。
 そして和のビハインド、愛し君がその動きを縛る。
 デニスからももう一撃。走り込んで、振り上げた脚による一撃はまた敵の動きを鈍らせていた。
「臭っ、早く終わらせんと鼻が曲がってまう」
 近付けば一層感じるその臭い。それに耐えながら地面にケルベロスチェインで守りの陣を光流が描く。
 前列の仲間達へ、守地の力となるように。
「いつものように動けるわね、カトル」
 オルテンシアの言葉にミミックのカトルはぴょんと跳ねて応える。
 やる気はいつも通り一杯だ。
 皆が自由に振る舞えるよう追風となり盾となること。
 それがこの場で課されている事だ。
「多少くちゃくても我慢よ。しっかり食らいついてらっしゃい」
 枝葉を伸ばして振るう攻撃。
 仲間へ向いた攻撃の前にオルテンシアは立って、その一撃を受ける。
「ベットは――とらえた人にしてもらうわ」
 白のカード掲げて、破綻した定理の上で勝負を。
 オルテンシアからの攻撃に敵の動きの精度が落ちる。
 杖となったトリスタンを手にミニュイが放つは魔法の矢。
 無数の矢は真っ直ぐ、敵に向かって放たれ、それを追う様に竜の吐息をガウェインが見舞う。
「もうちょっと癒して大丈夫? 加減は難しいよぅ」
 と、由は敵を、その中にいる者を癒す。
 声を掛けつつやりすぎないように。
 そして由のウイングキャットは攻撃を。
 敵からの攻撃ももちろんある。しかしそれはレターレとザザがカバーしていた。
「火力は十分だね。癒しは――必要ありそうだ」
 快楽エネルギーをレターレは濃縮する。それを桃色の霧として放てば、仲間の傷は癒えていく。
 攻撃して、回復して、そしてまた攻撃して、積もるダメージを重ねて。
 ひとを取り込んだ樹は蓄積されたダメージによって追い込まれていく。
 それは長く、時間をかけた戦いだった。
 枝のしなりをカトルが飛び出して受け止め、その間にオルテンシアは気咬弾を放っていた。
 従者の頑張りにオルテンシアはさすがねと笑み向ける。
 そして突進する影はミニュイのガウェインだ。タックルを掛け、一瞬の間をつくる。
 その間にミニュイは回復を行っていた。
「しぶとぉい!」
 早くたおれちゃえーと零しながら由は稲妻帯びた突きを一撃。
 すると樹は身を崩すように震えた。
 その機に古代語を紡ぐデニス。
 言葉終わると同時に放たれたのは魔法の光線だ。その光は敵の枝を固まらせていくもの。
「頑張って。きっと助けるから」
 攻撃をしかけられるタイミングではあった。
 しかし、このままではやりすぎると判断して和は声をかけるに留める。
 その声は意識がない彼女には聞こえないだろう。
 それでも、届いて力になると信じて。
「西の果て、サイハテの陽よ、呼ばれて傷を癒しに来たって」
 でも、このまま倒せば救出は、というところで光流が癒しの力を向ける。
 頭の上で空間を真一文字に切り裂けば、あかね色の光があふれだし敵の傷を癒していく。
 そこへ踏み込んだ恵は力の限り、物理で殴りつける。
 だがまだ少し、足りない。
 そこにレターレが走り込み、流星の煌めきと重力の力をもって蹴り上げた。
 その一撃で――ぼろりと敵の身が解けるように崩れていく。
 一番大きな、球体の部分が崩れるとそこに人の影。
 近くにいた恵は咄嗟に、その身を受け止めた。
 攻性植物はその動きを止め、根から崩れている。
 エルダーフラワーの樹のほとんどは、枯れるように朽ちていったのだった。

●接いでいくもの
 無事に女性は救いだせたが、庭の状況は良くないのは目に見えて明らかだ。
 めくれ上がった土。そして倒れた敵――エルダーフラワーの樹は果てた。
 庭をヒールで直すことは簡単だが、ケルベロス達はそれを選ばなかった。
 女性は目覚めるとこの惨状に驚いてはいたが事情を話せば納得し、助けてくれてありがとうと紡いだ。
「大丈夫? 怪我とかない?」
 介抱していた和に、彼女は笑み頷く。
 そして御礼に朝食をと。
 だが、庭をこのままにしておくわけにはいかない。そこで庭の手入れをすることに。
 無理せんといてな、と光流が言うと、はいと笑顔が。
 庭のお手伝いが多そうなので、とミニュイは店主の手伝いを。
「以前より麗しい庭に出来るように頑張ろうじゃないか」
 もちろんボクも、とレターレは腕まくりして。
「朝食を頂けるんだろう? ふふ、実は楽しみにしていたんだ」
 その為にも頑張らないとねと意気揚々と。
 皆で、庭を整えていく。
 そして――立派な樹であったエルダーフラワーの樹は幸運な事に生きている枝があったのだ。
 戦いの中でおられ、切り離された枝か。それとも運よく残ったのか。
 それはわからないが、今までこの庭にあったエルダーフラワーの樹はまたこの場所に根を下ろすことができるのだ。
「エルダーフラワーもお店の一部だもんね。助けられる箇所、あるかな?」
「挿し木できそうだな。この辺りでいいか?」
 恵は店主に確認し、挿し木の場所を確認。
 それを行う前に、庭の片付けだ。
「お姉さんこーゆーのとーーっても疎いから。教えてくれると嬉しいなぁ、んふふ」
 由も手伝うよぅ! と出来る事から。
「そうやるのね……なるほど。えい」
 と、オルテンシアは恵達から教えてもらいつつ真似して地面の手入れを。
 すると隣でカトルが器用に抉れた地面をふんわりと上手に戻している。
 そうして、様変わりはしてしまったけれどこれからまた元のようにエルダーフラワーが枝葉伸ばすことを祈って、その庭は整えられた。

●おいしいお礼
 そして庭が粗方綺麗になった頃、良い匂いもしてくる。
 それは女性からのお礼。
 朝食並ぶテーブルはとても賑やかだ。
「体を動かして、憂いも晴れた後ですと、一層美味しくなりますね」
 早起きしてゆっくりと迎える蝶尺はなんとも贅沢な時間とミニュイは笑み零す。
 その目の前にはガレット。付け合せの野菜は瑞々しく、それもまた美味しそうだ。
 ナイフを入れると、卵の黄身が流れてる。それをガレットと絡めて一口。
 美味しい、と零すと傍らからの視線。隣の椅子にちょこんと座ったガウェインが見つめていた。
「あら、ガウちゃんも食べてみる?」
 そう言って切り分けたものを口へ。するとトリスタンはお皿の横で待機だ。
 そしてエルダーフラワーの香り抱いたシロップ。
 それも口にすれば本来の香りが感じられるというもの。
 本当に贅沢、とミニュイは笑み零していた。
 朝食の席に着く前にウォーレンはふと、純粋に疑問に思って光流に問う。
「花屋が必要って言わなかった?」
「あー、それはその会いたかったんや。俺に先輩が必要やねん」
 その言葉にえーと、と零れ。
「不意打ちでそう言われると、ちょっと照れたかも」
 赤くなった顔は見られたくないけれど傍にいたい。ウォーレンは隣に座って良い? と問う。
「横? 良えけど」
 と、横に座れば、距離が近い。そして良い匂いがすると、光流は思う。
 ウォーレンは光流を見て、その口開いた。
「光流さんに何か秘密があるのは知ってる。不安もあったけど今は信じるし待つよ」
「不安……せやろな。ごめんな」
 ぽつりと呟いて、光流は。
「色々……今はまだ言えへんけど。時が来たらちゃんと言う」
 信じてとは言えへん。けど、待っといてと紡ぐ。
 ウォーレンはその言葉に笑って、美味しい朝ごはんを一緒に食べようと紡いだ。ちょっぴりのもやもやは美味しい朝ごはんとエルダーフラワーの香りが取り除いてくれると思って。
 光流は頷き、ガレットを口に運ぶ。
 零れたのはめっちゃ美味いという言葉だった。
 一緒に如何? とデニスはザザを誘う。そして覚えているかなと笑って示したのは嬉しそうに手をふる娘のアウレリア。
 可愛らしいお店とアウレリアは店の佇まいを眺め笑みを。
「はじめて来るけど、ザザはずいぶん前からご存じだったの?」
「そうなの。来たのは初めてだけど楽しみにしてたのよね」
 朝ごはんは一日のはじまりというザザに、そうねとアウレリアも頷く。
「美味しいなんて聞いたらわくわくしちゃうの。ザザはどう?」
「もちろん私も!」
 そして、目の前にメインのガレット。
 紫の双眸瞬かせ、アウレリアは嬉しそうに。そしてお行儀よく戴きますを。
 まず、新鮮なサラダ。ドレッシングもさっぱりとしていて美味しい。
 それからガレット。
 香ばしいかおりと頬弛ませ、口にすればほにゃりと笑み。
 その表情は、ザザも同じようなものだ。
 そんな二人の様子を穏やかに、和やかに見つめながらデニスはガレットに手を伸ばす。
「もちもちしていて美味いな、ガレット」
 その言葉にアウレリアはうんうんと頷きもう一口。
 すると、少し視線を感じて。
「……ジィジも食べるかな」
「これは欲しい顔をしているわ」
 仕方ないわね、とザザがお裾分け。私からもとアウレリアも。
 そして最後にヨーグルト。
 蜂蜜で食べる事が多いけれど、と口に含んでアウレリアは瞬く。
「エルダーフラワーのシロップも合うのね」
「……ヨーグルトはあまり食べないのだが」
 と、いつもは食べないものに手を伸ばす。そこにはとろりと、シロップが。
 それを口に運べば、エルダーフラワーの香りが駆け抜けていく。
 その感覚に思わず笑み零れていた。
「シロップを掛けると食べやすくなるのだな」
「シロップ貰って帰りたい……」
 ザザの言葉にお願いしてみましょうかとアウレリアも頷く。
 その由もこの時間を堪能中。
「んふふ、美味しそうだよぅ!」
 やっぱりこれが本物の匂いだよねぇ~と由はシロップを手に。
 それより香る匂いは程よく、心地よい。
 炭酸で割ったそれを飲めば。
「シロップも、炭酸も最っ高! 元気になるねぇ~!」
 お酒とはまた違った意味で元気になる美味しさ。
 そしてもちろん、ヨーグルトにもシロップたっぷり。
 酸味の中に甘味。そのバランスにんふふと笑み零れるのは止まらない。
「あーん、甘いものって最高!」
「これでゼリー作っても美味しそう……」
「ゼリー? それもよさそうだよぉ!」
 と、ザザのつぶやきに由も笑み浮かべた。
「うん、大変美味しい。絶品だね」
 熱々のガレットを優雅に切り分けてレターレは口に運ぶ。
 ホットミルクをちろっとダルタニアンは舐め。
 その熱さにシビビと毛が逆立つ。
「しかし、朝から男と対面して朝食を頂くのは粋では無いね」
「貴方は礼拝の時以外、朝に姿を見せませんからね」
 そう言いながらダルタニアンはさらに冷まして、一口含んで堪えた。
 まだ少し熱い。
「ダルタニアン、スカートでも履かないかい?」
「何を言ってるんです、似合いません。それなら貴方にもドレスを着てもらいますよ? いいんですか?」
「ボクで良ければ幾らでも。何着ても似合う男だからね」
「……いえ、快諾しないで下さい……」
 呆れながら丁寧にスフレオムレツを切り分け、ダルタニアンは口にする。
 するとその美味しさに瞳孔を真ん丸に。
「レタ、レターレ! このオムレツを食べて下さい!」
 感激する姿にどれ、と一口貰えば。
「うん!これは好い。口中で蕩ける様は実に快楽的だ」
「この絶妙な焼き加減……ああ、中にキノコのクリームまで……」
 ダルタニアンは美味しそうに頬張る。皿はあっと言う間に空だ。
「おや、ふふふ随分と気に入ったようだね」
「……あの、おかわりは出来るのでしょうか」
「では、追加を貰えるよう可愛い女性を口説くとしようか」
 レターレは店主を呼びにこやかに。
「ところで、レディこの朝食の御礼をしたい。キミに都合良く空いている日はあるかい?」
 と、お代わりを横にまずはお誘いを。
「待たせちまったな。腹、減ってねぇか」
「朝ごはん前に一仕事して美味しくごはんが食べられるってもんだよ」
 いただきまーすと和はガレットを嬉しそうに。
 恵は瞳閉じ、蜜の香りを。
「陽の香りだ」
「うん甘いね……夏の匂いだ」
 そしてヨーグルト一口。美味ぇなと恵の口から零れる。
「だがこの木はもう無ぇ」
「……そうだね」
 少しでも護れたかと恵は紡ぐ。
 すると和はそれでも愛してくれる人がいるんだからまた花開くよと笑む。
 その言葉に頷き、その意味を噛み締めた。
 そして気持ち切り替えるように吐息漏らし、恵はそれを取り出した。
 黄薔薇添えた万年筆インクの包みだ。
 差し出されたそれに目をぱちくり。おおおおおと思わず和は零していた。
「遅ればせながら父の日だ、貰ってくれ。居てくれて感謝するぜ」
「……僕、父の日なんて、したことなかったからなぁ……いいのかなぁ……」
 おずおずと手を伸ばした手に贈物が渡される。
 親父が祝えなかった分も2人分祝ってやると恵は言う。
 当日は喫茶も忙しかった。羽を伸ばせる機会を探していたと。
「ありがとう恵くん。父親冥利に尽きるってもんだ」
「今日はのんびりしねぇか、良い朝だ」 今日は、それに丁度良い。
 恵の言葉に和は笑みで返した。
 ちょっとばかりのんびりしたって、ばちは当たらないのだから。
「ほら、カトル。頑張ったご褒美、今回はちゃんと一緒だから」
 ぽいんと膝上を叩くと、少しの間どうしようかなという素振りを見せる。しかし、そろりとその膝の上へ。
 でもどこか、拗ねている様子。
「あれあれ、ご機嫌斜めですか?」
 機嫌直してとオルテンシアは白旗掲ぐように匙をカトルへ。
「ヨーグルト、美味しいでしょう?」
 もう一口、とかぱっと開く口に今度は朝希がシロップたっぷりの一匙運ぶ。食べ物で釣るみたいで気は引けるけどと言いながら。
「あまり拗ねてると、お膝を降ろされちゃうかもしれませんよ?」
 すると突然居住まい正すカトル。
 世話が焼ける子だと眉下げながら、オルテンシアは朝希と笑いあう。
「それにしても久しぶりの贅沢おめざ……幸せね」
 オルテンシアが笑い零せば朝希も笑む。そしてカトルは白ではないけれどエクトプラズマで花を作ってみせた。
 話すことはどんなことでも良い。他愛ない、日常の事でも、思い出でも。
 話したいことはどんどん増えていくのだ。
 けれどふと、大事なことを忘れていたわとオルテンシアは零す。
 謳われる魔除けの効をあなたにも願って、と。
「おはよう、朝希。好い朝ね」
「はい。おはようございます、オルテンシアさん!」
 今日の始まりに、ほのかな甘い香りと共に。

作者:志羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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