アイナキ

作者:ヒサ

 人々が眠りに就く、深い夜のこと。アイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)は街を巡回していた。
「最近色々と物騒だし警戒を怠るわけには──」
 一人呟いて、ふと気付く。虫すら息を潜めてしまったような静寂は、異質。静まり返った路地で、街灯が唸り明滅した。
(「点検──」)
 闇の奥から、黒槍が飛来する。飛び退りかわすと、路面に突き立った刃は液状に溶けた。
「──が要るかどうかは、あなたを排除してから判断すべきなんでしょうね」
 彼の目がその担い手を見上げる。建物の上から下りて来たのは、不穏な出で立ちをした女。死んだ皮膚で身を接いだその姿が、ヒトである筈も無い。
「うふふ。あなた、お強いのですねぇ~」
 その女が、いっそ無邪気に、にっこりと笑う。
「それにとってもきれい。あなたを貰ったら、わたしもあなたみたいにきれいになれるのでしょうか? なれますよね!」
 女は彼を前にしながら、一人で喋り続ける。
「あなたはわたしの欲しいものをお持ちですもの。ねえそれ下さいまし」
 そうして女が迫る。振るった手が黒く歪み力を宿すのを、アイビーは受け止め、反撃を試みる。手応えにはぞぶりと粘性の何かを思わせる感触。女の朽ちかけの肌の下から洩れ出るそれは、ドリームイーターのモザイクから成っていた。
「わがままを申すはしたない女だと思ってくださって構いません。だってあなたばかりずるいです。わたしばっかり無いんです。わたしだって欲しいですひどいずるイ妬マシイ憎イ」
 彼の反撃をいなした女は瞬く間に距離を取り身を屈め、爆ぜる如く駆けた。次は確実に当てるとばかり、彼を狙いその体は闇を滑る。

 アイビーを狙う敵が現れる旨を、篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)はケルベロス達へ伝えた。
 連絡はつかない。敵がなにがしかの干渉をしたのだろう。ゆえ、皆には急ぎ救援に向かって貰いたいのだと仁那は言った。
 現場は深夜の街中、人気の無い路地。暗闇ではあるが、ケルベロス達ならば問題無く戦えるだろう。だがそれは敵──ドリームイーターも同じこと。彼女は、ケルベロス達が扱う術に似た技を、モザイクを操り用いるようだ。アイビーに執着している様子だが、それを伝えたヘリオライダーには、視たもの以上の事は判らない。ただ、状況が許す限りは彼を執拗に狙うと考えて良さそうだ。
 だから十分に気を付けて、どうか全員無事で、と少女はケルベロス達へ託した。

 ──だから、成すならば速やかに。彼が、奪われてしまう前に。


参加者
一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)
空波羅・満願(満月は星に照らされて・e01769)
アイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
黒須・レイン(海賊少女・e15710)
キアラ・エスタリン(導く光の胡蝶・e36085)
浅葱・マダラ(光放つ蝶の騎士・e37965)
カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)

■リプレイ


 脚に絡む泥めいた感触を引きちぎるよう跳んで、アイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)は左手をかざす。暗青色がさざめいて、砲撃音が夜を打つ。
 地に下りて彼は、傷を負った脚の重さに苛立った。彼一人だけで何事も無く撃退し得る相手では無いのは視えている。
(「でも保たせればきっと」)
 速やかに排除したいのが本音ではあったが、この地を脅かした報いを受けさせるならば確実にと。今は、敵の動きを注視し丁寧に対処を試みる。
 次に宙へ舞ったのは敵。その手に今一度黒槍をしたためる彼女を見上げて彼は、獄炎弾を空へと放った。

 夜の闇にきらめく蝶が舞っていた。その傍には明滅する青い光。それへの応えは地上から。声をあげる代わりに空へ報せを送るのは浅葱・マダラ(光放つ蝶の騎士・e37965)。
「見つけられましたか」
 合図を読んでイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)がほっと息を吐いた。走る速度を上げる。遠く響く戦闘音もまた、彼らの標となった。

 淀んだ棘をを放った直後、敵が飛び退る。何事かに気を散らされたように束の間彷徨った彼女の視線にアイビーが訝るが、敵が次の動きに移るより早くに弾丸がその足元を襲った。混沌の力を乗せたそれは、物陰に身をひそめた黒須・レイン(海賊少女・e15710)の銃によるものだった。
 第三者の介入を明確な形で知って敵は周囲をうかがう。その間に一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)がアイビーの元へ。
「ようアイビー。もう大丈夫だ、お前は二葉が守るぞ、です」
 敵の目を奪った光翼を負ったキアラ・エスタリン(導く光の胡蝶・e36085)が地上へ降り立ち祈りを紡ぐ。同様に青い照明を納めた空波羅・満願(満月は星に照らされて・e01769)が、仲間を護る盾となるべく前へと駆けた。
 が、その青年の腕を掴む手があった。彼を自分と同じラインで押し留めて二葉は、
「──二葉の街で、二葉のアイビーに、手ぇ出してんじゃねーぞ、テメェ」
 地を這う声を吐き仁王立ちで敵を睨めつける。常人ならば竦んで動けなくなるであろうほどの気迫は彼女の怒りをはっきりと示した。その敵意に応じ腕を振るう敵を、カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)の蹴り技が押し留める。そう簡単に主導権などやれはしない。
 その間に少女はアイビーを引き寄せて、柔らかく抱き締める。輝く笑顔で恋人を見詰め、微かに顎を上げて紫瞳の傍へくちづけを。彼女の白い手がそっと彼の金糸を梳いて。
「わっ、二葉……」
 その接触に頬を染めるアイビーへと目を細め。
「こいつは、瞳も髪も心も体も頭のてっぺんから爪先までぜーんぶ二葉のだ、です」
 それから彼女は首だけを動かし敵を流し見ると、嘲るように笑った。
「お前のモノにはならねー、です。──二葉が居る限りはな」
 強く言い切る少女。少年はくすぐったそうに目を細めた。だがほどなく彼は、彼女に寄り添ったまま、敵へと冷たい目を向けた。
「……なので、お前には何も渡さない」
 その声を聞いた敵はと言えば──昏く笑った。
「それは何かしら。愛かしら」
 低い声は、初めに少年の前に現れた時とは違った色をした。
「──やっぱりあなた、すてきですねぇ」
 だが次にはころり、童女めいて笑う。
「これは何としても頂かなくてはなりませんね。そうしたら愛とか哀とかわたしにも解るかもしれませんもの」
 足りない知らない解らない欲しいと女が謳う。その様はものを知らぬ幼子のよう。ケルベロス達は警戒を強め、倒すべき敵を見据えて動く。
「皆が力を貸してくれるぞ、です。だからアイビー、思う存分やってやれ、です!」
 二葉が蒼剣を掲げた。振るわれたそれが地を打ち粉々に砕ける。そうして舞った蒼晶片達は彼女の想いを乗せて、護るべき者達へと加護を与えた。


 流れるモザイクが牙を剥く。イッパイアッテナはそれをコートの裾で捌くよう、防御しつつ受けた。
(「聞いていた通り──」)
 彼の目に視える敵は侮って良い相手では無いと判る。だがそれでも、予め得た情報を吟味した上で臨んだ事には意義がある。決して叶わぬ相手では無い。何より、これだけの面子が揃ったのだから。
「レインさん、お願いします!」
「任せろ!」
 レインが突撃し、それに合わせ祭壇を携えたカーラの拳が唸る。敵の守りを崩し、その身を縛り。確実に獲物を捉えて射手達は、仲間達の更なる追撃へと繋いだ。
 その流れの最後、満願が振るった銀の拳が標的を鋭く穿つ。だが敵が怯むには未だ。重さを増した四肢を引き摺りながらも動いた敵の手元に黒槍が出でる。放つまでも無く近い距離に迫った女がアイビーを見──それを遮り二葉が割り込んだ。
 肉を裂く音がして、少女の背に刃が生える。呼吸が束の間潰え、彼女が赤く染め上がる。
「────!!」
 守りに気を配っていたとて痛まぬ筈の無い一撃。その様を目にした者達の悲鳴は言葉とは成らず。
「……問題ねー、です!」
 けれど、それでも。少女は強気に口の端を上げた。翼を翻し光を撒いたキアラが癒しの蒼色を紡ぎ、放つ。
「このくらいで泣くんじゃねー、です。お前が二葉を信じなくてどーする、です」
 少女はその身で護った恋人を顧み、目を細めた。流した血の分、受けた痛みの分、彼を護れるのだからとばかり、微笑みは無垢に。
「~~~っ……!」
 アイビーは激情に眉をひそめたが。
「……うん」
 ほどなく、凪いだ目で敵を睨めつけた。報いる為、護る為に。出来る事、すべき事をと。
 ケルベロス達が繋ぐ攻撃は嵐のように。敵のそれは盾役達が封じんと動く。防御に拮抗したその隙を突くよう、ボクスドラゴンが蒼海の加護を織り、ミミックは女の執着を鏡に映す如く幻惑する。カーラの蹴りが敵を圧し、身をたわめたマダラが突撃を。応じた敵のモザイクがひとたび霧散し、彼の体を取り巻くように呪詛を放ち冒した。
「マダラ君!」
 身を侵す痛みのみならず、狂う認知に目を眇めた彼を案じて癒し手が声をあげる。が、少年はその声にしかと笑顔を返した。
「キアラ、俺は大丈夫だから!」
 彼の獄炎は獲物の活力を喰らい得る。彼以上に傷ついた盾役とて居る。ゆえに彼らを優先にと少年は、託した。
「解ったわ」
 頷いて、キアラは歌を。加護は皆を支え、そうして、魔を砕く為に。
 そう、想い合い支え合うケルベロス達を見、愛など知らぬと語る女は声をあげて笑った。
「ふふ、あはハハッ! あなた、あなた方、なんて美しいの……! 情も怒りも全部ぜんぶ、きらきらして──なんてきれい」
 瞠られたその眼は再びとろり、甘ったるく細められる。肌、肉、瞳、心、全て揃ってこそ情を語る彼らの姿をうっとりと眺めた。
「それが、欠けたら。喪ったら、あなた方はどんな色を見せてくれるのでしょう。それもきっと、きれいなのでしょうね」
 そう、夢見るように笑う様は、
「黙れ、薄汚ぇ糞神が」
 ひどく、いびつでおぞましい。肌を、表情を隠した満願が、それでもなお明瞭な嫌悪と共に吐き捨てた。
「気持ちは解んなくもないけどね。……やっぱりさ、奪えるもんじゃないと思うよ」
 盾役の陰から跳んで、炎の色した蝶を爆ぜさせ敵へと襲いかかるマダラの声には、憐れみすら。
「俺らの気持ちとか、あいつの強さとか、そういうのはきっと全部、『ここ』にあるから意味があるんだ」
 彼の身の内を獄炎が焦がしても、胸に灯るのは違うもの。無理に抉り出したら腐り落ちてしまいかねない、得難くて繊細な、奇跡のように繋ぎ得た尊いもの。
「──海賊とは奪う者でもある。だから船長は、貴様の願いを否定はしない」
 レインが銃、否、砲口を敵へと突きつけた。祈りを象るそれは、助くべき誰かの為にこそ揮われる。
「だが、自由には責任が伴う。行動には結果が返る。貴様と私達の利害が一致しない以上、私達は貴様を阻むぞ!」
(「きっと彼女にも、行動を起こすに至った意思がある。彼女が知らず、響かなくとも」)
 ゆえに意思を、願いを、敵をねじ伏せる為の力と成しぶつけ合う。
「この街を、私達を侮った彼女に、どうぞ解らせてあげてください」
 イッパイアッテナの言葉が力を宿し、放たれた。それに背を押されるよう跳んだアイビーの蹴りが敵の上腕を叩く。鈍い音がして、頽れた敵の腹を、翻した爪先が蹴り上げた。
「お前に渡すものは一切無い。奪うのならボクらの方だ」
 二葉の斧が標的の骨を砕く。反撃を試みた敵の牙は、カーラの鞭が絡め押さえ込んだ。
「させねェよ!」
 友を脅かした、友の大切な人を害した、敵への怒りを唸った彼に呼応するよう。マダラの攻撃が女の、生きた皮膚をも引き裂いた。散ったモザイクは血のように。破れた皮膚は最早繕いようも無いほどに。傷つききった女の姿は既に、そう呼ぶのも憚られる何かになり果てようとしていた。
「アイビー」
 黒盾を操る満願は、名を呼んだ少年の為──彼の唯一絶対の為に、光の護りを結ぶ。
「背中ぁ任せろ。男らしくケリつけて来い」
 声は、見守っているから、と微笑むように。それは彼を案じ、力にならんとした皆の想いでもあった。

「お前はどうしてボクを狙った? ……『ドクターシード』とは関係が?」
 敵へと向き直ったアイビーの問いに、相手はきょとんと目を瞬いた。つまらなさそうな、拗ねたような、期待を裏切られたかのような、倦んだ色を見せる。
「……それ、どなたですかぁ?」
 だが直後に彼女は、取り繕った笑顔で首を傾げた。それが本心なのか偽りなのか、あるいは興味が無いのか──見目からは読み難い。ただ、意味のある返答を得られはしないようだとは判り。
「ならもういい。……全部、焼き捨ててやる」
 低く告げ敵を睨み、アイビーはその身に獄炎を纏う。熱を上げるその色に、死に瀕した女の目が輝いた。瞳は潤み、頬は上気し、これをこそ待ち望んでいたかのような。
 炎の揺らめきに少年が眉を寄せる。苦痛を堪えるように拳を握り、敵へと掴み掛かった。殴り、蹴り、その肌を灼き。地に這う指を踏み抉り、爛れた首を蹴り上げる。
 それが、痛まぬ筈は無かろうに。壊れていく体を抱え、女は彼へと微笑んだ。
(「こんな、あいむ、などに。怒りを、憎悪を、ありがとうございます。……愛で、無くとも。強いつよい、きれいな、想いを。──嬉しゅうございました」)
 ひび割れた唇が囁く。その目は最早光を失くしていたけれど、その笑みはひどく、幸福そうに。
 愛無き名で呼ばれた娘は、崩れる体と共に消えて行った。


「──皆さん、ありがとうございました」
 気分が優れないかのよう、眉を寄せながらも、アイビーは仲間達へ微笑んで見せた。ひとまず街は護れたし、誰も重傷を負うことなく済んだ。
「礼には及ばん、アイビーが無事で何よりだ!」
 それが一番の見返りとばかり、レインが笑顔で応える。
「……だから少し、休むと良いぞ?」
 ただ、すぐさま街のケアにと動く少年を案じる声の方は、翻る外套に阻まれ届かなかったけれど。
「……本当に、ご無事で良かった……」
 とはいえ、彼の足取りそのものは確か。安堵したキアラが涙ぐむ。見上げたマダラが手を伸べて、彼女の肩をそっと抱いた。

 手分けしてヒールを施す。満願は己が武装──相棒達に声を掛けつつ、念の為と路地の向こうも見回った。
 敵を屠ったその傍に、アイビーは硝子の器が転がっているのを見つけた。正しく用いられる事のなかった道具を彼は一瞥した後、ソレを一思いに踏み砕いた。金属部品が跳ねる音が、他を覆い隠すよう、高く鳴る。
(「もしもボクが……ボクもこんな風に、足りないと、そればかりだったら」)
 そうして彼は暫し、残骸に汚れる足を見下ろしていた。
「アイビー?」
 その彼の頬を、二葉の掌が挟んだ。その手が顔を上げさせる。はっと瞬き揺れる紫瞳に映り込んだ少女がそっと目を伏せる。
「──また、こっ……、ここ、外……!」
「しけた顔してるお前が悪い、ですよ」
 唇に触れた柔らかな感触に目を回す少年を少女が睨んで、それから微笑み掛けた。

 恋人達の邪魔をするのもなんなので、と。手当が終わって早々にカーラは踵を返した。
 が。不意に、その場の何名かにとっては耳慣れない音が小さく響いた。まず反応したのはアイビーで、彼は懐に入れていたものを取り出し操作する──タイマーのアラームをオフにした。
「ああ、もう休まれた方が良いですね」
 音の正体を知っていた一人であるイッパイアッテナが微笑む。育ち盛りの少年少女達を優しい目で見詰めていた。
 もう寝なさいと報せる音は、誘う為の優しさで、ケルベロス達を日常へと帰さんとする。街を、そこに住まう人々を護ったヒーロー達は、せめて今宵はもう、日常を愛おしむ只人に戻っても良いのだと。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。