梅雨葵

作者:藍鳶カナン

●梅雨葵
 薄群青に透きとおっていく朝の空をめざすよう、瑞々しい緑がすらりと立つ。
 立ち姿と表現するのがいかにも相応しい背の高い草花。空めざして伸びる茎を追うように幾つもの花々を咲きあがらせるその多年草は、立葵――タチアオイといった。
 咲き溢れるのは柔らかな純白からほんのり薄桃に染まる華やかな八重咲きの花。
 薄絹の花と称されるようにその花びらは光も風も透かすようにふんわり柔らかな風情で、純白と薄桃のうちに抱かれた透明な滴は朝露か、それとも昨夜までの雨露か。
 花葵の別名のとおりに美しい花々を、梅雨葵の別名のとおりにこの季節を盛りと咲かせる立葵たち。彼ら、あるいは彼女らは、梅雨明けと共に花期が終わるまで、次々と咲きあがる花々で皆の目を楽しませてくれるはずだった。
 清冽な朝の光を浴びるその緑の先端に、何処からともなく舞い降りてきた何かの花粉とも胞子と見えるものが触れることがなかったなら。
 謎めいたそれにとりつかれ、五株の立葵が多年草ではなく不死なる存在へ変化する。
 デウスエクス・ユグドラシル。すなわち、攻性植物へと。
 立葵たちは花壇から己が根を引き抜いて、静けさに包まれた早朝の世界へ、獲物を求めて踏み出した。寄生するのではなく、見つけ次第すぐさま殺すために。
 今は静寂に包まれているが、ここはもう数時間もすれば子供達の声で溢れかえる。
 何故ならここは。

●花葵
「小学校なんだよ。校庭の隅にある花壇の立葵が攻性植物に変化しちゃったってわけ」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はそう告げて、狼耳をぴんと立てた。
 現場は大阪市内の小学校。
 これも近頃多発している攻性植物達の侵攻作戦のひとつだろう。彼らは多発テロのごとく事件を頻発させ、支配域拡大を狙っているものと思われる。放置すれば数多の人命が危機に晒されるだけでなく、ゲート破壊成功率も緩やかとはいえ確実に減少する。
「この立葵たちはひとを見つければ即座に殺そうとする。だけど幸い、まだ早朝のうちに、誰もいないうちに小学校の校庭、広いグラウンドで捕捉できるから、五株すべて、きっちり撃破して欲しいんだ」
 早朝、恐らくまだ眠っているひとが多いと思われる時間のため、避難勧告は出されないと遥夏は告げた。
「けど、警察が小学校の周囲を封鎖してくれる手筈になってるからね、間違っても一般人が入って来ることはない。あなた達が戦いを仕掛ければ敵も逃走より応戦を選ぶから、全力で戦いに集中して欲しいんだ。何せ敵は数が多いし、連携もとれてるだろうしね」
 攻性植物と化した立葵は計五体。
 麻痺を齎す魔法の光と、花の嵐で癒えにくい傷を刻む範囲攻撃、そして、梅雨葵の別名を誇るような癒しと浄化の雨を降らせるという。
「五体ともがこれらの技を使うし、五体ともが治療を得意とするみたいだね。だから揃ってメディックだと思う。戦いが長引く可能性は高いし、敵の攻撃には破魔が乗るから、絶対に油断しないで」
 立葵たちが誰かを手にかける前に、撃破してあげて。
 ケルベロス達を見回して、遥夏はそう続けた。
 昨今ではホリホックやアルセア・ロゼアの名で呼ばれることも多い立葵。前者は十字軍がこの花をヨーロッパに齎したという話に由来する名で、後者は治療を意味するギリシア語に由来する名だ。
 洋の東西を問わず古くから愛されてきた花で、この小学校でも、生徒たちが何年も世話を続け、梅雨とともに訪れる咲き初めを楽しみにしてきた花のはず。
 立葵が攻性植物になってしまったと知れば、子供たちは悲しむだろう。
 だけど、その立葵が誰かを殺したとなれば、子供たちはもっと悲しむはずだから。
「こっちの作戦や方針が確りしてなければ、長期戦になる上に相当苦戦すると思う。だけどあなた達ならこの立葵たちをきっちり撃破してきてくれる。そうだよね?」
 挑むような笑みに確たる信を乗せて、遥夏はケルベロス達にヘリオンの扉を開く。
 さあ、空を翔けていこうか。朝の空をめざしてすらりと立つ、立葵のもとへ。


参加者
辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
多鍵・記(アヤ・e40195)
四十川・藤尾(馘括り・e61672)
霧咲・シキ(レプリカントのゴッドペインター・e61704)

■リプレイ

●ホリホック
 薄群青に澄む空へ、朝が光を連れてくる。
 最速で現場入りする手段はもちろん現場上空のヘリオンから跳び降りること、水の流れを思わす朝の風を突き抜け、多鍵・記(アヤ・e40195)が皆とめざすは小学校のグラウンド。
 水面きらめくプールに砂色広がるグラウンド、その校庭を揺れつつ進む明るい緑。
「空へ咲きあがる花がひとを殺めるために咲くなんて、絶対にさせません!」
「ああ、ガキの泣き声ってぇのは喧しいからな。そいつを響かせるわけにゃいかねぇ」
 瑞々しい緑ですらりと立ち、純白からほんのり薄桃に染まる花を咲かせる立葵達。
 ――そんな、お天道さんに真っ直ぐ立つ花を台無しにしやがって。
 阿呆が、と呟きひとつ。着地と同時に跳んだ辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)の黒鱗の尾が唸りをあげて風を裂けば、敵五体中三体が薙ぎ倒された。そのうち手近な一体を瞳に捉え、
「それじゃまずは、このコから狙うわネ!」
「了解。本来の立葵のままだったら花にこんなことしないけど――」
 花椿挿す緋紅の髪を朝風に舞わせたムジカ・レヴリス(花舞・e12997)が舞踏靴に燈した流星を直撃させれば、踏んであげる、と愛撫するように囁いて、プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)も黒革ブーツに流星の煌き連れて降り落ちる。
「子供達にはさぞ無念でしょうが……誰かを傷つける前に、片を付けましょう」
 猫ひげがぴんと張った刹那に葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)の手で姿を変える刃、歪な稲妻型に変じたナイフが星芒の余韻に躍れば、各個撃破の作戦に則り攻勢の流れに身をゆだね、四十川・藤尾(馘括り・e61672)が地から跳んだ。
 曙光を弾いて打ち下ろされる斧、だが強撃は立葵に躱され地を抉る。
 精鋭たる力量まではまだ届かず、比較的理力が不得手な彼女の場合、スカルブレイカーの命中率は四割強。この立葵達は強敵ではないが雑魚でもない。
「触れなば落ちん、とは参りませんのね。肝に銘じますわ」
「油断すりゃ刈り取られるのはこっちってことだよね、気ぃ引き締めていくっすよー」
 先手を取れたのはあくまで幸運と隙なく心を繋いだ連携の賜物。個体の能力ならあちらが格上だと身に沁みたなら、霧咲・シキ(レプリカントのゴッドペインター・e61704)は目を擦りたくなる癖を堪えて狙い澄ました塗料を迸らせた。
 夏の光の色が立葵を彩れば、シキの視界の端でベージュに金の飛沫が煌いて、
 ――甘さと苦さ、あなたの御気に召すかしら!
 甘やかに爪彩る記の指が踊らすタクトが、立葵さえ足を止め聴き惚れる音色を紡ぎだす。だがその直後、立葵の花葉がふるり震えた途端に、彼らへ癒しの雨が降りそそいだ。
「そっか、元々のキュアに加えてメディックのキュアもあるんすよね……!」
 広く降る雨は齎す浄化をまばらに散らすが、立葵が揮うのは二重の浄化。更には梅雨葵の名のとおり二体がかりが続けて雨を降らせれば刻んだ縛めの多くが霧散する。オレは追撃とホーミング主体で正解だったっすねとシキは竜の槌を握り込んだが、それを揮うよりも速く眩い光が瞳を射た。
 瑞々しい緑の頂に輝く十字の光、敵三体が叩き込んだ輝きの標的は。
「ムジカさん!!」
 鮮烈な輝きと衝撃とに貫かれた小麦色の身体が二度跳ねた。辛うじて三撃目の盾となった藤尾は防具で更にその威を殺すが、射程を絞るのと引き換えにした高出力は侮れない。
「全く、真に十字を司るならば略奪者になってしまった自らを斬り落とすべきですよ!」
「同感ですけれど、彼らにも彼らの正義があるのでしょう」
 敵へと言い放つがフィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)がその手に燈す医術の魔法はムジカへと向かう。鮮やかな手並みでフィアルリィンが施す魔法手術に続けて痛手ごと痺れを殴り飛ばしたのは藤尾の拳圧、彼女の母星も攻性植物の侵略を受けたが、種の存亡を賭けた戦いがオウガたる身に悦びを齎したのもまた事実。
 彼女達の澱みない癒しとは対照的に、麟太郎の動きが一瞬止まった。
 だが、
「皆はそのまま集中攻撃をお願い! アタシは他のコ達の抑えに回るわネ!」
「おう、威勢のいいこった。そんなら俺もテイルスイングを織り交ぜつついくぜ!」
 南国生まれの同族が舞踏靴に炎を連れて敵陣へと躍り込めば、麟太郎は即座にそう応えて刃を抜き放つ。吹花擘柳――世界で唯ひとり己だけが揮える祝いの春風で回復を主軸に立ち回るつもりだったが、今この手にある技は夜宵繊月、斬撃だ。
 思い描いたとおりの戦いが叶わぬなら、別の手で皆を支えるまでのこと。
 集中攻撃で各個撃破が皆の総意だが、リスクを覚悟した上で目標外の敵を放置するのと、全くリスクを考慮せずに放置するのではまるで違う。
「戦いは生き物、理想どおりにいかないのは当然ですよね。――お願いします!」
 戦う前に仲間との摺り合わせを考えていた記だが、ヘリオン内で時間をかけた相談で詰め切れなかったものが急場の摺り合わせで万全に調うはずもない。けれど、仲間の心は隙なく繋がれ、その殆どに連携を徹底する意志もある。それならと抑えは任せ、記は最初の標的を確実に狙って、透ける御業で鷲掴みにした。
 空をめざす緑は鮮烈な十字の光を迸らせ、柔らかく咲き溢れる花々はひとたび嵐となれば癒えがたい傷を刻む刃となる。だが仰ぐ緑は瑞々しく、ふわり咲く花は華やかで優しげで、慈しまれてきたことが一目で識れた。
「子供達が大切に育てた花、それをこんな形で散らせることは心苦しく思いますが」
「見た目は変わってないみたいだし、花も綺麗に咲いてるもんね。だけど」
 ――犠牲者が出る前に。
 容赦も迷いもなく、決意を握りしめた拳に流体金属を重ねたオルンが立葵の護りを三重に突き破れば、敵が癒しの雨を降らせるより速くプランが機を掴む。
 雪の女王ってこんな感じかなと蠱惑的に笑んだ瞬間、その身は雪と氷へ、纏う鎧は豊満な肢体をほんのり透かす氷のドレスへ変じ、周囲には女王に傅く氷の騎士達が顕現した。
 凛冽なる蹂躙。
 雪と氷の嵐に呑まれ、命尽きた立葵が霧散する。

●アルセア・ロゼア
 ――気高く威厳に満ちた美。
 空をめざす緑がすらりと立ち、華やかな花々が咲きあがる姿を間近にしたなら、ムジカの胸には立葵の花言葉が燈る。光を透かす純白と薄桃が視界を染める花の嵐、襲いくる薄絹の花びらは透明な雫に濡れ、前衛陣の肌身を刻んで血にも濡れていく。
 純白と薄桃の八重咲きの裡に煌くのは朝露か昨夜の雨露か、自らの癒しの雨か。
「まるで花が泪を湛えているみたいネ。大丈夫、アタシ達が止めてあげるカラ!」
「元の立葵もこのような事態は本意ではないでしょうしね。止めましょう、必ず」
 時に護り手達に防がれながら己が血も散らして幾重もの嵐を突き抜け、南国の花たる女が朝の空に舞った。小麦色の脚に咲きあがるのは淡桃の螺旋を描く光の捩花、輝く一蹴が敵を穿てば、続け様にオルンの手が涼風を薙いだ。
 彼が前衛陣へ降らしめるのは三重の浄めの雨、劇的な浄化が癒しを阻む傷を慰撫すれば、更には二重の浄めと癒し手ならではの潤沢な治癒力を孕んだフィアルリィンの雨も前衛陣を抱擁する。
 癒しの雨越しに見る小学校の光景は、戦乙女たる彼女には馴染みの薄いもの。
 けれど子供のための世界であることはフィアルリィンの眼にも明らかで、
「これが子供達を狙ってのことなら、卑劣すぎる作戦なのですよ……!」
「無差別テロみたいなもんだろうし、意図的にここを狙ったわけじゃないと思うけど……」
 憤る彼女に応えながら放つ御業で立葵を捕え、プランは紫水晶の双眸を微かに細めた。
 元より攻性植物勢の動きを警戒していた彼女は、この立葵達もサキュレント・エンブリオ撃破時に放出された胞子にとりつかれたのだろうと読んでいた。
 ――あの胞子の飛散を阻止する方法、早いとこ見つけなきゃね。
 花葉の震えが招く癒しの雨は立葵達の傷を治療し、咲き溢れて嵐となる花々は此方の傷の治癒を阻む。メディックを相手取るがゆえに自陣の強化や加護は端から切り捨てての戦い、だが砕かれるものはなくとも確かに感じる、破魔の力。
「アルセア・ロゼアの名のとおり全員メディックだなんて、イヤな皮肉よネ」
「複雑な心地ですね。医療従事者の端くれとしては」
「日本にも薬用として渡ってきた花と聞きますもの。メディックなのも至極当然かしら」
 電光石火の閃き、ムジカの旋刃脚が牽制に奔った隙に、黒猫のウィッチドクターが揮うは鋼の鬼を纏った拳。オルンの一撃が花葉を深く幾重にも散らせば間髪を容れずに藤尾が躍り込み、惑わすよう煌く混沌を纏った斧で立葵の茎を叩き折る。
「花が綺麗ってだけじゃないんすねー。ならますますもったいないけど」
「ええ、ここで散り果てていただきます!」
 薄絹の花にも瑞々しい緑にも眼差しを奔らせ、シキが加速を乗せて揮った竜の槌が正確に敵を強打すれば、夜色の尻尾めく結い髪を風に踊らす記のガトリングガンから光が爆ぜた。
 連射された弾丸の嵐に命すべてを散らされて、立葵がまた一株霧散する。
 曙光に映える明るい緑が、柔く光を透かす純白や薄桃が散って、消える。
 ひとの心は冷たくて酷薄で、温かくて篤実で。
 大切に育てられた花を見れば後者がより慕わしく胸に迫るから、
「好ましいと思うのですよ。本当に」
 心からそう紡ぎつつ、オルンは即座に次なる標的に狙いを定めた。
 相手をしてやってください――と続けた詠唱が成った途端に現れ出づるは蒼くて昏い影、大きな猫とも花とも見ゆるそれらが幾重にも立葵に纏わりつけば、緑の頂に眩い光が燈る。爆ぜるよう輝く十字の光、だがオルンへの反撃たるそれを麟太郎が受けとめた。
「大丈夫です、すぐ綺麗に治すですよ!」
「ありがてぇ。助かったぜ、フィアルリィンの嬢ちゃん!」
 咄嗟に防いだ腕に奔った鮮烈な痛みと痺れ、フィアルリィンの手による流れるような魔術切開と深く共鳴するショック打撃でそれらが払拭されれば、麟太郎は呪詛を載せた刃で描く流麗な斬撃を立葵へと見舞う。剣閃の軌跡に舞い散る花葉。
 敵の数が減れば戦いの流れも加速する。この立葵が倒されるのもそう先のことではないと確信するから、シキは咲き溢れる花の姿を深く強く胸に灼きつけ、魔法の塗料を迸らせた。
 夏の緑に染めて、夏の光で塗り潰す。
 立葵は時に彼の背の倍近い草丈にも達する多年草だ。
 巨大化したわけではない。姿だけなら何も変わってはいない。
 ――けれどもう、彼らは本来の立葵ではないから。

●梅雨葵
 明けゆく空は薄群青に透きとおっていく。
 だが梅雨の晴れ間となる一日を予感させるはずの朝に幾度も雨が降りしきる。戦場を潤す彼我の癒しの雨、立葵が降らす雨が子供達を癒すものであれば良かったのに、と思いつつ、花の嵐に呑まれた前衛陣を癒すべくフィアルリィンも清らな雨を喚ぶ。
 既に三体目は屠られ残る立葵は二体、己が肌を彩る血が癒しの雨に洗い流されていくのを僅かばかり惜しみつつ、藤尾は戦いの熱燈る身を朝露と雨露含む花の嵐へ投じた。
 薄絹の花の純白はまだ恋を知らぬようで、薄桃は恋に酔うかのよう。
 嵐の先で揮う鋼の鬼たる拳、子供達が育んだ花ごとその護りを散らし、
「くやしくぞ……若菜下に、そんな歌がありますわね」
 摘み犯しける葵草、そう続く歌を紅唇に乗せた。この葵を手折る罪と見逃す罪、どちらが深いかは問うまでもないけれど。
「源氏物語じゃねぇか。地球に来てまだ数ヶ月だろうに、随分とまぁ粋なこった」
 軽く目を瞠った竜派の男は牙を覗かすように笑み、オウガの美女が砕いた傷が癒えぬ間に重厚かつ高速の斬撃で立葵を斬り伏せる。麟太郎の一刀に機を繋がれたのはムジカ、ここに至れば抑えは不要と皆の標的に重ね、
「皆を護るためだもの、その罪なら歓んで背負ってみせるワ!」
 夏の朝に煌かす光の捩花、痛烈な一蹴で立葵の命を摘み取った。
 次の瞬間、記の瞳を射たのは昇り始めた陽の光。
「太陽のきらめきには劣りますけど、わたしの魔法をあなたにも贈りますね!」
 甘やかに華やかに彩られた爪を煌かせ、朝の光にタクトを踊らす記が最後の立葵のために奏でる奇想曲。甘やかな音色に辛口な旋律のスパイス忍ばせて、聴く者をとりこにするその曲に乗せてオルンが閃かす刃がより深く敵を縛め、迷わぬ流星となったシキが降り落ちる。
 この立葵は雑魚ではないが強敵でもない。
 最後の一体となれば、もはや散り消える時を待つばかり。
 花の嵐も癒しの雨も悪足掻きとしかならず、眩い十字の光を叩きつけても、
「残念。さわれなかったみたいだね?」
 苛烈な輝きは防具の性能を活かしたプランのタロットカードに弾き飛ばされて霧散する。悪戯な笑みを覗かせた夢魔の娘はすぐさま氷の衣に玉の肌を覗かす雪の女王へ変じ、絶大な氷雪の嵐で立葵を蹂躙、
「この花を散らすのは胸が痛むですけど、畳みかけるですよ!」
「ええ、甘んじて享けましょう。その痛みも、花を手折る罪も」
 迷わず癒しではなく如意棒を揮ったフィアルリィンの突きが真っ向から敵を打ったなら、藤尾の斧に輝きが燈る。流血の恍惚が達する快感とそれが去ると識った寂寥、無垢な子らを悲しませる苦渋と敵を屠る獰猛な歓喜。
 それらを体現するような流るる混沌を斧刃に重ね、女は最後の立葵の命を断ち折った。
 花葉も、茎も根も、すべてが霧散して朝の光に融けていく。
 せめて温かな言葉を手向けてやりたかったが、
「すまねぇな、来年にゃお前ぇさん等のガキに会いに……来てやることもできねぇのか」
 いまだ花の盛り、実を結ぶことなく生を終えて霧散した立葵達。麟太郎はそれに気づいて肩を落とした。越冬した株なら、昨年の実から芽吹いた子株があるのかもしれないが。
 けれどそのとき、辺りを見渡した記の声が明るく跳ねた。
「見てください! あそこの花壇の端に……!!」
 歓喜に金の瞳を輝かせる彼女の眼差しの先には、瑞々しい緑ですらりと立ち、薄絹の花を純白から薄桃へ染めて咲き溢れさせる立葵。土に確りと根を張るその姿にフィアルリィンの笑みも咲く。
「良かったです、花壇の立葵全部が攻性植物になったわけじゃなかったですね……!!」
「ええ。……とても、とても綺麗ネ。本当に」
 傍で振り仰げば、ムジカの視界には空めざす緑の頂近くに咲き誇る花。
 来日して数年。まだ日本の梅雨には慣れないけれど。
 湿気ちゃうなんて言ってられないわネ、と小指のガーネットに柔く触れた。雨の季節にも美しく咲く花姿を見習いたくて。好きなひとの前でもそう在りたくて。
 朝の光で東の空が眩く白み、たなびく雲が薄桃色に染まる。
 咲く花のごとき朝を迎えて、記はその眩しさを愛しむよう笑んだ。
 ――立葵の花の盛りが終われば、夏の盛りがやってくる。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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