●聖母
星が輝く夜だった。
夜空の星は勿論、灰銀と白が入り混じる砂浜も時折きらりきらりと煌いて、穏やかな波を寄せて来る海にも星めく波の煌きが踊る。
頬や髪を撫でていく夜風は柔らかな絹みたいに優しくて、ゆったりと繰り返される波音は微睡みのなかで聴く子守唄にも似て、八柳・蜂(械蜂・e00563)を記憶の波間へとさらう。遠い、遠い、記憶の波間。
強がりで己を支えて。けれどひとりでこわくてさみしくて。
冷たい波間にゆうるり浮かんでゆるゆる沈んで、いっそ何も感じなくなってしまえたら。
心が凍え、そんな気持ちに支配されそうになった時に、差し伸べられた手は――。
極限まで圧縮され封じられたはずの記憶から、ほろり、ほろりと零れてきたかけら達。
何故かそれ以上手繰る気にはなれなくて、足元の波を見つめていた瞳を辺りへめぐらせた途端、蜂の視界に光が映る。
輝くような白と金に彩られた女性。女神像のようで聖母像のようで。
――しろい、カミサマ。
脳裏にそんな言葉が結ばれた途端、弾けるように記憶が解凍された。
「ステラ、マリス……!!」
咄嗟に蜂は身構えた。だって彼女は女性型のダモクレスだ。そして――!!
『まあ』
目が合えば、彼女の、ステラマリスの唇から嬉しげな声が零れた。
『偉いわ。いい子ね、良くできました』
幼子を慈しむ母のように蜂を褒める。それは蜂が彼女の名を口にしたことに対してとも、蜂が彼女と相対しても立ち竦まなかったことに対してとも取れた。
麗しきかんばせに浮かぶ、慈母の、女神の微笑み。
『御褒美をあげなくてはね。愛情こめてあなたを殺して、壊してあげましょう』
愛情なんてあるわけない。相手はダモクレスだ。
だけど。
美しい白蛇をグラビティで創りだしながらステラマリスが続けた言葉が、ひどく優しく、限りなく甘やかに、蜂の鼓膜を、こころを撫でた。
――そうすれば、もう、さみしいことなんて、なにもないのよ。
●宿縁邂逅
星が輝く夜の邂逅は、ほんの少しだけ未来の話。
「だけど今すぐに出発して全速でヘリオンを飛ばさなきゃ間に合わない。あなた達の救援が無ければ蜂さんは確実に、ダモクレス『ステラマリス』に殺される」
邂逅の予知を語った天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はケルベロス達へそう続け、一刻の猶予もない事態だと告げた。
蜂はレプリカント。つまり、手許に携帯端末があろうがなかろうがアイズフォンで連絡が取れるはずなのだが、全く繋がらないのだ。敵が何らかの手を打っている可能性が高い。
「今すぐ手を貸せるってひとはこのまま僕のヘリオンにお願い。絶対に間に合わせるから、あなた達には蜂さんを救援して、ダモクレス『ステラマリス』を撃破して欲しいんだ」
彼女達が邂逅したのは星空のもと、余人の気配が一切ない海辺の砂浜。
辺り一帯が無人なのも恐らく敵の作為によるものだ。
「敵の狙いは蜂さんだけど、邪魔だと感じればあなた達のことも攻撃してくるはずだよ」
彼女のグラビティで創造される美しき白蛇は獲物を捕縛しようとし、彼女が星の光をその一身に集めれば傷が修復され、修復能力そのものも強化される。
そして、彼女が手を差し伸べれば――多くの者が『ステラマリスのもとで、彼女の言葉に従えば、自分の孤独や寂しさは癒される』と錯覚する魔法に冒されるという。
「彼女が自分にとっての女神か聖母みたいに感じられるのかもね。要は催眠だからキュアで消えるけどさ、孤独感があるひとや寂しがりなひとには心情的にきついかもしれない。……心構えはしておいて」
厄介な術を使う、厄介な敵。
「何が更に厄介かっていうと、ステラマリスのポジションがメディックなところ」
攻撃には破魔が、回復には浄化が乗る。
「場合によっては苦戦するかもしれない。長期戦になるかもしれない。けれどあなた達なら蜂さんを救援してステラマリスを撃破してきてくれる。そうだよね?」
さあ、空を翔けていこうか。星が輝く夜空のもと、子守唄めく波音が響く砂浜へ。
しろいカミサマと相対する、強がりで寂しがりな彼女の許へ。
参加者 | |
---|---|
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079) |
イェロ・カナン(赫・e00116) |
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551) |
八柳・蜂(械蜂・e00563) |
リティア・エルフィウム(白花・e00971) |
神乃・息吹(虹雪・e02070) |
咲宮・春乃(星芒・e22063) |
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526) |
●聖母
美しくも切ない物語だった。
運命の気まぐれで天涯孤独の身の上となった少女。世界にたったひとりで放り出されて、寂しさに潰されそうになっていた彼女に差し伸べられた手は――。
圧縮と解凍を経たからなのか、それとも、他の理由からなのか。件の記憶は遠い日に見た夢のように現実感が遠くて薄かった。けれど。
――そうすれば、もう、さみしいことなんて、なにもないのよ。
この夜に八柳・蜂(械蜂・e00563)の心を撫でたステラマリスの言葉が、夏夜の波が直接胸の奥へ流れ込んできたかのように生々しいざわめきを呼ぶ。この波に攫われたならと心を掠めた何かで襲いくる白蛇への反応が遅れた、そのとき。
星の輝く夜空から、強くきらめく星々が翔けてきた。
「蜂さん! あなたを護りに、あなたの願いを叶えに来たよ!」
――この手はいつだって、差し伸べるためにあるんだから!
星のリングを煌かすウイングキャットとともに舞い降りた咲宮・春乃(星芒・e22063)が蜂の前に跳び込み白蛇を受けとめて、
「ナイスですよはるるん! 我らがはっちーを易々と渡したりはしませんからね!」
白きボクスドラゴンが敵へ突撃した隙にリティア・エルフィウム(白花・e00971)の鎖が砂上に流れて、癒し手の浄化を乗せた守護魔法陣を描きだす。重ねて前衛陣を抱擁するのは仄かに輝くエクトプラズム、
「こんばんは、蜂さん。星の綺麗な良い夜ね? 何だか無粋なお客様がいるようだけれど」
「あなたが何者であろうと、蜂をつれてはいかせないわ。メロの大切な、ねえさまだから」
自身も白く仄光るような神乃・息吹(虹雪・e02070)が幾重もの自浄の加護を贈りながら微笑んだなら、一目で蜂の無事を確かめ敵を見据えたメロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)が狙いを研ぎ澄ませた。
――どうか、ひかりあれ。
遥か夜空から流れた星がメロゥの祈りを乗せて敵を痺れで貫き、
「俺としちゃ、はっちーが海に還って海月になるのはずっと先であって欲しいんだけど」
蜂自身の気持ちは? とイェロ・カナン(赫・e00116)に果実色した眼差しを向けられ、幾つもの見知った顔ぶれと声に胸の潮騒も遠のいたから、
「私は、まだ死ねない、海へ還れない。御褒美なんて必要ないです」
――その代わり、私があなたを、海へ還します。
決然とステラマリスへ告げると同時に蜂は跳躍。同じく高々と跳ぶ春乃と眼差し交わし、星空から二条の虹となって降り落ちた。七色の輝きが直撃するのに続けて襲いかかったのは重厚無比な鉄塊剣の一撃、命中率五割に賭けたイェロの技は敵の腕に防がれたが、
「助力致す! 望みを果たされよ、八柳殿!!」
「ええ、その星の煌きを遮らせてもらうわ。だから蜂さん、あなたの心のままに!!」
――奏でよ、奪われしものの声を。
彼が作った隙を逃さず、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が巨大な縛霊手の裡から溢れる地獄の炎で癒しを阻む呪詛を齎し、ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)の手から翔けた神殺しの星も正確にステラマリスを穿つ。星がウイルスを振りまき、皆の盾となるべく飛びだした柚子色テレビウムがフラッシュを放てば、
『悪い子ね、悪い子達ね。お仕置きをしなければ』
眦を険しくしたステラマリスが、前衛陣へ白き手を差し伸べた。女の子は優しく壊して、男どもは念入りに擂り潰してあげましょう、なんて言葉も聴こえるのに。
『いらっしゃい。私の許で、孤独も寂しさもすべて、お忘れなさい』
女神像のような聖母像のような彼女から魔法の輝きが溢れだせば、心も意識も光の純白に眩んだ。孤独も寂寥も優しく慰撫されて光に融かされそうな心地がする。咄嗟に蜂を庇ったイェロは掠れた声を絞りだし、
「……彼女の手を、とっては駄目だ」
蜂へ、あるいはステラマリスを女神と錯覚しそうな己へと言い聞かせるよう呟いた瞬間、神速の稲妻で敵を貫いた。刃を閃かせた蜂も月光の斬撃で白き肘を裂くけれど、
「私の記憶が間違っていなければ、彼女、男性には少し嗜虐的だから、気をつけて」
成程そのようであるな、と理性では思うのに、知らずレーグルの足が進みかける。彼女の許でなら、地獄の炎の向こうで朧に揺らぐ面影に、手が届く気がして。
だが背に翼猫の羽ばたきが触れた刹那、胸裡を清らな風が吹き抜けた。
「我はまだ、誰かの許で翼を休めるわけにはいかぬのだ!」
「ありがとみーちゃん! わたしは大丈夫だよ!」
足が沈み込むほど強く砂浜を踏みしめ揮う炎の紋様に彩られた竜の槌、レーグルとともに咆哮した轟竜砲が敵を直撃すると同時に、翼猫の援護へ明るく応えた春乃が掌に星の輝きを凝らせる。ほんとうは、いまだってわたしは、さみしがり。
けれど魔力を紡ぐ手許で、手首で、星を繋ぎとめる月光の鎖がきらりと光る。
傍で見守ってくれてるから大丈夫、と応えるよう放った星色の気咬弾が、ステラマリスの胸元に喰らいついた。
●神様
美しくも哀しい物語だった。
寂しさに潰されそうになっていた少女は寂しさを感じることなどなくなった。何故なら、そこにいたのは孤独な少女でなく、白くて麗しい、機械の――。
真新しい機械として目覚めたときの記憶は鮮明だった。
神殿――否、『そこ』を統括する『しろいカミサマ』を神か母のごとく仰ぎ、従うことに何の疑問もなくて。
『いけない子ね。けれど、おいたも無駄なこと』
この夜に邂逅したステラマリスは咎める言葉さえ優しく、星の光を一身に集めて見せる。白と金に彩られた彼女が輝く姿はまさに神々しく、己が威容を蜂に見せつけるよう。
だけど。
「アンチヒール効きまくりですね! エルレ! 一緒にぼっこぼこにしにいきますよー!」
彼女の損傷を修復せんとした輝きが鈍る様に瞳を煌かせ、癒し手の破魔を揮うリティアが連続の突きを見舞えば、息つく間もなく彼女の相棒が突撃。白き鳥にも似た同族に負けじと硝子の小竜も吶喊すれば、イェロに笑みが浮かぶ。
「俺にはつれないのに蜂には甘いんだな、白縹」
花の報酬の話をする暇もなかったのにこれだけ意気込みたっぷりなのはきっと、花を好む彼女に親近感を抱いているからなのだろう。吶喊で態勢を崩した敵めがけて叩きつけるのは鉄塊剣、刻む怒りで彼は敵を惹きつける。
癒し手たるステラマリスの自己修復能力は威力絶大。
だが重ねられた治癒阻害因子が修復の速度を確実に落とし、高められた力も複数の破魔の使い手が即座に霧散させる。虹の蹴撃に鉄塊剣の一撃、眩いフラッシュと、護り手達が敵の浄化のたび招く怒りがその矛先を前衛陣にほぼ固定したなら、護りも集中的に固めるだけ。
獲物を捕えんとする白き蛇も神の許へ招かんとする魔法も癒し手の破魔を孕むが、一度で幾重にも贈られる息吹からの加護はそう容易く無になどなりはしない。
孤独を、寂しさを識るひとは、強く優しくなれると思うから、
「貴女に癒していただく必要なんて、これっぽっちもないのだわ」
「たとえ貴女がかつて蜂さんを救ったのだとしても、今の蜂さんに貴女は必要ないの」
息吹がステラマリスの言う『愛』を撥ねつけるよう告げ、幾重にも輝きを増していく守護魔法陣を重ねた瞬間、ゼルダも女神像のような聖母像のような敵めがけ、時を凍らす弾丸を撃ち込んだ。蜂と彼女の物語、それはきっと己の物語とは異なるものだろうけど。
ひとりはさみしくて。
だけど、さみしさを識ったのは、ひとりではなくなったから。
ひとりきりだったならきっと永遠に、さみしささえも識らなかったから。
「自分を癒すなら幾らでも癒せばいいわ。でも、あなたから蜂への『癒し』はいらない!」
「だね。あなたが星の光で自分を癒すなら、わたしはわたしの星の力をあなたにあげる!」
時空凍結弾を追って敵の懐へと跳び込んだメロゥの手には竜の槌、鋭い加速を得た一撃が氷片ごと衝撃を叩き込めば、星空に舞うよう跳躍した春乃が閃かすのは両手の刃。牡牛座の輝きが十字を描き、鮮烈な衝撃となって敵の頭上から落ちたなら、
「我等は自らの足で歩まねばならぬ。『神』の許で憩うことなく、な」
懐に抱く卵から意識を引き剥がしたレーグルの蹴撃が白い脇腹を大きく砕いた。
『本当に? 本当に、自らの足で歩いていけるのかしら。いけない子達は』
だがなおもステラマリスは彼ら前衛陣へ手を差し伸べる。神のように母のように、幼子を導くように。反射的にレーグルの盾となった蜂の意識が神々しい光に眩む。
孤独を抱えた少女へは手を差し伸べなさい。
男はすべて潰して、グラビティ・チェインを奪いなさい。
胸に燈った『心』で上書きしたはずのコマンドを回復された気がして、それが、正しい、気がして。神託に従うように、黒き蛇を解き放った。矛先の選択は全くの偶然によるもの。
影のごとき大蛇がイェロへ牙を剥く。けれど。
――余所見は禁止。こっちを向いて?
黄昏色の男が纏う落日が彼の力となる。一瞬の詠唱と得物の音が響いたかと思えば、黒き蛇は刃にまっすぐ貫かれて相殺された。万一彼女が催眠で仲間を攻撃するなら己が盾として引き受けたいと願っていた。その胸の痛みが、少しでも軽く済むよう。
「……つづらちゃんには、後で謝らせてくれな」
「――大丈夫です。つづらちゃんだって、ありがとうって思ってるはずだもの」
我に返ればイェロの困ったような笑みが映ったから、瞳の奥の熱を堪えて笑み返す。
蜂がグラビティで創りだした黒き大蛇は、彼女の分身も同然だから。
「はっちー! 良かった! もう、そんな『愛』とか『癒し』とかいりませんからー!!」
わざと明るく声を張るリティアの指輪から咲いた光が蜂の盾となれば、まったくよね、と頷いた息吹が馳せた。
愛情を真実理解しているはずがない。
寂しさに涙することもありはすまい。
愛情を解する心があるなら、寂しさを感じる心があるなら、ステラマリスはダモクレスでなくなっているはずだから。
けれど息吹は敵の懐へ跳び込んで、螺鈿めいて煌く瞳で見上げて唇を開く。
「……もしかして、一番寂しいのは貴女なんじゃない?」
ねぇ。独りぼっちの、カミサマ。
艶めく笑みひとつ。至近で揮った紫林檎の魔法が、悪夢を三重に呼び覚ます。
●母様
美しくも苦しい物語だった。
白くて麗しい機械は、与えられたコマンドとプログラムのまま振舞った。孤独と寂しさを抱えた少女へ手を差し伸べ、連れ帰って――物語を、繰り返して。
忘れたいのに忘れられないのか、心の何処かで忘れるなと戒めているのかわからない。
過去を皆に知られるのが怖いと思った刹那。
『私をまた裏切るというのですか! 赦しません!!』
激しい声が蜂の耳朶を打ったが、ステラマリスの視線と声が向けられているのは何もない波間。息吹が呼び覚ました悪夢を見ているのだと察すれば、裏切り、星色の面影、桜の夜の別離、まるで呼び水に誘われたようにメロゥの胸裡を刺すものがあったけれど、
「行きましょう、蜂! 彼女を海に還すために!」
「ええ、メロゥちゃん。大丈夫、迷いはないから」
彼女に己を重ねるでなく、大切なひとを護るためにメロゥは極小の星を撃ち込んだ。星を思わすカプセルから溢れだしたのは神殺しのウイルス、妹のように愛する子の声に導かれ、弟のように慈しむ子に贈られた刃を手にステラマリスの懐へと躍り込み、蜂が揮った斬撃が神殺しの力を強めていく。途端、清冽な白銀の光が瞬いた。
「お膳立ては任せて。蜂さんの手で、永のさよならを贈れるように」
影に紛れたゼルダの矢は姿を現せば銀嶺の稜線を描くよう敵を捉え、柚子色テレビウムの一撃がまたひとつ悪夢を呼び覚ます。
絶大な自己修復能力を持つ、格上の敵。
だが苦戦することなく徒に戦いを長引かせることもなく、皆が一丸となって確実に着実にステラマリスを追い詰めていく。加速度的に数も深さも増していく修復不能の傷、竜の槌の力のみならず己が膂力も重ねたレーグルが凄まじい加速を乗せた強打を叩き込めば、一気に敵の半身に罅が奔った。
迷わず穂先に雷を纏わせたイェロが神速の稲妻を一閃、続けざまに星屑めいて煌く硝子の小竜のブレスが迸れば、ステラマリスの半身に広がる罅が金に発光し――ほろり、ほろりと機械のカケラが毀れだす。
最早修復しても焼け石に水と察したのだろう。
巡らせた眼差しをまっすぐ蜂に据え、ステラマリスは手を差し伸べた。
『寂しさに潰れそうなら、凍えそうなら、この手を取りなさい。それとも』
もう、寂しくないとでも言うの?
咄嗟に『寂しくない』とは応えられなかった。けれど。
「あなたの手はいらない。蜂さんの寂しさは、あたしたちが埋めるんだから!」
「ん。それでも寂しいって感じるなら、俺も、皆も、きっと、寂しい」
護るよう一歩前に出た春乃の声、そっと不安を拭うようなイェロの声、
「蜂さんには今ここにいる皆も、帰りを待つ子達もたくさんいる。そうでしょう?」
「ええ、そうよ。だから蜂、皆で帰りましょう。あなたを想うひと達の許へ」
優しく背を押すゼルダの声、暖かな光を燈すメロゥの声。
確かにこの胸にある心を震わせて、蜂は想いを言の葉にした。
「ひとの心は寂しさに苛まれたり、どうしようもない切なさに呑まれたりもするけれど……とても、楽しいの。こうして駆けつけてきてくれる大切なひと達もいてくれます」
だから。
しろいカミサマと同じ事をしていた自分を許せやしないけど、
「もう、あなたに手を差し伸べてもらわなくても大丈夫です」
捨てきれなかった畏怖がふうわり消えれば、後に残った感情は。
「ありがとう、私の優しいカミサマ。……お母さん」
彼女へ贈る力は黒き大蛇。
蜂の分身たる蛇がステラマリスへ絡みつく。抱きしめるよう巻きつき、そっと牙を剥く。最期に見えたのは満ちた笑顔だった気がして。
白と金の光になって彼女が消えれば、膝から力が抜けたようにその場に崩れ、ぽろぽろと涙が溢れるまま、子供みたいに泣いた。自分が悲しいのかほっとしたのかわからない。胸に萌したのが喪失感か解放感かわからない。
けれど、優しく背を抱く温もりから伝わるメロゥの想いは、はっきり感じ取れた。
――蜂、蜂。メロたちが、傍にいるわ。ひとりには、させないから。
彼女達を見守りつつ、レーグルは懐の卵に燈った熱が引くのを待ち、ゼルダは何処までも連れ添ってくれるテレビウムを抱きしめた。やがて聴こえるのが波の音だけになったなら、美味しいパッフェ食べにいきましょとリティアの声が明るく響いて。
メロゥに寄り添われた蜂が立ち上がる。春乃が差し伸べる手を、そっと取る。その様子に微笑んで、息吹は波音に小さな言の葉をとかした。
おやすみなさい、カミサマ。
どうぞ、もう目覚めることのありませんよう。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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