病魔根絶計画~群衆の中の猫

作者:秋月きり

 ザーザーと、雨が降っていた。
(「あれ……私……?」)
 酩酊感と共に覚醒した関賀谷・怜子は膝から顔を上げ、黒く染まった空を見上げる。
 雨の中、何分ぐらい座り込んでいたのだろうか。ずぶ濡れの身体はしかし、立ち上がろうにも言う事を聞いてくれない。むしろ、全身が熱を帯びているように怠く、立ち上がる気力を根こそぎ奪われていた。
 辺りは既に暗い。ちょっと休憩と座り込んだ路地裏で、人通りが無かったのは幸いだったのか、それとも不幸だったのか、良く分からなかった。
「帰ら……ないと……」
 お風呂に入って、スマホの充電をして、日払いのバイトを探して、それから、それから……。
 手足が、否、体中が怠いのは風邪でも引いてしまったのだろうか。そんなのは困る。今は病院に行く余裕なんかあるわけない。時間ももとい、治療費だって!
(「もう少し、休もう……」)
 怜子は知らない。自身の身体を冒している病魔が『炮烙病』と言う名前で、身体が怠いのはそこから炭の様な何かに置き換わっていく変化を始めている事を。
 梅雨の雨に打たれながら繰り返される呼吸は浅く、激しく。
 怜子は知らない。今、見上げた雨雲の空が、自分の視る最期の景色だと言う事を。
 翌朝、40数キロの炭の塊を地域住人が発見する事になる。だが、それが、都会の路地裏で孤独死した少女の死体だと、誰が想像出来るのだろうか。

『炮烙病』。罹患した者の体組織を炭化した様に黒変させ、脆く、そして彼らの活動を阻害する病気。
 それがリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の予知した病魔の名前だった。
「炮烙病を根絶する準備が整ったわ。だから今回、みんなにその病魔を倒して欲しいの」
 ケルベロス達に課せられる任務は、その中でも特に重い『重病患者の病魔』の撃破だ。
 今回の作戦によって、重病患者の病魔を一体残らず倒す事が出来れば、炮烙病は根絶され、新たな患者が現れる事が無くなるだろう。無論、敗北すれば病気は根絶されず、今後も新たな患者を許してしまう事になるが……。
「今回、みんなに担当して貰うのは関賀谷・怜子さん、と言う女性ね。今年20歳。一年前に長野から東京に越してきた女性なのだけど」
 過去の経歴を掻い摘んで話せば、地元の人間関係に嫌気が差し、飛び出してきたようなのだ。そんな経緯の為、あまり積極的に人間関係を構築せず、ずっと、日雇いのバイトで生計を立てて来たようだ。
 その為、病魔に侵された今でも頼る身元は無く、また、炮烙病が進行した今、動かせば炭の様な身体部位が崩れ落ちてしまう為、救急車による搬送も出来ない状態だ。
「そんな訳で、みんなは彼女が倒れている裏路地に向かって、直接病魔を叩いて欲しいの」
 とは言え、病魔はデウスエクスではなく、ケルベロスにとっては緊急性の高い任務と言う訳ではない。
「でも、この病気に苦しむ人たちの為に、この作戦を成功させて欲しい」
 それはむしろ、願いとして紡がれた。
「名前の通り、病魔は熱や炎を扱う能力を有しているわ」
 デウスエクスではないとは言え、重篤なまでに進行した病魔の能力は高く、油断出来る物ではない。
「でも、病魔に対して『個別耐性』を得る事が出来れば、戦闘を有利に運ぶことが出来る様ね」
 個別耐性は、患者である怜子さんを看病する事や話し相手になる等、元気づける事で、一時的に得られるようだ。個別耐性を得ると、炮烙病の病魔から受けるダメージが減少する為、戦闘を有利に進める事が出来るだろう。
「今回は怜子さんが倒れている現場に向かう訳だから、ヒールで意識を回復させた後、励ます感じがいいんじゃないかな?」
 人間関係の良さとか、人との繋がりも悪くないとか、要するに「貴方は一人じゃない」と言う事を伝え、彼女が感化されれば、個別耐性を得る事が出来るだろう、と言うのがリーシャの弁だった。
「人間関係が希薄な時代になって来ているって言うけど、私はそう思わない。だって、みんなはみんなと言う強い繋がりがあるから」
 だから、それを示し、彼女を導いて欲しい。その願望を告げ、リーシャはケルベロス達を送り出す。
「それじゃ、いってらっしゃい」


参加者
ノル・キサラギ(銀花・e01639)
楪・熾月(想柩・e17223)
入江・鹿乃(花紅葉・e30529)
アリエラ・ストラトス(影繰・e55554)
影森・梢(黒陽炎・e61741)
沫雪・ありす(うさぎのかたちのミルクパズル・e62457)
レオンハルト・イェーガー(主殺し・e62565)

■リプレイ

●雑踏の中キミを探している
 しとしとと、雨が降っていた。
 熱を帯びた手足に冷たい雨が心地良い。心地良いのは手足だけではなかった。頭も、身体も熱く怠く。全身から発する熱を雨が奪ってくれるようだ。
(「もう少し、もう少しだけ……」)
 顔を上げるのも億劫で、膝に顔を埋めてしまう。
 動けない。動きたくない。もう、どうでもいい。
 身体の熱も、生きる為の日雇いバイトも、捨てて来た過去も、全て忘れて楽になりたい。ああ、そうだ。このまま雨に打たれていれば、私は……。
 声が聞こえたのは、空虚な感情が自身を染め上げようとした瞬間だった。
「響いて、届いて、このあたたかさ」
 柔らかな声だった。帯びる熱とは異なる温かさが身体に、否、心に染み渡って来る。
(「あたたかい……」)
 与えられた温もりは新緑の匂いと陽光の柔らかさを帯びて、そして。
(「おかあさん……」)
 誰かの温もりを最後に感じたのはいつだったか。
 薄く目を開けた怜子は、自身を覗き込む9つの顔を認識する。
「ら、れ?」
 呂律が上手く回らなかった。誰、と尋ねた筈の言葉は意味を為していない。
 そんな彼女を見つめる幾多の表情は、しかし、安堵に包まれていた、それだけは何とか認識できた。

「……ちょっと熱が出ているけど、それ以外は大丈夫。容体は安定しているよ」
 手足については炮烙病が進行し、黒化が進んでいるが、まだ崩壊迄には至っていない。病魔さえ倒せば問題ないだろう、と言うのが、楪・熾月(想柩・e17223)の見立てだった。
「あと、意識に少しの混濁が見られる。……けど、これは炮烙病と言うよりも、疲労によるものだね」
 栄養を取って、しっかりした睡眠をとれば大丈夫。彼の見立てに、入江・鹿乃(花紅葉・e30529)は「良かった……」と嘆息する。
 怜子に向けられたヒールグラビティは熾月のみが紡いだものでは無い。鹿乃もまた、治癒のオーラを送り込み、怜子の生を繋ぎ止めていた。
「ただ……」
「やっぱり、動かす余力はなさそうかな?」
 怜子に掛かる雨をビニール傘で防ぐアリエラ・ストラトス(影繰・e55554)の言葉に返って来たのは首肯。
 出来れば安静に出来る所へ、そうでなくてもせめて、雨宿りが出来る場所へ運びたかったが、その願いは叶いそうになかった。
「当初の予定通りここで全てを終わらせる。いいよね?」
 バスタオルで怜子の身体を拭う影森・梢(黒陽炎・e61741)の言葉に、一同は是と頷く。ヘリオライダーの予知を聞いた時から覚悟していた。故に、動じる理由もない。
「ねぇ。お姉ちゃん」
 手を取る事は出来なくとも、呼び掛けることは出来る。
 怜子の顔を覗き込む沫雪・ありす(うさぎのかたちのミルクパズル・e62457)の声は、むしろ弾んでいた。これまでの怜子には悲しい出来事が多過ぎた。でも、これからは違う。だって彼女はずっと、頑張って来たのだから。
「大丈夫。もう大丈夫よ。お姉ちゃんを助けたい人がこんなにいっぱいいるのよ」
「そうだ。だから、僕らが来た」
 ありすの言葉をレオンハルト・イェーガー(主殺し・e62565)が引き継ぐ。
(「僕自身が恵まれた人生じゃなかったから、何を言えばいいのか判らないけど……」)
 誰しも悩み、そして人生と言う荒波の中をもがいている。それは怜子だけじゃない。ここにいる誰もが、そして、レオンハルト本人すらも。
「君の今までがどうだったのかも、これからどう生きてくかも僕には判らないけれど。とりあえず今、この瞬間、君は一人じゃないよ」
 その為に来た。病魔を倒し、彼女に普通の人生を取り戻させる。それが彼らに与えられた使命だった。
「そうだね。そして、それは僕達だけじゃないよ」
 ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)の声はあくまで優しい。
 環境が変われば人も変わる。それは海外から日本へ移り住んだ彼自身が学んだこと。だから、と紡ぐ。環境の変わった今だからこそ、変える事の出来る事もある筈だ、と。
「似た人はいても同じ人はいないものだから、一歩踏み込んでみたら、手を取ってくれる人がいるよ」
 この世界は冷たい人ばかりじゃない。恐れずに人間関係を構築すれば、きっと、交わる人も出来る筈。そして、その証明が自分達だった。
「誰かと助け合う準備をするのは、悪い事じゃないと思う。助ける事は、助けられる事でもあるからさ」
 だから、人は交わるのだとノル・キサラギ(銀花・e01639)は思う。
 彼自身も色々な人に支えられ、そして救われてきた。だからここに誓う。自身が受けた恩を、今度は返す時。此度、その対象が怜子なだけだ。
「大丈夫。俺達が傍にいるよ」
 彼の言葉は、ケルベロス達の総意であった。

●何を求めてさまようのか
 温かかった。
 身体に行き渡る回復の魔術だけではない。彼らが自分に向ける優しさが、温かかった。
 目頭が自然に熱くなる。目端から、何かが零れ落ちる。
 雨が降っているのは幸いだった。
 自身が零した雫の事は、誰にも気付かれたくなかった。

「始めましょう」
 ヘリオライダーが手配したウィッチドクターは、近所の病院に勤める初老の男性だった。医者らしからぬ黒衣を纏った彼は、ケルベロス達に一礼すると、怜子の額に手を当てる。
「必ず、貴方を救うわ」
 それが、彼女の存在証明。幼き頃、従兄に救われたからこそ、今の自分がある。ならば、今、病魔に苦しめられている怜子を救うのは道理だった。
「実はボク、ケルベロスになったばかりでね」
 突然の告白は梢からだった。
 焦点の合わない瞳が彼女に向けられている。柔らかい微笑でそれを受け止めた梢は更に言葉を重ねる。
「ボクもキミと同じだ。病魔に侵されていた処を救って貰ったんだ」
 ねぇ。と問う。
 大丈夫だよ、と笑う。
 それが彼女にとっての救済になると、信じて。
「当時も、今回の依頼でも、ボクは仲間に沢山、助けて貰った。最初は怖いかもしれないけど、だけど、一歩踏み出してみればキミにも、さ」
 だから怖がらなくていいよ。
 そう告げる梢の眼差しは優しく、怜子に向けられていた。
「ひとりぼっちのつらさは、わたしもよく知っているわ」
 傍らのグリを抱き寄せ、ありすは自身の悲しみを紡ぐ。でも、今はひとりぼっちじゃない。グリがいる。みんながいる。誰も彼も、自分にとって大切な人たちだ。
「だから、お姉ちゃんにもきっと、ね」
 その為に自分達は彼女を蝕む病魔を倒す。それは果たすべき誓いだった。
「大丈夫。期待には応える。そして、裏切らない。その為に来たんだしね」
 アリエラは断言する。告げた言葉が怜子に届いたかは判らない。だが、言葉が届かなくても、気持ちは届いた筈。それだけは何となく理解していた。
 そして、炮烙病が顕現する。
「成る程。牛だね」
「ファラリスの雄牛か。悪趣味な外見だね」
 ノルが零した感想への通髄は、ロストークによる唾棄の言葉だった。
 ファラリスの雄牛。古代ギリシアで作られたと言う処刑具は、人々を内部に捉え、炙り殺す役目を担っていたと言う。炮烙病が患者を焼き尽くす病気であるならば、それが具現化した病魔の外見がファラリスの雄牛である事は、相応にも、皮肉の様にも思えた。
 くぐもった鳴き声が聞こえた。ファラリスの雄牛に掛けられた犠牲者の苦悶は、仕掛けを通して雄牛の唸り声になると言う。
「俺が出来たから君も出来るとか無責任なことは言わない。でも独りは寂しいから、棄てないで、繋がる事を」
 熾月の宣言によって、戦いの火蓋は切って落とされた。

●キミが哀しみに暮れてしまわぬように
 雨の中、雄牛は駆ける。まとわりつく雨を蒸気に、冷えた空気を熱風に変え、雄牛は怜子の前に立ち塞がるケルベロスへ向かって駆け抜ける。
 それは雄牛がケルベロス達を敵と認めた証左。
 息を吸う所作は、次の行動への前準備だった。
「気を付けて。ブレスが来るよ!」
「たちの悪い炭火焼きだ」
 ノルの警告にロストークの軽口が重なり、そして。
「プラーミア」
「ロティ!」
「いろは」
 三重に己がサーヴァントを呼ぶ声が響いた。一つはロストーク、一つは熾月、そして一つは鹿乃だった。
 主の呼び声に応じた一体のボクスドラゴン、そして二体のシャーマンズゴーストは盾となり、雄牛の吐く炎の息を受け止める。
「――っ」
 ケルベロス達の零した吐息は、苦痛の色に染まっていた。
 如何にディフェンダーの加護を抱かせようとも、ダメージその物を消す事は出来ない。直接炎に炙られる痛みはダイレクトに、主人へと反芻していく。
 だが。
「これが、『個別耐性』」
 己の両手といろはを見比べながら、鹿乃がぽつりと零す。
 サーヴァント達を覆った炎はしかし、瞬く間に消えてしまった。炙られたのが一瞬ならば、痛みも一瞬。じゅくりと刻まれた火傷はしかし、熾月が出現させたエクトプラズムが外傷を覆い、治癒していく。
「さて、こちらの番だ」
 ノルの放つ冷凍光線は雄牛の肩口を貫き、凍結させていく。如何な炎の使徒とは言え、グラビティを伴う冷気に敵う術もなかった。
「行こう。みんな」
 此度、病魔を倒すだけでは意味がない。誰しもが人は独りじゃない事を怜子に示す。それがノルの選んだ選択だ。故に、此度、もっとも大切な物は、皆で戦う事――如何に連携がとれているか、だった。
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 ロストークの攻撃もまた、冷気を武器としたグラビティだった。星々の囁きの如く凍える空気が、そして氷塵が雄牛を覆う。己が炎で対抗する雄牛はしかし、結果としてその場に足止めされてしまう。
 そこに重なるプラーミアの息吹は、主の冬の力を増幅していった。氷は砕け、無数の刃となって雄牛の身体を切り裂いていた。
 そして、主の命を受けたロティの爪撃が走る。霊魂を切り裂く斬撃は病魔の鋼鉄の身体をすり抜け、その内部にある霊体へと突き付けられていた。
「この思いが伝わるのならば」
 幻影竜を召喚するレオンハルトの願いは、怜子に今の自分達の想いを――ここにいる皆が抱く、彼女を助けようとする意志が本物であるとの思いが伝わる事だった。
 それは自身も同じだと、ナハトがにぃっと笑う。そして奏でる主とサーヴァントによる息吹の二重奏は、雄牛の身体を逆に焼いていく。
「さあさ、後ろにはご用心。影から『何か』がキミ狙っている……かもしれないよ?」
 梢の忠告はしかし、次なる攻撃への詠唱だった。
 街灯に照らされた炮烙病の影は彼女の言葉に導かれるよう、狼へと転じていく。やがて、一匹の狼と化した影は本体である雄牛に喰らいつくと、嚥下の動作と共に、血肉を啜り、歓喜の声を上げた。
 そして轟音が響いた。
 ドラゴニックハンマーを砲撃形態へと転じさせた鹿乃は、そこから竜砲弾を放ったのだ。
 ぐしゃりとひしゃげる音は、雄牛の足から響いていた。
「怜子さんを守ると決めた。だから……貴方を倒すわ」
 己が受けた傷を癒すいろはを携え、鹿乃はぴしりと宣告する。彼女の、否、ここに集うケルベロス達の願いは病魔根絶。だからこそ、目の前の病魔を撃ち漏らす訳にいかなかった。
「ま、ボクも色々あってね。……仲間意識って奴かな? 手を貸すのはそれだけで十分だろう?」
 言い訳にも似た台詞と共に、アリエラは虚無を紡ぐ。全てを飲み込む虚界の塊は、砲撃によろめく雄牛のどてっぱらに、殴るように叩き付けられた。
「いくよ、グリちゃん。みんなを守るのよ!」
 そしてありすは聖なる光を、そしてグリは幻想を紡ぐ。ケルベロス達の動きを妨げる呪への破邪は、彼らを守るべく緩やかに浸透していった。
「さぁ。邪悪な雄牛の討伐と行こうか」
 炎をまとわりつかせる雄牛へ、病魔の根絶を――その殲滅をレオンハルトが宣言する。

 剣戟が響く。
 炎が交錯し、雷撃と冷撃が、光と闇が、雄牛と、そしてケルベロスとの間に繰り広げられていく。
 その世界は何処か夢心地で、何処か幻想的で、そして、何処か、神秘的で。
 まるで映画やアニメの様は非現実は、しかし、怜子の前で展開される現実だった。
「見えますか? 怜子さん」
 傘を差しだす初老のウィッチドクターは、囁くように呟く。
 ええ、と頷く。頷いたつもりだったが、それが上手く形になったかは分からなかった。
 零れ落ちる感嘆はため息となって。感激は夜の闇に消えていく。
 正直に言えば不謹慎で、そして不埒な考えだった。それでも、彼女はそう感じずにいられなかった。
 ――自分の為に、彼らは戦ってくれる。その事が、とても嬉しかった。

 そして、戦いは終局を迎える。
「コードXF-10、魔術拡張。転換完了、ターゲットロック。天雷を纏え!」
 ノルの起動した拡張魔術は全身を駆け巡る紫電と化し、己が拳に光を宿らせる。纏う炎の色は蒼。そして、瞬く間にそのトリガーは引かれていた。
「――ガラドボルグ!」
 硬き稲妻の魔剣を意味する一撃は雄牛を貫き、黒煙をその口から零させた。
 それは雄牛の最期を意味していた。幾多の攻撃を受け、弱り切った病魔に向けられた攻撃は、紫色の光。全ての魔力を注ぎ込み、昇華させたレオンハルトのサーヴァント、ナハトによるレーザーの様なブレスだった。
「契約に縛られし竜よ。我が名においてその枷を解き放とう。禁呪展開――解き放たれよ、夜を彷徨えし竜種!」
 夜の街に雄牛の悲鳴が木霊した。
 全身を光に貫かれ、雄牛の身体が砕けていく。それは、病魔の死――その呪縛から怜子が開放されたことを意味していた。

●笑顔を守ってあげるから
「手足の黒化も大丈夫。後は……病院かな?」
 ひとしきり診断を終えた熾月の言葉に、一同はホッと安堵の吐息を零す。万が一の不安と、間に合ったと言う喜びが交じり合い、感嘆となって零れ落ちていた。
 既に救急車の手配は済ませている。後は彼女次第だが……おそらく、大丈夫と思えた。
「……皆さんの事、忘れません」
 微睡みの表情で紡がれた声は、確かにケルベロス達に届いていた。
「お見舞い、いくね」
 誰ともなく紡ぐ言葉に浮かぶ笑顔は、とても明るく。託したケルベロスカードを握る手は、温かい熱を帯び始めていた。
 だからこそ、そうあって欲しいと願わずにいられなかった。

 もう、彼女は独りではないのだ、と。
 孤独に彷徨う猫は、もう、何処にも居ない。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月19日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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