冥海より来たる魔竜

作者:朱乃天

 ここは竜十字島の内部にある鍾乳洞の奥。
 光の射さない暗くて薄気味悪い空間内に、怪しく蠢く一つの影がある。
 瓶底眼鏡を掛けた制服姿の少女が、黙々とタブレットのような機器を操作していると。画像がホログラムのように宙に浮かび上がって、仄かな光が周囲を照らす。
 彼女は画像の一つに目を遣ると、何かを発見したのか不意に手を止め、ニタリと笑う。
「見つけたわよ……。お前達……この場所に向かい、ドラゴンの封印を解きなさい……」
 少女がくるりと後ろを振り向くと、奇怪な姿のドラグナー、ケイオス・ウロボロス達が出番を待つかのように従えている。
「そしてお前達はドラゴンの餌となり、その身のグラビティ・チェインを捧げるのよ……」
 眼鏡を人差し指で押し上げながら、ドラグナーの少女――中村・裕美が、ケイオス・ウロボロス達に指示を出す。
 全ては、ドラゴン種族の未来の為に――。

 月明かりが照らす人気のない夜の海岸に、四体のケイオス・ウロボロスが降り立った。
 この地は嘗て、ある一体のドラゴンが封印された場所。ケイオス・ウロボロス達はドラゴンを封印から解き放つべく、すぐに儀式を開始する。
「ギーッ、ギギィーッ!!」
 ケイオス・ウロボロスが発する耳障りな怪音波。響く奇声は大気を震わせ、この地に掛けられていた封印が、硝子細工のように砕け散る。
 すると次の瞬間、海が突然荒れ狂い、大きな波が牙を剥くかのように立ち上る。そして波のうねりの中から、触手のようなモノが伸びてケイオス・ウロボロス達に絡み付く。
 海底からは巨大な黒い影が迫り上がり、そこに現れたのは――封印から目覚めたばかりのドラゴンだ。
 ドラゴンの背中には、無数の墓標が乱立し、青白い炎のような怨霊達がその周囲に漂っている。このドラゴンは長年封印され続けていたせいか、極度の飢餓状態にあるようだ。
 深い闇の檻から解放された黒竜は、飢えを満たさんと、捕らえたケイオス・ウロボロス達を本能のままに貪り喰らう。
 こうして贄を喰い尽くし、グラビティ・チェインを得たドラゴンは、月に向かって歓喜の雄叫びを上げるのだった――。

 ――ドラゴン勢力が秘密裏に活動を行っている。
 リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)達から齎された情報が、大きな事件の足取りを掴む。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はケルベロス達をヘリポートに緊急招集し、今回の事件に関する説明をする。
 彼等ドラゴン勢力は、大侵略期に封印されていたドラゴンの居場所を探し当て、そのドラゴンの封印を破って戦力化しようと企んでいる。
 この活動を実行しているのは、不気味で禍々しい姿のドラグナーである。しかし彼等は、復活したドラゴンの餌となってしまい、コギトエルゴスム化してしまう。
 ドラグナー達がドラゴンに食べられてしまうのを、未然に防ぐことは間に合わない。
「封印から復活したドラゴンは、極度の飢餓状態な上、定命化も始まっているようなんだ。それに理性も失くして、意思疎通も困難みたいなんだけど。このまま放置しておけば、ドラゴンは人間を襲ってグラビティ・チェインを奪うような事態になってしまうんだ」
 そのような状況に陥ってしまえば、多大な被害が出てしまう。人々の命を守る為にも、復活したドラゴンを討ち倒すことこそが、ケルベロス達に架せられた使命なのである。
「今回戦う相手となるドラゴンは、人気のない海岸に現れるみたいだよ」
 ドラゴンはまだ海中に留まっていて、海から浜辺に上がってくるところを迎え撃つ形での戦闘となる。また、近くには岩場などがあり、地形を上手く利用すれば、竜の背中に飛び乗りながら戦うことも可能だろう。
 敵は『オルカナロア』いう名の漆黒のドラゴンで、全長15m程の大きさだ。
 このドラゴンは墓地を喰らって力を取り込んだのか、背中に無数の墓標が乱立しており、怨霊達を操ることができるらしい。
 敵の攻撃方法は、周囲を怨霊達の呪いで汚染したり、触手を伸ばして相手を締め付けようとする。他にも獰猛な牙で喰らい付き、魂までも吸い尽くそうとしてくるようである。
 そして何より脅威と言えるのが、ドラゴン種族の誇る強大な戦闘力である。特にこのドラゴンは、火力に秀でた個体のようなので、細心の注意を払うのは勿論のこと、相応の覚悟で臨まなければ返り討ちにも遭い兼ねない。
 ――しかしそれ程の強敵にも、付け入る隙はある。
 定命化に侵されているドラゴンは、戦闘が長引けば弱体化してしまう。そこで10分以上耐え抜きながらチャンスを窺えば、何れ勝機も見えてくるだろう。
「敵の目的は、封印されたドラゴンを戦力に加えることなんだろうけど……。でも、何だかちょっと引っ掛かるところがあるかもね」
 封印から復活したドラゴンは定命化が始まっており、戦力補充の抜本的な解決にはなっていないだろう。だが敵の狙いが何であれ、存在自体が脅威であることには変わりない。
 シュリはケルベロス達の顔を見て、かなりの危険を彼等に負わせることを、心苦しく感じるが。それでも彼等は今回も、全員で無事に戻ってきてくれると信じているから。
 だからせめてもの武運をと、その身を案ずるように、心の中で静かに祈った――。


参加者
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)

■リプレイ

●冥き海から
 大侵略期の封印から解き放たれたドラゴンを討ち倒すべく、海岸に集ったケルベロス達はドラゴンの上陸阻止作戦を開始する。
 暗澹とした闇が支配する夜の海、射干玉色の世界を照らす月光が、海上に潜む魔竜の姿を浮かび上がらせる。
 戦艦竜よりも大きいだろう黒い巨影。背中に乱立する墓標の群れが、一層不気味に恐ろしく思えてしまう程。
「墓地を喰らった竜、ですか……。死者の魂をも取り込み力とするのは、許せませんね」
 翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は自然と命を護る一族として、このドラゴンの所業に憤りを隠せずにいた。だからこれ以上、多くの命が奪われないように。胸のブローチに手を添えて、仲間を支えてみせると想いを込める。
「……どうやら向かってくるようで。こちらも迎撃準備と参りやしょう」
 海運の神の加護を降ろした黒い水着姿の茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)が、岩場に立って目を眇め、竜の動きを確認しながら指示を出す。
 そういえば以前も似た戦いをした気がすると、彼女がふと思い出したのは――蠍の女帝と交えたあの一戦だ。
 強敵相手に挑んだ過去を糧にして、今度はドラゴン打倒の決意を抱き、気を引き締め直して身構える。
 定命化に侵されたドラゴンとの戦闘は、10分間を耐え抜くことが勝負の分かれ目だと読んで。ケルベロス達は守り重視の布陣を敷いて、配置に就いて迎え撃つ。
 大きな波が次第に押し寄せてきて、漆黒の巨体が陸地を目指して近付いてくる。
 冥き海より来たる大侵略期の暗黒竜――『オルカナロア』が、獲物の臭いを嗅ぎ付けたのか、番犬達の命を喰らい尽くさんと、雄叫びを上げて襲い掛かってきた。
「――アメジスト・シールド、最大展開!!」
 ドラゴンが攻撃してくるより先んじて、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が紫光の盾を最大出力にて展開し、前線で共に戦う仲間を護る、光の壁を張り巡らせる。
「ガアアアァァァッ!」
 直後にオルカナロアが触手を伸ばし、前衛陣に絡み付かせて締め上げる。その威力は想像以上に凄まじく、フローネの盾を以てしても尚、かなりの体力を削られてしまう程である。
「すぐに回復します!」
 風音がすかさず黒鎖で円を描き、魔法陣から溢れる光は加護の力を付与させて。三毛乃もオウガメタルの粒子を放出し、仲間に治療を施し戦闘感覚を研ぎ澄ます。
「流石はドラゴンっすね! 楓さん、防御はちょっと苦手っすけど、皆で力を合わせて頑張るっすよ!」
 狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)が竜の触手を振り払い、無数の刃を宙に放ち、螺旋の力で周囲に回転させて自身を守る盾とする。
「私達も反撃開始と行こう。的が大きい分、狙い易そうではあるが……」
 サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)が岩場を踏み台代わりに跳躍し、落下の加速で脚に重力載せて竜の首根に叩き込む。
「ええ。皆が守りに徹している間、私達がその支援をしないとね」
 例えドラゴン相手だろうと、怯んでなんかいられない。羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)は両手に魔力を集束し、竜の姿を捕捉しながら狙いを定める。
「――行け」
 戦場中に響き渡った狼森・朔夜(迷い狗・e06190)の鋭い指笛の音は、一陣の清浄なる風を呼び込んで。吹き抜ける風は追い風となって、標的へと導く為の道を拓く。
 結衣菜の手から発射された魔力の弾丸は、朔夜が作った風の道へと誘われるように命中し、影の力で竜の巨体を蝕んでいく。
「この戦いに恐れは微塵もない。余裕ぶる気はないけれど……ねぇ、僕はオマエの向こうに――見たいモノがあるんだ」
 舞い込む風に、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)の髪に咲かせたライラックの花がふわりと揺れる。浮かべる笑みは柔らかなれど、発する言葉は冷淡として。
 自らを戒めるように外すことのなかった手袋を、脱いだ両手で巨大な槌を取り回し、砲撃型に変形させて魔力を充填。ドラゴン目掛けて撃ち放たれた砲弾が、直撃すると激しい爆発音が轟き響く。
 砲撃を受けた竜の身体から、黒い煙が立ち上る。だがドラゴンは効いていないかのように平然として、大きく吼えてケルベロス達を威嚇する。
 最強種族と謂われる強大な敵を前にして、番犬達はここからどう立ち向かうのか。彼等の力と真の覚悟が、今この戦いで試される――。

●『死』を喰らいし竜
 ドラゴン種族が誇る高い戦闘力の中でも、このオルカナロアは特に火力に秀でた存在だ。何よりもその巨体が発する威圧感には気圧されまいと、フローネは防御の構えを取って守りを固める。
「まずは耐え抜くことが優先ですからね。皆さんは、私が絶対守り通します」
 その一方で、結衣菜は敵の動作に癖などないか、僅かな仕草も見落とすまいと目を逸らさずに注視する。
「相手の動きが分かったら、こちらも少しは戦い易くならないかしら……」
 すると視線を感じ取られたか、結衣菜とオルカナロアの目が合ってしまい、漆黒の竜は舌舐めずりしながら顎門を開き、エルフの少女を狙って襲い掛かる。
「……っ! やらせないっすよ!」
 そこへ楓が、疾風のように駆けて素早く割り込み、身を挺して漆黒竜の牙を受け止める。だが魂喰らう魔竜の牙は、楓の防御を物ともせずに打ち破り。流れ滴る血と共に、彼女の生命力を啜り喰らう。
「やはり一筋縄ではいかない相手……とにかく今は、耐えて待つしかございやせん」
 仲間が倒れないよう支えることこそ、回復役としての務めだと。竜の脅威を目にしても、三毛乃は平常心を崩すことなく気丈に振る舞って。指輪に念を込めると光の盾が具現化し、楓に纏わせ瞬時に傷を癒す。
「これしきの傷……っ。楓さんは、まだ全然余裕っすよ!」
 この上ない強敵相手だからこそ、戦闘狂の血が騒ぐ。
 身体に走る痛みが更なる闘志を漲らせ。狐耳の少女はニヤリと笑って口周りの血を拭い、鬼迫を滾らせながら突撃し、鋼の拳を竜の脾腹に捩じ込んだ。
「あの触手、ちょっと邪魔だな。ソイツを先に抑えておくか」
 朔夜は敵の強さを肌で感じているものの、戦うことに意識を集中させているからか、不思議と恐れることなく自然と落ち着いていた。ぶっきらぼうに棍を振るうとヌンチャク状に折れ曲がり、朔夜はソレを巧みに操り竜の触手を打ち払う。
「私達も援護する。守られているうちに、少しでも削っておかねばな」
 サフィールが凛と声を響かせ、オルカナロアに向かって手を翳す。
 見た目は可憐なエルフの娘でも、秘めたる芯の強さは気高さすらあって。発動させる力は大気を揺らし、竜の形を成して顕れて。蜃気楼から生じた幻竜の、吐き出す炎は漆黒竜の強固な体皮を灼き焦がす。
「いいねぇ……こういうのは素直に気持ちが昂るよ」
 ルーチェが不敵な笑みを携え、高く跳ぶ。広げた翼で風を受け、月を背に浴び身を捻り、竜の延髄狙って華麗な蹴りを見舞わせる。
 ケルベロス達は10分間をただ守るだけでなく、援護射撃を交えて竜の力を削ぐ算段だ。
 特に要となる護り手は、フローネと楓に加え、シャティレとまんごうちゃんのサーヴァント達が補って。中衛には結衣菜と朔夜、そこにルーチェとサフィールが、後方にて攻撃手を担う。そして風音と三毛乃の癒し手が、戦線を維持しながら仲間を支える役目を果たす。
 彼等の用いた作戦は、その狙い通りに機能が働き、漆黒竜の高火力の攻撃にも耐え続け、地獄の番犬としての意地を見せる。後はこのまま持ち堪え、弱体化まで待つのみだ。しかしそうした目論見も、ドラゴン相手となると簡単には進まない。

 ――戦闘開始から、6分が経過しようとした時だ。
 オルカナロアの背中の墓標に眠る怨霊達が、悍ましい怨嗟の声を上げながらケルベロス達に飛び掛かってくる。死んでも死にきれず、この世に残した未練が呪いとなって番犬達に降りかかり、取り憑かれた者は旧き呪詛の力で蝕まれてしまう。
 怨霊達に纏わり付かれた前衛陣は、身体が次第に硬化して、呪いの苦痛に身も心も冒されていく。その中で、耐久力に乏しい二体のサーヴァント、シャティレとまんごうちゃんは抵抗虚しく、全身が石化によって動かぬ像に成り果ててしまう。
「シャティレ……!? くっ、よくも……っ!!」
 呪いの廻りの速さに、風音の回復術も間に合わず。最愛の小竜を救えなかったことが悔しくて、それでもまだ残っている仲間達の為、心を奮い立たせて癒しの力を行使する。
 風音の腕に巻き付く攻性植物から溢れ出る、黄金色の聖なる光が石化の呪詛を打ち祓い、怨霊達の群れを掻き消していく。
「一度に持っていかれる量は半端じゃありやせん。……後4分、それまであっしらが、何としてでも防ぎやしょう」
 三毛乃も仲間の士気が落ちないよう、光の粒子を拡散させて眠れる闘争心を呼び起こす。
「……助かりました。想像以上の手強さですが、それでもまだ倒れるわけにはいきません」
 フローネは回復役の二人に礼を述べた後、一旦態勢を建て直すべく、光の盾を再構築させて、守りに徹して持久戦に持ち込もうと試みる。
 ケルベロス達は磐石の備えでこの戦いに臨んでいたが為、ドラゴン相手でも、互いに役割分担し、協力し合ってその脅威を乗り越えてきた。
 だがサーヴァント二体を欠いたことにより、護り手二人の負担は時間が経過するにつれ、更に大きく増していく。
「ハァ……ハァ……楓さんは、まだまだ戦えるっす!」
 楓の身体に負った傷はもはや限界で、手足も思うようには動かない程のダメージだ。それでも残った気力を振り絞り、戦場に立ち続けていたのだが。ドラゴンは容赦なく、彼女に対して獰猛な牙を剥く。
 この攻撃を何とかして避けないと――心の中で必死に叫ぶが、身体は反応してくれない。そして無情にも、漆黒竜の牙が全身に突き刺さり――少女の手足は糸が切れたように垂れ下がり、楓は意識を失い遂に力尽きてしまう。
 生命力を搾取され、竜の牙から解放された少女の身体を、三毛乃が急いで抱き留める。
 これで一人が脱落し、盾役として残っているのは、後はフローネただ一人のみ。三毛乃はそれならばと、腹を括って配置を移って前に出る。
 彼女の咄嗟の判断が、窮余の策であるのは否めない。だが楓が目安となる『10分間』を耐えたことにより、この戦法が功を奏することになる――。

●墓標に刻む名は
「グオオオォォォ……ッ!?」
 オルカナロアが突如として猛り狂う。その様子は苦しみ悶えているようで、定命化の病が竜の巨体を侵食し、みるみるうちに力を衰弱させていく。
 ――ケルベロス達はこの時を待っていた。
 ドラゴンが弱体化するのを見計らい、今までの守り重視の構えから、攻めに転じて流れを引き寄せようとする。
「ドラゴンが苦しんでいる……このチャンス、必ずモノにしてみせるわよ」
 敵の動きが鈍った隙を突き、結衣菜が魔性の魔力を宿した腕を刃のように振るい、竜の傷口狙って抉るように斬り裂いた。
 そこへ朔夜も続いて動力剣を振り回し、傷を重ねるように斬り広げていって。ルーチェとサフィールも、火力を優先させてオルカナロアの生命力を殺いでいく。
 この好機を逃しはしないと、一気呵成に攻め立てるケルベロス達。
 戦況は先程までとは一変し、猛威を振るっていたドラゴンが、今度は番犬達の反撃を浴びて押され気味になっていく。
「化猫任侠黒斑一家家長、茶斑三毛乃。その首と心臓、獲らせて頂きやす――」
 盾役に回った三毛乃が楓の分まで奮闘し、戦線を崩すことなく維持し続ける。
 右目の炎が燃え盛り、左手で足のホルダーから愛用の銃を抜く。猫に纏わる伝承を、拡大解釈して力に変える秘奥。数秒後の世界を先読みし、敵の動きを予測しながら放つ卓越した銃撃は――正確無比に竜の右目を撃ち抜いた。
「この調子なら大丈夫。……フローネさんが居てくれる。仲間が居てくれる。私達なら絶対やれるはず」
 結衣菜が得意の手品を応用し、持てる力を駆使して漆黒竜に立ち向かう。
「――音も、光も、そして拍手も無いマジックショーの開幕よ」
 魔術によって、月の光を屈折し、音を歪めて気配を殺し。姿を消したように錯覚させて、死角を衝いて回り込み――結衣菜の不可視の突きが、竜の背中を刺し穿つ。
「持久戦なら負けません。そろそろ終わりが見えてきましたね」
 ドラゴンの高威力の攻撃を、フローネは守りに専念して耐え抜いてきた。白銀の騎士鎧は朱に染まり、満身創痍の状態ではあるが。守ると誓った『ココロ』は決して折れず、銀の指輪に祈りを込めて、光の剣を創り出す。
 フローネが剣を振り上げ斬りかかろうとする、しかしその前に、瀕死のオルカナロアが彼女の血肉を求めて迫り来る。
 死に物狂いの魔竜の牙が、銀の鎧を噛み砕く。その瞬間、視界が暗転し、意識が薄らぎ身体が崩れ落ちそうになる――が、レプリカントの娘は倒れない。
 何度砕かれようと、紫水晶の盾を掲げ続けると。強い精神力と信念が、彼女の心を踏み止まらせて耐え凌ぎ、返す刀で光の剣を振り抜いて、竜の体躯に斬撃痕を深く刻み込む。
「――花の女神の喜びの歌。春を謳う命の想いと共に響け」
 風音が舞い踊るように歌を口遊む。花と春の女神が喜ぶ様を歌に乗せ、唇から紡がれる音が自然と数多の命の温もりを招き寄せ、紫髪の乙女に癒しの光が降り注がれる。
「それじゃ最後の仕上げといくか。後は任せた」
 ケルベロス達は息もつかせぬ猛攻で、火力を集中させてドラゴンを追い詰めていく。敵を撃破するにはもうひと押しが必要と、朔夜は気力を練り上げ光の球を生成し、狂気の光が仲間の攻撃力を引き上げる。
「――死神の褥、抱き寄せるは薔薇の腕」
 深手を負った手負いの竜に、手向けの花を――。
 サフィールの一族に伝わる暗殺術の、奥義が一つ。魔術を用いて生み出したのは、禍々しくも美しい、真っ赤な血吸い薔薇。荊の腕が竜の巨体を抱き締めるが如く巻き付いて、無数の棘の刃が胸を貫くと――赤い花弁が、命の終わりを告げるように舞い散った。
 死に逝こうとするドラゴンに、ルーチェが最後に捧げる葬送歌。
 囁くように奏でる甘美な歌声は、周囲を侵食する深潭の闇となり。海の底より黒き大蛇を召喚し、罪を贖わせる枷として、魔竜の体躯を喰い千切る。
「穢れた腕(かいな)で、抱いてあげる……」
 ルーチェの赤い瞳に映るのは、断末魔を上げながら、命潰えて消滅していくオルカナロアの死骸。偽光の終楽曲を唄い終え、青年は薄く微笑みながら――竜の最期を見届ける。

 ――墓標は光の塵となり、天に召されるように空に消ゆ。
 戦い終えて、静寂に包まれた夜の海。幽かに聴こえる波の音に、耳を傾けながら番犬達はそっと目を閉じる。
 死の運命は竜といえども抗えず。
 ケルベロス達は命の意味を胸に抱きつつ、束の間の勝利の余韻に酔い痴れた――。

作者:朱乃天 重傷:狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月4日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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