巡る星、刹那の想い

作者:小鳥遊彩羽

 とある街の郊外にある別荘の物置に放置されていた、小さなプラネタリウム投影機。
 もう動くこともなく、ここにあることさえ忘れられていそうなそれを、見つけたものがいた。
 それは、握り拳ほどの大きさの宝石のような塊――コギトエルゴスムに機械の足がついた、小型のダモクレス。
 小型ダモクレスはプラネタリウム投影機を見つけると、するりと中に入り込んでいった。
 ――すると。
 プラネタリウム投影機から眩い光が放たれ、機械的なヒールによってその形が変えられていく。
 やがて現れたダモクレスは、機械で出来た幼い少年のような姿をしていて。
 仮初めの命を享受したプラネタリウム投影機は、空から降る星を愛おしそうに見つめながら、やがて、人里へ続く道を下りていくのだった。

●巡る星、刹那の想い
 とある街の郊外にある別荘、その物置に長いこと置かれていた、壊れたプラネタリウム投影機がダモクレスとなってしまうようだと、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその場に集ったケルベロス達へ説明を始める。
 それは、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)の予期によって切っ掛けを掴むことが出来た事件であり、幸いにもまだ被害は出ていないものの、このダモクレスを放置すれば多くの人々が虐殺され、グラビティ・チェインを奪われてしまうだろう。
「というわけで、速やかにこのダモクレスを倒してほしいんだ」
 小さなプラネタリウム投影機から変じたダモクレスは、機械で出来た幼い少年のような姿をしている。意思の疎通こそ出来ないものの、ケルベロスを見れば敵と判断し、排除すべく襲いかかってくるだろう。
 星の光を放ったり、纏うことで自らの傷を癒したり――といった攻撃方法を取ってくるようだとトキサは続けた。
「戦いの場所は、ダモクレスが生まれた別荘の庭になるだろう。そこなら広さも十分にあるから、皆も存分に力を揮えるはずだ。夜だから暗いけど、都心からは離れた場所にあるから、空にはたくさんの星が輝いているだろうね」
 だから、戦いが終わった後。もし望むならば少しだけ星を見てくるのも、悪くはないかもしれない。
「ちょうど、別荘のある森を抜けた先に、小高い丘があるみたいだからね」
 そう付け加えて、トキサは説明を終えると、ケルベロス達をヘリオンへと誘うのだった。


参加者
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
ラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)
六連・コノエ(黄昏・e36779)
鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)

■リプレイ

 空に燦然と瞬く星達のささめく声が聞こえてくるような夜だった。
 戦いの場へと足を踏み入れたケルベロス達の目の前には、今まさに産声を上げたダモクレスの少年がひとり。
 煌めく星を纏う少年の姿を見て、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は僅かに眉を寄せた。
 壊れてしまったプラネタリウム投影機。それが少年の姿を取るとは、かつての持ち主の影響だったりするのだろうか。
 想いを巡らせながら傍らのフリューゲル・ロスチャイルド(猛虎添翼・e14892)を何とはなしに蓮が見やれば、視線に気づいたフリューゲルが蓮の服の袖を小さく引いて。
「……大丈夫?」
「ああ、少しやり辛いのは否定しないが大丈夫だ、ロスチャイルド」
「お星さまが好きみたいだし、一緒に遊んでからお空に送ってあげないと、だね」
「そうだな、行こうか」
 少年を囲むようにケルベロス達が散開する中、古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)はぽつりと呟く。
「どんなに綺麗な星の光も、罪のない人の命を燃料に輝かせたものなら喜べないわね」
「ええ、本当に無粋ですこと。このような夜に、いえ、このような夜だからこそでしょうか。……ああ、星が綺麗な夜ですね」
 同意するように少年の元へと一歩踏み出したのはラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)だ。
「プラネタリウムも素敵ですけれども、本物には勝てない」
 今宵は流れ星さえも見られそうな満天の星空。ゆえに、自分達はケルベロスとして、天体観測の前に仕事を一つ片付けに来たのだ。
「人里へ被害を出さないよう、頑張ろうか」
 六連・コノエ(黄昏・e36779)の声に、ミミックのラグランジュが星のティーポットの蓋をカチャリと鳴らして応える。
「プラネタリウム投影機も、夜空の星を眺めるんやねぇ。自分も、もう一度星を映したかったんやろか」
 香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)はのんびりとした声で言うもののすぐに首を横に振り、九尾扇を構えて。
「……なんて、悠長なこと言うてられへんね。こんなに星の綺麗な夜に、悪さなんてさせへんよ!」
 壊れたまま、忘れられてしまったプラネタリウム。
 きっと家にあったらとても素敵なものだったのだろうと鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)は思う。
(「今回は残念ですが、せめてゆっくりと眠りにつけるように……」)
 心の中に祈りを灯し、紗羅沙は癒し手として力を振るうべく仲間達を、そして少年を見つめて。
「この子にもきっと色んな思い出があったのでしょうけれど、その思い出まで壊されてしまう前に……」
 伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)は静かに、星の少年を見つめる。
「恨みがあってお前を壊すわけではない。理由を挙げるとするならば、我等の敵として存在するからか。……誰かの命を奪ったわけではないのになぁ」
 そう、彼はまだ、何もしていない。ダモクレスとして生まれ、ケルベロス達の前に現れた――ただ、それだけ。
 しかし、ケルベロスにとってはそれだけで十分だった。そして、信倖もまた――否、彼だけでなくこの場に集った全員が、それを十分に理解していた。
「だが、私は同情はせんぞ。慈悲を見せても、やろうとしていることは変わらない。堂々と戦うとしよう」
 星纏うこの少年にとっての、最初で最後の戦いを。

 ケルベロス達の存在を認めたダモクレスの少年が真っ直ぐに手を伸ばすと、空中に映し出された星図の星が煌めいて、一斉に降り注いできた。
 落ちる先は中衛。すぐさま蓮とオルトロスの空木が身を挺し、綺羅星を受け止めると。
「蓮、空木っ!」
「すぐに回復いたしますね~」
「うん、僕も!」
 紗羅沙の言葉に、二人の名を呼んだフリューゲルが応じて。紗羅沙が仲間達の配置から陣形を見出し癒しと破魔の力を付与すると同時、フリューゲルは立ち止まらず戦い続ける者達の歌を戦場に響かせる。
「すまない、二人共。――空木、行こうか」
 二人に礼を告げ、蓮は空木と共に少年へと向き直る。
 空木の神器の瞳が少年を燃え上がらせるのに合わせて、蓮は花御堂を頂く縛霊手から半透明の御業を解き放った。
 御業に鷲掴みにされた少年が、瞬く星の欠片を散らす。その欠片ごと穿たんばかりに交錯した稲妻の光は、左右から同時に攻め入った信倖とラズリアのものだ。
「いざ参る!」
 石突に蒼の宝玉煌めく大振りの片鎌槍を信倖が繰り出せば、
「ごめんあそばせ」
 淑やかな言葉とは裏腹に、愛槍による苛烈な一撃をラズリアが見舞う。
(「――私の役目は敵を倒すこと」)
 ゆえに、背は信を置く仲間達へ預けて。ただ凛と前を見据え、ラズリアは星の名を冠した蒼槍を構え直した。
「ランジュ、僕達も行くよ」
 コノエがラグランジュに呼びかければ、ティーポットの蓋が音を立て、ラグランジュは自分が先に行くと言わんばかりにラズリアの槍が残した星の軌跡を辿って少年へと飛び掛かり、鋭い歯でがぶりと機械の星に喰らいついた。
 その後に続くようにコノエが歌い上げるのは、失われた面影を悼む『寂寞の調べ』。
 雪斗も九尾扇を手に後衛の陣形を読みながら、かつてどんな人がこの機械を使って星空を楽しみ、どんなことを想っていたのだろうと想いを馳せる。
「忘れられてまうのは、ちょっと寂しいね」
 苦しげに表情を歪ませる少年を見つめながら、るりは静かに言の葉を紡ぎ上げた。
「消えて終わりよ……ジャッジメント!!」
 るりの声に応えて現れたのは、戦いと死を司る神が持つ槍のレプリカ。るりの指先が真っ直ぐに少年を指し示すと同時、神槍が少年を穿ち貫いていた。
 少年の姿を取るダモクレス。この姿も元のプラネタリウム投影機の想いを汲んだものなのだろうかとるりもまた、思考を巡らせる。
 もっと遊んで欲しかった玩具や、時代遅れになったのを認めたくないコンピュータ――ダモクレスは、元になった機械の影響を受けている気がして。
(「この子は……ただ星が好きだった?」)
 けれど、例えどんな想いを抱いたとしても。
 いつだって、戦うしかないことに変わりはないのだ。

「光れ、奔れ、降り注げ。言葉なき声を、響かせ歌え――」
 フリューゲルが紡ぐ歌声に呼び覚まされた雷の調べが少年の元に降り注ぎ、その動きを縛る楔のひとつとなる。
 刹那、少年の煌めく星を抱いた手が、幾度目か、空に星図を描き出した。
 溢れこぼれる光に綺麗、と落ちた声は雪斗のものだ。けれど、見惚れたのは一瞬、
「……やけど、星明りにはもっと優しく導いて欲しい、かな。――そろそろ、やろか」
「うん、十分に蓄積させられたと思うよ」
 頃合いを見計らいつつ呟いた雪斗に、コノエが応じる。すると雪斗は手にしたナイフの刃をジグザグに変形させ、少年の体へと突き立てた。
 動きを阻まれながらも少年は自ら星を纏い、時に星の剣を編み上げて、ケルベロス達に立ち向かってきた。
 巡る攻防の最中、少年の攻撃は時に瞬発的な破壊力を伴いつつ襲い掛かってきたが、盾役の蓮と空木、そしてラグランジュがそのダメージを肩代わりすることで、こちらの被害は最小限に抑えられていた。
「――あなたを導く燈火となりましょう」
 また、誰も致命的な深手を負うことなく戦い続けられたのは、メディックとして常に笑顔を忘れず、皆を勇気づけながら癒しに専念していた紗羅沙の力も大きい。
 紗羅沙が幻影により生み出した見えざる燈火が蓮の傷を癒し、同時に敵の動きを捉える。
 その導きに力を託し、蓮は音速を超える拳を叩き込んだ。
 確かな手応えに、少年を取り巻いていた星が瞬いて虚空に散る。そこに、横合いから踏み込んだコノエが地獄の炎を纏わせた得物を少年へ叩きつけ、さらにラグランジュが夜空の星色のエクトプラズムを武器に変え、果敢に飛び掛かっていった。
「……君も、あの空に行きたかったのかい?」
 日暮の橙色の瞳に映った星の欠片は、瞬きと共に空へと還る。
「プラネタリウムの貴方はこれで終わってしまうけれど、この夜空の星は決して消えない」
 戦いの終わりが近づいていることを感じながら、ラズリアは自身の周囲に魔法陣を展開させる。
「始原の楽園より生まれし剣たちよ。我が求めるは力なり。蒼き輝きを放つ星となりて敵を討て!」
 内に眠る力を解き放つための言葉が紡ぎ上げられると、魔法陣から幾振りもの蒼き剣が生まれ、流星群の如き光の軌跡を描きながら少年を刺し貫いた。
 竜翼を震わせ、信倖は身を屈める。
 同情はしない。そう最初に告げた通り、ケルベロス達の手によって滅びゆく定めに囚われた少年へ一切の情を滲ませることなく、信倖は凡ゆる存在を薙ぎ、貫く天の槍を手に踏み出した。
「我が槍、果たして見切れるかな!」
 荒梅雨が如く繰り出される幾度の突き。その槍の雨は既に避けることもままならなくなった少年を寸分違わぬことなく貫いて星を散らし、がくりとバランスを崩した少年目掛け、るりは黒色の魔力弾を撃ち出した。
「……星空ばかり見上げているから勝機を見落とすのよ」
「……ッ、ア……!」
 少年を取り巻く悪夢は、るりにはわからない。だから代わりに、るりはそっと――彼の代わりに、星空を見上げる。
「……ええ、綺麗だわ。ずっと眺めていたいくらい。だけど、夜が明ける前に終わらせましょう。……星の下で眠りなさい」
 すると、雪斗の瞳が一瞬、凍えるような冷たさを帯びて少年を視た。
「無慈悲な冷たさに……凍えてもらおか」
 刹那、局地的に巻き起こった猛吹雪が少年へと襲い掛かった。舞い踊る六花に雪斗はいつかの雪降る夜を想い出し、そして決して忘れないと改めて誓う。
 星を纏うダモクレスの少年は、既に満身創痍だった。ケルベロス達の攻撃は的確に動きを縛り、仮初の命を削り、終焉へと導こうとしていた。
 それでも残る力を振り絞り、星図を描き出そうとした少年の手が、何かに縫い止められたかのように動きを止める。
「――蓮!」
 フリューゲルが蓮へ送ったのは、内に眠る力を呼び覚ます満月に似た光。
 託された力と自身を呼ぶ声に確りと頷いて、蓮は古書を紐解いた。
「……来い、くれてやる。代わりに刃となれ」
 自身の霊力を媒体に、蓮は古書に宿る思念を己の身に降ろす。思念は赤黒い影の鬼となり、豪腕を振り抜いた。
 雷を伴う風が少年の体を切り裂いて、僅かに残っていた星を散らす。
「お前は誰かを殺す為の存在ではない。救いになるかは分からんが、空へ還してやろう」
 その時、少年の機械仕掛けの顔が、ほんの僅か綻んだ――ように見えた。
 やがて、蓮の言葉の通りに、散らばった星達は静かに空へ、在るべき場所へと還っていった。

「みんな怪我残ってない? だいじょーぶ?」
「すぐに回復しますから、仰ってくださいね~」
 フリューゲルと紗羅沙が皆に手当てを施し、それから、皆で荒れた箇所をヒールで修復してから、揃って星の見える丘へと向かった。
 一面に開けた視界を覆う煌めきに、誰もが思わず息を呑み、暫し見入っていた。

 同じ空でも見えるものは変わる。
 夏に見える天の川も、澄んだ冬の空に輝く星々も、全てが地上から見えるもので、今宵の夜空も美しいと信倖は思う。
(「……奴がこの景色に目を奪われるのも当然だな」)
 だからこそ、あの投影機に惹かれたのだろう。
 星を眺めながら、雪斗は大切な人の顔を思い浮かべ、想いを巡らせる。
(「彼の故郷はどの星なんやろ? ……この星空、」)
 あの子にも見せたいなぁ、と、雪斗は静かに微笑んだ。
 星を好み、空を好むラズリアは、ふわふわと夜空を見上げながら空中散歩に興じていた。
 真夜中の空中散歩はとても気持ちが良くて、いつまでも浸っていたくなる。
「――今宵はとても、素敵な夜空ですね」
 折角夜空の星が綺麗な所に来たことだしと、相棒のランジュと共に、束の間の天体観測を楽しむコノエ。
 都会のネオンの光の群れも悪くない景色だとは思うけれど。
 何光年も先、遠くの夜空に思いを馳せるのも、コノエにとっては楽しく好ましいもので。
「……地球で生まれた人たちは、何を想うのだろうね」
 コノエの何気ない呟きに、夜色ティーポットから零れたエクトプラズムが微かに煌めいた。
「今はちょうど夏の大三角、織姫様と彦星様、空を流れる天の川、この時期に出会える星達の物語……」
 今だからこそ出逢える星達の物語に、紗羅沙は想いを馳せる。
「きっとこの日の夜空は、この日だけの思い出になるのでしょうねー」
 この一瞬は、もう二度と訪れない。だからこそ想い出の一幕として心に記しておこうと紗羅沙は思い、傍らに立つるりと微笑みを交わし合う。
 星の輝きそのものだけでなく、星にまつわる物語も好むるり。神話もまた、その一つだ。
「やっぱり、星空は実際に見ないと駄目ね……」
 見上げる全てが星。この景色は、本や映像だけでは味わえないもの。
 家に篭ってばかりいないで、たまには外に出て空を見上げるべきだったと、るりは何とはなしに思うのだった。

「冬だとおっきい犬とかちっちゃい犬の星座があるみたいなんだけど……あ、でもね、春の星座にもわんこの星あるんだって聞いたよ!」
 蓮と空木と並び星空を見上げるフリューゲルには、彼らにどうしても見せたい星があった。
「えっとねぇ……んっと……りょうけん、座? って言うんだって! 蓮、蓮、どれか分かる? んっと、おっきいクマさんの近くだって先生言ってたよ」
「猟犬座か、比較的新しい星座のようだ。大熊座を追っているように見えるそうだ」
 名前は聞いてきたものの、どこにあるのかがわからなくて。きょろきょろと星を探すフリューゲルを横目に見つつ、蓮は本で得た知識を頼りに星を辿っていく。
「北斗七星の上から五つ目の星の辺りから、右側を辿った先にある明るい星がそれだ」
 蓮が示す指先を追って、その先に瞬く星が映れば、フリューゲルの顔がぱあっと輝いた。
「空木、見て見て、あれがそうなんだって!」
 はしゃぐフリューゲルの声と笑顔に、空木も尻尾を振って応える。
「ライオンさんやクマさんも好きだけど、蓮と空木と一緒にわんこの星見たかったんだー!」
「そうだな、空木も俺も共に見れて嬉しいよ、――リュー」
 呼ばれた名と、頭を撫でてくれる大きな手に、フリューゲルが驚いたような表情を浮かべたのは一瞬、すぐに嬉しさいっぱいの、満面の笑みが咲いた。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 7
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