蛍火

作者:七凪臣

●蛍火
 カキツバタの褥に横たわっていた闇が、微かに身じろいだ。
 闇は見た。
 鬼火のような青白い死神が、自分へ手を伸べてくるのを。そこに球根のようなものが握られているのを。
 闇は本能で理解した。
 自分が彼女の手駒にされようとしていることを。理不尽を命じられようとしていることを。
 しかし闇は抗わなかった。もとより抗うだけの力は既にない。ならばこれが自分に与えられる新たな使命なのだ。
「さあ、お行きなさい」
 鋼の身体から手を退き、死神が静かに命じる。
 理性消え逝く中、闇は――漆黒のマネキンのようなダモクレスはゆっくりと立ち上がる。
「そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
『ぐらびてぃ・ちぇいん』
 ぽつり、ぽつり。
 覚醒起動を示すよう、淡い光が『闇』の身体に幾つも灯る。
『ぐらびてぃ・チェいん……グラビてぃ・ちぇいン……欲しイ、欲シい』
 動作一つに無数の光が夕闇を漂う様は、まるで蛍火のようだった。

●ホタルの夕べ
 死神の因子を埋め込まれたダモクレスの暴走を予知したリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、六片・虹(三翼・en0063)を加えたケルベロス達を前に仔細を語る。
「このデウスエクスが大量のグラビティ・チェインを獲得してから死ぬと、死神の強力な手駒になってしまうでしょう。ですから、このダモクレスが人々を殺める前に、皆さんに撃破して頂きたいのです」
 場所は、ホタルの群舞が見られると地元では知られた清流の辺近く。
 急ぎ現場へ赴かねば、ホタルを眺めに来た人々が犠牲になってしまうだろう。
 ただし、ただ倒しただけでは、ダモクレスの力は死神に回収されてしまう。
「骸に咲いた彼岸花のような花が、どこかへ消え去ってしまうのが、その合図です。これを阻止するには、残りの体力に対し過剰なダメージを与えて止めを刺すしかありません」
 注意深い戦況の分析と、圧倒的なパワーを叩き込む備えが必要だとリザベッタは告げ、人々が襲われる前に現地に到着しさえすれば、他に戦闘を妨げるようなものはないと言い足す。
「時刻は日暮れすぐ。手際よく対処できれば、訪れていた人々も問題なくホタル観賞を楽しめると思います。良ければ、皆さんも是非」
 リザベッタの粋な提案に、それは妙案だと虹も頷く。
 全ては問題を解決してから。
 しかし無事に成した後ならば、儚い風物詩に想いを寄せるのを咎める者はどこにもいまい。


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
周防・碧生(ハーミット・e02227)
安曇野・真白(霞月・e03308)
楪・熾月(想柩・e17223)
月井・未明(彼誰時・e30287)
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)

■リプレイ

●闇
 一際、濃い暗がりを纏った淡光が意思を持って宙を泳ぎ、星空を思わすシャーマンズゴーストを薙ぎ払う。
「ロティに回復を、急げ」
 吹き飛びんだロティの背が、樹へ強かに打ち付ける。楪・熾月(想柩・e17223)のパートナーが負った衝撃の大きさを素早く見止め月井・未明(彼誰時・e30287)が声を張ると、回復を担う熾月と彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)は、短く意を交わす。
「妾が預かるのじゃ」
 より力を引き出せる戀の言葉に、熾月は「お願いするよ」とロティのヒールを任せ、己は戦場全体を視野に入れた。
 せせらぎの音が近い森の中。膝上くらいまで伸びる緑を掻き分け、『闇』が蠢く。その体表に灯る無数の光は、まるで群れて飛ぶ蛍だ。
 もし、真実に蛍なら。ケルベロスの攻撃にあっと言う間に霧散するだろう。しかしデウスエクスである闇は、猛攻を浴びてなお現世に留まり続ける。
 異質なそれへ駆動式の刃で斬り掛かり、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)は手応えを確かめた。視認で知れる、命中精度。心許なさを補う為に、初手で戦闘態勢を整えた事は正解だったようだ。
 黄昏時を過ぎて少し。けれど闇に慣れ始めた眼は、的確に『闇』と風景を捕らえる。
「っ、」
 木々の狭間にカキツバタの群生を見た周防・碧生(ハーミット・e02227)は、数メートルを一気に駆けると、英明なる猫の王に呼びかける。
「叡智を、此処に」
 時に気紛れに、或いは堂々と。精霊魔法にて招かれた碧生の盟友は、剣と術を巧みに操り、闇の足を止めにかかった。しかも選び抜かれた射線は、敵を花から遠ざける。そこへ、こちらは碧生の親友である箱竜のリアンが、胸元に飾る鈴をリリンと鳴らしブレスを吹く。身の内に宿す縛めの増加を図る一撃に、仮初めの蛍火がもがくように身じろいだ。
「ここで一つ、お聞きあれ。幻想曲」
「支援は任せて」
 時至り実を結ぶ、戀と熾月の癒し。星々の儚き光を連想させる音楽が共鳴して響き渡ってロティの傷を消し去り、棚引く銀の煌きが最前列に立つ者らを邪より遠ざける。
(「ここまで、だいたい三分」)
 時計へちらりと視線を落として会敵からの時間経過を測った未明は、木々の天井を貫いて虹纏う蹴撃を闇へ見舞う。
『……ぐらびてぃ、ちぇいん』
 打ち込まれた怒りの楔に、闇の気配がロティから半分、未明へ逸れる。先んじて敵の意識を惹き付けたロティの負担を減らすのを目的としたこの一手は、同時にデウスエクスの攻撃を前衛へとほぼ固定した。
 闇の攻勢に晒される事になる者達へは、藤守・つかさ(闇視者・e00546)と熾月で十二分な自浄の加護を授けてある。
(「これで守りは万端か」)
 未明の翼猫である梅太郎が白い翼で羽ばたくのを前に、つかさは憂いを絶ったのを確信する。ならば後は、本来の目的に注力するのみ。
(「ここで眠れたら、どんなに素敵だろう」)
 ホタルが飛び交う程に豊かな自然に心を寄せたアラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)は、開いた手を地面へと翳す。
 あまり暴れたくはない。だが死神の目論見を確実に挫かねばならない。
「君はどんな夢を見る?」
 ぽたり。アラドファルの裡から溢れた闇が、墨玉のように零れ落ちた。大地を侵蝕したそれは、膨張した大地と一体化し漆黒のダモクレスを飲む。
『……ぐ、ら。びてぃっ』
 全身を食まれた衝撃に、文字通り『壊れた』人形が、狂った呻きを漏らす。
「真白も参りますの。銀華!」
 警戒に白狐の耳をピンと立て、安曇野・真白(霞月・e03308)は繰る御業に炎弾を放たせる。続いた箱竜の銀華のブレスに、真白が灯した炎は勢いを増した。
 ロティが招いた原子の炎も帯びさせると、蛍火と鬼火が共に虚空を漂うよう。
「我が手に来たれ、黒き雷光」
 自らのグラビティを換えた黒き雷を闇へ迸らせ乍らつかさは思う。
(「六片は上手くやっただろうか」)
 答は是。近付く余人の気配は微塵もない。どうやら虹も己が責務を果たしたらしい。

●思想
 一呼吸を置く僅かの間、瞑目した瞼の裏に透かす闇を描いて奏多は思考の海へ沈む。
 『闇』が。
 微睡みに何を望み、何を思ったのか。
(「知る由も無いし、探る気もない――だが」)
「嗚呼……本当に、」
 凪を纏う裡を乱す、『死神』の在り様。覚えた苛立ちを平素の仮面の下に隠し、奏多は再び夜陰に目を開く。
 剣戟が響く森の風景は、ぼんぼりに照らされるが如く。蛍火を霞ませる炎が揺らぎ、草木の影がゆらゆら躍る。
 中心に在る闇を、アラドファルは哀れだと思った。
 ――死にかけのところに、因子を埋め込まれ。手駒のように扱われ。
(「……もとより敵ではあるが、その現実には同情する他あるまいな」)
 仲間を癒すグラビティを操りつつ、戀も光の翅を憂いに凋ませる。
「蛍は死者の魂――そう聞いたことがございますけれど」
 ふっと呟きを水辺の風に乗せ、真白は『闇』をまっすぐ見つめた。
『ぐらびてぃ、ちぇ、いん……ほし、い。ほし……』
 無感動に光を舞わせる様子はまるで――。でも。例え、そうであっても。
「無粋な扱い……このような目覚めさせ方。あなた様に、新たな役目は不要でございますよ」
 闇が受け入れたという歪んだ有り様を、真白は真っ向から否定する。
 闇が真実欲したものは、グラビティ・チェインではないと信じて。
「ここで終わらせてやる」
 つかさが突き付ける非情も、憐憫の裏返し。
 デウスエクスに矜持があるかは知らない。しかし死神の隷属として利用されるだけなら、運命は時を待たずして破綻するに違いないから。
「散らそう、闇が華になる前に」
 ちらちらと降り積もる雪にも似たケルベロス達の決意に触れ、熾月も覚悟を決める。
 死神が望む華は、咲かせてはならない。
 そして無辜の人らの命も、奪わせてはならない。
「……そう、だね」
 肩に乗ったリアンに翼で頬を擽られ、碧生も臆病な心を叱咤する。
 例え光を取り戻そうと、我を失った命は、最早『命』とは呼べまい。だとしたら、残滓にも似る蛍火が、全て闇に飲み込まれてしまう前に。
「空しき傀儡の悪夢は、此処で終わらせましょう」
 凛然と顔を上げた碧生に、未明も頷く。
「利用される理不尽は、終わりにしよう」
 そう。これはまごうかた無き理不尽。蹂躙による、新たな蹂躙劇。ならば止めるしかあるまい。ケルベロスとして、正しき生に身を置く者として。

●蛍火
 蜂蜜に墨汁を混ぜたような息を、とろりと闇が吐く。前線を丸呑みにする波へ、ロティと未明、梅太郎が覆い被さる。
 誰が、誰をと、指向を思考する暇はない。だから盾を担う者たちは、全力で奏多ごと戦線を庇う。
 何故か。
 『最期』を奏多に託すと決めているからだ。
 直後、闇の身を焦がす炎の威力につかさが手を止める。
 炙られて、熱せられて、朧な光を全身に瞬かせる闇が漆黒の膝を叢につく。今にも炭になりそうな頼り無さに、つかさは次手を構える碧生を見た。すると同じ見解に至ったのか、碧生は小さく頷き、竜語を操るのを止めて満月にも似たエネルギー光球を奏多へ飛ばす。
「――っ」
 内側を満たす熱塊を思わす力に、奏多は胸に手を当てた。
「頃合いだな」
 少年じみた口振りで少女の声を発した未明もそう判じると、碧生が生成したものと同じ光を奏多へ注がせる。
 リアンと梅太郎も攻撃を控え、回復に手を割く。
 隙の無い企図で臨んだ闇との戦いは、長くはかからなかった。されど最も注意を要するのは『最期』。可能な限りのありったけを集約した一撃で、死を超えた死を与えねばならない。
 ぼんやりとした眼差しに今ばかりは鋭さを滲ませ、アラドファルは暗がりにも色鮮やかな爆風を自分たちの背後に巻き起こす。それは奏多への支援でありながら、万が一に備えて己の攻撃力も高めておくもの。
「妾からも、受け取るのじゃ!」
「闇はやさしい魂の褥。どうぞ、カキツバタの懐へお還し下さいませ」
 戀も、真白も。奏多らの背を、目も覚めるような爆風で押す。
 ひとつ、またひとつと漲る力に、奏多は息を詰めた。恐れはない。仕損じるようなへまを仕出かすつもりもない。だが、預けられる想いは、決して軽んじてよいものではない。
「お願いね」
「――ああ」
 盟友とも呼べる熾月から送られたエールと月色の光を受け、奏多は意を決して草の海を走り出す。
 銀華やロティからの癒しも届いた。
「狂える光と、決別を。……再び静かな闇へと、戻りなさい」
 リアンを傍らに、碧生が祈る。
「長かったな――だがもう、誰に利用されることはない。おやすみなさい」
 ポケットから小さな銀片を取り出し魔術構成を編む奏多の向こうに闇を眺め、アラドファルは眠りを誘う別れを告げた。
 つかさはいつでも動き出せる態勢で、行く末を見据える。
 ――終われ、終われ。疾く、終われ。歪まされた命に、解放を。
(「これは、エゴだ。識っている」)
 ケルベロスの優しさは、ケルベロスの物差しで測ったもの。闇自身にとって、ここで終わらされる事こそ、理不尽の極みかもしれない。
(「……それでも」)
 お仕着せの望みより、微睡みの続きを。今度は、永久に目覚めることのない眠りだが。
 全ての棘を飲み干し、奏多は燃えカスのような闇の眼前に立った。
 零距離で構えたリボルバー銃に込めた弾丸は、概念に干渉し生成した『一が多たり凡てが一たる』弾丸。引き金にかけられた指は迷いなく動く。
『ちぇ、い……ん。ぐら、び。て……』
「偽りの現は、此処で終わりだ――」
 射出と同時に無数の幻影と化した銀は、儚く散る花の如く闇を惑わし。たった一つの実体の着弾を以て、闇を甲夜に散らす。
 消え逝く蛍火を苗床に、花が咲く事はなかった。

●ホタル
 踏み折られた草らは、何れ自然に還る。それでもせめて、と。ケルベロス達は墓標代わりにカキツバタの周りを軽く整え『闇』に別れを告げると、ホタル飛び交う夕闇を目指す。
 やがて近付く人の気配。だのに川辺を支配するのは静寂。その理由は視界が開けた瞬間、明らかになる。
「……」
 数え切れない光の、ゆったりとした明滅。まるで天の川へ漕ぎ出したかのような風景に、知らず誰もが息を飲む。
 おほしさまの中にいたら、きっとこんな感じ。
 初めてホタルを見た星好きの春乃がそう言うから。アラドファルも暫し眠気を遠ざけ、彼女の手を引く。
「眠いのなら、いつだって膝枕でもするのに」
「――そうだな。帰りのヘリオンで君の膝や肩でも借りようかな」
 労わりも籠る春乃の悪戯な笑みに、アラドファルも柔らかく応え、星空散歩を二人寄り添う。
 ゆら、ゆら。空の波に漂う光。その一つが、春乃の肩へふっと舞い降りたのは、彼女の髪に咲く花菖蒲に惹かれたからか。
 羽休ませるホタルを驚かせぬよう、アラドファルは空いた春乃の手も握る。
「いつも頑張っている君に、素敵な幸せを」
 繋いだ両手、伝わる熱も二倍。細めた眼で光を見つめた春乃は、ぎゅっと手を握り返して、「蛍がとまると幸せがやってくるそうだ」と教えてくれたアラドファルの瞳へ視線を移す。
「アルさんといられるのなら、わたしは、しあわせよ」
 他の何より、春乃の心を満たす光と熱。在処は、朝を迎えても消える事ない傍らに。
「今日も、明日も。これから先も、ずっと、ね」

 どうせなら、と誘ってみたが。
「うん、綺麗……戀さんありがと。こういうところ、かなり好き……」
 うっとりとホタルに見入る藍励の様子に、戀はカカと笑う。どうやら声をかけて大正解だったようだ。
 だが、不意に沈む藍励の貌。気になり問えば、細い声が応える。
「なんでかな……こういうところを見てると、昔を思い出しちゃう」
 それは初めての友達が、亡くなった日の事。あの時も、こんな風に。ホタルが舞う夜の川辺だった。
「……そういえば、そんなことも、あったのぅ。話しか聞いとらんがな――帰るかの?」
 懐かしむような、詫びるような、労わるような。戀の声音に、藍励は緩く首を振る。
「ううん、ありがと。気持ちだけで、大丈夫」
 互いを信頼し合う者同士の距離感は、心地よく。『あの人』を思い出せる良い機会でもあると、藍励に今宵の幻想風景を受け止めさせてくれた。
「そうか……ならば良い」
 全ては、お主のしたいように。
 いつもの通り教えをくれる戀に、藍励も表情を和ませる。
「ありがと。うちは、うちのやり方で……」

「しーちゃんは物知りだねぇ」
 ホタルは死者の魂とも――熾月が語った逸話にリィンハルトは目を丸くし、己が無知を恥じらうように僅かに俯き。でも、すぐに顔を上げて笑顔を光に溶けさせ、
「俺の――昔の家族も会いに来てくれてたりするのかな?」
「きっと会いにきてくれてるよ!」
 熾月の疑問にまっすぐな肯定を送る。
「もしかしたら、僕のご先祖様とかもいるのかな?」
 くるり、またリィンハルトの視線が動く。その朗らかさに熾月も顔を綻ばせ、空いた手をホタルの光へ翳した。
「リィンのご先祖様が居るとしたらどの光かな? 一寸ご挨拶したい気分」
 ――なんて。目を細め、熾月はリィンハルトと繋いだ手に力を込める。
 リィンハルトと、雛のぴよと、傍らのロティと。新しい家族との日々は、失った家族に報告したいくらいの幸福。
 切ない記憶を光に変えてくれる君。君といるから、この景色も素直に綺麗と思える。
「ありがとう」
「僕達いま、みーんなで元気にたのしく過ごしてるから。心配しないでね」
 熾月の礼が、ホタルへ語るリィンハルトへ届いたかは――わからない。
 ホタルが死者の魂ならば、かける言葉は人の数だけ千差万別。
「此処にいる蛍の中に、つかさの家族がいるかもしれない」
 無数の光を目で追うレイヴンの呟きに、カエル型のポーチを下げた愛らしいテレビウム――ミュゲを抱いてあやすつかさは、周囲へ視線を巡らせる。
「まぁ、いるかもな?」
 そう。もし、本当に居るのなら。
「俺は、つかさから離れない」
 レイヴンは芯の通った声で蛍夜へ告ぐる。
「沢山の思い出をつかさと一緒に紡いでいきたいから」
 漂う光たちへ誓いを立てるように一語、一語、強さと確かさを以て、レイヴンは『想い』を音という形にして、記憶と心と――目には映らぬ何かに刻む。
 一途な決意。けれど不意に我に返れば、少々照れ臭く。
「つかさの御家族が、安心してくれるかな……と、思って」
 白い髪に狼耳を寝せるレイヴンの仕草に、つかさは口元を和らげた。
「んー? まぁ、安心してるんじゃないかな」
 ――俺が今、独りじゃない、ってさ。
 ホタルの光を際立たせる闇にあって尚、漆黒なつかさの装い。だが彼の心は今、闇に遠く。レイヴン、そしてミュゲとの『日常』に満たされる。
 前へゆく者、踏み止まる者。
「もうすぐ一年……、まだ一年」
 後者な真白は、あどけなさを残す面差しに痛みを滲ませ、光の饗宴に背を向けた。
「真白はまたひとつ、歳を重ねましたの」
 ひとりで眺めていると、要らぬ事まで考え、闇に囚われてしまいそう。
 瞼に焼き付けるなら、刹那で十分。
 土産話を携え戻れば、煌々と灯り点るヘリオンで待つ少年は「おかえりなさい」と笑顔で迎える事だろう。

 綺麗だな、悪かったな。
 ホタルの光の明滅のように、多くの言葉が奏多の裡で浮かんでは消えてゆく。そこに想いはあるのに、巧い言葉が結ばない。
 男の葛藤に気付くアリシスフェイルは、だから事も無げに微笑む。
「ホタル、綺麗ね」
 先だって共に立った戦場。そこでの奏多の変調を、アリシスフェイルは覚えている。
 死神、因縁。
 語られずとも、察せはした。事情は知らない。でも、きっと。いつか訊けると思うから。
「今日ね、誘ってくれて嬉しかったのだわ」
 無理に形に嵌め込まなくとも構わない――今は、特に。
 告げる代わりに、アリシスフェイルは奏多の手を取り、そっと重ねて、寄り添い、体温を分かつ。
 ――傍に、いるよ。
 熱となって流れ込む想いに、奏多は安堵色の息を吐く。
 ただ添うてくれるだけで、心を向けてくれるだけで、己が心はどれほど支えられていることか。
「ありがとな」
 ようやく紡ぎ出した礼。
「私はかなくんが幸せであれば、嬉しいもの」
 返された柔い笑みに、奏多は願う。
 或る微睡みに、無数の光に、隣に在る人に、幸福が訪れますよう。
 それは闇が褥としたカキツバタの花言葉。

 小さくとも、闇を照らす灯は確か。そこに自分の暗い過去や裡に光を齎してくれたリアンを重ね、碧生は友達であり家族でもある箱竜を抱き上げる。
 儚くも、短くも。懸命に示される力強い輝きを、一人と一体は同じ目線の高さで分かち合い。そこに碧生は誓いを掲げる。
「君に誇れるよう、頑張らなければ」
 これからもずっと。君とこの思い出を大切にしていく為にも。
 魂、誓い、願い、祈り。
 投影された無数の光は、それでも変わらずゆらゆら川辺を漂う。
「見事なものだな」
 儚くも圧倒的な光景に見惚れ、けれど未明はため息を零す。
 これだけのいのちの集まり。ひとつふたつは、ほんとうに不思議な力が混ざっているかもしれない。
 でも。
 ――おれの逢いたいひとは、ここにはいない。
「参ったな、かえりたくなってしまった」
 しかしそれは出来ぬ事。諦めざるを得ない望み。知る未明は、顔を上げ、背筋を伸ばす。
「いくぞ、梅太郎」
 返される踵が向かう先は、帰路を飛ぶヘリオン。
 今は、帰る。
 今、帰るべき場所へ。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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