解き放たれた白き翼は死をばら撒く

作者:質種剰

●座標計測
 竜十字島の鍾乳洞。
「……全く……封印だなんて余計な事をしてくれたものだわ……」
 ぼんやりと青白く光る洞穴の中では、瓶底眼鏡をかけて赤いカーディガンを羽織った少女が、長い髪を振り乱して複数のインターフェースを操作していた。
 彼女こそ、ドラグナーの竜性破滅願望者・中村・裕美。
 裕美は、大侵略期にオラトリオらによって封印されていたドラゴンの位置を特定する役割を担い、不眠不休で計算しているのだった。
 そして彼女の周囲には、多数の痩せこけたドラグナー——ケイオス・ウロボロスが膝をついて控えていた。
 不意に、計算している手を止め、裕美がニタリと口角を上げる。
「さぁ……見つけたわよ……。お前達……この場所に向かいドラゴンの封印を解きなさい……」
 ケイオス・ウロボロス達が裕美の命を受けて一斉に立ち上がる。
「そして、封印から解かれたドラゴンに喰われ、その身の内に宿すグラビティ・チェインを捧げるのよ……」
 裕美が酷薄な、それでいてどこか陶酔したような笑みを浮かべて呟いた。
「全ては、ドラゴン種族の未来の為に……」
●疫病竜解放
 青々とした山脈が見渡す限り続く、自然豊かな地方都市。
 そんなのどかな土地へ、ケイオス・ウロボロス達が次々と宙空から禍々しい姿を現し、降り立っていく。
「キィー、キィー!」
「クケキャキャキャキャキャキャ!」
「ギキャー!」
 ケイオス・ウロボロス達は、何やら忙しなく呪文を唱えていたが、例えこの場に人間がいたとしても、あまりの高音域で捲し立てられた言葉ゆえ全く聞きとれなかっただろう。
 だが、呪文の効力は確かにあるようで。
 ——バキバキバキバキ!
 乾いた地面が徐々に波打ち、無数のヒビ割れが蜘蛛の巣状に広がっていく。
 そして。
「グルルルル……!」
 ボコっと山のように盛り上がった土の中から、石膏像の如き白さを持つドラゴンが地表へ這い出してきた。
 ハーメルン・メリクリウス——災厄の風を吹かせ死をばら撒く疫病竜と伝えられる個体だ。
「キシャァァアァアッ!!」
 永きに渡る封印で飢餓に意識を支配されたらしきハーメルンは、雄叫びを上げてケイオス・ウロボロス達へ襲いかかる。
「…………」
 同胞が1人、また1人とハーメルンに喰われるのを目の当たりにしても、ケイオス・ウロボロス達は微動だにしない。
●疫病竜を討て
「リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)殿達が危惧なさっていた、ドラゴンの活動が確認されたであります」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が説明を始める。
「彼らは、大侵略期に封印されていたドラゴンの居場所を探し当て、そのドラゴンの封印を破って戦力に加えんとしているようです」
 この作戦を行っていたのは不気味で禍々しい姿のドラグナーだが、彼らは戦闘前に復活したドラゴンが喰ったせいでコギトエルゴスムと化す為、戦う必要は無い。
「復活したドラゴンは、かなりの飢餓状態な上、定命化も始まっているらしく、意思疎通も難しい状態ですが、その戦闘力は脅威となります」
 戦闘が長引けば長引く程にドラゴンの戦闘力は弱体化していくので、なんとか耐え忍びつつ、チャンスを伺う必要があるだろう。
「戦闘開始より10分以上耐えられれば、勝機が見えてくると思うであります」
 しかし、万が一にも敗北してドラゴンが人里に降りてくる事があれば、人間を殺してグラビティ・チェインを奪うのは確実であり、大きな被害が出てしまうだろう。
「さて、皆さんに倒して頂きたいドラゴンは『ハーメルン・メルクリウス』と呼ばれる個体で、全長約15メートルにも及ぼうかという大きさであります」
 大型クルーザークラスの巨体が翼を広げて襲ってくるのだ、その迫力たるや推して知るべしと言ったところか。
「ハーメルン・メルクリウスは、その大きな翼をバッサバッサと羽ばたかせて『疫病の風』を起こして攻撃してくるであります」
 配下がおらずハーメルン1体だけを倒せば良いのだが、それにしてもグラビティの一つ一つの威力が高く、討伐は決して簡単ではない。
 この疫病の風も、敵複数人を射程自在な突風に晒して薙ぎ倒し、更に凍傷を与えるというもの。敏捷に優れた斬撃である。
「また、『死の災厄』なるブレスを吐いてくる事もあります」
 こちらは敵単体を狙い撃ちするグラビティだが、その分凄まじい攻撃力を誇り、尚且つ毒にまで侵してくれる。理力に満ちた魔法である。
「時折、その太く長い尻尾で打撃を加えてきたりもするであります」
 この『終焉の一打』はやはり敵複数人に命中し、自然治癒力を阻害する効果まであるという。頑健性に秀でた破壊攻撃である。
「ドラゴンの目的は、封印されたドラゴンを開放して戦力を増やす事でしょうが……定命化が始まっている状態のドラゴンを新たに加えても抜本的な解決にはならないような」
 かけらはふと思案顔で呟くも、
「……もしかしたら、何か、別の目的があるのかもしれませんね。皆さんのご武運をお祈りしてるでありますよ」
 そう締め括って彼女なりに皆を激励した。


参加者
織神・帝(レイヴンドマーセナリー・e00634)
佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)
鏡月・空(蜃気楼だけが見えている・e04902)
スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
ユグゴト・ツァン(黒山羊・e23397)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)

■リプレイ

●疫病竜との遭遇
 地方都市。
 ケイオス・ウロボロス達が我が身の犠牲も厭わずにハーメルン・メルクリウスの封印を解いた現場へ、ケルベロス達は急行した。
「近くに都市もある地に疫病竜……笑えん字面だな」
 黒く痩せこけたドラグナー達を本能のままに食い尽くしたハーメルン・メルクリウスを見て、険しい表情になるのは宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)。
「……惨事を引き起こす前に俺の牙を、突き立てるのみ、だ」
 失った左目や両手を地獄化してブレイズキャリバーとなった青年。
 金の毛並みを持つ狼のウェアライダーだが、動物変身時の姿は到底犬にしか見えず非常に愛らしい。
 精悍な顔立ちに趣味の軍服が大層よく似合い、砕牙の闘気を用いて戦う降魔拳士である。
「……来るがいいデカブツ。寝ていた方がマシだったと、後悔させてやろう」
 双牙は影脚で地面を蹴るや、ハーメルン目掛けて機敏に跳躍。
 天高く跳び上がって、鮮やかな七彩纏いし急降下蹴りをハーメルンの頭部に叩き込んだ。
「やれやれ、今回は少々ヘヴィかもしれませんね」
 鏡月・空(蜃気楼だけが見えている・e04902)は、尻尾をばったんばったん振り回している巨体の駄々っ子を見上げて、思わず嘆息した。
 短く整えた青い髪と、スクエアリムの眼鏡の奥に光る藍色の瞳が理知的な雰囲気の、地球人の少年。
 見た目に違わずクールな性格で、普段は覚醒のきっかけにもなった斬霊刀を愛用する刀剣士。
 だが、今回は強敵であるドラゴンとの戦いに備えて炎山槌マグマカタストロフを装備、奴を弱体化させる準備は万端のようだ。
「さて、覚悟はできていますか?」
 空は眼鏡のブリッジを押し上げると、シュトルムスラッシャーを構えてハーメルンに接近。
 雷の霊力帯びし刃を硬い表皮に突き刺し、奴の耐久性を奪うべく目にも映らぬ速さで抉り貫いた。
「死を撒き散らす竜野郎。貴様も我が仔だと認識する。仕置きの時間だ。ああ。愛を篭めて帰還を掴もう」
 ユグゴト・ツァン(黒山羊・e23397)は、ハーメルン・メルクリウスに対して口汚く唾棄するも、彼女らしい抽象的な言い回しで奴へ必ず打ち勝つ事を誓う。
 総ての生命体を『仔』だと思っているサキュバスで、最近愛する男性と結婚したらしく幸せそうな様子。
 また、酒好きであり昼夜問わず呑んだくれて前後不覚になっている事も多い、土蔵篭りの女性である。
「兎角。持久戦だ。耐久戦だ。私の肉を可能な限り維持させ、機会を待つのに地獄を注ぎ込むのだ」
 ユグゴトは10分間持ち堪える為にいつでも仲間の前へ飛び出せるよう神経を使う傍ら、
「Idhui dlosh odhqlonqh!」
 某魔導師に説いたという某神格の一言を自らに言い聞かせて、グラビティの精度を高めるべく意識を集中させた。
「とてつもなく長い10分ですね……まずは耐えきれることが最重要か」
 と、強敵との持久戦へ慎重な姿勢を示すのはスヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)。
 しなやかなハニーブロンドのツインテールと澄んだエメラルドグリーンの瞳が愛らしい、巫術士の女性。
 また、褐色の肌や抜群のプロポーションは健康的な色気を放っていて、地球人ながら一時はサキュバスの名を欲しいままにしていた事も。
 そんな闊達そうな見た目に反して、実は他人に弱みを見せたり頼ることができず、自らの甘えや堕落を許せない真面目な性格である。
「いっけええええ!」
 スヴァルトは裂帛の気合いと共に海石榴を抜いてハーメルンへ肉薄。
 赤く染まった古椿の刀身を閃かせ、余計な動きの一切を削ぎ落とした流れるような一太刀を奴に浴びせると、斬り裂いた左前脚を凍てつかせた。
「これはまた……理性もなくただ暴れて死ぬ為に復活させるなんて、ドラグナーもイイ趣味してるわねぇ」
 鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)は、ハーメルンへ憐れみの視線を向けつつ、中村・裕美やケイオス・ウロボロスの所業に呆れていた。
 かつては性愛でしか快楽エネルギーを吸収できなかったものの、ある事件を契機に恋愛感情を取り戻したサキュバスの美女。
 性格は涼しげな目元やミステリアスな雰囲気に違わずクールで、艶のある黒髪ときめ細かい白い肌が何ともセクシーな女医さんである。
 時折、相手を挑発したり大胆に誘う事もあるが、これは薄っぺらい言葉を好まずに相手の本質本能を知りたいと考える故だそうな。
「まぁ、安らかにお眠りなさいな」
 今もさらっとした物言いでハーメルンへ語りかける一方、胡蝶は千夜一夜を開いて。
「まだまだ夜は長いわ。無理せず行きましょう」
 中衛へ向けて妖しく蠢く幻影をけしかけ、双牙の妨害能力を高めた。
「目覚めたドラゴン、ここより先は行かせない。生かせない」
 と、気合い充分でハーメルン・メルクリウスの眼前に立ちはだかるのは佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)。
「倒す、滅ぼす。この先にいるたくさんの人たちを守るために」
 勇者になって大切なものを守ると誓い、日々研鑽に励む地球人の少女。
 『桜花流』と名付けた我流の拳技を使う降魔拳士で、ピンクのポニーテールと円らな赤い瞳が可愛らしい。
 年相応に真っ直ぐな性格と何があっても諦めない信念を持ち、その猪突猛進ぶりは戦闘スタイルにも表れている。
「さぁ、我慢比べだ! 10分、こちらが耐えきれば勝ちの目は出てくる! 頑張ろう!」
 勇華は皆へ発破をかける傍ら、自身も勇者の覚悟を再確認する。
 護るものの為ならばその身すら犠牲にしても構わないと決意を固め、何人たりも砕けぬ心の硬さで敵からのダメージさえも耐えてみせる心意気だ。
 他方。
(「絶対ににいさんや旅団のみんなのところへ生きて帰る……! 絶対に……!」)
 リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)は気休めに隠密気流を纏い、ハーメルン・メルクリウスの死角から接近を試みる。
 絹のように艶々した白い髪と純粋な光を湛えた金の瞳が儚い空気を醸し出しているシャドウエルフの少女。
 愛らしい童顔に違わず精神年齢もやや幼いところがあり、口も重く途切れ途切れに話すのが特徴的。
 無表情でなかなか感情を表に出さないが、仲の良い義兄へは素直に甘える事もあるようだ。
(「……わたしの刃からは逃げきれない……!」)
 魔宝刃ファフニールを両手で握り締め、気配を殺したまま音もなくハーメルンへ突撃するリーナ。
 雷の霊力宿した刀身をズブリと奴の尻尾に突き刺して、その分厚い装甲に穴を開けた。
「妾が竜とやり合うのは城ヶ島以来か……あの時は竜を地面へ引き摺り落としたんじゃ、今回もそれをやるつもりで、参るかね」
 織神・帝(レイヴンドマーセナリー・e00634)は、意思の強そうな瞳に並々ならぬ自信を覗かせて、ハーメルンを睨みつける。
 キリッとした表情と露出度の高い奇抜な服装がアンバランスな魅力を漂わせる、鎧装騎兵の帝。
 彼女はかつて、城ヶ島で対峙した紫鱗竜に可視化した超高濃度グラビティ・チェインを伸ばしてその巨躯を絡め取り、見事地面へ叩きつけた事があるのだ。
 それ故、今回もハーメルン・メルクリウス相手に重力鎖縛咆を試したいらしく、期待に胸を躍らせている。
「悪いがこれも戦術でねェ、きっちり粘らせてもらうとしようか!」
 だが、帝はすぐにでも攻撃に転じたいのをぐっと堪えて、最初は味方の強化に専念。
 前衛陣へ縛霊手の紙兵を景気良く浴びせかけ、異常耐性の向上を図った。

●苦しい防戦
 ケルベロス達の集中攻撃を喰らいながらも、最後のケイオス・ウロボロスを飲み込んだばかりなハーメルン・メルクリウスの初動が僅かに遅れたのは、幸運という他ないだろう。
「グォオォオォオォォン!!」
 そして、死の災厄ブレスを双牙へ向かって吐き出したのも、彼への怒りを煽って攻撃を集中させるという作戦通りの展開であった。
 だが。
「させません……!」
 双牙を庇ってブレスの餌食になったスヴァルトのダメージは想像以上に大きく、ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)が幻夢幻朧影を放ったところで焼け石に水。
「守るよ。おれのロビニア」
 そう意気込むノルが気力溜めを施しても、彼はディフェンダー故にやはり回復量は奮わない。
「……ったく、力衰えてもやはりドラゴンですね」
 スヴァルト自身が傷の痛みを押して絶叫してやっと、態勢を立て直せる程の深手だった。
 1分が経ち。
 ケルベロス達が仲間の強化に奔走する中、ハーメルン・メルクリウスはバサバサと翼を羽ばたかせて、疫病の風を起こしてきた。
「竜に齎すべき抱擁は『定』だけだ。此処に不定は在り得ない」
 双牙を身を呈して護ったユグゴトは身体を蝕む悪寒に耐えようと、尋常ならざる怪力を発揮。
 なんと素手でハーメルンの表皮を引き裂くや、溢れ出た生命エネルギーを啜って、自身が受けた切り傷を治療した。
 2分が経ち。
「吹き飛べ!!」
 空は極限を超えた精神集中をする事で、ハーメルンの胸部を突如として爆破させる。
 喉笛を焼き切った事でブレスや終焉の一打の威力が微かに弱まる可能性があるのは、今の猛攻に耐え続けねばならない一行にとって有難いかもしれない。
 現にその直後ハーメルンが繰り出した尻尾の薙ぎ払いは、確かに威力が——あくまで先の疫病の風よりは——弱く、皆して回復に集中できた。
 尤も、妨害能力に長けた強敵のハーメルンであるからして、例えディフェンダーが6人いようとも、毒や凍傷を1つは残していったり、ヒールの効果を阻害してくる辺りはどうしようも無い。
 ましてや、帝の紙兵散布やガイバーンによるメタリックバーストが6人もの前衛に対して2割弱の確率でしか機能しない事も、戦線の維持を難しくしていた。
「むむむ! これがご先祖様に封印されてたコンセントなんたらデスか! ご先祖様の果たせなかったことをボクたちが果たすのデース!!」
 それ故、メディックとして元気良くギターをかき鳴らし、後方支援に徹してくれるシィカは地味に頼もしい。
 3分が経ち。
「あの日の誓いを忘れない。もう――何であろうと、奪わせない」
 胡蝶はそっと目を伏せて、瞼の裏に蘇る悪夢の記憶に意識を委ねる。
 片時も忘れはしない悔恨の時間を終えれば、皆を護る為に、自身から二度と奪わせない為に己のグラビティ・チェインと快楽エネルギーを制御して、打撲を治癒した。
 4分後。
「佐竹が一族、東家の勇華。まだ倒れる訳にはいかない……!」
 と、大音声を発して気合いを入れ直し、自然治癒力を元に戻すのは勇華。
 勇華に限らず、前衛陣の生命線は自分自身によるシャウトであった。
 それと言うのも、現時点の前線に立つ9人の中ではメディックがガイバーンしかおらず、先述の通り毒や免疫低下、凍傷の浄化が前衛の多さも相俟ってままならない為だ。
 戦闘開始から数えると6分。
「……喰いつかせて、もらうぞ」
 双牙は全身に地獄の炎を漲らせ、常ならぬ膂力でハーメルンを頭上に担ぎ上げる。
 そのまま炎の渦が巻き起こる程に勢いをつけて自ら回転、燃え盛る巨大な独楽が火花を散らすが如く奴を投げ落として地面へ叩きつけた。
 7分後。
「……ガイバーン……だいじょうぶ……?」
 怒り狂ったハーメルンの攻撃は、大抵が双牙へ向けられ、彼を庇うディフェンダー達が代わる代わる喰らっていた。
 だが、いかに6人いようとも毎度毎度中衛を守れる訳では無いし、ハーメルンとて双牙以外の前衛や後衛へブレスを吹きつける事もある。
 いかにディフェンダーだらけでしかも6人相手による威力の分散が見込めるとは言え、そこは腐ってもドラゴン、一撃一撃の威力が日頃戦っているデウスエクスのそれと殆ど変わりない。
 ましてや後衛2人だけを狙ったブレスの高火力や推して知るべし。
「……心配かけてすまんのう……リーナこそ大丈夫か?」
「わたしは……まだ平気……」
 リーナは、もはや倒れる寸前のガイバーンからヒールドローンを受けながら、地面を蹴って跳躍。
 流星の輝きと重力宿りし飛び蹴りをハーメルンの足先へと炸裂させて、その動きを鈍らせた。
「かつて我は竜を墜とした——今回も、墜ちてもらうぞ!」
 鎖として目に見えるぐらいの超高濃度グラビティ・チェインを投げつけ、その高い命中精度でハーメルン・メルクリウスの巨体を絡め取るのは帝。
「竜血により命ずる! 魂をも縛り堕とす重力鎖よ、捕えよ!」
 魔術によって胴体をギチギチと締め上げ、もがき苦しむハーメルンへ確かな痛みを齎した。

●戦線瓦解
 余りにも苦しい10分間が、ようやく過ぎようとしていた。
「キシャァァアァァ!!」
 ハーメルンは太い尻尾をぶん回して、前衛陣を薙ぎ払ってくる。
 ——正しくは、ディフェンダーから本来のポジションへ移ろうとしている4人を含めた前衛を、だ。
 戦闘中のポジションチェンジが、敵に対して一手余計に与えるにも等しいぐらい大きな隙を作る事を、ケルベロス達とて決して知らない訳では無い。
 だが、彼らは怒りによって敵の意識を引きつけた囮役を庇って10分間やり過ごす作戦に賭けていた。
 もしかすると、1分間だけなら仲間の半数が無防備になってもハーメルンに一矢報いる自信があったのかもしれない。
 しかし、ディフェンダーとメディックの人数配分の甘さから前衛が10分間耐えられる程の強化や回復、そしてポジションチェンジの隙を補う余裕——これはどんな優れた作戦でも相当難しいリカバーとなるが——を得られず、最後は皆気力だけで立っている有り様となっていた。
 ハーメルン・メルクリウスの、石膏でできた柱のような尻尾が、帝の顔面をバチンとひっ叩いて薙ぎ倒す。
「くっ……、竜……鎧装全種、リミッター解除。これより我は死地を……越え……」
 懸命に立ち上がろうとするも、10分もの間に蓄積したダメージはやはり大きく、遂には力尽きて倒れ伏す帝。
 尻尾の勢いは衰えず、胡蝶を庇ったスヴァルトを重い一撃で打ち据えた。
「まだ……諦めたつもりはありません……後は、頼みました……」
「スヴァルト……!」
 胡蝶の心情を慮ってか、スヴァルトは最後まで気丈に振る舞って、意識を失った。
 遠心力に乗った尻尾が、次に打ち払ったのはユグゴト。
「――貴様を抱擁せねば。貴様も私の仔なのだ……」
 ハーメルンへ向かって手を伸ばしながら、バタリと突っ伏したが最後、ユグゴトの譫言は途切れた。
「あららら……むう、手強い……」
 空も終焉の一打の犠牲になって、がくりと地面に膝をつく。
「まだまだ……っ」
 勇華は、よろよろと立ち上がるも、
「……みんな……悔しいけど……撤退しよう……」
「……気は進まないが、仕方ない……」
 リーナと双牙の声に、ハッと我に返った。
「グワォォオォォン!!」
 ハーメルン・メルクリウスは、狂乱の態が収まらぬまま、バッサバッサと翼で澱む空気を掻き混ぜている。
 勇華が悔しそうに歯噛みした、その時。
「まだだ!」
 誰かが叫んだ。
 4人がバッと振り返ると、晟がラグナルと共にハーメルンへ攻撃を加えている。
「当たらなければ意味が無いしのう」
 ガナッシュはニヤッと笑って、双牙へメタリックバーストをかけてくれた。
(「必ず無事に帰す。……二人とも、だ」)
 灼熱を宿す鎖が鎌首を擡げるが如き劒魄を構えて、煉獄の焔をハーメルンへ刻みつけるのはディークス。
「ドラゴン相手だ、重傷は仕方ない……だが死者までは出させてたまるか!」
 エリアスは腕と手から無数の角を生やし、その固めた拳で地面を穿つ。
 突き刺さったツノを地中へ潜らせ、長く伸ばしてはハーメルンの足元から針山のように突き出して、動きを鈍らせた。
「重傷はもちろん、殉職者なんて一人も出してはいけないわ!」
 喰霊刀から伝せた妖気と空気中の水分を織り交ぜ、ハーメルンの足元に赤く鋭い霜柱を出現させるのはみい。
「ガジェットは常識に捕らわれていてはいけないのよ」
 カレンはガジエットをトゲつき鉄柱へ柄をつけたような巨大ハンマーに変形させ、ブースターの勢いに任せてハーメルンを力一杯ぶん殴った。
「迷って、戻って、囲まれて、そしてアナタはいなくなる」
 ユーロは弾幕を渦巻き状に張ってハーメルンを翻弄しようと目論む。
「みんな……」
 勇華は再び闘志を燃やして、ゾディアックソードを手にハーメルンへと立ち向かう。
「勝ち目がある限りは絶対に諦めない! だってそれが勇者だから!」
 卓越した剣技を武器にハーメルンへ斬りかかり、その鋭い太刀筋で寒気すら与えた。
「目覚めよ力……わたしの刃は全てを断ち、全てに死を与え討ち滅ぼす……! 黒死に呑まれ滅びろ……!」
 リーナも自身の奥底に眠る暴走時の力を僅かの間解放。
 強引に引き出した全ての魔力とグラビティを用いて、黒く輝く一振りの魔力刃、背中には漆黒の魔力の翼を4対、それぞれ生成。
 魔力の翼によって加速をつけた魔力刃が、ハーメルン・メリクリウスの首をまさに一刀両断、ついに奴へトドメを刺したのだった。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月31日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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