私は貴女になりたかったの

作者:洗井落雲

●私は貴女になりたかったの
 真面目で良い子だと言われてきた。
 教師や親族のいう事には従った。人に迷惑をかけずに生きてきた。
 大人しく、目立たず、真面目に。そういう風に生きてきた。
 高校に入った時に、彼女と出会った。
 多分、世間的には、いわゆるギャルとか呼ばれている感じの女の子だ。私とは縁遠い世界の人物。そのはずだった。
「――それで?」
 不思議な縁で、私と彼女はよく話すようになった。きっかけは、シャーペンの貸し借りとか、そんな所だった気がする。私と彼女は不釣り合いだったけど、だからなのか、友達になれた。
 彼女は私の知らないことをたくさん知っていて、私に教えてくれた。優しい子だったから、私が本当に嫌がったり怖がったりするようなことはしなかったけれど。
 私は彼女が大好きになった。同時に、強く憧れるようにもなった。彼女のようになりたいと。彼女の隣に立ちたい、彼女と対等になりたい、と。
 だって今の私では、釣り合わない。大好きなあの子には釣り合わない。真面目と言う評価を隠れ蓑に、周囲から目をそらして生きてきた私では。
 誰にも逆らわずに、自己を抹消して生きてきた私には。
 彼女の友達である価値はない。
「――そう。なら聞かせて? 貴女の理想、貴女の目指す人の名前を」
「――新見春香」

「はい、よく出来ました」
 そう言って、白髪の少女が笑んだ。
 夕日の差す校舎の屋上には、2人の少女がいた。
 黒髪の、気弱そうな少女――明石冬美。
 そして白髪の少女。一見すれば高校生くらい少女であるが、その正体はドリームイーター。『フューチャー』と名乗る個体である。
「貴女が理想を手に入れる手段が、一つだけあるわ。貴女の理想の姿、それを既に持って居る人から奪えばいいのよ」
 フューチャーはくすりと笑うと、冬美の胸に手にした鍵を突き刺した。冬美が気を失って倒れると、そのそばには、冬美の姿に酷似した怪人――新たなドリームイーターが誕生する。
 その姿は、冬美とは似て異なっていた。その顔はモザイクに覆われ表情こそ伺えないが、どこか明るい、はきはきとした雰囲気を纏っている。服装も、しっかりとブレザーをフォーマルに着ている冬美とは違い、着崩し、様々な飾りがつけられたものだ。
 それは、理想の自分……冬美が持つ新見春香のイメージが、形となったものなのだろう。
「それじゃ、頑張ってね?」
 フューチャーはそう言うと、姿を消した。後には気を失い、倒れた冬美と、『冬美』が残るのみ。

 『冬美』は待った。
 今日は、一緒に帰る約束をしている。ここで待っていれば、彼女はやってくるのだ。

●憧れの末路
「日本各地の高校に、ドリームイーターが出現し始めたようだ。連中は高校生の持つ強い夢を奪い、強力なドリームイーターを生み出そうとしているらしい」
 そう言って、アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は、集まったケルベロス達に告げた。
「っていう事は、今回は高校生の子が襲われてる、って事?」
 フレア・ベルネット(ヴァルキュリアの刀剣士・en0248)が尋ねるのへ、
「そういう事だな。今回狙われたのは、明石冬美と言う女生徒だ。理想の自分になりたい、だが近づけそうもない……そう言ったギャップに苦しんでいる所を狙われたようだな」
 アーサーは、ふむ、と頷き、続ける。
「被害者から生み出されたドリームイーターは強力な力を持って居る。だが、このドリームイーターが生み出されるきっかけとなった夢、つまり『理想の自分への夢』が弱まる様な説得を行えれば、その力を弱体化させることができるのだ」
「つまり、『キミはそのままでもいいんだよ!』とか、『こんな手段で理想の自分になっても意味がないよ!』とか、そう言う感じ?」
 フレアが小首をかしげるのへ、アーサーが頷く。
「まぁ、そう言った所だな。被害者の状況を勘案して、適切な言葉をかけることができれば、ドリームイーターは弱体化し、戦闘を有利に進めることができるだろう。ただ」
 アーサーは一度言葉を区切ると、
「あまり強烈に言葉でやり込めた場合、冬美の『理想に近づこうという意思』を完全にくじいてしまうかもしれない。それが良い事かどうかは、私には判別がつかない。君達の判断に任せるよ」
 続いて、アーサーは、事件が発生する場所や状況などを説明し始めた。
 時間帯は夕方、被害者たちが通う高校の屋上で、事件が発生する。
 屋上そのものには、冬美以外の人間はいないが、学校には多くの生徒たちが残っていると思われる。
 また、放っておいては、敵のターゲットであるが新見春香が屋上へやってきてしまうので、何らかの人払いはしておいた方がいいだろう。
「とは言え、仮に春香が屋上へやってきてしまったとしても、その救出は難しくはないだろうな。敵は強力なドリームイーターを作る事を優先としている。つまり、ケルベロスと戦闘し、その性能を試すことを最優先として行動するのだ」
 だから、敵は春香を最優先で狙うような事はしない。被害者やその他生徒たちの避難などは、そう難しく考える必要はないだろう。
「さて、以上となる。苦しんでいる彼女たちを、どうか助けてやって欲しい。君達の無事と、作戦の成功を、祈っているよ」
 アーサーはそう言って、ケルベロス達を送り出した。


参加者
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
朝影・纏(蠱惑魔・e21924)
レイラ・ゴルィニシチェ(双宵謡・e37747)
ルナ・ゴルィニシチェ(双弓謡・e37748)
犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)

■リプレイ

●理想の時
 現場へと到着したケルベロス達を出迎えたのは、どこか歪な容姿をした怪人である。
 着崩した制服と、様々なアクセサリ。顔にあたる部分にモザイクがかかっているのは、未だこの理想と自分自身が一致しないという、犠牲者の心の表れであろうか。
 怪人――ドリームイーター『冬美』は、やってきたケルベロス達を見て、不思議そうに小首をかしげた。
「不思議ですか。そうでしょうね。本来ここに来るのは、あなたの大切な友達でしたから」
 そう言うと、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は、キープアウトテープを取り出して、屋上唯一の出入り口である扉を封鎖した。
 これで、一般人の立ち入りはできない。
 そのまま、赤煙は、『冬美』の足元へと視線を移す。そこには、倒れ、意識を失っている少女――本来の冬美がいた。
「人の弱さに付けこむやり口で、上手くやったと思っている事でしょう」
 静かに、呟いた。向けたのは、『冬美』へではない。今は姿を消した、未来を名乗る敵へ向けて、だ。
「しかし、奴らは人間を侮りすぎています。我々の手でそれを教えてやりましょうぞ」
 言葉と同時に、『冬美』の足元を影が走った。
 ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)である。ノーザンライトは冬美の身柄を確保すると、その身体を安全な場所へと横たえた。
「……欠落を抱えるドリームイーターには、同情を覚える。けど……催眠術の様相で、迷いを引き出して利用するのは……許せない」
 静かに、ノーザンライトが言葉を紡ぐ。
 『冬美』が戸惑いを見せたのは、ほんの少し。
 『冬美』にとって、ケルベロスとは、最優先目標である。
 フューチャーの目的は強力なドリームイーターを生み出し、戦力とする事なのだ。その戦闘能力を測る意味でも、敵対する存在を倒すという意味でも、ケルベロスと戦う事は理にかなっているわけである。
 『冬美』はその身体に殺意を漲らせ、屋上を駆けた。
「来ますか……! 皆さん、行きましょう」
 赤煙の言葉に、ケルベロス達は頷き、
「おっけー、頑張ろうね、皆!」
 フレアは、指示の了解と、応援の声をあげる。
 戦闘態勢をとったケルベロス達のもとへ、『冬美』が突撃した。手にはモザイクにより作られた刃が握られ、その華奢な体躯から想像できぬような動きと速度で、跳びあがり、それを振るう。
「チェニャ!」
 叫んだのは、レイラ・ゴルィニシチェ(双宵謡・e37747)である。レイラのボクスドラゴン、『チェニャ』はその呼び声に従い、跳んだ。
 『冬美』の攻撃線上に飛び出したチェニャは、その身体でもって『冬美』の攻撃を受け止める。青い瞳で敵を睨みつけ、勇敢なるサーヴァントは、敵の攻撃を防いだのだ。
「おりこうさん、チェニャ」
 レイラの誉め言葉に、チェニャは目を細める。
「なるほど、確かに力は強いようですね――」
 赤煙が言った。自身のオーラを手に集め、
「明石冬美さん、貴方は騙されています」
 声をあげる。
「貴方は、新見春香さんの派手な魅力ばかりでなく、その心も尊敬していたはずだからです。春香さんは、『貴方が本気で嫌がる事をしなかった』のでしょう? そんな彼女の優しさを無視して力ずくで姿を奪っても、それは上辺だけの物ですぞ」
 言いながら、オーラを放った。オーラの弾丸は『冬美』に直撃する。
「――!」
 『冬美』が、息をのんだ。それは、攻撃によるダメージもあったが、赤煙の言葉を受け取ったが故の、動揺の表れでもあった。
「春香さんのようになりたいのなら――彼女の知らない事を知り、教えてあげられるようになれば宜しい。貴方には未来があります。焦らずともこれから変わる事はできますよ」
「……そう」
 ノーザンライトが続ける。
「仲良くあるのが根底……それがどうして、『春香になる』ことになるのか」
 マインドリングより光の剣を生み出したノーザンライトは、『冬美』へ向かって駆ける。
「変わりたい欲求は、否定しないの。ただ釣り合いを求めるなら、明石冬美として、同じ重さを持つ存在を目指すぞな」
「同じ……?」
 ノーザンライトの言葉に、『冬美』が呟く。
「それが本当に、対等である……という事」
 ノーザンライトの剣が、『冬美』を切り裂いた。
 朝影・纏(蠱惑魔・e21924)は『芽吹』を『収穫形態』へと変形させる。
「……『理想を手に入れる手段が、一つだけ』なんて唆されたみたいね」
 『芽吹』を掲げ、味方を聖なる光で照らしながら、纏はつづけた。
「貴女は春香さんと対等で居たいから、自分を変えようと思ったのでしょう? 仮に春香さんから理想を奪って理想の自分になれたとして、その後、貴女の思う『理想の関係』で居られるの?」
 それに、と纏は言うと、
「貴女が周りの評価を気にするのは『親や教師の理想』を……今のその姿は、『貴女を騙した女の理想』を押し付けられているだけなの。貴女の本当の理想じゃない。貴女の本当の想いではない。……ねぇ、冬美さん、他人の理想に振り回されて大切な物を見失ってはダメよ。自分の理想は自分でしかわかってあげられないの。だから他人に任せないで、自分で変わるしかないのよ。貴女の本当の理想は、春香さんに成り代わる事だった?」
 纏は思う。冬美の理想は、歪められてしまったのだと。
 自分の心と言うものは、時として自分自身にすら分らぬものだ。
 纏が思うに、冬美の心にあるのは、憧れと自己嫌悪だ。
 自身とは対極にいる春香と言う存在への強い憧れ。現在の自分に対して、誰もが持ち得る自己嫌悪。その二つが強くないまぜになってしまった結果が、自分は友人に釣り合わないという被害妄想じみた自己嫌悪であり、それを利用されて到達した結論が、春香になる、と言う偽りの理想であるのだ。
 冬美の理想はもっと簡単な事で、自信を持って自分を好きになりたい、好きになれる自分になりたい、と言う、きっとこれ位の年頃の少女なら、誰でも持つ理想に違いない。
 だから、纏は――ケルベロス達は、冬美が変わろうとする気持ちを否定する事はなかった。それはとても当たり前で、そしてとても大切な気持ちであるからだ。
(「――私だって、理想には程遠い、のだけれど」)
 纏は胸中で呟く。内心苦笑した。いつか、大切な友にかけた言葉が、頭の中でリフレインする。「貴女の過去を知っても嫌ったりはしない」。何を言うのか、自分は過去を隠しているのに――。
「私、は――」
 纏の思考を中断したのは、『冬美』の声である。ノイズの乗ったような声と、激しく明滅するモザイク。言葉が、その心を揺らがせている。
 説得を続けながらも、攻撃の手を休めるわけにはいかない。敵は、確かに強力な存在だった。光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)はエアシューズで地を走る。その摩擦により生じた炎を纏い、紅蓮の蹴りが、『冬美』を焼いた。
「私、素の自分に全然自身なかったんだよね。化粧や飾りで誤魔化さなきゃ自信もてないくらいブスだし、優等生できるほど頭も要領もよくなかったし……」
 苦笑を浮かべつつ、睦は言った。だが次の瞬間には、まっすぐな瞳で、『冬美』を見つめる。
「だから、冬美さんみたいに大人の期待に応えられる人って、マジ尊敬する」
 嘘偽りのない瞳で。
「春香さんも、もしかしたら同じように思ってるかもね? そんな尊敬できる冬美さんだから仲良くしたい、って」
 にっこりと笑う。
 睦の言葉は、本当に、心からのものだ。学生時代は生活指導の先生に色々怒られていたし、勉強だって、結構頑張ったけれど、そんなに成績はよろしくなかった。
 だからきっと――もし自分が、冬美と言う子と仲良くなれたとしたら、凄く仲良くなれただろうな、と。そう思う。周りから、正反対だととか、話題が合わなさそうとか思われたとしても。女子の友情とは、そんな単純じゃないのだ。
「無理して春香ちゃんに憧れなくてもいいんですよ」
 リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)が言葉を続けた。傷ついた仲間へを包む、オーロラのような光。サーヴァントのミミックは、リュセフィーの攻撃に合わせ、『冬美』を攻撃する。
「憧れる事は悪い事ではありませんが、根(こん)を詰めたら体に悪いですよ」
「トモダチだったんしょ? フユミのままでトモダチなったんならさ、それ変えるのは違うんじゃない?」
 レイラが言う。放つ竜の幻影は炎となりて、『冬美』を襲う。チェニャは自身の属性を注入して、味方の援護を。
「んー……なんっていうかなー」
「つまりね、ダレカにあこがれるキモチはわかっけどさ、なりかわんのとはまた違うんじゃないかなー、ってこと」
 レイラの言葉を、ルナ・ゴルィニシチェ(双弓謡・e37748)が引き継いだ。
「今までのケイケンがあってのアンタでハルカでしょ。アンタだからハルカはトモダチだったと思うんだよね」
 言いながら、ルナの放つケルベロスチェインが、地面に魔法陣を描いていく。ボクスドラゴン、『ヴィズ』もルナの動きに合わせて、自身の属性を注入して援護を行う。
「かわるってのはユーキがいるけどさ。ヒトリでヒトリになる方法でじゃなくってさ、フタリでいっしょにやってみれば? なりたいって思うくらいあこがれるハルカとならできっかもよ?」
 にっ、と笑う。レイラとルナ。同じ瞳。同じ笑顔で。
「貴女は友達に憧れてるらしいけど、友達は貴女の事をどう思うか考えた事は?」
 犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)が『冬美』へと肉薄する。電光石火のローキックが、『冬美』の腹部へ痛打を与える。
 ウイングキャット、『ソラマル』は清浄の風を吹かせ、仲間たちの援護を行った。
「友達ってのは別々の道へ行っても、共に立って行ける者、同じ道を行くだけなのは只の仲間よ。現実の友達に理想や憧れを持つのね。じゃあ、貴女は、友達が自分に釣り合わないと思ったら、捨てるの? 捨てないわよね? 本当の友達はそんなの気にしない物なの。……貴女達は、本当の友達だったのでしょう?」
 普段とは異なり、感情をあらわにしたその口調は、志保の本気の表れだろうか。
 いずれにせよ、言葉は届けた。後は、受け取ってもらえたことを祈るのみだ。
 ケルベロス達の説得を受けて、『冬美』は激しく動揺を見せていた。モザイクは、その精神を表すかのようにかき乱され、ノイズ塗れの声は、しきりにうめき声をあげている……。

●現実の時
 『冬美』は立ち止まらなかった。モザイクによる銃弾を放ち、ケルベロス達を攻撃する。
 ケルベロス達は応戦した。ドリームイーターの攻撃は強力ではあったが、それでも、その動きが精彩を欠いていることにケルベロス達は気づいていた。
 それは、戦闘によるダメージの蓄積だけではなく。
 説得の言葉が、ケルベロス達の言葉が、冬美の心を動かしたという事の証左だ。
「――聞こえているのですね? そう信じます」
 『冬美』からの攻撃を受け止めながら、赤煙は言葉を紡いだ。
「私達は、貴女を助けます。もう少しの辛抱です」
 優しく。言葉を紡ぐ。
 赤煙のドラゴニックハンマーによる氷結の一撃が、『冬美』を打ちつける。間髪入れず、ノーザンライトが『紅の契約』をかざし、『冬美』を切り裂いた。
 纏が電光石火の蹴りを放ち、『冬美』の腹部へと打撃を与える。
「私を春香さんだと思って、思いっきり気持ちぶつけてきなよ!」
 睦が叫んだ。拳を強く握り、放つ一撃。『虹架拳(アフター・レイン)』と名付けられたそのグラビティは、対象の想いを読み取るという。
 『冬美』へと撃ち込まれる拳。流れ込む想い。睦は笑った。
「……うん、すっごく、大好きなんだよね、あの子の事。だったら……!」
 リュセフィーは魔術手術を用いて、仲間の傷を癒し、ミミックも力を振り絞り、『冬美』へ攻撃を仕掛ける。
「ルナルナ!」
「おっけー、レイラ!」
 レイラが舞い踊り/ルナが鎖で魔法陣の舞台を描く。花が舞い散り、鎖の魔法陣が輝く。チェニャとヴィズも、2人に合わせて属性注入による援護を行った。
「悪いけど手加減なんて最初から考えてないから……ぶっ潰れなさい」
 志保は言った。呼吸を深く、鋭く吐き出しながら繰り出される5連撃。『急所破壊・五連撃(キュウショハカイ・ゴレンゲキ)』。その名のままに、繰り出された攻撃はすべてが人体急所に命中。ソラマルが追撃の引っ掻きをお見舞いする。
 『冬美』は膝から崩れ落ちた。荒い呼吸をつくように、肩を上下させる。
 弱々しく『冬美』は立ち上がった。手にしたモザイクの刃の形を維持できぬほどに消耗しているようだ。苦し紛れにはなったその刃は、ケルベロス達の姿を捕えることはできない。
「……歪められた理想、その模造品の攻撃が、届いてたまるか」
 ノーザンライトが呟く。
「これで終わりにしましょう」
 赤煙が言った。放たれたハンマーの一撃は『冬美』を捕えた。その衝撃に吹き飛ばされた『冬美』の身体がモザイクに変化し、バラバラに吹き飛ばされていく。
 それは、歪められた理想が消滅した瞬間であった。

 冬美が目を覚ました時、最初に目に映ったのは、夕暮れの屋上の景色と、リュセフィーの笑顔だった。
「大丈夫ですか?」
 そう尋ねるリュセフィーに、冬美は頷いた。
 冬美には、何が起きているのかよくわからなかったけれど、心にあった何かがすっかり消え失せていた事には気が付いた。
 それが何であったのか、よく思い出せない。
「何があったか……覚えていませんか?」
 リュセフィーが小首をかしげる。冬美はぼんやりとした様子で頷いた。
「……覚えてない、って事は、イイ事なのかもね」
 レイラの言葉に、
「そう、ね」
 纏が言った。少なくとも、友人を襲おうとした……なんてことは、覚えていない方がいいに決まっている。
「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけど。オトモダチ、居るよね? ハルカ。どう思う?」
 と、ルナが、冬美へ尋ねる。
「どうって……大切な、友達で……」
 しどろもどろに答える冬美。
「……その、憧れてるんです。ああいう風になれたらいいな、って」
 冬美の言葉に、ケルベロス達は内心胸をなでおろした。
 その言葉は、憧れの気持ちがまだ残っているという事を、理想の自分を目指す気持ちがくじかれていない事を表していたからだ。
「んーと。じゃあ、これはお守り」
 睦が言った。それは、キラキラとデコられたヘアピンだった。冬美はそれを受け取って、まじまじと見つめる。
「つけ方は……春香さんに教えてもらうと良いよ。それから、春香さんが知らない事を、あなたが教えてあげるの」
 冬美はこくり、と頷いた。
「……こういうのを、青春というのかな。魔法漬けとぐーたら師匠の世話の日々だったわたしには、経験ないもの……べ、別に羨ましくなんか」
 ノーザンライトは頭をふってから、
「じゃあ、後片付けしておくから。今日は、春香と帰るんでしょ?」
 そう言う。
「お元気で……諦めず、頑張ってくださいね」
 志保が言った。
 2人の言葉に頷いて、不思議そうな顔をしながら、冬美は屋上の扉を開けた。

 次の瞬間にケルベロス達が目にした物は、冬美に抱き着いて、心配のあまり大声で泣く春香と、きょとんとした顔でそれを見る、冬美の姿だった。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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