くれなひ大禍時

作者:東間

●動き出す『時』
 色褪せたポスター。張り紙。
 埃にまみれたガラスの引き戸。外の色が射し込む、空っぽの店内。
 そんな、閉じて久しい廃屋の中を小型ダモクレスが軽快に移動していた。
 カツカツという足音は埃を被った飴色のホールクロック前で止まり、年代物なのだろう古時計が機械的なヒールで作り変えられていく。
 文字盤の頭部、緩やかなアーチを描く飴色の帽子。硝子越しに金色振り子を見せる胴からは、帽子と同じ飴色をした手足がすらりと伸び、手にしている時計の長針は鋭利な剣。
 紳士めいたダモクレスとなったホールクロックは、無言で外を目指し歩き出す。
 此処には誰かがいた。何かがあった。
 けれど此処にはもう誰も、何もない。
 ダモクレスはグラビティ・チェインを求め、硝子の引き戸を長針の剣で突き砕く。
 きらきら散っていく硝子片の向こうに、とろけるような夕空と海が広がっていた。

●くれなひ大禍時
「廃屋の古時計? そういや、そんなんが出んじゃねぇのって話あったな。……あぁ、」
 サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は記憶を遡り、『俺だったわ』と頷き、口の端を上げる。その様にラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)も『君だよ』と笑い、話を続けた。
「ダモクレスになってしまったホールクロックは、海岸通りにある元駄菓子屋から出てくる。周りにも店舗はあるんだけど、シーズンオフである事と時間が理由かな。どこも閉まっているから、誰かを巻き込む心配は無いよ」
 被害が出る前に撃破出来れば、誰も傷付かない。
 紳士めいた風体のダモクレスは、長針の剣による斬撃と文字盤からの光線、振り子の音色による3種の攻撃を繰り出してくる。振り子の音色は広範囲に及ぶもので、その音は腹の底まで響きそうなほどに深く、重い。
 それとは別にカチコチカチコチと音をさせているが、これは攻撃グラビティでも何でもない、ただの音だ。何もかもが無くなった場所で自身の音も絶やしていたが、ダモクレスとなった今、再び響かせている稼働音。
「言うなれば鼓動、かな。ただし、絶対に止めなきゃいけない鼓動だ」
 でなければ誰かが傷付き、最悪、死ぬ。
 だから、誰かの鼓動を止められてしまう前に、止める。
 頬杖を突いて話を聞いていたサイガは、そうだな、と言ってからニィと笑った。
「生まれ直したばっかのあちらサンにゃ悪ぃが、『そういうもん』だしな。止める、の一択しか無ぇわ」
 向こうはダモクレス。誰かを殺して、グラビティ・チェインを得る存在。
 こちらはケルベロス。誰かを守り、デウスエクスを狩る存在だ。
 仕方のない話だと同意したラシードが、周囲の店はどこも閉まっているけれどと言ってから、改めて現場に触れた。
 元駄菓子屋の向かいには遮るものが何もなく、空と海を一望出来る。ダモクレスとの戦闘中はのんびり風景を楽しむなど出来ないが、全てを終えたなら話は別だ。近くにある自動販売機で何か買って、思い思いの時間を過ごすのもいいだろう、と。
 金とオレンジが解け合い、漂う雲が別の色を落とす夕刻の空。
 おそらくそれは──。
「きっと、悪くない風景だと思うよ」
「……あー、確かに。悪くなさそうな気ぃするわ」
 とろけるような色と光に溢れた世界。
 それは──『廃屋で独りだった古時計』が見た最期の風景なのだろう。


参加者
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
奏真・一十(背水・e03433)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
サイファ・クロード(零・e06460)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)
天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)
レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)

■リプレイ

●大禍時
 静かに世界へ染みていくような、そんなオレンジ色の空に硝子片が舞う。
 がしゃん、という派手な音が響いてすぐ聞こえたのは『カチ、コチ。カチ、コチ』と規則正しい音。
(「きっと昔、沢山のひとが聴いた音色なんだろうな」)
 レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)は現れた機械兵を見つめ──紳士めいた風貌に似合いの足取りで出てきたダモクレスも、無言でケルベロス達を見つめる。
 夕日を受けた体の色は、燃え上がるような美しい色ではあったが、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は残念そうに肩を揺らしてみせた。
「鼓動が戻った所で、その姿じゃあ願い下げだろうよ」
 出来るだけこっちへ。
 密かにそう願う彼らに惹かれるように時計紳士が動き──元は駄菓子屋だった廃屋から多少の距離が出来た瞬間、世界を揺らすような音が轟いた。時を告げるにはあまりにも乱暴で、そして内なる傷までも呼び覚ましそうなその音色。だが、轟いたのと同時に2つの『盾』が飛び出した。
「その調子だよジゼルカ。頑張ろうね」
 天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)に応えるようにライドキャリバー・ジゼルカがエンジン音をふかす。並び立つ前衛へと癒しの銀煌を放った奏真・一十(背水・e03433)は、軽く頭を振って──笑った。
「何やら頭痛がしそうな音であったな」
「頭痛薬なんざ持ってねぇぞ」
「悪いカズ、俺も。あっ、サキミさんサンキュー!」
 サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)と、一十の箱竜・サキミの『力』で癒されたキソラ、2人の拳と黒の鉄梃が軽口と共に唸る。艶々とした飴色に容赦ない傷が刻まれて──。
「ダメだよ、貴方には誰も傷付けさせない。貴方の元の姿は、きっといろんな人の想い出だから」
 レーニの心と共に黒鎖が前衛陣の足下へと駆け、魔法陣を描くその刹那に流星が降った。拳、鉄梃、蹴撃。どの瞬間でも耳に届くカチコチ音。ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)は着地と同時に後ろへふんわり飛び、そっと目を細める。
「時を刻む素敵な紳士さん、ね。でも貴方をここから先、何処へも行かせられないの」
 その通り! な笑顔を表示したテレビウム・あるふれっどが、トンカチ片手にしゅばっと跳ぶ。振りかぶったそれがガツッと腕を打った直後、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)は己の力を紡いだ。
「わたくしからは、此方を」
 溢れた力、その一撃は、夕焼けに染まる敵を底なしに冷たい闇へ落としていく。
 そこへ炎纏ったジゼルカが迫り、詩乃も植物を一気に解き放った。2人の攻撃が共に時計紳士を喰らって間髪入れず、夕焼け空の下をサイファ・クロード(零・e06460)の放った星がきらきら駆ける。
 あの廃屋には『誰か』がいて『何か』があった。
 全ては過去系、今は空っぽだ。けれど。
「ここを『何もない場所』になんてさせないよ」

●刻々
 時計紳士の体が揺らいだ。
 だが無言で体勢を整えると同時、文字盤にある12の数字の先端を繋ぐように光が煌めき、強烈な白を放ってくる。
 それはジゼルカの体を撃ち抜くが、一十は再度癒しの銀煌を溢れさせ──火力担う2人の命中精度が高められたのを確認すると一言『良し』。
「過不足の無いよう確りやるのだぞ」
 敵を見据えたまま後ろへ向けた言葉。
 しかし受け取った筈のサキミは表情をぴくりとも動かさず。
 だが、ジゼルカに注いだ『力』は癒すと共に禍を祓い──サイガの纏う鈍色のケルベロスコートが翻った。
 廃屋にただ1つきりで埃を被っていた古時計。忘れられたのか、置いていかれたのか。どちらにせよ『それ』では意義は無い。道具は『望まれて』こそだ。
「なァ。目覚めちまったっつうなら、どうせだ。愉しませてみろよ」
 最期の1秒、その音まで。
 求めるサイガの蹴り、その衝撃が真新しい飴色の体を貫き、傾いた体をアイヴォリーは『御業』で鷲掴みにする。
「最後に時を知らせるならばどうぞ響かせて、我ら番犬が聴いて差し上げる!」
 逃れようと藻掻くその間も刻む鼓動も、低く深く響かせる時告げの音も。
 その間にレーニは夕空へと絵筆を滑らせ、温かな陽光でジゼルカを包み込んだ。
「これでもう大丈夫」
「ありがとう! ジゼルカ!」
 思い切り跳躍した詩乃の姿が、夕陽を受けて一瞬だけ黒い影になる。
 時計紳士の脳天に一撃叩き付けてすぐ飛び退いた所へ、ジゼルカが凄まじい音と共に時計紳士の足を轢いた。
 ジゼルカを追い払うように長針の剣を揮う姿に、かつての名残はある。
 左右に揺れる振り子からも、ずっと『カチコチ』音がしている。
 だが。
「変形なんざせん方がよっぽど魅力的なんに、勿体ナイ」
 キソラが撃ち出した地獄の蒼焔は艶々とした体にひびを刻み、穴も開けた。
 廃屋で日々の空を見つめ、その時々の色に染まっていた古時計はきっと、カメラを向けずにいられない姿だったろうに。
 衝撃さめぬうちにサイファの紡いだ糸が時計紳士の何もかもを求め絡み付き、あるふれっどがぴかーっと放ったフラッシュが、時計紳士も糸も目映く照らす。そして。
「今度は私達が貴方を見送る、わ」
 柔らかな笑みを浮かべたゼルダの縛霊手が、巨大な拳となって降った。

●再びの、そして永の
 時計紳士には一手ずつ着実にダメージと禍を重ね、自分達には早い段階から加護や癒しを重ねていく。そうする事でケルベロス達は自分達の側へと天秤を傾けさせ、到着時と比べて空の赤みが増した頃には全員が攻撃に加わっていた。
 変わらないのは──長針の剣を奮う時も文字盤を輝かす時も、乱暴過ぎる重低音を響かせる時も聞こえる、カチコチ音。
 この音を沢山の人が『駄菓子屋で』聞いた。
 ぼーん、という低い音に驚いた人がいたかもしれないし、郷愁を覚えた人がいたかもしれない。そんな、今はいない誰かの想い出が──これ以上、ダモクレスのものとならないよう、レーニは黒鎖を奔らせる。
 じゃらららと流れる音に、ガチガチと締め上げる音に、時計紳士の音はまだ混じっていて。
「心臓も無いのに鼓動の音が聞こえるとはな」
 涼しげに笑った一十の全身をオウガメタルが流れ、拳に集束する。
「随分おしゃれに蘇ったようだが、いまひとたび眠って貰おう」
 ぐ、と振り上げた拳は鋼鬼のそれとなって時計紳士を打ち、これまで刻まれてきたひびを更に広げると共に、痛みを重ねていった。
 そこへサキミのブレスが吹き荒れれば、ブレスの壁を切り裂くように釘を生やした黒の鉄梃が顔を出す。
「そぉー、らッ!」
 アスファルトを踏みしめて、腹と鉄梃掴む手に力を入れて。
 文字盤浮かぶ頭部目がけて、フルスイング。
 キソラが見舞った一撃は気持ちがいいくらいに決まり、頭部の何割かが大小様々な破片散らして吹っ飛んだものだから、アイヴォリーは『まあ』と目を丸くした。が、攻撃の流れを止める事などしない。懐かしい刻は、もうお終いなのだから。
「さようなら」
 夕陽を受けて煌めくのは鋼の鬼。
 拳は真っ直ぐ飴色の体に向かい、みしりとアスファルトへめり込んだ体にジゼルカが炎を纏って激突する。灼かれた傷跡が煌々となるそこに、緑が一瞬で巻き付いた。
「独りで消えるのは怖かったのかな」
 でも、もう大丈夫だよ。私たちがいるから。
 詩乃はそう言って微笑み、緑に牙を剥かせる。鋭い牙は喰らった所から毒を染み込ませ、藻掻く飴色の体からギィキィと音がした。
「だから……もう、ゆっくり休んでいいんだよ」
「騒がしくして悪かったな」
 とん、と振り子揺れる胴に触れたサイファも静かにお疲れ様を伝え、『おやすみ』こめた螺旋が爆ぜる。
 タタタッと駆けて時計紳士に飛び乗ったあるふれっどのトンカチが、がつんごつんと音を刻んで──右へ左へ揺れて振り落とそうとする時計紳士の体が、どんどん夕刻の色に染まっていく。
 新しい形を得たとはいえ、とろりとした飴色を見れば長い時間に磨かれた事が判って、ゼルダは唇から、ほう、息を零した。
(「幾度、金と橙に染まったのかしら」)
 緑柱石の瞳にその姿を、色を焼き付ける。
「おやすみなさい」
 そう告げて、ゼルダは纏うオーラから総て凍らす弾丸を、1発だけ。
 大きく揺らいだ体をサイガはただ目に映す。憐れみは無い。ケルベロスとしてただ──ただ、そう。
(「昔のコイツは俺よか立派に生きたんだろう」)
 くるり翻した大鎌の刃が硝子の向こう、左右に揺れる振り子を穿つ。
 カチコチ。カチコチ。
 あれだけ聞こえていた音が、ぴたりと止まった。

●くれなひの彼方
 元駄菓子屋の姿が変わらないよう、壊れた箇所は出来る限り手作業で整えて、ヒールグラビティは道路に残った戦闘の痕にだけ。
 諸々を終えた後、数名が自販機の前にいた。レーニは元駄菓子屋の方を見て、それから周りを見て、しょんぼり肩を落とす。
「今はもう自販機だけなんだね。駄菓子食べたかったなぁ……」
 きっと、営業していた頃はラムネにゼリー、小さなドーナツや麩菓子等、心躍る駄菓子でいっぱいだったろう。
 と、その時『あっ』と声がした。
「わたくし今日クレカしか。クロガネ、小銭貸し……」
「高くつくぞ」
 アイヴォリーの期待に応えるべくサイガ銀行臨時開業。その利子にショコラの瞳が瞬く。
「ちょっと利子高くありません?」
「あらあらアイヴォリーさんたらお金持ちさんね」
 自販機の前に立ったゼルダはくすりと笑って──ちゃりんちゃりん。1人分ではない額の小銭を入れていく。
「ふふふ、頑張った子達へのおつかれさまにお姉さんが飲み物ご馳走してあげちゃう。大人の方も、特別よ?」
「わーい! レーニ、つぶつぶ入りのオレンジジュースがいいな!」
「サイファくんは何がいい?」
「え、いいの? ありがと。じゃ、これ」
「あるふれっどもレーニさんと同じオレンジジュース?」
 こくこく頷く彼の為、ぽちりと押したオレンジジュースには夕焼けのようなオレンジがででん。ゴトンと落ちてきた1缶をサイファも有り難く受け取って。
「へへ、仕事の後の1杯は格別だもんな」
 そそくさと元駄菓子屋の中へ。それを店の外、缶珈琲を手に見送った一十は目の前に広がる空を見て、頷いた。
「陽の落ちきる前に片付いてよかったな」
 その声は空っぽの屋内に入ったサイファにも聞こえていた。
 見える色は一呼吸毎に変わる。落ち着かない心の中を、もう止まった筈のカチコチ音が占める。あれを自分達ケルベロスが、止めた。
 苦い気持ちを抑えることは難しいが、そこに同情も後悔も無い。嘆き、苦悩する暇があるなら1体でも多く敵を屠らなければいけない。それが、番犬だから。
(「ま、玄人のオレもナイーブになる時があるのさ」)
 ジュース片手にジゼルカに寄りかかっていた詩乃も、沈みゆく太陽と空が織り成す空を見上げていた。
 ひとつとして同じ色が無い、好きな空。夕日の下で往った『彼』もいつか、自分や、この星に生きる多くの同胞達のように新しい命を得て、この大地に生まれる日が──いつか。そう願いながら、広がる景色を胸に焼き付ける。
(「私は明日も、この空を護るために戦うよ」)
 夕暮れ空と海の境目でゆらゆら楽しげな影法師は、レーニに見つけられたら逃げられない。画箱から色々取り出した少女の邪魔にならないよう、少し距離を取ったゼルダはどんどん違う色をとろけさす空に目を細めた。
 あちらとこちらが混ざり合う不思議な時間。そういわれるのも納得の色彩が広がっているけれど。
「本当、きれいね」
 足下を見れば、空っぽになった缶を手に此方を見上げるあるふれっどが居て。
「最後の刻まで共にいてね、あるふれっど」
 こく。
 1回だけれど確かな頷きが返る。
 そんな2人の後ろ姿は縁が金に煌めく黒のシルエット。キソラはそんな2人から、壊れた戸越しに見える空と海に目をやり、サイファを見て、それから。
「あ?」
「なんにも」
 時計の残骸と紅茶の缶1つ。それを隣に置いて腰掛けるサイガへひらり手を振り、陽の色とこの場所への想いを消せず、スマホを取り出した。
「やっぱ撮っとくかなあ」
「カメラマン、写真こんど見せて」
「おー、今度な、カズ」
 ぬ、と顔を覗かせた一十がソワソワした様子でどこかへと行く。いってらっしゃいませ、と軒先から見送ったアイヴォリーは、お茶片手に何となく店内の皆を振り向いて──。
(「あら?」)
 一瞬だけ幼く見えた気がして目を擦るが、店内には共に戦った皆の姿があって。
 首を傾げたが、くすり笑って歩き出す。夕暮れの海岸線は何もかもが素敵な赤色。そこへ蹴り飛ばしたのは7cmヒール。
「あした、天気に、なーあれ!」
 見事な弧を描いたそれはカメラマンの目に留まって、シャッター音と一緒に天高く舞ったそれに店内のサイファはぽかん。だが。
「……この靴曇りしか出ませんね。スニーカーのひとー?」
 結果が納得いかぬ彼女の声に応えたのは。
「あーした、天気に、なーれ!」
 元気な声と空舞うぺたんこ靴。声の方を見てみれば。
「……どうかな?」
「ナイスですレーニ!」
「そーだな。明日はきっといい天気だ!」
 店内から聞こえたサイファの声は明るく、静かな夕空にアイヴォリー達の笑い声が響く。スマホを手にしたキソラも顔を出し、寛いだ様子の顔は暮れるまで付き合ってくれそうだ。ピースサインには、カシャッと軽快な音が返る。
 戻らない時間も、今だけは──茜に染まる『今』に繋がって、共に此処に在る。
 空は暮れゆくが、外の様子はそれとは対照的なBGM。サイガはもう1本の紅茶缶を手に、残骸に目を落とした。
 聞こえるお喋りが、笑い声が、とろける境目の眩さを前にしても、出逢っていない筈の『鼓動』と『記憶』を、何故だか知っている気分にさせる。
「上等じゃん」
 ほんの僅か、口に弧を描いて──乾杯。
 意味はない。ただ、そうしたい気分だったから、紅茶缶に口を付ける。
 楽しげな声は、鮮やかな夕色に燃える海を見る一十にも届いていた。
「お先に失礼。みなお疲れさま」
 声の方を振り返り──空と、海を見る。
 今此処には、今日この時だけの空が息づいている。日が沈めば夜になり、月が海の向こうへ行けば陽が昇る。そうして──明日には明日の黄昏を視るのだ。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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