累乗会反攻作戦~寂滅火滅

作者:黒塚婁

●破壊の一矢
 集ったケルベロス達を一瞥し――雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はひとつ頷くと、口を開く。
 軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)、アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)、フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)、フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)、館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)――以上六名の調査活動によって菩薩累乗会に加わっている菩薩達の動きがわかった。
 これまで菩薩累乗会を引き起こしていた四体の菩薩は、ビルシャナの占領地である、埼玉県秩父山地、青森県上北郡おいらせ町、宮崎県高千穂峡、岩手県奥州市胆沢城を拠点として、占領地に『精舎』を建立しようとしているらしい。
 これを見過ごせば、精舎は難攻不落の拠点となり、今後、大規模儀式の拠点として使用される可能性が高い。
「わかったからには、看過できぬ――そこで、現在使用可能なグラディウスをすべて投入した重点的なミッション破壊作戦を行うこととなった」
 つまり、ビルシャナの占領地を強襲し、精舎建立中の菩薩の撃破する――それが今回の任務ということだ。
 ミッション破壊作戦そのものはいつも通り。思いを込めたグラディウスの一閃で強襲型魔空回廊を攻撃する。己が振るった折に破壊できるかどうかは解らないが、回数を重ねることで確実に破壊できる。
 今回の場合、特定数のチームが向かえば、確実に破壊成功となる――埼玉県秩父山地で三チーム、青森県上北郡おいらせ町は九チーム。宮崎県高千穂峡と岩手県奥州市、胆沢城は十二チームが必要という見込みだ。
 目標チーム数が三分の一の場合でも成功確率は五十ほどある。無論、多ければ多いだけ、確実性は高まるだろう。
 ミッションの破壊に成功したその時点で、任務は『ひとまず成功』となる。
 そこから更に菩薩の元まで攻め込み、それらの撃破を狙うのだ。
 無論、菩薩達は無防備に待ち構えているわけではなく、それらを守護するデウスエクスの軍勢がついている――単独チームでこれらを突破することは、不可能だろうと辰砂は断言する。
「菩薩の周囲にいる菩薩直属のビルシャナどもと協力組織のデウスエクスに関しては、引き離すための陽動作戦が必要となろう。ミッション破壊の余波で、敵も混乱しているだろうが、それに追い打ちをかけて戦力を割かせる、ということだ」
 混乱している敵は『より派手な攻撃を行っているチーム』の所へ殺到してくる。陽動チームが派手に襲撃をしかけて、より敵を引きつけることで強襲チームの成功率を上げることができる。
 多くの敵を引き付けたチームは、戦力的に厳しい状況に置かれるが、全ての敵と戦うのではなく、うまく敵を掻き回し、可能ならば各個撃破を行った上で、ミッション地域から撤退する事になる。
 引き付けた敵が少数ならば、当面の敵を撃破した上で撤退する事も可能だが――この場合、菩薩を攻撃するチームはより多くの敵と戦う事になってしまう。
 強襲チームは隠密行動し、菩薩に直接仕掛けるわけだが、その戦力状況は陽動次第、ということだ。
 菩薩は安全に撤退することを優先する――戦力的に撃破が不可能だと判断した場合、撤退という判断も必要かもしれぬ。
 また、そもそも隠密行動に失敗した場合、敵が迎撃してくるため菩薩のところまで辿り着くことは不可能だろう。
 複数の条件が重なるため、改めて詳細を確認するように、辰砂は再びそう告げるとケルベロス達を一瞥する。
「ミッション破壊、陽動、隠密……いずれも重要な策となる――ここまで大規模な作戦を実行するには、菩薩の撃破という報告を待っている」


参加者
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
朧・遊鬼(火車・e36891)

■リプレイ

●隠伏
 岩手県奥州市――万物を斬り裂くような激しい雷と視界を覆うスモークを伴い、見事、結界は破壊された。
 その混乱に乗じ、ケルベロスは一気に駆け抜ける。
 先導するのは、しなやかに駆ける黒猫――葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)は僅かに緑の瞳を細めた。事前に大体のルートは決めているため、迷いはないが、神経を尖らせての道程である。些細な物音にも、気を遣う。
 降り立った直後に感じた敵の気配は、随分遠くなった。陽動に向かったものたちの功績であろう。
(「陽動班も努めてくれてる……必ず尾羽を捕まえてやる」)
 決意を胸に、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)はオルンに前進の意を込め、頷く。
 黒猫は無言でするりと前に出る。どこか不機嫌そうな足取りだが、理由を問いかけている余裕はない――彼のすぐ後を、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)が臨戦態勢を維持しながら続く。
(「他の班の皆も上手く立ち回れていると良いが」)
 周囲を窺いながら、キース・クレイノア(送り屋・e01393)は裡で零す。
 その背に隠れるように、頭から布を被った魚さんがくっついている。見つからないように、と言い聞かされたからだろう、慎重な足取りをとるものの、気付くと距離が離れてしまうので、いつしか主にくっつくように行動していた。
 後方を案じ、レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)が振り返れば、目立たぬ色のマントを頭から被り、お師匠を抱えたクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)と目が合った。
 無言でこくりと頷く彼女に、相槌を返しつつ、その向こう――朧・遊鬼(火車・e36891)もルーナを胸に抱き、慎重に進んでいる。
 一番苦労しているのは、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)であろう。プライド・ワンが音を立てぬよう、押して進めていた――そんな彼女はいつも通りの無表情であったが、目的地が近い事を悟った瞬間、僅かに緊張を見せたのだった。

●解
 一目で『あれが精舎だ』と解るものがあった。
 所謂ストゥーパ――タイ風の仏塔、半分まで出来あがっていたそれの中央に、闘争封殺絶対平和菩薩がいた。
 だが、その足元、精舎の外にはまだデウスエクス達が残っていた――四体の鳳凰光背武強明王がそれぞれ四方を睥睨し、他の手勢も同数、輝きの軍勢においては十数が残っているようだった。
 しかしケルベロス側も、隠密を決めた五班が一同に集い、包囲にも成功していた。
 他班とタイミングを合わせ、広喜とレッドレークが率先し飛び込んだ瞬間――デウスエクス達は皆、完全に虚をつかれ動けなかった――好機、一気に距離を詰めようとする彼らに対抗し、デウスエクス達も急ぎ、陣形を組もうとするが――おやめなさい、という涼やかな声が降ってきた。
 いつしか菩薩は祈りをやめ、この場に集う皆を見つめていた。
 朱鷺のような頭部、翼を合わせ合掌する姿は穏やか――正面からその姿を見、真理がぐっと拳を握り込む。
「よくここまで辿り着きました。ですが、これ以上の戦いは無益です。この地域は解放され、精舎の建設は失敗に終わりました、戦わずとも私たちは、この地より立ち去りましょう」
 眩い後光が射し――それは菩薩が見えぬほど。陰になったそれを見、
「はァ? 何言って……」
 広喜が呆れたような声をあげ――違和感を覚える。
 通常であれば、この隙に仕掛けているはずだ。しかし、常に自分の裡にある闘争心――破壊を性分としているはずの心が、それでいいのかと問いかけてくるのだ。
 菩薩の言う通り、ケルベロスは既に勝利している。戦わずに終わるならば、それで良いのではないか?
 そんな惑いは、彼のみならず、居合わせたケルベロス全員に生まれていた――さもありなん、それがこの菩薩の力であらば。
「戦いは何も生み出しません。『絶対平和教義』に従い、疾く立ち去りなさい」
 羽を広げ、厳かに宣告する――そして、その言葉に嘘偽りは感じない。
 ――本当に?
「貴方の言う平和って、誰かが我慢しなきゃいけない嘘の平和なのです」
 真理が絞り出すように声を上げる。だが、弱々しかった。
 無用な戦闘を避けられることは望ましい。自分も仲間も誰も傷付かずに済む。そんな世界を、彼女は望んでいる。ケルベロスの心をも圧倒する力を持つこの菩薩は、それを可能としているのではないか。
 そんな戸惑いを容赦なく一蹴したのは、
「キミたちの唱える『平和』ほど下らなく聞こえるものはないな」
 冷徹なるオルンの声だった。
 誠にそれを成し遂げるつもりがあるならば、今まで起こしてきた事件はなんだ、彼は追求する。
「胸の悪くなるような独善的な教義を聞くのはもうたくさんです」
 穏やかに、而して完全に、否定する。
「絶対平和と論ずる癖に貴様らの行為は人生の選択肢を潰し、いずれ全てをただ衰退させる行為だ。俺達はその様なことを望まぬ!」
 対極的に、堂と遊鬼が一喝すれば、その通りだとレッドレークが高らかに笑い飛ばす。
「闘争心がなければ『ポーカー』もつまらない。貴様の謳う平和な世は、楽しいのか?」
「こう言う時は『レイズ』だよな?」
 広喜が心得たとばかり、にっと笑みを浮かべると、
「それ、そこのナントカ明王に言ってやれよ」
 顎で指し示す。向けられた方は今の所、菩薩の指示に従っているが、その瞳は闘争心が燻っている――気付いた彼はますます笑みを深めた。
 戦うことが正解なのか否か――クローネはそっと息を吐く。
(「誰も傷付けず、誰にも傷付けられず、穏やかに……病院で暮らしていた頃は、そんな平和な世界に憧れていたけれど」)
 人知れず、クローネのお師匠を抱く腕に力が籠もる。
 敵の前でも堂々と振る舞うレッドレークを月色の瞳でじっと見つめ、ひとり、決める。
 ――自分の望みの為に努力する事も、立派な戦いだと知ったから。
「ぼくは欲張りに戦い抜いてお前が謳う平和とは違う平和を勝ち取ってみせる!」
 控えめな彼女には珍しく、強く宣言する。
「――迷う必要はありません!」
 真理の横まで進み、朝希が強い言葉を送る――灰色の瞳はいつもと変わらぬ色を湛えたまま。
 微睡い終焉より抗い続ける生を。今まで戦って守り、戦って勝ち取ってきたものを信じて欲しい。
「傀儡の平和に意味なんてない。この闘争をもって証明しましょう」
 彼の言葉にはっとした彼女に、機理原、レッドレークが改めて声を掛ける。
「我々はまだ戦わなければ!」
 そして、思わず顔をあげた先――キースが静かに深く頷く。
 はい、迷いを振りほどくように、彼女は声をあげる。
「喧嘩してもごめんって言える、許せるのが、本当の平和なんだって私は信じる……!」
 戦い抜く決意と共に、チェーンソー剣を起動させ――それを合図に、皆一斉に臨戦態勢に入れば――真っ先に応えるものがある。
「良くぞ言ったケルベロス。我ら、鳳凰光背武強明王、ここで戦い果てる覚悟也。いざ勝負」
 したり、とする広喜の視線は、菩薩に届いたか。
 実際――菩薩は明王を止めるつもりであった。だが、その言葉を発する前に、両者ともに地を蹴っていた。

●闘争
 眼前に迫るは、鳳凰光背武強明王、カムイカル法師、幻花衆、輝きの軍勢――明王が仕掛けてきたのを、キースが受ける。
 ――重い。裡で零し、灰青を細める。
 ケルベロスチェイン越しに受け止めた掌打は硬く、触れる前からぐんと押し戻される圧があった。明王の纏う闘気の炎が、前方に広がり燃え上がり、壁となる。
 視界の範囲に菩薩はいる――だが、この敵共を打ち破らねば、進むことはできぬ。
 いずれにせよ、ここまで追い込んだのだ。存分に――その教義を否定すべく、戦ってやろうでは無いか。
「『案山子』の本分を見せてやるぞ!」
 炎の揺らめきの向こうで発し、赤熊手を振り下ろすレッドレーク――衝撃は小さな地震を伴い――明王の足元に突如石巖の刃が突出する。それを遮ったのは輝きの鎌の一刀。
「よお、量産型同士力比べと行こうぜ」
 それへと広喜は好戦的な挨拶をひとつ、砲撃形態へとハンマーを変じるやいなや、竜砲弾が爆ぜた。更に、クローネの砲撃が畳みかけ――タイヤを軋ませながら炎を纏うプライド・ワンが突撃してくる。
 両弾はいずれも輝きの鎌が捌き、プライド・ワンは明王自ら受け止める。その肩がひゅっと何かで斬り裂かれた。
 小さな細身の剣を加えたお師匠が、ふわりと跳躍した。
「さぁ、行くぞルーナ!」
 放たれたルーナはハート型のバリアを真理へと、遊鬼は縛霊手から放った無数の紙兵をばらまく。戦場をひらひらと紙兵が舞う中、地に浮かびあがるはキースが描いた魔法陣。更に魚さんが祈りを捧げ、彼の傷を完全に塞ぐ。
 ケルベロス達の動きを感心するかのようにカムイカル法師がホゥホゥ、と笑いながら、平和を唱える。目眩がするようなその説法を、オルンの冷徹な声音が遮る。
「寄越してください、その存在を」
 気付けば時が停まったかのように全てを凍てつかせる力――その射線に滑り込んだ輝きの鎌の翼を、凍えさせる。
 直後、後方より無機質な祝詞が響く。輝きの書が二体、聖歌を歌う。しかし、その声色はぎこちなく、耳障りなものだった。間髪おかず、黒衣を翻し幻花衆が手裏剣を天に向けて放つ。
 無数に分裂した手裏剣が遊鬼の紙兵を斬り裂きながら降り注ぐ。足元に深々刺さった手裏剣に攻め込むタイミングを奪われ、レッドレークが赤いゴーグルの下、目を細める。
「――あなたのもとに、届くなら。」
 白く淡い炎を掌に灯し、それを柔和な表情で一瞥し――改めて朝希は、前を見据えながら、脳裡で戦場を俯瞰する。
 つまるところ、明王と輝きの鎌が攻撃を受け止め、幻花衆が中衛にて策を弄し、後衛にて法師と輝きの書が二体支援にあたる。これを如何に崩すべきか――数の理を活かし、前より詰めていくしかなさそうだ。
「最後までお支えします。皆さんどうぞ――存分に!」
 九尾扇を翻して陣を敷き、強く請け負い、朝希は仲間を鼓舞するのだった。

 雷撃の礫が真っ直ぐに明王の身体を貫く――生じた隙へ、遊鬼が竜砲弾を撃ち込むが、その前に機械天使が滑り込む。
「邪魔だ!」
 吼えるは広喜。エクスカリバールが豪と音を立てて飛ぶ。機械の身体とバールが衝突し、凄まじい音がした。ぐしゃりと歪んだそれを飛び越え、キースが明王へと蹴撃を仕掛ける。流星の煌めきが垂直に落ちきる前に、氷の輪が襲い掛かる。
 姿勢は崩さなかったが、勢いは削がれた。明王に掴まらぬよう、すぐさま距離を取ろうとする彼をカラフルな爆風が庇う。
 同時、朝希の示した死角へ、お師匠が地獄の瘴気を展開し、それを目眩ましにクローネが星型のオーラを仕掛ける。反対から、真理が演算で導いた最短距離を詰め、剣を振るう。それを受け止めたのは、壊れかけた輝きの鎌――頭部を半分破壊された儘、最後の力を振り絞って立ち塞がったが、耐えきれず、ぐしゃりと潰れた。
 道は開いた――ルーナが果敢に攻め込み、尻尾を立てる。それを支援するかのようにプライド・ワンがガトリング砲を掃射する。
 土煙と硝煙で白く煙った視野を真っ二つに斬り裂いたのは、赤き攻性植物――獰猛な獣のように顎を開き、明王の喉元に食らいつこうとする。代わり、差し出された腕に深々食らいつく。
 繋がった赤い一筋の道を走る、オルンの凍てる無音――片腕を未だ拘束された状態の儘、明王は耐えきった。
「温い!」
 一喝すると、その身の炎を更に強く燃やし、明王はかっと目を見開く。
「見よ、竜をも凌ぐ仏恥義理を!」
 吼えるやいなや、ぐんと真朱葛ごとレッドレークを引く。彼の力でさえ、じりじりと引っ張られるほどの怪力。
「これ以上、誰かを傷つける事は許さないのです。全部守るですよ!」
 言い放ち、正面から挑むは真理。アームドフォートで守りを堅め、剣を構え、強烈な一撃を迎え撃つ。
 衝撃の瞬間は、覚えていない。腕が異様な音を立てて軋み、守りは突破され、猛禽の爪は深々と肩に埋まっていた。
 耳障りな聖歌が集中を削ぐ中、キースがオウガメタルを纏って明王を殴打し、彼女を引き剥がす――痛みを自覚するより先に、朝希の圧倒的な手技で修復されていく。
 がら空きの背を、見逃さず遊鬼が駆ける。ルーナのばりあを信じ、無防備に飛び込む。
「さぁ、俺が鬼だ。精々綺麗に凍りついてくれ。」
 辺りに浮かぶ青い鬼火を縛霊手に纏わせ、強か打ち抜く。忍びの姿が視界の端に――それを容赦なく吹き飛ばしたのは、オルンの雷撃。
 耳を擘くような轟音に負けぬよう、クローネが朗々と唱う。
「冬を運ぶ、冷たき風。強く兇暴な北風の王よ。我が敵を貪り、その魂を喰い散らせ。」
 ひゅう、と。
 強烈な氷嵐が旋毛となって、明王へ襲い掛かる。それは獰猛な獣の如く。一度食らいつけば、骨も、肉も、血も、魂さえも残さずに貪り尽くす。
 少しずつ刻んできた無数の傷から染みこむように――明王の屈強な身体は深々と刺す冷風に全身を斬り刻まれていく。
「見事也! 衆合無よ己等を赦し給え――汝らの闘争の果て、地獄で見届けようぞ!」
 鳳凰光背武強明王はケルベロス達を褒め称えながら、立ち尽くした儘、息絶えた。

●火滅
 強敵を一体屠ったと喜ぶ暇はない――魚さんが炎に呑まれ、蹲る。
 応酬のオルンの的確な一撃が、カムイカル法師の心臓を撃ち抜いたと思いきや、ふっと幻覚が消えた。
「油断めされるな」
 ホゥホゥ、と法師が笑う。輝きの書の不協和音は止まず、幻花衆は鬱陶しく立ち回る。
「……しるべを一つ」
 各個の治療に当たる朝希に代わり、キースが指先に小さな炎を灯し、皆を導く。レッドレークの放った鎌が、忍者の髪の一房を斬り落としたが、届かない。
 一進一退、ケルベロス優勢であるが圧倒するには及ばず。敗北はないとしても、勝利には時間が必要だった。
 ――最中、遠くの音に気づき、クローネが精舎を見やると、グラビティで生み出された竜の残像が消えゆくところであった。断末魔のような空気の震えは少し離れたこの場まで伝わる。
 それの意味するところ、彼女の唇が言葉を紡ぐよりも先、幻花衆が体勢を低くし、ケルベロス達から可能な限り距離をとった。
「菩薩が討たれたようですな……しからば、ここにて契約は終了。御免」
「こ、こら、勝手なことを」
 その様子に、カムイカル法師が僅かな焦りを見せた。輝きの書達は、ひとまず動きは見せないが、少しずつ下がっているようにも見える。
 赤熊手を肩に担ぎ、レッドレークがその様を眺めて問いかける。
「さて……見逃してやるべきか?」
「まさか、『コール』だ。下りねえよ」
 下ろさねぇよ、とも聞こえるな――オルンは瞑目した。当初より、目的はひとつ。全て滅ぼし、決着を。
 広喜の瞳の奥で、青い炎が揺らめく――。
「壊れるまで、逃さねえ」

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月13日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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