夜桜に溺れ悲恋は眠る

作者:ハル


「……桜、ね」
 鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)は、公園に咲く散りかけた桜の木を見上げていた。
「出会いと別れの季節とは言うけれど……」
 胡蝶の記憶に刻まれた喪失の面影。そこに意味があるのだと確信しつつ、未だ見いだせないもどかしさを、彼女はパイプ煙草の煙としてフゥーと吐き出す。
 こんな夜は、お酒が欲しくなる。
(そうね、帰りにワインでも買っていこうかしら?)
 そう胡蝶が桜に背を向けた時。
「――ねぇ、お姉さん?」
 その可憐な声は、胡蝶の背にかけられた。
「何か用かしら?」
 胡蝶はその声に、背を向けたまま応対する。
 すると、トンッという体重が、胡蝶の背にかかった。背後から、抱きしめられているのだ。緩やかな風に靡く真っ赤なフードが、チラリと胡蝶の視界に映る。
「可哀想な人……愛していたはずの人を失っても、自分が何を悲しむべきなのかも分からないのね?」
「貴女だけには、その台詞を言われたくはないわね」
 呆れたように、胡蝶は溜息をつく。何の予兆も無く、背後の少女――人知を越えた存在、つまる所デウスエクスである少女が、自身の同類であると胡蝶は悟る。『愛』と囁く少女の声は、その真なる意味を解さず、むしろ乾ききっていた。知らないからこそ、他者から求める。ゆえのドリームイーター。

 ――悲恋のジゼル。

「でも、もう大丈夫だよ」
 だからこそ、胡蝶は少女が自分に何を求めているのかを直感的に理解する。少女は胡蝶にではなく――。
「また絆をいっぱい繋いだんだね。だからその絆、お姉さんを殺して断ってあげる。そうすれば、お姉さんを大事に思う人が、ジゼルに素敵なドリームエナジーを与えてくれるもの」
 胡蝶を大切に思ってくれている者達に喪失の愛を求めようとしているのだ。
 ジゼルは胡蝶を抱きしめ、殺意を膨らませた。真っ赤な鍵は、胡蝶の心臓に狙いを澄ませていた……。


「鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)さんが襲われてしまうと予知が出ました! 連絡を取ろうにも、繋がる様子はなくて……、とにかく大変なんですっ!」
 山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)は、ケルベロス達がヘリオンに搭乗すると同時に、慌てた様子で身振り手振りを交えながら事情を説明する。
「一刻の猶予もありません! 鏡さんの現在地である公園の場所は特定できているので、このまま急行します!」
 桔梗は慌ただしく準備に入ったケルベロスの邪魔にならないよう、敵の詳細について語る。
「鏡さんを襲った敵の名は、『悲恋のジゼル』。ドリームイーターで、喪った人への強い恋慕や、愛情からなるドリームエナジーを好んで奪っている模様です。今回は鏡さんを殺害する事でグラビティチェイン得て、かつ鏡さんを喪って悲しむ方達から、さらなるドリームエナジーを奪おうと画策しているようです。戦闘に関しては、一撃の威力は特筆する程ではない変わりに、厄介なBSを多用し、ヒール量も豊富な粘り強い相手です。紅い鍵を使った攻撃は、皆さんにとって大切な人から、憎悪の言葉と刃を向けられるというもの。その際、【トラウマ】として現れるのは喪失した方が主ですが、喪失しておらずとも、喪失したかのように錯覚して現れることもあるようです」
 見た目は愛らしい少女であるにも関わらず、なんとも嫌らしい敵である。
「深夜も近いという事もあって、公園に人影はありません。ですので、避難誘導の必要はなさそうです。また、悲恋のジゼルが戦闘行動を開始した直後に、皆さんを鏡さんの元へお連れできる予定です」
 桔梗は額の汗を拭いながら、時計を見た。
 なんとか、間に合いそうである。
「鏡さんにとって、良い報告をお待ちしております。趣味の悪い悲恋のジゼルに、一泡吹かせてあげてください!」


参加者
楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
シェーロ・ヴェントルーチェ(青空を駈ける疾風・e18122)
イリュジオン・フリュイデファンデ(堕落へ誘う蛇・e19541)
植田・碧(ブラッティバレット・e27093)
レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)

■リプレイ


「……私を殺しても、望むエナジーが奪えるかは分からないわよ?」
「そう? なら試してみようよ」
 鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)の胸元に添えられた真っ赤な鍵は、僅かでも胡蝶が身動ぎをすれば刺すという殺意に満ちていた。なかなか動けぬ状況に、焦れる胡蝶。しかし、いずれは負傷覚悟で行動を起こさねば……。
 不敵に微笑むドリームイーター悲恋のジゼル。絶望的な戦いになると確信しつつ、胡蝶は動き出そうとする。
 そして、それは起こった。
 聞き慣れた歌が聞こえたのだ。心を高ぶらせる戦乙女の歌を、胡蝶は幾度も聴いた事があった。そして歌に寄りそうに靡く邪気を払う風は……。
 次いで、ザンッ! 舞う桜よりなお鮮やかな血飛沫が夜空を彩った時。
「……え?」
 驚きに目を見開いたのは、胡蝶ではなく悲恋のジゼルの方。
 何故ならば――。
「母さ――イリュジオンさん!」
「あら、まだ母さんとは呼んでくれないのね。でもいいわ、胡蝶ちゃん。私は気の長い方なの。何十年も待ったのだもの、いくらでも待ってみせるわよ」
 イリュジオン・フリュイデファンデ(堕落へ誘う蛇・e19541)が、悲恋のジゼルの持つ鍵の刃を握りしめ、胡蝶への攻撃を万力のような力で阻んでいたから。イリュジオンは一拍遅れて動揺する胡蝶に、血を滴らせながらも嫋やかに頬笑んで見せる。
「こんな深夜に胡蝶さんを狙ってくる敵がいるとは予想していませんでした。ですが、これ以上狙い通りに事が運べるとは思わない事ですっ!」
 悲恋のジゼルにとって予期せぬ乱入によって制止した戦場。その一瞬を狙った南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)が、『櫻鏡』で弧を描きながら斬り掛かる。
 同時に、状況を理解した胡蝶も、生み出したドラゴンの幻影を利用して、悲恋のジゼルの間合いから脱した。
「鏡さんを失っても悲しむ人がいないなんて……そんな寂しいことを言わないで欲しいわ。……私達、友達じゃない」
「……そうね、ごめんなさい植田さん。少し卑屈すぎたわ」
 胡蝶がポジションにつくと、背後から寂しげな植田・碧(ブラッティバレット・e27093)の声。スノーも、心なしかしょんぼりとしている。
 胡蝶は自分のために集まってくれた8人の仲間を見渡すと、何かを堪えるように夜空を見上げ、謝罪した。
「愛を知らないから愛を求めるって感じなのかなー? そんなやり方で求めても、手に入る物も、奪えるものもないのにね」
 ブローラが凶器を携えてジゼルに飛びかかるのを見届けながら、楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)は呟いた。散布する紙兵は、事前に聞いていた敵の特性を鑑みるに、必要不可欠なもの。
「はじめまして。早速で悪いが、地獄で閻魔様がご指名だぞ……」
「私は高いよ? だから、お姉さんが代わりに行ってきてよ」
「笑止!」
 楡金・澄華(氷刃・e01056)は、影の如くジゼルの背後をとった。しかし、ジゼルに動揺する様子は一切無く、不敵な微笑みを取り戻している。
 澄華の太刀――斬龍之大太刀【凍雲】が、凶の力を宿す。魂を汚染する強力な呪詛は、捌こうと振るわれた鍵の合間を縫うようにしてジゼルの白い肌を穢す。だが、すでに性根から穢れきっているのか、不敵な笑みまでは崩せない。
 ならばと、澄華に続いてジゼルの背後をとったイヴと、今度は前後からイリュジオンが稲妻を帯びた槍で迫る。
「護りたいものを護る……そのために手に入れた力だ。協力は惜しまない。援護するから全力で行け!」
 攻め立てるイリュジオン。そんな彼女を中心とした前衛に、シェーロ・ヴェントルーチェ(青空を駈ける疾風・e18122)がゾディアックソードを掲げると、守護星座の輝きを纏わせた。
 元々、ジゼルは単純な攻撃に特化した相手ではない。ケルベロス達の怒り混じりの勢いに自然と押され、後退していく。
「胡蝶を狙っただけでなく、お母様にまで傷を負わせましたね。家族に手を出されたとあっては黙っていられません。お覚悟を、ドリームイーター?」
 言葉は平坦だが、それはあまりの怒気ゆえ。レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)がキッとジゼルを睨み付けると、レーヴの激情に応えるようにプラレチが爪で襲い掛かる。
 レーヴは溢れ出す感情を抑えるのではなく、あえて表面化させる事で、「魔人」の力を呼び起こした。

 だが――。

「…………ふふ」
 八方から怒りを向けられたジゼルは、刻まれた傷を抑えながら、嗤っていた。小さな唇を……三日月のようにニィッと歪ませながら。まるで、胡蝶を守ろうとするケルベロス達の怒り、彼女を大事に思う者らの怒りの裏に潜む恐怖を甘美だと味わうように……。
「こういうの、なんて言うんだっけ? 随分アレだよね、なんだっけ?」
 その様子に、牡丹は眉を寄せながら言葉を探すと。
「ああ、あれだ、ゲスい? だっけ」
 探し当てた言葉にうんざりしながら、再び紙兵をを散布するのであった。


「胡蝶……僕の代わりに君が死ねば良かったんだ。僕を愛していたならば、そうするのが当然だろう?」
 忍軍の装束に、猫の面を携えた彼が、胡蝶の前に浮かんでいた。それは朧気で、夢現な世界。だが、投げかけられる悪意は、紛れもなく本物であった。
 胡蝶の首筋に添えられた手に、力が籠もる。締め付けられる感触と、息苦しさ。
(私はきっと彼に恋をしていた……。だって、あんな殺し合わなければいけない状況でも、彼と再会できて嬉しかったんですもの……)
 胡蝶は自身の首を絞める彼の手に触れる。温もりはない。だが、一度目の再会では形にできなかった何かが、胡蝶の中に生まれつつあって――。
「胸糞悪いやり方をっ! 胡蝶、受け取れ!」
 やがて、シェーロのオーラを受け取った胡蝶は、現実に帰還する。
「大丈夫か!?」
「え、ええ」
 その何とも言えぬ表情に、【トラウマ】を見せられていたのだと察していたシェーロは、悲痛な視線を彼女に向けていた。
「私の大切な娘に……っ!」
「ええ、お母様、目に物を見せて差し上げましょう!」
 それは、イリュジオンとレーヴとて同様だ。
 コンビネーションを駆使して、イリュジオンが絶望の黒光を。レーヴが歪に変形させたナイフで、ジゼルの傷口を広げようと奮闘する。
『愛してるわ、碧お姉ちゃん?』
 しかし、ジゼルは慌てず騒がず、トリガーとなる言葉を花が咲くような笑みと共に口にする。
 すると――。
「ええ、私も愛してるわ、ジゼル」
 碧は熱に浮かされるように頰を染め、前衛のために放つはずだった祝福の矢を、ジゼルのために放たされる。
 加え、ジゼルが目を瞑り夢見ると、碧のキュアと合わせて複数のBSが駆逐されていく。
「……まずいな」
 ヒールのみならず、ジゼルに【破剣】まで付与されてしまった現状に、澄華は目を鋭く細める。すかさず澄華は太刀に膨大なグラビティ・チェインを乗せ、叩き込んだ。
「さっきからやってくれるじゃないのよー! 碧ちゃん、正気に戻って! 牡丹特製、元気の出る一杯を振る舞ってあげるよ」
「…………? ……っ!? 楠さん、ありがとう!」
「気にしなくていいのよ!」
 牡丹は魔力をシェイキングし、癒やしの力に変換させて作ったカクテルを碧に流し込む。その間、ブローラは応援動画を流してくれている。
 強引に水分を流し込まれ、最初こそ噎せていた碧だったが、徐々に虚ろだった瞳に光が戻り、牡丹に感謝を告げた。
「お姉さん達……そんな事しても無駄なのに。すぐにまた操ってあげるからね~?」
「黙っていてくださいっ!」
「……ふ、ふふふふ……ふふふふふっ」
 夢姫が、クスクスと含み嗤うジゼルを電光石火の蹴りで弾き飛ばす。桜の木に叩き付けながらも止まぬ笑いに、夢姫は苛立ちを堪えるように『櫻鏡』の柄を握りしめた。

 前衛には、牡丹とシェーロの尽力により、減衰に苦戦しながらもBS耐性が付与されていた。しかし、そちらに気を取られている間に狙われたのが後衛であり、ジゼルの猛攻にあってもいた。
 シェーロが後衛にも耐性を付与し、碧もその補助に回って体勢を立て直そうにも、当の彼等が操られる恐怖に晒されており、ジゼルはジャマーとしての脅威を遺憾なく発揮している。
 結果――。
「お、お母様……わ、私……」
「いいのよ、レーヴちゃん。私なら、大丈夫だから」
 イリュジオンの背後からチェーンソー剣で襲い掛かってしまったレーヴは、酷く動揺していた。イリュジオンが負った傷口に、レーヴは足場がガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまうそうな心境。そんなレーヴのため、プラレチが尻尾の輪を飛ばしてカバーに入る。
「……くっ!」
 碧は、屈辱を奥歯を噛みしめる。操られていたとはいえ、先程自分の口から出た言葉が、今でも信じられないのだ。同じ轍を踏まないため、碧はエンチャントを剥がすためホーミングアローを放ちながらも、キュアに徹しようと判断する。
「……本当に……本当に野暮な奴に目をつけられたわね……」
 だが、この中で最も被害が少ないのが、当の胡蝶だというのは一体どんな皮肉だろうか。魔法光線を放ちながら、胡蝶が肩を竦める。
「……同感だよ」
 Dfとして奮闘してきた牡丹は、当然のように【トラウマ】の被害を受けている。「お母さん……」そうポツリと呟く牡丹。10年振りに見た母は、牡丹に憎しみに満ちた視線を向けてきた。
「悲劇は創作の中だけにして欲しいかなー。やっぱり現実は……うん、ハッピーエンドがいいよね!」
 そのハッピーエンドを導くのは自分達だと、勇気を出して牡丹は花びらのオーラで夜空を覆い、夢姫を狙う真っ赤な鍵の前に身を躍らせる。
「すみません、楠さん!」
 後衛に一時攻撃の矛先が向いたという事は、比較的夢姫と澄華が自由に動けたという事でもある。
 夢姫が、ジゼルに降魔の一撃を叩き込む。
「このまま押し切るぞ!」
 続け、澄華は太刀に霊体は憑依させ、毒をもって毒を制すが如く斬りつけてやった。
「……そろそろ飽きたから、絆、壊させてもらうね?」
「させないわよ。娘二人を害された母親の怒り、其の身に刻んで頂きますわ。この曲で、――存分に狂わせて差し上げましょう」
 言いながら、イリュジオンは睨み合うジゼルに向けて歌唱する。その不協和音からか、ジゼルの額にも汗が浮かび始めていた。
 しかし吹き荒れるモザイクに対し、ブローラとスノーが決死の覚悟で前に出て、戦闘不能に陥る。
(――とはいえ、アレは本当に辛かったですわね)
 夫から、失った大切な人達から、存命しているはずの胡蝶とレーヴからまで悪意を向けられたイリュジオンは深く溜息をつく。
(消耗の兆しが見えたとはいえ、まだ終わりそうもない。護るためにも、まずは自分自身か)
 碧と同じく、シェーロの力もジゼルに利用された事もあった。終盤、そういった出来事は命取りになる。シェーロは咆哮を上げ、その時に備えるのであった。


 どれだけの時間が経過しただろう。確かめて見れば、有に十分は経過していた。
 それでも、搦め手を多用し、粘り強いジゼル相手に、ケルベロス達はついに追い詰める段階まで至ることができていた。
「つまんないな~。皆、全然素敵に絶望的な顔しなくなったんだもん」
 全身から血を滴らせながら、ジゼルは口元を窄めた。飄々として見えて、実はそれが強がりである事は、忙しなく動く彼女の瞳孔からケルベロス達は承知済みだ。
「最後まで悪趣味ですわね」
 イブが金縛りにし、イリュジオンが稲妻を纏わせた槍で薙ぐ。
「光よ、風に乗って世界に満ち溢れろ!」
 シェーロは、無数の刀剣を召喚した。剣を一振りすると、その衝撃波が召喚した刀剣に反響し、縦横無尽に斬撃が嵐のように飛来していく。
「……あ゛がぁ!」
 ジゼルは、最早纏う赤い服と、白かったはずの肌との境界が分からない。
 呻きを上げるジゼルを、レーヴが高速の蹴りで吹き飛ばした。
「悪役は、必ず倒されて退場しなければならない……分かったでしょ?」
 牡丹がジゼルの弱点に、痛烈な一撃を叩き込む。
 それでも――。
「……ふ、ふふふ……ふふふふふっ」
 ジゼルは嗤う。嗤いながら、地面を這うようにしてケルベロス達に向かってくる。
「不快ですっ!」
 ゾワリとした生理的嫌悪感が夢姫の背筋を昇ってくる。
「全てを灼き払いなさい!」
 夢姫は蒼き獄炎を宿す不死鳥で、ジゼルを焼き尽くさんとした。
「刀たちよ、 私に力を……!」
 澄華が、愛刀――黒夜叉姫と斬龍之大太刀【凍雲】に宿る力を解放する。膨大な力に、ジゼルは抵抗もできない……かと思われた。
「……閻魔様の所には私が行くから、最後にお姉さんの素敵な『喪失』を見せて?」
 それは、ジゼルの最後の一刺し。最後の悪意。
 真っ赤な鍵に捕らわれた澄華は、世界で一番大事な団の仲間達が、死んだ者として錯覚させられた。そのありもしないはずの喪失の錯覚に加え、「お前なんて仲間じゃない」そんな悪意を向けられたのだ。
「楡金さん!」
「――っ! ……植田殿……?」
 碧の声と妖精の加護に、澄華はハッと我に返る。自分がされた事を理解した時、澄華の瞳から感情の色が消える。激情を溢れさせればさせる程、澄華は冷静に、冷酷になれる人間なのだ。瞬時に振るわれた二振りの刀が、腹を抱えて嗤うジゼルの半身を空間事断ち斬った。
「満足したかしら?」
「……お姉さ……ふ、ふふ……ごちそうさ……ま」
 ヒューヒューと虫の息のジゼルを胡蝶が見下ろす。
「そう、なら。堕落も昇華もアナタ次第――祝福の抱擁をあなたに」
 胡蝶は愛を知らぬ憐れなジゼルに最後の抱擁を。
 腕に抱かれたジゼルの表情が、まるで天国にいるかのように蕩けていく。
 その温もりは、ジゼルが終ぞ辿り着けなかったもの。
 それでも、最後は胡蝶の温もりを感じ、ジゼルは何かを得たのだろうか?
 それは、地獄の閻魔のみが知り得る事であった……。

「深夜ですし、気を付けて返らないとですねー」
「そうね……もうこんな時間なのね」
 夢姫と碧が荒れた公園を綺麗にし終わった頃、既に日付は跨いでしまっていた。
「お疲れ様、なんなら送っていくが?」
 互いの労をねぎらいながら、唯一の男手であるシェーロが提案するが、皆は苦笑を浮かべる。ケルベロスにとってただの不審者など、恐るるに足らぬ相手なのだ。
「胡蝶?」
 ふと、レーヴは胡蝶の頰を伝う涙に気づく。
 ジゼルとの邂逅は、やはり胡蝶にとって負担となったのか。心配そうに見守る面々に、しかし胡蝶はどこか晴れ晴れとした笑みを返す。胸元をギュッと大事そうに抑えた胡蝶は、
「イリュジオンさん、今夜ワインでもいかが?」
「娘とお酒を酌み交わすなんて、素敵ね」
 イリュジオンにそんな提案を。
 いつか胡蝶が「母さん」と呼べるようになった暁には、そしてさらに未来には、レーヴを交えた家族三人で、今までよりも美味しいお酒が飲めるかもしれない。胡蝶はそう思った。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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