綴るきらめき~仁那の誕生日

作者:ヒサ

 高校の門を出て、篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は深く息を吐いた。
 ようやく一段落である。必要な手続き等は大体済ませ、残りは新しい制服の仕上がりを待つ事と、教本類に記名をする事くらいだろうか。
 肩に掛けた手提げの持ち手を整える。巻き込まれて制服の襟が曲がったので、道端に立ち止まって直した。先日卒業式を終えた中学校のものであるこの服はおそらく、今日を最後にもう着ない事となるのだろう。
「あ」
 再出発して暫し行くと、顔見知りに遭遇した。まずは一言挨拶を交わし。
「荷物凄いね、手伝い要る?」
「……いえ、平気」
 出口・七緒(過渡色・en0049)の申し出は魅力的ではあったが、仁那は首を振る。中身は大半が書類と教本だ。彼女にとっては結構な重量だったが、この程度運べるようにならなくては高校生活に支障が出かねないと。
「なら時々肩入れ替え……、……隈出来てるけどホントに平気?」
 花と翼をしまった姿の仁那は、服装に合わせて横髪をピンで留めていた。その為、目元の様子もややよろしくない顔色も誤魔化しようが無い。少女は逃げるように視線を彷徨わせた後、溜息を一つ。
「それは失礼したわね。近日中に治る……治すわ。少なくとも寝不足くらいは」
 入学試験やら、卒業式に向けての雑務やら、合格発表やら入学手続きやらでこのところ彼女は忙しくしていた。望む進路の為に学力の底上げを図らねばならなかった事が最大の原因ではあるが。学業には継続して励まねばならないが、ひとまず緩める事は許されて、だから心配には及ばぬと答える彼女の声は、しかし未だ残る疲れに低く落ちた。
 なので、
「ちょっと遠出になるけど。今度大きい図書館に行く用事があるんだけど、お嬢も来る?」
「行く」
 気晴らしにでもと七緒が口にした提案に、目の色を変えて仁那が即答したのは、無理からぬ事だったのかもしれない。

「──つまり、わたしは本の修繕を手伝えば良いのよね。読書しながらで構わないと」
「そう」
 宣言通りに健康度は回復しつつある様子の仁那の確認に、七緒が頷く。個人が道楽でやっているという郊外の大きな図書館には、古びて損傷の激しい本も置かれたままだという。蔵書管理の都合上、ヒールで済ませて変形等があっては困るとのこと。なので仁那にも出来る作業だし、人手は多い方が良い。
 とはいえ元々は七緒が籍を置く大学で募集していたボランティアなので、報酬はお茶と軽食程度しか出ないという。その為もあってか作業ノルマは特に無く、飲食しながら読書しても咎める者は居ない。本に被害さえ出なければ。
「で、それとは別に、良かったら」
 七緒がケルベロス達の方へと向き直った。彼らの協力が期待できるなら、と店主から追加された依頼の話に移る。どちらかというと今回はこちらが本題だった。
「ケルベロスが主役の絵本を作って欲しいんだって」
 近々、近隣の園児や小学生を招く予定があるらしく、その時子供達に読ませられる本があると嬉しいのだそうだ。子供達にとってケルベロスはヒーロー、彼らが登場するとなれば子供達は喜んで本を読むだろうと。
「画材とかの道具は修繕用のと纏めて向こうが用意するって。だから登場人物と話を考えて、描いてくれれば良いみたい。面倒じゃなかったり拘りがあったりするなら製本もして貰えたら助かるけど、その辺は好きなように」
 ケルベロスがデウスエクスに立ち向かい人々を救う話や、仲間との絆を扱った話は、特に人気が高いらしい。
「作った原本持って帰りたかったら複製を置いてってくれればとも言ってた。あと、ハッピーエンド以外ダメって事は無いけど子供に見せられないようなグロとかは避けて欲しいって」
(「メリバとかは良いんだ……」)
 口を挟む事は慎んだ仁那は、これまで読んだ事のある絵本を思い返す。子供向けとはいえ、あるいは、だからこそ、悲しい結末のものも確かにあった。
「ねえ」
 七緒が説明を終えた辺りで仁那は発言許可を求め手を挙げる。
「絵本が完成したら、わたしも読んで良いかしら」
 そうして彼女は、ケルベロス達を慕う者の一人として、期待に目を輝かせた。


■リプレイ


 摩耗した表紙の縁に紙を貼る。その一枚分増えた質量は歴史の跡と、表面を撫でるヴィルベルの手は優しい。
「あ、これ昔読んだな」
 ナディアが開いたのは童話。兄弟喧嘩にでも巻き込まれたのか二方向から破かれた頁に彼女はそっと微笑んだ。
 景気良く補修テープを伸ばす音に、型崩れしていた背を直していた青年がはっと顔を上げる。自覚有不器用の割に躊躇い無く動く小さな手に目を奪われ彼はひどく落ち着かない様子。
「良いかいナディア、そっとだよ。生まれたての子猫を抱くような──」
 補強用の紙を貼り直す作業に掛かる友を制止する彼を突き動かしたものは、持病の発作でも無ければ恋のときめきでも無く、不安による動悸の模様。
「言われなくてもちゃんとする」
 心配ゆえの視線は感じていたらしく、彼女は呆れ交じりに応じ。
「それよりお前の手を待っている患者を助けてやれ、その糊そろそろ乾いただろう」
 じゃき、ぶつん。
「……指刺さないように」
 鋏は針と糸に持ち替えられた。

 息を殺したノルが慎重に頁を合わせて行く。剥がれた糊を直しつつグレッグはそれを見守っていた。
 なんとか無事に貼り終え息を吐くノルは、労いの声を受け笑顔を返した。して、グレッグの手元にある本を覗き込む。韻を踏んだ短い詩が目に入った。
「おれ、本にはあまり馴染みが無かったんだ」
 『幼い頃』の覚えは無いと。だが他人のその跡が残る古紙へ機械の指が愛しげに触れる。
「俺もひとの事は言えないな……読み聞かせもあまり上達はしなかった」
 その言葉に、金の目が輝く。低い声が物語を辿る様を想像し。聴いてみたいと少しばかり、甘えた。

 少しずつ、直した本を積み上げて行く。
「大事にされて来たんだね」
 既に何度もの修復を経た一冊を手に取り。
「いいなあ」
 多くの人に愛された証。ノルの声には憧憬。己もいつかそうなれたらと。応える声は、願い続ける強さは裏切らぬと。
「俺から見れば、ノルは既に十分眩しいが」
 ぽつり、呟くグレッグの声。束の間ぽかんと彼を見上げたノルは、きらめくような笑顔を見せた。

「付き合わせてすまないな」
 水凪の謝罪に絃は首を振った。本を読むならば主として責任を、と真面目に学ぶ彼女の姿勢に、
「天瀬さんは優しいですね。本もきっと喜びます」
 彼はそう、柔らかに。
「あ。それ、読んだ事あります」
 彼女が目を留めた本は、転生を繰り返す黒猫の『一生』を紡ぐ絵本。結末を知る絃は語りかけるが、気付いて止まる。
「失礼」
「感謝する」
 遮る手間が省けたと水凪。本に綴られた物語は、やはりそれを読んでこそ。
「絃が読むのは……」
「これも転生を描いた話ですよ」
 この恋が叶わぬ運命とて、次の生でまた、と。
 ──読書は双方、修繕を挟みつつゆえにゆっくりと。絃を手本に水凪は作業を進めた。時折、彼の手では無く、紙面に視線を落とす表情をそっと窺う。それは彼も同じであったようで、ある時ふと目が合った。何気ない様子で目を逸らし読書へ戻る彼女の横顔に彼はふわり、笑みを零した。

「僕、あまり本は得意じゃなくて」
 難しい、とダリアが嘆息する。嫌いでは無いがとばかり丁寧に本を扱う姿に保が少し、考えて。
「ダリアはんの好きなものは、何ですやろか」
 糸口を求め、問うた。

「仁那は何になりたくて頑張ってるの?」
 悩む娘は知人を捉まえる。返答は、『将来』は保護者の店を継ぐのだと。『今』は皆を支える務めに全力をと。ええですなあ、と保が目を細める。
「いいな。……僕は今もまだ」
 ダリアの感嘆は彼のものとは少し色が違ったが。
「一人で決めたわけじゃないわ」
 選択肢は全て周囲が。仁那の言に少年が頷き。
 まずは楽しいと思える事を。好きなものを溢れる程に。今日のように、誰かと一緒に。ゆっくりで良いと、保が手を伸べた。

 本棚の狭間、長身の青年達と話す仁那が照れつつも楽しげである事にイッパイアッテナは心を和ませた。彼もまた声を掛け、少女の話を聞いてやる。彼女の手には絵本と図鑑、外国の小説に辞書。脱線を繰り返した痕跡を見て取った彼の目は、優しい色をしていた。

「あ、同じ作家さんのやね」
 仁那が新たに持って来た小説にウーリが目を留めた。彼女が修復中のミステリ小説の次シリーズだ。仁那の趣味というよりは影響を受けた様子。
「そこ、それだと多分危険」
「そんだけ傷んでるなら文鎮使うとイイんでない?」
「ありがと」
 彼女へ初めに修繕手順を教えたのは仁那だが、個別の対処は経験者であるキソラに分があった。
「──え、これ犯人どうなるん」
 本文に目を留めると危険なのか、読むのは直し終えてからとウーリが首を振るのはこれで八度目。技術面に不安があるようで、慎重に作業を進める様は生真面目そのものだった。

「仁那ちゃん、猟奇殺人モノ平気?」
「……先に気付いてたら」
 本を閉じる音。傷んだ栞紐を換え始めた少女に青年が小さく笑い。浮いた視界に映るのは、思い思いに作業を進める皆の姿。
「──描けるヒトらは凄いネ」
 彼の手元で直り行く絵本と、今綴られ行く物語。
「オレもチビらに訊かれる事とかあるケド──」

 二階の机で朝希は鉛筆を走らせる。
 この本を開くのは子供達。無邪気な憧れの重さ、その意味など未だ知らぬような。
 子供達は夢を見る。縋る手を拒まれる事などきっと無い。完全無欠のヒーロー達をただただ信じている──それを、朝希も、知っていた。

 無垢な希望を曇らせたくは無い。けれど嘘に濁らせるのも。
「……、難しいもんだネ」
 キソラの息が緩く解ける。今、ここでも。きっと仁那の理想が護られた。

「読んでみます?」
 憂女が仁那へ差し出したのは、その手が仕上げたばかりの絵本。
「ありがとう」
「オレもイイ?」
「あ、ええ」
 楽しい話では無いですが、と憂女の声は淡く。

 無骨なれど優しい戦士と、彼を慕う少女が居た。だがある日、少女は焼け落ちる街の中、遠ざかる戦士の背を、涙と共に見送る事となる。
 少女はやがて嘆く事をやめ前を向く。苦難の中、長じて同じく戦士となった彼女は、記憶と違わぬ姿の彼と対峙する。
 だが最早二人は道を違えた敵同士。彼女は運命を呪いながらも剣を抜き、

 届いたのは互いを貫く刃だけ。虚ろな瞳が見つめ合い。
 ねぇ、一緒に終わるくらいは──。

「一緒に生きられたら良いのに」
 最期の絵を前に仁那は。ただの少女として、夢を見た。
 強く優しい者達が、ゆえにこそ幸福であるように。弱者は祈る。

 仁那が一人の時を見計らい、あおはその袖を引いた。
 用件は今日の為の贈り物。その眩さと、添え綴られた少女の言葉に仁那が笑う。描かれた猩々袴の意味を未だ知らずとも。
「『貰ってくれたら嬉しい』って言って貰ったのも嬉しい」
 その声に、当のあおは首を傾げていたけれど。

 神話の本を手にしたあおは、七緒に気付き傍に下りた。挨拶にと頭を下げる少女の手が大切そうに本を握る様に彼は目を留める。
「星が好き?」
 或いは物語が。問われ小さく頷く少女の頬は、常より僅かなれど薔薇の色。
「楽しいなら何より」
 青年は天馬が登場する絵本を一つ、また首を傾げた少女の手へ。
「いいお兄さんって感じですね」
「えー?」
 その後、荷運びを手伝うザラキからイッパイアッテナが仕上げた本を受け取りその仕上がりに舌を巻いた七緒は、年長者からの好意的な評価に礼を告げるも、違和感が凄いと首を捻っていた。

「よし、ダメだ!」
 ザベウコが朗らかに匙を投げた。ナノナノが疲れたように机に伏している。机には貼り損ねたテープに閉じる事を妨げられた本。駄目なら、との言いつけを思い出し彼らは各所からも本を集めカウンタへ。
「脚立も欲しい」
「解った、待ってろよォー!」
 目的地での追加要望に彼は機敏に応える。ついでに更なる患者も運び込まれ山は塔へ進化した。
「後は任せたぜェーッ!」
 そのまま青年は元気良く円卓へ。早い者勝ちだろ、と健啖な彼に、そこまでは、とツッコミが入ったものの。彼の無邪気な賑やかさに惹かれてか、思いの外円卓は賑わい、飲食物は予定より早く捌けたという。

 朝希の絵に灯るのは、眩しい夢の色。彼らが理想で居られるのは、きっと彼らもまたヒトだから。
 一階を見下ろす。行き交う足音、優しい笑い声。同じように生きている彼らの熱を、少年は愛おしいと想う。
 この星には本物のヒーローがいて、僕達皆を守ってくれます──彼が綴った物語はそう始まる。仁那から乞われれど、皆の物が揃うまではと開く事を拒んだのはきっと、彼もまたヒトだから。

 庭に面した窓辺の一画では和装の面々が作業を進めていた。
「これも頼む」
「ありがと、ヒエル」
「うーん、私も力仕事の方が良かったかもしれません……」
 本を運んで来た青年を薄荷が見上げる。玉穂は細かい作業に疲れ息を吐いた。
「元がダメになりそうな物相手だ、気負い過ぎぬ方が良いのでは」
 玉穂が仕上げた本を受け取ったヒエルが見た限りでは、手作り感は増したものの特に問題は見当たらなかった。開けるし読めるし自動分解もしない。作業に戻る手が痙攣じみて震えるのが気懸かりな程度か。
「これは……」
 新たな本山から薄荷は料理本らしきものを見つけた。色鮮やかな茸の紹介を交えたそれは一部掠れて読めぬ字がある程古い割には読み易い文体のもの。
「わあ、楽しそ……それ合法です? よね?」
「大事なのは気持ちよ」
 修繕を頑張る玉穂の健気さと同列に薄荷は語る。一切動じた様子無くおっとり淡々と。
「なら大丈夫ですね」
「今度皆に作ってあげよう」
 ほのぼのした空気が漂う。
「鬼追、古牧。そういえば武術や健康法の本は見なかったか?」
「不死の秘薬の研究本でも良い?」
「……お伽噺では無いのか?」
 受け取った本を開くと、薬の出所に月とあり、青年は首を捻る。
 その視界をはらり、薄紅が過ぎた。顔を上げた彼は薄荷の髪に留まる花弁に気付く。開いた窓から届いた桜。気付けば玉穂も外を眺めており、外に溢れる光と彩に彼らは目を細めた。


 敵の拠点へ攻め入るケルベロスが二人。敵の罠に嵌められ窮地に陥る局面で手を止めた眠堂は、暫し悩んだ後に隣へ声を掛けた。
「こんな時、お前は何を一番に考える?」
「仲間を頼る。信を置く相手と力を合わせるんだ」
 応えは即座に力強く。眠堂の微笑みは嬉しげに。
「じゃあさ、敵と戦う上で大切なものは?」
 ヒノトが質問を返す。彼が描くのは、敵が待つ深部を目指す二人の姿。
「……情報が。敵の狙い、得意な戦法、対峙したなら挙動そのもの」
 判れば対処法が導ける、と青年が。流石、と少年は目を細めた。
 ところで絵の方は、と互いの手元を覗く。自己評価では『辛うじて』な画力でも、友のそれとなれば輝いて見えるのだから不思議なものだ。
 勝利の先には共に歩む未来の暗示。希望に満ちた光の色に想いを籠める。
 記す二人が抱くものもきっと同じ。誰かの心に残る一冊になればと願う──最後に綴った題名も、きっと彼らだからこそ生み得た言の葉。

 綴るならばキカを主人公にした優しい話を、とローレンスが言った。
 ぬいぐるみを抱いた少女は空腹に倒れた狼を救う。パンを分けて貰った狼は、愛を教えてくれた少女を護る騎士となった。少女に危機が迫った時も、少女を悲しみが襲った時も、狼は友として寄り添った。
「……続きは、どうしようか」
「んと、じゃあ……」
 国の王子は城の奥で孤独に生きているという。幼い頃からヒトの友に飢えていた少女はある日城を訪ねた。
 しかし城は無人。冷たく寂しい城内で、しかし狼は変わらず少女に寄り添った。
『そうだね。きぃにはもう、あなたが居てくれる』
『王子様、どこに行っちゃったんだろう。独りで寂しくないといいね』
 ──純粋な思いは、呪いを解く力になった。
「オオカミは、王子様だったの」
 語る彼女の手が、彼を示す。紫の瞳が驚きに円く。
「私も仲間に入れてくれたのか、有難う」
 優しい友情の物語。君のようだと、彼が微笑んだ。

「あぽろちゃんに描いて貰うと可愛いね」
 ロゼが喜ぶ。彼女達の物語の主人公は二人に似た姉妹だった。
「ロゼの方はどう……こ、恐いなこの魔女」
 友人の手が生み出す禍々しい魔女の姿にあぽろが震え上がる。子供をお菓子にして食べてしまうような敵の姿としては相応しいかもしれない。
 姉妹は病床の母を治す魔法の薔薇を求め迷宮に挑む。勇敢な姉は妹の手を引き、妹は姉を信じ、繋ぐ手を強く握る。二人一緒なら怖いものなど無いと。
 手にした薔薇は、容易く崩れてしまうほどの脆いもの。だが花弁一枚とて母の命を繋ぎ留めるには十分。姉妹の看護により快復した母は、想い合い支え合う姉妹の姿に愛おしげに目を細めたという。
(「お母様。今の私を見ていて下さいますか」)
 『妹』は己だと、ロゼが。『姉』はあぽろ。想い合い信じ合う、大切な友人。
「よっし出来たぜ! 表紙もちゃんと繋がるな」
 上下巻で一つの物語、並べた表紙には手を繋ぐ姉妹の絵。それは、今此処で喜び合う二人を写したかのよう。

「──『王国の象徴であった向日葵達は攻性植物に変えられてしまったのです』」
 そこまでを記しフェルディスは顔を上げた。
「国を取り戻す騎士の仲間は……旅に出て集めます?」
 騎士団内から募ろうにも、今し方王国を壊滅させたばかりである。
「ふむ、なら無事だった向日葵から採れた種でお菓子を作るか」
「え、お供動物にするんですか……あ、食糧ですかね」
 シヴィルの提案に首を傾げる者も居たが。栄養補給は大切と、ロベリアが運んで来た菓子と茶に手を伸ばす。
「騎士の仲間は……」
「前線で戦う騎士をサポートするなら魔法使いだろう」
 魔術で手間を省く事は慎み画材を揃え戻って来たランサーの言に、女性陣が彼を見る。
「キミ魔法戦士じゃないか」
「鎧じゃなくてローブ着せたら良いんじゃない?」
 アヤメが下書き用の紙にイメージ図を描いた。

『君が賢い者ならば俺の力を貸そう。ひまわり、あさひ、あした、この三つに共通するものは何だ?』
『答えは太陽……『日』の文字が入っている!』
『見事だ!』

「対象年齢が上がりましたね」
「花が好きな小学生なら何とか……」

『ボクの変装を見破れたら仲間になってあげるよ!』
『くっ、町中に紛れ込んだか。だが必ず見つけ出してみせる』
『──あーあ、バレちゃった。約束通りボクの忍術でキミを助けてあげるね』

「町人どれだけ描くんですかここ」
「皆でやればすぐだろう」

『貴方が私を笑わせて下さるのなら……』
『早朝の崖の上にだけ咲く花を摘んで来た! 君が世話をしている病気の子の薬になる筈だ!』

「なんでボクまで……」
「回復役は必要じゃない?」

「登場人物は皆さんがモデルなんですね」
 製本用具を揃えて戻った還が紙面を覗き込む。彩色前にして特徴は一目瞭然だった。
「随分と個性的ですけどね」
「団長、頭身が変わってるぞ」
「む……、子供向けだから腕は問われぬと思ったのだが」
「やー子供の目は時に大人より厳しいものだよ」
「うーん、ラストバトルの時は風車壊れてるよね。表紙は無事な時の畑の絵で良いかな」
 やがて頁に色が溢れて行く。鮮やかな花の色と青空は、騎士団を彩るそれと同じくどこまでもまばゆいものだった。

 『白き乙女と銀の騎士』。銀の毛並みを持つ瀕死の人狼を、心優しき一人の乙女が救った。彼女から人を愛する心を教わった彼は、皆を護る騎士となった。
 その日々の中で乙女を深く愛するようになった騎士は、絶望的な戦いを前にそれでも彼女に誓った──必ず君のもとへ戻る。
「俺が知る話では、騎士は約束を果たせず力尽きるのだが……」
 子供に読ませるには暗過ぎるか、と悩む夫へ、妻が微笑み掛けた。
「なら、こうしましょうか」
 乙女のもとへ帰りついた騎士の命は今にも潰えようとしていた。だが彼は彼女へ優しく語り掛ける。愛する人よ、どうか哀しまないで。
 貴女は私に人を愛する事を教えてくれた。限りある命の尊さを、護る為に戦う意味を知った。空虚だった心に愛を、幸福を灯してくれた──。
「──『ありがとう』」
 チェレスタの瞳がリューディガーを映す。尊い愛は、今は彼ら二人に。紙面に描かれる銀髪の騎士と金髪の乙女もまた、寄り添う彼らのよう。

「ではこれを頼ム」
 自分の担当分を埋めた紙を友の方へ。交換して眸は、受け取った紙に目を落とす陣内へ問うた。
「ワタシの描くようナ絵でも、善イのだろうカ」
「流石眸、流石俺。これだけカッコ良けりゃお子様達も喜ぶさ」
 友の不安を笑い飛ばす陣内の声は穏やか。写真と見紛うほどの絵は、彼の憧れでもあった。礼を告げた眸は、己の手元の紙へ目を。
「ワタシは、陣内の絵が好きダ」
 作り物めいた美しい人型の胸に、体中に枝を伸ばすかのような瑞々しい緑の心。柔らかな色調で描かれる姿は、描き手の優しさを映したようだと。
 彼らが記すのは、背を預け合い共に戦った、記憶。幾つも描くうちに、未定だった最後の場面はやはり、と眸が口を開く。
「これからも宜しク、と酒でも……」
「いや待て、絵本で酒はまずい」
 発泡酒似の、けれど一目で違うと判るグラスに修正して陣内は囁いた。
(「本物は、この後にでも」)
 気付けば窓外は黄昏の色。

 閉館を告げる鐘が鳴る。
 楽しい一日だった、今日はありがとう、まだ夜は始まったばかり──帰路につく者達から今なお溢れる優しさを、桜花達が聞いていた。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月4日
難度:易しい
参加:34人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 5
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