にゃんすーる!

作者:犬塚ひなこ

●不届きな毘盧遮那
「ここが猫カフェとやらか……」
 或る日の早朝、まだ人気のない通りに響いたのは怒気が籠ったビルシャナの声。
 薄褐色の翼を広げた彼が立っているのは開店前の猫カフェだ。看板には愛らしい三匹の黒猫が描かれており、まだ開かれていない扉に貼ってあるポスターには店内で暮らす数匹の猫の写真が載っている。
「猫などただの毛玉! 凶暴で自分勝手な愚の極みである!」
 看板とポスターを交互に見遣ったビルシャナは、ぐぬぬ、と呻いた。
 よほど猫が嫌いなのだろう。彼は猫カフェを前にして身体を震わせている。ポスターを勢いのままに破ったビルシャナは脚に力を籠めた。
「そんなものを売りにして商売をするなど許せん! 滅茶苦茶に壊してやるわ!」
 そして、彼は一気に扉を蹴破る。
 其処からたった一羽のビルシャナによる理不尽な襲撃が幕あけた。

●にゃんすーるきゃふぇっと
「大変でにゃんす! お猫様かふぇーを襲う不届き者が現れるそうでにゃんす!」
 猫耳と尻尾を逆立てる勢いで天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)が目の前の机を両手で叩く。その音に自分で驚いてしまった猫丸はすぐにはっとして、僅かにしゅんとした様子で尻尾を下げた。
 彼がそれほど憤ってしまうほどの理由。
 それは絶対許さない明王ビルシャナがとある猫カフェを襲撃する未来がヘリオライダーによって予知されたからだ。
 猫丸は自分が伝え聞いたことを仲間達に話した後、そっと眸を伏せる。
「どうしてもお猫様が嫌いならそれは仕方ないことでにゃんす。ですが、だからといってお猫様と寛げる場所を襲うなど悪行でしかありませんゆえ!」
 だから共に襲撃を阻止して欲しいと願い、猫丸は仲間達に頭を下げた。
 事件が起こるのは早朝。
 夜が明けたばかりなので周囲に人通りはなく、店員もまだ訪れていない。しかし、カフェの猫達は内部の部屋で自由に過ごしているらしいのでビルシャナが店内に押し入ってしまうと大変なことになる。
「わちき達が今から急いで向かえば襲撃の直前に割り込めるようでにゃんすね。件の毘盧遮那は随分と興奮しているうえに強敵らしいでにゃんすが、皆々様と共に立ち向かえるならば恐るるに足らずですゆえ!」
 相手が絶対に許さない明王ならば、此方も絶対に襲撃を許さない覚悟で向かうべきだ。何よりもお猫様の為に、と意気込んだ猫丸の翠の双眸には揺るがぬ意思が宿っていた。
 すると、その話を聞いていた彩羽・アヤ(絢色・en0276)が手をあげる。
「猫ちゃん達のピンチなら、あたしも行くっきゃないよね!」
「おおう、アヤさんもご一緒して頂けるとなれば心強さを感じまする」
 眼を細めた猫丸は心からの笑顔と言葉で少女を出迎え、これを、と件の猫カフェが発行しているリーフレットを差し出した。
「ええと、『NyanSoeur Cafet』……にゃんすーるきゃふぇっと、って読むの?」
 アヤは店名を読み、其処に紹介されているカフェメニューや触れ合える猫達の紹介に目を通す。其処は三匹の姉妹黒猫が看板猫らしく、にゃんすーるという店名も姉妹猫がいることで名付けられたらしい。
 その通りでにゃんす、と頷いた猫丸にアヤはくすくすとおかしそうに微笑む。
「にゃんすーるでにゃんす、だね!」
「せっかくですゆえ、皆々様方! 無事に終わったらかふぇーにお邪魔致しませぬか?」
 猫丸は少女に笑みを返した後に仲間達を誘った。
 その誘いが断られることはなく、皆其々に賛同した様子だ。
 猫を守った後は思う存分に猫と過ごすことができる。それはなんて倖せなことなのだろうと思いを馳せた猫丸は必ず勝利を掴むと心に誓った。


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
市松・重臣(爺児・e03058)
古峨・小鉄(とらとらことら・e03695)
天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
峰・譲葉(崖上羚羊・e44916)
天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)

■リプレイ

●猫と鳥
 春めいた陽光が射しはじめる早朝、辺りに響いたのは凛とした声。
「狼藉はそこまででにゃんす!」
「さて、その無粋な手を引いて貰おうか」
 今まさにカフェのポスターを破こうと狙い、翼腕を振りあげたビルシャナの背に天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)とネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)の鋭い蹴撃が炸裂する。
「なっ、何だ貴様らは!」
 驚いてよろめくビルシャナは振り返り、背後に現れた者達に慄いた。
「可愛い猫たちを襲おうなんて赦せないわ」
 双眸を鋭く細めたメロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)は周囲に鮮やかな爆風を巻き起こす。
 それと同時に雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)が更なる爆発を重ね、仲間達を鼓舞していく。
「わたしたちが全力でお相手します!」
「にゃんこの平和を守るためっ! おにょれ、口上とかめんどくさいじゃ」
 しずくの決意が籠った言葉に続き、古峨・小鉄(とらとらことら・e03695)も胸の前で自分の掌と拳をぱしりと合わせる。
 そして、小鉄は匣竜のお花ちゃんに目配せを送った。其処から小鉄と匣竜による元気のおまじないが広がっていく中、敵は体勢を立て直した。
「貴様ら、邪悪な毛玉を愛する愚か者共か!」
「毛玉毛玉と、お前よりは小さくて可愛いものだぞ。減らぬ口を叩くなら、その羽毛を刈り取ってやろう」
 ビルシャナが憤る様子に対し、峰・譲葉(崖上羚羊・e44916)が冷ややかに返す。
 紙兵を散布した譲葉の援護を受け、天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)が地面を蹴り上げた。
「猫たちの平穏と、猫と過ごす日常を守るためにも絶対阻止しちゃうんだから」
 詩乃が光り輝く呪力と共に斧を振り下ろすと、ライドキャリバーのジゼルカが敵に突撃していく。彩羽・アヤ(絢色・en0276)が続けて筆を振るって仲間の強化を行い、市松・重臣(爺児・e03058)もオルトロスの八雲を伴い、敵目掛けてバールを投擲した。
「もふもふ在る所、我が心の自宅も同然――確と警備してみせようぞ、八雲!」
 八雲が口に咥えた神器の剣で斬り込む動きに合わせ、猫丸が更なる一撃を与えに駆ける。ビルシャナも翼を広げて氷を放ったが、すかさず小鉄が仲間に向けられたその一閃を肩代わりした。
 恩に着るでにゃんす、と告げた猫丸に痛みに耐える小鉄は笑みを向ける。
 そして、猫丸は再び蹴撃を見舞った。
「自らの思想を振りかざし、人々がお猫様と憩う場所を壊そうとするなど言語道断!」
「ええ、許せないわ。返り討ちにして差し上げる」
 メロゥが星型の光を放ったところへネロが指天の一閃を打ち込み、藍の眸にビルシャナを映し込む。
「我儘な所が猫の可愛い所、だろ」
 ふわふわした毛玉。抱き締めた時の心地良さ。それを知らず、毛嫌いするだけの敵の姿は実に悲しい。されど、だからこそ相容れぬのだと感じた仲間達は敵を見据えた。

●引導
 そして――戦いは巡る。
 メロゥが放つ時の弾丸とネロが振り翳す降魔の力、しずくが召喚する幻影竜の焔。猫丸が穿ち貫く鋼拳に、重臣と八雲、詩乃とジゼルカが其々に織り成す連撃。
 小鉄とお花ちゃんによる援護に加え、譲葉とアヤの癒しが仲間を支える。
 幾度もの攻防を重ねた今、ビルシャナは震えていた。
「……何故だ、貴様ら……何ゆえにそれほどに強いのだ!」
 敵も負けじと炎の魔力を放ち返すが、小鉄が大きな縞尻尾を振るって焔を振り払う。
「そんなもん決まっとるじゃ!」
「うん、だってあたしたちは!」
 小鉄が当たり前のように口をひらくとアヤも倣って胸を張った。そうして、彼らの言葉を次ぐように猫丸が宣言する。
「お猫様が好きで、守りたいと強く願っているからでにゃんす!」
 その言葉を起点として、ケルベロス達は更なる攻勢に入ってゆく。猫丸が構えた銃から氷の一閃が解き放たれ、其処にしずくがファミリアの攻撃を重ねた。
「わたしは猫さんが大好き、お友達にも猫好きさんは沢山いますけど……そんな人ばかりとは限らないのですね」
 しずくは痛みに呻くビルシャナを悲しげに見つめ、首を振る。其処へ詩乃も斧を振るって敵の体力を削りに向かった。
「丸まっても立っても座っても歩いてもかわいいのにね……」
 猫ってすごいよね、と改めて猫の可愛さを思った詩乃は一気に刃を振り下ろした。
 だが、敵は此方の思いを理解できないのだろう。ぐぬぬ、と声をあげた敵を睨み付けた重臣は敵の背後に回り込み、店を背にした状態で両手を広げた。
「不届者を御猫様の御前に通す訳には行かぬ」
 八雲が炎を巻き起こし、重臣が縛霊手を振りあげて敵を穿つ。雷に打たれたような無極の一撃がビルシャナを貫き、その体勢を揺らがせた。
 譲葉は攻撃の機を掴み、銃を構える。ふと空を見遣れば柔かな陽射しが地面を照らしはじめている。
「……ここの猫たちと会うのが、ちょっと楽しみだ」
 麗らかな日が訪れるだろうと感じた譲葉は後のことに思いを馳せ、ガトリングを連射していった。譲葉もご褒美があるからこそ、十二分に力が入るのだろう。そんな雰囲気を感じたネロはふっと口許を緩め、自らも気合いを入れる。
「――此岸に憾みし山羊に一夜の添い臥しを、彼岸に航りし仔羊に永久の朝を、」
 詠唱と共に放たれた術式は、猫を忌む敵の存在そのものを捻り潰すが如く迸った。だが、そのとき。ネロに向けてビルシャナの魔力が解き放たれる。
「……っ!」
「ネロ!」
 避けきれぬ一撃を受け止めたネロに気付き、メロゥがその名を呼ぶ。しかし、すぐにメロゥが腕を天に掲げた。だいじょうぶ、と告げた少女の頭上にちいさな星が煌めく。
「あと少し、頑張りましょ」
 優しく降り注ぐ光が仲間の傷を癒していく様を見つめ、メロゥは淡く微笑んだ。
 小鉄は仲間達にあたたかな雰囲気と頼もしさを感じ、ぐっと拳を握る。
「お花ちゃん、頼むじゃ!」
 其処から小鉄が放つのは激しい炎の奔流。お花ちゃんも全力で敵に体当たりをくらわせ、炎の力を更に増幅させた。
 詩乃としずく、そして譲葉と重臣が間髪入れずに追撃を加えにいく。
 最早ビルシャナに勝ち目はない。猫カフェに突撃する力すら残っていないようだが、敵は抵抗をやめようとしなかった。
「うぐ……猫など滅べばいいものを……」
 悪態を吐く敵は此方を睨む。すると猫丸が尾を揺らし、手にした筆を構える。
「その考えを改めぬというのであれば、容赦しないでにゃんすよ! 何故ならば――」
 振るいあげた筆が言葉と共に振り下ろされ、刀傷に似た線が描かれた。そして猫丸は耳をぴんと立て、真っ直ぐに敵を見据える。
「今のわちきは『絶対猫かふぇー許さない明王絶対許さないけるべろす』ですゆえ!」
 次の瞬間、更なる筆筋が敵に重ねられた。
 ぐわ、と悲鳴めいた声をあげたビルシャナが膝をつく。猫丸が、今でにゃんす、と告げた合図を聞いたアヤが頷き、同時に攻撃の機を得た仲間を呼んだ。
「メロゥちゃん、小鉄くん、いっくよー!」
「うん、任せて」
「ボコボコにしたるじゃ」
 アヤによるペイント攻撃、メロゥが放つ轟竜の一撃、そこから小鉄とお花ちゃんが繰り出す連携攻撃。仲間の堂々たる連撃に目を細め、重臣は八雲に追撃を願う。
 そうして自身も敵との距離を詰め、重臣は己の腕を竜化させた。
「道を踏外し最早戻れぬというならば、引導を――覚悟せい!」
 竜爪が敵の翼を斬り裂く。
 重臣が戦いの終わりを導く一撃を与えたと察し、しずくもしかと身構えた。
「今あなたがしようとしているのは、猫さんだけでなくそのカフェに通う猫好きさんの心も踏みにじる行いです。だから……」
 許しません、と告げたしずくは意識を敵に集中させる。
 その瞬間、何の前触れもなく巨大な鮫が空中を泳いできた。お腹を空かせた鮫は敵に噛みつき、その翼を激しく引き裂く。
 しずくの力が敵を貫く中、詩乃は二連砲塔のシステムを解放していた。
「左腕部兵装起動……火器管制システムに接続、完了。偏差射撃計算、魔術回路起動、乗算、乗算……完了!」
 ――オーバーリミット・ファイア。
 そして、めいっぱいに放たれた二連砲撃が叩き込まれ、火柱が上がる。ビルシャナはもがき苦しみ、猫への呪詛を口にした。
「おのれ、猫めが……!」
「君がそれを厭おうとも、ネロ達は猫カフェが大好きだもの」
 するとネロが片目を瞑り、そんな君には勝ち目がないとさらりと告げる。其処から再び捩じ切るような魔力が敵を包み込んだ。
 譲葉も静かに頷き、両手の拳を胸の前で構える。しずくと詩乃は彼女の一撃が最期を与えるものになると察し、メロゥとしずくも仲間に後を託した。
 そして――譲葉が差し向けた鋭い視線が敵を捉える。
「今すぐに終わらせてやる。そこで待ってろ」
 闘志と敵意、更には怒り。譲葉の内面に渦巻く感情が籠った眼差しが対象を射抜く。刹那、譲葉の拳が敵を貫いた。
 ビルシャナは崩れ落ち、虚空に翼を伸ばす。
「覚えていろ……私が倒れても第二、第三の猫嫌いが……」
「譬え現れたとしても再び阻止するのみ」
 だが、敵が言い切る前に重臣が首を横に振り、その台詞を遮る。その言葉に頷いた小鉄は胸を張り、自分も何度でも戦うと誓った。
「俺達が居る限り、猫には手出しさせないじゃ!」
「その通りでにゃんす!」
 そうして少年達は明るい笑みを交わしあい、戦いは終わりを告げた。

●ねこたいむ
 陽が昇り、街は動き出す。
 ケルベロス達の活躍によって被害は抑えられ、普段通りの日常が訪れた。
「いざ御猫様の楽園へ!」
 営業を開始したカフェへ重臣が意気揚々と踏み入る後に続き、仲間達も其々に店内へと向かう。詩乃のライドキャリバーは店の駐輪場に止められ、お花ちゃんはそのシートの上でお昼寝。そして八雲も付近でお留守番だ。
「猫のおやつを注文できるのですね」
 詩乃はメニューを眺めながら何処かそわそわした様子で周囲を眺める。
 三姉妹黒猫のク―ちゃんとロロちゃん、ネネちゃん。三毛猫のみーこ、シャム猫のココにぽっちゃり白猫のおむすび。斑猫のたぬくんと、茶虎のねこ太。
「どの子も可愛いでにゃんす」
「可愛い猫さんを見ていると癒されます」
 猫丸と詩乃は目を細めて店の猫達をじっくりと見つめた。すると、斑猫が詩乃の隣にちょこんと座る。おずおずと腕を伸ばした詩乃はたぬくんをそっと撫でた。
 ごろごろ喉を鳴らした斑猫はどうやら彼女を気に入ったようだ。
 ほのぼのとした光景を見遣った後、譲葉はキャットタワーの上に視線を向ける。
「ココよ、ココ、遊ぼうぜ」
 其処には孤高だと云われているシャム猫がいた。ココナッツに響きが似ているから気になる、と考えてタワーに手を差し伸べた譲葉は猫に語り掛ける。
「一人でいるのは、気楽だよな」
「……にゃ」
 返ってきた返事は短かった。だが、二人の間では何か通じるものがあったらしく、譲葉は静かに双眸を細めた。
 その近くで猫じゃらしを振り、みーこと遊んでいるのは遊びに来ていたジョニーだ。
「ああ、可愛い! 可愛い! 可愛いよみーこ!」
 女王猫に夢中になっている彼を微笑ましく見守り、おむすびを抱っこしているのは同じくカフェに訪れていた由佳。
「おむすび、本当にもちもちしているのね。白くてぽっちゃりで、美味しそ……」
 其処まで言いかけて首を振った由佳だったが、その怪しい気配を察したらしきおむすびはするりと腕を擦り抜けていってしまう。
 だが、のしのしと歩く後ろ姿もまた可愛いと感じ、由佳の頬は綻んだ。
 見送られるおむすびが向かうのは小鉄とパティが座っているソファの方向。
 はしゃぐパティの傍ら、小鉄は白猫を手招く。彼らの手におやつが握られていると知ったおむすびはどん、と勢いを付けてパティの膝に乗った。
「見るのだ! 肉球ぷにぷにー」
 パティはずっしりと重い猫を抱っこしておやつをあげ、肉球を触って喜んでいる。
 その様子を楽しそうに見つめていた小鉄だが、不意に肩を落とした。それに気付いたアヤが近付き、「どーしたの?」と問う。
「アヤには教えたってもええじゃ。実は俺パティに一度も、もふられた事ないん」
 小鉄は頬を膨らませて尻尾をぶんぶんと揺らした。なるほど、と頷いたアヤは何かを思い付く。ちょっとした耳打ちの後、小鉄は動物変身でちいさな白虎になった。そしてアヤはわざとらしく口をひらく。
「小鉄くん、かーわいい。抱っこしちゃおうかなー?」
「ダ、ダメーー! パティのなのだ! 他の人には抱っこさせないのだー!」
 はっとしたパティが小鉄を慌てて抱きあげる。端の椅子へ避難したパティを見送り、アヤは作戦成功だと笑んだ。
「ぶにゃ」
 小鉄はというと照れた様子で激しく動揺している。しかし次第にパティの腕の中が気持ちよくなり、ふにょ、と鳴いて体を預けた。
「べ、別に、今日は小鉄が誘って来たのだ! だから、今日はパティのものなのだ!」
「……♪」
 パティは言い訳めいた言葉でなんとか取り繕うとするが、小鉄の方は存分に甘えられてご機嫌な様子。唇を尖らせたパティは虎の肉球をむにっと触る。
「な、なんなのだその目は! おのれー!」
 仕返しだと言わんばかりのエンドレスぷにぷに攻撃はその後、パティが完全に満足するまで暫し続いたという。

●至福の時
 猫じゃらしをぱたぱたと振り、メロゥは茶虎猫の名前を呼ぶ。
「ねこ太、ねこ太。かわいい……すごくかわいい」
 やんちゃな猫は少女の動かす玩具にすっかり夢中。ぱっと表情を輝かせたメロゥは実に楽しそうで、みて、みて、と緩んだ顔で梅太の方に振り返った。
「うん、とってもかわいいね」
 しあわせそうな彼女がかわいくて梅太の頬もまた緩む。ゆるりと笑う彼はメロゥの腕の中でじゃれている猫に指先を伸ばして額を軽く撫でてやる。
「ねこ太、ちょっぴり名前に親近感……」
「ふふ、本当ね。梅太にゃん、梅太にゃん……なんて」
 手に持ったねこ太のおててで、メロゥはてしてしと彼の掌に触れた。すると梅太はねこ太とメロゥの頭をそれぞれに撫で返す。
「でも、彼女をとられてちょっぴり悔しい……から、たくさんもふもふしておこう。ふふ、もふもふの刑だー……」
「梅太にゃん、メロは猫じゃないです、よ?」
 なんて会話をしつつ、二人はあたたかな嬉しさを感じた。
「ところで梅太。……メロは、梅太とねこ太のツーショットがほしいです」
「いいでしょう。ほら、ねこ太……にゃーん」
 楽しい時間を写真に収めて、だいすきな気持ちも心におさめる。ふにゃりと笑うメロゥ達の傍で、茶虎猫も嬉しそうに鳴いた。
 穏やかな陽射しが降りそそぐ中、ネロは窓辺で寝転ぶ黒猫に甘い笑みを向ける。
「美人の三姉妹たち、ご予定は空いていらして?」
 掌の上には姫君達を誘うおやつ。尻尾をぴんと立ててネロの傍に寄ってきた三姉妹はごろごろと喉を鳴らしておやつをねだる。
 魔女と黒猫が戯れる姿を見つめ、ダリルは珈琲を口にした。
「ネロ君の好みは魔女らしさがありますね。私はどちらかと言えば……」
 女王様や孤高の君に惹かれる、と呟いた彼はみーこやココが丸まっている一角を見遣る。ネロはその様子に薄く笑み、ミルクティのカップを傾けた。
「君の好みもわかり易いよな」
「そんなに分かりやすいかな」
 ネロに見透かされたようだと感じたダリルは少しばかり視線を泳がせる。その間にネロは黒猫三姉妹をすっかり手懐けていた。
 ダリルはさすがの手腕だと感心しつつ、毛並みを撫でさせて貰う為に腕を伸ばす。
 指先でそっと顎下から額まで、あやすように触れる手は黒猫を虜にしていく。
「お姫様、ご機嫌は如何? ……なんてね」
「随分と気に入ってくれたようだ」
 ネロがダリルの膝で丸まる黒猫に問いかける。ネロの隣には二匹の黒猫、ダリルの腕の中にはもう一匹の黒猫。暫し、穏やかな時間が流れた。
「……ああいけない、折角お願いしたのに冷めてしまう」
 猫達が皆可愛らしいからつい、とテーブルの上のミルクティを見遣ったネロは口許を綻ばせる。そういえば、と気付いたダリルも珈琲のカップを手に取る。ほんの少し笑いあい、二人はまだ仄かな熱を宿すそれを飲み干した。
 猫と戯れて共に過ごすひととき。おそらくこれを、至福と呼ぶのだろう。
 花より団子とはよく言うが、この場に於いては団子より猫。
「おおおお、可愛いのう可愛いのう!」
 私を撫でなさい、と言わんばかりに寄って来たみーこを愛でるのは重臣だ。お留守番の八雲にも後でたっぷり土産話をしてやろうと決め、重臣は猫カフェを満喫していた。
 詩乃も猫を堪能し、譲葉もココを膝に乗せて寛いでいる。
 其々に楽しむ仲間達をのんびりと眺め、猫丸は心地良さそうに目を細めた。傍らには温かいお茶と大福があり、猫丸自身も穏やかな時を過ごしている。そのとき、彼の背後からアヤの声が響いた。
「にゃんすくん、ねこ太がそっちにいったよーっ」
「のわっ、にゃんですと!」
 やんちゃな茶虎猫はどうやら高い所から跳躍したらしく、猫丸の肩を足場にして着地する。そのまま彼の膝に収まったねこ太は其処を昼寝場所に選んだようだ。
 アヤも猫丸のすぐ隣に座り、いいなぁ、と微笑む。少女に笑みを返し、猫丸は自分達が守った穏やかで幸せな時間を噛み締めた。
 そして、猫丸は心からの思いを言葉に変える。
「びば、にゃんすーるでにゃんす!」

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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