光に咲く桜花

作者:崎田航輝

 夜の桜は、幻想の世界の花のようだった。
 風も暖かくなってきた時節、各地で桜の開花も始まっている。広く桜の植わっているこの公園でもそれは例外ではなく。白く儚い桜色の花弁が、木々を美しく彩っていた。
 特に、この夜の桜は昼とは違う美しさがある。公園全体で木々のライトアップが行われているからだ。
 桜色が、灯りに照らされてきらびやかに輝く。花と光の響宴は、遊歩道や静かな川辺、花見に賑わう一角までもを彩っていて、公園は昼にも劣らぬ人出となっていた。
 明るい時分とは違う桜の表情。まだまだ夜長だからこそのゆったりした時間。人々はそれを楽しみ、春の夜を過ごしていた。
 しかし、そんな時。
 夜空を突っ切るように、高所から降ってくる異形があった。
 それは巨大な牙のような塊。大音を上げ、地面に突き刺さるように降り立ったそれは、直後に鎧兜を纏った骸骨へと変貌する、竜牙兵であった。
「我ガドラゴン様ノ為ニ。貴様等ノ憎悪ト拒絶ヲ、向ケテミロ……!」
「ソシテ、グラビティ・チェインモ全テ頂ク。サア、殺戮ヲ始メルゾ!」
 竜牙兵達は高らかに言うと、剣を掲げ、人々を強襲し始めた。
 祭りは、一転して絶望の坩堝と化していく。
 竜牙兵は哄笑を上げながら、刃を振るい、桜を血で染めていく。あとに残ったのは、生命のなくなった静寂だけだった。

「皆さんは、お花見に行かれるご予定などはありますか?」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は、そんなふうにケルベロス達に語りかける。
「これから暫くは、開花のシーズンみたいですね。でも……デウスエクスが出てしまっては楽しむことも出来ませんので。今回もまた、皆さんに協力してもらいたく思います」
 それから改めて、ケルベロス達に説明を始めていた。
「本日予知されたのは、竜牙兵の事件です」
 以前より、『竜牙竜星雨』の精鋭部隊として竜牙兵が町に送り込まれる事件が続いている。今回もその一件ということになるとイマジネイターは語った。
 目的は、グラビティ・チェインの為の殺戮だ。
 このままでは一帯は破壊され、人々の命が奪われてしまうだろう。
「皆さんには、この竜牙兵の撃破をお願い致します」

 状況の詳細を、とイマジネイターは続ける。
「敵は、竜牙兵が3体。場所は夜の公園となります」
 この日は、桜がライトアップされているということで、人の数も多い状態だ。
 今回、事前に人々を避難させると、敵出現場所が予知とずれてしまうので、それを行えない。
 ただ、幸い、ケルベロスが現場に到着した後は、警察が避難誘導を行ってくれる。
「避難を完全に任せてしまっても問題ありません。皆さんは到着後、出現している竜牙兵に向かい、すぐ戦闘へ入って下さい」
 一度戦闘へ入れば、敵の狙いもこちらに集中するだろう。そこで撃破すれば、被害はゼロで済むはずだと言った。
 では竜牙兵の能力について、とイマジネイターは言う。
「3体全てが剣を装備しています。ゾディアックソードと同等のもので、片手装備です」
 各能力に警戒をしておいてくださいね、と言った。
「撃破できれば、桜を見る時間もあると思いますので。是非、作戦成功してきてくださいね」
 イマジネイターは言って、頭を下げた。


参加者
ティアン・バ(ささやく・e00040)
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)
音無・凪(片端のキツツキ・e16182)
アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)
ダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)
ティリル・フェニキア(死狂ノ刃・e44448)

■リプレイ

●接敵
 夜に桜が光る公園。ケルベロス達はその中を疾駆していた。
 時刻は襲撃の直前、人々は美しい木々の間で花見に興じている。その風景は和やかなものだった、が、視線を上げれば丁度、高空を落下してくる牙も見えていた。
 リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)はそれを見上げつつ、声を零す。
「竜牙兵も、なかなか減らないですね……」
「そうだね。どこからでも湧いてくるって感じだね」
 と、頷くのはアビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)。静かな表情で声を続けていた。
「……それに、相変わらず夜遅くまで仕事熱心だね。ああいうのって残業って言うんだっけ?」
「労働してる自覚があるかは怪しそうだけどな……。ま、でもそれならそれで、私達もしっかりとお仕事をするだけだ」
 ティリル・フェニキア(死狂ノ刃・e44448)はそんなふうに声を返す。同時に、過ぎゆく人々に視線を巡らせていた。
「──楽しい楽しい花見の時間を、邪魔させる訳にはいかねぇからな」
「そうね。確り倒して、私達も花見と洒落込みましょう」
 阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)が声を継げば、皆も頷いた。そうして全員で、地面に降り立った牙へ向け、距離を詰めていく。
 リュートニアは不安を紛らわすように、ボクスドラゴンのクゥをぎゅっと抱きしめた。
「全部は無理でも。できることはしていこうね、クゥ」
 クゥは腕の中で、応えるように鳴き声を一つ返す。リュートニアはそれきり前を向き、敵影へと接近していく。

 地面に刺さった牙は、すぐに竜牙兵へ変貌。人々に狙いをつけていた。
 デウスエクスの出現に、人々は逃げ惑う。竜牙兵はそれに悠々と追いつき、剣を振り上げて殺戮を始めようとしていた。
「サア、ドラゴン様ノ為ニ、糧トナレ……!」
「──いいや。残念だけどお前たちはここまでだよ」
 と、その瞬間だった。
 空が瞬いたかと思うと、青白い氷結の光が竜牙兵に降り注ぐ。
 それは、飛翔してきたアビスが腕輪型縛霊手“abs-blizzard”から放った攻撃。氷気に動きを蝕まれた竜牙兵達は、呻いて見上げていた。
「何者ダ!」
「ケルベロスだよ。お前達を、倒しに来たぜ!」
 すると、応えたティリルが、その頭上から肉迫。宣戦布告と共に、強烈な飛び蹴りを1体の顔面に打ち当てていた。
 転げた竜牙兵は、憎らしげに起き上がる。
「番犬共……! 邪魔シニ来タカッ」
「邪魔、ねぇ。まどろっこしいのはなしにしようって話さ」
 そう応えたのは、音無・凪(片端のキツツキ・e16182)。自身の胸を指すと、そこにグラビティを漲らせていた。
「てめぇらの敬愛するドラゴン様の餌は……ココに、たんまりとあるぜ? チマチマとした事してねーで──でっかく勝負しに来いや、ホネ野郎」
「ああ、それにドラゴンへの憎悪なら、ティアンがもっている」
 そう声を続けるのは、ティアン・バ(ささやく・e00040)。茫洋とした瞳に、色の窺えぬ表情。ただ、憎悪という言葉には、何か代えがたい重みが滲んでもいた。
「だから、くるといい、竜牙兵」
「……イイダロウ。貴様等カラ、血祭リダ!」
 竜牙兵達は、いきり立って攻め込んでくる。
 が、ティアンも黙ってはやらせずに、如意棒で一撃。刺突で1体を後退させていた。
 逃げゆく人々へは、ダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)が泰然とした声音を向けていた。
「花見の余興にしては血生臭くなること、先に詫びを申し上げておこう」
 同時にオウガメタルを流動。粒子を拡散させ、仲間の知覚力を高めていた。
 そして、自身もいつでも振り抜けるようにと、バスタードソード≪ Diadochoi ≫も抜き放っている。
「無骨者ゆえ上手く奏でられるかはわからぬが。しばしの慰みとして、剣戟の調べをお聴きあれ」
「我等ハ精鋭。貴様等ノ剣ナド、受ケヌ──!」
 と、そこに無傷の1体が、波動で襲って来ようとする。
 だが、その氷波が突如、黒い雷に飲み込まれた。
「来たれ、黒き雷光」
 それは声とともに、槍から黒色の閃光を生み出す、藤守・つかさ(闇視者・e00546)の『黒雷一閃』だった。
 弾ける黒の衝撃に吹っ飛ばされた竜牙兵。そこへ、つかさは槍を突きつけていた。
「精鋭という割には連敗続きだよな? 精鋭なんて肩書、返上したらどうだ?」
「何ダト……!」
 歯噛みした竜牙兵は、暫しつかさと剣戟を演じていく。
 この間、別の1体が剣撃をしてくるが、それはアビスが受け止めていた。
「その程度じゃ、まだまだ甘いね。カルシウム足りてないんじゃない?」
「何ッ……!」
「そういうところだよ」
 憤怒を浮かべた竜牙兵の、その隙を突いて、アビスは剣を弾き返して間合いを取る。
 直後には、凪が『五界・陽炎』を行使していた。
「これで──風流せぇ!」
 瞬間、白黒の地獄炎が上がり、桜吹雪のように宙に散っていく。それは前衛の仲間へ溶け込んで、傷を癒やすとともに防御力を増していた。
 次いで、真尋もオウガメタル“游ぐ真昼”を解き放つ。それは月に見る夢のように、淡い光を放ち、仲間の意識を澄みわたらせていった。
「これで回復も問題ないはずよ」
「わかりました」
 応えたリュートニアは、『囮の弾丸』。竜牙兵の周囲に弾丸を撃ち込み、足止めをした上で連射。回避の叶わぬ内に、1体の足元を貫いて転倒させていた。

●闘争
「中々、ヤルヨウダ……。ダガ、マダダ」
 倒れていた竜牙兵は、呻きながらも起き上がる。既に体は傷だらけだが、戦意は変わらず、剣を握り直してきていた。
「今ニ、見テイロ。桜モロトモ、斬リ刻ンデヤル……!」
「……いいえ、悪いけれど。目論見通りにはいかないわ」
 真尋は毅然と言うと、桜を仰いでいる。
「私達は、負けない。それに桜も──まだ満開でもないのに、こんなことで散らされたら堪らないもの」
「うん、とにかく邪魔なのはそっちだから。さっさと退場してもらおうかな」
 アビスも退屈そうに言った。すると竜牙兵は、激昂するように走り込んでくる。
 だが時を同じく、つかさは虹色の光を拡散。鮮やかな桜を彩るような煌めきで、仲間の戦闘力を増していた。
「これで、頼むぞ」
「ああ」
 頷いて手を伸ばすのはティアン。そこから銀灰色のオーラを放つと、竜牙兵の片腕を吹き飛ばしていた。
 瀕死になった1体へ、リュートニアは超兵器・Fusilを真っ直ぐに向ける。
「クゥ、合わせていくよ」
 すると、声に呼応してクゥは飛び立ち、星のきらめくブレスを浴びせていた。
 それと同時。リュートニアはマズルフラッシュを瞬かせて、連射する。銃弾の雨と、ブレスの嵐、美しい衝撃の渦は威力も強烈。それを全身に受けた竜牙兵は、ダメージに耐え切れず、四散していった。
 2体となった竜牙兵は、それぞれ氷波と剣で反撃。コキュートス、そして真尋がダメージを負う。
 だが、そこにはアビスが『氷盾結界・多重障壁』を展開。真尋の周囲に六角形の氷の盾を重ね、守護しながら、治癒の氷気を浴びせることで、大きな回復量をもたらしていた。
「ほとんどは、これで回復できたかな」
「ありがとう。私も、お返しというわけではないけれど」
 と、真尋もまたそっと、癒しの歌声を紡ぎ始めている。
 それは『Farbenlehre』。声音に乗った青いオーラは、響く旋律とともに美しく溶けゆき、コキュートスの傷を大幅に癒していた。
「では、わたしも助力させてもらうとするかの」
 次いで、ダンドロもオウガ粒子を噴霧。渦巻くように立ち上る粒子で、周囲の氷を融解させ、仲間を万全に保ちながら春の景色を取り戻させていった。
 治癒が済むと、真尋はライドキャリバーのダジリタを疾走させている。
「さあ、反撃よ」
 エンジンを唸らせるように返事をしたダジリタは、そのまま竜牙兵に突撃し、骸骨の体を炎上させていった。
「苦戦する様子も見せないとは……フフ、どうやらかなり手練れの連中のようだ」
 と、ふとそんな呟きを零すのは、支援に駆けつけていたジョニー・ファルコン。
 桜の木陰から飛び出ると、拳に雷撃を纏い、『フラッシュ・ダンス』。ボクシングの動きによる電光石火の光速ラッシュで、竜牙兵の体力を奪っていっていた。
「さあ、今だよ」
「ああ、一気に攻める」
 それに頷いた凪は、斬霊刀・天華に冷気を纏わせ一閃。白色の斬撃を放ち、竜牙兵の全身を凍結させた。
「ガッ……!」
「これで2体目。大人しく斬られろよ!」
 悲鳴をあげる竜牙兵へ、ティリルは駆け込んで妖刀・狂刃鳳凰を掲げていた。
 漆黒の峰と紅い刃を持つその刀は、霊体を纏うことで陽炎をなびかせる。瞬間、視認できぬほどの速度で一閃。苛烈な斬撃で竜牙兵を両断して、霧散させていった。

 竜牙兵は残り1体。明らかな劣勢に数歩たじろいでいた。
「馬鹿ナ……コンナコトガ……」
「お前らが先に、忙しい時期に時間を作って花見に来た奴らを邪魔したんだ。コレが、因果応報ってヤツだぜ」
 凪が言ってみせると、竜牙兵は認めぬとばかり、剣を掲げて自己回復を図る。
 が、すぐ後には凪と真尋がグラビティを込めた斬撃。魔的防護を断ち切り、逆に傷を深めさせていた。
 よろめく敵の足元を、リュートニアは銃弾で穿って動きを抑えている。
「このまま最後まで、畳み掛けましょう」
「ああ」
 それに、頷くつかさも疾駆。槍に空の霊力を纏わせていた。
「わたしも征こう。この剣を飾りと思われるのも、しゃくだからの」
 声を継ぐダンドロは、Diadochoiで一閃、【断金・弐式】で竜牙兵の胸部を深々と切り裂いていく。
 そこをつかさの連続刺突が穿っていくと、倒れ込んだ竜牙兵は、憎らしげに呻いた。
「グゥ……殺ス……皆殺シ、ダ……」
「それは、こっちがやることだ」
 そう返したティアンは、敵の頭上に転移し『断頭台宣言』。足元に刃を生み、直下に加速した。
「ドラゴンは仇だ。だからドラゴンの為に動く竜牙兵とて同じ事だからな」
 瞬間、落ちた刃が竜牙兵の腕を切りとばす。
 アビスはそこへ靴装“abs-snow”に冷気を集め、連続蹴撃。竜牙兵を鎧兜ごと斬り刻んでいく。
「これで、終わろう」
「ああ、私もいくぜ」
 ティリルは『シゼアルディ』。空中に描いた大魔法陣から巨大な氷剣を召喚していた。
「最後の餞別だ。こいつを、受け取りなッ!」
 刹那、手を伸ばすと、それを竜牙兵へ射出。巨大な衝撃を生んで、竜牙兵を貫通、爆散させていった。

●花見
 戦闘後。リュートニアはクゥを抱き上げ、体をなでてあげていた。
「お疲れさま、ありがとう」
 クゥがそれに愛嬌のある声を返すのを聞くと、リュートニアは顔を上げる。
「では、周囲をヒールしましょうか」
「そうだね。あんまり傷ついてないから、早めに終わるかな」
 アビスも言って、修復作業を始めた。
 実際、桜を傷つけぬよう注意していたこともあり、木々に被害はない。荒れた地面を修復すれば、すぐに明媚な風景が戻ってきていた。
 その後で人々を呼び戻せば、再び花見も始まる。公園は美しい桜に彩られ、人々が憩いの時間を過ごす空間となっていた。
「BARで飲みたくなったら、ウチの店に寄ってよ。それじゃ、今日はお疲れ様!」
 それぞれ解散という空気になると、ジョニーは皆に挨拶している。それきり、花見がてら帰路について去っていった。
 真尋は桜柄の長羽織を身に着け、桜に視線を巡らせる。
「折角だから、夜桜見物をしたいところね。お菓子とか飲み物とか、持ってこれれば良かったのだけれど……」
「おにぎりとお茶なら、あるぜ!」
 そう応えたのはティリルである。準備も万端に、大きめのビニールシートまで用意していた。既に大きな桜の木の下に場所を取ってあり、いつでも始められるといったふうだ。
「皆でゆっくり花見といこう」
「……まあ、たまにはこういうのも悪くないかもね?」
 アビスは変化の少ない表情で言う。
 光に照らされた桜は美しく、戦闘の慌ただしさが癒やされていくようでもある。それを見上げていると、アビスの表情にも微かにだけ、温かな感情も滲んでいるようだった。
 真尋も柔らかな表情で桜を眺めている。
「こうして眺めるだけでも昼間に見るのとはまた趣が違うのね。光で彩られていて……とても綺麗ね」
「そうですね。……ここを守れてよかった」
 リュートニアもそう頷く。腕に抱くクゥも少し穏やかに、桜を見つめているようだった。
「桜を見るといよいよ春って感じがするよな」
 ティリルはお茶を飲みつつ、そんなふうに口を開く。
「今年も頑張らねぇと」
 雪の季節を終え、桜が舞うのを見ると、暖かな季節の幕開けを実感する。だからこそ、声に少し力とやる気を込めるように。ティリルは木々を仰いでいた。

 ティアンも1人、桜の見物をしていた。
 静かな遊歩道を進み、光にきらめく桜を見上げながら、そぞろ歩いている。
「夜にも映える桜か」
 上方の花弁を見つめ、ティアンはふと呟く。
 光に咲く花は、その光の色に染まりながら、自分の淡い色合いも消えている訳ではない。色彩の薄い己の事を思い、自分もそう在れたらいいと、ティアンは少し憧れた。
「去年見た桜とは、またすこし、ちがうだろうか」
 あのときは、どうしても忘れたくないことがあって、だから忘れたくないと願った。
 でも今は、消えゆく記憶も世界にとけて解き放たれて、新たな幸せになって還ってくるのだと教わった。
(「……そうであればいい」)
 世界も自分の心も、変わるもの。ティアンはそんな気持ちとともに、桜を見つめていた。
 ひとけの無い池のほとりでは、凪も1人で花見をしている。
「いろはにほへと……ってね」
 柵によりかかり、静かな水音を聴く。そして川面にも映る桜をしばし眺めていた。
「桜なんて数日も経たんうちに散っちまうのに、どうしてコレを綺麗と感じるのやら。……ま、こーゆーのは理屈じゃないんだろうけどさ」
 呟く声は、淋しげでもある。
 人目を避けたのは、感傷の念があるからだ。数ヶ月会えていない相棒のことを思うと、複雑な感情が湧いてきていた。
 風がそよぐと、光を受ける花弁が数片、はらはらと舞っていく。
「散る花びら、か。寂しさも共に紛れてしまえ──」
 独りごちると、小さな土笛・花見鳥を吹く。奏でる音は、まだ拙い。だからこそ、憂愁の心も音色に表れるように。笛の音は桜に暫し響いていた。
 離れた場所では、ダンドロが花を鑑賞しつつ歩いている。
「春宵一刻値千金。このような機会は大事にせぬとな」
 そんな声を零しつつ、遊歩道や池の近くも巡り、逍遥を楽しんでいた。
 光の桜はどこへ赴いても幻想的に広がっている。その景色のせいか、普段は思わぬ事も頭に浮かんだ。
「わざわざデウスエクスが暴れなくても、花や命は自然と散っていくのだ。それがこの世界の摂理というものよの」
 だからこそ、自分もいずれ枯れ果てて大地に還っていくのだろうと、そう思う。
「それまではせいぜい華麗に……いや」
 と、そこで自分の言葉にふと、首を振った。
「……醜くとも長く咲き続けたいものだ。それが『猟犬』の役目というものだろう」
 今の自分の手に乗るのは、自分の命ばかりではない。そうなったからには、足掻くことでもたらす結果も有るだろう、と。
 ダンドロは少し行く末を思いながら、桜花を観察していた。

 つかさは、待ち合わせをしていたレイヴン・クロークルと合流するところだった。
「お待たせ」
「──ああ」
 広い敷地に桜が多く立ち並ぶ場所。
 花見客もちらほらと見えるその場所で、つかさは歩み寄る。レイヴンは穏やかな表情でそれを迎えていた。
 つかさはそこでおーいで? と手を差し伸べる。そこへ飛び付くように駆けるのは、テレビウムのミュゲだった。
 お疲れ様! とでも言うような顔文字を見せるミュゲを、つかさは娘のように抱き上げる。
「ねぎらいをありがとう、ミュゲ」
「……ミュゲに先を越されてしまったか」
 と、レイヴンは小さく零しつつも、つかさと並び立って歩き出していた。
「本当にお疲れ様、つかさ」
「ああ、レイヴンもありがとうな」
 応えたつかさは、並木となっている道を目指していく。そこは等間隔に桜が植わっている場所で、光と風にそよぐ花弁が一層美しく見えた。
 つかさはそれを仰ぎながら横のレイヴンに言う。
「そう言えば、桜は初めて一緒に見るんだな。去年の今頃は、まだ出会ってもなかった気がするし」
「そうだな、確かもう少し先だった筈だから……そうなるか」
 レイヴンも少し、思い出すように応えた。
 つかさは思いを巡らすように視線を下ろす。
「もう少ししたら出会って一年になるんだな」
「ああ。あの時はこんな風に、一緒に過ごすなんて思わなかったな」
 レイヴンも頷く。想起するのは長いようで短い時間。
「これまでの約一年……今回の花見も含めて、どれも尊い時間だと思う。勿論、これからもそんな時間をお前と過ごしたいと願うよ」
「そうだな。互いに息災でいられると良い」
 つかさがそう言うと、ミュゲが手をぱたぱたとさせていた。顔にはキラキラとした顔文字が浮かび、桜の綺麗さに喜んでいるようだった。
 つかさは笑って再び見上げる。
「あぁ、綺麗だな?」
「……来年もまた、こんな風に3人で桜を愛でたいな」
 レイヴンも、平和に咲く夜桜を仰ぐ。それは美しく、3人の時間を祝福しているかのようでもあった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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