翁桜の訣別

作者:皆川皐月

 隅々まで手入れの行き届いた庭園の一角。
 一人の青年が大寒桜の老木を静かに見上げていた。
「……じいちゃんは今日で引退。明日から、お前を見るのは俺だから」
 ごつごつとした樹皮を撫でた青年、古川・浩二が囁いた。
 太い幹に耳を付ければ、呼吸するような水を吸う音が幽かに浩二の耳に聞こえる。
 大寒桜の花が淡い春風に揺れる度、薄らと春の香り。
 老木であれども、咲く薄桃色は周囲の若木と遜色ない。
 静かに目を閉じて深呼吸した後、浩二は纏っていた法被を整える。
 虫除けの藍染に白抜きされた丸に松葉の紋と仙庭園の文字。締め直した頭の手拭いにも、同じ紋と社名が抜かれていた。
「俺が爺ちゃんに教わった通り、お前を一日でも長く生かして繋げて、咲かせてみせる」
 だからよろしくな。そう名残惜しげに呟いて樹皮を一撫で二撫でした後、浩二は脚立と道具入れを持って背を向ける。
 浩二が庭の勝手口に手を掛けた時、突如強い風が吹いた。
「うわっ……!」
 巻き上げるような運ぶような強い風。
 思わず目を瞑った浩二が再び目を開けた時、大きな物の影が重なっていた。
 一体なんだ。そう思いながら恐る恐る振り返った浩二の眼前に、大寒桜の花。
 悲鳴を上げる暇も無く、浩二は大寒桜の開けた大口に飲み込まれる。
 落ちた脚立と道具の箱が、静かに玉の砂利を打つ。
●別れ桜
 部屋の中、先に座っていたのはいつも通りの漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)。と、今回はアリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)、ビハインドのリトヴァが隣にいた。
「皆さん、お集まり下さりありがとうございます」
 礼をした潤が資料を配ろうと席を立った時、そっと近づいたリトヴァが潤の袖を引き、両手を出した。
 潤が不思議そうな首を傾げれば、微笑んだアリッサが助け船。
「任せて、言ってるわ」
「ありがとうございます、リトヴァさん。では……」
 楽し気な足取りで書類を配るリトヴァにお礼を言った後、改めて。
 皆の手元に行き渡ったのを確認し、全員が席に着いたところで説明を開始する。
「アリッサさんが危惧された通り、攻性植物による事件が予知されました」
 春風に乗った胞子が大寒桜の老木に取り付き、近くに居た造園業者の青年 古川・浩二を取り込み、宿主にしてしまったという。
 時間は夕方午後6時。場所はとある美術館にある庭園の一角。
 攻性植物一体のみで、配下はいない。
「取り込まれた古川さんは大寒桜と一体化しており、常と変わらず倒すと共に亡くなってしまいます」
 しかし相手にヒールをかけながら戦うことで攻性植物に取り込まれてしまった浩二を救出できる可能性がある、と潤は続ける。
 また、救出を行う場合は戦闘が長くなることは避けられない旨も告げられた。
「戦いの場所となる庭は広く、障害物と言えるものはありません」
 明かりも夕日があるため必要は無い。
 攻性植物の攻撃方法は、幻の桜で惑わせ毒す、伸ばした枝を叩きつける、視界を奪う花吹雪の三つだという。
「難しいお願いとは思います。ですが可能ならば、古川さんの救出をお願い致します」
 曰く、被害者となった浩二は造園業を営む祖父から大寒桜の世話を引き継いだばかりだという。
 門出の花が別れの花となることは、あまりに悲しすぎる。
 強く握りしめられた潤の手に、アリッサが触れた。
「……そうね、お話の終わりは幸せな方が良いわ」
 ねぇリトヴァ。艶やかな唇が紡ぐ、愛しい子の名前。
 穏やかに微笑むアリッサが、小さな手を取り席を立った。


参加者
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)
アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)
奏真・一十(背水・e03433)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
王・美子(首無し・e37906)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)

■リプレイ

●夢ならば
 継ぐこと、繋ぐこと、まるで細い糸を紡ぐようなそれはひどく尊い。
 誰彼ともなく成し得る事でなく、先達から託されることに意味がある。
 青年が祖父から託されたはずの大寒桜は大層美しかった。
 その胎に、一人の青年を抱えてさえいなければ。

 桜を見上げて、西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)は顎を擦る。
「彼は、これからの人でしょう?死なせるわけにはいきませんね」
 着慣れたジャケットの襟を正せば、それが正夫の転換点。
 いきましょうか、と見知った顔と仲間に声を掛ける瞳は既に戦士の色だった。
「……おう」
 静かに頷いた鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)の大きな手が、がりがりと後頭部を掻く。
 胸中で渦巻く僅かな苛立ちは、話に聞いた青年を思えばこそ。子を導く立場ゆえの、遣る瀬無さ。
「桜も人も、次代に繋がるってぇのはいいもんじゃねぇか」
「いくつのきせつを、こえていらしたのかしら」
 道弘の隣、月霜・いづな(まっしぐら・e10015)が拙い声で大人びた言葉をぽつり。
 ふるりと震えた茶の耳は、風にさざめく桜花のこえを聞いていた。
 悲しみに包まれた二つの顔に、王・美子(首無し・e37906)は溜息を一つ。
「さっさと喰われた奴を引っ張り出そうぜ」
 長く持たないことなど、百も承知なのだから。桜を見上げる美子の凪いだ瞳と、一見ぶっきらぼうにも聞こえる言葉に垣間見えたのは優しさ。
 美子曰く、“首輪”の如き地獄を風になびかせ、リボルバーの輪胴を回す。
 そんな美子の言葉に、桜を傷つけることに若干の抵抗を覚えていたフィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)はハッとする。両の手でぱちりと頬を叩いて深呼吸。
「そうだよね。大事な桜を傷つけるのは、ちょっと気が引けるけど……」
 加害者……いや、加害樹になるよりは!と気合を入れ直したフィオに、天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)も頷いて。
「浩二さんが願いを果たす前に、こんな門出の中で途絶えて良いはずがありませんわ」
「そうだな、僕達が馳せ着けたからには助けよう」
 風に攫われぬよう中折れ帽子を押さえながら桜を見上げる奏真・一十(背水・e03433)が笑えば、肩に乗るサキミがすんと鼻を鳴らす。甘い甘い、桜の香。
 いつかの旅路で見たよりも尚雄壮な大寒桜の姿に目を細めながらついた杖の石突が、玉砂利を鳴らす。
「お話の終わりは、幸せなほうがいい……若い命も、貴方の運命も」
 流れる春風に揺れたアリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)の髪が夕日を吸い茜色の絹のよう。
 寄り添うリトヴァの手を取って、変わらぬ微笑みを。
「デウスエクスの好きになど、させはしないわ」

●夢にみた
 大寒桜が、浩二を抱いたまま枝を震わせる。
 想いというのは難しい。いつも交差してばかりだ。
「さ、始めましょうか」
 正夫の骨張った手が爆破スイッチを押す。
 炸裂した爆風が押すのは、同じ後衛の狙撃手達の背。息を合わせて一十が駆けた。
 正夫とは闘技場で幾度も肩を並べた仲であり、実に頼もしい。
 だが一つ、一十にとって問題があった。
「……やはり、その、こう……少々、いやけっこう?」
 若干眉間に皺を寄せ一唸り。握る拳は髪と同じ金茶色に包まれて、ふわりとやや丸っこい。
 何となしに一十が「恥ずかしい」と口にしそうになったその時、右肩から強い視線を感じた。至近距離から、肌を刺すようなサキミの視線。視線は言っている、集中しろと。
「……ええい、ままよ!」
 玉砂利で多少滑るのも何のその。
 着地点にあった庭石を足場に一十は跳躍。突き出された枝を足場に、グラビティチェイン絡む利き手に重量を乗せた一撃を叩き込む。
 同時、一十の肩に乗ったまま深く息を吸い込んだサキミが幻想的な泡弾けるブレスで幹を削る。
「まだ、問題はありませんね」
 浩二を抱く大寒桜は不動。自分達に怪我はない。
 ならばとカノンが紡ぐのは、繊細な古代語。指先に収束するのは石化の呪い込めた輝き。
 カノンの薄桃色の唇が紡ぐ光線の下。爆風を追い風、庭石をスターティングブロック代わりにフィオが走る。
「すぐに助け出すから、少しの間だけ我慢してて……!」
 神速の抜き打ちが振るわせたのは空気。光線が焼いた傷口の上を正確に刺激し震わせれば、まるで血のような樹液が滴った。
 緩慢な動き出した大寒桜を前に、アリッサの腕に絡む薔薇の花が揺れた。
 本来なら付けないであろう黄金の果実を一つ手に、見知った顔ぶれ並ぶ背後へ投げる。
「リトヴァ、いって」
 温かな輝きを放つ果実が耐性の加護を付与する傍ら、呼ぶのは愛し子の名前。
 アリッサの声に微笑んだリトヴァが小さな手を翳す。
 浮かび上がった玉砂利が今にも蠢きそうな大寒桜の根を打った。
 目まぐるしく状況の変わる中、先の言葉からずっと集中していた美子がゆっくりと瞼を上げる。
「爆ぜろ」
 一瞬の集束。突如爆裂した枝が飛ぶ。
 幹に口は無い故に声は上げず。しかし確かに、大寒桜は身を捩った。
 明らかな痛みを訴えながらも、未だ浩二を離さない。
 かろり玉石を蹴ったぽっくり。りゃんと鳴った鈴の音に、ひらりと揺れた緋袴。
「こんなおわりを、みとめてはなりませんもの……!」
 小さな身に、固い決意。
 いづなの小さな手が押したのは和箪笥。相棒たるミミックであり、名はつづら。主人に応えるように駆けるや、ぞろりと覗いた牙を躊躇いなく幹に食い込ませる。
 駆けた相棒に合わせて構えたいづなの縛霊手から飛び出したのは、花吹雪の如き紙幣。舞い踊るそれは、アリッサの果実と行き交うように前へ。
「はらひらりと花の加護、ゆらゆらとふるえ」
 すらり出でた祝詞に従う紙幣が、確かな輝きで前衛を包む。
 人を喰らった攻性植物との対峙に無意識に緊張しながら、着々と進む長期戦への備えを横目に道弘はライフルのスコープを覗き、引き金を引く。
「今、助けてやっからな」
 皆こころは一つ。
 幹を掠め枝を撃ち落とした光線が、大寒桜の内包するグラビティを中和した。
 その直後。
「来るよっ!」
「リトヴァ!」
 最も至近に居たフィオが叫んだ。痛みを訴え、一見傾いていたように見えた大寒桜が身を撓らせたのだ。フィオの声にアリッサは愛し子を呼ぶ。
 アリッサが事前に皆を護るようにと伝えていたからこそ、リトヴァは素早く動けた。
 振るわれた大木。
 猛吹雪か土砂降りか。力任せに降る花弁に美しさは無く、それはもうただの暴威。
「きゃっ」
「……うっ!」
 構えた腕を身を、容赦無く撃ち抜く一撃は痛烈な傷に痺れを伴わせる。
「天壌院様っ、西村様!」
「大丈夫、こちらのケアは私が」
「厄介は厄介ですけど、まだ何とかできますよ」
 反射的に二人の名を呼んだいづなに、カノンは微笑み正夫はひらりと手を振り返す。
 幾度も越えた激戦に比べれば何のその。
 低く静かな正夫の声が奏でるのは、希望のために走る者達の歌。
 歌詞に沿うように三対の羽を広げたカノンの羽搏きが織りなす七色のオーロラが重なれば、傷を塞ぎ痺れを取り除いた。
 しかし、攻性植物の返しも素早い。撓った身を戻す勢いに乗せ、振るわれる枝は鞭の如く。狙いは美子。
「ったく、恩知らずな花だな」
 小さな舌打ちの後、立ち昇る赤紫の地獄を棚引かせ駆けた。
 風を切り、砂を撒き上げる枝が迫る。
 当たる直前、ワザと美子が避けた庭石を枝が砕き、跳ね上がった。
 砕け散る石を足場に美子が飛ぶ。
 弧を描く三白眼に犬歯を覗かせ軽やかに着地したるは、枝の上。
 振り抜かれたままのそれを、ニッと笑った美子は勢いそのままに走る。
 邪魔な枝を飛び越え、花を散らし、引き抜いたのはリボルバー。
「やっぱり、早咲きにしたって気が早いよなあ?」
 力の限り振り上げた銃床が0距離で叩き付けられる。
 破砕するが如き一撃は枝を砕き、幹を割る。足場の枝を蹴りつけ美子が蜻蛉返りで退いた直後、鈴が鳴る。
 柔らかく花を揺らす風。耳を擽る水の音。香る風は春のそれ。
「天つ風、清ら風、吹き祓え、言祝げ、花を結べ――!」
 いづなの祈りは風に乗る。
 舞い飛ぶ切幣は花雪のように割れ裂けた幹を包めば、隙間から覗く浩二の表情が僅かに安らいだ。

 阿吽の呼吸で事は進む。じわりじわりと削ぐように。
 だが、大寒桜とて黙ってはいない。
 振り回し叩き付ける枝は一本折れれば即次と途切れず、花弁の吹雪にも終わりはない。
 まるで追い払うように幾度も前衛を凪いだ。
 上段から叩きつけられた枝を間一髪で躱しながら、アリッサは肩で息をする。
 いくら傷を塞ごうとも、ケルベロスとて大寒桜と変わりない。塞げぬ傷は嵩むのだ。
 横を見れば共に立ち並ぶカノンも似た様子であり、リトヴァとつづらの限界は近い。
 しかし、この均衡の終わりはもう見えていた。
「わたしには、ここで貴方を手折ることしか、できない、けれど……!」
 カノンの羽が紡ぐヴェールの間を、藍鱗に包まれた細腕が縫う。
「その子は、あげられないのよ」
 研がれたアリッサの紫水晶が深い爪痕を残した。
 裂けた幹の隙間から覗く青年に、道弘は叫ぶ。
「諦めんな。お前なら、まだいけっだろ!」
「ええ、そうです。おじいさんが引退して、これからが本当の始まりなんでしょう。ここで終わりで良いんですか!」
 連綿の気合いは顔を青くして眠る浩二へ。
 道弘で足りない分は、的確な判断で仲間の傷と攻性植物のギリギリを見極める正夫が補う。
 その時、浩二の顔を覆うように樹皮が伸びた。
 ガクガクと震える樹皮。一見して分かる、最期の抵抗。
 それはまるで大切にしまい込むように、埋める様に、浩二を包まんとしていた。
「あいつっ……!」
 今までにない動きだからこそ何があるか分からず、皆が焦った。
 だがそこに素早く異を唱える金の手が一つ。
「いや、すまない。悪いがな、彼は返してもらおう」
 差し込まれたのは杖の取っ手。
 にこりと微笑んだ一十が、次の瞬間に歯を食いしばり渾身の力で樹皮を引き剥がす。
「サキミ!」
 痛みか怒りか思い切り揺さぶられた枝に弾き飛ばされるのも構わず、一十は叫ぶ。
「ぎゃうっ――!」
 主人の肩を足場に跳び出したサキミ渾身のタックルが裂け目を抉った。
 大寒桜が最も太い枝を振りかぶる。が、それを掴み止める一手がそこに。
 小さな指先を合わせ、紡ぐ祝詞は鈴を転がすよう。
「みなさま、どうぞ、ごぞんぶんに!」
 天藍石色の瞳を見開いていづなが叫ぶ。なりふりなど、構いやしない。
 何度叩かれようと弾かれようと、意地のように桜の根に喰らい付く相棒がいるのだ。今ここで使える手を全て絞り出してこその主。
 その瞬間、走り出したのはフィオと正夫、そしてアリッサ。
 戦術も動きも知った仲、ならば。
 言葉を必要としなかった。その一挙手一投足を見るだけで分かるのだから。
 フィオのスカートがふわり風に踊る。
 その足は獣の如く軽やかに。庭石も飛来する枝さえも、フィオにとってはただの足場。
「いくよ」
 刃は抜かず。大上段から振り下ろされた鉄鞘が強かに大寒桜を打ち据える。
 入れ替わるように幹を蹴りつけフィオが引いた直後、口元だけ微笑んだ正夫が拳を振りかぶっていた。
「ちょっと、カッコつけましょうか」
 一人の男の愛と千秋が生んだ拳は鉄より堅く。
 鈍い音と衝撃が突き抜ける。それでも。それでも、もがいた。
 縋るように祈るように。しかしそれは決して赦されない願い。
 幹が言葉なく痙攣する。叩き付けられるかに思えた花弁は、ただひらりと落ちた。
「貴方の」
 アリッサの内包する地獄は夜に似る。
 星の如き煌めき。波立たぬ色。さざめき。
「貴方の、物語の終わりを――……いただきましょう」
 その命ごと。
 何ものをも焼かぬ炎が桜を包む。煌々と照る夜は、明るかった。
 吹いた風に夜の炎が消えた時、残っていたのは静かに呼吸する浩二だけ。

●門出
 焼けたわけでは無い。
 それでも残ったのは灰だけだった。
 あの雄壮な桜は影さえ残さず去る様は、物悲しさと寂しさばかりを生んでいく。
 寄り添うカノンの丁寧な手当てで傷一つ無いが、浩二はまだ目覚めそうに無い。
 じっと桜の灰を見つめていたアリッサが呟く。
「――庭を。この美しい庭を、手ずから直したいの……いいかしら?」
 各々見舞わせば辺りは凄惨。砕けた庭石、散り散りの玉砂利。
 ぽっかりと穴が開いたような、大寒桜の痕跡。
「うむ、よく愛された庭だ。ではもう一仕事といくか!」
「おう。力仕事は任せてくれ」
 腕まくりをした一十と、ネクタイを緩め同じく腕を捲った道弘。
 皆々手伝いを申し出れば、いつのまにか酒瓶を手にし花見に入ろうとしていた美子が渋い顔。しかし、じっと己を見つめるリトヴァの視線に根負けした。
「嗚呼ハイハイ、手伝うって」
 破損した庭石は極力幻想が混じらないよう注意を払う。
 吹き飛んだ岩は記憶を頼りに置き直し、散り散りの砂利は集めて均す。
 地道な作業は存外早く済むも、大寒桜は空白のまま。
 修復された庭を浩二に付き添いながら眺めていたカノンが声を上げた。
 浩二がゆっくりと目を覚ましたのだ。
「あ、れ?俺は……あっ、桜!」
 勢いよく起き上がった浩二が慌てて辺りを見回し、すぐ驚いた顔になる。
「え?えっと、皆さんは?」
 漸く絞り出せた問いかけに、応えたのはいづなだった。
 丁寧な言葉で語られた全てを聞き終わった時、響いたのは浩二の嗚咽。
 唇を噛み、呑み込み、それでも下しきれぬ涙がいくつも落ちる。
「俺はっ、まもれなかったんですか」
 ぐうと浩二の喉が鳴る。
 力一杯膝を握り締めた手に、拳タコの目立つ骨張った手が重ねられた。
「大切な物が失われてしまったのは確かです。でも、浩二くん。君の受け継いだものは他にもあるでしょう?」
 微笑む正夫の瞳に、父の優しさ。
 正夫自身息子はいない身だが、目の前で泣く青年にどうしても発破をかけたかった。
「なら、今日という日を100年後の大寒桜の始まりの日にする。そんなやり方だって、ある筈ですよ」
 こくりと頷くも体を丸めた浩二の背を道弘の温かな手が撫でた。
 重なるのはデウスエクスの被害を受け泣く生徒の顔。
 言葉なくとも熱を分ける様に、しっかりと支えてやる。と、ドンと酒瓶を置いた美子が浩二の前で胡坐をかいた。
 きろりと見上げた釣り目が問う。
「メソメソすんな!アンタ、酒は?」
「え、あ、の、飲めます!」
 ずいと出されたカップを浩二は戸惑うまま受け取る。
 ばら撒く様に渡したカップへ順繰りに酒を注ぎ、未成年には揃いのサイダーを注いで。
 掲げる時は勢いよく。
「献杯!」
 心さえあれば供養。
 長らく人と共に歩んだ花へ。

 言えなかった別れも、未来への決意も全てを籠めて。
「今までに負けない、素敵な場所になるかな」
「だいじょうぶ。あいし、あいされたばしょですもの!」
 微笑みに薄紅の雪、一片。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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