人よ、自然に還れ

作者:のずみりん

 薄暗い奥多摩の森をマーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)は一人進んでいた。
「先ほどのアザミ、クルミの樹……間違いないでござる」
 最初は偶然と好奇心だった。因縁ある草樹に誘われた彼女だが、小さな池に浮かぶ蓮の葉、ほとりの鬼縛りの樹には何者かの意図を感じずにはいられない。
「攻性植物……」
 群生する鬼百合の草むらを抜けた時、その感覚は爆発した。
「この大樹は!?」
 森の木々の中で、一際の存在感を見せる……本来ありえないはずの存在。太く乾いた幹、茸のような樹冠、その樹脂の色と効果からは竜血樹と呼ばれた大樹が、そこにはあった。
「こやつは……まだ、成長している……!」
 マーシャが呆然と見上げる前、メリメリと木の根が伸びていく。枝葉が伸び、育つ樹冠が光臨のような輝きを放った。
「……いかんっ!」
 それが花粉であると気づいた瞬間、マーシャは木陰を反射的に飛び退いた。まさに間一髪、変異した鬼縛りの毒果が、鞭剣のような茨が彼女のいた場所を抉り、激しく切り裂く。
「このまま育てば世界が……いや、手始めに拙者を、でござるか……!?」
 それが彼女の関わった攻性植物からの縁なのかはわからない。だが構えたマーシャに、竜血樹の攻性植物は彼女の声を肯定するかのように葉を揺らした。

『マーシャ・メルクロフが攻性植物に襲撃される』
 集まったケルベロスたちにリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は、彼女の見た予知をそう話し始めた。
「彼女は自分の関わった攻性植物の事件に由来するのではと予想していたが……連絡がとれず、確証はない」
 わかっているのは彼女が窮地にある事、襲撃された場所だけだ。
「これから皆を奥多摩の彼女のところまで運ぶ。マーシャを助け、共に攻性植物を撃破して欲しい」

 予知から見て取れたのは巨大な竜血樹……カナリア諸島などの熱帯域に繁生する大樹の攻性植物だったという。
「原種からして相当に巨大だが、マーシャが交戦中のものは更に成長を続けているらしい……これはタフな相手だぞ、ケルベロス」
 そのキノコやブロッコリーにも似た樹冠は周囲の植物を変異させる花粉を撒く。まだ成長途上なのか効果は一時的なものだが、グラビティの一種としては十分に脅威だ。
 また花粉は人間が直接吸い込むことでも、トラウマや幻覚を想起させることがあるようだ。
「そして成長……戦闘中の効果としてはヒールグラビティの一種と考えればいいだろうが、ほおっておけばマーシャが懸念している最悪の事態にも繋がりかねない」
 戦いながらも成長を続ける怪物的な攻性植物。今、この段階でマーシャを襲い発見されたのは僥倖というべきかもしれない。
「この攻性植物が逃れた場合、恐るべき惨事が引き起こされるのは想像に難くない……苦しい戦いになるが、ケルベロス。頼んだぞ」


参加者
安曇・柊(天騎士・e00166)
ジェノバイド・ドラグロア(忌まわしき狂血と紫焔・e06599)
東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)
志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
浜咲・アルメリア(捧花・e27886)
クラリス・レミントン(銀ノ弾丸・e35454)
エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)

■リプレイ

●集う猟犬、群れ為す草樹
 鬼百合を切り裂くライドキャリバー『まちゅかぜ』へ、影が伸びる。黄金の輝きが鬼百合を無数の砲へと変え、熱線を放つ。
「この花粉……件の攻性植物化を促す物質でござるか……!」
 貫かれる騎馬から投げ出され、マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)は追いかける影の主を睨みあげた。
「はやく対処せねば……広まれば大惨事でありまする!」
 影が伸びたのは日の動きだけではない。異常な速度で目前の竜血樹はその背と樹冠を伸ばし続けている。
 花粉の効果は一時的なもののようだが、それもいつまでか保証はできない。見渡せば、変異した植物が続々と間を埋めつつある。もはや道は死中のみ……。
「やぁやぁやぁ、お困りのようだにゃ?」
 マーシャの決死の覚悟を遮ったのは、場違いに明るい同族の声。
「藍どの……!?」
「貴方の相手は、彼女だけじゃない。ボク達だにゃ。志穂崎藍参る!」
 老木の枝を飛んだ志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)の腕が地に弧を描き、迫る植物を薙ぎ払う。背中合わせとなった二人のウェアライダーは互いを見やり、頷いた。
「一人だと、危ない……だから、うん」
 彼女が来てくれたということは、彼女一人ではないということ。
「てなわけで援軍が一人、紫焔龍参上って奴よ! 龍と名乗る樹、上等じゃねぇか!」
 エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)の途切れがちな言葉を、ジェノバイド・ドラグロア(忌まわしき狂血と紫焔・e06599)が彼流に助ける。
「食らいつけ!んでもって焼き付くせ!紫焔!」
 地獄の炎が盾となる変異鬼縛りを竜血樹の幹ごとに焼く。鬼をも縛るというかの樹にも勝るほど、ケルベロスの絆は固く、強い。面識はなくとも、その連携に大した時間はかからなかった。
「マーシャ。あんたとこれの因縁は知らないけれど、この樹は……此処に来るまでに在った植物は――」
「助力、感謝いたす。恐らく、アルメリア殿の想像通りでござろう」
 マーシャは浜咲・アルメリア(捧花・e27886)の言葉と共に、渡された紅の蓮花『弐輪・蓮華』を受け取り、ふっと吹き散らす。オーラの花が解け、手足に気力が満ちていく。
「ただでさえ大きい木、これ以上大きくなればどうなることか……」
「面識はありません、けど……同じケルベロスですからお手伝いします、よ」
 東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)の投げる五式・六式の螺旋手裏剣が竜巻を起こす。こじあけられた道を駆け、安曇・柊(天騎士・e00166)と彼の盟友『Nova.』が幹へと鋼鉄の拳を叩き込んだ。
 閃光が弾け、竜血樹が震える。今、反撃の準備は整った。
「ずっと森で暮らしてたけど……こんな大きな木、見たことがない……けど」
 クラリス・レミントン(銀ノ弾丸・e35454)は静かな声でチェーンソー剣を振りかぶる。変異植物を薙ぎつつ切り込めば、名の由来となった深紅の樹液が血珠のように飛び散った。
「切れるし、切らないといけない。ここで絶対に食い止めて、全部終わらせよう」
「応、でござるっ!」
 いま問題があるとすれば、それは眼前の敵のみ。
「気を、つけて……樹が、震えて……!」
 見上げた柊は広がる輝きに気づいた。
 風もない奥多摩に大きくなる葉鳴りのざわめき。それは苦悶の震えではなく、むしろ逆。
『思いあがるな、人間風情が』
 クラリスは大樹のそんな声が聞こえた気がした。
「花粉の……量が……」
 少女のガスマスク越しですらムズ痒さがしてくる花粉が降り注ぐ……いや、実際に防げていないのか? ぼやける視界にクラリスは首を振った。
「一丁前に、お怒りのようね……吹き飛ばせる? ……そう」
 アルメリアの視線の先、短い手で器用にバツ印を組むウイングキャット『すあま』が、小さくクシャミをする。、
 ウイングキャットの邪気祓いの羽ばたきをもっても、その量は覆せない。払えぬ金色の靄が戦場を包んでいく。

●黄金が笑い、緑萌ゆる
『苦しかったよね、ずっと』
『還ろう、さぁ』
 金色の靄の中、クラリスは小さな自分と出会った。街の汚れた空気に耐えられず、深い森で死に怯えていた弱い自分。
「違う……そうじゃない……!」
 これは幻影だ。わかっていても逃れられない。小さな手がクラリスを掴むと、激しい脱力感が彼女を襲う。
「どうしました!? 急に……なっ……!」
 突然に悶え苦しみだすクラリスに呼びかける凛もまた、別の気配を感じた。咄嗟に投げる螺旋手裏剣が空を切る。
「これは……!」
「そ、そうか……あの花粉、直接受けると、こういう……トラ、ウマ……!」
 戸惑うエリンの声。虚に悶える仲間たちの姿に、柊は異変の正体に気づいた。トラウマだ。
 先にボクスドラゴン『天花』の属性をインストールしていたといえ、彼が巻き込まれなかったのは運の要素もあった。
「でしたら……治癒の気泡にてかの者に癒しを」
 だがきっかけがなんであれ、正体が分かれば対処のしようもある。エリンの呼び出した『海神の癒泡』がアルメリアへと天魔の治癒の力を飛ばす。ついで、相方の『すあま』へも。
「……サイズにしては、ずいぶんと小物くさい事をしやがるわ」
 今度はサーヴァントに彼女自身の力も合わせ、『オラトリオヴェール』の輝きが邪な黄金に拮抗せんと力を増していく。
「アルメリアどの、危ない!」
 だが一時的だ。マーシャの声と体、彼女を襲うヨーヨーじみた蓮の実が流れを引き戻す。
「これは、トラウマではない……っ!」
「紛らわしい真似しやがって、オラァッ!」
 ジェノバイドの振るう獄戟の刃にも確かな感触。スカルブレイカーの一撃を受け止めた鬼縛りの枝は確かに本物だ。だが、その脇を狙う鬼薊の剣は? 放たれる鬼百合の光線雨は?
「がぁっ……なめてんじゃねぇ! 幻影如きが……」
「仲間を信じ、心の目を開くのにゃっ!」
 トラウマと実態ある変異植物の連携に翻弄されながらも、ジェノバイドと藍は果敢に進んだ。
 こういう場合、迷えば負けだ。藍の『指天殺』が気脈を立った幹めがけ、地獄と狂血の長刀で叩く。
 叩き切る。
「真っ二つにブチ斬って丸太にしてやらぁ!」
 刃が打ち込まれるたび、名の由来である血のような樹液がケルベロスたちを汚す。凄惨な光景だが、一方でこの巨大な攻性植物が揺らぐ様子はまるでない。
「獄刀が……くそ!」
 噴き出た樹液は固まり、獄刀の切れ味すらも鈍らせて絡めとる。再び密度を増す黄金の花粉、ジェノバイドは力任せに血の獄刀を振り抜いた。

●一歩、上へ
「このままでは八方ふさがりでござる……矢倉の構えを!」
 将棋の純文学と呼ばれる防御の王道に沿った『【王護之型】矢倉囲い』の布陣でマーシャは構えた。
 この場合は後手の積極策……急戦矢倉というべきか。藍たちが攻めにあぐねるなか、突破口を探し彼女は『まちゅかぜ』を走らせる。
「ヒールのようなものといいますが、まだ成長し続けるなんて……っ」
 かすめる荊の剣が凛の忍び装束『疾風迅雷』ごしに肌を裂く。致命傷ではないが、かなりつらいところだ。放った毒付きの『螺旋手裏剣・改五式』の傷も、そう時間をおかずに埋められていく……。
「いえ……なら、もっと大きく破壊できれば?」
「それにゃっ!」
 凛の呟きに藍が声を上げた。切り裂いた痕は消えても、その前に彼女が打ち込んだ螺旋竜巻……絞るような破壊はまだ傷痕を残している。
「切り倒されたくないのかな? だったら!」
 藍は見開いた『殺意の瞳』を上へと向ける。降り注ぐ黄金の靄……その更に上にある樹冠めがけ、無限に伸びる呪われし槍が襲い掛かり、撃ち抜く。
 破裂音に続き、巨大な枝が地に落ちて砕けた。
「そこでござるか!」
 意を決し、マーシャは『まちゅかぜ』の手綱を引く。斬撃よりも破壊、下よりも上。数十メートルに及ぶ垂直行はライドキャリバーと言えど厳しいが、承知の上。
「後詰は任せるでござる!」
 相棒の背を蹴り、もう一人の相棒……手を覆う『【金剛】鬼鋼-うどん-』の腰の強さでコブをつかみ、引っ張り上げる。
 地球の引力に落ち行く『まちゅかぜ』には、チェーンソー剣の足場が差し出された。
「大丈夫、支えるよ……怖くなんかないよ」
 剣を手放したクラリスはリボルバー『Memento Mori』を抜く。死を忘れるな……警鐘めいた銘の銃が、薬液のカプセルを装填する。
 濃度を増す花粉が過去のトラウマを襲い掛からせるが、彼女はもう迷わない。
「何とか拮抗してきたわね……上をを頼める?」
「う、ん。さぁ、行っておいで。……幸せは、僕達が作るものだから」
 自分たちを癒し支えるアルメリアからの要請に、情報へと柊はオラトリオの翼の輝きから『L'Oiseau bleu.』蒼き鳥を放つ。
 仲間たちに支えられ、クラリスから傷と共にトラウマが消えていく。
「今までどれだけ沢山の人が自然に還されようと、攻性植物に襲われて危険な目に遭ったか……囚われた彼らが、どれだけ恐ろしい思いをしたか……たとえ、自然の意志を示そうとも」
 自分に、また彼の樹を説き伏せるように静かに。
「手出しは、させません……っ」
 暗蒼色のコートと学生服『An gaoth cuis』を樹液と血で染めながら、エリンの振るう惨殺ナイフが変異植物を迎撃する。援護を受け、礼と共にクラリスは射程に入った樹冠めがけ、殺神ウイルスのカプセルを打ち出した。

●還る自然は誰がもの?
「止ま、った……?」
「効果はあったようですね……!」
 変化に気づいた柊の前に、エリンが樹皮を裂きながら地上へと降り立った。
 徐々だが確実に成長は止まり出している。根と枝葉にまかれたものに、先ほどの樹冠。散布された殺神ウイルスはその効果を表しつつある。
「かなり時間はかかってしまいましたが……」
「なぁに、終わりよけりゃあすべてよしだ。聞こえるかぁ、マーシャッ!」
 呼びかけ、ジェノバイドが狂暴に笑う。
「上下から一斉攻撃だ! 下で待ってるぜ!」
「……知……ござる……!」
 負けじと叫ぶマーシャの声が降りたと同時、ケルベロスたちが動き出す。
「火を使いますゆえ、火傷にはご注意を!」
 先陣を切るのは凛のドラゴンブレス。変異植物たちを焼き払い、伸びる炎が竜血樹への道を繋ぐ。敵も即座に次なる刺客をと花粉を降り注がせるが、今や往年の勢いはない。
「こっちも後がないわ。ここで決めんのよ」
 ヒールグラビティが限界を超えたアルメリアも拳、いや脚を振るって攻めに回る。状況はまさに総力戦だ。
「いくよ……天花」
「シャァッ」
 露払いは引き受けたと羽毛と美しい尾羽をたなびかせた天花が飛ぶ。側方からの体当たりに続き、意識の反れたところへ柊『Beati quorum via』、編み上げられた本革ブーツが流星の如く突き刺さる。
 斬撃は効きにくいようではあるが、彼自身もまた本命への繋ぎ。
「位置、は……い、今です……っ!」
「助力感謝! 推して飛び参るッ!」
 どもりながらも、精一杯の声を上へ。返事は飛び……いや『蹴り』降りてくるマーシャの姿。
「ぶち折ってやれ! 紫焔……両断!」
 妖精の力で加速する『【縮地】抜刀-文明開化-』が螺旋を描き、フォーチュンスターでガリガリと幹を削り裂いていく。
 その最期のレールを描くようにジェノバイドの『閻魔村雨』が地獄の炎で切り裂いた。
「自然に還ろう……けれど、攻性植物、竜血樹。あなたはこの星の『自然』じゃあないんだ」
 なおも伸びようと芽吹く新芽にクラリスはチェーンソー剣を突き立てた。うなりを上げるチェーン刃が散布された殺神ウイルスを押し込み、その力を奪う。
「とっととユグドラシルへ帰れ、この変態植物!」
「成敗!」
 よりストレートに言えば、藍の殺意の瞳が突き刺す通り。飛び降りる仲間たち、マーシャが最後の螺旋を描き終わると、轟音と共に竜血樹の幹が折れていった。

 倒れた幹、樹冠、根まで掘り返して焼き払う。念入りに止めを刺し、ケルベロスたちはようやっと一息をついた。
「……そういえば、この群生地も、あの竜血樹の仕業だったでしょうか?」
「恐らく……で、あれば消えゆく定めでありましょうが……」
 ふとしたエリンの問いかけに、マーシャは少し言葉を濁していった。
 群生地ゆえに大樹が居を置いたのか、大樹が群生地を作ったのか。
 ニワトリと卵の問題にも似た関係問題は、かの樹と攻性植物……この群生した植物の名を冠したものたちの関係についてもいえる。
「この樹が全ての始まり、って事はないでしょうね」
 アルメリアは指折り数える。攻性植物化事件はだいぶ以前から、全国的な話だ。この樹一本で全てをまかなうのは難しい。そもそも、この個体の花粉は恒久的な攻性植物化を引き起こせてはいない。
「あの大きさでも、成長途中だった……このまま成長し続けて、世界樹にでもなるつもりだったの?」
 今は掘り返された竜血樹の跡へクラリスは問いかける。当然、答えはない。
「少なくとも、その事態は防げた。それだけでも大きな一歩でありましょう」
 少しでも攻性植物化の事件が解決へと前進したのなら。マーシャは気持ちをそうまとめ、激戦の跡地から踵を返した。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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