菩薩累乗会~咲かせませう、緩慢なる死の華を

作者:木乃

●競争なき停滞の世界
「なにが受験勉強だよ!!」
 デスクに向かっていた少年は突然叫びだした。
 連日の勉強によるストレスもあってか、目の下には黒ずんだクマが浮かんでいる。
「受験戦争だとか、AOだとか、推薦だとか!やりたい連中だけやればいいだろ!? 必死に勉強したって、なんの意味があるんだよ!! 社会に出ても役に立たないことなんかしたってしょうがねぇじゃねぇか!? 受験なんかにイライラさせられて堪るかッ!!」
 鬱憤を晴らすようにわめき散らす少年の背後に、ぽくぽくと木魚を鳴らす音。
「素晴らしい、実に素晴らしいです」
 フクロウに似たビルシャナは肩を揺らして笑った。
「君の考えは、闘争封殺絶対平和菩薩の心に通じるモノがあります。受験戦争、笑う者もいれば泣く者もいる。そんな不毛な戦いや競争さえなければ、人は心穏やかでいられるのというのに」
 座布団代わりに占拠したベッドの上で、カムイカル法師はぽくぽく木魚を鳴らし続ける。
「心穏やかに生き、死に絶えることこそ『平和』というものではありませんか?」
 全てを包み込むような慈悲深さをもって、ビルシャナは疲弊した少年の心の隙間につけ込んでいく。少年は法師の言葉に膝をついた。
「さぁ、闘争封殺絶対平和菩薩の教えを受け入れ、共に戦争と競争の化身、暴虐たるケルベロス達を迎え撃ちましょう――恒久的平和のために、この者も手助けしてくれますよ」
 カムイカル法師の指さす窓に、機械仕掛けの華が張り付いていた。
「……そうだ、そうだそうだそうだ! 受験戦争なんて誰も望んでない!平和な世界に必要ない!競争なんてなくなっちまえ!!」
 カムイカル法師の甘言に少年の身体はみるみる内に変化していく。羽毛が生え、唇はとがり、髪の毛は逆立つ――それは誰が見ても、ビルシャナだった。

 オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)から『ビルシャナの大規模作戦』の報を受け、ケルベロス達が集合した。
「ビルシャナの作戦は『菩薩累乗会』、強力な菩薩級のビルシャナを次々に地球へ出現させ、その力を利用して、より強大な菩薩を出現させ続ける作戦ですわよ。最終的には地球全土が菩薩の力で制圧されてしまうでしょう」
 まさに『ビルシャナ無限地獄』と呼ぶに相応しいと、オリヴィアも眉を寄せる。
「この『菩薩累乗会』を阻止する方法は現時点では判明しておりません。いま、我々が出来ることは、出現する菩薩が力を得ることを阻止し、『菩薩累乗会』の進行を食い止めることだけですわ」
 活動が確認されている菩薩クラスのビルシャナは『逃走封殺絶対平和菩薩』
 世界平和や競争のない世界を求める人間を標的とし、闘争による人間の生存本能を無くさせることで人類を滅亡させようとしている。
 争いをなくすことで『緩慢な死』を招く恐ろしいビルシャナ菩薩だ。
「被害者は世界平和や競争のない世界を純粋に求めているだけなのですが、その結果がどうなるか、考えが至っていないようですわ。競争とは切磋琢磨、互いを高めあい、自身をよりよいモノへ変革させるための動機にもなりますのに」
 さらに、ビルシャナは強力な説得力を用いて被害者にある洗脳を施した、とオリヴィアは言う。
「『完全平和のためには、ケルベロスを撃退しなければならない』という、矛盾した考えを刷り込まれておりましてよ。ケルベロスとみれば、問答無用で襲いかかってくるでしょう。さいわい、ビルシャナ化させられた一般人は、自らを導いたカムイカル法師と共に自宅に留まり続け、ケルベロスの襲来を待ち構えておりますわ」
 この戦いでケルベロスが撃墜されてしまえば、『平和』の名を借りた人類滅亡の協議が急速に広まってしまう。
「停滞による死は絶対に避けなければなりませんわ。早急に事件解決に向かってくださいませ」

 敵の戦力についてだが、ビルシャナ一体だけではないとオリヴィアは告げる。
「ビルシャナ化した一般人、カムイカル法師、そして『輝きの華』というダモクレスの合計3体ですわよ。カムイカル法師は木魚の音で注目を引きつけたり、読経による催眠攻撃で皆様を撹乱するようですわ。ビルシャナ化した市民は受験戦争によるものか数学の公式を唱えてプレッシャーを与えたり、文房具で強化効果をブレイクしてくるようですわね」
 輝きの華はビルシャナ2体の動きを利用し、効率的にケルベロスの撃破を狙いに来るという。
「『輝きの華』も決して弱い個体ではありませんわ。ビルシャナの特性を生かし、積極的に攻撃を仕掛けてくるでしょう。自前の牙は装甲を突き破り、花型の自己修復装置で出力を向上させますわ」
 戦闘に関しても油断ならないが、一般人を救出できる見込みはないのか?
 ――その質問に対し、オリヴィアは「難易度はあがりますけれど、カムイカル法師を先に倒した場合、可能かもしれません」と断言した。
「今回の被害者は『受験戦争のための勉強』に嫌気が差したようですが、なぜ勉強は必要なのでしょう? まず、学がなければ漢字が読めず、言葉の意味も解らない。計算も出来なければ、日本や世界の成り立ちも全く解りません――つまり、受験は『どれだけ教養をもっているか試す』ことが目的です」
 筆記だけではない。面接だってコミュニケーション能力を測ることが狙いだ。
「被害者の苦悩を論破し、『真に平和や競争の無い世界を望むならば、こうする必要があるのでは?』と、理解させてあげることが大切でしょうね」
 だが、カムイカル法師を先に倒すことが前提になる。
 輝きの華とも交戦しなければならないため、危険性の高さは考慮しておくべきだろう。

「しかし、これほどまでにビルシャナが活動を活発化させてきたのは初めてかもしれませんわ……なにか良くないことが起きる前触れかもしれません」
 カムイカル法師。輝ける華。一筋縄ではいかないだろうが、なんとか勝利して欲しいとオリヴィアは送りだした。


参加者
新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)

■リプレイ

●平和原理主義(過激派)
「平和の為に力で撃退、とは笑わせる。やはり無理な論拠では歪みは隠せんな」
 突入するなり新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)は開口一番、カムイカル法師に食ってかかった。
 挑発に対して法師は肩を揺らして笑う。
「その物言いこそ平和に程遠い。真に願うなら矛を下げ、この場から去りなさい」
 『これが最後通牒』だとばかりに言い放つ法師に従う理由はない。
 そこでゴロゴロしながらスナック菓子を貪り、漫画を読み耽るニートモドキと化したビルシャナ少年に『正しき勉学の在り方』を伝える必要がある!
「お話になりませんわね。私たちは絶対ビルシャナとなった方を助けますし、あなた方も許しませんわっ」
「我々は遠慮なく実力行使する」
 問答無用と霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)が砲撃をぶっ放し、同時にティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)もバスターライフルMark9から狙撃を開始する。
「ふははははー、地球の平和のために退治してやるのだ!」
 開戦の砲が鳴り響き、赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)が小柄な体躯を駆使して砲撃をかいくぐる。
 法師の土手っ腹めがけて放たれた念波を予測したのか、少年が割り込みんで爆破を受け止めた。
 ――そして華が咲く。光輝をまとう輝ける華が緋色に牙を伸ばし、直撃寸前で館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)が可動式装甲で受け流す。
「く、今はあなたの相手をしてる場合じゃないの」
 ウイングキャットのエクレアが詩月の傷を癒やす間に、法師との短期決戦を狙うティーシャ達は集中砲火を浴びせる。
「良さげなこと言っていますが、現実には何もしないことに繋がるっす!」
「『無駄な努力をせずに済む』のもまた平穏、成果が泡沫に帰すなどあまりに救いがないのでは?」
 狭い屋内を駆け回る法師を追い、中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)が飛び蹴りの体勢に入ると、法師は弁舌を以て阻止にかかる。
 努力?研鑽?積み重ね? 本当に結実すると思っているか?
 過程の全てが『無駄』と知れば絶望する……それが『ヒト』というもの。嗚呼、なんて儚い生き物だろうか!?
 憐の心を揺さぶる弁舌に、醒めた様子でベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)は魔導書を開く。
「停滞を許すあなたに否定する資格はありません」
「全くですわ! 堕落させながら結果だけ決めつけて、お里が知れますわねっ」
 支援射撃を行なうミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)も、カムイカル法師の屁理屈じみた説法を一蹴して【杵鈷羅】で斬りかかる。
 法師のみへ向けた怒涛のラッシュで攻め入る中、ビルシャナと化した少年も砲撃を遮ろうと、自らを盾にしようと疾駆する。
「論理的に考えて集団で個人に行う攻撃行為は『平和的』とは言い難い! 己の物差しで道徳を語るなんぞ、言語道断ッ!!」
 広げた両翼から幾多の定規、分度器、物差しが矢のように飛び出す。
 『己の尺度を測り直せ』とばかりのチョイスにもめげず、肌を傷つける文具を無視してちさが突き進む。
「あなたの人生に干渉はしませんわ。けれど、学んで身につけたものは『財産』となって、あなたが向かう将来への助力となりますの!」
 やりたいこと、なりたいことには知識が求められる。だからこそ勉強は必要なのだ。
 輝ける華を抑え込む詩月も間合いを取り直すと、少年に視線を注ぐ。
「真に平和や競争のない世界を望むならば、むしろ勉強は必要だよね? 政治も経済も科学も、ヒトが幸せになるための手段だ」
 これが綺麗事で、理想論だと詩月も理解している――――だからこそ、成すべき事を成す『意味』を考えて欲しい。
 ぽくぽく響く木魚の打音を消し飛ばすべく、恭平は古代精霊の力を呼び覚ます。
「凍てつく守りの壁よ!」
 足下から突き出す極低温の石壁は不快な音を遮り、迫り来る蔦先の牙を食い込ませた。その隙にハエのごとく動き回る法師に狙いを定める。
「……刻め、無温の火よ」
 宝珠から噴き出す冷たい炎は、何重にも受けた足止めにより法師の瞬発的な動作を防ぎ、袈裟ごと斬り裂いていく。
「機動性はもう意味を成さないようだ、是より殲滅行動に移行する」
「よっしゃ、俺もぶちかましていくっすよ!」
 ティーシャが身を屈め、彗星のごとき滑り込みで蹴りあげると、真正面から螺旋力を込めた憐の掌打が顎を突きあげた。
 きりもみ回転していく法師を尻目に、法師が狙われる隙を利用して輝ける華はミルフィに触肢の牙を放つ。
 装甲ごと食い破らんとする強力な一撃だが、対象者が個人に絞られていたのは不幸中の幸いだろう。
「ネクロオーブ、観せて……この戦いの行く末を」
 ベルローズは宝珠に手をかざして意識を集中させる。
 兆候、吉凶、当たるも八卦当たらぬも八卦――脳裏に浮かぶヴィジョンを投影するようにミルフィへ告げる。
「彼は言葉に耳を傾けてくれます、そして最上の結果を導く標となりましょう」
「あら、それは期待値が上がってしまいそうですわ☆」
「こ、このような暴力的な相手に、耳を貸す道理など……!」
 序盤からの集中攻撃が堪えたのだろう。
 少年ビルシャナの防衛も追いつかぬほどの猛攻に、カムイカル法師は息も絶え絶えだ。ここまで来たら負け惜しみにしか聞こえない。
 ミルフィは不敵に笑う緋色と同時に、大将首に狙いを定めた。
「何も説法だけが手段ではございませんわ、カムイカル法師――」
「川越流小江戸式お説教術、お見舞いしちゃうよー!」
 二人の童女が宙を舞う。
 その華麗な体捌きを妨害しようと飛び出す輝ける華と、守りに向かうビルシャナ――、
「これもあなたの為ですわっ!」
 ちさの鋭いハイキックが、エクレアの身体を張った阻止が二体を妨げる。
 そして、生じた一瞬の隙が緋色達に絶好の機会をもたらした。
「貴方には、鉄拳制裁ですわ……!」
 細腕を純白の豪腕に変えてうさ耳メイド、渾身の鉄拳制裁が法師の脳天に落とされる。直後、既に如意棒を担ぐように振り上げていた緋色の燃えるような闘気が迸った。
「ひっさーつ!!」
 直撃と同時に爆裂するグラビティ・チェインの奔流が、砲撃でボロボロになった法師の肉体を電流のように駆け巡る。
 強大なインパクトを連続して受けた法師は、血混じりの泡を吐き出し、
「こ、こんな、猛犬ごときの、暴力、に……屈する、とはぁ…………――!」
「猛犬ごときと驕りきった慢心が敗因です。悔い改めてください」
 辞世の句すらベルローズに完全論破され、法師は噴き出す泡に飲まれながら消えていった。

●意義と価値
 ディフェンダーの援護と輝ける華の攻撃範囲の狭さもあって、恭平達の被弾率は高くない。
 状況はケルベロス達に風が吹いているが、問題はビルシャナを説き伏せきれるかだ。
 ビルシャナ自身に回復する手段はなく、時間稼ぎは難しい。あとは憐達の説得にかかっていた。
「……戦闘、続行可能と判断。交戦を継続する」
 輝ける華も囮がいる間は、撤退する気はないらしい――今こそ撃破するチャンスは残されている。
 怪しく蠢く華を手繰り、薄光をまとった輝ける華は喰らい潰そうと蔦を伸ばす。
 少年も華を守ろうと果敢に前へ突出し、大量の参考書を展開して恭平達へ攻撃を再開する。
「意味を履き違えるな、競争はお互い高め合うためのもの。蹴落とすための闘争とは違う――今こうして諍いあうことを闘争と呼ぶ」
 恭平の言葉には辛辣さが混じっていた。
 それは怠惰を容認しようとする姿勢を糾弾する、愛のムチでもある。
「競争無くして進歩無し。進歩なければ後は死を迎えるだけだ」
「必死に必死に必死にもがいて……『なかったことにされる』のが現実なら、死んだ方がマシだ!!」
「……死んだ方がマシだなんて、簡単に口にしてはいけません!」
 抵抗するビルシャナの一言に、激昂したようにベルローズは声を荒げた。
「世界平和を望むことは、とても崇高な志です。しかし、人はこれまでの歴史で、どれだけの叡智を注いでも戦いをなくすことはできなかった……人は学ぶと同時に『過ち』を繰り返す」
 彼女の脳裏にこびりつく『惨劇』が、心を掻き乱したのかもしれない。
 張り裂けそうな胸の内を吐き出すように、ベルローズは強く呼びかける。
「世界平和を成し得るには、過去の叡智を超越しないと。そのためには日々是勉強なのです」
「そうっす、誰だって失敗することはあるっす! でも、人間苦労してこそ成長できるっす。競争を悪だと言って遠ざかるのは、結局、自分の救いには繋がらないっす」
 憐の記憶には、誰かと競い合うこともなければ、それに苦悩した経験もない。
 ビルシャナ化した少年には、ある種の羨望すら感じていたのかもしれないだろう。
「できるだけ頑張ってみましょう、それが君の成長と救いに繋がるっすよ!」
 説得を続ける間も輝ける華は攻撃の手を緩めない。エクレアも翼を羽ばたかせて奔走し、ちさ達の援護に回る。
「そんな綺麗事でぇぇぇーっ!?」
 前方を飛び交うコンパスやカッターの隙間を見抜こうとティーシャは瞼を細め、
「競争とは互いを高め合うものだろ? だからこそ人はより多くを学び、よりよい物を生み出そうとする。お前は何もしようとしていないだけだ、それでは何も生まれない」
 銃撃を繰り出しながらティーシャは冷静に現状を見つめるよう訴えた。
 怠惰は平和に非ず――平和とは自ら動くことでしか得られないのだと、マズルフラッシュを繰り出す。
「だ、だったらどうしたら――」
「そもそも『目的』と『手段』が逆じゃないかな」
 ――――本質を突いたのは緋色だった。
「社会に出て、やりたい事を勉強するために学校に行って。学校に入るための、必要な能力の確認が受験だよね? それで受験をクリアするために、勉強が必要なんだよね?」
 目標を実現するために何が必要か。それがもし解っていなかった、としてもだ。
 ――本当に『無駄』で、『なかったことになる』のだろうか?
「こんな風に暴力で訴えなくてもいい平和な世界、目指してみようよ。まだ今ならやり直せるよ!」
「なりたい自分になるためには自分磨きですわ。『受験のために勉強できない』? それでもいいのですっ、あなたの『やりたい事を目標にすれば』いいかもしれませんわよっ」
 オウガメタルがドームとなって、降り注ぐ参考書を防ぐ間にちさも勉強する意義を示す。
 なにも『受験』がゴールではないのだ。その先に『目指すべき目的』を見いだせば良い。
 行き詰まった少年に広い視野があれば。苦悩することが無ければ、付け入られることもなかったのだから!
「競争だって、行き過ぎたモノでない限りは、良いことだと思うよ。誰かと比べられ続けるなんて辛過ぎるし……それにね、学問のない動物達の世界だって……本当に、『平和で争いのない世界』かな?」
 詩月の問いは実に哲学的だ。野生の動物達にもルールはある。
 しかし、ネグレストや村八分といった、人間と同じ問題もまた存在するのだ。
 自然へ回帰したところで問題は解決しない。
「平和な世界を望むならば、勉学は必要ですわ」
 ミルフィは改めて断言する。世に出て成すべき事を、成さんが為に力量を図る。
 それが今、辛く苦しいことであるとしても、乗り越えることでさらに一歩近づいていく――それと、これも忘れてはいけない。
「あとは、適度に休息も必要。色々と溜まってしまいますもの、ね☆」
 輝ける華に利用され続け、ボロボロになったビルシャナは片膝をつく……否、自ら膝をついた。己の過ちに気付き、悔恨を懺悔する求道者のように。
「…………僕は、このままダメになっていくのか……?」
「違うよ。あなたは踏み留まった……そして、この瞬間を待っていたの」
 愕然とするビルシャナを優しく諭し、詩月は得物を最後の敵に向ける。
 ビルシャナが動きを止めたことで、輝ける華を守る者はいない――ティーシャ達の最後の追い込みが始まる。
「鉄屑になれ、爆ぜろ」
「私も攻撃に回ります、一気に討ちましょう」
 恭平の念動力とベルローズの結晶炎が吹き荒び、めくれ上がる装甲と武装をティーシャとミルフィが撃ち落とし、動作を制限させる。
「さぁこれがケルベロスの真の力っすよ!」
 両目にグラビティ・チェインを込めながら憐は懐に飛び込む。破裂しそうなほど流れ込む力を感じ、至近距離から解き放つ!
「――くらえ、ケルベロスビィィィーム!」
 頭部にあたる部分を撃ち貫く猛火。そのまま屈すると思った憐だが目の眩んでいる影から一本の蔓。
「悪あがきはお止しなさいっ」
 それをちさが押さえ込み、詩月がTu-Ba.K.Iを下段に構える――長柄の小鎚は加速装置を起動すると、推進器が火を噴くと同時に輝ける華の胸部装甲を鎚の形に沿って風穴を開けた。
「手応えはあった」
 遠心力と推進力の合わさったフルスイングは動力源を捉え、後光差す華はただの鉄屑へと変わり果てていった。
 残されたビルシャナは愕然としたまま動く気配はない。
 だが、追い出さなければ本当に戻ってこられなくなってしまう。
「これで終いだ――――早々に出ていけ、ビルシャナ!」
 恭平の放ったクリスタルファイアは、ビルシャナを何重にも貫き砕けていく。
 融けていく硝石のように、憑き物の落ちた少年はドサリと倒れ込んだ。
「説得……成功、ですわね?」
 ちさの確認するような呟きに、ベルローズが倒れた少年に手を伸ばす――脈打つ人の温かさ。生ある者の鼓動は弱々しくも残されていた。

「よーし。後片付け、終了なのだー!」
 荒れてしまった家中を直し、緋色が最終チェックを済ませた頃。
 目を覚ました少年は見慣れない人々と、状況を把握しようと覚醒しきっていない頭を回そうとしていた。
「故あって、お邪魔させて頂いております……私たち、ケルベロスですわ……☆」
 受験戦争に行き詰まっていたところを、デウスエクスに付け込まれたのだとミルフィは事情を伝える。
 ビルシャナに憑かれていた時の記憶は曖昧なようだが、無意識下には呼びかけの数々が残っているようだ。
「やりたいこととか、全然考えたことなくて。勉強して受験して、とにかく学校に入らないとダメだって……なんだか疲れちゃって」
「なら、息抜きが必要なときだ。よりよく学んだ先を考えるのは、それからだ」
 よほど息が詰まる思いをしていたのだろう。
 恭平も内心で同情しつつ『まだ出来ることはある』と励まし、神妙に頷く少年の姿をベルローズは眩しそうに見つめた。
(「世界平和なんて、本当は夢物語かもしれないけど……夢を諦めず、先へ進もうとする者もいる」)
 彼もきっとその一人になれるだろう。
 まだ見ぬ未来だからこそ、悲観せず、前向きに生きて欲しい――彼がいつかみる夢が叶うよう、心の中で静かに願う。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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