菩薩累乗会~硝子の完全平和

作者:雷紋寺音弥

●究極の理想
 気怠い陽気の昼下がり。その日の家事を一通り終えた福田・幸恵(ふくだ・さちえ)は、読んでいた週刊誌をテーブルの上に置くと、大きな溜息と共に立ち上がった。
「まったく……毎日、毎日、物騒なニュースばっかりね。日本に住んでるから仕方ないけど、それでもいつ巻き込まれるか気が気じゃないわ……」
 そもそも、何故に戦い続ける必要があるのだろう。人間の言葉を理解できる相手であれば、力でねじ伏せるのではなく、互いに共存できる道を模索するのが道理ではないか。最初は不幸な出会いであったとしても、心をこめて話せばきっと、相手も最後には解ってくれるはず。
 そんなことを口にしてみるものの、当然ながら賛同された試しなどなかった。変人のレッテルを貼られ、身内からも白い目で見られ……しかし、その日に限っては彼女の思想に賛同する者が現れた。
「いやいや、実に素晴らしい考えですな。貴女の考えは、闘争封殺絶対平和菩薩の心に通じるものがあります」
 いつの間に、部屋の中に入り込んでいたのだろう。柱の陰から木魚を叩きながら現れたのは、袈裟を纏った梟を思わせるビルシャナだった。
「だ、誰ですか、あなたは!? ……いえ、すみません、取り乱して。お客様に、失礼ですわよね」
「いえ、お気になさらずとも結構ですよ。さぁ、闘争封殺絶対平和菩薩の教えを受け入れ、共に戦争と競争の化身、暴虐たるケルベロス達を迎え撃ちましょう」
 戦いや競争がなければ、人は戦う事も競争する事もなくなり、心穏やかに生きそして死に絶える事ができる。その果てに待っているの人という種の滅亡であったとしても、代わりに永遠の平穏が手に入るとビルシャナは告げ。
「恐らく、直ぐにケルベロスが襲撃してくるでしょう。あらゆる事象を暴力でしか解決できない……そんな彼らこそ、平和の敵! 必ず打ち倒さねばならない、悪の権化なのです!」
 悲しいことだが、彼らを打ち倒さねば世界に平和は訪れない。しかし、安心して欲しい。闘争封殺絶対平和菩薩の配下である自分と、恵縁耶悌菩薩の呼びかけに応えて馳せ参じた、この機械の天使もそちらを守る。
 そう、ビルシャナが告げると同時に、現れたのは書物を手にしたダモクレス。そして、そんな彼らの言葉に耳を傾けてしまった幸恵もまた、いつしか平和のために自らの命を礎として捧げんとする、1体のビルシャナと化していた。

●偽りの絶対平和
「召集に応じてくれ、感謝する。ビルシャナの連中による一大作戦、『菩薩累乗会』だが……その新しい動きが予知された」
 強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧する『菩薩累乗会』。これを阻止するには出現する菩薩が力を得るのを妨害し、『菩薩累乗会』の進行を食い止める事しかないと、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達に向けて語り始めた。
「現在、活動が確認されている菩薩は『闘争封殺絶対平和菩薩』。世界平和や競争の無い世界を求める人間を標的にして、生存本能まで否定させて人類を滅亡に導く恐るべき菩薩だ」
 被害者は純粋に世界平和や競争の無い世界を求めているだけだが、其の結果については考慮できていない。加えて、完全平和のためにはケルベロスと戦って倒さねばならないという、ある意味では矛盾した考えも刷り込まれている。
「今回、ビルシャナ化させられた一般人は、福田・幸恵。どこにでもいる専業主婦だが、少々平和ボケしているのは否めない女だな」
 そんな彼女は自分を導いたビルシャナ、カムイカル法師と共に自宅に留まり続け、ケルベロス達の襲撃を待ち構えている。加えて、ケルベロスを倒すという目的で共闘しているダモクレス集団、『輝きの軍勢』の内の1体までも力を貸している。
「ビルシャナと化した幸恵だが、連中は言葉や説法そのものが武器だ。平和主義を騙っている存在らしく、相手の動きを封じ込めたり、武器の威力を奪ったりするのが得意なようだな」
 そんな幸恵だが、従来の性分というのだろうか。後方に待機して回復に特化し、実際の戦いは他の2体に任せてしまうことが多いらしい。また、カムイカル法師も自ら身体を張って幸恵を守ろうとするため、いきなり彼女を攻撃するのは難しい。
 その一方で、彼女達に力を貸す輝きの軍勢だが、これは『輝きの書』と呼ばれる個体である。その名の通り、武器ではなく書物を持った姿をした機械の天使で、後方からの狙撃で確実に相手の体力を削る戦い方を好む。戦闘では書物型のデバイスを巧みに用い、擬似的に魔術を再現した技を繰り出して来る。
「幸恵が先に倒されてしまえば、残されたカムイカル法師は撤退する。ビルシャナを利用してお前達を倒そうとしている輝きの書は、残りの2体が撃破されても戦いを続けるから注意してくれ」
 また、幸恵を救出したい場合、カムイカル法師を先に撃破するのは必須である。もっとも、その教義を捨てさせるための説得をしなければならないため、難易度はそれに比例して高くなる。
「完全なる平和……確かに、現実のものとできれば素晴らしいことだな。だが、理想だけで平和が手に入れば苦労はしない。お前達も、平和のために黙ってドラゴンや攻性植物なんかのデウスエクスに食われろと言われて、納得するやつはいないだろう?」
 自然界においてでさえ、被捕食者も捕食者に対して一定の抵抗は示すもの。それさえも否定してしまうことは、そもそも生物の生存本能さえ否定するも同じこと。
 このままカムイカル法師達を放っておけば、彼らの教義は今に影響を受けやすい若者達などの間で広まりかねない。そうなる前に、なんとしても彼らの企みを打ち砕いて欲しい。
 最後に、それだけ言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
アルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)
ドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
七種・徹也(玉鋼・e09487)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)

■リプレイ

●偽りの平和
 どこにでもある、平凡な民家。だが、そこを訪れたケルベロス達を待っていたのは、およそ一般家庭の中には似つかわしくない、鳥頭の怪人と機械の天使。
「こんにチハ! ケルベロスデス!」
 小細工は使わず、正面から入る。アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)がインターホンを鳴らして扉を開けたが、歓待の言葉の代わりに飛んで来たのは、不可思議な軌道を描いて迫り来る業炎だった。
「さあ、ケルベロスが来ましたよ。ですが、ここは我々にお任せくださいませ」
 幸恵と輝きの書を背後に控え、袈裟を纏った梟のようなビルシャナが前に出て来た。
 カムイカル法師。闘争封殺絶対平和菩薩の配下にして、幸恵をビルシャナ化させた張本人とも呼べる存在。
「ケルベロスが暴力主義の平和の敵、か……。闘って生きてきた俺には耳の痛い話だな」
「だが、放っておくわけにも行くまい。特に、自分の都合の良いように他者を誘導し、戦場へと誘う者はな」
 まずは、こいつを倒さねば始まらない。人心を惑わす鳥に容赦はしないと、ドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)とマサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)が同時に仕掛けた。
「グホゥッ!? な、なんの、これしき……あなたを守るため、私も負けられませんぞ……」
「ああ、梟さん! 今、お助けしますわ!!」
 全てを穿つ鋭い蹴り。炎を乗せた闘気の蹴り。その二つを受けて吹っ飛んだカムイカル法師に、ビルシャナと化した幸恵が狼狽した様子で癒しの加護を施した。
「フォローはこちらで行うわ。他の皆は、あのビルシャナを倒すことに集中して」
「ああ、任せろ。盾ごとまとめて燃やしてやる」
 円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)がオルトロスのアロンを向かわせたところで、七種・徹也(玉鋼・e09487)もまた、ライドキャリバーのたたら吹きをカムイカル法師へと突撃させる。その上で、今度は自らも拳の地獄を解放しつつ、渾身の力を込めて敵の纏った加護を打ち砕く。
「ぬぅっ! この力……やはり、あなた方は危険な存在ですな、ケルベロス!」
 ならば、その力を奪ってやろうとカムイカル法師が凄まじい突風を繰り出して来るが、それでもケルベロス達は怯まない。
「まだよ! あなたの護り、砕かせてもらうわ!」
 続け様に繰り出されたフレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)の鋭い突きが、法師の袈裟を引き裂き、破る。
「これもオマケダ! 遠慮するナ!」
 ここで回復されては堪らない。そうはさせまいと、アリャリァリャが敵の後列を狙ってミサイルを発射。その流れに乗せて、イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)もまた、南瓜型の精霊を幸恵や輝きの書目掛けて撃ち出した。
「常世彷徨う南瓜の炎、彼の者を縛り、煉獄へと誘わん! 銀天のイリス・フルーリア―――参ります!」
 本当は、ハロウィンの際に事件を起こしたドリームイーターなどを相手取るために用意したグラビティだったのだが、それはそれ。苦笑するイリスとは裏腹に、爆風と炎の中から聞こえて来るのは、精霊に纏わりつかれた幸恵の悲鳴。
「きゃぁぁぁっ! やめて! あなた達、いきなり何をなさるんですか!!」
 手数に反して大したダメージを負っていないにも関わらず、幸恵は本気で泣き叫んでいた。
 恐らく、あれは演技などではなく本心。だからこそ、彼女と戦うことに胸が痛むアルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)だったが、それでも今は戦うしかない。
「さあ、行こう! とにかく、最初はビルシャナを……カムイカル法師を倒すんだ!」
 果たして、それは共に戦う仲間達に掛けた言葉か、それとも自分自身を鼓舞するための台詞だったのだろうか。
 鉄壁の防御力を誇る相手には、とにかく痛烈な一撃を叩き込むしかない。全身に宿した全てのグラビティ・チェインを長剣に集中させて、アルレイナスは真正面からカムイカル法師の翼を斬り裂いた。

●砂上の楼閣
 ビルシャナと化した幸恵を説得するために、まずは元凶たるカムイカル法師から倒す。だが、少しでも早く法師を倒したいというケルベロス達の想いに反し、敵は思いの他にしぶとかった。
「梟さん、死んでは駄目です! 平和のために、頑張りましょう!」
 自分に攻撃の矛先が殆ど向かないのを良いことに、幸恵がカムイカル法師を守らんと、常に回復させてくるのだ。おまけに、同じく殆どノーマークである輝きの書が、後ろから様々な疑似魔法を飛ばして来るのだから堪らない。
「拙いわね。でも、ここで足を止めるわけには……」
 必死に舞い続けることで花弁のオーラを飛ばすキアリだったが、襲い来る剣の山や氷雪を振り払うので精一杯だ。一撃の威力は低くとも、こうも広範囲に攻撃を撒き散らされ続ければ、やがては纏めて削り殺されてしまい兼ねない。
「燃やすだけが炎じゃねェ! 猛れ、癒しの炎!」
 手が足りないと判断し、徹也が先程から敵の攻撃を引き受けていたマサヨシへと炎を飛ばす。その力強く、しかし温かな輝きに照らされて、彼の身体を包んでいた氷が瞬く間に溶け、消えて行く。
 このまま戦っていてもジリ貧だ。ならば、後ろの動きを止めんとイリスが仕掛けるのだが、その攻撃を食らう度に、幸恵が悲鳴を上げて逃げ惑った。怒って反撃でもしてくるかと思ったが、今度は自分自身の守りを固め、身体の痺れを取り去ってしまう。
 もっとも、その際にカムイカル法師への回復行動が止むことが、僅かばかりの隙となっていた。そこを逃さず、一気呵成に攻め立てることで、ケルベロス達は突破口を開かんと奮闘する。
「WREEEEEEEEEEEッ」
 全身に突き刺さった羽も、なんのその。カムイカル法師の頭目掛け、アリャリァリャが凄まじい騒音と共にチェーンソー剣を振り降ろし。
「平和を騙り、人を悪の道へ堕とす者! 僕は貴様を許さない!!」
 アルレイナスの強烈な蹴りが、続け様にカムイカル法師の側頭部に叩き込まれた。
「下らねぇ命の削り合いをするつもりはねぇ」
「同感だ。一気に焼き尽くすぞ」
 これ以上は、無駄に時間もかけられない。好機は逃してはならないと、ドールィとマサヨシが同時に駆ける。
「歯ァ喰いしばれェ!」
 炎を纏った強烈な蹴撃が一閃。まずはカムイカル法師の身体を、ドールィ背後から蹴り上げて。
「我が炎に焼き尽くせぬもの無し……。我が拳に砕けぬもの無し……。我が信念、決して消えること無し……。故に、この一撃は極致に至り!」
 落下して来たところを狙い、蒼炎を纏ったマサヨシの拳が法師の身体の中心を正面から貫く。
「……ッホォォォッ!! な、なんと愚かな! 平和の使途であるこの私を、暴力で屈服させようとは……」
 全身を炎に包まれ、焼き鳥にされながらも法師が叫んだ。だが、その言葉を全て言い終わらない内に、法師の身体を凄まじく鋭い一撃が、空間諸共に両断した。
「ソラナキ……唯一あたしを認め、あたしが認めた魔剣よ……。今こそ、その力を解放し……我が敵に示せ……時さえ刻むその刃を……!」
 自らの愛刀たる魔剣とグラビティを共鳴させ、必殺の一撃を繰り出すフレック。真に極められた一撃は、相手に剣筋を視認することさえも許さないまま、あらゆるものを斬り捨てる。
「これで道が開いた! だったら、後は……」
 物言わぬ躯となったカムイカル法師から、イリスは改めて部屋の奥へと視線を向ける。
 残るは幸恵と、疑似魔法を駆る機械の天使のみ。邪魔者を廃し、幸恵を再び人の道へと戻すため、ケルベロス達による決死の説得が始まった。

●言葉と行動
 カムイカル法師は倒れ、改めて幸恵へ声を掛けるケルベロス達。だが、差し伸べられた救いの手を、幸恵は頑なに拒絶した。
 否、この場合は、拒絶というのは語弊があるだろう。どちらかといえば、擦れ違いと言った方が正しいか。
「どれだけ穏やかに過ごそうと、人には戦わなければならないときがある。例えば好きな人ができたときだ」
 愛とは戦い。譲れない気持ちがあり、どうしても結ばれたければ戦うしかない。そんな徹也の言葉にも、幸恵は嫌悪感しか示さない。
「なんですか、それ!? それじゃ……あなたは不倫や略奪愛も、お認めなさると仰るの!?」
 平和ボケした幸恵の頭には、愛と戦いが結びつかないのだろう。ともすれば、完全にこちらの言葉を曲解してくるのだから堪らない。
「生き物は死ぬコトを知ってル、ダカラ願う、ダカラ綺麗ナ」
 戦いを止めることは、即ち何もかも不要ということ。だが、どれだけ無欲な者でも大事にしているものはあると。今まで、食糧として摂取してきた肉や魚も、本当は生きたかったはずだとアリャリァリャが問い掛けるが。
「ダカラ、誰も死んで欲しクネーなんテ悲シいコト言うナヨ。キサマのママに作っテもらったご飯、一つもおいしくナかったナンテ言わネーでクレよ」
「な、なにを仰っているの? 今は、平和についてお話する時でしょう? ご飯の好き嫌いの話をしているんじゃないんですよ!!」
 食物連鎖や人間の原罪の話は、やはり幸恵にとって実感のないものに他ならない。正論は正論なのだろうが、この緊迫した状況の中で、そんなことを呑気に考えられる者は少ないわけで。
「平和を謳っておきながら『ケルベロスは倒す』っておかしいと思わないんですか! 貴方の言う完全平和なら、そもそも戦うべきじゃない。話し合うべきでしょう!」
 苛立ちを隠し切れず、機械の天使に刃を振り降ろしながら叫ぶアルレイナスだったが、幸恵も負けじと天使へ護りの力を施しながら、反対に彼へ問い掛ける。
「ええ、そうですね。ですから、お話合いをするのなら、あなた達の方から武器を納めてくださりません?」
 まずは戦闘を今すぐ止めろ。そうでなければ、話し合いになどなりはしない。淡々と攻撃を繰り出して来る輝きの書の行動を余所に、幸恵はあくまで、ケルベロス達に非があると言わんばかりの言葉を紡いで来る。
「いい加減にしてください! 話し合いで争いが避けられる……。だったら、この状況はどう説明するんですか! 貴女の詩も、愛の言葉も、私達を傷つけているのに!」
 とうとう我慢できず、イリスが叫んだ。自分達は、悪戯に力を振るっているわけではない。この地球と、そこに住まう者達を、護るために戦っているのだと。
「そんな……酷い! 私は、あなた達が傷つけた梟さんや、天使さんを助けようとしただけだわ! そちらから殴り掛かって来て、その言い草はなんですか!!」
 もっとも、そんな彼女の言葉でさえも、今の状況では微妙に擦れ違ってしまっていた。
 元より、幸恵は戦いを好まない性格だ。動きを封じるためとはいえ、こちらから先制で彼女に手を出したのは失敗だったか。
「……ええ、話し合いましょう。戦いは怖い……? それは当然の話よ」
 それでも、まだ一縷望みがあるのであれば、それに賭けたいとフレックは幸恵に語り掛けた。
 人が戦うのは、恐ろしいことに抗いたいが故のこと。生きて行くことは、それ即ち戦い。そして、対話というものもまた、刃を交えぬ戦いであると。
「話せば理解して貰えるか。それにはまず、相手の話と思いも理解しなくちゃいけない。解り合うって……きっとそういう事なの」
「だから、さっきから言ってるじゃない! 話し合うなら、早くその物騒な武器を納めて頂戴! それから、そこのバイクや犬を、これ以上こっちに近づけないで!!」
 しかし、そんな彼女の言葉にも、幸恵は脅えた様子で返すだけだった。先程から、断続的に続くサーヴァント達の範囲攻撃。それに巻き込まれ続けたことで、幸恵はすっかり自分が一方的に殴られているのだと勘違いしていた。
「お前の言っている世界は理想だよ、確かにな……。だがビルシャナ達の目指している世界は、人が人であることを失った世界だ」
「それに、デウスエクスってのは、大なり小なりグラビティチェインを奪うことで生存する。やつらにとって、俺達は美味そうな果物みたいなもんだ。自分が飢えて死にそうなときに、その果物から『食べないで欲しい』と言われて、アンタは本当に我慢できるのか?」
 これで駄目なら、もはや潮時か。殆ど最後の賭けのつもりで、ドールィとマサヨシは改めて幸恵に尋ねた。
 自分の家族や友人達。それら全てが人間を辞めた世界は、果たして本当に理想の世界なのか。もしくは、自分の家族を餌としか思えない存在になって願う平穏が、本当に求めるべき平和なのかと。
「そ、それは……」
 さすがに、これに反論して来るほど、幸恵も馬鹿というわけではなかった。ならば、最後の駄目押しとばかりに、キアリは自らの尊敬する青年の行いについて語って聞かせた。
「ローカストの生存者たちを地球へ迎えた時、飢餓で正気を失った彼らに己を喰わせたケルベロスが居たわ。あなたに、同じことが出来る? 彼と違って、安全な場所から声を上げるだけのあなたは薄っぺらいのよ」
「そ、そんな……。それじゃ、私はどうすれば……」
 平和を望みながら、気が付けば自分が人を喰らう存在になっていたこと。その一瞬の動揺を、ケルベロス達は見逃さなかった。
「今だ! 一気に叩き込むぞ!」
「ああ、任せてくれ! 悪のビルシャナの野望を打ち砕いて、幸恵さんを救うんだ!」
 徹也とアルレイナスが斬り込んだのを切っ掛けに、一斉攻撃を仕掛けて行く。多少、危ない瞬間もあったが、ここまで来れば勝利は目前。火花を散らし、崩れ落ちる輝きの書を横目に、ケルベロス達はこの戦いの勝利を確信した。

●理想と現実
 戦いの終わった民家にて。戦闘の痕跡を簡単に修復した後、ケルベロス達は改めて、人へ戻った幸恵と対峙していた。
「よかったです……本当に……」
 それ以上は言葉にならず、思わず涙ぐむイリス。そんな彼女を見かねてか、キッチンを借りていたフレックが、出来たてのオムライスを作って戻ってきた。
「はいはい、辛気臭いのはそこまでよ」
 とりあえず、今は幸恵が人に戻れたことを喜ぼう。だが、そんな中でキアリだけは、未だに複雑な表情を崩さなかった。
(「辛うじて、成功したみたいね。でも、紙一重だった……」)
 非戦の意を示すために敢えて矛を納め、仲間や幸恵のために力を暴走させることも厭わぬ覚悟で挑んでいた者が、果たしてこの場にいたのだろうか。
 答えは否だ。だからこそ、キアリは自分が幸恵に投げ掛けた言葉が、自分自身に跳ね返って来たような気がしてならなかった。
(「まだ……彼の覚悟には、到底追い付けていないわね」)
 文字通り、自らの命を捧げる覚悟で他者を救う。それを行うのには、それこそ並大抵でない覚悟がいるのだと。
 真に人を救うには、自らが犠牲を払うことを恐れてはならない。今回の戦いで、それを試されたような気がしてならなかった。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。