桜吹雪と血の飛沫

作者:砂浦俊一


 満開の桜が咲き誇る公園、花見客で賑わう休日になるはずだった。
 身長3メートルを越える巨漢が現れるまでは。
「おい、人間ども。最初に言っておくことがある。この世で桜吹雪よりも美しいもの、そいつは――」
 その巨漢、獅子を模した甲冑姿の罪人エインヘリアルは、恐怖のあまり動くこともできない花見客へとこう宣言した。
「舞い散る血飛沫だ! つーわけで、おまえらは皆殺しにする!」
 罪人エインヘリアルは巨大な斧を掲げ――そして宣言通りのことを行った。
 逃げ惑う人々を片っ端から斧で血祭に上げ、桜の木陰に隠れた者は樹木ごと切り倒して押し潰した。酸鼻を極める殺戮の嵐は筆舌に尽くし難く、花見会場の公園に血の海が広がり死体の山が築かれていく。
 巨大な斧が軽々と振られるたびに、人の命が儚く消え、巻き込まれた桜が切り倒され、桜の花びらが舞い散った。
 不意の突風が桜吹雪を起こす中、エインヘリアルは人々を殺して血飛沫を舞わせる。
「桜吹雪の中の血飛沫ってのは、最っ高に綺麗だよなあ!」
 返り血で甲冑を赤く染めた罪人エインヘリアルは、顔に凄惨な笑みを浮かべた。


「ケルベロスの皆さん、ヤバいエインヘリアルが送られてくるっす。天司・桜子(桜花絢爛・e20368)さんからの情報提供でわかったんすけど、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪なエインヘリアルが花見会場の公園を襲撃するっす」
 真剣な面持ちのオラトリオのヘリオライダー、黒瀬・ダンテの話に、ケルベロスたちは耳を傾けている。
 アスガルド側の罪人を戦力化する作戦、送りこまれてくるのは永久コギトエルゴスム化の刑に処されるほどの凶悪な大罪人だ。これを放置すれば、罪のない人々の命が奪われるばかりか、恐怖と憎悪が広がり、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせかねない。
「敵は獅子を模した甲冑姿のエインヘリアル1体のみ、午後1時に花見会場の公園に現れるっす。脳筋思考なので最後まで撤退せず戦いを挑んでくるっす。武器はルーンアックスで、ルーンディバイドが得意っすね。力任せの荒々しい攻撃で、動きは素早くないっす。ですが甲冑は厚く、少々の攻撃では怯まない体力バカっす」
 となると、こちらはスピードで翻弄するのが得策か。
 遠距離から着実に攻撃を当てて体力を削り、近接戦闘でたたみ掛けるのも有効だろう。
 いずれにしろ力自慢の敵からの直撃は喰らいたくない。
「それと、桜の木陰に隠れたケルベロスを攻撃しようとして桜ごと切り倒す、攻撃の余波で桜の枝が落ちたり幹がヘシ折れて倒れるなど、敵の攻撃時に桜の木が倒れてくる可能性があるっす。倒れてくる木に巻き込まれたり、倒れた木に足を取られて転ばないよう、頭上にも足元にも注意が必要っすね」
 つまり桜が倒れれば倒れるほど足場が悪くなる。戦闘が長引くのは避けたいところだ。
「舞うなら綺麗な桜吹雪、人間の血飛沫を舞わせるわけにゃいかないっす。お花見を楽しむ人たちのためにも、皆さんどうか撃破をお願いします!」
 ダンテの頼みに、ケルベロス一同は決意を固めた顔で頷いた。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
水無月・実里(希う者・e16191)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
雑賀・真也(不滅の守護者・e36613)
ルデン・レジュア(夢色の夜・e44363)
御廟羽・彼方(眩い光ほど闇は深く黒く・e44429)

■リプレイ


「おい、人間ども。最初に言っておくことがある」
 罪人エインヘリアルは下品な笑みを浮かべながら、恐怖のあまり動くこともできない花見客たちを見渡した。巨体を包む厚い甲冑は獅子を模している。頭部の甲冑は獅子の顔そのものであり、獅子の口の中からエインヘリアルの顔が覗いていた。肩には刃も肉厚な巨大なルーンアックスを担いでいる。
「この世で桜吹雪よりも美しいもの、そいつは舞い散る血飛沫だ! つーわけで、おまえらは皆殺しに――」
 だがエインヘリアルの言葉を遮るように、その周囲で桜の花びらが舞った。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 花びらが紅蓮の炎となって燃え上がる。天司・桜子(桜花絢爛・e20368)の紅蓮桜である。
「オオッ! 何だァ!」
 エインヘリアルは眼前に腕をかざし、突然の業火に耐えるほかない。
「虐殺を楽しむ非道なる者よ。貴公に美を語る資格はない」
「エインヘリアルの社会的規範は私たちとは無関係……この敵が哀れな罪人とは思いません。放置すれば危険な存在、説得も無意味、かける言葉すらありません」
 ヘリオンから降下したケルベロスたちが集結する。アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)はブレイブマインを並び立つ彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)へと送り、直後に彼女の斉天截拳撃が未だ炎に包まれているエインヘリアルを打ちのめす。
「筋肉最強!」
 炎を掻き消したエインヘリアルは、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)の丸太のような脚から繰り出された蹴りを、かろうじて受け止める。
「ケルベロスどもか!」
「その通りだ、脳筋馬鹿」
 右から雑賀・真也(不滅の守護者・e36613)が一太刀浴びせ、すぐさま彼は泰地とともに後方へ跳ねる。
「桜吹雪に血飛沫が混じるなんてナンセンスだよ! ヒーローとしては断然綺麗な桜吹雪を護るべき! 絶対みんなを護るよ!」
「ゴミクズが美しさを語るな」
 仲間が退くと同時に、御廟羽・彼方(眩い光ほど闇は深く黒く・e44429)と水無月・実里(希う者・e16191)が、更なる炎をエインヘリアルに浴びせる。
「夜の終わり、始まる我ら、括目されし色彩よ。花となりて世界を映せ……夢幻色/紫」
 ルデン・レジュア(夢色の夜・e44363)が虚空に描く桜の花弁は、無数の矢じりとなって放たれた。まるで敵がエインヘリアルを包み込み、斬り裂くかのように。
「本物の桜ほどではないけど中々だろ?」
 目元まで隠れるほど深く布を被った彼。その唇が笑みを形作る。


「皆さん、こちらです! 避難の際は周囲の動けない人を手助けするようお願いします!」
 アリシアは公園の出入り口を指さし、避難誘導を開始する。その隣に立つ悠乃は敵を牽制するべくプラズムキャノンを撃つ。
「少々、時間がかかるかもしれませんね……」
 悠乃が避難する人々に目を向ける。酒に酔っているため、逃げるにも足元の覚束ない者もいる。警察が手助けに駆け付けたものの、避難完了にはまだ時間がかかるだろう。
「オッケー、時間を稼ぐよー。必殺のエネルギー光線、発射だよ!」
 自分の名前に桜の文字が入っているため桜子も花見が大好き。それを邪魔するのならどんな強敵だろうと撃滅するのみ。彼女の胸部が変化し、超高熱のコアブラスターが撃たれる。
「オレサマの楽しみを邪魔しやがって!」
 甲冑の隙間からぶすぶすとした煙を立ち昇らせるエインヘリアルは、ルーンアックスを頭上で一回転させて反撃に出る。
「まとめてブッ潰れろ!」
 豪快に振り回される斧はまるで鋼鉄の暴風、攻撃の余波で桜の木も切り倒されてしまう。
「てめぇみたいなゴミには桜の価値もわからねえか!」
 倒木を避けた泰地のハイキック。胸部への打撃を堪えつつ、敵はルーンアックスを大きく振りかぶった。
「花ってなあ散り際が最高なんだよ。桜吹雪の中におまえらの血飛沫を舞わせてやらあ!」
「黙れ。口を閉じて地獄に落ちろ」
 普段はクールなダウナーだが、エインへリアルが相手となると実里は直情的となる。イライラも隠せない彼女は刀を手に斬りかかるが、厚い甲冑に阻まれて刃は中まで届かない。
「そんなんでオレサマが斬られっかよ!」
 エインヘリアルはルーンアックスで彼女を突き飛ばし、桜の木へと叩きつける。さらに追撃を浴びせるべく踏み込むが――。
「やはり罪人である捨て駒は脳筋馬鹿と見える。だから仲間に見捨てられたのではないのかね?」
「んだとコラァ!」
 真也の挑発に、目を血走らせたエインヘリアルが振り向く。
「脳筋馬鹿には冥途の土産をくれてやる。この世でお前が美しいと思う舞い散る血飛沫を見せてやろう。お前の血でな!」
 愛刀の誠義兼定による斬撃。敵の甲冑の胸部が裂かれ、厚い筋肉に覆われた体の肌が露出する。
「案外こういうのもできるぜ?」
 力任せの攻撃を掻い潜り、ルデンの零式寂寞拳が敵の腕に浴びせられる。
 味方が敵を引きつけている隙に、彼方は実里の下へ駆けた。
「大丈夫? すぐに癒やすよ!」
「あいつ……ぶっ殺す」
 彼方の気力溜めで癒される中、実里は暗くどんよりとした瞳を敵に向けていた。
「おおむね避難も良いようですね……」
 子連れの家族を警察に任せて、彼女は振り返った。
 公園内では鈍重ながらも敵は絶えず動き回り、ルーンアックスが振り回さるたびに桜の木が倒れる。敵は獅子を模した甲冑姿だが、そこには獅子の威厳も重厚さもない。頭の足りない牛が桜の中で暴れている。
「なんと醜悪な……ああ、見るに堪えません。今すぐ排除いたしましょうっ」
 味方前衛へとメタリックバーストを送り、彼女も戦列に加わる。


 敵の攻撃でまた一本、桜が倒れた。
 このままでは戦闘が終わるまでに公園内の桜が全て倒されかねない勢いだ。
 足場は悪くなったが巨体の敵はそれをものともせず、枝も幹も踏み潰して暴れ回る。だが動きが遅いため空振りとなる攻撃も多い。
「ちょこまか逃げ回りやがって……!」
「ケルベロスを相手にできず、よくも吠えるもの」
 どこからか挑発するアリシアの声。その姿を見つけられない敵は周囲を見回す。
 倒れた桜の陰に隠れたアリシアは負傷した仲間へと十三の祝福を送っている。その横ではサーヴァントのシグフレンドが彼女の護衛についていた。
「正面からかかってこいや!」
 声の場所から見当をつけ、苛立つエインヘリアルが倒れた桜を蹴り上げる。しかし、その時にはもう彼女は別の場所へ移動済み。代わりに飛び出たシグフレンドが、エインヘリアルの攻撃を妨害するべくまとわりつく。
「リクエストに応えてやるぜ!」
 エインヘリアルがシグフレンドを追い払った時、ばっと舞い上がった桜の花びらの中を泰地が突き抜けてきた。その手甲に装着された刃が、敵の甲冑をジグザグ状に斬り裂く。
「同族に見放された捨て駒なら、こちらは数で削り、潰すまで」
 背後からは悠乃が忍び寄り、黒曜石のナイフを一閃。また敵の甲冑が削られる。徐々にだが甲冑は斬られ削られ、素肌の露出も増えていく。
「これなら届くっ」
 敵の破れた甲冑の隙間へと、彼方の手刀が滑り込んだ。
「寒い? 冷たい? 温まりたいなんて願いは――叶うことはなく」
 注ぎ込まれる極低温の魔力、獄寒の叶絶が甲冑の内側から敵の体温を奪っていく。
「く、クソ寒いっ! ……決めたぞ、てめえらをブチ殺したら花見酒で一杯だ!」
 凍てつく冷気にエインヘリアルが全身を震わせ、歯をガチガチと鳴らした。
「花見酒だと?」
「おまえは地獄の底で氷漬けの方がお似合いだ」
 真也が敵の露出した肌を達人の一撃で斬りつけ、ルデンのアイスエイジインパクトが甲冑の上から叩きつけられる。寒さと冷気で敵の体力を削り取っていく。
「ぶっ潰れろぉ!」
 だが横殴りのルーンアックスがルデンの脇腹を掠めた。痺れるような衝撃に彼は地面に膝をついてしまう。
 実里は桜子に目線を送ると、両腕と両脚を限界まで獣化させた。
「さっきのは痛かった……お返しだっ」
 獣欧武刃。強靭な獣の肢体は倒れた桜の木々の中を縦横無尽に跳ねる。鈍重なエインヘリアルは彼女の動きを目で追うこともできず、黒い疾風としか認識できない。そして甲冑ごと鋭い爪で裂かれる。
「グォオオオッ!」
 苦悶の叫びを上げたエインヘリアルの全身から、鮮血が舞う。
「大丈夫? すぐに回復するからね」
 この隙に桜子は負傷したルデンへと『ブラッドスター』を飛ばすと、すぐさま敵の反撃に備えて身構える。
 敵は全身から血を垂れ流し、地面に刺した斧で体を支えていた。
 風が吹き、エインヘリアルの血で濡れた桜の花びらが舞い上がる。
「桜吹雪の中でオレサマの血飛沫が舞ってやがらあ……」
 エインヘリアルが口角を上げて笑みを見せた。
「……クソ面白くもねえ!」
 なおも闘志で瞳を爛々と輝かせ、敵はルーンアックスを担ぎ上げる。


 獅子を模した甲冑は今や無残な有様だ。関節部や切り刻まれた箇所からは血が溢れ出し、深く陥没した箇所は内臓を圧迫していた。
「へっ。ここからが男の花道ってなあ!」
 だが敵は巨大な斧を振り回すだけの筋力を未だ残している。
「一気に押し切ろうか!」
「援護する」
 彼方からのゴーストヒールと、ルデンのグラインドファイアによる援護を受けて、前衛組が敵を包囲するべく駆ける。
「来やがれ!」
 叩きつけるかの如く、エインヘリアルはルーンアックスを打ち下ろす。衝撃に大地が揺れ、攻撃の余波が周囲の桜の花びらを舞い散らせた。だが斧は地面に深くめり込んでしまう。敵が引き抜こうとするその上に、跳躍した実里が降り立った。
「邪魔だ、退けぇ!」
 叫ぶエインヘリアルの両腕に彼女は無言の斬撃、膝にはアリシアが破鎧衝を叩きつける。
「弱い犬ほどよく吠える。私達に屠られるのがそんなに怖いか、弱き者め」
 脚から力の抜けたエインヘリアルの体が、大きく右に傾いた。
「絶好の位置だ――筋力流剛刃脚!」
 倒れてくる敵、狙うは頭部、泰地は力の限り蹴り抜く。
 頭部の甲冑が外れて吹っ飛び、エインヘリアルの身体が今度は左へと倒れる。
「ちっ……イイのを貰っちまったな……効いたぜぇ……」
 この一撃にも敵はまだ起き上がる。その底無しの体力にケルベロスたちも息を呑んだ。
 だが膝は震えており、もはや立っているのがやっとか。
「終わりに、するよ」
 桜子からの脳髄の賦活を受け、目を閉じた真也が居合いの構えをとる。
「これが俺の辿りついた究極の剣技のひとつ――秘剣・建御雷神!」
「開く傷口、重なる痛み、あなたから、癒やしの時を奪います」
 真也の目が開かれた直後、その秘剣が放たれる。渾身の抜刀術によりエインヘリアルはルーンアックスごと胴体を裂かれ、さらにその傷口を悠乃の逆癒が押し広げた。
 噴き上がる鮮血は風に飛ばされ血飛沫の桜吹雪となり、エインヘリアルの巨体は大地に崩れる。
「言っただろう。お前の血で、舞い散る血飛沫を見せてやるとな」
 刀を鞘に納めた真也が絶命した敵に顔を向ける。
 見開かれたままのエインヘリアルの目は、もはや何も映さない。

「派手に暴れたものですわね……」
「ここだけ竜巻でも起きたみたいな有様……」
 アリシアと実里は戦闘後の公園内の惨状に嘆息した。できる限り桜の倒木は避けたかったのだが、敵はそんなことお構いなしだった。
「さっそく直そっか。みんながお花見を楽しめる環境にしないとね」
「来年も、再来年も。桜には花を咲かせてもらいたいですしね」
 桜子の言葉に悠乃が頷き、ケルベロスたちはヒールと後片付けを行う。
「これ、どうしよっか?」
「俺が持って帰ろう。悪臭漂う物を放置するわけにはいかねえからな」
 彼方が見つけたのはエインヘリアルの巨大なブーツ。それを泰地が引き取る。
「でもそれ人間の履けるサイズじゃないよ?」
 使い道のわからぬそれをどうするのか、彼方は首を傾げてしまう。
 倒木を片づけていた真也は、目の前に落ちてきた桜の花びらを手に取った。
「いつかは俺も命を散らすだろう。願わくば、この桜のように美しく命を散らせたいものだな」
 彼は掌の花びらを、口でふっと吹いて飛ばすが――。
「あっ、動かないで。スケッチさせてくれ」
 声をかけたルデンの手にはスケッチブック。絵になる光景を描きとめようと、彼はスケッチブックに鉛筆を走らせている。
 苦笑する真也の背後では、桜吹雪が舞っていた。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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