色無き殺意の犯罪者

作者:澤見夜行

●カラーレスクリミナル
 早朝。
 なんとなく目が覚めてしまったパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)は、二度寝するのもどうかと思い、早朝ランニングにでることにした。
 その豊満なバストを揺らしながら、人の少ない都市を走る。
 少し行けば、大きな公園があったはずだ。息を弾ませ爽やかな朝の匂いを満喫する。
「ん~~、結構走ったネ」
 公園につくとベンチで一休み。朝露に濡れたベンチが少し冷たいけれど、熱を持った身体にはひんやりと気持ち良かった。
「折角の早起きデス。今日は一日楽しまないとソンデスネ」
 声にだしながら、今日の予定を考えるパトリシア。やりたい事は色々あった。
 そこで、ふと気づく。
 早朝とはいえ、人気がなさすぎる。この公園は早朝ランニングや犬の散歩をする一般人がよく利用する場所だ。こんなにも人が少ないことは珍しい。
 どこか違和感を感じながら、ベンチから立とうとしたとき、その違和感は危機感となって全身を駆け巡った。
 直感とも言える感覚で『何か』を回避しようと地面に転がるパトリシア。振り向きながら背後を見れば、そこにその男(?)は居た。
「おや、逃げられてしまった」
 明るい声色で話す白ずくめの男。チラチラとモザイクが動く。
「――アナタは」
 首筋から流れる血を気にもとめずに、パトリシアは口を開く。全身がモザイクに覆われた白ずくめの夢喰い。カラーレスクリミナル――その名にパトリシアには覚えがあった。
「殺気だった目だ。怖い怖い」
 どこか笑うように言う男――夢喰いはその優しさ溢れる顔をパトリシアに向け慈愛に満ちた表情で冷たく言い放った。
「さぁ、覚悟を決めて。私の為に死んで貰おうか」
「冗談はホドホドにデース。誰がアンタの為に死ぬデスカ」
 逃げられないことはわかっていた。ならば、少しでも時間を稼いで救援を待つ。
 覚悟を決めたパトリシアが構える。それを見て夢喰いが笑う。
「ふふふ、せいぜい無駄に足掻いて見せるんだね――ではいくよ?」
 無色の殺意が広がると同時、夢喰いがパトリシアに襲いかかった――。


 集まった番犬達を前に、クーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が事態の説明を始めた。
「パトリシアさんが、宿敵であるデウスエクス――カラーレスクリミナルの襲撃を受ける事が予知されたのです。
 すぐに連絡を取ろうとしたのですが、残念ながら連絡をつけることは出来なかったのです。
 もう一刻の猶予もないのです。パトリシアさんが無事なうちに、なんとか救援に向かって欲しいのです!」
 続けて敵の詳細情報が伝えられる。
「敵は一体。配下はいないのです。敵は的確な一撃を狙ってくるようなのですよ」
 手にしたナイフで切り刻みその血浴びて回復する攻撃に、切り刻んだ相手の守護を打ち消す攻撃、モザイクを身体に纏わせ治癒する力も持っているようだ。
「戦闘地域周辺は都市部の公園ですが、カラーレスクリミナルの力により人払いはされているようなのです。避難誘導等の必要はないので戦いに集中できるのですよ」
 資料を置いたクーリャが番犬達に向き直る。
「パトリシアさんを救い出し、宿敵であるカラーレスクリミナルを撃破して欲しいのです! どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
 ぺこりと頭を下げたクーリャが番犬達を送り出した。


参加者
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)
セレネー・ルナエクリプス(機械仕掛けのオオガラス・e41784)
ヒメカ・ベイバロン(空虚な女・e42130)
ブランシュ・スノードロップ(甘きブランネージュ・e44535)
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)

■リプレイ

●無色の殺意
 音も無く忍び寄る殺意。
 急所を的確に狙ってくる夢喰い――カラーレスクリミナルの攻撃を前に、魔人化したパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)は死の恐怖を掻い潜る。
 首元を狙う一撃をスウェーで躱し、全身のバネを使って電光石火の蹴りを見舞う。
 体勢が崩れたとみれば、一気に間合いを詰める。音速で突き出されるナイフが肌を切り裂くが、痛みを押し殺し前進する。
「――人間型デウスエクスは久々ダカラネ」
 パトリシアは命を賭してスリルを掻い潜る感覚に興奮する。それがテクニックがある人の形をした敵ならなおさらだ。
 間合いを維持しようとする夢喰いに追いすがり、心臓を狙う突きを読み切り紙一重で躱すと、爆発的な加速を持って夢喰いに絡みつく。
「フォーティーエイトアーツ、ナンバートゥエンティトゥ! バビロンストレッチ!」
「ほう、これは――」
 サブミッションを極めるパトリシア。絡みつかせた肉体を反らし捻りを加える。
「暴力が好きで得意なのは、アナタだけじゃないノヨ。憂いなく捻り殺してやるワ♪」
「はは、恐ろしいな」
 すでに普通の人間ならば、全身の骨を砕かれもがき苦しむであろうダメージを負っているにもかかわらず、夢喰いは涼しい顔をしながらナイフを逆手に持ち替える。そのまま腕の関節を外すようにして常人では考えられない角度で腕を振るった。
「チッ――」
 咄嗟にサブミッションを解き回避するパトリシア。首筋にまた新しい傷が生まれた。
 夢喰いのモザイクがチラチラと輝く。夢喰いが使うヒールか。せっかく与えたダメージもすぐに回復されてしまった。
 互いに間合いを見合う。仕切り直しだ。パトリシアに取ってみれば、再度あの死を予感させる音速のナイフを掻い潜る必要がある。一撃を入れるためにどれだけの死を越えていく必要があるだろうか。
 顎を滴る汗を拭う。やはり一人で相手するには厳しい相手だ。どう対処するか思案を重ねる。
「足掻くのは終わりかな? それじゃそろそろ君の色、もらうよ」
 夢喰いは待ってくれないらしい。まるで平坦な殺気は、しかし確実に命を刈り取る用意ができたことを伝えてくる。
 ――やるしかない。覚悟を決めたその時、上空からパトリシアを囲むように八つの影が飛来した。
「うーー………ん。もしかしてお楽しみ中、でした?」
 ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が意地が悪そうにパトリシアに話しかける。
「ソレはもう組んずほぐれつマッサイチュウデスヨ」
 笑顔を零し軽口で応じるパトリシア。その返事を聞いてウィルマは一つ頷いた。
「パティ、無事でよかった、です」
 パトリシアとウィルマのやりとりを聞いていた同じ旅団に所属する服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)が豪快に笑う。
「おう! 団長殿! その首まだ繋がっておるようじゃな! 重畳重畳」
「オカゲサマで。首は切られかけましたケドネー」
 首元の切り傷を見せ苦笑する。
「パトリシア――キミを独りで行かせるものかい。……同じ窯の芋煮を食べて、模擬戦で壮絶な死闘を演じた仲じゃないかッ!」
「ヒメカ。ふふ、アリガトネー」
 ヒメカ・ベイバロン(空虚な女・e42130)の熱く暖かい言葉に、パトリシアの頬が緩む。良い感じに緊張が解きほぐれていった。
「して、あれは難敵であるか?」
 無明丸が訊ねる。
「ソレはもう。ワタシのサブミッションをモノともしないネ」
「わははははは! それはよい!」
 からからと笑い飛ばすと、眼光鋭く夢喰いを睨めつける。
「挨拶はすんだかな? それでは再開といこうか」
 律儀に待っていた夢喰いがナイフを構えた。戦意は喪失していないらしい。
「すぐ傷を治すね。それにしても、この数相手に引かないつもりなのかな? まぁ逃がすつもりもないけどね」
 パトリシアをヒールしながら峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)が狙いを定めるように夢喰いに視線を動かした。
「群れてこその番犬なもんで。無粋で悪ぃが纏めて相手してくれや、優男」
 グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)が武器を構え夢喰いに言葉を投げかけると、夢喰いは「構わないさ」と表情を崩さず言葉を返した。
「ドリームイーターにはいつかお返しをしなきゃと思っていたから、覚悟してね」
「さあ、始めましょうか、カラーレスクリミナル」
 ブランシュ・スノードロップ(甘きブランネージュ・e44535)個人的な恨みをぶつけると宣言すると同時、セレネー・ルナエクリプス(機械仕掛けのオオガラス・e41784)が手にした武器を突きつけた。
「はは、いいとも。私の欠損を埋めるような、そんな色を魅せてくれ!」
 集いし番犬達と、カラーレスクリミナルとの戦いが始まった――。

●色彩の華
 番犬達に取り囲まれながら、しかし表情を変える事無く、淡々と死を纏うナイフを振るう夢喰い。
 その一撃は的確に、確実に番犬達の急所を狙う。回避する事困難な鋭き殺意が、じわりじわりと番犬達を苦しめていく。
 特に攻撃を集中されるのはパトリシアだ。休む事無く音速で襲い来る死の予感を掻い潜りながら、パトリシアは立ち回る。
「これなら――ドウデスカ!」
 何度目になるか。頭部を狙う一撃を紙一重に回避し大きく振りかぶった拳を叩きつける。振り絞られた圧倒的な力が夢喰いに襲いかかる。魂喰らう降魔の一撃は、夢喰いの腕をモザイクごと粉砕する。
 勢いそのままに、パトリシアはそのスタイルの良い身体を捻らせ敵の弱点を突く蹴りを放つ。腹部に直撃を喰らった夢喰いの体勢が崩れる。
「くっ――」
 蹴りを見舞ったパトリシアから苦悶の声が漏れた。音速を超える蹴りが放たれたと同時、夢喰いがその足にナイフを突き立てたのだ。すぐに恵が駆け寄り守護の盾を生み出してその傷を癒やす。
「全身モザイクの通り魔……どこの勢力も相手にしたくないよねこんなの……」
 その瞳は夢喰いを捕らえたまま。油断なく、治癒のグラビティを放っていく。
 致命的な一撃を狙い繰り出してくる夢喰いに対し、番犬達を支える恵の治癒グラビティは重要だ。的確に使用グラビティを選択し、仲間達を癒やしていく。
 恵はそれだけに留まらず、手が空けば攻撃にも転じる。礫による眼にも止まらない射撃は夢喰いの注意を惹くのに十分な役割を果たしていた。
「―――よくぞ参った!! だが! ここより他にもはや何処にも往くも戻るも叶わぬと心得い! さぁ! いざ尋常に勝負いたせ!!」
 無明丸が走り込み、夢喰いに肉薄すると、その拳を振り上げる。迸るグラビティが拳に宿り振り抜くと同時に発現する。一合振り抜けば、時空をも凍結させる弾丸が夢喰いに襲いかかり、二合振り抜けば凍てつく光線が発射される。ステゴロで戦う無明丸は己のグラビティを器用に使いこなしていた。
 夢喰いの反撃に肌が切り裂かれ奥歯を咬む。しかし引く事無く無明丸は前進する。ただ殴り倒すことだけを考えて。その拳を振り抜いていった。
 無明丸の攻撃をいなしながら、隙を見て夢喰いがパトリシアへと襲いかかる。
 必中のその一撃をウィルマが割り込みその身を盾に受け止める。
 腕に食い込むナイフの痛みを耐えながら、ウィルマはパトリシアに言葉を投げかける。
「この方とのご関係、馴れ初めなどあれ、ば、聞いてみたい、ものです。ね」
「ソンナものナイナイですが――強いて言うなら、魂で惹かれ合う間柄デスカネ」
「なんだいそれは?」
 会話を聞いている夢喰いが理解できないというように口を開く。突き刺したナイフを引き抜き、再度急所を狙って凶刃を振るう。
 背筋の凍る一撃は紙一重で回避に成功する。ウィルマは間合いを取ると、手にした番犬鎖を展開し、味方を守護する魔方陣を描き上げる。
「じゃ、あ、繋ぎます。パティ、がんばがんば、です。ふぁい、おー」
 守護が叶えば、すぐさま鎖を夢喰いへと向け走らせるウィルマ。そのまま縛り上げると精神を集中し遠隔爆破を行う。
 吹き上がる爆煙にヒメカが飛び込む。
「畳み掛けるよ――!」
 爆破によって体勢の崩れた夢喰いに、飛び込み様に魂喰らう一撃を叩き込む。振り抜いた先で身体を回転させ流星を帯びると、重力の楔を打ち込む蹴撃を叩きつける。
 足を止めるその一撃は確かに決まった。だがしかし、夢喰いはモノともせずに破壊の衝動を周囲に叩きつける。打ち消される守護のグラビティが霧散していった。吹き飛ばされたヒメカは、膝立ちのまま拳を握る。
「――ボクのこの手は、相手を傷つけるためだけのものじゃないさッ!」
 仲間達の魂に宿るグラビティ・チェインの流れを突き込み、すさまじい活力を漲らせた。
 グラハが後方から竜砲弾の雨を降らす。幾重にも降りしきるグラビティの散弾は素早い夢喰いの足を釘付けにする。
 グラハが地を蹴り駆ける。反応する夢喰いが、素早くナイフを繰り出すが、ヌンチャク型の如意棒でそれを的確に捌き、カウンターの一撃を叩き込む。
「はは、やるね」
 乾いた笑いを浮かべながら鋭くナイフを振るう夢喰い。しかし直ぐさま間合いを取ったグハラにその凶刃が届く事はない。再度竜砲弾の雨が降りしきる。
「お邪魔するわよ、『無色の犯罪者』。
 彼女とは縁もゆかりもないのだけど、同じケルベロスをむざむざ殺させるわけにはいかなくてね」
 セレネーがパトリシアを一瞥しながら武器を構える。地獄化した翼を包む機甲翼から黒い地獄の炎が噴出される。
「――それに、新しく身につけた技の試し台を探していたの。あなたなら十分そうだわ」
「へぇ、ぜひ見せてもらいたいものだね」
 それこそが自分の欠損を埋めるものになるのかもしれない。まるでそう言うように夢喰いが口を歪め笑う。
「ええ、確りとその眼に焼き付けなさい。『機械仕掛けのオオガラス』、《月食》のセレネー、いざ参る!」
 名乗りとともに爆発的な加速で夢喰いへと疾走するセレネー。夢喰いを翻弄するような複雑な体捌きを見せながら、刹那の間に自身の間合いに捕らえると地獄の黒炎纏う双の鉄塊剣を繰り返し叩きつける。
「これはなかなか――」
「カラスの嘴、受けてみなさい」
 地獄纏う一撃を与え、即座に間合いを離せば、怒りより放出される雷光が夢喰いを襲う。
 戦闘経験の差か、命中に難があるものの、繰り返される攻撃を前に徐々に夢喰いが押されていく。
 しかし夢喰いもただ案山子のように殴られているだけではない。カウンター気味に振るわれるナイフがセレネーの肌を斬り裂いていった。
「さて、いっくよー!」
 セレネーを援護するようにブランシュが元気に声をだす。若干脳天気な緊張感を伴わない声が戦場に響き渡るが、逆にそれが仲間達の緊張を良いように解かしていく。
「えーと、まずはこれだっけ? 『ひゃくせんひゃくしきじん?』いってみよう!」
 仲間達をクリームに見立てた陣形にグラビティが発現する。破魔の力が番犬達に宿っていく。
「あはっ! クリームいっきまーす!」
 お菓子のような衣装を纏ったブランシュが、クリーム染みたグラビティの染料を飛ばす。
 セレネー同様戦闘経験の差が如実に表れ命中率は低い。しかし、それにめげる事無くブランシュは疾駆し夢喰いに肉薄すると、卓越した技量からなる一撃を繰り出した。
 にこにことした笑顔のブランシュから放たれる、鋭い一撃にさしもの夢喰いも肝を冷やす。
「朝は冷えますね……サポートは任せて下さい」
 マフラーにミニスカートとあべこべな格好で初依頼に臨むユズカ・リトラース(シャドウエルフの降魔拳士・en0265)が半透明の『御業』を生み出し、鎧として番犬達を守護させた。
 ――素早い身のこなしで、的確に急所を突く夢喰いだったが、行動阻害を積み重ねられ、その動きに陰りが現れだしてきた。
 ここにきて戦況は、徐々に番犬達へと傾いていく。
「ユズカさん、一緒に――13・59・3713接続。再現、【聖なる風】」
「はい、任せて下さい」
 恵が浄化の風を巻き起こし、ユズカが魔法の木の葉を纏わせ番犬達を治癒し、傷つき膝をつく仲間達を癒やし立ち上がらせる。
「さあ! いざと覚悟し往生せい!」
 無明丸が思いっきり力を籠めて、思いっきりダッシュして、思いっきり近づいて、思いっきり振りかぶって――夥しく発光する烈光の拳を思いっきり夢喰いの顔面に打ち込む。
「もういっぱぁつっっ! ぬぅあああああああーーーッッ!!」
 吹き飛ぶ夢喰いに一息飛びに近づいて、更なる一撃をねじ込んでいく。その威力に夢喰いがモザイクの血を吐いた。
「ああ……。本当に、本当に、人間ってめんどうくさい」
 クスリと笑うウィルマが冷たい殺意に任せて念じる。時空を歪ませ喚び出した地獄から、悪魔の力宿る蒼炎纏う巨大な剣を呼び出した。先端を視認できないほどの長大な剣を、暴虐のままに振るい薙ぎ払う。
 回避を許さないその一撃を受けた夢喰いのモザイクが、チリチリと舞った。
 それでも、夢喰いは変わらぬ表情でパトリシアを狙い動く。執拗なその攻撃を前にパトリシアが膝を付いた。檄が飛ぶ。ヒメカだ。
「立つんだ、パトリシアッ! あの刻の模擬戦でのキミはもっと強かった筈だ!」
「言ってくれますネ」
 奥歯を咬みながら立ち上がるパトリシア、夢喰いと共に満身創痍ではあるが――まだ戦える。
「ドーシャ・ヴァーユ・アーカーシャ。病素より、風大と空大をここに侵さん。――ざぁんねん。ホンモノなんざどこにもねぇよ」
 グラハの身体を黒い靄が包み込む。右腕に集中するそれを力任せに夢喰いに叩き込んだ。
 ――悪霊化。過剰憎悪した己が精神を顕現させ、相手へと叩き込む。夢喰いの五感を揺さぶるそれは、より多くの傷を負ったと強く錯覚させる。現実にも及ぼすその幻覚が、夢喰いの傷を切り開いてく。
 駆けるブランシュが幾重にも重なるクリーム状のグラビティを浴びせかける。そのまま一気に接近すると、クリーム色したブラックスライムを解き放つ。
「クリームに飲み込まれてみない?」
 捕食モードとなったブラックスライムが夢喰いを捕縛し、その動きを止める。抗う夢喰い――しかしその抵抗は間に合わない。
「これで――!」
 セレネーが黒い地獄の炎を噴出して吶喊する。捕食され動けない夢喰いめがけて黒炎纏う双刃を何度となく叩きつける。
 止めかと思われたセレネーの一撃。
 ――しかし、未だ夢喰いはナイフを構え破壊衝動を迸らせる。熱風のように肌を焦がす無色の殺意。だが、番犬達も殺意へと抗う事を止めることはない。
 ヒメカが駆ける。繰り出される凶刃の散弾をその身に受けながら慈悲深き一撃をもって、ナイフを握る腕を破砕する。空虚な音を立てて、血濡れた刃が地に落ちた。
「今だッ……キミが己の因果に終止符を打てッ!!」
 ヒメカが上げた声と同時、パトリシアが風のように疾駆する。
 迸るグラビティ。夢喰いの眼にはそれが自分が求めて止まない極彩色の華の輝きのように思えた。
 魂喰らう渾身の拳が夢喰い――カラーレスクリミナルの胸部を貫いた。
「いいことを教えてアゲルワ真っ白野郎。アナタの欠損を埋めるものはこの世の何処にもナイ」
 パトリシアの言葉に初めて表情を崩した夢喰いが、呆けたように口を開く。
「――なにを言っているのです……?」
「『欠損を埋めたがるドリームイーター』ソレがアナタの望まれたカタチダモノ。ワタシの魂の中のデウスエクスがそう言ってる」
「それでは――私は……」
 零れた言葉を言い切る事無く、モザイクごとその身体が散っていく。
 後には、塵一つ残る事はなかった。
 無色の夢喰いカラーレスクリミナルはこうして倒されたのだった――。

●戦い終わって
「わははははっ! この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ! 鬨を上げい!」
 拳を突き上げ朗々と勝利宣言をする無明丸。番犬達に笑顔が戻る。
 周辺のヒールを手分けして行うと、救出に駆けつけた番犬達に改めてパトリシアが向き直りお礼を言った。
「このタビは助けていただいてアリガトウゴザイマシタ」
「それならば、馴れ初めを、ぜ、ひ、恩に着て聞かせてください」
「マダイイマスカ!」
 ウィルマに絡まれているパトリシアを見て番犬達が笑う。戦いが終わり、漸く平穏が戻ってきたのだと実感した。
 一頻り雑談をした後、ヒメカがパトリシアにそっと近づくと、山形風の芋煮を差し出した。
「――彼がマスターカケイそのものなのかは分からない。でも、キミはキミさ……パトリシア。さぁ、あったかいものどうぞ」
「ヒメカ……フフ、あったいものドウモ」
 ホクホクの芋煮が湯気を立ち上らせると、恵が目を輝かせておねだりする。
「あ、いいなー私もあったかいものほしいー」
「恵さん、寒そうだものね」
 超が付くほど寒がりのユズカがマフラーにくるまりながら、黒ビキニにコートを羽織っただけの恵を見てブルブルと震えた。グラハとブランシュも加わり、番犬達に芋煮が配られる。
 気前よく芋煮を配ったヒメカが言葉を紡ぐ。
「まだ……キミの物語は終わらない。これからも、共に駆けようじゃないか……」
 戦いが終わり、朝陽が昇る。
 温かな芋煮をつつきながら、番犬達は今日の――これからの予定に想いを馳せるのだった――。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。