夢現

作者:藍鳶カナン

●夢現
 夢を見た。
 目覚めたときにはどんな夢だったかほとんどわからなくなっていたけれど、もう一度眠る気にはなれず、鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)はウイングキャットと一緒に家を出た。
 唯、足の向くまま、いつしか辿りついたのは夜明けの海。
 遥かな水平線からは光が射し、水平線と交わる空は白み始め、揺蕩う雲は泣きたいくらい綺麗な薄桃色に染まっていた。けれど朝陽そのものが顔を覗かせるのはまだ先のこと。
 早春とはいえ夜明けの大気はまだ冷たくて、蓮華はもふもふした翼猫、ぽかちゃん先生をぎゅうっと抱きしめる。
「寒いね、ぽかちゃん先生。……だけど」
 瞳に映った光景が、蓮華が暖かなベッドに戻ることを許さない。
 だって。
 波打ち際で人魚が唄っている。
 花を飾り、二年前より華やぎを増した姿をしていた。けれど見紛うはずもなかった。
 忘れえぬ白き人魚。――死神『ホワイトメロウ』。
 メロウ、ちゃん。上手く声が紡げず、唇がそう動いただけだったのに、ホワイトメロウは呼ばれたことを歓ぶように笑みを咲かせ、
『……ケルベロスを、殺しにきたの。そうしたら、あなたを見つけたの』
 なんとなく、散歩をしたくなったの。
 そんな他愛ない話でもするような口調と声音で、蓮華に語りかけた。
 特別なあてがあったわけではないのかもしれない。
 けれど、そうして姿を現したホワイトメロウが最初に出逢ったのが蓮華であるのなら。
「やっぱり、蓮華と……私とメロウちゃんには、宿命的な縁があるんだね」
『そうなの? なら、あなたの命とグラビティ・チェインを、もらっても、いいわよね』
 甘く、優しく、囁かれた殺意。
 二年前には彼女と分かり合えるかもしれないという一縷の望みを、夢を抱いていた。
 だが今の蓮華ははっきり理解している。
 彼女と蓮華達は、同じ星の上でともに咲けない花だ。
「ぽかちゃん先生、力を貸して! 私は、メロウちゃんと……!」
 ――戦わなきゃ。

●宿縁邂逅
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)が語った予知は端的なものだった。
「鮫洲・蓮華さんがデウスエクスに襲撃される。知ってるひとも多いんじゃないかな、敵は二年前に幾つもの事件を起こしていた死神――『ホワイトメロウ』」
 死んでしまった愛しい相手に逢いたいと願う者、その許へサルベージした死者を向かわせ殺害させようとした、幾つもの事件。その元凶であったのがホワイトメロウだ。
 一度直接の対峙が叶ったものの撃破には至らず、以降、彼女の事件は途絶え、その消息も杳として知れなかった。
 今回の予知で二年ぶりに白き人魚たる彼女の尻尾を掴めたわけだが、
「二年前とは違って、今回はホワイトメロウ自身が殺意をもって動いている。けれど襲撃が予知された蓮華さんと連絡が取れなくてね。一刻の猶予もない。今すぐ手を貸せるって人はこのまま僕のヘリオンへお願い」
 蓮華を救援し、今度こそホワイトメロウを撃破するために。
 予知された現場は夜明けの海。水平線から光が射し、日の出を待つばかりの頃合。
 時間帯ゆえか敵の作為ゆえか、その海辺の砂浜には彼女達以外のひとけは皆無だ。
「ホワイトメロウが揮う技は、広範囲に麻痺を齎す斬撃と、海鳴りの破壊攻撃。この二つは二年前と同じだね。加えて今回は、歌声で相手の魂を惑わす範囲魔法も使ってくる。確実な命中精度でね。絶対に、油断しないで」
 ケルベロス達も成長しているが、ホワイトメロウも二年前より力を増している模様。
 現在でも決して侮れない力を持つ敵であることは間違いない。
「そして――全速でヘリオンを飛ばすけど、戦闘前には間に合わない。おそらく敵の初撃を許すことになると思う。けれど蓮華さんも一撃で倒されはしないだろうし、あなた達なら、そこから蓮華さんを救援して、ホワイトメロウを撃破してくれる。そうだよね?」
 さあ、空を翔けていこうか。夢と現の狭間のような、夜明けの海辺へ。
 同じ星の上でともに咲けない花と対峙する、少女とウイングキャットの許へ。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
毒島・漆(魔導煉成医・e01815)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
黒木・市邨(蔓に歯車・e13181)
土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)

■リプレイ

●蕩揺
 夢の中で、自分が独りで泣いていたのか、誰かと一緒に笑い合っていたのかわからない。
 けれど夜に見た夢の記憶は朧でも、二年前に見た夢の記憶は鮮明で。そして一縷の望みの先に輝ける光を夢見た時間は終わりだと、鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)は痛いほどに理解していた。
 輝く水平線。そこで交わる空も海も曙光に染まり始めているのに、何処までも昏い、昏い海鳴りが襲い来る。死神『ホワイトメロウ』の初撃の威を盾たる立ち位置と可憐なフリルに彩られたチャイナドレスで激減させつつ、蓮華は傍らのウイングキャットが金の環を放つと同時に声を張った。
「もうメロウちゃんに何も奪わせはしない、誰も悲しませはしない! そのために私は」
 ――君に、終わりを贈るから!!
 裂帛の叫び。己の痛手を跳ね飛ばし、心を明らかにするための。
『終わり、なんて』
 知らないわ。
 ホワイトメロウが応え、淡い桃色燈る鱗が明けの光に浮かんだ、刹那。
「俺達が教えてやるさ。二年前散々死者を弄んでくれた落とし前、つけさせてもらうぜ!」
 空から声とともに降り落ちたのはレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)。着地と同時に砂を巻き上げ馳せたライドキャリバーが蓮華を護り、炎を纏って敵へ突撃するのに呼応した彼の速撃ちは、空中からの先制こそ叶わなかったが、明けの光に舞った鱗でなく人魚が纏う鱗を的確に撃ち砕く。次撃以降の、彼女の武器。
「安心しましたわ蓮華さん、さあ共に戦いましょう。あの時の借り、お返ししますのよ!」
 私が宿敵と決する時に力を貸してくれた、あなたに。
 空までも響いた叫びにそう微笑んで、エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)は両手の武器をふわり手放した瞬間、十字に交差させた腕から曙光よりも眩い光を放った。
 だが昏い海鳴りが輝く光線を相殺。しかし、
「こんばんは、ホワイトメロウ。――もうすぐ、朝が来るね」
 光が爆ぜた一瞬の隙をつき、黒木・市邨(蔓に歯車・e13181)が桎たる槌を振り抜いた。狙い澄まして人魚の下腹を直撃したのはまさしく桎、すなわち足枷となる竜砲弾。すかさず蓮華がバスターライフルから凍結光線を迸らせれば、
「ウチの団員に手を出すのは見逃せませんね。初めましてですが、すぐに、さよならです」
「そう、二年ぶりに旧交を温めるってわけにもいかなくてね。今度こそ終わらせてもらう」
 偶然ホワイトメロウの背を取る位置へ降り立っていた毒島・漆(魔導煉成医・e01815)が彼女のうなじに蠱刀・烏羽喰を突きつけ、人魚が振り返った瞬間に巨大なエクトプラズムの霊弾を叩き込む。既に戦いの幕が上がった舞台へと踏み込む以上、隠密気流は然して意味を成さなかったようにも思えたが、蓮華が健在ならそれも些細なこと。
 友人に挨拶するがごとき軽い声音ながらも日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)の気迫は漆と同じかそれ以上、
 ――全てを斬れ……雷光烈斬牙……!
 二年ぶりに相対する白き人魚のもとへ真っ向から跳び込み、己が身に借り受けた力を解き放てば、機を繋がれたウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が奔らす鎖が前衛に守護魔法陣を展開、相棒たる翼猫も清らな羽ばたきを贈る。
「か、彼女、は、以前より力を増している、の、ですよ、ね?」
「そうだね。あれからこっちも鍛錬を積んだけど、視えた命中率から考えれば、確かに」
 眼鏡の隔てなく険しい眼差しを敵へ据え、土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)は己に分身を纏わせた。魂に響くという歌に惑わされるわけにはいかない。
 ――忍びはその姿を見た者を決して生かしてはおかないのさ。
 この口癖を言えない相手。それが二年前に容易く彼を倒したホワイトメロウだ。
『こんなに早くあつまるのね。あなたたち、ケルベロスは』
 獲物が、いっぱい。
 咲いた笑みはそう告げるよう。その唇が乗せた歌は儚くも甘く優しく、魂を誘うよう。
「……!!」
 漆の分まで歌を引き受けた蓮華が誘惑を耐え抜き、彼の斬撃が氷の軌跡を引くのに続いて軽やかに跳躍したエニーケが一気に距離を殺す。揮うは英霊の力を宿すエクスカリバール、護りを三重に突き破り氷を抉り込み、麗しき黒馬の騎士は人魚の間近で挑発的に紡いだ。
「人魚とは美しいものですわね。そのお肉を食べたら不老不死になれたりするのかしら?」
『……どうしてわざわざ、そんなことをするの? そんなこと、しなくたって』
 海色の瞳を不思議そうに瞬くホワイトメロウ。
 だが、
「死んでテメェにサルベージされればもう死なないとでも言う気か!? ふざけんな!!」
「あ、なたが、サルベージして送り出していたゾン、ビ。あんな、の、生きてる、なんて」
 ――とても、言えま、せん。よね?
 聞く耳は持たぬとばかりに吼えたレイが魔狼の銘戴くバスターライフルも咆哮させ、彼の怒りそのままに苛烈な凍結光線を撃ち込んで、丹念に守護魔法陣を重ねるウィルマも前髪の奥から凍結光線に劣らぬ冷えた眼差しを死神たる人魚へそそぐ。
 その脳裏に焼きつく光景は、二年前、彼女が差し向けたゾンビによって潰えた、いのち。
「……変わらないね」
「ああ、価値観が違いすぎる。なまじ言葉を交わせる分、余計に分かってしまうよな」
 装いは変われどホワイトメロウの裡は以前と同じ。戦うしかない相手。
 確たる現実を冷静に受けとめながら、竜が前衛に贈るのは暖かに揺らめき、治癒と浄化を齎す彼独自の技、陽炎。胸から揺らめいた柔い輝き越しに人魚を見据えて、蒼眞は冴え渡る技量で刃を一閃、白き肌に鮮血と氷片の軌跡を描いた。
 誰とでも分かり合い、手を取り合える世界。
 綺麗事が絵空事でなくなる楽園は、こんなにも遠い。

●揺蕩
 たとえば、南の楽園で一緒にトロピカルジュースを飲んでみたり。
 たとえば、柔らかなクッションに埋もれて眠くなるまでおしゃべりしてみたり。
 分かり合い、手を取り合って、同じ時間を生きていけたなら、どんなに素敵だったろう。どんなに幸福だったろう。
 眩しくて、愛しくて。なのにもう、叶うことを期待することさえできない、夢。
 夜明けの海辺に舞う鱗が、昏い海鳴りが、響く子守唄がつきつける、確かな現。
 そして。
「こ、れまで、彼女が事を起こしていない、のは不幸中の幸い、と言うべきでしょう、か」
 ――それ、とも。
 舞の斬撃から蒼眞を護りつつ新たな守護魔法陣を描いたウィルマ、ホワイトメロウが何を為して力を増したのか推し測る彼女の声で、蓮華の背筋を冷たい何かが伝った。
 当人に訊いたってきっと応えはない。あくまで推測、けれど完全な否定も叶わない。
「なら、なおさら……これ以上は、絶対に、させない!!」
「その意気ですわ、何としてもここで終わらせますわよ!」
 翼猫に護られた蓮華、その極限まで研ぎ澄まされた決意とともに人魚を貫くのは雪さえも退く凍気、イガルカストライク。間髪を容れずにエニーケが殺魔のバスタードソードを打ち下ろし、人魚の喉から胸へと叩きつけ、彼女の火力そのものを幾重にも砕く。重要な一手。
 命中精度を考慮せず、単純に威力のみを比較しても。
 ホワイトメロウが揮う力は此方のクラッシャーの火力もメディックの治癒力も上回る。
 だが、それでもまだ自陣の全員が戦場に在れるのは、この場に集ったケルベロスの殆どが精鋭クラスの実力者であり、敵の最大火力である海鳴りへの耐性を備えていること。そして護り手の布陣の厚さと、ウィルマの守護魔法陣によるものだ。
 戦線を支える癒しの要たる竜のヒールは、護り手と癒し手として奮戦する翼猫二匹の翼に補われ、危急の際はスナイパーの精度をヒールにも活かすレイと市邨、そして三重の浄化を揮えるエニーケが補助に回る。
 だが三人のそれはあくまで危急時、竜が癒しに専念せねば瓦解は必至。
 敵が油断していれば毒手裏剣を放つつもりでいたが、
「向こうが油断すると考えること自体が油断ってことか……」
「そんな甘い相手じゃねぇって竜達が一番わかってんだろ、頼りにしてるぜ!」
 現実主義を標榜する彼の、それが現実。
 鼓舞するように笑ってみせたレイが夜明けの空から流星となってホワイトメロウへ翔け、砂も波飛沫も派手に舞い上げるスピンでライドキャリバーが襲いかかる。
「有利な状況を待つより創るほうが早いよ。俺達の手で、ね。――蔓、往っておいで」
「だよな。今度こそ、皆で……!!」
 柔く笑んだ市邨が皆へ告げ、手許へ囁きかければ、白花咲く勿忘草が嬉しげに明けの光を翔けて蔓草で人魚を縛める。額に真紅を、背に蒼き風を戴いて、刃には空の霊力を凝らせた蒼眞が迷わず馳せる。忘れえぬ白き人魚、彼女と殺し合う以外に道がないことを遣る瀬なく感じてはいても。
 彼の絶空斬、漆とエニーケの撲殺釘打法がホワイトメロウに刻まれた禍を跳ね上げる。
 特に目立つのは最早彼女の半身を覆わんとする幾重もの氷、鋭く肌身を抉るそれが此方の強みたる数の利を際立たせ、戦いの流れを加速させる。海鳴りから蓮華を護り抜いた彼女の翼猫が力尽きたが、敵への足止めも十二分、捕縛もそれなり。
「――となれば、確実な火力重視で行かせてもらいます」
「期待してるよ、毒島。俺も痛打を狙っていく」
 銀縁眼鏡の奥の眼差しがひときわ鋭さを増した刹那、漆は真正面からホワイトメロウへと肉薄した。繰り出す技は一見型をなぞる体術、だがその動きこそが彼の体内にグラビティ・チェインと魔力を五芒星の型にめぐらす儀式魔術。
 絶大な斬撃が白き人魚へ襲いかかると同時、数多爆ぜて花の如く咲いた氷片も彼女の身を裂き、氷花の煌きが消えるよりも速く桜の花弁が踊る。瞬時に視界を埋め尽くした桜吹雪は完璧な狙撃点を得た市邨の爆発的な瞬間火力をもって、一直線に白き人魚を突き抜けた。
 こころを利用して、愛おしき命を奪うなど、赦されない。
 理性はそう断ずるけれど、感情は。
「ねぇ、ホワイトメロウ。俺は」
 一人でも君の定命を祈る者が在るのなら、そうあって欲しかったよ。
 心無き機械であった市邨が、大切なひとにこころをもらったように。

●夢現
 遥か水平線から広がる空、揺蕩う雲に泣きたいくらい綺麗な薄桃色が燈って光る。
 彼方から寄せ来る波の音と響き合うのは儚くも優しい人魚の歌。
 普段のレイなら聞き惚れもしただろう。美しく可憐な少女が幾つも幾つも無残な傷を負う姿に胸を痛めもしただろう。だが彼は無意識に出る口説き文句さえもこの日は一切なしに、唯ひたすらホワイトメロウを追い詰める。
「テメェが弄んだ陽奈と陽斗の苦しみ、存分に味わえ!!」
 忘れはしない。死の眠りを破られた少女を。
 姉へ向かおうとした少年を引き戻した、この手の感触を。
「――撃ち貫け! ブリューナク!!」
 咆哮。レイと彼の愛銃の。
 銃口から光が爆ぜれば途端にそれは分離して、鮮烈な五条の輝きとなって白き人魚の肩を胸を喉を撃ち抜いていく。次の瞬間その頭上に落ちた蒼く巨大な影は、ウィルマが招来した蒼炎纏う巨大剣。
「ああ……。本当に、本当に、どうしようもない、生き物」
 冷たくクスリと笑むと同時、彼女は誰よりも残虐に人魚の身を斬り潰した。
 ひとの心の弱さや歪みを垣間見る愉悦。褒められた嗜好ではないと分かっている。けれどそれを好むからこそ、心が乱れ動く様が『無』になる死をウィルマは望まない。
 あの、娘を喪った父親のように。彼を愛した女性のように。
 白き人魚の所業でひとが死ぬ様を、もう二度と、目にしたくなどないのだ。
 二人の想いが痛いくらいに蒼眞の魂に響いた。人魚の歌よりも強く、熱く。
 あの二年前の結末を繰り返すわけにはいかない。それは、理不尽な終焉だ。
「ランディの意志と力を今ここに! ……全てを斬れ……雷光烈斬牙……!!」
 ゆえに蒼眞は全身全霊で理不尽な終焉を破壊する力を持つ冒険者を招来する。彼の意志と力を借り受け、二年前の理不尽な終焉を打ち砕くために解き放つ。全てを斬る輝きは人魚も彼女の時も斬り、理不尽を覆さんとする蒼眞の意志を繋がれたエニーケもまた渾身の想いと力をこめてエクスカリバールを揮った。
 相手の時を斬る力。即ち、パラライズ。
 星屑ほどの無数の釘を纏わせたエニーケの痛撃が幾多の禍ともに痺れも跳ね上げる。
『――……あら』
 紡ぎかけた海鳴りがふっつりと消える様にホワイトメロウがぱちりと瞬いた、瞬間。
 好機を逃さず人魚の懐へ跳び込んだのは漆、夥しい呪詛の相克ゆえに刃毀れが激しい刃で見惚れるように美しい斬撃の軌跡を描き、
「鮫洲さん!」
 彼女へ繋ぐために振り返った彼の視界に、蓮華のチャイナドレスが静謐な夜闇の色を宿す流れるような裾のローブに変わる様が映る。
 望みのままの姿となり、相手の命を己の裡に吸収する。
 世界で唯ひとり、蓮華だけが揮える魔法。
 まっすぐ駆けた。二年前の夢を、たったひとつだけ、叶えた。
「もう、君は何も奪わなくても良いんだよ」
 心のままにホワイトメロウを抱きしめた。
『……どうして、泣くの?』
「――!! メロウ、ちゃん……っ!!」
 それ以上は言葉にならなかった。
 物語の中で恋に殉じた人魚姫。彼女に恋の先にある、輝ける世界を見せてあげたくて。
 いつしか、人魚姫をホワイトメロウに重ねてしまっていて。
 夜の帳のなかに白き人魚を抱きしめ、己が魂に流れ込む彼女のいのちを感じて泣いて。
 腕のなかで彼女が最期の身じろぎをした。
 もしかすると、抗おうと、逃れようとしたのかもしれない。けれど。
 最期に、まるで蓮華の涙を拭うようにその頬へ触れて、ホワイトメロウは、消えた。
 ――さようなら、私の心を奪っていった人魚姫。

 わかっていたんだ、こうなることは。
 君がこの星に恋に落ちるような魔法を掛けられなかった、そのときから。

 世界を瑞々しい光に染めて、朝陽が昇る。
 繰り返し寄せ来る波は冷たくて、けれど、波で生まれる泡は雪のように桜の花弁のように優しく蓮華の足に触れていく。そこに復活した翼猫が、にゃあ、と寄り添ったなら、祈りに伏せられていた目蓋が開く。
「もう良ければ、帰りましょうか。ウチの連中も待ってるでしょうしね」
「うん。――来てくれてありがとう、毒島先生、みんな」
 ゆるりと紫煙をくゆらせていた漆が携帯灰皿で煙草を押し潰しつつ促せば、頷いた彼女が皆を見回し、ぎこちなく笑んだ。
 命はいつか必ず失われる時が来る。
 永遠を生きるデウスエクスも、ケルベロスがいる限り、それは同じで。
「い、何時か失われる、もの、だから、だか、ら……」
「……そうだね。ほんとうに」
 自分と同じかはわからない。
 けれどウィルマの言葉の先を何とはなしに察して、市邨は柔く目蓋を伏せた。
 願わくば。
 蓮華のこころに、ホワイトメロウのこころに、優しい朝が訪れますよう。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 6/素敵だった 15/キャラが大事にされていた 5
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