荒ぶる! ファイティングパンダちゃん

作者:狐路ユッカ


 児童公園のはずれ。古ぼけたプレイスペースがあるところで、鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)は大きく伸びをした。夕暮れ時、もう人の姿は無い。
「んーっ、久々に可愛いアニマルカーも見れたし、そろそろかえろっかな~。ね、ぽかちゃん先生」
 傍らのウイングキャットがくわ、とあくびを一つしたとき、蓮華は背後に迫る影に気付いた。
「え、パンダちゃん……?」
 その姿は、パンダカー。四足走行(?)でゆっくりと可愛らしい曲を流しながら蓮華に近づいてくる。――誰も乗っていないのに。可愛いけど、何かおかしい。そう思った時、パンダカーはぐわりと後ろ足で立ち上がった。
「ころ、す! 鮫洲蓮華ッ……ころす、けるべろすころす!」
「うわっ……」
 そのもふもふもったりな体型からは想像もつかない速さで、蹴りを繰り出す。地を転がるようにしてそれを避けると、蓮華はパンダカーを見上げた。きりきり、と頭の上のハンドルが動いている。
「ころす、ころす……!」
「パンダちゃん、パンダちゃん!? どうして……!」
 それは、切ない事に蓮華が幼い頃大切にしていたパンダカーにそっくりだった。愛らしい、それでも、戦わねばならぬ。敵は蓮華の命を欲しているのだから。


「鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)さんが、ダモクレスに襲われるのを予知したんだ。一刻も早く向かって欲しい!」
 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は息せき切って説明を始める。
「連絡もしてみたけど、やっぱりつながらなくて……場所は町はずれの大きな児童公園、そこの一角の小さい遊園地みたいな……プレイコーナーっていうのかな? カートとかおいてあるところなんだけど」
 一般人はおらず、ケルベロス達が到着する時にはダモクレスと蓮華の二人だけだから、ただ蓮華を救う事だけ考えてダモクレスを討伐すればいい、と祈里は続けた。
「ええと、ダモクレスはファイティングパンダちゃんっていうんだけど、二足歩行で足技を繰り出して来たり、四足スタイルになって突進して来たりするみたい」
 祈里はその姿を思い出しながらうーん、と唸る。
「本来はパンダカーなわけだから……100円玉を入れたら乗せてくれそうな雰囲気あるけど……相当荒ぶってるからね。グラビティをガンガン当てて、弱りきったらもしかして、もしかして乗せてくれたりしないかな」
 ハッとして祈里は首を横に振る。
「とと、そんなこと言ってる場合じゃなかった。可愛い外見に油断すると危険だよ。なかなかに重い一撃を持ってるみたいだから。……気を付けてね」
 それじゃあ行こう。祈里はヘリオンへと向かう。
「慌ただしいけど、行こうか。蓮華さんを助けに」


参加者
クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
霧崎・天音(星の導きを・e18738)
シェリー・シュヴァイツァー(花紬の氷晶姫・e20977)
七海・浬魚(飛翔する魚・e44241)
リリィ・ポー(愛に飢えた怪物少女・e45386)

■リプレイ


 鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)は、対峙するパンダカーを見つめ、戸惑うように瞳を泳がせる。そして、意を決したようにその視線をまっすぐにパンダちゃんへと向けた。
「パンダちゃん、ごめんね」
「ころす」
 荒ぶるファイティングパンダちゃんは答えない。ただ、蓮華への殺意を露わにするだけ。
「本当はしっかり直してあげて、もう一度遊んであげらるようにしてあげれば良かったよね?」
 ぴくっ、とファイティングパンダちゃんの肩が揺れたような気がした。
「ころ、す! ころすころすころすころすころす!!」
 四足歩行形態をとったファイティングパンダちゃんは、まっすぐに蓮華へと突進してくる。
「ぽかちゃん先生! キャットリングだ!」
 迎え撃つように、蓮華の声に呼応してぽかちゃん先生はキャットリングを放った。バシュ、と音を立ててファイティングパンダちゃんの毛皮が切り裂かれる。それでも勢いを落とすことなく、ファイティングパンダちゃんは蓮華へと迫った。
「!!」
 痛みがその体に走る前に、どんっと鈍い音が響いた。
「シエラさん……!」
「助けに来たよっ」
 身体全体でファイティングパンダちゃんを受け止め、深く息を吐いてからシエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)はそう答えた。その顔には、笑みが浮かんでいる。見れば、仲間たちがそこに集っていた。蓮華は安堵に息を吐く。七海・浬魚(飛翔する魚・e44241)は眼前のパンダに思わず呟いた。
「な、なにあれカワイイ!」
 可愛いけど、なかなかに凶悪だ。突き飛ばすようにしてファイティングパンダちゃんと蓮華の間に距離を作ると、シエラシセロは告げた。
「さぁ、悔いを残さないよう想い届けようか」
 己を含めた前衛へとケルベロスチェインを展開し、魔法陣を描く。行こう。背で語れば、仲間たちは頷き合った。
 ぐおおおっ、とファイティングパンダちゃんはおもちゃと思えぬ悍ましい遠吠えを響かせる。そして、すっくと後ろ足で立ち上がった。
「うぅ、レプリカントさんとは仲良くなれたのに他のダモクレスさんとは仲良くなれないんでしょうか……?」
 クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)は眉を寄せる。
「何故4足歩行ってキャラを諦めるくらい荒ぶってるのかわかりませんが……これ以上の乱暴は許しません!」
 防御の構えを取り、蓮華を庇うように立つ。ありがとう。蓮華の声が、背に届いた。
「……せめて優しく、凍てつかせてあげる」
 シェリー・シュヴァイツァー(花紬の氷晶姫・e20977)が、その指先を躍らせると、甘やかな声色とは対照的な冷たさがファイティングパンダちゃんを襲う。ぎぃ、と叫びながら、パンダちゃんは勢いよくその足で蓮華を狙い蹴りを入れてきた。その足に向かうようにして、クロコはゾディアックソードを両手に斬りかかる。
「くっ……!」
 激しい衝撃は互いに。ザァッ、と後ろに押されるようにクロコはダメージを受けた。しかし、パンダちゃんとて無傷とはいかない。
「蓮華ちゃんがパンダちゃんに傷つけられる、そんな未来は変えられる……!」
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)は愛らしいパンダのきぐるみに身を包み、スッとアリアデバイスを掲げた。
「ま、鞠緒さん……!」
 なんかやたらとかわいい。この緊張感と切なさに包まれた戦場に、一筋のほのぼのがやってきた。たまらず蓮華はくすりと笑ってしまう。可愛い物を見たときに零れる、小さな笑顔だ。歌い上げるは『深空』。パラディオンとして目覚めて知った、まだ歌いなれぬ歌。
(「届いて……!」)
 パンダのきぐるみから響く歌声に、パンダちゃんの動きが一瞬止まった。
「あんまり悪いことしたら……いくらパンダさんでも許さない……」
 霧崎・天音(星の導きを・e18738)は、顔にこそ出さないが大好きな可愛い動物を模した相手に少しだけ複雑な気持ちになりつつ、エアシューズで蹴りかかる。
「ぎゃんっ」
 パンダちゃんの悲鳴が、なんだか切なかった。
「……見た目が可愛いとちょっとやりづらいけど……やるしかない……」


 ぐおおおお、とパンダちゃんが再度吼える。リリィ・ポー(愛に飢えた怪物少女・e45386)はびくりと身体を揺らしたが、ゆっくりと首を横に振った。
「……今回は、ケルベロスの仲間のピンチですものねぇ……怖がってなんて、いられないわぁ」
 デウスエクスへの、怒りを胸に。
「ぱんだちゃんを攻撃するのはぁ、ちょっと忍びないけどぉ……仕方ないわよねぇ」
 スッと大きなマスクを外し、ワイルド化した鮫歯を晒すと、ニィッと笑う。
「最初はぁ、牽制からかしらぁ?」
 大きく口を開いてビームの用意をしたパンダちゃんへと、轟竜砲がまっすぐに飛んで行った。
「っぎゃ!!」
 パンダちゃんは衝撃に驚いたような声を上げ、そして気を取りなおし息を吸い込む。――来る。
「可愛くて強いとかズルいなー……でも負けないよ!!」
 浬魚は、まばゆく輝くオウガ粒子を放出すると、最前に立つ仲間へとその力を届ける。直後だった。吸い込んだ息と引き換えに、パンダちゃんが強烈なビームを吐き出したのだ。
「うわっ……」
「ちょっとまってええええええ!!」
 庇いあうケルベロス達を焼く様に放出されるビームに悲鳴が上がる。
「はぅ……四つん這いの動物ロボは合体してカオが胸部に来るお約束ですけど……この子はそういうことはなさそうでしょうか……」
 抱きしめるようにして天音を庇ったクロコは顔をあげてパンダちゃんに向き直る。
「多分……」
 天音は曖昧に頷いた。
「……ッごめんね」
 蓮華は謝罪の言葉を口にしながら、フロストレーザーを撃ちこむ。
(「本当はしっかり直してあげて、もう一度遊んであげらるようにしてあげれば良かったよね?」)
 暴れまわるパンダちゃんに命中する凍結光線を見つめ、締め付けられる胸をギュッとおさえる。その体は、パンダちゃんとの戦闘で傷だらけだった。
「蓮華ちゃん」
 シエラシセロはそんな蓮華の表情に気付いてか、そっと背に寄り添う。そして、そっと癒すためのオーラを与えるのだった。
(「パンダちゃんは……きっと蓮華ちゃんが大切にしていたものなんだよね」)
 ふわふわのパンダは愛らしく、しかして狂気に満ちて襲ってくる。立ち向かうしか、無いのだ。
(「こんな事になっちゃうなんて、悲しいものね……」)
 愛らしい存在が、誰かを殺めてしまう前に。シェリーは日本刀を手に、緩やかな月を思わせる太刀筋で斬りかかった。びりっ、と音がして、パンダちゃんの毛皮がまた一部、裂ける。その隙にと、ヴェクサシオンは前衛に立つケルベロスの前を清浄の翼で羽ばたいた。鞠緒は不意に百円玉を取り出し、パンダちゃんに近づく。
「!?」
 パンダちゃんは、百円玉を凝視して一瞬動きを止めた。
「えいっ」
 いまだ、とばかりにその背にひらりと飛び乗り、右足で背を蹴るようにして降りる。ガッ、と小気味いい音を立てて、パンダちゃんはその場に倒れ伏した。ガタガタ、と小刻みに震えながら、パンダちゃんは四足走行形態に戻ろうとする。天音はその前へ躍り出ると、ぐんっと踏み込んで鋼の鬼と化した己の拳を勢いよくパンダちゃんの脳天に叩き込んだ。
「ギッ、ガガッ!!」
 ギュギュッ。パンダちゃんの足に仕込まれているローラーが音を上げる。
「天音ちゃんっ……」
 急発進したパンダちゃんに轢かれそうになった天音を突き飛ばすように、蓮華が守る。
「っ……蓮華さん?」
 その場に倒れ伏した蓮華を見つめ、天音はひやりとした感覚が背を走るのを感じた。
「蓮華さん!」
「……、大丈夫……」
 ゆらり、蓮華は立ち上がる。追撃を目論むパンダちゃん目がけ、リリィはずいと片腕を伸ばした。


「これが、本命よぉ」
 オイタはここまで。リリィの片腕に集まったワイルドスペースが、不気味にゆらりと蠢く。ざわりと殺気を孕んだそれはやがて大顎へと姿を変え、モザイクの口の中へとパンダちゃんを一呑みに噛み砕きにいった。
「ぎゃりっ……ぎゃごりりりっ……」
 もはや、パンダちゃんに喋ることは叶わない。それは油の切れた機械と同じ軋む音を響かせるだけ。ぱっくりと開いた口からは、ビームが放たれる。
「きゃあああっ」
 悲鳴が上がる。なんとか踏みとどまった蓮華へと、浬魚はその手を優しくかざした。
「鮫洲さん、しっかり……!」
「う、ん……ありがとう」
 傷ついた仲間たちへとシエラシセロがサークリットチェインを展開し、小さく宣言する。
「させないよ。守り切ってみせる」
 すう、と鞠緒が息を吸い込んだ。その手を、パンダちゃんの胸に伸ばして。
「これは、あなたの歌。懐い、覚えよ……」
 現れた本を開き、歌い上げるはかの者の過去、その欲求。幼い子供が百円玉を握りしめて駆け寄る様子、その背に乗せて歩いた公園。走馬灯の如く。パンダちゃんは完全に動きを止めた。
「れん、げ」
 パンダちゃんの音声が、かすかにそう告げた気がした。蓮華はぐっと拳を握りこみ、パンダちゃんへ駆け寄る。
「最後だよ……さよなら……っ」
 ばき、と大きな音を立てて、パンダちゃんの頭部を砕いた。キラキラと輝きながら、重力の楔を打ち込まれたパンダちゃんは消えていく。小さく、小さくあのころのメロディが聞こえたような、そんな気がした。


 切ない気持ちを胸に押し込めて、蓮華は笑顔で仲間たちを振り返る。
「みんな、助けに来てくれて本当にありがとう!」
 クロコは花弁のオーラを降らせると、周囲を美しくヒールした。
(「大好きなパンダちゃんが襲ってくるなんて、蓮華ちゃんショックだったでしょうね……」)
 そっと寄り添い、鞠緒は希望の歌を優しく口ずさむ。せめて、少しでも元気を出せるように。自分が出来るせめてものこと。
「あの……何か残ってないかな。パンダちゃんの……何か」
 蓮華はもしよければ探したい、と請う。
「そっか、思い出のパンダさんだったんだね……」
 もちろんだよ、と頷き、浬魚は当たりを見回す。リリィが何かを拾い上げた。
「これぐらいしかぁ、見つからなかったわぁ。ごめんなさいねぇ」
 戦闘で切り裂かれたパンダちゃんの毛皮だ。その破片が、あちこちに散らばっていた。これなら、もしかして……。
「うーん……直せないかな……直せたらいいけど……」
 天音は同じように拾い上げた布きれを見つめて呟く。蓮華はハッとした顔で皆に頼んだ。
「まだあるかな、あれば欲しいな」
 頷き合うケルベロス達。そうして、蓮華の手元には散り散りに破けたパンダちゃんの毛皮が集まった。はたから見ればただのぼろきれ。それでも、蓮華には大切な物。
(「もう、一緒に遊ぶことは出来ないけど、思い出と共に、また一緒にいようね」)
 手元に残ってくれたその毛皮を愛おしそうに抱きしめると、蓮華は胸に誓った。――もし、また会えたなら、次は。次こそは、大切にするよ、と。
(「これからは、どうかゆっくりと、蓮華と一緒に、安らかに暮らせますように」)
 残骸を胸に抱く蓮華を見つめ、シェリーは静かに祈る。
 シエラシセロは柔らかく微笑んだ。大丈夫、蓮華はちゃんと前を向いていける。
(「同じ形に残らなくても蓮華ちゃんの心の中にはきっと……」)
 そして、そっと瞳を閉じた。
 天音も、蓮華が立ち直れそうなのを見てほっと胸を撫で下ろす。
「帰り……皆で何か食べて行こう」
 時は夕暮れ。物悲しげな人のいない児童公園に、あたたかなケルベロス達の話し声が響いていた。もう、パンダちゃんのメロディは聞こえない。それでも、蓮華の胸には優しいメロディが流れ続けている事だろう。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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