遥かなる星の堕罪

作者:朱乃天

 ネオンの明かりが煌めく華やかな夜の繁華街。
 多くの人で賑わいを見せる雑多な光景も、夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)にとっては却って眩し過ぎる程。
 ここ最近、妙な胸騒ぎを感じることが多くなり、賑やかな場所に行けば気も紛れるだろうと思って来たのだが。
 こうした煌びやかな空間は、やはり自分に合わないと。静寂を求めるように脇道に逸れ、そのまま路地裏の奥に入り込むように足を向ける。
 その場所は表通りの喧騒とは対照的な、無機質なコンクリートに閉ざされた世界。
 人の気配もない程静まり返り、この一帯だけ時が止まっているかのような、不思議な空気に包まれていた。
 左右に並ぶビルには、使われていない空きビルもあるようで。古びたレトロな外観のその建物は、錆だらけのシャッターが閉じられたまま、放置され続けている状態だ。
 そしてふと見ると、壁沿いの非常階段に通じる扉の錠前が外れているのに目が留まる。
 単に施錠し忘れたのだろうかとも思ったが、罪剱はそれが妙に気になって。得体の知れない何かに誘われるように階段に足を掛け、最初の一歩を踏み出した。
 カツンと音が響いて、階段を上る度、罪剱の胸の鼓動が次第に大きくなっていく。
 やがて屋上に辿り着き、彼が目にした光景は――空一面に広がる満天の星だった。
 心が吸い込まれるような鮮やかな星空に、罪剱は一瞬目を奪われる。だが直後、屋上の片隅にいる人影に気が付いて、その姿を視界に入れた途端、罪剱は驚愕して言葉を失ってしまう。
 そこにいたのは、一人の少女。罪剱と同じような星雪色の髪をして、黄昏を抱いたような緋色の双眸で、罪剱を見ると天使のようにニコリと微笑んだ。
「……はる……か……?」
 必死に言葉を絞り出し、口から零れた呟きは、誰かの名前だろうか。しかし彼女は何も答えず、黙したまま罪剱の傍に歩み寄る。
 少女の右手に日本刀。左手には拳銃が握られていて。
 優しそうに綻んでいた口元は、殺意と狂気を孕んだ笑みになり。甘えるように囁く少女の声が、昏くて冷たい夜の世界に響き渡る――。

 ――ねえ。私と一緒に、殺し『愛』ましょう?

 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はケルベロス達を急いでヘリポートに召集し、慌ただしい様子で事件を伝える。
「緊急事態だよ。罪剱さんが宿敵のデウスエクスに襲撃される予知が見えたんだ。急いで連絡を取ろうとしたんだけど、どうしても彼とは連絡が繋がらないみたいでね」
 とにかく今は一刻の猶予もない状況だ。罪剱がまだ無事な間に、すぐ彼の救援に向かってほしいとシュリはケルベロス達に懇願し、続けて敵に関する情報の説明をする。
「今回出現した敵は少女の姿をした死神で、罪剱さんは見覚えがある様子らしかったけど」
 彼と少女の関連性は不明だが、シュリは少し考えた後、気を取り直して言葉を続ける。
 敵の武器は銃と日本刀。攻撃方法は、銃を用いた精密射撃で急所を射抜いたり、相手の生命力を啜り喰らう刀で斬り付けてきたりする。更には周囲に漂う死霊の群れを召喚し、相手に憑かせて動きを束縛するといったこともしてくるようだ。
 そして戦場となるのは、繁華街の路地裏にある空きビルの屋上だ。周囲に人の気配はないので、避難誘導などは気にすることなく、戦いのみに専念すれば良い。
 一通りの説明を終えた後、シュリは一旦間を置き口を噤むが、再び口を開き、念を押すかのようにケルベロス達に一言だけ告げる。
「……例え敵の姿形がどうであれ、キミ達や罪剱さんにとって彼女は倒さなければならない死神なんだ。だからそのことだけは、決して忘れないでいてね」
 彼等に課せられた使命は、死神と戦って、彼女をただ殺すのみ。
 全てを成し遂げた先に待っているものが、どんな結末だろうとも――。


参加者
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
アゼル・グリゴール(アームドトルーパー・e06528)
ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)

■リプレイ

●追憶
 ――ねえ。私と一緒に、殺し『愛』ましょう?

 少女の唇から囁かれた甘い声。
 彼女が発した言の葉は、彼の脳裡に眠る記憶を呼び醒ます。
 夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)の目の前に立つ少女。その容姿は青年とどこか似た面影があり、故に彼女を見た瞬間、彼はいつもの冷静さを欠いて驚きを隠せずにいた。
 『遙剱(はるか)』と呼ばれた少女の死神は、天使のような微笑を携えながら、拳銃と太刀を手にして自分と似た姿の青年の許に歩み寄る。
「――ああ、そうだな。俺は君を愛すよ。だから――殺し“愛”だ。……どうか『あの時』の約束通りに、俺を――殺してくれ」
 その発言に含まれているのは諦観だろうか。否――彼の少女を見つめる緋色の瞳は、生の輝きを失ってはいない。

 ――“彼女”じゃない君に、俺を殺すことが出来るのなら。

 少女が仕掛けるより先に、罪剱が地面を蹴って高く跳躍し、決別を告げるように重力を乗せた蹴りを放つ。
 しかし遙剱は刀の峰で蹴りを受け流し、後方に飛び退ってこの攻撃を回避する。そしてすかさず銃で狙いを定めて、今度は遙剱が戦いの引き金を引く。
 精密射撃によって撃ち込まれた凶弾が、罪剱の心臓目掛けて迫り来る――。だがそこに、心強い『援軍』達が駆け付けて、少女の前に颯爽と立ちはだかったのだ。
「――そうはさせん!」
 蒼き鱗を纏ったドラゴニアン、神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)が割り込むように現れて。竜骨で造られた青雷の太刀を振るい、描く軌跡は銃弾を真っ二つに斬り落とす。
 どうやら間一髪間に合ったみたいだと。晟は悪友たる青年と顔を合わせると、安心させるように笑みを浮かべながら親指を立て、ここから先は共に戦うことを誓い合う。
「『再会』にしては、少々混ざりものが多すぎるんじゃないか? ……勝手で悪いが、引き留めるぞ」
 片や此方は金の鱗を持つドラゴニアン、ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)が、海神の力を宿すと称するオウガメタルの力を発動させて、放出された光の粒子が仲間の戦意を奮わせる。
「――浅小竹原 腰なづむ 虚空は行かず 足よ行くな」
 狩衣衣装に身を包んだ御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が、両の手甲を逆拍子で打ち付けながら口遊むのは、挽歌とも呪歌ともされる古謡の詠唱だ。
 呪詛の力は、地の奥底へ引き摺り込まれるような苦痛を少女に与え、狐の霊が取り憑くかのように、相手の身体の自由を奪って拘束し続ける。
「あっしも助太刀致しやす」
 宵一に続いて、茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)が砲撃形態の巨大な槌に魔力を充填。圧縮された魔力の砲弾が死神の少女を狙って発射され、竜が猛るが如き砲撃音が轟き響く。
「何とか間に合ったようですね。悔いなく戦うことができるよう、全力でサポートします」
 自身の身内と同じ姿をした敵と、自分が戦う立場になったなら……それは他人が思う以上に、本人には辛いことだろう。
 レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)はせめてそうした迷いだけでも払拭させるよう、極彩色の風を巻き起こし、昂る闘志を呼び起こさせる。
 仲間の窮地を救うべく、続々と戦場に乗り込むケルベロス達。
 ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)も他と同様、ただ仲間を護りたいという思いを込めて、喰霊刀を抜いて呪われた力を解き放つ。
「僕は僕なりのやり方で、今後生じうる被害を食い止めてみせます!」
 刀に宿りし呪詛を刃に載せたラグナシセロの斬撃が、身を躱そうとする死神を捉えて切り裂き、少女の腕に薄ら赤く血が滲む。
「此度の相手、縁あるお方がおられる様子。ならば私自身は、脇役に徹するのが吉ですね」
 敵との宿縁ある者への補佐こそが、自分の役割なのだと心得て。アゼル・グリゴール(アームドトルーパー・e06528)はバスケットボール程度の大きさの、浮遊ドローンを展開させる。
「システム起動……システム、データリンク共に異常なし……オービット射出。――では、参りましょうか」
 機銃や防御楯で武装したドローンを側に配備させ、護りを固めてアゼルが敵を迎え撃つ。

 ――時が止まったままの運命は、廻り廻って閉じた記憶をこじ開けて。
 褪せた世界に色を射し、時計の針が再び命の時間を刻み始めると――。
 螺旋のように絡まり合う、涯無き悲劇の幕が斯くして新たに開かれる。

●告解
 最愛の妹の名前を、罪剱は少女に向けて口にする。彼女は確かにあの時死んだ筈だった。
 その死の間際に交わした約束――或いは押し付けた贖罪――。
『また君と、遠いどこかで出逢えたのなら、その時は君が俺を殺(許)して欲しい』
 彼女の生を、全てを奪ったのは他でもない、自分自身なのだから。故に彼女が今になって現れたのは、最後の約束を果たしに来たのだ、と。
 それなら望み通り、互いに殺し合おう。瞑目し、精神を集中させて強く念じると、見えない念波が少女の身体を圧迫し、音もなく突然肩が破裂し鮮血が飛散する。
「相手は死者の肉体を借りただけのデウスエクスです。百も承知であるとは思いますけど、どうかくれぐれもお忘れなきように……」
 傍らに並び立つ友人に、宵一は余計なお節介だと思いつつ敢えて忠告をする。そして彼から返事が返って来ないことも織り込み済みで、肩を竦めながら苦笑を漏らし。腕に装着した大型ナックルガードに魔力を集め、光の波動を放って牽制気味に敵を射撃する。
「あの少女に面識などないが……夜刀神君がそう望むなら、我々もやるしかないだろう」
 例え相手が何であろうと、友に手出しをするなら手加減する心算はない。晟が雷を帯びた戟を構えて猛突進し、豪快に放たれた突きを少女は避けようとする。しかし巨体から繰り出される剣圧が、敵を逃さず捕らえて脾腹を抉るように刺し穿つ。
「おっと、ソイツを抜かせるわけにはいきやせん」
 戦場で培われた三毛乃の観察眼が、敵の次なる動作を直感的に予測する。
 少女の刀を握る右手が強く絞られる。ならばと三毛乃は刃が振るわれるよりも素早く先んじて行動し、拾った瓦礫の礫に魔力を込めてコーティング。指で弾き飛ばした弾丸が、少女の右手を見事射抜いて相手の武器を抑え込む。
 敏捷力の高い敵が相手である以上、機動力を優先して封じるべく仕掛けるケルベロス達。
 そうした番犬達の狙いを察したか、遙剱は周囲に漂う死霊の群れを召喚し、それらを纏わり憑かせて彼等の行動を縛り付けようとする。
 そこへ今度はガロンドが、妖精の力を借りて花弁のオーラを舞い降らし、仲間に取り憑く澱んだ邪気を瞬く間に打ち消していく。
 ――ガロンドは、死人に逢えるといわれる蛍の話を彼にした日のことを思い出していた。
 罪剱は当時、妹を一目見たい、と確か言っていた。彼の願望は、一体どこにあるのだろうと思っていたが、行き着く先は考え得る中での最悪の結論だ。
「本来なら、沿ってやりたい。が――」
 正直、思うところは多々あるが。想像している結末だけは止めなければならない。自分がここに来たのは、その為なのだから――。
「――優しき願いに応えて集え」
 レクトも重ねるように癒しの力を行使する。清浄な風が戦場を吹き抜け穢れた気を祓い、風が通り抜けた後、雨あがりの優しい緑の匂いに包まれながら身も心も満たされていく。
「この美しい夜の星々の下、安らかに眠らせて差し上げましょう」
 ラグナシセロが舞い踊るように疾走すると、両脚から真っ赤な炎が燃え盛る。煌びやかなヴァルキュリアの青年は、少女をダンスに誘うが如く華麗にステップ刻んで接近し、紅蓮を帯びた灼熱の蹴りを見舞わせる。
「死神とは、何を以てしての死神でしょう。……まぁ、見た目からして、因縁ある彼に死を齎すが故を揶揄しての、でしょうか」
 敵の少女をゴーグル越しに一瞥すると、アゼルは彼女が討つべき死神であることを再認識し、最大限に警戒しながら立ち向かう。機械の腕に空の霊力纏わせながら距離を詰め、手刀で敵の傷口狙い、更なる傷を広げるように斬り付ける。

 ケルベロス達の流れるような連携力による波状攻撃が、敵の生命力を次第に殺いでいく。それでも少女の顔は微笑んだまま、まるでこの殺し合いに愉悦しているかのようであり。次は相手の血を啜り喰らおうと、星明かりで妖しく煌めく刀を振るって斬りかかってくる。
「……縁ある故人の姿を騙るたぁ、少々悪趣味過ぎやぁしやせんか」
 振り下ろされた少女の太刀を、三毛乃が槌を盾代わりにして身体を張って防ぎ切る。嘗て夫を亡くした身空である女侠にとって、死神の生命を弄ぶような行為は到底許せるものではない。
 されども三毛乃は、顔色一つ変えることなく、眇めた片目で鋭く見据え。少女の姿を模した忌むべき死神に、燻る憤怒の炎を静かに心の中で燃え上がらせる。
「死神って、新たな能力を得る為に……その持ち主の身体を奪うんでしたっけ」
 宵一は凍結都市で遭遇した死神のことを思い出し、今戦っている少女もそうして得たものなのかと思案する。その能力は確かに理に適っているのだろう。けれどもそれは故人の人格や、懐かしい記憶、手向けられた思いまでも踏み躙ることに他ならない。
 寡黙さ故に、宵一の表情は一見しただけでは変化はない。しかし怒りを堪えるように奥歯を噛み締めながら、相手の進化の力を止めようと、凍気を纏ったナックルガードで超重力の一撃を叩き込む。
「お膳立ては我々がする。夜刀神君にとって悔いの残らない結末を迎えられるなら、それでいい。……後はやるかやらないか、全ては夜刀神君次第だ」
 晟は目を合わせることなく、背後の青年に向けて言葉を投げ掛ける。自分が成すべき役目は彼の盾として、大事なモノを護り抜くのだと。その身に溜めた気力を滾らせながら、相棒であるボクスドラゴンのラグナルと共に、万全を期して敵の攻撃に備えるのであった。

●葬送
「くっ……!?」
 遙剱の銃から射出された弾丸が、罪剱の足に直撃し、蹌踉けるように片膝を突く。
 だがすぐに剣を地面に突き刺し、身体を支えるように起き上がる――悲痛に耐えながら、戦闘に望むその姿は、まるで死を望んでいるかのようであり――。
「実に無粋だが……仕方あるまい」
 痛々しい彼の姿を見かねたガロンドが、ミミックのアドウィクスの力を利用して、エクトプラズムによる幻覚を創り出す。
 其処に顕れ出ずるのは対象者にとっての大事な存在。即ち――もう一人の遙剱の幻影だ。幻の少女は、背中を優しく包んで刹那の温もり齎して、傷を癒し終えると霧が晴れるかのように消えていく。
「回復は俺達に任せて下さい。イードはラグナの援護を。そっちの方はしっかり頼んだよ」
 レクトが癒し手として治癒に専念し、従者のビハインドには大切な弟分を支援するよう指示を出す。兄貴分であるレクトの思いをラグナシセロは確かに受け取って、光の翼に全ての力を注ぎ込み、全身が眩い光に包まれていく。
「……有難う、レクト。最後まで惑わぬよう、共に戦い抜いていこう」
 自らを光の矢と化して、ラグナシセロが迷うことなく突撃をする。そして彼に合わせるように、イードが遙剱の身体を金縛りにして。動きを抑えたところへ、戦天使の渾身の体当たりが炸裂し、死神の少女は衝撃に吹き飛ばされてフェンスに背中を叩き付けられる。
「この好機、逃しません」
 敵を追い詰めるなら今がその機会だと。アゼルは縛霊手から霊糸の網を放射させ、少女の四肢に糸を絡めて締め付ける。
 相手の動きが落ちている、ここが攻め時だと三毛乃は判断するや、右目を開眼させて地獄の炎を噴き上がらせる。
「――齧られちまえば脛に疵」
 猫に纏わる伝承を、拡大解釈から実再現させる三毛乃の奥義。開かれた右の眼窩に爆炎棚引かせ、左手を入れた懐から瞬時に銃を抜き放つ。呪詛を宿した弾丸が、【すねこすり】のように少女の足を狙い澄まして撃ち抜いた。
 畳み掛けるようなケルベロス達の猛攻に、死神の少女は深手を負って力尽き果てようとする寸前だ。口から滴る血を拭い、浮かべる笑顔も弱々しくて。それでも残った死力を振り絞り、最後の『殺し愛』に勝負を賭ける。
「……どうか最後は、ひと思いに」
 宵一が【若宮】と銘を打たれた家伝の太刀を振るう。刃に稲妻奔らせて、地を蹴り繰り出される紫電の突きが、少女の腹部に深々と突き刺さる。
「『身』頭滅却すれば火もまた涼し。燃えるものが残らねば、熱さなど感じないだろう?」
 晟が大きく息を吸い込み魔力を練り上げて。口から一気に噴出された蒼い炎の息吹が旋風となって渦を巻き、劫火の嵐に呑まれた少女は魂までも灼き尽くされて、いよいよ終焉の時を迎えようとする。
 ――彼女が紛い物であろうとも、もう一度巡り会えたことがどれ程嬉しかっただろう。
 この時が永遠ならばと罪剱は願うも、所詮は叶わぬ望みだと。自分を見つめる彼女の双眸は、生を甘受している自分を憐れむように儚げで。過去に囚われ、未来を拒んだ代償こそが彼女であるというのなら。罪に塗れて穢れたこの手で以て――彼女の全てを終わらせよう。
「――貴女の葬送に花は無く、貴女の墓石に名は不要」
 遙剱が銃を撃つより先に、罪剱の剣が彼女の胸を貫いて。糸が切れたように崩れる遙剱の体躯を、罪剱が咄嗟に抱き止める。死に逝く少女を抱える彼の腕の中、彼女は淡い光に包まれながら、最期を看取られるように消滅していった――。

 死闘を終えたばかりのビルの屋上は、再び元通りの静かな空気に包まれる。
 アゼルは一言も発することなく押し黙ったまま、光の行方を追うかのように星が瞬く夜空を仰ぎ見ながら、少女の冥福をただ祈る。
 同じように星を見上げるラグナシセロの頭の上に、レクトがそっと手を添え髪を梳くかのようにふわりと撫でる。
 レクトにとって彼は大事な家族だ。当人はどう思っているのか知らないが……これからも彼を支える存在でいられたら、と。一人密かに心の中でそう呟いた。
 罪剱はフェンスに凭れ掛かるようにして、晟が渡した林檎を掌の中で転がしながら、暫しの間呆然と佇んでいた。
 ――俺はまた、置いていかれてしまったか。
 満たされながら眠りに就いた少女の死に顔は、全てがあの日と同じものだった。
「……きっと俺と君の未来は、永遠に閉ざされたままだろう」
 犯した罪は未だ赦されず。繰り返される運命に翻弄され続け、孤独に打ち拉がれる青年に、言葉を交わす友がいた。
「『彼女』の絵を描いてみたんだが。何かの足しになるかと思ってね」
 ガロンドは戦闘中に目に焼き付けた少女の姿を思い出しながら、ゴーストスケッチで肖像画を書き上げていた。
 想い出を潰すのは、過去の自分を消すのと同じこと。気に障ったなら処分するからと、返事を待ちつつガロンドは、眺める夜空に少女の眠る星を探して、安寧を願うのだった。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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