蒼い青いモザイク

作者:狐路ユッカ


「あっれぇ……? 確かこの通りだったと思ったんだけどなぁ」
 ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)は、小路へ入ってあたりをきょろきょろと見回した。少し寂れた街だが、ここにある寿司屋が最高に美味しいと聞いてきたのだ。グルメとして、これは見逃せないと勇み足で来たのは良いが、いかんせん場所がわかりにくかった。うーんうーんと唸りながら店を探していると、背後から声をかけられた。
「こんにちは」
「へ?」
 振り返った先には、青いローブを身にまとった青年。清流のような美しい髪は緩く編んで肩に流している。穏やかなその瞳に反し、纏っている殺気はかなりのものだった。
「君……は」
 ルリカが何かを言いかけた瞬間、彼はその手に持った杖をルリカへと向けた。
「ッ!?」
 勢いよく、杖の先からモザイクが飛び出す。寸でのところで躱すことには成功した。彼は、その様子を見て唇の端を吊り上げる。
「……このネーベルの欠損、埋めさせていただきますよ」
 彼の左手の籠の中で、モザイクがざわり、と蠢いた。


「ルリカさんが……ッ、と、ごめん! 緊急事態だ。ルリカさんが襲撃されるのを予知して、連絡を取ろうと思ったんだけど、繋がらなくて……!」
 慌てた様子で秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)はケルベロス達に懇願する。
「連絡がつかないって事は……もう猶予が無いって事だと思うんだ。一刻も早く、ルリカさんが無事なうちに助けて欲しい」
 早口のまま、祈里は説明を続ける。
「現れるのは、ネーベルという名のドリームイーターだ。彼は己の欠損を埋めるため、ルリカさんを殺してドリームエナジーを奪うつもりらしいね……。きっと欠損は埋まらないでしょう? ルリカさんを殺したら、また次のドリームエナジーを……ってなるだろうし」
 祈里はふるふると首を横に振る。
「ルリカさんはもちろん、誰も殺させない。君たちなら助けてくれるって信じてる」
 ネーベルは1人で現れる。その手に持った杖で、モザイクを操り襲い掛かってくる。ルリカ1人で対処できなくなるのは、時間の問題だ。早く救援に向かい、彼を倒さねば。
「お願いだよ、すぐにルリカさんの元へ向かって……!」
 祈里は立ち上がると、皆を急かすようにヘリオンへと走った。


参加者
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)
スノードロップ・シングージ(抜けば魂散る絶死の魔刃・e23453)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)

■リプレイ


 モザイクを躱すルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)を見て、ネーベルはにっこりと笑みを深める。ルリカに反撃の隙を与えぬほどの連撃。そのモザイクの嵐に、ルリカはうっとちいさく呻いた。
「逃げてばかりですか? 子猫さん」
 挑発するように笑んだネーベルに、ルリカは顔をしかめる。
「出来れば君じゃなくて、素敵なお兄さんに遭遇したかったんだけど!」
「っふふ、この期に及んで余裕なのですね。ますます興味が沸きました。……この私の欠損を埋めるのはあなたかもしれない」
 一方的に面白がるネーベル。ルリカは再度飛んでくるモザイクを避けながら、呟いた。
「お寿司探してて何でこれかなあ、もう」
 けれど。
(「ま、襲撃して来たのがあっちじゃなくてよかったかな」)
 不幸中の幸い、と淡く笑った時だった。
「っ!!」
 避けた先に、ネーベルが飛ばしたモザイクが飛んできたのだ。ルリカの頬を、わずかに掠める。つ、と一文字血液が流れ落ちるのを、片手で拭った。
「さすがに……」
 1人じゃきついな。そう、思った時だった。次いで飛ばされたモザイクの前に何者かが現れたのだ。ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)だ。
「大事ないな」
 その身にモザイクを受け、背中越しにファルゼンはルリカを案ずる。
「っと、間に合いました!」
 知井宮・信乃(特別保線係・e23899)はひらりとネーベルの前へ舞い出ると、追撃を阻むように達人の一撃を振るう。
「定刻どおり到着ですね!」
 ネーベルの持つスタッフと、信乃の斬霊刀がかち合う音が大きく響いた。
「おや……お仲間ですか? 人払いはしたはずですが……そう……ケルベロス」
 くく、と低く笑い、ネーベルは信乃の刀を振り払う。
「面白いですね、私のモザイクを払うに丁度いい。多ければ多いほど、ありがたいというものです」
 身勝手な事を言いながら籠を揺らすネーベルに信乃は眉を顰める。
「それにしても人の都合はお構いなしですか、困りますね」
 ルリカは仲間たちの到着に、ほっと安堵の表情を浮かべた。
「無事か?」
 龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)はルリカを背後に庇いながら、前衛へと歩み出る。
「ありがと」
 大丈夫だよ。ルリカは答えて、体勢を立て直し、バトルオーラを身に纏った。
「何とか間に合ったか」
 隆也の声に、ルリカは小さく頷き、笑った。


 隆也は小さくため息をつくと、ネーベルを見据える。
「それでは、やるか」
 言うが早いか、隆也は勢いよくネーベルに迫り、強烈な蹴りを叩きこんだ。
「かはっ……」
 たまらず、ネーベルは体勢を崩す。
「チャンス、ってやつじゃないか?」
 比良坂・陸也(化け狸・e28489)はニッと笑うと、ルリカへマインドシールドを展開した。
「バッキバキにしちゃりマス」
 スノードロップ・シングージ(抜けば魂散る絶死の魔刃・e23453)は、華斧華刃剥命を振り上げると地を蹴る。ネーベルの頭上から、勢いよくそれを振り降ろせば、聞くに堪えぬ悲鳴が上がった。
「誰もこの刃からは逃れられないんだから!」
 間髪をいれず、ルリカが放つのは虚無。ナイフの形をとったオーラが、次々とネーベルに突き刺さる。
「くっ、はは……」
 ざわり、ネーベルの持つ籠から、モザイクが飛び出した。それはケルベロスには向かわず、ネーベルを包む。
「まだまだ……」
 にたりと笑いながら立ち上がるネーベルの狂気を孕んだ姿を見て、ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)は仲間を守るべく魔女の家を作り上げる。
「おいしー♪♪ これこれー♪」
 前衛に立つ仲間に守護を。ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)が叫ぶ。
「どういった因縁があるかは知らないけれど、必ず殺してやるから……!」
 放たれるは、黒影弾。黒く蝕む影の毒が、ネーベルを苛む。ファルゼンが、ぐんと踏み込んだ。高く跳びあがり、苦しむネーベルへと急降下する。
「っあがっ……」
 その背に、虹を纏う蹴りを叩きこむ。ネーベルはわなわなと震えを抑えきれぬ様子で、此方を睨みつけてきた。
「このような屈辱……」
「おや、ケルベロスを襲うということはこうなることは覚悟できていたろうに」
 しれっと言って後ろへ軽くステップを踏むファルゼンは、涼しい顔をしていた。傍らでフレイヤもふぅと小さくブレスを吐く。
「小癪な!」
 ネーベルが勢いよくスタッフを振るう。青く美しいモザイクが、ファルゼン目掛けて飛んで行った。もとよりネーベルをマークしていた信乃に命中。小さく、悲鳴が上がる。
(「ヨーロッパのモザイク画はとてもきれいだと聞きますが、これがデウスエクスの仕業でなかったらどんなに素晴らしいでしょうね」)
 青く美しいモザイクといえど、それはグラビティ。当たれば苦痛が伴う。
「……だって、デウスエクスの仕業である以上、絶対誰かが、何かが犠牲になるんだもの」
 歯を食いしばり、立ち上がる彼女に追撃が迫ろうとした。それを阻止するがごとく、隆也は邪神功を纏わせた拳でネーベルへ殴り掛かる。
「させない」
「っ……」
 ネーベルの柳眉が歪んだ。
「消えるわけには……このモザイク、晴らすまでは……!」
 スタッフを支えにしてゆらりと立ち上がるネーベルは、再度モザイクを己の身に纏う。
「自分にない物を生み出すのではなく、他者から奪う……ナンセンスデスネ」
 スノードロップが呆れたように言うと、ネーベルはスタッフをゆるりと持ち上げる。
「だからモヤモヤするんデスヨ」
「貴様に、何が解る……!」
 力任せに振るうスタッフから飛びでたモザイクから、ファルゼンがスノードロップを守る。
「まあいいデス。仲間はヤラセマセン。敵対するならkillkillデス」
 スノードロップの斧が、ルーンを発動させて美しく輝く。
「砕け、華刃剥命」
 ダンッ、と強い音とともに振り下ろされた斧に、ネーベルのたっぷりとしたローブが切り裂かれた。


 その身を削りながらも、ネーベルはなお立ち続ける。互いの消耗が目に見えてきた。それでも。
「こっちだって今までただ逃亡生活してた訳じゃないんだからねっ!」
 ルリカは虚無の球体を思い切りネーベルへ投げつけた。新たな力を得た、それを存分に振るうために。
「ぐ、あああああ!」
 ネーベルはもんどりを打ってその場に倒れ込む。陸也はそこを狙って、錫杖を振り上げた。
「っと」
 ネーベルは弾くようにスタッフを振る。が、一枚上手だったか。陸也はそれを更に躱すと、勢いよく己の錫杖でネーベルを殴りつけた。
「残念だったな」
「誰のためでも、喜んで死に急ぐことは絶対に許しません」
 ズミネは肩で息を繰り返す仲間たちへと、メディカルレインを降らせる。
「私は孤独なお姫様。王子は居らず、獣の牙が心の形。どうかお逃げにならないで。刃と違い、心の牙は無間に届くの」
 ジークリンデの繰り出す剣から逃れるようにもがくネーベル。しかし、ジークリンデは彼を逃がしはしない。
「憎悪の咢に喰われよ……!」
 詠唱が、終わる。どこまでもどこまでも追いかける炎の刀身が、ネーベルを貫いた。
「う、ああああああ!!」
「さっさと片付けてお寿司屋さんに行きましょう!」
 信乃はモザイクを受けながら叫ぶ。
「緊急出動で日帰り弾丸ツアーなんですから、そのくらいはして帰らないと……」
 猛攻を受け、決して余裕とは言えぬ状態だが、彼女は唇に弧を描く。陸也が高く跳びあがった。
「青白き月煌、遷ろう月。惑いの導きに、絶対なる零へと至れ――!!」
 その手から放たれるは、青白き月。凍てつく光に圧倒され、ネーベルは身動きを取れずにもがく。息も絶え絶えでモザイクを己の身へ呼ぶネーベルに、スノードロップが静かに歩み寄った。
「死ト希望ヲ象徴する我が花ヨ。その名に刻マレシ呪詛を解放セヨ!」
 死の呪詛を、解き放つ。
「スノードロップの花言葉、アタシはアナタノシヲノゾミマス!」
 真っ白な花弁と漆黒の羽根とが、ネーベルを埋めるように降り注いだ。
「や、やめっ……」
 息を詰まらせ喘ぐネーベル。陸也と隆也が同時に叫ぶ。
「ルリカ!」
 とどめを。言いたいことはすぐに伝わった。ルリカは小さく頷き、ネーベルの前へと躍り出る。
「君には花ですら似合わない。いや、似つかわしくない。だからこれをあげるね」
 浮かべるは、極上の笑顔。放たれるは無数のナイフを模したオーラ。
「あ。あ、あああああああああああああああああ!!」
「ナイフの雨あられ、お気に召してもらえたかな?」
 塗りつぶされるように虚無を受け、そのオーラが消えた頃には既にネーベルの姿は掻き消えていた。後には何も、残らない。
「さよなら、もう会う事はないよ」


(「ドリームイーターデスカ……何か凄い陰険なのを知っている気がシマスが……何か関係あるデスカネ……。まあどうでもいいデスガ」)
 スノードロップは潰えたネーベルを思い出し、ぼんやりと考えてすぐに考えるのを止めた。陸也は戦闘痕にヒールを施すと、きょろきょろと何かを探している。
「……ほんと、誰もいねえな。目撃情報もなさそうか」
「ケルベロスはみな宿敵を仇と言うけど、私に言わせれば宿敵は光です」
 ぽつり、ズミネは呟くようにそう言った。
「うん?」
「私の人生に目的を与えてくれる。私を戦場に立たせてくれる。私に正面から向き合った、最初の一人……」
 ジークリンデはふ、と思い当たる節に唇の端を吊り上げる。光と呼ぶには悍ましいあの存在。過去の自らを思い出し、静かに瞳を閉じる。そう、それを殺すことで、前に進んだ過去。
「ルリカさん、お怪我は?」
 信乃に問われ、ルリカは大丈夫この通り。と腕を振って見せる。そして、あっと声を上げた。
「皆でお寿司行こうよ。せっかく行こうと思ってたんだよね。だから」
 陽はすっかり暮れて。夕飯時と言って良い時間になっていた。ルリカが指さす先には、小さな寿司屋が見える。道は間違っていなかったのだ。
「今日は私の奢りでよいよ」
「おう、じゃ遠慮なくいただくか」
 陸也が笑う。スッキリしたルリカの表情を見て安堵からか、戦闘で腹がこなれたからか。皆一様に空腹だった。
「本当にありがとう。助かったよ」
 すこしはにかんだように笑うと、ルリカはくるりと踵を返し、寿司屋へ直進した。
「さー! たーんと食べるよ! 美味しいって評判のお店なんだから、期待しちゃうよね!」
 もう、あの青いモザイクの影は無い。ただ、暖かに彼女を照らすのは仲間という優しさと、お寿司への希望だけだった。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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