ミッション破壊作戦~邪妖のゲヘナ

作者:黄秦


 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集ったケルベロスたちを前に、以前のミッション破壊作戦で使用した『グラディウス』が再使用可能になったと告げた。
 新たなミッション破壊作戦の開始である。

「概要を説明させていただきます。ゴッドサンタを倒してグラディウスを入手してより今日まで何度も行われた作戦ですから、参加経験のある方も多いでしょうが、確認と思って聞いてください」
 そう言うと、セリカは一振りの小剣を手に取り、皆に見せた。長さ70cm程のそれは、不思議な光を放っている。
「これがグラディウスです。剣の形をしていますが、通常の武器としての効果はありません。その力を発揮するのは、ミッション地域の中枢である『強襲型魔空回廊』を破壊する時です。
 具体的な使用法方は後ほど説明しますが、一度使えばグラビティ・チェインを吸収し、再使用できるようになるまでかなりの時間を要します。そして、その時間は一定ではありません。
 ようやく8本が使用可能になり、皆さんにこうして集まっていただいた次第です。……ここまではよろしいでしょうか?」


 一同の肯定を確認したセリカは、次の説明に移る。
「『ミッション』とは、現在も増加を続けるデウスエクスの侵略拠点で、その地域の中枢となるのが『強襲型魔空回廊』です。
 拠点の急所だけあって防御は固く、周囲は半径30m程度のドーム型バリアで覆われ、多数の精鋭部隊が守護しています。
 普通の手段で真正面から挑んでも、突破は至難でしょう。返り討ちに会うどころか、敵に貴重なグラディウスを奪われる危険もあります。
 そこで、ヘリオンを利用し、高空から降下しつつグラディウスを用いて攻撃を行おうというのが『ミッション破壊作戦』なのです。

 この作戦で最も重要な事。それは皆さんの魂の叫びです。
 この作戦にかける思い、何としてもミッションを破壊し勝利を得るのだという、心からの叫びをぶつけてください。
 熱く強いほどグラビティは高まり、大きなダメージを与えることが出来るのです。
 8人のケルベロスが、グラビティを極限まで高めた状態でグラディウスを使用し、強襲型魔空回廊に攻撃を集中すれば、場合によっては一撃で破壊する事すら可能です。
 護衛戦力がいかに強大でも、高高度からの降下攻撃を防ぐ事は出来ません。
 一方こちらは、バリアにグラディウスを触れさせればよいので充分に攻撃が可能なのです。
 例え今回は破壊できなくても、回廊へのダメージは蓄積していきます。最大でも10回程度の降下作戦を行えば、強襲型魔空回廊を確実に破壊する事ができるでしょう。
 グラディウスは攻撃時に雷光と爆炎を発生させます。
 この雷光と爆炎は、グラディウスを所持している者以外に無差別に襲いかかり、精鋭部隊達も防ぐ手段を持っていません。
 皆さんは回廊攻撃後、この雷光と爆炎によって発生するスモークを利用して、その場から撤退を行ってください。
 グラディウスは貴重で、替えは効きません。これを持ち帰ることも、今回の作戦の重要な目的だと心に留めてください。
 ただし、そうしなければ命が危ない等、やむを得ない事情があった場合は別です。その時は放棄していただいて構いません。
 皆さんの命こそ、絶対に失ってはならないものなのですから」


「魔空回廊の護衛部隊は、グラディウスの攻撃の余波である程度無力化できますが、完全には不可能です。強力な敵ほど回復も早く、戦闘は避けられないでしょう。
 幸い、混乱の極みにある敵同士が連携を取ることはありません。目前の強敵を速やかに倒し、速やかに撤退してください。
 敵に態勢を整える余地を与えてしまうと、降伏するか暴走して撤退するしか手が無くなるかもしれません。
 そうならないよう、しっかりと事前の作戦を練り、準備をしてください。

 デウスエクスの前線基地となっているミッション地域を解放するこの作戦は、とても重要です。敵の侵攻を食い止める為、皆の強い気持ちと魂の叫びをぶつけてください。
 ……それでは、行きましょう。ご武運を」
 全て言い終えると、セリカはケルベロス達をヘリオンに誘うのだった。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
ドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)
雨宮・利香(漆黒の雷刀・e35140)
スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)

■リプレイ


 沖縄県中頭郡、北中城村。
 この地は現在、シャイターンの中でも特に獰猛さで知られた『火霊族』により、制圧されている。
 彼らを運ぶ魔空回廊を破壊せんと、ヘリオンで飛ぶケルベロス。
 ひまわり畑を焼き尽くす炎を眼下にして、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)は怒りに震えた。
「これって、陸路で破壊って出来るようにならないかな……飛び降りるのちょっと怖いんだよね」
 グラディウスを、その豊かな肢体に固定しながら、雨宮・利香(漆黒の雷刀・e35140)は小さな不安を口にする。
「それが出来たらねー、苦労はないんだけどねー」
 平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)が軽く笑って答えた。皆で確認した地図を片付け終えた所だ。
 無理と知ってて言いたくなる気持ちは分かるのだ。いくらケルベロスでも、超高くて高い空を、好きで何度もダイビングしてるわけではない。
 それが救いに繋がると信じればこそ、どれほどの危険にも挑み続けて来たし、これからも挑み続ける。
 幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)はその左手に嵌る指輪を握り、遠くの想い人へと誓う。
 ――勝利し、必ず戻ると。

 魔空回廊の、禍々しくも濃密な気配のその真上に、ヘリオンは停止した。
 救いを、願いを、誓いを、あるいは怒りを。それぞれの思いを込めて、ケルベロスたちは、邪妖巣くう大地へと降下した。


 どんな場所にでも、その土地の歴史を刻んだものがある。それらは、失われてしまえばそれまでだ。
 まして、北中城村には世界遺産の中城城がある。
 しかし、シャイターンはそんな事には一切構わず全てを焼き払ってしまう、放火魔のようなデウスエクスなのだ。
「そんな奴らをのさばらせておくなんてできない! この火ゴリラめ、とっととどっか消えろー!」
 和は叫び、グラディウスを振るった。
 切っ先が触れるだけで魔空回廊のバリアは消滅したが、和はその腕を引くことなく貫き通した。
 衝撃と共に発した雷光が天を駆け巡り、爆発で生じた黒煙が空を黒く塗りつぶす。
 煙が覆いつくす直前、スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)は襲撃に驚き混乱するシャイターンらを見た。
(「エインヘリアル共が罪人を送り込むのに、飼い犬が倣う、か。……躾が行き届いて居るものだな」)
 奴らに執行人がいないのならば、我らが代わって貴様等を処刑してやろう。
 美しく青い海に抱かれた北中城村を取り戻し、故郷に戻ることを願う村人のためにも。
「哮ろグラディウス! 雷鳴の如く! 悉く打ち払え!」
 魔空回廊へグラディウスを叩きつければ、彼の願い通りにグラディウスは轟炎と雷鳴を轟かせた。

 利香は炎の中を落ちていく。無残に焼き尽くされる花畑を、見た。
「お花の美しさを知らないでこんなにまで荒らしまわって何が勇者よ! あんた達の炎は私達がここで食いとめるよ!」
 誰もその手にはかけさせはしない! その怒りと決意の前に、降下の不安も消え失せた。
「命あるものを殺めて無理矢理エインヘリアルにしようだなんて…! あんたの憎悪の炎に誰も焼かせるもんですか!
 このバリアと炎ごと全部吹き飛びなさい!シャイターン!」
 想い全て、グラディスに注ぎ込む。眩いい輝きの球体が膨らみ弾け、轟く雷鳴と共に放たれた。

「定命の者の命を奪い、勇者へと生まれ変わらせる? 終わりのない生など、どこに価値があるのか」
 生と死のサイクルを尊ぶドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)にとって、シャイターンは許せぬ敵だった。
 死のない存在こそ、その生に価値がない。価値ある定命を食いつぶして生まれる不死の勇者とは、『ろくでなし』に過ぎない、生死を汚す許しがたき所業なのだ。
 見逃しはしない――!! 握り込むグラディウスはその怒りに呼応して輝きを増す。
「ゲヘナに生きる者は、ゲヘナに帰れ――現世にお前らの居場所はない!!」
 死を知らぬ者にこそ、その鎌を振るう。呪いにも似た思いを爆炎に変えて、ドゥマは噴煙の中へと消えた。
「勇者……か」
 蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)の口の端に乗せたその言葉の、奴らにとってなんと軽い事か。何かのゲームみたいな肩書きじゃないのだ。
「だったら……花を愛でる心意気ぐらい持っていろ! テメェが放った炎のせいで、せっかく綺麗だった向日葵畑が台無しじゃねぇか!」
 ――お前が燃やしている花は、誰かが愛情を込めて手入れしていたものだ。
 ――お前のような罪人が手を出していいものじゃない!
「頭まで筋肉のようなお前に、この先の村の住人には手出しさせない!」
 叫び、振りかざしたグラディウスは、真琴の怒りに応えて眩むような輝きを放った。

 常に暖かな気候である沖縄の地に、炎のデウスエクス、シャイターン。光と雷と炎と、あらゆる熱がここに満ちている。
 だけど、シャイターンの炎は不要。獰猛なる邪炎から人々を救うことこそ鳳琴の願いであり、誓いなのだ。
 もうじきこの地には祭りがおこなわれる。彼らが焼き払う『ひまわり』の祭りだ。
 人々が安心して、笑顔と共にお祭りを楽しむ、そんな平和な景色を見たい。
「そのためにも、必ずこの地を解放してシャインターンの脅威を取り除く!」
 輝きを強めたグラディウスをさらに強く握り込み、もう片方の手を添える。指輪が光を反射して煌めいた。
「だから! 砕けろ、魔空回廊――ッ!」
 吹き荒れる爆風に負けぬほどの熱を放って、鳳琴はゲヘナへと飛び込んでいった。
「燃やして穢れを祓うってのは良くある話だが、シャイターン、テメエの火じゃ誰も生まれ変わんねえよ」
 黒煙の間を稲妻が閃き、降下する相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)を掠めて奔る。
 仲間たちが生む思いの炎と根本から違う、悪意しかない熱では、何も浄化されないのだ。
 例えここが『煉獄』であったとしても。
「つーか何が勇者だ、テメエらが首尾よく事進めたら、俺らは守ってた人間殺さなきゃならねえんだぞ!
 こっちの都合も考えねえで好き勝手やりやがって……気に食わねえ! 殺すぞッ!!」
 それが、何よりも許せないのだと、竜人はグラディウスを魔空回廊へ突きつけた。怒りはグラディウスを強く輝かせる。
 生じた雷光は一直線に伸びて地上までも貫いた。轟く雷鳴は、竜の咆哮を思わせていた。

「私の生まれ育った騎士団にはヒマワリ畑があってな。毎年、それは鮮やかなヒマワリの花を咲かせるのだ」
 シヴィルの言葉は、グラディウスに、そして彼方の敵に向けても語られているようだった。
「私のこれまでの人生は、常にヒマワリの花とともにあったと言っても過言ではない」
 グラディウスを握り込む手に力が籠る。繋いだ鎖が擦れて音を立てた。
「シャイターンの重罪人どもは北中城村のヒマワリ畑を燃やしているという話だが、それが私たちの騎士団のヒマワリ畑であったら」
 思えば思うほど腸が煮えに煮えて、溢れる怒りを止止めることなく、その剣身に注ぎ込む。
 グラディウスが激しく震え、悲鳴のような共鳴音を発した。
「許せるものか、シャイターンどもめ! 私の剣の前に果てるが良い!」
 叫び、天地も砕けよとばかりに切先を叩きつければ、爆雷と業熱が魔空回廊を襲った。


 大地に降り立ち、暫し待てば、衝撃は治まり煙が徐々に晴れていく。
「…………っ」
 煙の薄れ、周囲を見渡したシヴィルは、声にならない声を漏らした。
 魔空回廊が『そこ』に存在している。
 構築するグラビティは薄れ、確かにダメージを与えている。それでも、完全な破壊には至らなかったのだ。

 予め示し合わせていた地点に、ケルベロスたちは急ぎ集合した。
 繋ぎとめたグラディウスを見れば、力を使い果たして沈黙している。
「全力を尽くしたんでしょ? なら大丈夫、今するべき事は持って帰る事!」
 利香は前向きだった。彼女の言う通り、まだ作戦は終わってはいない。
「みんな集まったー? それじゃ、逃げよー!」
 魔空回廊を走り抜け、脱出……と簡単には行かない。
 炎の渦が逆巻き、ケルベロスたちの行く手を阻む。『火霊族戦士団』の戦士が、彼らの眼前に立ちはだかった。
「よくもやってくれたな! わが火炎にて燃やし尽くしてくれる!」
 焔を撒き散らして叫ぶシャイターンは、それこそ獄卒のようで、ドゥマはひそりと笑んだ。
「力なき人々を守る盾たる騎士として、貴様らの蛮行を必ずや喰い止めてみせる!」
 シヴィルは愛剣『黒天』を抜き放ち、邪妖へ突きつける。蒼髪に咲く黄の花が、何かを求めるように揺れていた。


「定命の者どもよ、我らが炎によって死ね!」
 シャイターンは舞うように動き、その身体から噴き出る炎によって焦がされる。
 真琴の『想蟹連刃』を大地に突き立てれば、大地に蟹座の紋章が浮かび上がり、その輝きが最前線に立つ者たちの守護となる。
「『大地を埋め尽くす弱き命の盾となり。騎士たちよ! 向日葵の道を突き進め!』」
 シヴィルの熱唱が、士気を高め、高揚させる。
 妖刀『供羅夢』の柄に手をかけて、利香はシャイターンに迫った。
「この剣で……勝利を掴む!」
 どこか緩慢な女の動作、簡単にいなせるとシャイターンは嗤う。ぱち、と電流が走ったと思うと、利香は急激に速度をあげた。
 電光石火の踏み込みでシャイターンに迫り、妖刀を抜き放つ。縦横に閃く刃がシャイターンの炎を斬り払い、散らす。
 追い打ちと斬り上げるその切先を、シャイターンは強引に掴んだ。
「……っ」
 凄まじい剛力で握りこむその刀身を炎が伝い利香に迫る。しかし、重い衝撃が走り、シャイターンの腕を爆砕した。
 鳳琴のサイコフォースに弾かれた衝撃で、シャイターンは身を離す。
 その眼前に迫るのは黒き竜。それは竜人の腕が変化したものだ。シャイターンに殴り掛かり、狂気のままに拳を叩きつける。シャイターンは怒り、邪炎の拳を竜人に向けた。
 だが、和が『御業』を放ち、シャイターンを鷲掴みにして捕える。振りほどこうとあがく隙を、ドゥマが高速スピンで抉る。邪炎とは違う色の炎が、ライドキャリバー『ラハブ』から迸り混じり、敵の炎身を侵食した。
 その間にもスルーは竜砲弾を打ち続け、その場に縫い留め、動きを封じ込めている。

「貴様らは勇者に値せぬ! 消えろ! ただ燃え尽きてしまえ!」
 一方的に攻められる屈辱に震え、火霊族の戦士は焦熱の光線を放った。スルーを狙ったそれは、ラハブが防ぐ。
「黒天に宿る獅子座の力、見せてくれよう!」
 両の手に持つゾディアックソードは星座の重力を同時に宿し、超重力の十字斬りを叩き込めば、天地揺るがす一撃がシャイターンの巨躯をも吹き飛ばす。
 真琴の描く蟹座の紋章が傷を癒すのみならず、その神経にまで干渉し、感覚を鋭く高めていたのだ。
「火ゴリラめー! 退治してやる―!」
 和の『御業』が炎弾を放ち、焼く。
 ドゥマが大地をも断ち割るような強烈な一撃を繰り出し地面を揺らせば、シャイターンも動けない。

 ならばとシャイターンは奇妙な印を結んだ。全身から陽炎が立ち上ったかと思うと、傷を修復し、その姿をぼやけさせていく。
「んな汚ぇ炎じゃ、神社に出し忘れた去年の札をくべる気にもなんねえよ」
 竜人の爪は超高速で貫き、陽炎の残像を打ち破った。
 猛る戦士の炎舞をくるりと躱し、返す刃で斬り裂く利香。
「罪人のあんたが勇者選定? 冗談はデスバレスで言いなさい」
 妖刀が帯びた空の霊力が、邪霊の負った傷口を正確に、さらに斬り広げた。追い打ちと、スルーの投じた黒い槍が邪妖を貫き、ジワリと浸みこむ毒で汚染する。
 さしものシャイターンも苦悶に喚く。数多を傷つけて来たデウスエクスには、相応しい因果応報だと、スルーは嘯いた。
 鳳琴の指輪から魔力が溢れだす。
「絆で生み出したこの技で……我が敵を。貴方を――…!」
 焼き尽くさんと襲い来るシャイターンの懐に飛び込む。収束し、輝くグラビティは、魔力によってその威力をさらに高めた。
「撃ち抜くッ!」
 大地も砕けよと踏み込み拳を叩き込めば、解き放たれた魔力は龍となり、シャイターンを貫いた。
「手加減はなしだっ! 陰と陽が混ざりし刃よ。我が放ちたる一撃に彼の者を儚く散らせ!」
 真琴 が『想蟹連刃』で斬りかかる。伸ばされる焔纏う腕を弾き、返す刃で斬撃を放つ。忽ちに呪いがシャイターンの全身を巡った。
 大きく揺らいだ巨躯へ、閃光のごとく刃が落ちて胴体を斬り裂き、薙いだ。
 衝撃でのけぞるシャイターン、振り仰いだその濁った眼に映るのは……本だ。
「『知恵を崇めよ。知識を崇めよ。知恵なきは敗れ、知識なきは排される。知を鍛えよ。知に勝るものなど何もない。我が知の全てをここに示す。』」
 和が己が全知識を一冊の本として錬成し、シャイターンの頭上に出現させたのである。
 『分厚い事典はもはや凶器』。そんな合言葉と共に、落雷の速さで落とされた本が、その角で痛恨の一撃を与えた。
 獰猛なる火霊族の戦士と言えども膨大なる知識(物理)の質量にはかなわない。額を割られ、地面にたたきつけられる。大きく開いた傷口から吹き出すのは血潮よりどす黒い焔だ。
「『……生きたなら死ね』」
 ドゥマが虚空より呼び出した、巨大な銀の埋葬具の切先が、倒れたシャイターンの胴を真っ二つに貫いた。

 半身が砕かれ、己とは違う炎に包まれて半死半生のシャイターンの傍らに、シヴィルは立つ。
 星座の煌めく剣の切先を向けられて、シャイターンは憎々し気に吐き捨てた。
「いい気になるな……魔空回廊ある限り……我ら『火霊族戦士団』が、全てを焼き、尽くしてくれる……っ」
「黙れ」
 シヴィルは『黒天』を振り上げ、渾身の力で斬り下ろした。
 おぉおおおおおお…………っ!
 その核を断ち割られ、止めを刺された『火霊団戦士』は、断末魔を残し消滅する。
 後にはタールの焦げる嫌な臭気が漂うばかりであった。


 徐々に雷光は薄れ、煙が晴れ始めている。同時に、敵の気配が徐々に近く、大きく感じられ始めた。
 響く剣戟は、他の挑戦者たちと交戦しているのだろう。
 撤退の時だった。鳳琴が聞いていた帰り道を指し示し、皆はそちらへと急ぎ向かう。
「待っていろ……次こそは」
 シヴィルは彼方で上がる炎を睨みつけていたが、未練を振り捨て踵を返した。

 ――次こそは。
 ケルベロスたちは再戦を心に期して、魔空回廊を後にしたのだった。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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