黒槍ベガダイン

作者:零風堂

 キンッ!
 金属バットが白球を打つ、小気味良い音が響いた。
 歓声を浴びながら打者は走り、塁を回ってホームへと突っ込む。
 返送球とスライディングが交差して……、緊張の瞬間が訪れた。
「セーフ!」
「やったぁ!」
 拍手と喝采の中、選手たちは喜びに包まれる。
 河川敷でソフトボールの試合をする女子選手たちと、観客たち。何の変哲もない平和な時間が、そこには流れていた。
 ーーこの瞬間までは。
「ああ……、随分と楽しそうだな」
 その中にひとつ、異質な存在が現れていた。
 最初に認識できたのは、黒。
「え……?」
 黒い戦士はどこからか、選手たちの輪に飛び込んでいた。手にした槍が一撃で、選手の腹部を貫いている。
「きゃあああああっ!」
 平和な空間が一転し、恐怖の悲鳴が響き渡る。
「お楽しみは、これからだろ?」
 黒の戦士は皮肉を含んだ声音で言い、槍を振るって人々を屠っていくのだった。

「槍を持つエインヘリアル……。こいつが事件を起こすらしい」
 カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)は集まったケルベロスたちを前に、口数少なくそう言って、傍らのセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)に視線を送る。
「カタリーナさんの調査をもとに予知を行ったところ、エインヘリアルによる、人々の虐殺事件が予知されました」
 セリカは静かにそう告げてから深く呼吸をして、カタリーナと視線を交わす。彼女が頷いたのを確かめて、セリカは話を続けた。
「このエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしく、放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます」
 それがエインヘリアルたちの作戦なのだろう。こうして予知できたからには、放置しておくわけにはいかない。
「急ぎ現場へ向かい、エインヘリアルを撃破してください」
 セリカの言葉に、ケルベロスたちも真剣な表情で頷いた。
「事件が起きるのはある町の河川敷で、女子ソフトボールチームが試合を行っていたようです。試合をしていた選手の他に観客も居たのですが、突然のエインヘリアルの襲撃を受けて、成す術なく殺害されてしまいます」
 しかし予知に合わせ、敵の出現を確認してから飛び込めば、命を救うチャンスはあるとセリカは言う。
「現れるエインヘリアルは1体、黒い鎧を身に纏い、黒い槍を携えています。戦闘ではその槍を自在に操り、素早い攻撃を繰り出してくるようです」
 なかなかの実力者らしいと、セリカは注意を呼び掛ける。
「このエインヘリアルは虐殺を楽しんでいるらしく、自分から撤退するようなそぶりはみられません」
「ですので逃走する心配はなさそうですが、このような存在を、放置するわけにもいきません」
「……必ず斃す。力を貸して欲しい」
 セリカの言葉に続いてカタリーナも言う。それを聞いた一同は、力強く頷くのだった。


参加者
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
時雨・バルバトス(居場所を求める戦鬼・e33394)
千種・終(虚ろの白誓・e34767)
天喰・雨生(雨渡り・e36450)

■リプレイ

 平和な河川敷に現れたエインヘリアル。そいつの携える黒い槍が、罪も無い選手の背へと突き出される。
 ぎぃん!
 耳障りな金属音が響き渡り、周囲に沈黙が落ちた。いったい何事かと視線が集まるその先には、ルーンアックス『フラウロス』を振り下ろした時雨・バルバトス(居場所を求める戦鬼・e33394)の姿があった。
「殺させやしねえ」
 やや強引に敵の槍を刃で押し払い、バルバトスは気を吐いた。
「あんな光景は、もう良い。……たくさんだ」
 渾身の一撃をエインヘリアルは僅かに身を引いて避け、くるりと槍を翻して構え直す。
「っ!」
 その直後、舞い降りた白銀が敵の視界を遮っていた。
「白の番犬に倒されてみるか?」
 シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)が着地と共に脚を振り上げ、エインヘリアルに肉薄する。相手が下がろうと間合いを詰め、迫り、流れるように踏み込む所作は華の如く、エインヘリアルと踊っているかのようにも見えた。

「ここは危険だよ! 僕たちケルベロスが絶対何とかするから。だからみんなは落ち着いて避難して!」
 呆気に取られるよう立ち竦んでいた観客たちへ、リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)が割り込みヴォイスを使って声を張り上げる。
 はっとした様子で逃げ出す人々へ、天喰・雨生(雨渡り・e36450)も『僕達に任せて逃げて、振り返らないで』と呼びかけた。
「平和な町で、事件なんて起こさせないんだから。この人たちには指一本、触れさせないよ!」
 リィンハルトはバルバトスとシャインがエインヘリアルと交戦している場所を確認し、人々を遠ざけるよう誘導していく。
「……落ち着いて、指示に従って」
 千種・終(虚ろの白誓・e34767)も誘導の指示に従うよう、慌てた様子の女子選手に言い添えていた。
「虐殺を好む槍使いですか。さぞや多くの命と血肉を味わった事でしょう」
 西院・織櫻(櫻鬼・e18663)は小さく呟くと、身体から殺気を解き放つ。
 殺界形成。戦場となるこの場に近づく者が現れないようにという配慮だった。
「我が刃の為に、良い糧となりそうです」
 ふた振りの刀を抜き放ち、織櫻は敵へと駆け出していく。

「虐殺を楽しむとは許しがたい輩ですね。ここでしっかりと討伐しておきましょう」
 風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)が日本刀を抜き放ち、氷の霊力を刃に纏わせる。
「凍れる刃の一撃、受けて頂きます」
 素早い斬撃がエインヘリアルに襲いかかり、冷気が傷を蝕み始める。
「なんだ、邪魔しようってのか?」
 黒き鎧のエインヘリアルは、向かい来るケルベロスたちに視線を送り、槍を構えた。
 一瞬の静寂の後に放たれた一撃が、黒き疾風のように駆け抜ける。
 ――速い!
 黒い槍が恵の喉を貫くかと思われた、その瞬間。稲妻の如き閃光が地に落ちた。
「どうせやるなら、私達とやった方が楽しいと思うよ」
 シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)の狼牙棒が突きの軌道を逸らし、そこを支点にしてシェイはひらりと身を翻す。
「それとも、弱いもの虐めじゃないと楽しめない性質かな?」
 シェイの爪先が黒い鎧の側面を打ち、反動で後退るように僅かに跳ぶ。こちらの言葉を挑発と見抜いてか、エインヘリアルは何も言わずに槍だけを構え直した。
「我が斬撃、遍く全てを断ち斬る閃刃なり」
 織櫻が連続で繰り出した斬撃が、黒き鎧の四肢を打ち据えていく。辛うじて直撃は免れたか、或いは鎧の守りのお陰かエインヘリアルは怯まずに槍を振り出してくるが、織櫻は咄嗟に攻撃の切っ先をそこへ合わせ、がきんと弾いて凌いでみせる。
「白銀の私の手で……、黒を紅に染め上げてやろう」
 逆サイドからシャインが踏み込む。舞踏のステップのように軽やかな動作で、ひらりと白銀のドレスが揺れた。
 涼しげな笑みと共に出された手の平が、黒い鎧の肩へと螺旋の力を叩き込む。
「!?」
 螺旋の力が体内を引き裂き、エインヘリアルに動揺が走る。その様子をちらりとだけ見て、シャインは微かに目を細めた。
「てめぇらは糞だな。地獄にたたき落としてやるからそこで閻魔様に許しを乞え!」
 激しい怒りを赤い目に宿し、バルバトスが突っ込んだ。
 がきんと相手の槍がこちらの一撃を受け止めるも、バルバトスは強引に斧の刃を押し込んで切り抜け、相手の鎧をががっと削る。
 浅い――。そう判断するとすぐさま身を翻し、右目の地獄を滾らせながら、再び攻めへと転じていく。

「問答無用か。なるほど、命の取り合いも悪くない」
 エインヘリアルは平然と呟くと、黒い軌跡を描きながらヒュンヒュンと槍を振り始める。軽い口調ではあったが、その身から発せられる気配は、明らかに殺気を帯びていた。
 ぴりぴりと、肌をざわつかせるような緊張感が辺りに漂う。
「……」
 恵が呼気と共に、雷を纏った突きを繰り出す。エインヘリアルは槍の穂先を恵の『煌翼』の切っ先に合わせ、ばちんと弾いた。
 正確な狙いと、圧倒的な膂力。弾かれたのは自分の方だけかと胸中だけで呟いて、恵は僅かに痺れる手で刀を握り直した。
「さてさて……」
 相手の本気は如何ほどか。シェイが振り上げたドラゴニックハンマーが、龍の牙を現すかのように上から振り下ろされる。
「よっと!」
 エインヘリアルが間合いを詰めて打点をずらし、龍の牙を掻い潜った。向けられた槍は……、柄の方だ。咄嗟にシェイはそれを蹴飛ばし間合いを取り直すが、びりびりと衝撃がまだ足に残っていた。
 織櫻が黒刃に雷を纏わせ、黒の鎧へと突き入れる。
 手応えは――、あった。相手の左わき腹辺りに命中して、ばちばちと稲妻が迸る……。
「っは! 痛ってえなあ!」
 自身に刻まれた痛みすらも愉しむかのように、エインヘリアルは上機嫌で声を上げた。
 織櫻が更に刃を深く刺そうと試みるが、それより先に相手が下がる。
 高速で振られた黒い槍が、蛇のようにぐにゃぐにゃと歪んだ残像を生み出しながら――。
 雨生が咄嗟に如意棒を立てて受けようとするも、黒い軌跡はぐにゃりと曲がり、別の方向から体に傷を刻み付けてくる。
 そのままざくざくとケルベロスたちを切り裂いて、エインヘリアルは歪んだ笑みを口元に浮かべた。
「オーちゃん、みんなに力を貸して!」
 リィンハルトが駆けつけると同時に、オウガメタルに呼びかけていた。光の粒子が辺りに飛び散り、仲間たちの感覚を研ぎ澄ませていく。
「まあ、援護くらいはしよう」
 終の手の甲に淡い光が纏われて、オウガメタルが魔力を帯びた光の粒子を放っていく。癒しの力を乗せたメタリックバーストは、先ほどの攻撃でプレッシャーを感じていた者から、その脅威すらも取り除いていったようだ。
「じゃあ、いくよ」
 雨生の左半身に刻まれた、梵字の魔術回路が赤黒く輝く。相手の突きを身を低くしてかわし、フードがぴっと弾かれて僅かに裂けた。しかし雨生は怯まずに、一本足の高下駄で軽やかに跳んで、相手のみぞおち辺りに鋭い蹴りを叩き込む。
「白と黒、何方が先に首を獲るかな?」
 相手が体勢を立て直すより速く、シャインが飛び込んでいた。空中から流れるように銀髪が揺れる様は、まさに流星の如く。
「星の瞬き、くらえ!」
 相手の脳天に星の瞬きを蹴り入れて尚、シャインは優美に着地してみせる。
「てめぇの声なんざ聞きたくもねぇ。とっとと仲間の所に逝って、地獄で酒盛りでもしてろ」
 バルバトスが追い打ちをかけるように、エインヘリアルの悲鳴すら掻き消すほどの勢いで、地獄の炎弾を叩き付けていった。

「ちっ……、調子に乗りやがって」
 ぶすぶすと身を焦がす炎の中で、苦虫を噛み潰したようにエインヘリアルは呟く。
 構わずに恵が間合いへと駆け込み、月光を思わせるような斬撃を、低い姿勢から伸び上がるようにして繰り出した。
 相手の左腕を下から裂き、ざくりと微かに鎧が歪む。
「ほら、立ってかかっておいでよ。お楽しみはこれからなんでしょ?」
 畳みかけるようにシェイが飛び込み、恵とは逆側の足を蹴って相手の身体を駆け上がる。浴びせ蹴りのような形で、敵の肩に上から爪先を打ち下ろす。
 シェイの身体から溢れる龍の気が、相手の黒い鎧をぶち抜いて肉体に叩き込まれた。
「っこの……!」
 エインヘリアルが奥歯を噛みしめ、憎悪の瞳でシェイを睨む。
 同時に振り上げられた槍の穂先に、黒い炎が妖しく灯るのが見えた。
「――!」
 ぞくりと感じた脅威に、シェイが構えた。手甲を立てて闘気を集中し、突き出された一撃を捌いて逸らす。
 完全には捌き切れずに、肩口が抉り焦がされる。出血は無いが、傷口からはぐずぐずとした黒煙が燻っているようだった。
「自身の快楽の為に、他人の命を踏み躙る……。僕は、そういうのが一番嫌いなんだ」
 終は小さく呟いてから、シェイの傷にマインドシールドから理力を注ぎ込んでいた。そのまま光の盾がふわりと展開し、シェイを護衛させている。
 その身と刃に空の霊力を纏い、織櫻が斬りかかる。迎撃に繰り出される黒い槍は未だ鋭く、一瞬でも気を抜けば自分が貫かれてしまうだろう。
 二刀を駆使し、受け捌き、払って、生じた隙に斬撃を捻じ込む。されど相手は槍の柄を利用して軌道を逸らし、攻撃へと転じてくる。
 刃と穂先、柄と鍔が激しく交差して、織櫻は自然と高揚を感じていた。
 ――もっと強く、もっと速く。
 激しい剣戟を続けながら、織櫻は自身の刃が鋭さを増していくような感覚を、その身に刻み付けていく。
「ビリビリで動き鈍っちゃえ!」
 リィンハルトもライトニングロッドを手に、雷を撃ち出した。
 その輝きを追うように雨生が走り、『透墨』の名を持つ指輪から剣を具現化させる。
「ちっ……!」
 苦し紛れに槍を突き出すエインヘリアルだが、雨生は身を捻って串刺しを避けた。
「残念、貫き損ねちゃったね」
 雨生の白い外套が僅かに掠められるが、直撃ではない。そのまま走る勢いを止めず、雨生は光の刃でエインヘリアルの腿を薙ぎ、高下駄で蹴りを一発お見舞いする。
 ぐらりと僅かに体勢を崩したその先に、リィンハルトの雷が迫っていた。
 ばぢっ!
 雷光を浴び、エインヘリアルは身を震わせる。
「最後まで手加減せずに、全力で……!」
 リィンハルトは雷を放つ杖を握り、魔力を注ぎ続ける。その手首には願いの込められた二連の輪が、震える腕を抱いて微かに揺れていた。
(「絶対に、負けない……!」)
 誰にも怪我をさせたりなんかしない。
 確かな想いを信じ、リィンハルトは限界まで雷を放ち続けた。
「ラストダンスを、共に……」
 ばちばちと、雷を受けてよろめく黒い鎧の傍に、シャインが立っていた。
 まるで舞台の幕開けを告げるかのように、すっと腕を立てて一瞬だけ制止する。
「舐め、るなっ!」
 エインヘリアルが吼え、槍を出す。
 しかしシャインは身を反らせ、黒い穂先を紙一重で避けた。
 ふわりと絹糸のような銀髪が揺れ、輝くような軌跡を描き始める。
 ひとつ、ふたつとステップを踏むたびに、黒い鎧が砕けて散り始める。シャインの美しい足元から知らず知らずのうちに蹴りが叩き込まれており、その身を攻め立てているのだ。
「……また会いましょう、あの世でね」
 唇を耳元に寄せて、そっと囁く。そのままシャインはくるりと背面に飛び、爪先で相手の顎を蹴り上げていた。
 静かに、ブレることなく着地してポーズを決めるシャインの背後で、顎を砕かれたエインヘリアルが大の字に倒れる。

 どこからともなく流れた風が、シャインの銀髪を微かになびかせる。
「……私の方がうわてだったな」
 倒れた相手のほうは振り返らずに、シャインは目を細めて呟くのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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