醜悪なるモノ

作者:こーや

●這い寄るモノ
 女は家路を急いでいた。街灯の少ないこの道を通ることは不安ではあるが、風邪を引いて寝込んでしまった母親への心配の方が勝った。近道だから、と自分に言い聞かせ薄暗い道を進む。
 角を曲がったところでツンと鼻につく臭いに眉を顰める。発生元はそばにあるゴミ屋敷。早く通り過ぎたくて、急ぎ足になる。しかし。
「えっ……?」
 足首にぬめり気を帯びた『何か』が触れたと思った時には遅かった。女が地面に倒れむと、手首、胴にも『何か』が絡みつく。悲鳴を上げようとするも、それは叶わなかった。別の『何か』に口を塞がれ、くぐもった声が僅かに漏れ出たのみ。声は誰にも届くことは無く、その場に残されたのは涙の痕跡だけであった。

●差し伸べるモノ
 セリカ・リュミエールは痛ましげに伏せていた目を集まったケルベロス達へ向けた。
「ドラゴンの手下であるデウスエクス……オークに女の人が誘拐される事件を、予知しました」
 デウスエクスが引き起こす事件を予知するヘリオライダーである彼女の表情は強張っている。
「オークは人間の女性を連れ去って繁殖して生まれた子供を殺し、グラビティ・チェインを得ようとするデウスエクス。許しがたい、敵です」
 セリカはキュッと唇を噛み締める。どうか、と搾り出すかのように言葉を紡ぐ。
「女性が襲われるのを防いでください。その方は人通りの少ない道でオークに襲われ、すぐそばにあるゴミ屋敷に連れ去られるようです。今から向かえば、女性が襲われるよりも先にオークと遭遇できるはずです」

 何度も上着越しに自身の腕をさするセリカだが、ケルベロス達の視線に気付き、慌てたように手を離した。
 一体一体は強くない、とセリカは言う。
「7体のオークは武器も防具も持っていませんが、不潔で……背中に生やしたミミズのような8本の触手で攻撃してきます。ゴミ屋敷の前を女性が通ればオークはすぐに出てくるでしょうから、どなたかが囮になるといいかもしれません」
 申し訳無さそうな眼差しで、セリカはケルベロス達一人一人と視線を合わせる。固い表情のままセリカはケルベロス達へ頭を下げた。
「数が多いので手こずるかもしれませんが、どうかお願いします。未然に防いでください」
 暁月・ミコトはしっかりと頷き、自身の武器に手を添えながら集まったケルベロス達へ言った。 
「僕も行きます。こんなこと、許したくありませんから。絶対に倒しましょう」


参加者
一恋・二葉(蒼涙サファイアイズ・e00018)
絶花・頼犬(心殺し・e00301)
白神・楓(魔術狩猟者・e01132)
白浜・琳(紅蓮拳姫・e02782)
大難寺・アーク(リベリオンアーク・e04371)
久瀬・彰人(地球人のガンスリンガー・e04430)
高天原・さくら(なんでも屋やおよろず・e05403)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)

■リプレイ

●誘き寄せるモノ
 静かな夜だった。喧騒は遥か遠く、聞こえてくるものといえば虫や鳥の鳴き声。街灯はまばらで薄暗い。
 ピリ、空気を刺すような鋭い殺気が絶花・頼犬(心殺し・e00301)の身体から放たれた。人通りの少ない場所ではあるが、念には念を。この殺気がある限り、一般人が近付いてくることはないだろう。
 頼犬は無言のまま、白神・楓(魔術狩猟者・e01132)に強く頷いて見せた。女性に囮をさせるのは気乗りしないがオークを誘き寄せる為だから仕方ない。……釈然としないが。
 楓はフッと笑みを浮かべ、拳を軽く掲げて見せる。一恋・二葉(蒼涙サファイアイズ・e00018)は黒い髪をなびかせながら楓の下に駆け寄った。青い瞳は暗がりにおいても強気な光を見せている。
 白浜・琳(紅蓮拳姫・e02782)は苛立たしげに咥えていたシガレットキャンディを噛み砕き、楓と二葉に並んでゴミ屋敷の前へと歩いていった。鼻を突くような臭気がさらにイライラを掻き立てる。
 暁月・ミコト(地球人のブレイズキャリバー・en0027)はペコリ、頭を下げて三人の背中を見送る。高天原・さくら(なんでも屋やおよろず・e05403)はミコトの後ろから顔を出し小声で声援を送った。
「皆さん、気をつけてくださいねっ!」
 琳が背を向けたまま、ひらり、手を振って応えるのを見届けると、大難寺・アーク(リベリオンアーク・e04371)は改めて周囲を見回した。
 全員で一塊になって隠れるような場所はないが、そこかしこに身を隠せる場所がある。そこでオーク達が食いつくのを待つだけで良さそうだ。
 ミコトが手近な物陰を久瀬・彰人(地球人のガンスリンガー・e04430)に示し、隠れるよう促す。悪い、と言わんばかりに片手を上げて彰人は電柱の影に身を潜めた。

 ぬちゃ、と滑り気を帯びた水音が聞こえた。水音が徐々に近付いてくる気配に二葉の眉が吊りあがる。
「……二葉みたいなガキにも来るとか、本気で救いようねえ、です」
「ホント、夜道を歩く女性を襲うなんてとんだ外道だよね」
 嫌悪の色を漂わせた二人分の声と琳の溜息が零れる。途端、琳の足首が掴まれた。
「っんのっ!」
 踏ん張る琳へもう一本触手が伸びる。二本の触手に引きずられた先にオークの姿が見えた。その醜悪な顔にある気脈へと琳は指を突き出す。獲物の予想外の抵抗に驚いたのか、触手が琳の身体から離れた。
 飛び退る琳に彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は溜め込んだ気を送り、傷を癒す。
 それと同時に飛び出したアークは耳障りな悲鳴に構わず、空の霊力を帯びた鉄塊剣で斬り付けた。オークの体から舞う血飛沫が刹那、憤怒を奥底に秘めた茶の瞳を隠す。
 アークは身を翻しながらも敵数を確認する。暗がりで、はきと見えないが影は7つで間違いない。
「7匹か。予知通りだな」
「全匹撃破しないとねぇ!」
「大家さんの言う通りだね」
 楓が縛霊手から巨大光弾を射出すると、頼犬が杖から火の玉を放つ。二体のオークを光弾が飲み込むや否や、その中心で火の玉が爆ぜた。
「頭を打ち抜かれたいのは……お前から、だな?」
 攻撃を重ねられ弱った2匹。数を減らすべきだ、と判断した彰人は練り上げた気を弾丸として打ち出した。気咬弾はオークへと追いすがり、咽笛へ喰らいつき絶息させる。
 傷の深いもう一匹のオークは醜く顔を歪ませながらも触手から溶解液を飛ばすも、悠乃はひらりと避けて見せた。
「成る程。逃がさないように、ですね……!」
 彰人の意図を汲み取ったミコトは悠乃の前へと飛び出し、黒鎖を伸ばしオークに止めを刺す。囲むだけでなく、弱った敵が逃げる前に速やかに倒すべきだと考えたのだ。
 残されたオークの一匹が倒れ伏した仲間だったモノを踏みつけ、触手を伸ばす。楓へと振り上げられた触手が打ったのは、楓ではなく二葉。
「二葉っ!」
「き、気持ちワリィ、です……しかも、女ならなんでもいーとか……けだもの、です!」
 年少の二葉とミコトを気にかけていたアークの声が響くが、ディフェンダーである二葉の怪我は軽いものであった。顔をしかめてはいるものの、痛みではなくオークへの嫌悪によるところが大きいようだ。
「魔王の剣、竜王の剣、砕け散りやがれ、です! 鏖殺剣『絶対零度』!」
 二葉は不快気な顔のまま空間を断つ斬撃を放った。その余波が冷気となってオーク達を襲う。
 冷気の及ばない位置にいたオークが追撃を許すものかと言わんばかりにさくらへと溶解液を飛ばした。
「その程度の攻撃は効きませんっ! ……って、きゃあああっ!」
 ダメージは些細なものだが、プリンセス変身を遂げていたさくらの衣服の一部が溶けた。肩口から僅かに覗く素肌を隠すさくら。
 その間にもさくらのウィングキャットは尻尾を揺らして輪を飛ばす。それどころじゃない、と気を引き締めたさくらも火の玉を放つ。正確な狙いで打ち出された火の玉は常よりも派手に破裂した。
 苦しむオーク達の様子を見た琳の唇が暗い弧を描く。
「痛いか? もう止めて欲しいか? なァ、オイ」

●誘き寄せられたモノ
「なるほど。確かにこれは厄介ではありますが……」
「強くは無い、な」
 悠乃と彰人は言葉を交わしながら、確実にオークの攻撃をかわしていく。オークの狙いは読みやすく、避けやすい。体が回避行動へと繋がらなくとも二葉とアークが引き受けてくれることが殆どであった。
 オーク達は数が多い分厄介ではあるが、一匹一匹は強くないというヘリオライダーの言葉通りであった。
 オーク達の攻撃を掻い潜った琳は降魔の一撃を足で繰り出し、笑う。
「あー、いい感じに絶好調だ。主に殴りたい意欲が。あとフラストレーションが」
 挑発的な笑みから滲む怒り。琳が手に力を込めると、ばきり、間接が音を立てた。
「奇遇だな、俺もだ」
 琳の言葉にアークはわざとらしく肩を竦めると腕を振るい、地獄の炎弾を打ち出した。炎がオークを飲み込むと同時に、仲間を庇った際に生じた傷が癒えていく。
「おっかないねぇ。まあ、俺も気持ちは分かったりするんだけど」
 べたべた触手も女の人が攫われるのも嫌だ。続くその言葉を飲み込み、頼犬は影の弾丸を放つ。影に侵食されたオークは炎に包まれながら動きを止めた。
「コイツを使うのは好きじゃないんだけどなぁ……。はぁ……悪食、食べて良いよ」
 包囲を狭めるように闇の中を駆けた楓が溜息を零すと、黒く、醜い大きな塊がオークへと口を開いた。
 情けない声を上げ、オークは逃れようと試みるものの叶わない。喰らいつかれたオークが絶叫を上げたところに、炎を纏った二葉の鉄塊剣が叩き込まれる。
 息絶える寸前まで蠢いていた触手に嫌悪感を示す二葉。その背に触手が襲いかかろうとするも、朝霧・雪月花の拳で阻まれた。
 ミコトが触手の主へ炎を纏わせた黒鎖を放つと、ウル・ユーダリルの大量の矢が後を追う。
 3人が攻撃を繰り出す様を見ていたさくらは迷いを見せた。理力に拠った技のみの自分の攻撃は、見切られるかもしれない。けれど、それも一瞬。スナイパーとしての自分を信じるのみだ。
 さくらの杖の先端から大量の魔法の矢が生まれ、オークへと襲い掛かる。さらに翼猫が爪を伸ばして追撃をしかける。
 呻き声を上げながらもオークは背から伸びる触手で悠乃を何度も打つ。悠乃は繊細な体に走る衝撃に構わず、オーロラのような光で仲間を包んだ。
 暖かな光で傷が癒えていくのを感じながら、彰人は舞うように二丁の拳銃で激しくも正確に敵を撃っていく。
 琳は銃弾の雨の中を駆け抜けると、力強く指を突き出した。指先が気脈を捉えると、その衝撃にオークは激しく身体を震わせて動きを止める。
 それに構わず大きく後ろへ飛び退くと、数秒前まで彼女がいた場所に溶解液が飛来する。振り返れば逃げ出そうとする別のオークの背が見えた。
 しかし、オークに逃げ場は無い。完全に包囲された上に、逃走を警戒していた者がいる。
「残念だったな。お前は俺を……怒らせた!!」
 飄々とした態度はそのままに、瞳に灼熱の炎を宿したアークは鉄塊剣に黒炎を宿らせる。駆けて来たオークへと距離を詰め、しまりのない体へと鉄塊剣を叩き込んだ。
 醜い鳴き声を上げながら焼かれていくオーク。これで五匹目、とアークは確認するように呟いた。
「じゃあ、これが六匹目ですね。明日から本気出しますっ!」
 さくらの誓いの心が溶岩へと姿を変え、オークの足下から噴出する。かけられるプレッシャーに抗うように身を震わせながらも、オークの体は崩れ落ちていった。
 避けられないと踏んだミコトは腕を掲げ、来るべき衝撃に備える。しかし、触手はミコトに届くよりも前に
 しかし、ミコトは目を閉じることなくオークを見ていた。影の弾丸がオークに迫っていることに気付いていたから。
「悪いけど、退場してもらうよ」
 生き物の生き死にが苦手だからだろうか。頼犬の言葉には、僅かな苦さが垣間見えた。

●砕いたモノ
 大きく伸びをしていた彰人の目に、ゴミ屋敷へと向かっていた悠乃が戻ってくる姿が見えた。
「悠乃、どうしたんだ?」
「どんな状況だったのかを確認してきたんですが、収穫はありませんでした」
 ゴミ屋敷はオークの拠点ではあったものの、あくまでも一時的なものだったようだ。オークに壊されたような場所もなく、積み上げられたゴミばかりで重要に思えるものはなにもなかった。
「調査お疲れ様。大家さん達も。やな役引き受けてくれてありがとね」
 頼犬は悠乃だけでなく、囮役を担った三人にも視線を向けて労わる。
「これも仕事さ。大したことじゃないよ」
「……こいつら本当に気持ち悪すぎんだろ、です」
 平然として言う楓と、触手に触れられた部分に残ったぬめりを見ては顔をしかめる二葉。対照的な二人の反応に頼犬は笑みを零す。
「あー……悪ィ」
「琳さん?」
 シガレットキャンディを咥えた琳の、どこか疲れきったような声にさくらが首を傾げる。
「ここら辺で銭湯ってあるかね。とっととさっぱりしてぇ……」
「同感だね。さっさとひとっ風呂浴びたいとこだ」
「俺も」
「右に同じく」
 次々と上がる賛同の声に、全員で笑い出す。
「じゃあ、さっさと帰ろう。きっとその方が早いからね」
 頼犬の提案に従い、ケルベロス達は歩き出す。
 来た時と同じ暗い夜道。けれど、人を脅かす醜悪なるモノの気配はそこにはもう、無い。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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