夜空に浮かぶ光~千李の誕生日~

作者:波多蜜花

 寒さが深まってきた11月の某日。雑誌を片手に畳の上で寝っ転がっていた猫塚・千李(三味を爪弾く三毛猫・en0224)が気になった記事を見つけて起き上がる。日付を確認して、その辺に転がっていた和柄の栞を挟んだ。
「たまにはこういうのも悪くねぇな。さて、1人で行くのもちと味気ねぇ。誘いにノってくれる奴がいるか……」
 ああ、と思い付いたように雑誌を手にすると、ヘリポートへ向かう為に部屋を後にしたのだった。


「スカイランタンって知ってるか?」
 ヘリポートで依頼を探していたケルベロスを捕まえて、千李が手にした記事を見せる。そこには沢山の光りが夜空に高く昇っていく姿が収められた写真が紙面いっぱいに広がっていた。
 これは? と問い返したケルベロスに、これがスカイランタンだと千李が笑う。幻想的な光景にケルベロス達が目を奪われていると、ひょこっとエメラルドグリーンのおかっぱ頭が顔を出す。
「何々、何見てるん? ウチにも見せてやー」
「おう、撫子か。お前もどうだ?」
 だから何が、と首を傾げた信濃・撫子(撫子繚乱のヘリオライダー・en0223)に、千李が雑誌の記事を見せた。
「いやーん、なんやのこれ! めっちゃ綺麗やんか。しかも露天風呂からも見れるん?」
「だろ? 山の中でやるって話でな、相当寒いとは思うが……見に行く価値があると思わねぇか?」
「よっしゃ、ノった! ウチも行くわ」
 キラキラした目をして、撫子がケルベロス達に振り返る。
「都合のええ子は一緒に行こ、ちょっとくらい羽を伸ばしても怒られへんと思うんよ」
「無理にとは言わねぇけどな、息抜きがてらにどうだ? スカイランタンが飛ぶ光景は相当綺麗なモンだと思うぜ」
 魅力的なお誘いに、ケルベロス達は顔を見合わせる。さて、行くも行かないも自由なのだ。
 よければ、夜空に浮かぶ光をご一緒に。如何だろうか?


■リプレイ

●柔らかな光
「いいか、せーので放すぞ」
「せーので、だな。了解だ」
 落内・眠堂(指括り・e01178)と鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)がランタンを手に持って、顔を見合わせて笑う。
「せーの!」
 二人が手を離せば、ふわりとランタンが空へと飛んでいく。あちらこちらでもゆっくりと飛んでいき、二人が放した灯りもそれに紛れて数多の光りの一つになるのが見えた。
「これは確かに目を奪われるな」
「ああ、頭上いっぱいに光がたくさん漂ってて、本当に綺麗だ」
 遠くから眺めるのも美しいだろうけれど、こうやって真下から見送るのも美しいと眠堂とヒノトの頬が綻ぶ。暫し並んで空を見上げていると、ヒノトの肩が僅かに震えた。
「……へっくし!」
「おいおい、大丈夫か?」
 目線を下にやり、ヒノトの様子を伺えば鼻を啜る彼が見える。
「さすが東北の冬……でも今日は寒いのは我慢するからもう少し眺めていかないか?」
「俺も冬の寒さは苦手だが、まだここに居たい。心行くまで付き合うよ、山を下りたら温かい飲み物を奢ろう」
「眠堂の奢り? やったぜ! じゃあ、眠堂には俺が温かいもんを奢ろうか」
「それは奢りって言うのか?」
 美しい天灯を眺めながらそんな軽口を叩き合えば、心の中にも温かな灯りがともるような気がして、ヒノトが二回目のくしゃみをするまで二人は空を見上げていた。

 レオン・ヴァーミリオン(焦がれの全域・e19411)からそっと差し出された温かい飲み物を受け取って、福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)が礼と共に口にする。
「冷えた身体が温まるでござるな」
「待ってる間に冷え切っちゃうと困るしね」
 レオンの心遣いに何か返せるものはとユタカがポケットを探り、カイロを取り出してレオンのポケットに押し込んだ。
「始まるでござるよ」
 君が使って、と返そうとしたレオンがその言葉に辺りを見回せば、係員の手によって二人のランタンにも火が灯る。レオンが今の日常が長く続くようにと願を掛けてふわりと手放せば、同じように手放したユタカに微笑み掛けた。
「君にはいつもお世話になりっぱなしだしね。改めて言うけど、……ありがとう」
 余りの照れくささに、頬が熱い気がする。
「拙者の方こそ、甘えっぱなしで申し訳ない……いつもありがとう、明日もこれからも……また、宜しく頼みまする」
 照れたレオンの顔を見つめ、ユタカが二へッと笑う。
「うん、僕の方こそ、よろしくね? あー……この後も時間があれば、お食事でもどう?」
 ポケットのカイロで温まった手を伸ばしてユタカの手を握れば、ぎゅっと握り返してユタカがレオンに向かってふふっと笑う。
「そこは引き寄せろよ」
 その挑発に迷わずレオンが腕の中にユタカを引き寄せる。その温もりは何よりも得難く、失くしたくない温もりだった。

 手にしたランタンは思ったよりも簡単な作りで、たったこれだけで本当に空に舞い上がるのかと瞳李がまじまじと見つめる。マイヤはその隣で、ランタンの灯りが手の中で揺らめくのを楽し気に眺めていた。
「タイでは願いを込めて夜空に放つらしいが、私達も真似してみようか」
「素敵! でも何をお願いしようか迷っちゃうな。お姉さんと色々遊びに行きたいし、美味しいものも食べたいし」
 お買い物に冬のイベントも、とマイヤが口にすれば、可愛い願いに瞳李の頬が綻んだ。
「私もマイヤと別の場所にも遊びに行きたいし、今回一緒じゃなかった者にもこの光景が見えたらいいなとか……そうだな、沢山願えば一つくらいは叶いそうじゃないか?」
「願いが叶ったら、それだけ嬉しくなるもんね。確率アップは大事!」
 笑って、二人で願いを込めたランタンから手を離せば、ふわりと空に淡い灯りが飛んでいく。
「おー、上がる上がる」
「すごいすごい! どんどん上がっていくよ。あれ、全部が誰かの願い事なのかな……」
 願いの灯りが飛んでいく様は、まるで空から地上のランタンを見下ろしているかのようだと瞳李が笑えば、マイヤの白い羽根が軽く羽ばたく。
「ほんとだね、私達が空を飛んでるみたいな感覚? 心も弾んできちゃうね!」
「それじゃあ、マイヤと一緒に空を飛んでみたいって願いは叶ってしまったな」
 ふふ、と笑った瞳李の笑顔に、マイヤの笑顔も夜空へと弾けていった。

「猫さん! お誕生日おめでとう!」
「お? おお、ありがとな」
 ぴょんぴょんと雪の上を跳ねながらやってきたルルからの祝辞に、千李が笑顔を見せる。
「今日は猫さんや撫子ちゃんが来るって聞いたからね! 超気合入れて、夏休みの宿題は全部片づけて来たよ!」
 去年と同じ轍は踏まないとばかりにルルが胸を張ると、その後ろからチロが首を横に振るのが見えた。
「それ、物理的にだからね、火を点けての物理的処分だからねー騙されちゃ駄目よー」
「そもそも、今は冬なんだがな」
 夏休みの宿題とは。
「そんなことより、はい! ララティア乳業自慢のソフトクリーム回数券~~! 美味しいからといって食べ過ぎはあなたの健康を損なう恐れがあるので、以下略! はい、進呈~~!」
 ばばーん! とばかりにルルが取り出したそれを千李に渡す。手書きだ。どこかで見た肩叩き券を思い出したが、千李はそっと自分の懐へとそれを仕舞った。
「高原でのびのび育った牛さんのミルクをたっぷり使った、グルメも大満足の逸品だよ!」
「今回もソフトクリームかよ……暖かい格好で来てねと言われた場所であえてソフトクリーム券をプレゼントするキミの胆力はなんなの、どうして躊躇わないの」
 そんな躊躇いがあれば宿題を燃やしたりはしないだろう。申し訳なさそうに見上げるチロに、千李は笑っている。
「それ、期限は無いので、ソフトクリーム嫌いじゃなければ、夏にでも使ってくだされ……」
「おう、冬のソフトってのも乙なもんだしな」
 それじゃ、とばかりに立ち去ろうとする二人を千李が呼び止めて、係員からランタンを貰う。
「良かったら、一緒に上げていかねぇか」
「撫子ちゃんの肩を叩きに行こうと思ってたけど、猫さんのお願いなら聞いてもいいよ!」
「すいませんすいません、後で雪に埋めときますんで」
 それでもランタンが空へと放たれれば、年相応の楽し気な歓声が上がって笑顔が咲いた。

 いつも共にある人形にもしっかり防寒対策をさせたアンセルムが黒いコートを纏った遥とランタンをその手に持つ。
「あ」
 ランタンを飛ばす前にふわりと舞い降りてきた雪に、アンセルムが小さく声を上げて空を見上げる。つられて遥が空を見れば、その瞳が僅かに揺れた。
「っ!」
 小さく息を飲み、何でもないように笑顔を浮かべる。空を見上げていたアンセルムは揺らぎには気付かず、ランタンを飛ばそうと遥に笑う。
「スカイランタンは私も初めてです、きっと綺麗でしょうね」
「楽しみだね、そろそろかな? いくよ……それ!」
 手を離せば空にオレンジ色の灯りが幾つも飛んでいく。
「……すごいね、空が明るいなんて見たことない。明るいけど、眩しくはない、不思議な感じ」
「……ええ、とても美しいです」
 夜空を彩る灯りに目を細め、遥が頷く。
「伊織、何かあった? ちょっと具合悪そうに見えて……」
「大丈夫ですよ。特に虚弱だということはないのですが」
「本当に? そうだ、スカイランタンには願いを込めて飛ばすものも、あるんだって。飛ばした後だけれど、伊織が元気になるように、願ってみようかな」
「願い……ふふ、ありがとうございます」
 笑顔を浮かべながら、祈るように目を閉じたアンセルムをどこか遠くに感じて遥も目を閉じる。瞼の裏に焼き付いて離れない過去を慰めるように、ランタンの灯りが空を照らしていた。

 恋人である双牙の腕に寄り添って、マフラーにイヤーマフと暖かい恰好の麻実子が白い息を吐く。
「寒いか?」
 双牙の問い掛けに、大丈夫だと首を振って二人でランタンを持つ。それは点火されると柔らかな光を放ってお互いの顔を照らした。
「ふふ、なんだか緊張してきたぞ」
 その割には楽し気な麻実子と視線を交わし、タイミングを合わせて双牙が手を放せば二人の手元からランタンが空へと飛んでいく。
「……最初にこの灯火を空に送った者は、その火に、光景に、どんな思いを抱いたのだろうな」
 無数に昇っていくランタンの灯りに双牙が呟けば、麻実子がそっとその腕に自分の腕を絡める。二人で見上げる夜空に浮かぶ灯りは大地に帰らぬ魂のようで、もう逢う事の叶わぬ人達の姿と重なって見えた。
「願いと祈りは、届くのかな」
 お兄ちゃんの、ところへ。麻実子が口に出さずにそう呟けば、双牙が彼女を抱き寄せた。手放せば、世界で一番大切に思うこの少女も飛んで行ってしまうのではないかと恐ろしくなったからだ。
 抱き寄せられた温もりに、彼を見上げた麻実子の瞳から一筋の光が零れた。自分は双牙のそばに居ていいのだと、ならばあなたもずっとずっとここに居て欲しいと願ったからだ。
「……もう少しこのまま、居させてくれ」
「ずっと、このままで」
 寄り添う二人が見上げる夜空は、ただ優しかった。

 しっかり防寒しても吐く息の白さまでは隠せない。するりと忍び込む寒さに思わずエヴァンジェリンが首を竦めれば、友人である広喜がケルベロスコートの下をちらりと見せて寒さなんてへっちゃらだぜと笑う。つられて笑みを浮かべれば、ランタンに火が点けられた。
「それじゃ、せーので」
「せーのっ!」
 息を合わせて夜空に光を放てば、ふわりふわりと空へと飛んでいく。高く飛べばいいと願い、機械の手で壊さぬようにと大事に持ったランタンは、広喜の想いを受けて沢山のランタンへと紛れ、天へと昇っていく。
「……どう? 広喜。綺麗でしょう?」
 幻想的な美しさを見せる夜空を、隣にいる彼はどんな顔をしているのだろうかとエヴァンジェリンが伺えば、まるで子どものような笑顔で見上げて広喜が頷く。
「すげえ、俺たち星を作っちまった」
「そうね、これは、星だわ……ね、アナタの手は、何でも作れるわ。星だって、なんだって」
 壊すしかできない不器用な手だと言うけれど、それ以外の可能性だって秘めた手なのだとエヴァンジェリンは思う。空を行く星を眩しそうに見上げて一生懸命に手を振る彼を見て、彼女は目を閉じて祈る。
「……広喜に、幸多からんことを」
 小さな声は、広喜には聞こえない。けれど、彼女が祈るなら、その願いは。
「届けー!」
 エヴァンジェリンの祈りも、ここにいる皆の願いも。全部届くようにと祈りを籠めて広喜は手を振り続けた。

●露天風呂と夜空に舞う光
 露天風呂の縁石に寄りかかり、日々の溜まった疲れを癒すのは白陽と千舞輝だ。
「これが家にあったら言うことナシやのになぁ……」
「そんな贅沢してみたいもんだ。しかし暫く働きづめだったからなー……温泉は良い……最高」
 ほう、と満足気に息を吐きつつ、水着姿の千舞輝が可愛いとこっそり思う。夏に見た水着を冬の温泉で見るのもいいものだ、ちょっとドキドキするけれど。
 千舞輝はと言えば、防水ケースに入れて持ち込んだスマホを使い、遠くに見えるランタンの灯りを写真に収めている。
「綺麗なもんだなあ」
「これは綺麗景色フォルダが熱くなるなぁ」
 撮った景色を確認する千舞輝を見て、白陽が自分のスマホを取り出し秘蔵の猫フォルダを開いて眺める。思わず、ねこかわいい……と呟けば、千舞輝が白陽のスマホを覗き込んだ。
「撮り溜めしとるん? 筋金入りやなぁ。今度ウチの猫コレと交換する? 家猫外猫なんでも揃っとるでお客さん」
「ぜひ」
 即答だった。そんな彼に笑いつつ、千舞輝がそうやとスマホを自分に向けるとぐっと白陽と距離を詰めた。
「記念自撮りしよ、いくでー?」
 カシャッと音がして、ランタンが飛んでいく空を背景に二人の笑顔が収められる。
「記念写真みたいやなぁ、これ」
「いいじゃないか、何の記念かわからんけど」
 その距離の近さと千舞輝の笑顔に頬が赤くなっている気がするけれど、露天風呂のせいだと誤魔化して白陽が笑った。

 寒い! と急いで露天風呂に浸かったシズネに笑いながら、ラウルもその隣へと身体を滑り込ませる。芯から温まるその心地に息を漏らせば、ランタンが空へと昇っていくのが見えた。
「まるで星の欠片が降り注いでいるようだね」
 ふわりと灯りが昇り、はらりと雪が舞う光景は幻想的で、ラウルは隣にいるシズネにそっと囁く。
「星の欠片かあ、相変わらずろまんちっくだな」
 笑いながら、それでも二人の胸には去年の夏祭の記憶が鮮やかに燈る。
「……シズネは、俺がランタンに託したお願いを今でも覚えてる?」
「覚えてるさ」
 その一言で、ラウルに嬉し気な笑みが咲く。優しい君が幸せでありますように、あの日の願いは叶っているだろうかとラウルがシズネへと重ねて問い掛ける。
「ねぇ……君は今、幸せ?」
「叶ってるさ。おめぇの隣にいると心が温かくなるのは幸せ、ってことだろ?」
 あの日シズネが願ったのはラウルの願いが叶うように、ただそれだけだった。ならばあの願いは届いたのだろうとシズネがラウルに微笑む。
「そうだといいな……」
 もう一度、二人でランタンが飛んでいく空を見上げる。あの空を往く願いが空へ溶けるまで、こうして君と過ごせますようにとラウルが願う。そうして、その願いは聞き届けられたのだった。

 他の人もいるのだから、裸はダメだと真理に窘められたマルレーネは渋々黒のビキニで露天風呂に浸かっていた。けれど隣で寛ぐ真理の姿を見て、ふと気付く。恋人の肌を他の人には見られたくないのだと。そう思えば、マルレーネの気持ちは真理を愛しく思う気持ちで溢れる。
「今年も色々あったよね」
 そっとマルレーネが真理に肩を寄せると、真理が湯の中で彼女の手を握る。
「そうですね……酉年様事件とか、恋の病魔……サバンナに行ったり、一緒に下着を買いに行ってみたり」
「真理と一緒だったから、頑張れたよ」
「私もです、大好きなマリーが傍に居てくれたから頑張れたのです」
 顔を見合わせて、お互いを愛しむように微笑み合う。
「わぁ……! 見てくださいマリー、すごい綺麗です……!」
 真理の視線を追えば、空に幾つものランタンが上がっていくところだった。一瞬、その美しさに見惚れたけれど、すぐにマルレーネの視線は真理へと向けられる。そっと耳元で、囁く。
「真理の方が綺麗だよ」
「マリーの方が、綺麗ですよ?」
 ふふっと笑うと、真理が少し顔を近付ける。
「ちょっと早いかもですが、来年もよろしくですよ」
「もちろん、来年もよろしくね」
 皆が空を飛ぶランタンに目を奪われている隙に、そっと真理がマルレーネの頬に口付けた。湯の中の手をしっかりと握り締めて、マルレーネが来年だけでなく、ずっとだと幸せそうに微笑んだ。

作者:波多蜜花 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月3日
難度:易しい
参加:20人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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