其は堪え難き運命ゆえ

作者:七凪臣

●ただでさえ迎えたくないのに前倒しだなんてそんな馬鹿な。
 黄金色に色付く銀杏の葉が降る昼時。
 彩りが少なくなった花壇の縁に立ち、一体のビルシャナが高らかな声を上げていた。
「三十路、三十路! それは若さの境界線。青年が、女性が、おじさんおばさんに切り替わるデッドライン!」
 道行く、おそらく三十を迎えて数年内だろうサラリーマンらが、傷付いたり冷たい視線を放ってくるが、ビルシャナの声は勢いと大きさを増す。
「何故、ヒトは年を取らねばならないのか! おじさんおばさんにならねばならないのか! ああ、なんと恨めしき運命。憎きさだめ! だとっ、いうのに!!」
 ばっさばっさ。
 若さを目一杯主張するように、ビルシャナは全身を毛羽立たせ、オーバーリアクションで訴える。
「数え年とはこれ如何に!! 年を跨いだだけで、歳が一つ増える! 一日でも長く二十代でいたいのに、勝手に三十路に仲間入りさせられる!! なんたる屈辱っ! 何たる理不尽!!!」
 ……とどのつまりが、『二十代』という輝かしさにしがみついていたいだけなのだろうが。その想いの強さで遂には悟りを開いたビルシャナは、自らの教義を朗々と宣う。
「故に! 数え年なる概念は不要! 歳を数えるのは満年齢で十分!! 勝手に一つ付け足すなんて言語道断、許しませぬ! 悪しき風習は、滅ぶべし!! 滅すべし!! 忘れ去るべし!!」
 無茶苦茶な言い分だった。が、身につまされるや、勢いに飲まれた者が、ふらふらと同意の声を上げ始める。
「一日でも長く二十代でいさせろー」
「三十路よ近付いてくるなー」
「数え年は悪しき文化ー!」

●大丈夫、いつか迎えるものだし。そんなに悪くないよ多分。きっと。
「まぁ、あれだ。男も女も、三十を経て味が出て来ると思うんだがな。四十で熟し、五十で香るってな。いや、五十で熟し、六十で香――」
「その問題はまずは棚に上げてですね。大事なのは配下になりかけている皆さんを救出することと、ビルシャナを倒す事です」
 どうやら三十路に突入したくない余り、数え年という文化を全力否定する悟りを開きビルシャナになってしまった者がいるらしい。
 横やりを入れて茶化す六片・虹(三翼・en0063)を正論で制し、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)はアマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)の懸念が的中してしまった事件の要点を語り出す。
 強い説得力があるビルシャナの言葉に惹かれ、配下になりかけているのは二十代後半と思しき男女各二名と、二十代前半の男性が三人、そして学生服姿の少女が二人。彼ら彼女らを放置するとこのままビルシャナの完全なる配下と化すが、ビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張を行えたなら、正気に戻す事も不可能ではない。
「ビルシャナさえ倒してしまえば、皆さん正気に戻ってくれはしますが。戦闘に加わられてしまえば相応の配慮も必要ですし、数が増える分、厄介です」
 強さ的にはさしたる問題にはならないだろうが、サーヴァントのようにビルシャナに付き従われては面倒だ。
「ビルシャナの訴えに同調しかかっている思考を、皆さんの言葉で何とか引っ張り戻して欲しいのです」
 そう請うてリザベッタは配下になりかけの者らの印象を詳らかにする。
 まだまだ三十路が遠い十代の二人はノリと勢いに惹かれただけなよう。二十代前半の男性らも、似たようなもの。しかし二十代後半と思しき四人は、かなりのめり込んでいる節がある。特にいつまでもピチピチお肌でいたい女性の方は極めて真顔だ。
「数え年が日本に根付いた風習であるのを説くのも良いでしょう。ですが危機迫った人々へは、三十路への恐怖心を取り除いてあげるのが大事かと……」
 つまり、アレだ。
 三十路も怖くないよ。三十路も楽しいよ。っていうか、年齢を重ねるのは素敵な事だよって、訴えろと。しかも、超インパクト大になるように。
「彼らが居る公園へは責任をもって僕がお連れします。ですが若輩者の僕では説得の詳細は見当がつきませんので、皆さんにお任せします」
 場所はとある公園。
 ビルシャナが掲げた教義に納得できない人々は、とっとと逃げ去った後なので、周囲の目を気にすることなく訴えたり、戦ったりすることが出来る筈だ!
「こういうのは理屈より、インパクトーーだったよな?」
 面白気配を察知して仲間に加わるつもりの虹の念押しに、リザベッタはこくりと頷き、話を聞いてくれたケルベロス達へ真っ直ぐな視線を向ける。
「皆さんなら万事上手くやって下さると信じています」
 それは信頼。同時に、運命を丸投げにする言葉だった。


参加者
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)
アマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)
連城・最中(隠逸花・e01567)
劉・嫣然(胡蝶の夢・e02129)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
十六夜・雪兎(冬色アステリズム・e20582)
杜乃院・靜眞(羊愛し鴉親とす朝焼けの猫・e33603)

■リプレイ

 ――数え年って悪い文化?
 長い髪を肩から背へ流し、鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)は抱いたこの季節ならではのサンタ帽を被った箱竜へ、尋ねる視線を落とす。
「ドラゴンくんはどう思う? ひとあし早く、大人な気分になれて良いと思うのに」
 ハクアは年が明ければようやく二十歳。来るその日が待ち遠しくて仕方ない――そう夢見る少女に対し、ジャスト満29歳な連城・最中(隠逸花・e01567)の瞳は虚空を彷徨う。
(「えぇ、えぇ。数え年で三十路になりますが。それが何か」)
 心中の独白さえ、台詞を棒読みにするよう。
 ――ピンポイントで存在を否定されてるようなっ。

 たった二人でもこれだけ違う、今作戦への心持ち。
 嗚呼、年齢とは何と無常なものか。
 今、その壁をぶち破る戦いが始まる!?

●夢あるお年頃☆
「みそじは……モテる!」
 ……現着するや否や、アマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)は開口一番そう宣った。
「年輪を重ねた落ち着き! 脂の乗り切った色気! ケタの増えた貯金残高!」
 人其々なんて(特に一番最後)茶々やご指摘は受け付けません! いいじゃない、そんな三十路になりたい19歳アマルガム青年の主張。
「つまり……みそじぱらだいす。略してみそぱら! おーけー!?」
 サムズアップまで決めてアマルガム、イイ笑顔。しかし突然の出来事と怒涛の訴えに、配下になりかけの皆さまぽかーん。
「っ! 皆さん、妄言に耳を貸してはな――」
「もうっ。怖がらせるような事は言っちゃ駄目」
「ムグー(何をするー)」
 いち早く我に返ったビルシャナだったが、その嘴はハクアの手により封じられる。これぞ真のお口チャック。むぎゅ。
「――」
「――」
 でもって恨みがましい目線の抗議も、劉・嫣然(胡蝶の夢・e02129)が無言の艶ある微笑で封殺。空気、読んで? ここから先は此方のターンって、分かるでしょ?
 一瞬にして場の空気を制したケルベロス達。信者の気持ちを一気に引き寄せるべく、まずはハクアが語り出す(ビルシャナお口チャックは継続中)。
「わたしこの前、素敵な漫画を読んだの」
 少女漫画よろしく瞳に星を耀かせハクアが語って聞かせるのは、三十代後半のおじさまと女学生の年の差ラブストーリー! 焦れ焦れ展開は創作の世界と分かっていても、トキメキMAX。
「年を重ねてもそういう出会いがワンチャンあるかもしれないんだもん! ねっ虹さん!」
「ふぇっ!?」
 流れるように語っていたハクア、唐突に虹へ話を振る。傍観者を決め込むつもりだった虹、驚嘆。そこをすかさず最中が確保。逃がさない、死なば諸共、同年代(心の一句)。
「要は心の持ちようだよっ。ピュアストーリーは何歳になっても待ってるよ、きっと」
 然してハクア、溌剌笑顔でドキドキを説く。反応してくれるのは女性陣かなぁ、なんて思いながら――が!
「あー、うん」
「確かに、そういうのも悪くないね」
 喰い付いたのは、三十路が近い男性二人だった! 可愛い子にキラキラ年上男性との恋話なんてされたら、ねぇ。ドキドキも止まらなくなるってもんです。そしてそんな彼らの様子に、
「もー。これだからオジサンはー」
「ねぇ。すぐデレデレしちゃってさぁ」
 女子学生は冷たい視線。だったの、だが。
「歳を重ねること、って……きっと素敵だよー」
 白髪青瞳、北極狼のウェアライダーな十六夜・雪兎(冬色アステリズム・e20582)の言葉に恥じ入るように押し黙った。
「いつも頑張ってる三十路さんが、不意に可愛い所とか、弱いところ、見せてくれたりすると……こう、胸がきゅーっとなる? あれ、悶える?」
 ともかく三十路さんが見せてくれるギャップ差に弱い人もいるんじゃないかな。
 そう言う雪兎は、虹を同年代だと思ってたクチ。三十路と知った動揺は未だ隠しきれず。だからこそ、訴えは真に迫る。
「おねーさまな虹がお茶目さんだったり、悪戯するの。俺は可愛いと思うんだ。うん、可愛い三十路はありだよ」
 ――何か私、褒められてる(虹、心の声)!?
 虹、困惑。けれどそんな事、知ったこっちゃないな女子学生、虹をじろじろ。
「えー」
「この人、三十超えてるの?」
「そうなんだよ! 32だよ、さんじゅうに! 素敵でしょ!? 見えないでしょ! 俺もついこの前まで同い年くらいだと思ってたし」
 ――さり気なく年齢ばらされて(虹、以下略)。
 諸々因果応報なのはさておき。まがおになった虹から目を背け、雪兎を継いだアマルガムは一気に畳み掛ける。
「女性だって三十代のひとは素敵だよね!」
 積んだ経験故の落ち着き、しっとり色気(そんなものないby虹)、余裕がある故の茶目っ気等々。
「年を重ねる事で得られる素敵さはあるんだよ。若さで輝く美しさと年経て煌く美しさ。どっちも素敵なのさ、きっとね♪」
 だから俺も、そういう素敵な大人になる為に良い経験重ねたい。
 なーんてアマルガムがまだまだ未熟と照れて笑えば、女子学生たち暫し無言。そして年近いイケてる男性二人を交互に眺めた末、ぽんっと手を打つ。
「それもそだね」
「いつか歳はとるんだしねー」
 極めて軽いノリで、ビルシャナ教義に反旗を翻した。と来れば二十代前半男性三人、微妙に居た堪れなく。それを見透かすように、彼らを真顔で見つめるのは御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)。
「年上、というのは大人で。尊敬の対象だと……」
(「時は等しく流れるもの。抗うにしても……なぁ」)
 他人を巻き込むのは、大人として如何なものか。
 何をか語る17歳の視線。痛い。
「若さに拘るのは何故だ。周囲の評価か? 若いと持て囃されると聞く。が、年を重ねるのとただ年数を生きるのは違う」
 蓮の正論が、男達に突き刺さる。しかし、次の瞬間。違う意味のものが、彼らを飲み込む。
「御堂の言う通りだ。一年経ったら一年歳を取る? 随分と生き急ぐんだな。その定義で言えば俺は今四十だが、俺は今五歳だ。そう、五歳。俺は八年に一歳のサイクルで歳をとるようになっている。俺がそう決めている。誰にも文句は言わせない」
 口を開いたのは、蓮の背後に用心棒宜しく控えていた強面ドラゴニアンなアジサイだった。
「だから貴様らも文句を言わせるな。胸を張ってバブーでもオギャーでも言ってやれ。好きな年数で歳をとれ、ひよっこどもめ」
「ばぶー?」
「おぎゃー?」
 喰い付いたのそこ!? ってのはさておき。若者ら、完全にアジサイの超理論に押し負ける。
 蓮曰く、アジサイは請け負った絶望の数は勿論、色んな意味で凄い人。彼と居ると、細かい事に拘る事が馬鹿らしくなる。
「……正直俺は、今までアジサイさんの年齢を気にした事がなかった。誕生日を祝ったのにも関わらず、だ。案外、年齢とはその程度のもの。騒ぐ方がみっともない」
 ぐさ、ぐさ、ぐさ。
 年下の蓮の弁が、年長者たちの心を容赦なく抉ってゆく。
 蓮が尊敬できるのは、深みのある人物。若い時には無理だった事を解し、変化を楽しめるような。
「俺も、人間味を増す生き方がしたい。その為には時が必要だ」
 何処までも真顔で、何処までも真摯な蓮(と、アジサイの強烈さ)に男性陣はたじたじ。そこへ嫣然がトドメをさす。
「もうし、そこの男達。年上の女性は嫌いかい? 青い林檎とは違う良さがあると……そう思わないかい? ねえ」
「はい!」
「おねーさま好きです!」
 脆くなった防波堤は、三十路の色香にて容易に決壊。かくてハクアがビルシャナをむぎゅっとしてる間に、残す信者は二名のみ。けれどそこが最難関。
「そろそろおれ達の出番かなぁ?」
「では、まずは私が――」
「もっくん殿!」
「!?」
 杜乃院・靜眞(羊愛し鴉親とす朝焼けの猫・e33603)と頃合いを計っていた西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)がズイと前に出た刹那、虹がはっとし最中に助力要請した理由は……後半に続く☆

●落とせ、最強の敵!
「若い時は青いし固いしで気持ちよくもならないでしょ? 本当にイイってのが無い」
 女性があれこれこなれて具合が良くなるのは、三十超えた辺りから。
「ね、虹さん――って、何をして?」
 この程度、卑猥でもセクハラでもないでしょ、と至って普通の顔して語った名実ともに大人な正夫。虹へ話を振って、頭の上に疑問符。だって虹、ハクアの耳を塞いでいるのだ。同様に、アマルガムの耳は虹のサーヴァントなもふもふワンコのぎんさんが、蓮は最中が蓋をしている。
「や、未成年さんには早いかなって☆」
「成る程――では、心おきなく」
 了承(?)得た四捨五入したら五十路枠の正夫、しれっと言う。男も十代二十代は猿と変わらないとか、三十過ぎてようやく人間らしくなってくるとか。
「その辺知らずに若さ至上主義はないでしょ」
「そ、そうですね」
「え、えぇ」
 至極真実迫るご意見に、難敵、ちょっと頬を染めてた。気恥ずかしさに緩む心の螺子。そここそ付け入る隙!
「だいたい若さ若さと言う人間はね、歳をとるのが怖いんじゃない。自分に自信がないんですよ。だったら年齢止まった所で心の平穏なんてありゃしませんよ?」
 大事なのは、失敗し、間違えて、後悔し、学ぶこと。ああこれで良かったんだと言える日が来ることが、人の美しさであり、自信と呼ぶものになる。
 長じた分、正夫の言葉には厚さと重みがあった。
「私はどうか? 家庭は壊すし、子育て失敗するしで、まぁどうしようもない。未だ『いつかの日』の道の途中。でもわかるんですよ、向き合っている限り希望はあるって」
 時間と経験で納得を引き寄せるのが人生。そういう歳の重ね方は良きもの。
 正夫の弁は、女性たちの理性を納得させるに十分なものだった。されど感情がしぶとく粘る。ここぞ靜眞がぶちかます時!
「おれと奥さん、37歳。奥さん、羊のウェアライダー。若い頃から可愛かった羊の奥さん、世界一」
 きりっ。
「でも三十超えてから綺麗さ優しさ増し増し。包容力いっぱい、やさしー。ふわんふわんで癒される」
 えへえへ。
「靜眞くんって呼ぶ声も、ますますお耳にやさしーの。ぎゅうって抱き心地もね、ふかって柔らかさが増して……ほっとする。一日一年をとっていく度に、一日一日素敵になってくの。昨日の奥さんより、今日の奥さん明日の奥さんが、おれはすきー」
 でれでれ。のろけ話にハクアもきゃっきゃ。女性陣まんざらでもなし!
 実った初恋。星空色の髪にゆるふわぷるんなお胸。元より溢れる母性は、三十超えてますます光るり。あらあら受け流し系美人に、甘えて可愛がられる系夫。何それ天国!
 挙句に。
「あとね……おれ、白髪増えたけど。味が出て来たとか、むしろそれがいいって、言われるよ――ほら」
 ここでまさかの猫変身。過酷な野良猫環境を媚びと美猫さで生き延びた猛者、しかも『白』靴下な後ろ足っ。
「きゃーっ」
「かーわーいー!」
 ……姿を戻す間もなく靜眞、女性陣に捕まった。ダメだって。独身女性、こういうのに弱いんだから。婚期逃す勢いで。
 上がる黄色い悲鳴。だが、わちゃわちゃにされる前に、最中がさっと靜眞を救い出す――が、最中の表情はいつもより『無』だった。
「……俺は皆さんが仰るような大人ではないですが。三十超えても若い人は若い。若くても大人な人は大人でしょう。此処に居る人だけでも良く分かる」
 ええ、別に気にしてませんとも。顔に出てないだけで、三十路否定ビルシャナにダメージ受けてるとか、全然ないですともっ。訴えが、平坦な声で捲し立ててる感満載なのも、きっと気のせい。
「だいたい二十代後半なんて大して若くないと思われがちだし。社会では二十代というだけで甘く見られるし。なら、さっさと三十代になってしまった方が楽だと思いませんか」
 二十代? 若いね――そう言われるより、三十代? 若いね、と言われる方がきっと素敵。
「俺の周りは皆楽しそうですよ、三十代。ねぇ、六片さん」
 幼馴染や、先ほど勢いで幼馴染と似た呼び方をした虹。彼らの事をその実、ちゃんと年上だと思ってる最中。そしてネタを振られる事に慣れた虹、けらけらと笑う。
「今日は気分がいいな!」
「そうだね。三十路賛歌、悪くない」
 元より年齢を揶揄され怒るほど狭量ではないつもりの嫣然も、ご機嫌モード。そして遂に、ビルシャナへお灸を据えるべく伝家の宝刀を抜く!
「成程、女性にとって老化は深刻な悩みだねえ」
 そうして嫣然、胸元から思い切りもったいぶって小瓶を取り出す。
「そんな悩める全ての乙女に本日ご用意したのは此方! 中国四千年の歴史が誇る保湿潤滑クリーム。仙境におわす天女様方も虜にし、かの傾国の美女をも――」
 以下、商人トーク炸裂。さぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
「あたしは勿論、この六片も愛用してるよぉ~。これがたったの一万円、しかも今日だけお代は此方のイケオジ西村氏もち! さぁ、どうだ!」
「え?」
「買ったぁ!」
「はいはい、私もっ。おじさ……お兄さん、素敵!」
 あ、うん。確かに説教臭いばかりじゃアレだし、厄落とし的意味合いで、帰りはパーっと奢ろうって正夫、思ってたケド。これは頭数に入って、ナイ。けど、最中のあれこれにしみじみじーんってしてた女性たち、勢いづいて最早止まらず。それでビルシャナを見限ってくれるなら、安いもの? さよなら諭吉?
「ともかく。自分が言われたくないなら、三十そこらの人におじ……とか言うのはやめましょう……ね?」
「はーい、おじさん!」
「Σ」
 こうして最中の〆に、女子学生らが行儀よくお返事する頃。
「あ、ごめんね。もう離すね!」
「っぷはぁ! ぜ・つ・ぼ・う!」
 全ての配下候補を奪われたビルシャナは、ハクアのお口チャックからよーやく解放されたのだった!
 ケルベロス、つよい。

●さよなら永遠の二十代
 今回の一件で雪兎が実感したこと。ってか、改めて思ったコト。
 三十路は可愛い。あと、面白い(追加)。
(「……あれ?」)
 でも、そう言えば。眼前で既にヘロヘロになってるビルシャナの主張は、三十路云々ではなく数え年の話だったような?
「……うん、いいや!」
 細かい事は気にしちゃいけない。要は信者になりかけてた人を救う事。そこは完全クリアー出来たし!
「というわけで、俺は声を大にして言いたい。三十路は本当に可愛い、と!」
「ありがとー!」
「もっと声を張り上げてくれてもいいんだよ?」
 一蹴りで炎弾放つ雪兎の主張に、一般人の方々を避難させてる虹は快哉、嫣然は艶々にこりで癒しの力を雪兎へ注ぐ(贔屓じゃないよ。直前にビルシャナの怨嗟に近い経文を喰らってたんだよ)。
 でもって。
「あ、そっか。おれもありがとーだ。でもでも、その誉め言葉は奥さんに持ち帰らせて貰うねー」
「きゃー。どこまでもらぶらぶで素敵なのっ」
 さながら片羽鴉の如き黒の残滓を敵へけしかける靜眞は、どこまでもどこまでもどっこまでもラブ全開で。軽やかに駆け行く獣姿のサモンを創り出したハクアは、それに拍手喝采。ついでにドラゴンくんはプレゼント箱抱えたままデウスエクスにタックルだ!
「何だか、ここまで来ると哀れな気もするな――まぁ、自分で蒔いた種だ。諦めろ」
 守る盾の一つも持たず、ひたすらケルベロスにボコられる(しかもハイテンションに面白のまま)ビルシャナに、若干の哀れを感じつつ。されどこれもこのビルシャナが選んだ道と蓮は鬼の腕を振るい、強面ワンコことオルトロスの空木も鳥脚をざくっと遠慮なく切り裂き。
(「ケルベロスカードを使えば今日の支払いは大丈夫でしょう……」)
「おじさんちょ~っとカッコつけますね……六道輪廻に絶えなき慈悲を……」
 本日のお支払い額を計算しながら、正夫はただのパンチだけど愛する家族を守る力を求めて大岩撃ち千日修行を行った成果をビルシャナに喰らわせる。妻に出ていかれ、以後は娘の為と生きた男。しかしその娘にも「彼に守って貰うし、もうパパ要らないから」なんて言い渡されて――おじさんだってツライんだよ。でも、そこに支払いも加わるんだよ。四十路、頑張ってるんだ!
 そんなこんなで。
「……お望み通り、永遠の二十代をプレゼントしましょう」
 眼鏡をキャストオフして戦闘モードの最中、突き立てた刃を通じて紫電の花を咲かせ。
「お前様もきっと辛かったんだよね……」
 無為に歳をとる後悔や、失われる若さへの恐怖。それらの辛さを察しつつ、翼猫のティティの傍らから走り出したアマルガムは、終末の鐘を彷彿させる重力波纏う拳の一撃でトドメを呉れる。
 ――せめて、安らかに。
「お前様の時間は、ここで止まるから。もう、辛さを感じる事もないよ」
「むしろ一言も発せられなかったのがつらーい!」
 ……ビルシャナの断末魔、哀れ也。

 やったー、と雪兎と虹のハイタッチで幕を閉じた戦い。湿っぽいのもこれでお終いとアマルガムも皆の輪に加わり、そのままの団体様で美味を堪能する祝勝会へ赴く(勿論、財布は正夫持ち)。
 ただ、その間。最中は虹からぎんさんを借りてた。
「どうだ、いい毛並だろう!」
「はい……癒されます」
 もふもふに眼鏡顔を埋め、最中しみじみ。どうやらビンゴ年齢だった彼には、思った以上に堪える一件であったらしい。ま、一番堪えてるのは正夫の財布だと思うけどネ!
「ふふ、ぬくぬくだねぇ」
 でもって嫣然が財布一人勝ち。
 三十路、つよい!

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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