決戦ヤーケイロン~狩る者を狩りに

作者:ヒサ

「良い感じに餌が集まってんなぁ」
 また新たな紅葉の名所を見出した獄竜氷牙将・ヤーケイロンは一人ごちる。これを襲撃すべく部下を派遣する、というのが彼の普段の行動なのだが、今はそれは出来なかった。
 何故なら、これまでのケルベロス達の活躍に依り、彼の兵の数が激減していた為。補充を待つのが確実だが、この機会を逃すのも惜しい。
「仕方ねえ、俺が出るか」
 これまでと同様ならば、襲撃を止める為にケルベロス達が来るだろう。そうすれば、部下達がやられ続けた返礼も叶うというもの。大勝出来るなどと楽観はしないたちだが、死した者達に報いる事は十分に可能だと彼は考えた。
 それに、ケルベロス達を殺すことで得られるものはグラビティ・チェインだけでは無い。憎悪と拒絶も勿論だが、彼らを頼みにしている数多の者達が嘆き悲しむだろう。
 それが、亡くした部下達の価値に見合うものとなるかは己次第。彼はただ静かに四振りの得物の具合を確かめた。
 ──そして紅葉の赤に彩られた平和は、血肉の色に穢される。

 町の外れにある大きな運動公園、その入口広場はこの時季紅葉が美しく、多くの人が訪れるという。
 特にその日はなにやらイベントがあるようで、飲食物を取り扱う屋台状の店舗も多く置かれる。だがその会場に竜牙兵が現れるようだと篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は言った。
「今回は、同様の事件を指揮していたヤーケイロン自身が出て来るわ」
 それを突き止める助けとなった神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)が、彼女の言にこくりと頷いた。敵は、少人数ではたとえ暴走を視野に入れたとしても敵わぬであろう相手──散っては人々を護れない。
「なのであなた達にはまず、お客さんとして会場へ行って貰いたいの」
 入場自体は誰でも、手続き等も無く可能。だがスタッフや来場者達に根回しするだけの時間は無い。到着から敵が現れるまでの間に、戦場へ駆けつけるのがやっとだろう。
 会場に現れたヤーケイロンはまずケルベロスを出せと声をあげるのだという。そして、出て来ぬならば人を殺すと、大して待ちもせず民間人らを虐殺する。元より殺すつもりで居るのだろうが、ケルベロス達へ呼び掛ける形を取ることで、人々により強い感情を抱かせようという事のようだ。彼が喋っている間にケルベロス達が動いてくれれば、少なくとも死者は出さずに済む筈だ。
「それで、彼が現れる具体的な場所なのだけど」
 仁那は会場の地図を広げた。彼がケルベロス達を倒す為の戦場と出来て、犠牲者の調達にも困らない場所は二つ。一つは、会場入口から真っ直ぐ奥へ向かった先のイベントステージ。奥へ向かう途中で道を逸れるとすぐに飲食店が集まるエリアに入り、そこを抜けた奥にある、食事客が集まるテーブルと椅子が並ぶスペース、これが二つめ。
 そしてヘリオライダーの指はすぐに、イベントステージの方を指し示した。
「ヤーケイロンはまず、イベントを進めるスタッフの人達を、殺そうとするわ。あなた達には、彼らを助けた後、敵にだけ集中して貰うのが良いと思う」
 人々の避難等はスタッフ達が請け負う。彼らが敵に依り負傷したとて、一人二人程度ならば彼ら自身で対処出来よう。動ける客達は会場外へ出されるだろうが、すぐには離れられぬ者達は、戦場から遠い飲食スペースの方へ避難する事になる。ケルベロス達からのフォローがあればより手早く避難が叶うだろうが、そちらに手を割き過ぎるのは危険だと、眉を寄せたヘリオライダーが吐き出した。
「あなた達は敵を、絶対逃がさないように、倒して来てちょうだい」
 とはいえ敵を劣勢に追い込んだとて、逃走される等の心配は不要だろう。だが、周囲を巻き込みかねない大技を出して来る可能性はある。出させぬよう誘導するのが一番だが、彼は挑発に乗るタイプでも無いようなので、作戦や立ち回り等で敵を御して貰わねばならない。
「──ヤーケイロンを倒せば、彼らによる襲撃事件は終わらせられる」
 今を逃せば、彼は部下を補充してまた同様の事件を起こすだろう。加え、今回の現場に居合わせる人々も無事では済まない。
 眉間の皺を消したヘリオライダーは、だからお願い、とケルベロス達へ託した。


参加者
リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)
神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)
上野・零(地の獄に沈む・e05125)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)
ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)
唯織・雅(告死天使・e25132)
アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)

■リプレイ


 人混みの中を進むにつれ、人々の恐慌が色濃くなり行くのが判る。
「──居んだろ? ケルベロス共」
 目指す先から聞こえたのは嗤う声。壇上の竜牙兵は捉まえた手近なスタッフへ剣を突きつけていた。剥き出しの殺意に凍りつくヒトの姿は、しかし保ってあと数秒、というところへ。
「ここに居るぜ、ウスノロ野郎!」
 駆け抜けた勢いのまま高く跳んで、敵へと蹴りを浴びせたのはレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)。相手の体勢を崩して視覚を制限して、痛覚と聴覚を冒して、その意識を此方へ向けさせるべく。
「勿論来たよ。皆の楽しみを壊そうとする貴方は止めるよ、止めるよ!」
 軽やかに舞台へ上るアイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)が眉を上げた。裏腹に鎖を御す手は柔らかに、仲間達の為護りを形作る。反応して攻めに来た敵の剣は、段差を跳ね上がり駆けつけたファントムが受けて被害を抑えた。
「今のうちに周りの人達をお願いするね」
「お任せ、下さい。皆さんも、どうか……お気を付け、を」
「まあ適当に気張っとくわ」
 先行した者達に追いついたところで状況を確認したカシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)が敵の死角へ回り込まんとする唯織・雅(告死天使・e25132)へ囁いた。自身のウイングキャットを癒し手として仲間へ預けて行った少女からの控えめな心配に応じたロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)の声はごく緩い調子。緊張とは縁遠くも見えるそれと共に、彼は敵との距離を慎重に詰める。それに合わせ、神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)と上野・零(地の獄に沈む・e05125)が敵の動きを警戒するよう前へ。いざとなればその背に力なき人々を庇えるように。
「はっ、そうやってお前らは身を削って来たってか。後悔する事にならなきゃ良いがな」
「その口を閉じろ、残り牙が。主人のもとへ送ってやる」
 彼らの意図に気付いたヤーケイロンが吐き出す侮蔑に厳しい目を向けたリヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)は春先に屠った双獄竜の名を挙げ、標的を取り囲む激しい雷を放った。


「お怪我は。御座いません、か」
 先の攻防に際し放り出されていたスタッフ達を雅が気遣う。まずは手を引き敵から引き離した。彼らは体を打つなどはしていたが切り傷の類は無いようで、少女は安堵に目元を和らげる。
「竜牙兵は。私達に、お任せ……下さい。あなた方は、どうか。落ち着いて、避難を」
 恐怖や混乱を抑えて冷静に。それさえ叶えば彼らも客達も大丈夫だろう。彼女はスタッフ達の背を押して離脱を図る。
 彼女が敵から彼らを庇う形で動くのと同じように、戦いに臨む者達もまた敵を人々から遠ざけるよう努めていた。壇上中心に敵を留め置くように包囲し、突破は許さぬと攻撃的に立ち回る。
「少し止まってて貰えるかな」
 カシスの蹴り技が敵を抑え動きを鈍らせ、枯れ枝にも似た零の杖が追撃に魔矢を放つ。その間に癒し手達が、護りを備えと織り上げる。
 それを厭うてだろうか、迫る敵が後衛へ目を遣るのを見てあおは、止めねばと咄嗟に拳を打ち出した。足技の次を迷った末のそれがしかし博打も同然と気付いたのはその後で、その攻撃は硬い感触に弾かれ有効打とはなり得ずに。ならばと続いて動くより早く少女の体は敵が振るった剣の質量に襲われて、打ちのめされる勢いのまま彼女は転がるようにして身を逃がす。
「無理すんな、必要なら使え」
 己をと、盾役であるロアが言う。眩暈を堪え起きあがった少女は戸惑い目を瞬いたが、すぐに謝意と共に頷いた。
 己の金眼が視るものは正しかった。だからこそ、と彼女は思う。
(「ボクの体、が、まだ正しく、はたらける、の、なら……それを、正しく使うこと、も」)
 だから今度は、詩を探す。『無理』をしては皆に負担を掛けてしまうから。
「そっち頼むぜ、ファントム」
「リヴィさん、今のもう一回お願いして良いかな」
「承知した」
「突っ込むぜ、悪ぃがフォロー頼む!」
「……任せて下さい」
 誰かに負荷が集中せぬようにと彼らは声を掛け合うよう努めた。特に全体に目を配っているカシスは、それが許される位置に居るからこそ己に出来る事をと、戦場外の様子にも意識を向けていた。
「──もう大丈夫です、お客様方の事はこちらで」
 ケルベロス達がすぐに対応した甲斐あって、初めに襲われたスタッフ達の恐怖等はささやかなもので済んだらしい。雅の手を借りていた彼らの足取りや受け答えは、物々しい音源から離れてほどなく、しっかりしたものになる。
 礼の言葉を口にして彼らは、だから貴女は竜牙兵を頼むと頭を下げた。それが出来るのはケルベロスだけであるし、戦う力の無い者達からすれば彼らばかりが傷つくのは心苦しく、少しでも楽な戦いであってくれればと。
「はい。では、お言葉に……甘えさせて、頂きます」
 か弱い祈りをそれでも少女はしかと受け取った。彼らも無事であるようにと、励ますよう小さく笑んでのち、戦場へと急ぎ駆け戻る。
「──お待たせ、致しました……!」
「お疲れ様、早速で悪いんだけど敵の動きを止めたいんだ、手伝って貰えるかな」
 彼女を迎える声を投げたカシスが簡単に状況を伝える。敵は此方の妨害を重視し動いている事、それに対処する為に癒し手達が手一杯である事、敵の行動そのものを許したままでは危険である事、だが敵の動きにより此方も攻撃を当て辛い状態から未だ脱しきれずにいる事。要請に応え頷いた少女は速やかに前線へあがる。斬撃の出迎えを手にした銃で受けてそのまま構えへ移行した。狙い定めるだけの余裕は攻めに出られる者達が敵を圧する事で作る。戦い続けていた彼ら、特に前衛は多様な傷に悩まされたが、支え合い凌ぎ続けていた。
 癒し手がくれた護りが己が身を軽くするのに気付き、しかし傍で戦う仲間がそうでは無い事を憂えてあおもまた癒しの気を撃つ。数多く降り蔓延せんとする災いへの対処にアイリスとセクメトが奔走しており、それを支えるリヴィが散らした花の癒しに依って身を苛む痛みを減じ得たレイの銃が速やかに火を噴いた。苦しくはあるものの敵とてそれは同じ筈と、挙動を観察しながら彼らは攻めて行く。
 けれど。
「──危ない!」
 攻めに踏み込んだその直後。あおの金瞳が、閃く銀刃を仰ぎ見る。弧を描くそれが彼女の逃げ場を潰し、鋭く斬り払われた小さな体が血の尾を引いて吹き飛んだ。
 己を案じる声を聞く少女を襲うのは罪悪感。この先の負担を押し付ける事が申し訳ないと。
(「ボクなら……ボクで、良かったと、……だから」)
 他の誰かが苦しむよりはずっと良いのだと、自身は幸福にも似た思いに包まれ。だからこそより強い罪悪に駆られる少女は目を伏せ眠るよう意識を手放した。


 ケルベロス達は受けるダメージそのものよりも、残される傷痕に自由を奪われる事にこそ悩まされた。意識を冒す幻惑には抗い得ても、身のこなしに鎖を掛ける爪跡に引き摺られる事は度々あった。癒し手達だけでは追いつかず、皆の様子に目を配る者達で補った。
「そっちは任せるぜ」
「ありがと、ありがと!」
 自身の状況を冷静に把握してロアはその時攻めに出る事を諦め、治癒の花弁を降らせる。射手達の為に腕を伸べ金光を御すアイリスが礼を告げる声は変わらず無邪気に華やぐも、繕いきれない疲労が吐息に滲んだ。
「……ありがとうございますね」
 花の恩恵を受けた零が片手をきつく握りしめる。と、逆の手に炎を噴く銃を構え、爆ぜた弾が敵を縛る。
「その熱も、ちょっと借りるね」
 扇を振るったリヴィに依る強化の術は、質量を持たぬ光剣を従えるカシスへ。仲間へ礼の意を示して彼は、幾つもの剣を嵐の如く降らせた。傷を重ね刻んで敵を圧し、次へと繋げる。此方が受けるそれ以上に敵の動きを阻み得るように。
 だが、それを容易く許すばかりの敵でも無く。ほんの少し、乱れた息を継ぐ間すら、冷たく燃える目は見逃さず。
 四腕の一つが振るわれる。風を斬る刃が白く凍えた。音すら吸い上げる冷気が棘めいて後衛を襲う。危険を肌に感じてロアが、盾役達へ対処をと声を張る。彼自身もまた、過労に痛む体へ鞭打ち駆けて、癒し手の傍へ。これ以上彼女らの負担を増やすわけには行かない。
 アイリスの前に立ち身を盾と成したロアは四肢の感覚を失い膝をついた。とうに限界は超えていて、悪い、とだけ声が掠れる。彼の姿に雅の目が瞠られて、それからその視線は宙を舞い、異音を立てながらも持ち堪えたファントムを一度撫でる──あと一度くらいは任されてくれるだろう。
「あとは、お任せ……下さい。これ以上。御無理は、なさらず」
 倒れた仲間を退がらせるべくより前へ出た彼女は、保たせてみせると凛と。敵の攻撃が未だ脅威ならば更にと願い、その力を減じる光弾を撃ち出した。
(「……まだこれ以上がある可能性……?」)
 先程少女の目が揺れた時。同じように零は、既に全壊寸前の舞台の姿を見、その瓦礫の陰も含めて辺りがとうに無人である様子に安堵した。そうして、胸中に微かな冷えを覚える。今ならば人々を巻き込む心配は無用だろうが、自分達が保たない可能性を無視出来ない。疲労に上がる息を抑え込む。そうして彼はまず、敵の追撃を阻むべく炎弾を操った。これ以上、など、許してはならないから。
 対する敵も手傷を無視出来ぬようで、術に依り破呪の力を結ぶ。だがそれを見たレイが、その加護を砕くべく即座に動く。
「させっかよ」
 踏み込んで拳を振るう。仲間達に護られて、だからこそ鈍り得ぬ攻撃を、彼らを護る力と成す。もしも一度で足りぬなら何度でも、そう彼の目が敵を睨む。直接は視えずとも、表情の無い骨の顔がしかし、不自由を厭う色を示し歯を擦り鳴らすのは判った。動ける者へ、続けと託す。応えたのは強い光と軋る音。
「そうそう貴様の思う通りに行くと思うな」
 鎖を鳴らしたのはリヴィ。握る剣ごと敵の手を絡め捕り呪詛を刻む。鎖を引けば束縛はより強く、彼我の距離はより近く。
「その言葉そのまま返すぜ、小娘」
 間近で響いた骨の声は疲労にか殺意にか、平坦に低く。魔を破るよう腕力で無理矢理動いた腕の一つが、彼女へ刃を向ける。熱と痛みに襲われた彼女は己が体が意思に従えず力を失うのを自覚して、けれど、敵が彼女に掛かりきりだったその僅かの間を好機と切り込む者達の姿を見て口の端を上げた。彼とは違い彼女には、継いでくれる仲間が居る。
「まだ負けない、負けないよ!」
 虚をつく為に息を詰めた刹那の後、アイリスの声が子供の駄々にも似て強く響く。それは何より真っ直ぐに彼らの戦意を表す、不屈の色。
 自分達は勝ちに来たのだ、人を護る為に。だから、敵の刀が織る幻惑が自分達を打ちのめしに来たとて、退けない。
「……この程度」
「合わせるね、任せて」
 握る掌に爪を立てた零が、禍々しい見目の杖を操る。敵の目にはぐにゃりと曲がって見えたであろうそれが、死角を狙う。カシスの光剣は対照的に正面から、凌ぎきれない程の物量で以て攻めた。
「こんな、時に……!」
「大丈夫だよ、任せて任せて!」
 ひどく歪む視界に眉を寄せる雅をアイリスが励ます。声と共に刻まれる軽やかなステップに応じ出でた金の鳥が祝福を奏でた。
「ありがとう、ございます。──これで……!」
 雅が構えた長銃が敵の体の継ぎ目を解くよう弾を撃つ。剣の一振りを取り落とした左方の隙を狙いレイが二丁の銃を向ける。
「存分に持ってけ。俺らがテメェにやれる唯一だ」
 放たれた魔弾達が眩く輝き敵を捉える。決して逃さぬと多方から飛来する光に白む中、敵は何を遺す事も許されず、崩れるように消えて行く。
 ケルベロス達の目も手も全てはヒトの為に。まずは仲間の手当と、それから逃がした人々の無事を確かめ護った全てを癒すべく、彼らは光の消失を確認して早々に踵を返した。

作者:ヒサ 重傷:神宮時・あお(彼岸の白花・e04014) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月27日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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