約束のために

作者:麻香水娜

●約束
 マンスリーマンションに帰宅した矢上・敦はソファに腰掛けてネクタイを緩めた。
『約束だよ!』
 電話口で聞いた最愛の娘の声が頭に響く。
(「約束だ」)
 明日は離れて暮らす娘の誕生日。休暇をとり、仕事も片付けた。

 ――ドクン。

「!?」
 敦は突然の痛みを訴える胸元を握り締めて蹲る。
 薄れゆく意識の中に浮かんだのは、半年前に『いってらっしゃい』と見送ってくれた愛娘の笑顔だった。

 そこへ、死神・エピリアが取り巻きを連れて現れる。
 敦に肉の塊を埋め込むと異形の化け物――屍隷兵が起き上がった。
『あなたには会いたい人、いえ、会わなければならない人がいるでしょう?』
 取り巻きがエピリアの傍を離れ、屍隷兵の周りをゆらゆら泳ぐ。
『その人をバラバラにできたら、あなたと同じ屍隷兵に変えてあげましょう』
 屍隷兵は取り巻き達を連れて歩き出した――。

●約束の為に動き出したのは――
「野々宮さんが懸念しておられた事件が起きます」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が神妙な面持ちで口を開く。
 翌日は娘の誕生日で休暇までとって会いに行くという約束をしたが、心筋梗塞で突然死してしまった単身赴任中の男性が屍隷兵にされてしまうと続けた。
「約束は大事だよね。守りたかったよね」
 蒼梧の説明に野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)も、しゅんと項垂れて悲しげに呟く。
 知性を殆ど失っても尚、愛娘に会って約束を果たさなければと、離れて暮らしていた分すっと一緒にいたいと、エピリアの言葉に騙されて娘の下へ動き出すらしい。
「単身赴任中ですので、すぐに娘さんの所へ行けるわけではないのですが、悲劇が起こる前に、このマンスリーマンションで彼を止めて頂きたいのです」

●屍隷兵が外に出る前に
 敦が屍隷兵化するのは22時すぎ。マンスリーマンションの106号室。
 部屋の中での戦闘であっても、戦闘の物音で様子を見に来る一般人がいるかもしれない。念のために人払いの対策は取っておいた方がいいかもしれない。
「屍隷兵は体当たりしてきたり噛み付いてきたりと知性のない攻撃をしてきますが、攻撃力は高く、催眠効果のある咆哮もあげてきます」
 更に注意すべきなのは、深海魚型の死神が3体いるのだという。
 それぞれが違う特性を持っているので、撃破する順番も考えた方がいいでしょう、と説明を締めくくった。
「親が子を想う愛情を利用し、殺人を起こさせるなど許せるものではありません。どうか、彼がその手を血に染めてしまう前に、止めて差し上げて下さい」


参加者
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
花唄・紡(宵巡・e15961)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
深風・眞尋(静寂の黒花・e27824)
月井・未明(彼誰時・e30287)
アリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)

■リプレイ

●果たさせてはいけない約束
「私はここから奥側の方から貼っていきますね」
「じゃあ、私は向こう側に向かいながら貼っていきます」
 キープアウトテープを取り出した深風・眞尋(静寂の黒花・e27824)が静かに奥へ歩いていき、エレオノーラ・ペトリーシェヴァ(画伯・e36646)もテープを取り出して、他の階へ繋がる階段とエレベーターの方へテープを貼っていく。
「ざっと見た感じ、このマンションの人歩いてなさそうですけど……念のため見回ってきます」
 辺りをきょろきょろ確認していたアリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)が明るい笑顔を広げると、軽やかな足取りで颯爽とマンション周辺を確認しにいった。
「おれも行ってこよう」
 月井・未明(彼誰時・e30287)もアリシアが向かった反対側へと足を向かわせる。
「さぞ無念だったろうな」
 ぽつりと呟いたヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)が、顔を上げてすっと目つきを鋭くして殺気を放った。
(「こういうの……ほんとうに、いやだ」)
 殺界形成を発動したヴェルトゥの呟きに、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)が表情を曇らせる。
 未来が途絶えてしまった無念は、家族を思う気持ちの分だけ、深いに決まってるから。
 それを踏みにじるような死神が許せなかった。
「……」
 野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)が無言で、106号室を見つめる。
(「果たさせてあげたほうがいいのかもしれない」)
 約束の為に、人ではない化け物になっても娘の下へ行こうとする男を思いながら。
 そんなイチカの頭に、ポンと優しい手が乗った。
「あたし達にできることをやろう」
 振り向いたイチカに、花唄・紡(宵巡・e15961)が優しく微笑みかける。
「うん」
 紡の声に頷いて106号室のドアを見据えた。

●死神の各個撃破を!
 部屋の中に複数の気配を察知し、自然とケルベロス達の顔が引き締まる。
 気配がドアに向かってくると、
「使い慣れない武器を使うのは中々大変です。アリシアは切り刻めればそれでいいのですが……仕方ないですね」
 ドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させて構えながらドアを勢いよく開いたアリシアが、屍隷兵の斜め後ろにいたジャマー死神に向けて轟竜砲を放った。
「ええ――そう、ほんの一滴」
 朝希がアリシアの後ろから声を響かせると、一番最初にドアから出ようとしていた屍隷兵とその横にいたディフェンダー死神の頭上に、蛇の巻きついた杯を呼び出し、そこから一滴だけ薬液が滴り落ちる。
『ギッ!?」
『!?』
 思わぬ先制攻撃を受けたジャマー死神は後方、部屋の奥へと吹き飛び、屍隷兵とディフェンダー死神は体が焼け付くような痛みに一瞬動きが止まった。
『ガーーーー!!』
 しかし、屍隷兵がすぐに視界に入ったケルベロスに敵意を燃やすと、アリシア目掛けて大きく口を開けて猛突進する。
 覚悟を決めたアリシアが顔の前に左腕を翳した瞬間、いきなり後ろから右腕を強く引かれた。バランスを崩して尻餅をついてしまい、その頭上を紡の綿花が飛び越えながら屍隷兵に自分の腕に噛み付かせる。
「助かりました」
 すぐに立ち上がったアリシアは綿花の背に感謝を伝えた。
「こんなことは、一刻もはやく……!」
 イチカが屍隷兵の横をすり抜けて部屋の中に入り、吹き飛ばされたジャマー死神に縛霊撃を叩き込む。更に紡がイチカを追う様にローラーダッシュで足に炎を纏わせ、動きにくそうにしているジャマー死神を蹴り飛ばした。
 噛み付く屍隷兵を振り払った綿花が原始の炎を召喚する。炎に包まれた屍隷兵とディフェンダー死神はじりじりと後退して部屋の中へと押し戻された。
「終わったことは変えられない。おれはおれの仕事をしよう」
 傷みを重ねないのがおれの仕事だ、そう呟きながら、未明が満月に似た光珠を綿花にぶつけ、傷を癒しながらその凶暴性を高める。続いて未明の梅太郎が羽ばたいて前衛の邪気を祓った。
「死神の行為を許す訳にはいかないな」
 ヴェルトゥの声と共に、目にも止まらぬ速さで屍隷兵に向けて弾丸が放たれ、彼のサーヴァントであるモリオンがほぼ同時にジャマー死神に向けてボクスブレスを吐く。しかし、痺れの走る体を必死に動かしたディフェンダー死神がジャマー死神の前に体を滑らせ、自分の体を盾にした。
「雷鳴の一閃は龍の叫び也、怯えて竦め!」
 エレオノーラの凛とした声が響くと、雷を纏わせた剣が振るわれ、屍隷兵とディフェンダー死神に稲妻が襲いかかる。
「家族との約束、それがどれだけ大事なものか……」
 ギリっと奥歯を噛み締めた眞尋が、サイコフォースで瀕死のジャマー死神を突如爆破した。
『ッ!!』
 ジャマー死神は大きく口を開けて声にならない叫びを上げる。そのまま床に落下し、サラサラと崩れ去った。
『キシャー!』
 その時、奥にいた無傷のスナイパー死神がイチカに噛み付こうと口を開けて迫る。
「イチカ!」
 すかさずイチカの前に出た紡の肩口に死神の歯が深々と突き刺さった。
「つむぐちゃん!」
「……ッ、だ、いじょ、ぶ」
 予想外の痛みに若干眉を顰めた紡は、叫ぶイチカに微笑んで安心させる。
 ディフェンダー死神は己の傷を回復させようとしたが、体が言う事を聞かず、泳ぎ回る事ができない。
「まずは1匹だね! 残りも気合入れるよ!」
 ファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)がケルベロスチェインを展開して前衛を守護する魔法陣を描いた。

 なんとか体勢を立て直した屍隷兵は、動かぬ体を無理矢理に動かし咆哮を上げると、後衛が拙いと3体のサーヴァント達がカバーに入る。朝希が前衛に御霊殲滅砲を発射して更に動きを制限し、そこへアリシアがディフェンダー死神にフォーチュンスターを蹴り込んだ。タイミングを合わせたイチカがスターゲイザーで重力の錘をつけ、紡が時空凍結弾を命中させる。3人の見事な連携で避けようとする間もなくディフェンダー死神の体は傷だらけになった。未明は薬液の雨を前衛に降らせ、傷付くサーヴァント達を癒しながら意識を正常に戻す。意識のはっきりした綿花が祈りを捧げ、咆哮を耳にしてしまった眞尋の傷を癒す。モリオンが封印箱に入って体当たりをすると、ヴェルトゥが狙いを定めてけしかけたブラックスライムが、固い体を思い切り喰らった。エレオノーラがスターゲイザーを放ち、眞尋がグラビティブレイクを叩き込む。ディフェンダー死神はなんとか回復をしようとするが、体がまったく動かない。その後ろからスナイパー死神が前衛に怨霊弾を放った。紡がイチカを、綿花がアリシアを庇って倍のダメージを受けながらも攻撃の軸ともいえる2人を守る。そして、ファランが再びサークリットチェインで前衛の守護を強めながら、紡と綿花の毒を消し去った。
 屍隷兵が近場にいたイチカに体当たりをしようとするも、体が言う事を聞かず、悔しそうに歯軋りをする。その屍隷兵の横を、アリシアの伸ばした如意棒が瀕死になっているディフェンダー死神を貫き、霧散させた。
「いきますよ!」
 声を上げて自分が攻撃するタイミングを仲間達に伝えた朝希が、ファミリアロッドを黒柴の仔犬に戻して、残るスナイパー死神に射出する。タイミングを合わせたエレオノーラが手元のスイッチを押して遠隔爆破、ヴェルトゥが星型のオーラを鋭く蹴り込んだ。
「きみの目には、なにがうつる」
 更に未明が薬瓶の蓋を開く。むせ返るほどの霞が広がり――霞が晴れると床に落ちた死神が崩れて消えていくところだった。

●悲しき屍隷兵
「ふたりの約束をまもらせないことが、あたしのいまの役割だ」
 全ての死神が消え、真っ直ぐ屍隷兵を見つめるイチカの目には一切の迷いがない。
 心電図型の炎を躍らせ、
「この約束はわたしがもらっていってあげる」
 屍隷兵を炎に包む。そこへ紡がグラインドファイアで更に燃え上がらせた。
「マンゴーちゃん!」
 着地して綿花に声をかけると、主人の意図を察した綿花は神霊撃で霊魂に自分を刻み付ける。
(「私に出来る事は貴方の大切な娘さんをその手で傷つけさせない事……」)
 痛ましげに目を伏せ、すぐに屍隷兵を見据えた眞尋は、
「黒薔薇に抱かれて眠りなさい……」
 血液を媒体にした魔術で黒薔薇を構築した。血液から生み出される棘が屍隷兵を包み込むように捕縛、全身を貫いてダメージを与えながら滴る血液を吸って、見事な黒薔薇を咲かせる。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……』
 屍隷兵から苦しげな呻き声漏れ、ケルベロス達の胸にやるせない気持ちが広がった。
『オオオオオオオオオ!!』
 力を振り絞って我武者羅にイチカに突っ込もうとする屍隷兵だったが、途中で膝を折ってしまう。
「敦さん……もう声は、届きませんか?」
 悲しげに屍隷兵を見つめた朝希は、ぐっと拳を握り、
「なら、せめて――」
 サイコフォースで屍隷兵を爆破する。
「娘を道連れになんて、そんな事はきっと願っていなかっただろう」
 朝希の攻撃の瞬間、ヴェルトゥの鎖が屍隷兵の足元へ忍び寄るように這い、徐々に体を締め上げた。絡みついた鎖からはひとつ、ふたつと桔梗が咲き出す。
「約束を果たせなかった……その未練。アリシアが断ち切ってあげます。迷うことなく果てなさい」
 屍隷兵の体を無数の桔梗が埋め尽くすと、アリシアから放たれた二つの斬撃がほぼ同時に重なり、醜く歪んだ体を引き裂いた。

●どうか安らかに
 桔梗の花弁をはらはらと散らしながら背中から倒れた屍隷兵を光が包む。
 ケルベロス達は、何が起きてもすぐに動けるよう警戒を解かない。

 ――パァ……。

 屍隷兵を包んでいた光が弾けると、そこには静かに眠るように横たわる男がいた。
「……」
 そこにいた全員の目が驚きに見開かれる。
 奇跡のようなその光景を、誰しも息をする事すら忘れてただ見つめていた。
「?」
 何かに袖を掴まれる感覚に、未明が自分の腕を見ると、イチカが屍隷兵――否、敦を見つめたまま袖口を掴んでいる。
「いつか、約束の果たされる日が来ると良い」
 ぽつりと漏らした未明は、そっと目を閉じて黙祷を捧げた。
 紡もイチカの頭にぽんと手を置き、
「おやすみなさい」
 今度こそ永遠の眠りについた敦に穏やかに声をかけて目を閉じる。

 そして――全員が黙祷をして冥福を祈った。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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