彼岸の赤

作者:こーや

「酷い雨ね……」
 夏の雨には容赦がない。傘を差しても膝から下がすぐに濡れてしまう。墓石を打つ雨の音も激しい。
 若い女──梅谷・陽子は雨の中を歩く。
 激しい雨のせいか、それとも盆明けだからだろうか。墓地には陽子しかいない。
 陽子が水汲み場で手桶と柄杓を取り、蛇口を捻ろうとした時。
 何かがちらついたような気がして、陽子は手を止めた。
 途端、ざわざわとそばに咲いていた赤い彼岸花が蠢き出した。
「な、なにっ!?」
 動揺をせせら笑うように彼岸花は陽子に取りついた。
 陽子の手から傘が滑り落ちる。
「誰か、たすけ──」
 巻き付いてくる茎の間から陽子は懸命に手を伸ばし、助けを呼ぶもその声は誰にも届くことなく途切れた。
 代わりに、陽子を取り込んだ彼岸花がのそりと動き始めるのであった。

 ザアザアと降る雨を河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)の唐傘が弾く。
 重い雲を見上げていた山河は集まったケルベロスを前に口を開いた。
「攻性植物の発生が確認されました。なんらかの胞子を受け入れた彼岸花の株が、攻性植物に変化してしまったみたいです」
 レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)の調査で判明した、その攻性植物の出現地点は。
「墓地です。お墓参りに来た女性『梅谷・陽子』さんが攻性植物に襲われ、宿主にされてしまいました」
 攻性植物がいるのは駐車場の片隅にある水汲み場。
 駐車場は充分なスペースがある。戦闘に支障は無い。
 また、激しい雨が降っている為、途中で誰かが来ることも無いだろうと山河は言う。
 攻性植物は1体だけ。配下はいない。
 だが問題がある。
「攻性植物は陽子さんと一体化してます。普通に倒すと、陽子さんも一緒に死んでしまうことになります」
 山河はくるりと傘を回し、ぼたぼたと落ちる雨の滴を掃った。
「せやけど、相手にヒールをかけながら戦えば、陽子さんを救出できる可能性があります」
 それは敵を回復させ続けるということだが、ヒールグラビティでも癒し切れなくなるダメージは少しずつ蓄積されていく。
 回復しながらも粘り強く攻撃すれば攻性植物を倒せるという訳だ。
 攻撃手段は3つ。
 体の一部をツルクサに変形させた絞め技。
 大地と融合することで戦場を侵食し、敵群を飲み込む技。
 光を花に集め、放たれる破壊光線。
 説明を終えた山河は目を伏せた。
「陽子さんを救出するのはとても難しい思います。……彼女の生死は問いません」
 そう言うと、山河は重い雲に再び視線を向けた。
 雨は未だ降り続いている。
 ここまで黙っていた朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)が静かにケルベロスを振り返った。
「……お墓参りに来てくれた人が死んじゃうなんて、私なら嫌だよ。難しくても、頑張って助けよう」


参加者
篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)
レイリス・スカーレット(紫電の空想科学魔導師・e03163)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ

●雨声
 分厚い雲が空を覆い、雨が激しく降りしきる。
『梅谷・陽子』を取り込んだ攻性植物が首をもたげた。
 そこにバシャ、バシャ、バシャと、溜まった雨水を強く叩く9つの着地音。
 攻性植物はゆっくりと着地音の主たるケルベロスを振り返った。
「すげえ雨だな。錆びちまいそうだ」
 やれやれと言わんばかりの声音の尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は笑顔。
 四肢が機械のレプリカントなので雨は少し苦手なのだが、表情が乏しい男は抱く感情とは別の顔を見せるしかない。
 篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)は姿勢を整えると、すらり、家に代々伝わる刀を鞘から抜く。
「雨の中に巨大な赤い花とか完全にホラーだね」
 ヘリオンからの降下中でも視認できた異様さは、近くで見ればさらに際立つ。
 しかし、異様さはケルベロスの中にも。
「拷問だ、とにかく拷問をすれば良いのだな?」
 鋭い眼光を彼岸花に向けるレイリス・スカーレット(紫電の空想科学魔導師・e03163)。趣味を拷問とする彼女はこの機会を待ちわびていたように見える。
 朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)は怪訝な表情を浮かべた。それで察したらしい。
「何、違うのか……」
 拍子抜けするレイリスだが、この場に来た理由は他にもある。
 名前が一音違いのケルベロスに親近感を抱いたからだ。相手がなんとも思っていないのであれば、口にしたところで困らせるだけなので言うつもりは無いが。
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は雨で塗れたつけ髭を扱く。
「ここは死者が安らかに眠る場所じゃというのに、恋人の墓参りに来たものを侵略寄生するとは許せないのう」
「ええ。ですから、助けましょう……朝倉さんが言うように此処で人が死ぬのは悲しい事ですから」
 白薔薇の装飾が施された腕時計を袖からのぞかせ、鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は言った。
 雨から腕時計を庇うように鎖を腕から垂れさせる。
 レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)は相槌の代わりに銀槍の石突で塗れた地面を叩いた。ぱしゃっと水が跳ねる。
 この時期に咲く彼岸花もあると聞いてはいた。だが──。
「死した恋人の元へ連れて行くのは、まだ早すぎるだろう」
「うむ」
 重々しくウィゼが頷く。
「きっと、被害者の彼氏の者も彼女にまだあちらの世界に来てほしくないと願っておるはずなのじゃ」
 蔓の隙間から僅かに見える陽子の顔は虚ろ。意識があるかどうかは読み取れない。
 それでも、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)はしっかと灰色の目を陽子に向け、言い切った。
「絶対にお救いしましょう」

●呼声
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は刹那、瞼を閉ざして手を組んだ。
 祈りを捧げるシアのミモザの花は、雨に打たれても散ることは無い。
「足下の花も良くご覧になって?」
 代わりに攻性植物の足元に幻の花が咲く。
 毒々しい赤とは真逆の素朴な美しさがその足を止めさせた。
「救出対象が風邪っての引く前にさっさと助けてやろうぜ」
 広喜が勢いよく地面を蹴ると雨水が跳ね上がった。すでに全身ずぶ濡れだが、本当に濡れて困る物は雨にも雪にも負けない鞄にしまい込んである。
 雨をも裂くのではないかと思わせる電光石火の蹴りが攻性植物の葉を散らした。
 体が宙にある僅かな時間のうちに広喜は声を張り上げる。
「頼んだっ!」
「任せてください。地球さん、どうぞ力を貸して下さいね~」
 手を差し出すように岳は両腕を伸ばした。攻性植物の彼岸花ではなく、墓や墓参りの人々を優しく見守ってきた彼岸花の慈愛に訴えかけるように。
 大地が割れ、慈愛と誠実を司るサファイアの柱が攻性植物を包むと、体液の流出が止まった。
「シャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 蔓が高速で伸びる音。鳴き声かとも思えるほどの激しさを伴って奏過に襲い掛かる。
「そーかさんっ、ごめん!」
 腰を落として衝撃に備えようとした奏過だが、訪れたのは予想と違う衝撃。
 メノウが奏過を突き飛ばし、さらに刀を盾代わりにして一撃を引き受けたのだ。
 触手のように伸びた蔓はメロウをギリギリと締め上げるが、刀で生み出した僅かな隙間で痛みを逃がす。
「私達が必ず助け出しますから……気をしっかり!」
 目礼しながらも奏過は赤い花に魔術切開を施した。
 強引な施術に攻性植物はその身を震わせる。
 すると、陽子の唇が微かに揺れた。瞳の生気はないままだ。意識が朦朧としているのだろう。
「……今はあのままがいいかもしれない」
 レイリアの静かな声。
 疑問を視線に乗せ、奏過はレイリアの後ろ姿を見た。
「戦場を知らぬ者には、命のやり取りは恐ろしいだろうからな」
 そう言ったレイリアは跳ぶように地面を蹴る。
 銀槍の飾りがしゃらりしゃらりと音を立て、流星のような尾が煌いた。
 稲妻を纏わせた突きが蔓の体を穿つ。
 陽子の顔が苦痛に歪む。
 途端、レイリスの声に悦びの色が滲みだした。
「痛かったら思いっきり泣き叫んでよいのだぞ? 痛みは生きている証だ……つまり、泣き叫ぶまでは遠慮はいらないな?」
「ふむ、十人十色じゃのう。あたしは悲鳴など聞きたくないのじゃ」
 ダンッと飛び出したウィゼは小さな体で目いっぱい腕を伸ばし、陽子に触れた。そして作成した鎮静剤をすぐさま投与する。
 ダメージは届いてしまうが、これで陽子が感じる痛みは和らぐはずだ。
 最初の一手を遅らせることになってしまったが、陽子を救う為に戦うケルベロス達にとって価値ある行動だった。
 広喜の表情は変わらない。変わらず笑みを浮かべたままだ。
 しかし、憂いが1つ減ったことに感情は動いている。
 パシッと拳を反対の掌に叩きつける。
「さあ、根競べと行くか」
「ですねっ、私も精一杯頑張りますわ」
 それと、とシアは付け加える。レイリアの言うように起こさなくてもいいが、声だけは掛け続けようと。
「心を繋ぎとめる切欠になりますかも」
「じゃあ、そっちはお願いするね!」
 その代わりにメノウは削り、癒す者達の盾となる。
 軽やかに駆けるメノウ。
 攻性植物が攻撃に備えたのを見て取ると、跳ねるように向きを変えた。
 ダンッと車止めを蹴って一気に懐に飛び込む。
「不可視の抜刀、雲耀の速度、見切ってみせてよ」
 抜刀、斬撃、納刀。メノウの言葉が紡ぎ出された直後には、一連の流れが完結している。
 攻性植物から切り離された蔓は瞬く間に枯れていく。
 陽子の体に寄生しているが、蔓や葉を使ってざわざわと動く姿に人間らしさは欠片も無い。
「『捕えざる者』全機、出撃。潜航開始」
 レイリスは双頭槍杖を振るう。
 帽子のツバから流れ落ちる雨でも隠せぬほどの鋭い眼光がそこにある。
 召喚した戦闘機型使い魔が中衛の周囲に認識迷彩領域を発生させた。
 雨は変わらず、全てのものに容赦なく振り続けている。
 淡々と技を振るう奏過は、濡れて肌に張り付く髪が目を覆っても無感情に払いのける。
 滑りやすくなった眼鏡がずれてもさして気にすることなく、やはり淡々と。
 けれど、陽子にかける言葉はしっかりとしたものだ。
「苦しいとは思いますが……もう少し……もう少しだけ私達と一緒に頑張りましょうっ」
 それが届いたのだろうか。
 陽子の唇が言葉を放つように数度動いた。

●泣声
 故人を偲び、別れ難さを感じている者の想いを叶えたい。
 ──そんな願いが攻性植物を呼び陽子さんを取り込んだ、とは想像しすぎだろうか。
 憂いを抱いたまま岳は腕を振るって鎖で円を描いた。鎖の擦れる音と雨音が歪な和音を奏でる。
 守護の魔法陣が最前に立つ仲間を癒す。
「今少しご辛抱を。必ずお助けします!」
 その言葉を嘲笑うかのように攻性植物は緑をアスファルトに融合させる。
 見る間に地面の侵食は広がっていく。
「ウィゼ、『右』は頼んだぜ」
「任されたのじゃ!」
 侵食が後衛を飲み込む直前。ウィゼが岳を、広喜が皐月を強引に引っ張り上げた。
 代わりにウィゼと広喜がシアと共に刹那、沈む。
「わっ、ととっ!」
「朝倉さん、前衛を頼みます」
「分かった! ちょっと待ってね、今回復するから!」
「この程度、壊れたうちに入らねえよ」
 楽し気に答える広喜に、それはそれこれはこれと言い返しながら皐月は薬液を降らせた。
 それを見届けると奏過も薬液の雨を後衛のもとに呼び込む。
 薬液交じりの水たまりを蹴ってシアは跳びあがった。
 雨に濡れてなお柔らかな髪をなびかせ、斧を彼岸花に叩きつける。
「もう少し、もう少しだけ辛抱下さいませね」
 すぐさま距離を取ろうとしたシアだが、また陽子の唇が震えたのが見えた。それも小さな音を伴って。
「聞こえたのか?」
 レイリアにも見えていたが声は聞こえなかったのだ。
「はっきりとは……でも、人の名前だと思いますわ」
 恋人のものではないかとシアは己の推測も付け足す。
 レイリアの赤い瞳が揺れる。
「生を全うせず、殺される形でお前と再会して、男が喜ぶとでも思ったか」
 呟いて、攻性植物をひたと見据えた。
 やり取りの間にレイリスが施した魔術切開により、シアが付けたばかりの傷はいくらか癒えている。
 敵への回復が足りなかった時にしっかり備えていた者が多かった為、ダメージを与えながらも着実に回復が出来ていた。
 その甲斐あって、赤い花や蔓、葉には癒すことも出来ない傷ばかりが目立つ。
 レイリアの槍が空の霊力を帯びる。
 花弁の傷を広げ、散らす為にレイリアは最後の一槍を繰り出した。
「今此処で刈り取る命は、花だけで充分だ」
 散り行く花を岳は悲し気に見届ける。
 攻性植物の為ではない。ここに咲いていた、ただの彼岸花の為に。
「倒す事でしかお救いできすごめんなさい……」
 小さな呟きは雨音に紛れ、消えていった。

 攻性植物から解放された陽子は意識こそ取り戻したものの、ぐったりしていて力が無い。
 近くにあった屋根の下に運んでやってから岳は陽子の濡れた体をタオルで拭う。
 その間に奏過が陽子の体調を確認し、少し休めば自分で動けるようになると断じた。
 パシャパシャと雨水を蹴立て、メノウが駆けてくるのが見えた。
 駐車場に残ってヒールをしていたのだ。
 タオルで体を拭くメノウの姿が、奏過には少し大人びて見えた。
「先日13歳になられたせいか……さらにしっかりされましたね」
「そう? そうかな? だったら嬉しいな」
 そんなやり取りを背に広喜は満面の笑顔を陽子へ向ける。
「おう、頑張ったじゃねえか。あんた強えな」
「貴方達のお陰よ。私、何も分からなかったもの」
 広喜が墓参りの手伝いを、墓参りが済んだら家まで送り届けるというレイリアの申し出も、陽子は悪いけど1人がいいからと断った。
「だが」
「雨の日に、あの人のことを思い出しながら1人で歩くのが好きなのよ」
 笑ってそう言われ、レイリアは口を噤んだ。
 意識せぬまま指がピアスに触れる。陽子に己の姿を少し重ねたがゆえの、己らしくない真似。
 いずれ、この感傷も消えるだろう。
 一方、メノウのヒールで修復された駐車場。
 先ほどまでは木下・昇が何かを探していただが、収穫は無いと分かるとすぐに帰っていった。
 今はウィゼ1人だけだ。
「皆、安らかな眠りを妨げてすまなかったのじゃ。戦いは終わったから、再び安らかな眠りにつくとよいのじゃ」
 そう言うと、ドワーフの女は墓地へ手を合わせた。
 ザァザァと雨は変わらず降り続けている。
 駐車場の片隅に咲く、ただの彼岸花が雨に打たれ静かに揺れていた。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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