氷海月と白昼夢

作者:七凪臣

●氷海月、始動!
 沸き立つ雲の白さが際立つ、海と空の青い境を眺める地。砂浜から遠くない場所に、別荘と思わしき小さな洋館が建っていた。
 人の手が入らなくなって長いのか、庭には緑が野放図に伸びている。
 そして館の傍らにそっと寄り添う倉庫の中で、新たな物語が幕を開けようとしていた。
 子供の心を躍らせただろう玩具や、手入れ道具。使われなくなって久しいそれらは、埃を被って黙している。
 ――否、黙している筈だった。
 キィ、キキキ。
 建付けが悪くなった扉の隙間からの闖入者は、握りこぶし大のコギトエルズムに機械の蜘蛛脚がついた小型ダモクレス。
 暫し這い回った異形は、クラゲを模した電動かき氷機に狙いを定め、するりと入り込む。
 ――ヴ、ヴ、ヴ、ヴヴ……ヴヴ。
 壊れたモーターが回り出し、大人が一抱え出来るサイズだったかき氷機は、シルエットを変えつつ肥大し始める。
 そして。
 ――しゃり、しゃり、……、しゃり、しゃり……。
『しゃり、しゃり、しゃしゃりー!』
 虹色の電飾で彩られた頭部を回転させ乍ら削り氷を四方に巻き散らすクラゲ型かき氷機のダモクレスは、真夏に産声を上げた。

●夏だ、海だ、かき氷だ!(海月もいるよ)
 海に面した小さな町で、壊れた電動かき氷機がダモクレスになってしまった事件が起きた。
「子供を喜ばせる為でしょうか? ボディ上部がクラゲの形をしていたようで。このダモクレスは外見は丸っきりクラゲのようです――残念ながら半透明ではなく、鋼色ですが」
 そこがちょっと惜しいんですよね、と少し笑って呟いたリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、緩みかけた貌を引き締め、話を元に戻す。
「起動したダモクレスは、人間を求めて砂浜に出るようです。しかし平日の、しかも気温は35℃を超えようかという炎天下。若者も観光客も少ないこの町では、海水浴を楽しむような方はおらず……」
 つまり、被害者は未だ出ていない。無論、放置すればダモクレスはグラビティ・チェインを奪う為に人々がいる住宅街を目指すに決まっている。
「ですから皆さんには至急現場へ向かい、このクラゲ型ダモクレスを撃破して欲しいのです」
 うぞうぞと生えた触手のような脚で地上を歩くダモクレスは、様々なシロップを彷彿させるカラフルな電飾を頭部に輝かせ、更にはかき氷機だったらしく削り氷を飛ばして攻撃してくるようだ。
「苺色の氷は、氷なのに炎を灯し。メロン色の氷は状態異常を増幅させ、レモン色の氷はきーんと沁みる手痛い一撃になるかと」
「美味しそうなのが怖い攻撃だな」
 リザベッタの説明を一通り聞き終え、六片・虹(三翼・en0063)は身を震わせる。ただし、台詞に反し、愉快な相手を目の前にした楽しさで。
「虹さん、油断していると痛い目に遭いますよ」
「――違いない。せいぜい気を引き締めて行くとしよう。折角の夏だし、暑さを楽しむのもまた一興だろう」


参加者
灰木・殯(釁りの花・e00496)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
泉本・メイ(待宵の花・e00954)
鏡月・空(藻塩の如く・e04902)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)

■リプレイ

●キラキラギラギラ
「……お前の汗腺って生きてる?」
 日頃から肌の露出は多い性質だが、今日はさらに面積を減らした水着姿のシュリアは、灰木・殯(釁りの花・e00496)の常通りのきっちりパーフェクトに着込んだ出で立ちを眺めて陽炎のような溜め息を吐いた。
 が、当の殯本人は至って涼し気。
「見目が暑苦しいのはご愛敬ですよ」
 こういう時の為の温熱適応スキル。今使わず、いつ使う。そんな感じで足取り――もとい、翼取り軽く、人の姿を取った竜族の男は熱砂のスレスレ上をゆく。
 素足をつけば、思わず跳ねてしまうに違いない。真っ青な空でギラつく太陽が放つ殺人光線は、砂と肌を遠慮なくジジジと炙っている。
 せめて湿度が低ければ思えど、日本の夏にそんな慈悲はなく。蓮水・志苑(六出花・e14436)は額に浮いた汗を拭い目を細めた。
 彼女の瞳に映るのは、徐々に大きくなってくるシルエット。
 海月型のかき氷器と聞くと可愛らしいのだが、鋼色とダモクレス化のお陰で違うものを彷彿させる――。
「宇宙からの使者を思わせますね。そうです、お隣の火星の住人を」
 そうなのだ。志苑の発想通り、アレなのだ。
「子供を楽しませる目的で生まれた機械が、脅かす妖に変化するとは……いえ、今も見た目が愉快ですけれど」
 輪郭がはっきりすればするほど増す愉快度に、斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)の口元も僅かに緩む。
 しかし如何に面白敵でもデウスエクスはデウスエクス。
「白砂を血雨で染める訳には参りません。子らの夢を守る為にも力添え致しましょう」
 柔らかな気配のまま、朝樹の意識が戦いの其れへとシフトする。そして熱い砂浜をビーチボールも持たずに駆け出すケルベロス達。そんな彼らを、既にバテ気味の虹が見送ったりしたのだが。
「海も、空も、雲もキラキラだよ。滉君!」
 大人にはうんざりな炎天下も、若さと元気がはちきれる泉本・メイ(待宵の花・e00954)にとってはトキメキワールド☆
「氷海月さん、こんにちは!」
 麦藁帽子をしっかり被った少女は、年長者の青年の視線に見送られて空へ飛び。
「会いたかったよ!」
 煌く流星と化して氷海月に抱き着いた。

●熱に踊る
『しゃり、しゃり、しゃしゃりー!』
 削り出された氷が無数の機械脚と頭部の狭間から飛び出し、メイを目掛け降り注ぐ。
 だがメイの着地点より数歩前にギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)が走り出るのが僅かに早い。
「そうはさせません」
 漲る筋肉は、仲間を守る盾。砂地に足を踏ん張った漢は、氷海月の初手を受け止めた。それはキーンと沁みるレモン。苺でもメロンでもなく、レモン。
「ウジマッチャもミゾレもブルーハワイもないとは如何様な料簡でございましょう」
 ……え?
「私は許すとも、私以外の仲間が許しましょうか……!」
 ツキツキな痛みより、ギヨチネ氏の琴線に触れたのはソッチ(なお、同行のあかねは「そうです!」と蝶で彩られた和装の袖を振って全面同意。キースはどうしたものか顔で見守ってる)。
「私共はこれからカキゴオリをいただくのでございまする。氷海月に恨みはございませんが、早急に美味しくいただけるカキゴオリをいただきたく存じますので、お覚悟なさい」
 遠いお国で生まれ育ったギヨチネ、独学の日本語で氷海月を煽って(カキゴオリ愛を語って?)ジェットエンジンで急加速させた拳を、敵の眉間っぽい所へ叩き込んだ。
 しゃりーん。
 喰らった強打に、零れた氷の粒がキラキラと中空に虹を掛ける。
「おや、美しい」
 相変わらず涼し気キープな殯も、思わぬ光景に息を飲む。されど、繰り出す技は初っ端から問答無用の死を告げる大鎌の一撃。
 鋼と鋼が激突する音が、波音をつんざく。
 そしてその響きが収まるのを待たず、青い髪を靡かせ鏡月・空(藻塩の如く・e04902)が砂浜を蹴った。
「夏らしいといえばまあ確かに夏らしい事件ですね」
 唸らせた足元に灯る紅蓮。ただでさえ暑い最中に、熱さを足し算する足技を空は氷海月へ見舞う。
 かくて点された赤は、自然鎮火せぬ炎。
「あらあら」
 増した熱気に志苑は頬に手をやり、こてり首を傾げ刹那の思考旅へ出る。
(「涼しくなりたい処ですが……」)
 とはいえ、見た目からして楽しそうな氷海月の攻撃を受けるわけにはいかない。けど、涼しくなるなら歓迎したい。
(「でも、やっぱり攻撃は受けません」)
 廻り廻って戦いの基本に立ち返った志苑は、えいっと砂を散らして跳躍し。氷海月の足を止める蹴りを鋼色の躰へくれてやる。
(「さて、――」)
 素早くギヨチネの傷の程度を確認した斑鳩は、緊急性は低いと判断し、自陣最前列へ自浄の加護を授ける一手を選択し、
「お次はジジさんですよ」
 時を待っていた少女へ道を譲るべく半歩引き。出来た氷海月への直線へ、ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)が身を乗り出す。
「ハーイ! ムシュー・朝樹、おおきにデース! お仕事がんばるデース!」
 フランス生まれの、関西弁を標準語として教えられたジジ。
「ボンジューボンジュー! うちはジジ、シャクネツジゴクにはミュール・ヴェーが大事やで~☆」
 ギヨチネを上回る謎い日本語を操りつつ、攻性植物を氷海月へけしかけた。因みに、ミュール・ヴェーとはグリーンカーテンの意味だそう。エコで涼しい、大事(こくり)。
 夏に相応しく、ノリと勢い感満載のジジ。しかし考えるとこはちゃんと考え、次手は己が独自のグラビティで、ジャマーとしての能力向上を画策してる。
「三倍キュアもお任せやで! もしかすると六倍!」
「それは心強いですわ」
 氷海月を緑の蔦でぎっちぎっちに縛り上げたジジを称賛し、エフェメラ・リリィベル(墓守・e27340)も戦列に加わるべく波打ち際から空へと跳び、重力任せの落下を開始。
 で、敵を眼下にマジマジ見る。
(「……鋼色の海月は、この暑さですと熱そうに見えますわ」)
 総じて黒っぽい魔女な装いのエフェメラ、気付いてしまった。敵が炎天下に放置されてる車っぽいのに。
(「あの鋼の上で焼けてしまいそうですの」)
 ――着弾(スターゲイザーヒット)。
 からの。
 じゅっ!!
「……熱ッ」
 たまらずエフェメラの口から洩れる悲鳴。瞬間的にもこれなのに、抱き着いたメイは勇者確定。

「滉君危ない!」
「えっ」
 目前に迫った氷海月をメイの拳がどごんと吹っ飛ばす様を、滉はぽかんと見送る。年下女子に助けられて内心複雑だけど、そこは顔に出さない心意気っ。
「本当に暑いですわ……まぁ、あちらの攻撃はそうでもないようですけれど」
 すっかり敵ではなく暑さに負けてる感のエフェメラ、傍らをちらり。
「おお、シロップが。ふむ、これは苺だな。ロー、苺だ」
「って、燃えんのかよ! 氷なんだから溶けろよ、凍れよ!」
 そこでは感謝の念が尽きぬクラレットが氷苺を浴び、理不尽にも灯った炎にローデッドがクレームを吼えていた。
 つまり、戦いはいい感じにヒートアップ。
「志苑ちゃん、ここは任せて」
「愛が道をひらきます」
 宿利に庇われ、愛が紡いだ光の矢に先導されて志苑は氷海月めがけて疾駆する。
「町の皆さんと美しい砂浜を守る為にも。人々を喜ばせる為に生まれたかき氷器に、殺戮などさせません」
 ――ここで、止めます。
 どんなに暑くても、ケルベロスの決意は溶けない。

●圧倒楽勝
 ぶっちゃけ、数は暴力。つまり通常戦力にわちゃわちゃ+αを加えた戦いはそう長く続かなかった。
「舞うは命の花、訪れるは静謐、白空に抱かれ終焉へお連れいたします」
 茹だる海辺に降る六花。まとわりつく湿度ごと吹き飛ばすよう志苑が凍てた剣技を舞えば、氷を削りかけていた火星人――ではなく、氷海月の全面に亀裂が走る。
「ムシュー・朝樹、そろそろラ・ファンじゃないデスカー?」
「おそらく、そうでしょう」
 終わりを察したジジの問いに、朝樹は卒なく応えてここまでの経緯を白雲に思い描く。
 ダメージコントロールは、盾役の涼し気殯とマッスルギヨチネが奮戦してくれた。捲かれる苺炎はジジが掲げた黄金の果実の効果もあって、ほぼ無力化に成功。志苑とエフェメラが撃ち抜きつつ動きを阻害し、そこを空とメイが遠慮なくぶん殴り。
 ――つまり、朝樹の回復に余裕がありまくりなほどの圧倒的完勝。
「ではひとつ。僕も一つ、葬送のお手伝いをしましょう」
 母なる海へも、父なる雲の海へも還れぬ哀れな海月。ならば幻の花の海を泳ぐのもまた、優美であろう。
「大気をゆらり揺蕩うて、お休みなさい」
 魂還しをそっと囁き、朝樹は花弁の如き紅の霞を巻き起こし、氷海月を覆い尽くす。
「アタシも負けていられまセーン! シャリシャリさんは、アデューやで~!!」
 ドワーフらしい小柄な体躯を跳ねさせ追うジジは、エクスカリバールで鋼の頭部を真横から殴打する。
 直後、まるで全身でアラートを叫ぶようにカラフル電飾が派手に明滅した。
「最後に大爆発とかはダメですわよ? そう、静かに静かに蝕んで行くのです」
 黒い衣で目いっぱい陽光を吸い込んだエフェメラも、『汗なんてかいてませんわ』顔で友人二人のエールを背に負い魔導書から闇竜の力を放つ。
 と、来れば。涼し気具合は絶対譲らない殯が翼でふわり。
「せめてもの餞です。それでは、さようなら」
 舞い降りた先は氷海月の頭部(その隙に、シュリアが水鉄砲ならぬリボルバー銃でがん撃ち)。触れた指先で生命力を奪い、生成した真紅の氷の花を殯は空へ掲げる。
 ポタリ。
 滴が落ちた。
 それは溶けた花が零したものか、はたまた氷海月の涙か。
「ごめんね、氷海月さん――でも」
 ちゃんとお見送りするから。思い出と一緒に、後でかき氷を味わうから。
 そんな想いを胸に、メイは真昼の中天に星を探す。蘇る父の声はめくるめく銀河の旅を誘い、一条の流星に全てを集束させて氷海月を貫く。
 そしてかき氷への期待と言ったら、やっぱりギヨチネ。去る命へ祈りを捧げ、来るデリシャスタイムにほんの少し胸躍らせ、朴訥とした男は静かに唱えた。
「静寂の彷徨い歩く、馨しき葬列の時を愛せよ」
 編み出されたのはギヨチネの全ての記憶が記された一冊の書物。彼の被ってきた傷や苦しみを敵へと刻みつけるモノ。
『シャ、リ、ジャリ……っ』
 立て続けに苛烈な攻撃を叩き込まれた氷海月の駆動音は、もうあえか。次々解けてゆく脚を蹴散らし、空は終いと腹を括って氷海月の真正面へ走る。
「慈悲は要らぬようで」
 まずは、蹴り。
 更に、勢いで吹き飛んだ巨体を神速で追い越し、次なる蹴りを繰り出し――。
『美味シク、召し上ガレー!』
 最終的に二十の蹴りに、とどめの回転踵落としという、確実にやりすぎ感満載の連続技で氷海月を醒めない夢の彼方へ送り逝かせた。

●思い出
 チョー汗だくで、干乾び寸前。厚着のジジは、しんどさ倍増。今こそ欲しい、ミュール・ヴェー。
「グラス・ピレ、食べたいナ~――って、ゼッタイなるって知ってタ! だから、抜かりはな……」
 ご近所のスーパー(ジジ的にはスパレット)で購入してきたかき氷器を、ばーんと取り出したジジ。一時停止。
「……氷、ない……デス、ね」
 まさかの肝心要の忘却。でも無問題!
「おや、こんな所にパラソルと椅子が。おやおや、此方には奇遇にもかき氷作成用の一式が御座います」
 医師たるもの、如何なる時も平常心&抜け目なく(by殯)。
「さて、皆さん。仕事の疲れを癒されては?」
 海遊びグッズをずらり並べる殯は、やっぱり涼し気で。
「では私も設営をお手伝い致しましょう」
 助力を申し出る鮫肌競泳水着に着替えた(いつの間に!?)ギヨチネは、玉のような汗をかき乍ら気持ちを切り替える(着替えた時点で切り替わってたカモ)。
 そんなこんなで、お仕事終了。
 さぁ、夏の海をエンジョイしよう!

「かき氷を作るって、体力がいりますのね。あぁ、腕が動きません……」
 チラッ。
「私はピンセットより重い物は持たん」
 きぱ。
「何処かに体力自慢の兎がいれば良いのですが……」
 チラッ。
「なるほど、うさぎの削り器か」
 すぱ。
「エフェメラは非力かよっ! クラレットは人の事を何だと思ってやがる」
 女の押しに男が勝てた例は無し。かくてローデッドはぶちぶち文句を言いつつ、兎かき氷マンと化す。
「ロー。皿にこんもり頼むぞ」
「フルーツはスイカに桃も用意していますわ。あぁ、シロップも生絞りとか如何でしょう?」
「あー。はいはい、お嬢様方の仰せの通りにー」
 投げやり乍ら、削り続ける兎。そして美味しく召し上がるレディ達。でも、一口くらいはお裾分け。当然、2人からの「あーん」付。
 シロップ全部乗せで虹色かき氷になっていたのは、ご愛敬。
 そんな喧噪を傍に、崇める神である太陽へかき氷をお供えした(当然、溶けたが気持ちが大事)ギヨチネも、あかねとキースと共に念願の時を迎えていた。
「私は台湾風カキゴオリなるものをご用意申し上げました。遠慮なく召し上がってください」
「頂きます! わぁ、フワフワです!」
 マンゴーにミルクに、大切な宇治抹茶。果物や小豆をトッピングされた氷をさくりと掬い、口へ運んだあかねの顔が蕩ける。
「うん……冷たくて美味いな」
 まずは持参の程よい甘さが好みに合うぶどう味を食すキースも、暫し暑さを忘れる序に『全てのシロップは実は同じ味』なんて話も忘れることにした。だって、女の子は練乳かけが好きと聞いたが、その女の子なあかねは宇治抹茶に夢中。
 そんな中。
「なんで苺味の攻撃でこちらが炎状態になったのですかね……」
「細かい事は気にせぇへんのが一番デース!」
 普通の苺味のかき氷をまじまじ眺める空の疑問は、ちゃんと完成させたご自慢のグラス・ピレをはふはふ頬張るジジが笑い飛ばし。
「良かったら、一口ずつ交換しませんか?」
 浮かんだ妙案にあかねの笑顔が弾け、お約束の「こめかみキーン」をやらかしたギヨチネに、どっと笑いの波紋が広がった。

「帰ったらしこたま飲むからな!」
 かき氷より酒氷が良いと言ったシュリアを、それは帰ってからと制した殯。遠慮なく熱弁振るう女の水着姿に、ふと気づく。
「そういえば、シュリアさんは泳がないのですか?」
 問われた女は渋面、
「髪濡れるの嫌いなんだよ――でもクソ暑いし。んなこと、言ってらんねぇか」
 からの嘆息で、長い髪を背へと流し砂浜を走り出す。
「お前も付き合え、モガリ!」
 言うが早いか波を掻き分け飛沫を上げるシュリアを、殯も追う。
「仕方ありませんね、お付き合いしましょう」
 此方も準備は万端。
 折角のひと時、涼し気とは一時お別れするのも悪くない。

●未完
「愛、砂のお城作ってみたいです」
 ほぼ貸し切りの砂浜に星のように鏤められた無数の貝殻。白い巻貝や桜貝、それらで両手が一杯になる頃、愛の唇が紡いだ希望に、志苑と宿利は「もちろん」と笑花を咲かす。
 髪を浚う潮風に声を弾ませ、円を描いて陣取った乙女たちは自分たちの城を築く。
 下は十二、上は十九。幾つになっても心トキメク砂遊びは、宿利の「ね、この貝殻で飾ってみない?」という提案で華やかさを増した。
「わぁ、しおんちゃんが作ったわんちゃんもとってもかわいいです」
 そして姫君の居城を守る騎士のように加わるのは、宿利の相棒を模した砂の犬。
「成親さんも、暑い中お疲れ様です」
 モデルの御礼に白い毛並を志苑が撫でれば、愛も一撫で、宿利もそっと。
 夏の思い出は綺麗な貝殻に携えて。三人お揃いなら、嬉しさも一入。

「虹さんはかき氷はお好きです?」
 氷を浮かべた冷水に足を浸した朝樹は、パラソルの日陰で波音をBGMに楽しんでいた本を閉じ、萎れた虹へ話を振る(なお奉じられる事に慣れた朝樹の寛ぎグッズ設営は、全て虹。故に、ぐったり)。
「僕は宇治金時練乳がけが好きですね。白玉は氷の奥に仕舞い込んで表面固く仲はふんわり――」
「サラっと拘り満載だな。私は俄然、白くま派だ」
 何れにせよ練乳はマストアイテムだな、と朝樹と虹の意見が謎の一致をみた頃。メイと滉は波際での水遊びに小休止。
「あのね、クーラーボックスにジェラートを入れて持って来たの。虹さんたちもどうぞ」
 太陽にも似た橙色のワンピース水着についたフリルを跳ねさせ、メイは氷菓子の玉手箱をぱかり。
「マンゴーに抹茶に、ピスタチオもあるよ。私の一番はミルクと苺ソルベとチョコの三種盛り! 三食だから氷海月さんともお揃いなの」
「メイはいいとこ取りだな。俺はピスタチオを貰おう」
 メイのしっかりちゃっかりぶりに笑う滉の頭は、先ほどまでの本気度が知れる海水ずぶ濡れ。けれどこれも夏の思い出としては最上級。
 そしてマンゴーへ手を伸ばす虹に、メイと滉の脳裏に過ぎた夏が蘇る。
「去年は白くまを食べたな」
「白くまさん! 私、絵日記も描いたよ。今日も頑張って氷海月さんを描くの!」
「それはいい。いつか私にも見せてくれ」
 積もる記憶は彩に換え。そうして人心地ついたメイと滉は再び青空の下へ飛び出してゆく。
「この海のずっと向こうにケニアもあるんだね」
「そうだな、きっと繋がってる」
 来るケルベロスの祭典に胸弾ませ、メイは水平線へ手を振り。滉は遥か南西を指さし。
 藍海、白砂。そして沸き立つ雲。
 まるで絵具で描いたような鮮やかで眩い世界に、朝樹は目を細める。
「――夏はまだまだこれから、ですね」

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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