螺旋忍軍大戦強襲~機械人形劇

作者:雨乃香

 突如呼び出されたケルベロス達は皆同じように緊張した面持ちでその場に集まっていた。連日激しい戦いが続く中での召集、事に進展があったのではないかと、誰もがそう思いながら、ニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)を見つめていた。
 彼女はその視線を一身に受け、軽く頭を下げると、真っ直ぐな視線を返しながら口を開いた。
「まずは、先日の智龍ゲドムガサラとの戦い、お疲れ様でした。皆さんがその力を緋紗雨に示した事によって、次に出現する螺旋忍軍の『彷徨えるゲート』についての情報を得ることができました」
 淡々と語るニアの言葉に、場が微かにざわめく。
「皆さんの考え通り、この情報があれば螺旋忍軍との決戦を行うことが可能です……しかし、こちらが動く前にイグニスの指揮する『最上忍軍』が先手を打ってきました」
 声に苦々しい色を見せながらも、ニアは表情を崩すことはなく、端的に現在の状況を説明する。
 螺旋帝の血族・イグニスの命を受けた最上忍軍は潜入する各勢力に誤情報を流し、螺旋忍軍のゲートの出現予定地に各勢力の戦力を集結。
 そうして防衛線を張り、稼いだ時間を用い、同盟を結んだドラゴン勢力を地球へと到達させる、というのがイグニスの狙いである。
「流された誤情報というのは、『魔竜王の遺産である、強大なグラビティ・チェインの塊が発見された』というものがまず一つ、当然この情報を手に入れた勢力は、そのグラビティ・チェインの確保へと乗り出しています。
 特に、組織再建のために大量のグラビティ・チェインを必要としている、『載霊機ドレッドノートの戦い』の残党勢力、功績を必要としている、ザイフリートやイグニスの後釜を狙うエインヘリアルの王子は有力な敵を引き連れて参戦してくることが予想されます。更に、戦闘力の高い屍隷兵の軍勢も散見されているようですね」
 それだけならよかったのですが……とニアは言葉を濁しつつ、その後を続ける。
「厄介なことに、流された情報はこれだけにとどまりません」
『この事実を知ったケルベロスの襲撃が予測されている』
『魔竜王の遺産は独占が望ましいが、複数の勢力が参戦してくる事が予測されている為、敵に漁夫の利を与えない為の立ち回りが重要である』
 という二つの情報が流されたことにより、デウスエクス同士で戦闘は現状望めない状況にあり、その全ての勢力とケルベロスたちが事を構えなければならなくなっている、その事実を告げるとニアは唇を噛みながらも、笑みを作ると、それをケルベロス達へと向ける。
「ですが」
 両手でテーブルを叩き、力を込め、ニアは言葉を振るう。
「裏を返せばここで他勢力の有力敵を叩いておけば、螺旋忍軍との決戦の道が開けるだけでなく、その先、他勢力との戦いにおいても事を有利に進められるとも取れるのです。特に、足取りを消していたダモクレスの残党勢力がこの誤情報に釣られて出てきてくれたのは千載一遇のチャンスと言えます」
 口の端を吊り上げ、笑みを深くするニアは手元の携帯端末を操作し、予想される敵の戦列を映し出す。
 ダモクレスの先鋒を担うのはディザスター・キングとその配下。
 その後方、全軍の中央に位置するマザー・アイリスの周囲には多数のダモクレスが配置されており、それらの護衛をを統括するジュアー・エククトリシアンは更に後方、全軍の殿に位置し、強力な護衛と共に、軍の指揮に当たっている。
「マザー・アイリス、ジュモー・エレクトリシアン、ディザスター・キング、これら指揮官型のダモクレスを一体でも落とせれば、戦況はこちらの一気に優位に傾くでしょう。故にケルベロスの側としては、これ等の内一体でも落とすことが最低限の目標と考えてください。その上で、可能であれば、敵戦力を大きく削ぐことができれば万々歳といったところでしょうか」
 また、これ等以外にも有力な敵が多数戦場には紛れており、その軍勢の中には最上忍軍の最上・幻斎も同行している可能性があるとのことだ。
「最上・幻斎に関しましては、居場所が不確定であり、見つけ出すことはかなり難しいと思われますが、何らかの手筈を用い、見つけ出して撃破することができれば、最上忍軍にも大きな打撃を与えられるでしょう。余力があればこちらのほうもご一考ください」
 ニアはそのまま投影していた情報を戦場に現れるであろう有力敵のリストへと切り替えつつ、それらをざっとケルベロス達に見せる。
「詳しい敵の分布については後ほど送信しておきますので、その中から何処を狙い攻撃を仕掛けるのか、皆さんで相談し判断してください。今回の作戦は、進軍中の敵を強襲し、速やかに撤退する奇襲作戦です、それを念頭に置いた上で、自分たちの実力も考え、何処を、誰を狙うべきか、熟考をお勧めします」
 投影していたディスプレイを指先の操作で消し、再びケルベロス達に真っ直ぐな視線を向け、ニアは言う。
「この作戦の結果次第で、続き発動されるであろうケルベロスウォーの情勢も大きく左右されます。危険な任務ではありますが、文字通り世界の命運に関わる戦いです。無理をしないでほしいなんて、そんな無茶な要求はしません、ただ、生きて帰ってきてくださいね? ニアとの約束ですよ?」


参加者
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
ヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
円谷・円(デッドリバイバル・e07301)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
御船・瑠架(紫雨・e16186)

■リプレイ


 伊賀市の近郊を進軍するダモクレスの行進が目指す先は奈良平野。そこに眠るという魔竜王の遺産、グラビティ・チェインの塊が彼らの目的であった。
 そのダモクレスの軍勢の中、指揮官機達とは違う意味で目立つ一機のダモクレスは足を止めて周囲の景色を眺めていた。
 全身の装甲は金色、それを飾るのは赤い宝石。それら本来のボディとは別に、身に付けられた数々の宝石やアクセサリー。シン・オブ・グリードの名に恥じぬその外見は一際目を惹くものがある。
「山ひとつ越えて未だに俺のセンサーに反応がねーっつうのはどうもきなくせぇ……」
 チェーンソーを担ぎ首を捻る強欲たる彼は、財宝に関しての嗅覚にはかなりの自負を持っていた。しかしこれ程までに目的地まで近づいても魔竜王の遺産とやらにその嗅覚がまったくの反応を示さないでいる。
 しばし悩んでいた彼は、地の震えと鳴り響く音に顔を上げ、行軍の先頭辺りから上がる派手な戦闘音と黒煙を目撃した。
「この先になにかあるのだけは間違いなさそうだな」
 彼は笑いながらその紅い瞳を輝かせ、まだ見ぬそれがどれ程の価値を持つものなのか期待に胸を踊らせる。
 地を蹴り市街地の空へと羽ばたこうとした彼は、突如そのチェーンソーを振り向き様に凪ぎ払う。周囲に布陣していた数体の下級のダモクレス達の首が飛び、その刃はヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)の振るう二振りの刀を受け止め、火花を散らした。
「グリード! ここがお前の墓場だ!」
 ヴェスパーは交差させた刀、両の腕に力を込めるものの、片腕で受ける相手に対し完全に力負けしていた。
「その程度で俺の首をとれると思ってんのか?」
 軽薄な態度を崩さず、彼が踏み出し強く当たれば軽々とヴェスパーの体は吹き飛ばされ、彼女が着地した時には既に刃が迫っている。
 その一撃がヴェスパーに届くよりも早く、天津・総一郎(クリップラー・e03243)が間に割り込み、展開した光の輪が刃を受け止め、耳をつんざくような音を上げる。
 だがそれも長くは持たない、高速で回転する刃はあろうことがその光の輪を断ち切ろうとしていた。
「ここで食い止めなきゃ、いろんな所に被害が出ちゃう! 絶対に通さないの」
「生とは、煌めいてこそ。誰一人命は落とさせません」
 叫びと共に円谷・円(デッドリバイバル・e07301)の電気ショックによる援護と春日・いぶき(遊具箱・e00678)のきらきらと輝く奮迅の援護を受けた総一郎は光輪の出力を上げ敵の攻撃を受け止め、足止めに専念する。
 その頭上、ビルの壁面を蹴り、速度をのせたエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)の構える紫電を纏う槍の穂先が真っ直ぐに金色の装甲を穿ち肩口を貫く。
「おぉっ!?」
 驚愕の声を漏らす彼に、しかし慌てた素振りはない。彼は帯電した槍をお構いなしに掴み、自分の身へと深く押し込む事で、エヴァンジェリンの体を無理やりに引き寄せる。
 咄嗟に彼女は槍から手を離し後方へと跳躍。同時に、敵の体も後方へと大きく飛び退いていた。
 瞬間、その場所に降り注ぐ光の奔流。光に触れた地面は瞬く間に熱を奪われ凍結してしまう。
「勘のいいやつだ」
 攻撃を避けられながらもリューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)に悔しさの色はない。元よりその一撃は布石にすぎず命中の成否など些細な事だからだ。
 飛び退いた敵の足が地に着くよりも早く、御船・瑠架(紫雨・e16186)の放った蹴りがその横合いから敵の体を捉えていた。
 強烈なその一撃に脚部に力込め、踏みとどまるその体。
「俺だけ見てると痛い目みるぜ?」
 彼が忠告を飛ばした時には既に瑠架の回りを囲むように、下級のダモクレス達が武器を手にその周囲に布陣している。重力を操り、シン・オブ・グリードの動きを牽制しつつ、そこから離脱する瑠架をめがけ群がるダモクレス。
「オッサンにまかしとき!」
 佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)の放っていた無数のミサイルが群がる敵を吹き飛ばし瑠架の退路とその安全を確保する。
 邂逅から瞬きの間すら許さぬ絶え間ない攻防。
 シン・オブ・グリードは肩に突き立ったままの槍を抜くと、それを持ち主であるエヴァンジェリンの足元へと放る。
「メルシ、強欲の機械竜というわりに紳士的なのね」
 槍を拾い上げつつ、エヴァンジェリンの放った言葉に彼は事も無げに答えを返す。
「勘違いすんなよ、俺は万全な状態のお前らを倒してついでに恐怖と憎悪とやらを稼がせてもらいたいだけだ」
 虚空の何かを掴みとるかのようにグッと拳を握り、シン・オブ・グリードの紅の瞳がギラリと輝く。
「窮鼠猫を噛む言うてな、あんまり舐めとると痛い目見るで」
「糠に釘、ってのはこういう時に使えばいいのか?」
 彼のその欲は知識にまで及ぶのか、照彦の言葉に対し、シン・オブ・グリードもどこか楽しげに諺を返し、
「さぁ来な番犬共。纏めて躾てやるぜ」
 武器を突き出し、手招きする敵に対し、ケルベロス達はいっせいに仕掛けた。


 有力敵であるシン・オブ・グリードの実力は並のダモクレスと比べ圧倒的であった。
 死角から攻撃を仕掛けるリューデに対し、敵は視線すら向けることなくそちらへと武器を振るう。
 騒音を上げるチェーンソーは易々と彼の防御を断ち切り、深い傷を刻む。
 対するリューデの振るう一撃は敵の装甲を突き破りはするものの敵は痛みに怯むことはない。
 自慢の金の装甲を貫かれ、内部に電撃を流され、多少動きに支障が出始めているのは見てとれるが、竜を模したというだけあり体力にはまだまだ余裕があるらしい。
「あいつだけでも厄介なのに、蓬莱!」
 すぐさまリューデの治療に向かう円、その行く手を阻むように群がる下級のダモクレス。
「ほんまこいつらきりがないで!」
 近づく敵をウイングキャットの蓬莱が退け、すかさず撫でるように滑らせた視線で照準をつけた照彦の放つミサイルが敵群を吹き飛ばし、なんとか道を開ける。
「苦労をかける」
「皆大変なんだから、当たり前なの。とにかく治療に集中だよ」
 リューデの治療にあたる円も先程から戦場を駆け回り、仲間の治療にかかりきりだ。
 特に矢面に立つケルベロス達の負傷は酷く、このままでは壊滅は時間の問題、そう思った円は仲間の治療を続けながらも敵の気を引くように声をかける。
「私達相手にこんなに時間をかけていていいの?」
 その発言の意図を読み取ったヴェスパーは円の言葉にすぐさま続ける。
「強欲なお前が鳶に油揚げを取られそうとはな、どんな気分だ?」
 せめて少しでも隙ができれば、治療の時間を稼げれば、その程度の微かな期待。
「鳶も殺してやれば一石二鳥。欲しけりゃ奪うそれだけだ」
 言葉と共に打ち出される玉石、それを開いた和傘で打ち払い、破壊されたそれを放り投げ、踏み込む瑠架。
 その刀の一閃を敵は手にした得物で受け止める。
「強欲らしい答えだな」
「お前のそれもさしてかわらんだろ」
 至近で睨み合う二人。悠々と敵が顎で指し示すのは瑠架の手にある、黒く染まる一降りの刀。瑠架の切り伏せてきた数々の敵の怨念を纏うそれを同列に扱われ瑠架は吠える。
「確かに私の技は全て他者から奪ったものだ。だがそれは高みを目指す故、見境なく手を伸ばすあたなとは違う……!」
 瑠架は言葉をそのままぶつけるかのように、他者から奪い、組み上げたその技、外法の鬼火を叩き込む。
 どこまでも敵を追いかけ、追い詰め燃え広がるその炎を、敵は甘んじて受け、
「そいつはちぃっと綺麗事が過ぎるな」
 紫炎に焼かれることを気にした様子もなく悠々と喋りはじめる。
「どんな建前並べたってやってることは殺して奪う、そんだけの事だろ? 同じ穴の狢、でいいんだよな?」
 同族には使うことのないその言葉の意味を確かめるように彼は首を傾げ続ける。
「お前らだって生きるために肉食うだろ? できるならうまい方がいいし、娯楽だって欲しい。俺等も一緒だ、生きるために喰らい、暇つぶしに遊ぶ。そいつを見境なくと否定して綺麗事ですませようってのは、強欲な上に傲慢が過ぎるんじゃねぇか、なぁ?」
 自らの肩を武器で叩き、愉快そうに語るその豊かな感情はダモクレスとしてはあまりにも稀有であろう。
「否定はしないし、できない。でもな、こっちだって必死で生きてんだ、お前らのやってきたことを肯定なんざできねぇ、だから俺は俺や守るべき人達のために戦うだけだ」
 感情のままに言葉をぶつける満身創痍の総一郎に対し、シン・オブ・グリードは視線を向け、拍手を送る。
「自分に素直なやつは嫌いじゃない」
 彼は拍手を止めると、武器を構え、
「けどな、欲しいモノを手に入れるには力がいるんだよ」
 お前らにそれがあるかと言わんばかりに彼は武器を振り上げ、ケルベロス達に迫る。
「そうね、そのために私達も必死なの、だから、簡単に振り払えるなんて思わないで」
 それをエヴァンジェリンは真正面から迎え撃つ。
 振り抜かれた得物を槍の柄で受け、互いに睨み合う。力比べでは勝てないと分かりながらも、彼女はあえてその距離を選ぶ。
「……捕まえた」
 ぶわり彼女の髪が風に舞う。
 冷たく凍てつく冷気を纏った暴風。彼女を中心に吹き荒れるそれは、敵の装甲を、貫き、潰し、凍結させる。
「うぉ、おおぉ!?」
 痛みも寒さも感じぬその体でもその威力はわかるのだろう。彼は驚き、楽しげに笑い。それに応える。出力を上げたチェーンソーは、彼女の手にした武器を真っ二つに切り裂き、その胸元から脇腹までに、歪に乱れた赤い線を引く。
 金に付着する大量の赤。同時に竜巻は収まり、もう一度彼は武器を振り上げる。
「乱れて、散れ」
 散った鮮血に混じり、降り注いだその花弁はリューデの地獄の炎を宿し、敵の体を内から焼き、焦がし、一時その動きを止め、刃がエヴァンジェリンの首を断つ直前にリューデはその体をなんとか抱き上げ、その場を離脱した。
 その無防備な背中を、敵はあえて見逃した、決死の覚悟で挑んだ二人に対する礼儀なのか、それとも単なる気まぐれか、彼はその武器を地に突き刺すと、左腕に右腕を添え、口を開く。
「今のはなかなか効いたぜ、だから俺も本気の一撃で返してやる」
 言葉とともに輝く左腕、それは強欲の名を冠する必殺の一撃。
「根こそぎ頂くぜ」
 振るわれる腕が虚空を裂き、それは離れた位置にいたケルベロス達を切りつけ、その体から力を奪う。対して、敵の体は淡く光り、無数についたその傷が瞬く間に修復されていく。
「あんなの反則やろ!」
 複数の敵からのグラビティ・チェインの強制徴集。その荒業に照彦が目を剥いたのも束の間。
「あらゆる存在を喰らい、昇華する一撃、受けてみな」
 竜を模したその機体は虚脱感に膝をつくケルベロス達へと向け、左手を翳す。奪った力をそのまま攻撃に転用する、竜の吐息を模した一撃がケルベロス達と周囲の地形を纏めて凪ぎ払う。
「後ろへ!」
 咄嗟に叫んだいぶきの声が轟音によってかきけされ、咆哮の如き轟音は長く長く続いた。


 いぶきに守られたエヴァンジェリンと蓬莱に守られたヴェスパーはなんとか耐えられたものの、まともに受けたいぶきはもはや立つこともままならず、蓬莱は意識すらもない。元より満身創痍の総一郎も立っているのがやっとという有様だ。
「これでわかったろ、そんじゃ大人しく――」
 殺されてくれや、と続けようとしたシン・オブ・グリードの背中に牙を突き立てる、瑠架のブラックスライム。
 その体を弾き飛ばしたところへヴェスパーと照彦の放つ砲撃がその装甲に新たな傷を刻む。
 辛うじて立つエヴァンジェリンの突き出す、螺旋を宿した一撃が装甲を穿ち、反撃に振るわれる武器を、リューデの重力弾が阻害し円の展開した雷壁が受け止め、威力の減衰した攻撃を総一郎が止める。
「勝ち目がないとわかってなんで立つ」
「こちとらハンパな気持ちで盾やってるワケじゃねぇ」
 総一郎は至近から光の環を大きく展開し、守り固め、その彼を円とテレビウムのテレ坊が全力でバックアップし、さらに大きな光輪によって総一郎は仲間達を覆う。
 しかし無情にもそれはあっさりと切り裂かれ、総一郎の体を、刃が撫でる。
 倒れる瞬間彼は笑っていた。
 視界すら遮るその光輪の盾、それを隠れ蓑に飛び出す瑠架と照彦総一郎の背を越えて行く。
「――鏤めろ」
 瑠架の振るう刃が敵の胸部装甲を切り落とし、紫炎がその切断面から全身へ燃え広がり、照彦の重力を宿した蹴りを受け、その場へと縛られたシン・オブ・グリードの脚部は、炎に熱され、重力に押し潰され、音を立てひしゃげる。
「なん、だっ!?」
 そこではじめて彼は自身の体の不調に気づいた。
 装甲の表面上の傷は確かに修復されたように見えていた。
 だが、痛みを感じない彼の内部に蓄積した破壊は、その装甲を凍てつかせた攻撃は、駆動系を潰した重力は、癒えることなくその体を蝕み続けていた。
「だが俺の勝ちは揺るがねぇ、こいつで終いだ」
 その事実に気づきながらも彼は冷静だった。
 再び輝き始める左腕。それで自身の勝ちが揺るがないことを彼は知っていた。
 それを止めようと必死に放たれるケルベロス達の攻撃を受けながら彼は勝利を確信していた。
「あばよ」
 振り上げた腕が落ちる。
 上空より雨の如く降り注ぐ無数の剣。敵の左肩に突き刺さったそれはそのまま貫通し、地へと突き立ち、その腕を切り落とす。
「僕の目が黒いうち……は、誰も死なせませんよ……」
 倒れ付し、咳き込みながらいぶきの放った攻撃。それがシン・オブ・グリードの必殺の一撃を防ぎ、強欲の性を満たすその術を奪った。
「それほど豊かな感情を持てば、あるいは――そう願ってしまう私もまた強欲か……」
 腕を失い、膝を折るシン・オブ・グリードの前に立つヴェスパー。
「生憎、こいつは俺の欲の賜物だ。切り離せぬもんじゃねぇ」
「……命失うその狭間ですら抑制できぬその欲求、大罪に値するであります。その悪徳、私のこの欲と共に、断罪します」
 ヴェスパーの中に残された力が集約され、掲げられた剣へと全てが集まっていく。
 全てを飲み込むその一刀に付随する言葉はなく、そうしてシン・オブ・グリードは討伐された。
 その余韻に浸る間もなく、ケルベロス達は意識の戻らぬ仲間達の元へと駆け、その体を抱き起こす。既に戦闘開始から相当な時間が経っている、これ以上の長居は、そのまま死へと繋がる。
「殿はオッサンが受け持つさかい、早いところずらかるで!」
 照彦の声に急かされながら、残骸の山を後に彼らは撤退していく。
 追いすがる敵群れをいなし、破壊し、他のケルベロス達の助けを借り、死にかけの傷を負いながらも、そうして彼らは誰一人欠くことなく生還した。
 各々がその胸に、様々な思いを抱きながら。

作者:雨乃香 重傷:春日・いぶき(藤咲・e00678) エヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968) 天津・総一郎(クリップラー・e03243) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月21日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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