図書館でまったりと~リーゼリットの誕生日

作者:なちゅい

●雨の中、本を開いて……
 6月といえば、日本では梅雨の時期。
 満足に外での活動もできず、室内で過ごす者も多い時期だ。
 依頼完遂直後のケルベロス達はヘリオンから降り立つのだが、空はすでに曇っていて今にも雨が降り出しそうだ。
 この場には、依頼から帰った仲間を出迎える為に。あるいは、何気なく次の依頼を求めにヘリポートに訪れたケルベロスらの姿もある。
 すぐに屋内へと入ろうと考えていた彼らへ、リーゼリット・クローナ(ほんわかヘリオライダー・en0039)はこう誘いかける。
「図書館に行こうと思っているのだけれど、皆もどうかな」
 ケルベロスには学生もいるだろうし、魔術を修める者もいる。武芸一筋のものだって、座学で学ぶことができることだってあるだろう。どうせ雨が降って雨宿りするならば、図書館で調べ物して時間を潰すのも悪くはない。
「この機会に、色々と調べ物をしてみてもいいかもしれないよ」

 しとしと、しとしと。
 図書館に移動する途中で雨が降り始めた為、ケルベロス達は急いで図書館へと駆け込む。
 その図書館は、都市部の大きな建物内にある。蔵書もなかなかのもので、幼児向けのものから専門書まで幅広い。
 また図書館といえば、本を想像しがちだが、最近の資料探しはインターネットが手軽であるのは言うまでもない。そうしたニーズもあり、図書館にもインターネットスペース、合わせて、音声、映像資料を見ることのできる視聴覚スペースが設けられている。
 調べ物や勉学に疲れたら、1階の歓談スペースやカフェテリアでブレイクタイム。仲間と共に、あれこれと取りとめのない話題で語り合うのもよいだろう。
 館内案内を目にし、どうやって過ごそうかと考えるケルベロスへ、リーゼリットは笑顔を向ける。
「それでは、よい一時を」
 一足先に、図書館の奥へと入っていくリーゼリット。
 その日は、彼女の18回目の誕生日。彼女はいつもと変わらぬ1日を過ごすようだった。


■リプレイ

●雨の中、のんびりと
 しとしと、しとしと……。
 雨の中、とある図書館にケルベロス達が駆け込んでいく。
「やぁ炯介、この前の依頼ぶりだね!」
「ヴィル。この前ぶり」
 たまたま、炯介と出会ったヴィルフレッドは、降りしきる雨を見ながらそのまま歩き出す。

 1階にそのまま留まるリラ、綾は子供向けのコーナーに向かっていた。
 マットに座るリラがどうぞと手を差し伸べると、耳を動かす綾は静かに彼女の膝に納まる。
 リラは自身の脚と合わせて綾にブランケットをかけ、綾が好きな星の物語の本を開く。
「あ、七夕のお星さま!」
「綾様、これが、ベガ、織姫星ともいうの、わかる? これが、彦星のアルタイル」
 真剣にリラの読み聞かせに耳を傾ける綾は、ベガやアルタイルという名前に外国人かなと目を丸くする。
「一年に一度だけ会える、恋人のほし」
「きっと、すっごく楽しみだろうのう!」
 7月7日は、丁度1週間後。織姫と彦星が会える日はもうすぐだ。

 【風奏廃園】の3人はイェロが漢字は苦手ということで、この場へやってきていた。
 書架の通路を歩き、夜は物語に入り込む心地にひたる。
「日本語の勉強なんかじゃ、世話になったなぁ」
 イェロは一冊絵本を手に取る。
 ページを捲り、音を立てる紙。そして。
「……紙のにおい」
 落ち着くその匂いに、アウレリアが微笑む。
 さらに、知の欠片、掌に乗る書の重さ。その全てに惹かれるのだと夜は再認識して。
「俺はやはり、紙媒体の本を好む」
 アウレリアも夜に同意し、小さく頷いた。
 そうして、夜が手に取ったのは銀河鉄道の夜の絵本だ。
「編纂によって、印象ががらりと変わる話なんだよ」
「……そうなの?」
 興味深げに覗き込むアウレリア。イェロはというと、意外に難しいという印象を受けていたらしい。
「わたしはぴーたーぱんが、好き」
 そこで、アウレリアが飛び出す絵本を開く。イェロもまた気になる本を開くと、そこからカカシやブリキのきこり、臆病なライオンが少女に引きつられて飛び出す。
「ほう」
「ンふふ、俺はこれが好きかな」
 夜は感嘆の声をあげ、イェロは小さく微笑んだ。
 雨音さえもどこか弾んで聞こえ、彼らの話に彩りを添えていく。

 一方で、同じ雨音の中、綾はすっかり寝息を立てていて。
「綾様、おやすみ、なさい」
 リラもまた、綾のぬくもりを感じてまどろむ。
 星の物語の続きは、夢の中で。

●それぞれの時間を
 入り口そば、雑誌のコーナーにいちるの姿がある。
 しとしと雨音を聞きながら、彼女は料理雑誌を眺めていた。
 大人の女性として、得意料理の一つでも。そんな考えで見つめていたはずだったが。
「あー、これ肉汁たっぷりで美味しそう……」
 近場の腰掛けに座った彼女は、ポテトサラダを豚肉で巻いた料理に食欲をそそられて。
「……はっ! 違う違う」
 思い直して作れそうな料理を探すいちるだったが、すぐに別のボリューミーな料理に目を奪われていたのだった。

 受付付近にいたルルドは何かを探し、階段を登る。
 階段を登った先、一般書コーナーでは、理弥が推理小説の並ぶ棚とにらめっこしていた。
「お、あの作家の新作じゃん!」
 目に付く本を手に取ろうとするが、悲しいかなドワーフの理弥には高すぎて、踏み台を使ってなお届かない。
 そこで、理弥が目に付けたのは、曲を自作に参考資料を求めていたリュエンだ。
「あ、あのさ……、頼みがあるんだけど……」
 恥を忍んだ理弥の願いをリュエンは快く聞き、手にとって渡してくれた。
「面白そうな本だな」
「ありがとな」
 例を言う理弥だったが、リュエンくらいの身長が欲しいと小さく溜息をつくのだった。

 座席に目を向ければ、エリザベスが窓際の席でページを捲る。
(「本は好き」)
 古紙の匂い、重み。歴史を感じる古びた表紙。所々の補修の跡もまた味があって。
(「だから、本当に図書館は大好き」)
 小さく微笑むエリザベスは、またページを捲る。このまま一日中こうして過ごす事のできる雰囲気もまた、彼女を虜にする。
 外は雨。されど、本を読むことで、色んな場所へと出かけられる。晴れの日にだってなったりもするのだ。
 童話集の表紙を、エリザベスは静かに閉じた。
(「面白かった。童話や児童文学は好き」)
 彼女は新たな出会いを求め、次の本を探しに出かけるのである。

 奥の視聴覚室にも、ケルベロスの姿がある。
 金銀ツインテールの姉妹が出た後、ビーツーが入ってきていた。
 情報収集の為、ほぼ手の付けられていないパンフレットによる案内を見ながら、ビーツーは館内を歩き回る。彼は本を探しに来たわけでなく、図書館そのものを閲覧しにきていた。
(「一応、これでも図書館員だからな」)
 見聞を広げる為とビーツーは視聴覚コーナーに興味を持ち、骨電動式のイヤホンを使って映像や音声資料を耳にする。
 ある程度資料を確認した彼は蔵書を目にしようと、やや心を浮き足立たせつつ3階へと向かっていった。

 3階の専門書コーナー。
 悠乃は、「狂月病」に関する専門書を開いていた。
 様々な症例、発症例などなど。何か具体的な研究文献があれば。それは、病院における避難誘導にも無駄にならぬはずだと、彼女は信じている。
 共に戦う人、そして守るべき人の為に。悠乃は様々な研究資料を読みふけっていた。
 そのそばに、先程のツインテール姉妹、ルリィとユーロがいる。
 夏の聖戦に向けたゲーム製作の為、あちらこちらで資料を見ていた2人。すでに飽きてお菓子のレシピを見ていた彼女達は、リーゼリットの姿を目にして駆け寄っていく。

●声を抑えて交流を
「「リーゼリットはお誕生日おめでとう」」
 ルリィ、ユーロの2人はそれぞれ、金銀の栞と紺色のマイクロSDカードに青色リボンを差し出す。
「ありがとう、嬉しいよ」
 笑顔を浮かべ、礼を言って受け取るリーゼリット。2人はしばし、彼女の調べ物の手伝いをすることとなる。

「うん、なんか名前が似てる同士だし、仲良く出来たら嬉しいなぁ……なんて」
 新たな魔法を求めて参考書をと考えていたリーズレットは、似た名前のリーゼリットを気にかけ、ブックマーカーを差し出してくれた。
「手作りだから、一点ものなのだぞ」
「わぁ……」
 それに見入る彼女が気に入ったのに、嬉しくなったリーズレットは気分が高まって。
「お誕生日おめでとう!」
 思わず大声を上げてしまい、リーズレットは咄嗟に口を塞いでしまっていた。

 先日のセクハラの謝罪をと思った白兎は、面と向かって謝れずにいた。それでも、なんとかタイミングを見つけ、意を決して……。
「あー、うん。色々とお世話になった……というか、迷惑もかけたしね」
 白兎が差し出したのは、ブルーベリーとカシスのムースを使ったケーキだ。
「嬉しいな。カフェスペースで頂くよ」
「リーゼ。お誕生日、おめでとう」
 今度はフィナンシェがそっと、リーゼリットへと値札がついたままのお徳用3足セットの黒タイツを手渡す。以前、黒タイツを愛用しているというリーゼリットの一言を、フィナンシェは覚えていたらしい。
 ビシッ!
 サムズアップして。フィナンシェはそのまま去っていく。
 しばらく、唖然としていたリーゼリット。お礼を言わなきゃと追いかけると、ボーっと窓の前に突っ立って外を眺めていたフィナンシェを発見する。
「えっと、ありがとう」
「……?」
「……?」
 お礼を告げたリーゼリットに気づいた彼女は首を傾げると。互いにしばらく、困惑した顔を見合わせていたのだった。

 先程、リーゼリットに一言、誕生日の祝福の言葉を告げたクララ。
「良い図書館です……ね」
 書架を一瞥したクララは一つ深呼吸。この紙の香りを直に感じた彼女は、図書館の蔵書量、そしてその質の高さを目で、肌で、感じ取る。
 そして、クララは数冊を手に取り、やや薄暗い場所を選んで席について表紙を開く。その本は、蔵書の中でもかなり古い物。辞書と合わせて彼女は何時も通りの読書を始める。
 静かな空間。雨音と捲る紙の音。それらがクララを書物の中へと誘っていく。
 ――古の王が自身の即位を正当化した碑文の写し。
 ――竜退治をする、遍歴の騎士。
 ――悪戯好きの精霊と仲良くなる方法。
 クララはそのまま、その世界に没頭していった。

 少し視線を別の座席に移せば、レスターが聖書を開く。
 それは、弟アベルを手にかけたカインの話。
(「血を分けた弟……スパロウ」)
 理性では、螺旋忍軍となった弟を倒すしかなかったと、レスターも理解している。しかしながら、その心は決して納得していない。
(「俺もカインと同じ、弟殺しの罪を背負ってしまった」)
 沈み込みかけたレスターがふとカリンを見ると、彼女は「赤い靴」を読んでいた。
(「かわいい靴を貰ったら、ずっと履いていたくなるね」)
 その主人公である孤児のカーレンに、カリンは自らを重ねる。
 だが、踊り続ける呪いに捉われたカーレンの救われぬ結末に……。
 ――踊り狂って死ぬ呪い、お姉ちゃんらしいわね。
 彼女の手足に残る暴力の跡。行方不明になった妹。あの子なら、そう言うかも。
「妹の声が聞こえた気がしたんよ」
 塞ぎこみかけたカリンへ、レスターは真顔で告げる。キミの踊る姿が好きだよ、と。
「それは、呪いなんかじゃない。祝福だよ」
「呪いじゃなくて、祝福……」
 カーレンは孤独だけれど、顔を上げたカリンには見てくれる人がいる。
 レスターは嬉しそうなカリンの様子に安堵する。
 罪人同士なれど、互いに許し合える。そんな錯覚すら覚えて。

 書架の奥には、学習室が設けられている。
「お前ももう少し、漢字を使える方が良かろう」
 故郷から一緒に出てきたロナに、ゼノアは促す。
「にほんご……とくにかんじ、まだぜんぜんわかんない……」
 小さく首を振って舌足らずな言葉で返すロナが漢字の覚え方を問うと、ゼノアは来日前、もらった資料を使って勉強したのだそうだ。
「とりあえず、書き取りをやってみろ」
「う、と……かき、とり?」
 ゼノアは紙に、日、月と漢字を書いていく。小さく声に出しながら書くと覚えやすいとの事。
「上手に出来たら、帰りに菓子を買ってやるぞ」
「……ん、やって、みる……!」
 お菓子に目を輝かせたロナは早速、字を真似て見たのだが。
「……んと、ひ……。つ、つき……。どう、かな……?」
 悲しいかな、日は1本多く目になっており、月は逆に横棒が1本足りない。
 ゼノアはそれに、微妙な表情を浮かべていた。

 その向かいの席で、和希が教科書とノートを睨めっこし、黙々と復習を行い、問題集を解き進めている。
 高校3年生となった彼は進学を意識し始めていたものの、勉強量が足りないと感じており、それを補うべく真剣に勉学に励んでいた。
 得意科目は比較的淀みなく進めていたが、頭が痛いのは英語。基本はともかく、英文問題などは顔をしかめて少しずつ解いていく。
 少し滅入りかけた和希は一度荷物を纏め、アイスココアで一息入れようと1階に向かって行った。

●ブレイクタイムの後は……
 1階、カフェテリア。
 ヴィルフレッドは雨のように、ぽつりぽつりと昔話を語る。
 それは買ってもらったばかりの雨具が来たくて、母親に散歩をせがんだ話だ。
「ルンルン気分で外に出たは良いけど、転んで怪我して雨具は汚してさ。ママに呆れられながら帰ったなぁ」
 黙って聞いていた炯介。
 それは、彼にとっては取るに足らない、小さな思い出かもしれない。
 でも、ヴィルフレッド本人にとってはかけがえのない、大切な記憶なのだ。
(「親を失う辛さは分からなくもない。ましてやこの年で」)
 ヴィルフレッドも何か察し、言葉が途切れる。
 聞こえてくるのは雨の音。けぶる窓の外の景色。
 そんな中、炯介の記憶の奥底で、うっすらと父の姿が浮かぶ。しかし、その笑顔を思い出すことは出来ない。
「……寂しいね」
 ぽつりと、炯介の漏らした一言に、ヴィルフレッドは困った笑みを浮かべて。
「……情報屋はね、色々強くないとできないんだ。……寂しくなんてないさ」
 そうして、ヴィルフレッドも視線を窓の外へ。早く、この雨が止むといいなと願いながら。

 その近くで宿利と志苑がテーブルを挟む。
 美術品が好きな宿利が借りてきた西洋画の画集には、色とりどりの花、宝石が。そして、綺麗な女性の絵が宿利にとってお気に入りと、指で示す。
「この女性、宿利さんのようですね」
「私、似てるかな?」
「はい、とてもお綺麗です」
 志苑が微笑んで告げた一言に、宿利は照れ笑いしてしまう。
 一方、志苑は古典和歌の本を取り出す。それがまた志苑らしくて素敵だと宿利は言葉を漏らす。
 その本のページを捲る志苑は、時を置いて読み返せば、違って感じる為に読み返してしまうと言う。
「不思議ですね。内容は変わっていませんのに」
「時間が経つと、その間に沢山色んな経験をした分詠み手の気持ちを、感じることが出来るのかもしれないね」
 主観を語る宿利は、一首を指でなぞる。
 ――月見ばと契りおきてしふるさとの 人もや今宵袖ぬらすらむ。
 少し大人になってこの歌を思い出した時、こうやって同じ絵を、歌を見よう。そんな近くて遠い約束を、2人は結ぶのだった。

 奥の席には、数人のケルベロスの姿がある。
「リーゼリット、お誕生日おめでとう」
 いちるを含め、囲まれたメンバーに歌を歌って祝ってもらえたリーゼリットは、目的の料理の本も見つけて喜んでいた。
 そんな中、1人ダッシュで外へと駆け出すウサギ耳の少年の姿が。
 ……なんでも本人曰く、「大丈夫だって。栄養はその胸に回るだろうから」と言ってしまい、いたたまれなくなったのだとか。

 まだ雨は止まぬが、ビーツーは満足気に空を見上げて。
「ボクスを連れてこなかったのが少々惜しまれるな」
 図書館に配慮して置いてきた火属性の箱竜の待つ場所へと、彼は満足気に帰っていく。
 対して、しょんぼりしていたのはロナだ。
「……ぜんぜん、おぼえれなかった」
「……うん。今日1日で直ぐ覚えられるもんでもない」
「また、ゼノにおしえて、ほしい……!」
 教材とお菓子を買いにと考えるゼノアへ、ロナはそうせがんでいた。

 時間は過ぎ、館内には閉館のアナウンスが流れ始める。
「お客様、閉館のお時間です」
 時間を忘れて書に集中していたクララは、館員の声でようやく我に返って。
「あ、あの……あの……」
 彼女はわなわなと慌てふためき、何度も頭を下げていたのだった。

作者:なちゅい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月2日
難度:易しい
参加:26人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。