盾携円奮

作者:刑部

「ぐおおぉぉぉぉぉ!!」
 左腕に大きな円盾、右手にバックラーを装備した巨躯の男が、怒声を上げながら村に踏み入ったのは空が白み始めた頃。
「なんだなんだ……うぐっ!」
 その声に驚き、おっとり刀で飛び出した男は、事態を把握できないまま、飛んで来たバックラーを腹に受け、体をくの字に曲げて吹っ飛ばされると、壁に叩きつけられてその壁を血で染める。
 それを見て口角を上げた巨躯の男が鎖を手繰ると、血に塗れたバックラーが回転しながら戻り、男の手に収まった。
 それは惨劇の始まりであり、続く阿鼻叫喚の序章であった。
 守る物である筈の盾は血に塗れ、多くの命を奪い哄笑するエインヘリアルの手元で鈍く輝いていた。
「ハッハッハッハッ! まだだ、もっともっと殺す……」
 エインヘリアルは動く者の居なくなった村を後に、新たな獲物を求め街を目指して歩き始めた。

「エインヘリアルが村の人達を虐殺する事件が予知されたで」
 と口を開くのは、杠・千尋(浪速のヘリオライダー・en0044) 。
「この暴れとるエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者みたいで、放置したら多くの人らの命が奪われる上、人々に恐怖と憎悪をもたらしよるから、地球で活動するエインヘリアルらの定命化を遅らせる事になりよる。
 ヘリオンかっ飛ばして現場に向かうで。みんなで協力して、村に被害が出る前にこのエインヘリアルをぶっとばしたってや!」
 と、千尋の口元に八重歯が光る。

「現場はここ、新潟県は関川村にある山間の村や。
 襲撃してくるんは早朝やから、ちょっと避難を呼び掛けると最悪バッティングする危険がありよる。せやから避難を呼び掛けれてないんや。
 外に出とる人はおらんけど、家の中には寝とる人らがおるから、物音を聞いて出てこようとするかもしれへん。
 エインヘリアルは戦闘状態にあるこっちを無視してまで、家の中の人を襲おうとはせーへんけど、その辺りも対策は必要になるで。
 で、現れるエインヘリアルは1体、3mの体躯を誇り右腕に鎖を繋いだバックラー、左手に大きめの円盾を持っとる。
 もっとるのは盾やけど、鎖に繋がったバックラーを振り回して攻撃してきよるで。
 エインヘリアルとしても捨て駒として送り込まれとる様やから、不利になっても逃げはせーへんやろ……むしろ死ぬ間際まで、こっちを殺そうと牙を剥いてきよる筈や。十分気ぃつけなあかんで」
 ケルベロス達の瞳を見て注意を促す千尋。

「螺旋忍軍にドラゴンと忙しのに、エインヘリアルも小細工をしてくれますね」
「せやな。エインヘリアルとしても凶悪犯を敵の領地に放つっちゅーんは、リスクの少ない策やしな。思惑通りにしたる事はあれへんから、このエインヘリアル絶対止めたってや!」
 思案顔を見せる知識・狗雲(鈴霧・e02174) に応じた千尋は、狗雲らケルベロス達にそう発破を掛けるのだった。


参加者
写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)
秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)
ミラン・アレイ(蒼竜・e01993)
知識・狗雲(鈴霧・e02174)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)

■リプレイ


「……こんな朝早く……早いならもう2時とかにしてくれた方がいいんだよー、起きてるから!」
 眠い目を擦りながら写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)がボヤく。確かに自宅警備員にはつらい時間帯だ。
「キープアウトテープを貼り終えたわ。これで大丈夫だとは思うけど……」
「外に出ている人も居ませんでしたが、できれば集落から離していきたいわね」
 緑色のリボンで留められたポニーテールを弾ませ、戻って来た秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)が報告すると、頷いたローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)の髪にマリンブルーの薔薇が揺れる。
「あれか……やはり大きいですね。暴れ回る前に止めねば……」
 その朝の静寂を破る様に大地を踏み締め、向かって来る巨躯の男を見咎めたのは知識・狗雲(鈴霧・e02174)。
 ボクスドラゴンの『アスナロ』がその声に反応して、箱の中から首を延ばし、その姿を確認する。
「守備にこの身を賭ける者として、自らを守ることしか考えず、人々を殺戮する者は許すわけには行きません!」
「怒りも憎悪も、あなた方には勿体無い。里に下りた獣と同じく、淡々と処理致しましょう」
 こちらに気付いたのだろう。足を止めバックラーの付いた鎖を振り回し始めたエインヘリアルを睨み、セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)が気を吐くと、傍らのビハインド『イヤーサイレント』が不満そうに頬を膨らませ、足元の炎をゆらめかせながら後ろへと下がり、その下がった位置に立つ綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)は、バイオガスを散布して家から戦場を見え難くする。
「そこの大きなおにーさん! まずはわたしたちを殺れるかどうか試してみなよー!」
 手首の動きだけで一回転させ、愛剣の切先を突き付けたミラン・アレイ(蒼竜・e01993)の凛とした声が、朝の涼やかな空気に響き渡る。
「ぐおおぉぉぉぉぉ! コロスゥ……」
 エインヘリアルはバックラーを振り回す速度を上げ、涎を垂らしながら吼えて地面を蹴る。
「それが『盾』だと言うのか?」
 それだけ言うとロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)が大きく息を吐き、襟巻の様に首に巻き付いていた竜ではなく龍の姿をした彼のボクスドラゴン『プラーミァ』が宙に舞い上がり、
「力を持たない人を殺めた血染めの盾なんて、盾と言わないだよ」
 と、氷河の力を湛えた槍斧、『ледников』を一閃して地面を蹴り、迫り来るエインヘリアルを迎え撃った。


 ミランに向かって突っ込んで来るエインヘリアル。
「アンタに当てるための細工をさせてもらうね」
「本当に強い守備というものを、見せつけてみせます!」
 狗雲が前衛陣の得物に紺碧の鎖を纏わせてその命中率を高め、セデルの起こしたカラフルな爆発が味方を鼓舞すると、鼓太郎も重ねる様にカラフルな爆発を起こし、振るわれたバックラーをロストークが得物を振るい澄んだ音を立てて弾き返す。
「ガアアァァァ!」
 だがエインヘリアルは弾き返されたその勢いを殺すことなく体を反転させ、イヤーサイレントがポルターガイストで飛ばした薪もろとも、逆側からバックラーを叩き付けてロストークの体を鎖で絡めた!
「させない!」
 だが次の瞬間、蹴り上げた結乃の脚から、星型のオーラが飛んでエインヘリアルの右肩を穿ち、アスナロがブレスを吐いて追撃すると、絡まろうとした鎖が力を失ってバックラーが地面に落ち、すかさず在宅聖生救世主がぐっと拳を握り、エインヘリアルの足元から溶岩が噴出する。
「ウググ……」
 唸りながら跳び退き、バックラーを手繰り寄せるエインヘリアルに、バックラーより早く距離を詰めたのはセデル。
「人を殺める盾に何が護れようか!」
 その動きを視界の端に捉えたエインヘリアルが円盾をもって防ごうとするが、イヤーサイレントの金縛りがその腕を縛り、防ぎ切れずにセデルに強かな一撃を見舞われると、間髪入れず心眼に覚醒し横へと回ったローザマリアの放つ時空凍結弾に穿たれる。
「畳み掛けるわよ……捉えたっ」
 誰に穿たれたか判らず、左右に首を振るエインヘリアルに結乃が構えた『KAL-XAMR50 “BattleHammer”』が火を噴き、エインヘリアルの右膝を正確に狙い撃つが、まったく堪えた様子が見られない。
「……やはり見た目どおりなかなかタフだね。長期戦上等だ。行くぞアスナロ」
 アスナロに声を掛けミランと共に距離を詰めた狗雲が、至近距離から雷撃を放ってエインヘリアルを睨み上げた。

「あーもう、無駄に堅い!」
 宙を舞って着地した在宅聖生救世主が、脚をさすりながらごちる。
 最初の激しい打ち合いから早数合。戦いの物音に気付いた村人達も、事前対策とケルベロス達の呼び掛けにより家から出ずに息を潜め、戦闘に集中する事は出来ていたのだが、
「死ねィ! 俺の邪魔をするな!」
 円盾を前にしたエインヘリアルの吶喊で前衛陣が押し戻され、ミランを庇ったセデルと在宅聖生救世主を庇った狗雲は大きなダメージを受け、その衝撃に奥歯を噛んだ様に、エインヘリアルはそのタフさをケルベロス達に見せつけていた。
「精々誇っておくがいいわ。アタシ達はその御自慢の盾が穿たれるまで、攻撃を重ねるだけよ」
 押し戻された前衛陣の間を縫う様に距離を詰めたローザマリアが、『因果之劒【Answerer】』と『応報之劒【Fragarach】』、二刀一対となる二振りの斬霊刀に空の霊力を纏わせ、エインヘリアルを斬る。
「ぬう……」
 ギロリとローザマリアを睨むエインヘリアルだったが、そのバックラーを叩き付けるより早く、結乃の放った凍結光線がその右肩を撃ち抜き、
「残念だったわね」
 半呼吸分攻撃が遅れた隙に、金髪を棚引かせて跳び退くローザマリア。
 そして先程まで彼女いた場所を叩いたバックラーの鎖を手繰る前に、鼓太郎の回復を受けたロストークら前衛陣が、
「よく考えたらバックラーは攻撃用だし盾は1つだよう。だったら色んな方向から攻撃したらどうかな? かな?」
 と、翼を広げて舞った在宅聖生救世主が、エインヘリアルの側背を突く形で投じた大鎌に呼応する形で波状攻撃を仕掛け、
「自分の身しか守れない盾なんて……」
 ローザマリアは、過去を馳せようとした思考を断ち切ると再び攻撃を繰り出した。

 イヤーサイレントがポルターガイストで飛ばした砂礫と共に、仕寄るケルベロス達。
 それを迎え撃ち、鎖を鳴らして薙ぐ様にバックラーを一閃させるエインヘリアル。
「懐に入ってしまえば……禍々しい盾も……当たらないよーっ!」
 振るわれたバックラーの鎖を掻い潜る形で肉薄したミランが、刀身に雷を湛えた白銀のレイピアの切っ先を突き入れる。確かにその通りではあったのだが、セデルやアスナロを薙いだエインヘリアルはそのまま体を回転させ、バックラーではなく円盾の一撃を見舞ってミランを押し返す。
「アレイさん! 遍く日影降り注ぎ、かくも美し御国を護らんが為、吾等が命を守り給え、吾等が力を寿ぎ給え」
 鼓太郎が詔を読み上げる様に詠唱を紡ぐと、その胸から現れた光球がミランを淡く包んでその身を癒す。その間にもエインヘリアルを休ませる事無く、結乃の援護の元、波状攻撃を仕掛けるケルベロス達。
「その盾の使い方、気に入らないな」
 白の中、薬指にだけ紅輪に意匠の光る手袋『белый』を嵌めた手に握られたルーンの輝きを放つロストークの槍斧。その斧刃が強かにエインヘリアルを裂くと、在宅聖生救世主とローザマリアがそれに続いて一撃を見舞って跳び退き、それを追おうとしたエインヘリアルにプラーミァがブレスを浴びせる。
「ぐおおぉぉぉぉぉ!」
 咆えたエインヘリアルの傷が塞がって鉄壁のオーラを纏うと、バックラーの鎖を頭上で振り回し、ミラン目掛けて突っ込んで来る。
「そこまでして力と血に溺れて……その歩んだ道に何が残るっていうのー?!」
 柘榴石の耳飾りを揺らしたミランが、憐れむ様に真直ぐエインヘリアルを見つめるが、その視界が狗雲の背に覆われる。ミランを庇って攻撃を受けた狗雲がその鎖を握って抗し、
「誰一人として落としません、害獣の及ぼす穢れは俺が全て祓いましょう」
 逆沢潟威筒籠手を向けた鼓太郎が狗雲に回復を飛ばし、その背から躍り出たミランと、
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた。紡ぐ詩は煌めく息吹に……」
 逆側からロストークが、氷霧を纏ったледниковの刃を叩き付ける。その一撃を円盾で受けたエインヘリアルだったが、氷に覆われた円盾の中央から右上に向かって、一筋の亀裂が走って、氷片が散り、プラーミァがその亀裂を広げる様に吶喊した。


「なんだと……」
 自慢の盾に入った亀裂を、信じられないといった顔で見つめるエインヘリアル。
「思いの外脆かったんだよ。いきがってるけど、アグリムほどじゃないね! 天よ天よ……」
 それを見て、小馬鹿にした調子で鼻で笑った在宅聖生救世主は、朗々と詠唱を紡ぎ始め、
「ろくに手入れもしていなかったのだろう。キミを守るものへの態度がこの結果を生んだんだよ、プラーミァ!」
 その呼び掛けに、少し不満げな仕草を見せながらもプラーミァが吐いたブレスと共に、ロストークが振るう得物。反応したエインヘリアルも鎖を操りバックラーを薙ぐが、その鎖が槍と斧が合わさった複雑な形状の穂先に絡まり、
「みんな、畳み掛けるんだ!」
 ロストークは引っ張られる力に抗し、柄を握り締めて叫ぶ。
「地球には矛盾という言葉があるそうです。……ですが例え両方が最強だとしても、貴方と私達では、誰かに賭ける思いも数も違う!」
 それに呼応する形でセデルの一撃が見舞われ、
「劒の媛たる天上の御遣いが奉じ献る。北辺の真武、東方の蒼帝、其は極光と豪風を統べ、万物斬り裂く刃とならん――月下に舞散れ花吹雪よ!」
 と裂帛の気合いと共にローザマリアが踏み込む刹那、
「……切り裂き給え!」
 在宅聖生救世主を振るう巨大な光の剣が振り下ろされると、ローザマリアの動きに反応したエインヘリアルが構えた円盾が、その一撃によって砕け散り、直後にローザマリアの紊雪月花・風華散舞。
「ガハッ……これは……」
 流石のダメージに距離を取ろうとするエインヘリアルだったが、
「憎悪に心を掻き立てられませんし、かと言って哀れみを請われても逃がす道理もありません。言祝ぎの力逆して専らその身を糸に絡めんとす、是即ち『縛』なり」
 鼓太郎が詔の力を反転させてエインヘリアルにぶつけると、その力はエインヘリアルの動きを縛り、その背後に音も無くイヤーサイレントが現れ右腕の刃を一閃する。
「……盾の使い方、間違ってたんじゃないですかね!」
 畳み掛ける様に狗雲の放った迅雷を受けたエインヘリアルの体が痙攣し、アスナロの吐くブレスが、それら各種バッドステータスの効果を重ね塗る。
「あなたの穢れ落ちたその魂、冥府へ送ってあげるっ、煌めけっ! 星天創世っ!」
 そこに切っ先に大きな光球を湛えた『スターメイカー』を、エンヘリアルの胸目掛けて突き入れたのはアンリ。
「ギ……グ……」
 呻き声を漏らすエインヘリアルの背から貫通した光が迸り、そのまま両膝を着く様に崩れ落ちるが、キッと顔を上げたエインヘリアルは最後の力を振り絞ると、鎖を離し力の均衡を失って尻もちを着くロストークを傍目に、ミランの顔を握り潰そうと広げた掌が伸び、ミランの両目が見開かれる。
 その青い瞳に映るエインヘリアルの右こめかみが爆ぜ、首ががくんと左に振られると、その左のこめかみから血しぶきと共に弾丸が突き抜け地面を穿つ。その軌道に引っ張られる様に横倒しになるエインヘリアル。
「……ふう」
 KAL-XAMR50 “BattleHammer”の銃口から棚引く煙の向こうで、息を吐いた結乃の瞳孔径がゆっくりと元に戻るのだった。

「皆様、大変お騒がせ致しました」
「朝から騒がせてしまってごめんね。もうだいじょうぶだよ」
 皆はヒールを掛ける中、鼓太郎が村長を名乗る老人に頭を下げ、ロストークがおっかなびっくり顔を出した子供に微笑み掛ける。
「盾を武器にしてくる敵もいるんだね……あ、でも、この『盾』って、わたしたちも武器に……」
 とライフルを肩に担いだ結乃が言い終わらぬ内に、
「血塗られた盾はもう必要ないよね?」
「あっ……」
 止める間もなくミランが振り下ろした剣が、バックラーを砕いてしまった。
 こうしてケルベロス達は、守るべきものであるはずの盾を以って暴虐を行うエインヘリアルを討伐し、眠い目を擦りながら手を振る子供達に応えながら村を後にしたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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