英国庭園の七色紫陽花

作者:雨音瑛

●薄暗がりの雑木林で
 黒衣の女性が、七色の紫陽花に球根を植え付ける。七色の紫陽花は攻性植物、球根は『死神の因子』だ。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 女性に言われ、紫陽花が向かう先は目と鼻の先にあるイングリッシュガーデン。
 和やかな歓談は悲鳴に変わり、咲き誇る花々は踏みにじられる。
 七色であった紫陽花はひたすらにグラビティ・チェインを求め、返り血で自らを赤く染め上げていた。

●ヘリポートにて
 横浜市にあるイングリッシュガーデンで、『死神の因子』を埋め込まれた七色の紫陽花――攻性植物が暴走している。それは、朝霧・美羽(アルカンシェル・e01615)が危惧していたことでもあった。
「死神の因子を埋め込まれた攻性植物は、大量のグラビティ・チェインを得るために人間を虐殺しようとしている。もしこの攻性植物が大量のグラビティ・チェインを獲得してから死ねば、死神の強力な手駒になってしまうだろう」
 そう説明して、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が、ケルベロスたちを見渡す。
「攻性植物が人々を殺害してグラビティ・チェインを得るより早く撃破する必要がある。君たちには、横浜市のイングリッシュガーデンに向かってもらいたい」
 戦闘となるのは、七色の花を咲かせる紫陽花のような姿をした攻性植物。強力な攻撃を繰り出すと言う。
「戦場となるイングリッシュガーデンには、南北に1箇所ずつ、計2箇所の出入り口がある。敵は、出入り口のない場所……イングリッシュガーデンの西側の壁を壊して現れるようだ」
 また、この攻性植物を倒すと死体に彼岸花のような花が咲いてどこかに消え、死神に回収されてしまう。しかし攻性植物の残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させた場合『死神の因子』が一緒に破壊されるため死神に回収されることはない。
「イングリッシュガーデン、ですか……無事に仕事を終えたら、少し散策するのもいいですね」
 と、柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)が微笑む。
「死神が何を考えているかはわからないけれど、まずは攻性植物を止めないとね」
 足元のベルとうなずきあい、美羽はケルベロスたちに協力を要請した。


参加者
アマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
朝霧・美羽(アルカンシェル・e01615)
織部・リルカ(花織りベリル・e05138)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
アニマリア・スノーフレーク(十二歳所謂二十歳・e16108)
愛澤・心恋(夢幻の煌き・e34053)

■リプレイ

●花の香に誘われたのは
 そのイングリッシュガーデンのそばには、海がある。潮の香りを感じさせるよりも早く、咲き誇る花々の香りが来訪者を歓迎する。
 呼ばれざる者は風景も香りも知覚せず、無粋にも壁を破って現れた。七色の花を咲かせる紫陽花――攻性植物は、死神の因子を受け付けられ、人々のグラビティ・チェインを奪おうと動き出す。
 同時に到着したケルベロスたちもまた、それぞれの役割を果たそうと動き出した。
 殺界を形成するのは、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)。
「こちらへ逃げて、大丈夫、敵は私たちが撃破するから」
 自身のいる場所に近い出口を示し、セレスティンは一般人に声をかける。
 また、朝霧・美羽(アルカンシェル・e01615)は七色紫陽花破壊した箇所にキープアウトテープを貼る。
「こんなに綺麗な紫陽花なのに……まずはお仕事よベル! 終わったらリルカのお弁当が待ってるのよ!」
 ナノナノの「ベル」と視線を交わし、うなずきあった。ベルの顔に矢印を表示して誘導の手助けをし、美羽も一般人に声をかける。
「ケルベロスが到着してるから落ち着いてね」
「みなさん、こちらへ。この場は私たちにお任せください」
 柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)も声を張り上げ、ともに避難活動を行う。
「そちらは任せました! 私たちは一足先に七色紫陽花の相手をしますね!」
 アニマリア・スノーフレーク(十二歳所謂二十歳・e16108)が二人に声をかけ、七色紫陽花へと駆け出す。それに続き、他の仲間も七色紫陽花へと向かってゆく。
 七色紫陽花の行く手を阻むのは、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)だ。ガトリングガン「隼」を手に、牽制に当たる。
「君の相手は、僕たちだよ」
 森で育った瑠璃は、植物が集う場所の素晴らしさを知っている。だからこそ、イングリッシュガーデンが惨劇の舞台となるのは許せない。
「だから――断固として、阻止させて貰うよ」
 今にも一般人の方へ向かおうとしていた七色紫陽花は、ケルベロスたちへと向き直る。そうして自らの葉を 硬化させ、アニマリアを切り裂こうと迫る。
「させねーよ」
 しかし、それを遮るのは織部・リルカ(花織りベリル・e05138)。盾役という役割、防具の効果もあり、負った傷はほんのわずか。
 アマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)は、自身の身体を地獄の炎で包み込む。
「さあ、草狩りと――あまり決まらないな」
 引き締めた表情で言おうとして、思わず苦笑してしまう。アマルティアの前に陣取るボクスドラゴンのパフが七色紫陽花にブレスを喰らわせれば、エルボレアス・ベアルカーティス(正義・e01268)が仲間の配置に扇状の陣を見いだす。
「折角人々が心を落ち着かせている所に……無粋な奴だ」
 逃走する人々を尻目に、エルボレアスが呟いた。
 アニマリアがルーンアックス「ロザリオ『シルバーラース』」のルーンを発動させ、七色紫陽花を両断せんと振り下ろす。そこへ加わるのは、愛澤・心恋(夢幻の煌き・e34053)の星屑混じりの蹴り。
「しばらく、動きを封じさせてもらいます」
 着地の後は、テレビウムの「メロディ」に仲間を回復するように指示を出す。
 避難はまだ、完了していない。足元のおぼつかない子どもの前に出るのはリルカだ。
「待たせたな、あとはプロに任せとけってよ」
 拳を打ち鳴らし、リルカはオウガ粒子を前衛へと放出する。ナノナノの「アル」もアニマリアの前にバリアを展開し、これからの戦いに備えるのだった。

●思惑
 イングリッシュガーデンを訪れていた一般人は全て避難した。セレスティンと美羽は、先に戦闘をしている仲間の元へと合流べく急ぐ。
「待たせたわね。……えぇ、大丈夫やり過ぎないわよ。そちらも気を付けてね?」
 同じ役割を持つアニマリアに視線を送り、セレスティンは七色紫陽花へと影の弾丸を放つ。
 存外早く訪れた紫陽花の季節。だというのに、死神は未だ因子を植え付けてくる。
「死神の思い通りになってたまるもんですか」
 弾丸は七色紫陽花を包み込み、反動で吹く風は纏った黒衣を翻す。命中を確認し、その結果にセレスティンは小さくうなずいた。はやる気持ちとは裏腹に、攻撃は慎重に。
「お待たせ!」
 七色紫陽花に蹴撃を喰らわせ、美羽はリルカの隣に立つ。
「おせーぞ。……ま、その分ちゃんと避難させてきたんだろうな?」
 何度もうなずいては褒めて欲しそうな美羽をちらりとだけ見て、リルカは花景で自身を癒やす。
 しかし、と視界に映すは攻性植物でない方の紫陽花や薔薇。
「アレだろ。此処、結構有名なトコだろ? フツーに観光来たかったぜコレ。しゃーねえ、さっさとブッ飛ばしてゆっくりさせてもらおうぜ!」
 サーヴァントたちも攻性植物に立ち向かっては七色紫陽花の体力を削る。また、回復をサポートするサーヴァントも。
 七色紫陽花の葉や花は、ケルベロスたちによっていくつかが切り落とされ、欠けている。葉と花に不着した水滴が、禍々しい色へと変わる。水滴は七色紫陽花を離れ、セレスティンを掠めた。
 入れ違いに、瑠璃の持つバスターライフル「インペリアルバスター」から放たれた光線が、七色紫陽花を直撃する。
「人が攻性植物に取り込まれる事件も痛ましいけど、死神の因子で手駒にされて暴れる攻性植物も痛ましいね」
「他の生き物に頼らず、自分で出てくることだな、死神」
 目を細め、アマルティアは七色紫陽花を見遣った。
「断ち――――斬るッ!!」
 地獄化した心臓、その力を借りて加速する。斜め上方から無数の斬撃を与え、着地と同時に踏み込みながらの横薙ぎをも喰らわせる。
 いつかは背後にいる死神へと到達するために、いまは七色紫陽花と切り結ぶ。
 納刀したアマルティアに続き、パフが体当たりをする。揺れる紫陽花と距離を取りつつ、エルボレアスはブラックスライムの形状を変化させた。
「喰らった病を存分に放出せよ――」
 小柄な犬の形を取ったブラックスライムを、七色紫陽花へと潜り込ませる。直後、ブラックスライムはかつて吸収した汚れを放出した。
 いっそう強く揺れる七色紫陽花を真上から襲撃するのは、アニマリア。
「やあ!」
 続く仲間へとタイミングを示すため、ひときわ大きく声を出しては攻撃に当たる。
 今回は、ただ戦って勝てばいい相手ではない。最後の一手には過剰なダメージを与えて撃破しなければ、植え付けられた『死神の因子』が死神に回収されてしまう。
 敵の残体力を把握できない状態では、それぞれが慎重に攻撃を重ねるしかない。
 メロディの応援動画に励まされ、心恋は七色紫陽花へと肉薄する。
「何より、この場所を荒らされるのも防がないといけませんしね……」
 心恋は縛霊手の拳を振りかぶり、七色紫陽花の花弁を散らした。

●散る花
「敵は……あとどれくらい体力が残っているのだろうな」
 ため息ひとつ零しながら、アマルティアが七色紫陽花へ斬撃を加える。パフも何度目かの体当たりを加え、目を細めている。
 敵の体力を正確に知ることはできない。加えて、相手は攻性植物。表情などを読み取ることもできない。
 それでもアタッカーの攻撃力をさらに高めるべく、美羽はステップを踏む。
「ほっぴんぐ!」
 七色紫陽花よりも鮮やかな虹色に輝く泡が揺れながら出現した。浮遊する泡はアニマリアのすぐそばで弾け、七色の雫を降り注がせる。続けてベルも応援動画を流し、リルカの花景がアセレスティンを癒す。
 攻め手が高火力を叩き出せるように。そして攻め手が倒れることがないように。盾役の二人は、的確な援護を行っていた。
 ドラゴニックハンマー「ロザリオ【シルバーペイン】」に地獄の炎を纏わせ、アニマリアが七色紫陽花の体力を削ろうとする。
「いきます!」
 ヒールで癒やせない傷も蓄積している。その状況から、エルボレアスは相手の体力もあまり残っていないと踏んだ。ならば、エルボレアスの取る行動はひとつ。
 攻撃の手を止め、代わりに仲間への癒やしを。
「私も手伝いますね」
 心恋とメロディも回復に回り、戦線を維持しようと努める。
 不意に、七色紫陽花の花弁に光が集まった。一瞬の後に放たれるは、七色の光線。心恋に向かう線上の攻撃を、美羽が肩代わりする。
「まだまだいけるよ!」
「無理すんなよ」
 リルカに声をかけられ、美羽は笑顔で応えた。
 瑠璃はセレスティンへと自身の守護神、その銀の弓矢の力を与える。
「月の女神の銀色の弓矢の力、具現するよ」
 セレスティンは自身の攻撃力が高まるのを感じる。
 しかし、この後とどめを刺せるかどうか。そして、過剰なダメージを与えられるかどうか。ほんの少しだけ思案して、セレスティンはかぶりを振る。
 これ以上は、自身も、何より仲間も危険だ。
 セレスティンが、真っ直ぐに七色紫陽花へと駆け出す。
 間合いの消失は一瞬。勢いづけて、膝蹴りへ。横倒しになる七色紫陽花を、魔力のこもったピンヒールで縫い付ける。
「さぁ、もう寝る時間よ、おやすみのキスをして頂戴」
 手にしたバスターライフル「ヘカーテ・アラベクス」の扱いは慣れたもの、七色紫陽花めがけて引き金を引けば、セレスティンの口元には優しくて冷たい微笑みが。
 七色紫陽花に聴覚があるとしたら、子守歌さえも届かない最後だっただろう。
 しかし、これで終わりではない。誰もが息を呑み、その光景を見守る。七色紫陽花の全ての花弁と葉が散り、消え去る。
 後に残るものは、何も無かった。
 過剰なダメージを与えられたかどうかは不明だ。しかし、一般人の被害者がいなかったため、七色紫陽花はグラビティ・チェインを獲得していない。
「死神の目的は、ひとまず阻止できたと言えるだろうな」
 エルボレアスは帽子の角度を直し、怪我をした仲間へヒールを施す。
 一般人の被害はもちろん、戦闘不能者や重傷者も出ていない。此度の戦果を讃え、ケルベロスたちはイングリッシュガーデンへとヒールを施す。植物こそ元に戻らないが、壁面や地面を修復してゆく。

●守り通した風景
 仕事を終え、アニマリアはすぐに薔薇を確認しに行く。
「最盛期は終わりましたが、四季咲き性の強い耐暑性のものは……やはり花をつけていますね!」
 アーチやオベリスクにどう誘引しているのかをチェック。最近バラ栽培を始めたアニマリアにはとても興味深く、またとても参考になるものだ。
「ふむ、フランスのあの会社の品種……香りが強く樹高もこんなに……。微香性のタイプと合わせて……日本産の香り薔薇とは別の区画に……」
 何やらぶつぶつ呟きながら、丁寧にメモを取る。
 守った人々、そして風景を眺めながら、心恋はゆっくりと花々を眺めていた。ふと見た場所では、アーチの下にベンチが。
「こういうところで読書するのも、良いかもしれませんね……」
 思わず微笑み、心地よい風をその身に受ける。なびく髪を抑え、心恋は歩き始める。
 手荷物からお弁当を取り出すのは、リルカ。
「どーせ花よりメシのがスキだろ。簡単だけどサンドイッチ作ってきたぜ」
「やったー! ボク、リルカがお弁当つくってきてくれるって言ってたからちょー頑張ったよ! 褒めて褒めて!」
「あーはいはいがんばったスゲースゲー」
 ぴょんぴょん跳ねてはしゃぐ美羽を、リルカはぞんざいに褒めた。ベンチに座ってサンドイッチを取り出し、美味しくいただく。
「やっと一緒にお仕事できたねっ」
「あー一緒にやるの久々だもんな。相変わらず顔に似合わず心強かったぜテメーはよ」
「えへへ。あっ、ほらほらリルカ、アル紹介して! アルって男の子? ベルは女の子だよ、前はちょー便利にテレビ映してくれてたのに、最近は勉強の動画ばっかりなのよ」
 テスト勉強が大変だと、美羽は泣きつく。そんな美羽の頭をぽんぽんしながら、リルカは。
「つーかアル懐いてくれねーんだよ、耳持ってブン回したりしてるからかな……ふーん、ベルってメスなんだ。そんじゃ名付けの件もあるし、姉弟って感じになんのかなこいつら。ま、改めて宜しくな」
 と、リルカはアルをベルへと引き合わせたのだった。
 風にそよぐ花々に、瑠璃は目を見張る。
「ありのままの森の自然もいいけど、整えられた自然もいいものだね」
 同時に、共に育った者を思い出す。毎日のように森を駆け回って過ごしたこともあり、故郷の森には格別の思い入れがある。
 どこか大人びた雰囲気を持つ瑠璃であるが、植物を見る目は年相応のそれだ。
 セレスティンもまた、のんびりと庭園を見て回る。同じくマイペースに花を見遣る桟月と遭遇し、少し言葉を交わして。
「薔薇も紫陽花も、とても綺麗ね」
「ええ、セレスティンさんが守ったもののひとつですよ。……そう考えると、いっそう美しく感じませんか?」
 微笑む桟月に、セレスティンも笑顔を向けた。
 イングリッシュガーデンにどこか懐かしさを覚えるのは、故国に似た雰囲気を感じ取ったからか。色彩豊かな薔薇の咲く庭園を、アマルティアは気ままに散策をする。
「煙草――いや、吸えたとしても流石に無粋か」
 アマルティアの口元には、戦闘開始時とはまた違う苦笑が。ドイツ産の薔薇だと示すプレートを見つけ、その薔薇をまじまじと見る。
 それぞれが、イングリッシュガーデンを楽しんでいる。
「……できれば仕事ではない時に来たかったが、それは別の機会にするとしよう」
 あまり人のいない場所を歩くのは、エルボレアス。遠くに聞こえる人々の声は、自分たちが守ったもののひとつを示している。
 ここのろころ戦いばかりで心を落ち着ける暇ががなかった。心を落ち着けるには、イングリッシュガーデンはなかなかに良い場所だろう。無言で花や木を眺めるエルボレアスの鼻先に、潮風が花の香りを届けた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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