財布大打撃! 他人の金で焼き肉喰いたいビルシャナ

作者:質種剰

●焼肉店襲撃
「焼き肉とは、他人の金で喰ってこそ一番旨いのであるっ!」
 そのビルシャナと配下達が襲撃をかけたのは、もくもくと灰色の煙が充満する、昔ながらの風情が懐かしい焼き肉店。
「焼き肉を自分の金で食べるなど言語道断! 焼き肉は他人の財布を当てにするのがセオリーであるっ!」
「きゃーっ!」
 ビルシャナ達は、白飯を運んでいた店員を突き飛ばし、異常事態におののく客のテーブルへ近づいて、
「あっ!?」
「うむ、実に旨い上ミノであるっ!」
 勝手に網の上へ並んでいた上カルビや特上ヒレ肉などをガツガツと食べ始めた。
「やはり他人の金で食べる焼き肉が至高! 一人焼き肉が流行る風潮など絶対に許さん、1人で来ている奴がいたら、我々にタン塩やシャトーブリアンを奢るが良い!」
 配下達も、止めようとする一般客へ殴る蹴るの暴行を加えながら、
「ああ、見も知らぬ他人に払わせる焼き肉の味は、また格別です教祖様!」
 と、客が注文した焼き肉を躊躇いなく味わっている。
「焼き肉のお一人様ブームに乗っかる奴には天誅を喰らわせてやれ! 貴様らみたいなのがいるから、我々の奢って貰えるチャンスが減ったのだ!!」
 ビルシャナは、自分勝手な論理を振りかざしつつ肉を食べる箸の動きが、一向に止まないのだった。

「リカルド殿も、他人様のお金で召し上がる焼き肉は、お好きでありますか?」
「まあ、嫌いじゃないが……わざわざ俺が犠牲にならなくても、2人ぐらい払わされそうな奴がいるんでな」
 リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)は、小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)の何気ない問いへ平然と答えた。
 彼の調査のお陰で、『他人の金で焼き肉喰いたいビルシャナ』の存在が判明、奴が都心部の焼き肉店を配下と共に襲撃するとの予知もできた。
「『他人の金で焼き肉喰いたいビルシャナ』が語る教義は、焼き肉は他人に奢らせてこそ旨いという頑なな主義なのであります……」
 つまり、大変個人的な主義主張を掲げるビルシャナが、個人的に許せない相手を力でねじ伏せるべく今回の凶行に及ぶという――全くもって迷惑極まりない。
「また、ビルシャナの主張に賛同している一般人11名が配下となってるであります。ビルシャナが教義の浸透よりも異端者狩りを優先しているせいか、彼らの洗脳を解ける可能性は、まだ充分にありますよ」
 それ故、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、戦わずして配下を元の一般人へと戻し、無力化する事ができる。
「ビルシャナの配下はビルシャナが倒れるまでの間戦いに参加してきますが、ビルシャナさえ先に倒してしまえば正気に戻るので、救出できるであります」
 しかし、配下が多いまま戦闘に突入すれば、それだけ厳しい戦いとなるので注意が必要だ。
 ビルシャナより先に配下を倒すと往々にして命を落としてしまう事も、決して忘れないで欲しい。
「他人の金で焼き肉喰いたいビルシャナは、ビルシャナ閃光と浄罪の鐘で攻撃してくるであります」
 理力に満ちたビルシャナ閃光は、複数の相手にプレッシャーを与える可能性を持つ遠距離攻撃。
 敏捷性を活かした浄罪の鐘もまた、射程が長い上に複数人へダメージをもたらし、稀にトラウマをも具現化させる。どちらも魔法攻撃だ。
「11人の配下は、ぶっとい備長炭を武器代わりに投げつけてくるであります」
 もっとも、説得にさえ成功すれば配下は皆正気に戻るので、ビルシャナ1体と戦うだけで済むはずだ。
「配下達は、他人の金で焼き肉喰いたいビルシャナの影響を強く受けているため、理屈だけでは説得できないであります。インパクトが重要でありましょうから、説得の際の演出をお考えになるのが宜しいかと」
 そこまで説明して、こてんと首を傾げるかけら。
「ここはやはり、『自分の稼いだお金で食べる焼き肉の素晴らしさ』をぜひ教えて差し上げてください。きっと皆さんは『しっかり働いたからこそ感じる飯の旨さ』をご存じだろうと信じてるであります」
 他人の金で焼き肉喰いたいビルシャナは何より異端者を敵視しているため、ケルベロス達が『焼き肉は自分で払う方が旨い』と声高に叫べば、襲撃の手を止めて主張に聞き入るだろう。
 今回は、ビルシャナ達が襲撃を計画する焼き肉店へ先回りして、彼らを待ち構えて説得及び戦闘を仕掛ける流れだ。
「また、彼らが言う『他人の金で食べる焼き肉』をもしもけちょんけちょんに貶せるならば、かなりオススメでありますよ♪ ああ、『お一人様焼き肉』や、反対に『他人へ奢りながら食べる焼き肉』のメリットを説くのも効果ありそうですね~」
 それでは、他人の金で焼き肉喰いたいビルシャナの討伐宜しくお願いします。
 深々と頭を下げるかけらだった。


参加者
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)
星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)
パール・ネロバレーナ(ガンガンいく狂戦鬼・e05000)
馬鈴・サツマ(取り敢えず芋煮・e08178)
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)
白焔・永代(今は気儘な自由人・e29586)

■リプレイ


 焼肉店。
「他人の金で喰う焼肉こそ至高であるッ!」
 他人の金で焼肉食いたいビルシャナと配下が襲撃してきた時、ケルベロス達は既に店内で奴等を待ち構えていた。
「一人焼肉というのはっすね……普通の食事とは違う」
 まずは、入り口側のテーブルにいた馬鈴・サツマ(取り敢えず芋煮・e08178)が、すっくと立ち上がる。網には、焼き始めたばかりのセンマイやハラミが。
「それは辛い時に自分を奮い立たせる『救い』であり、めでたい日に自らに送る『祝福』である、とても神聖な行為なんっすよ?」
 神妙な面持ちで重苦しく語るサツマ。敢えて難解な言い回しにしているものの、一人焼き肉を持ち上げる意味付けとしては至極真っ当だ。
「す、救い??」
 それでも、彼の漂わせる雰囲気に呑まれてか、煙に巻かれたような顔つきになる配下達。
「それを踏みにじる事は何びとたりとも許さんっ!」
 すると、サツマは突如本気の口調になって様子が一変、アームロックで配下の1人を拘束する。
「ひぃぃぃ!」
「何しやがる!」
 他の配下達が備長炭を構える。
 あわや一触即発といった空気だが、流石にサツマも本気で危害を加えるつもりは無かったらしく、すぐ拘束を解いた。
「……」
 リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)も、皆の説得が済む前に戦闘に雪崩れ込まれてはマズいと奥のテーブル席で腰を浮かしたが、安心してタン塩レモンを口に運ぶ。
「と言うか、見ず知らずの人が自分より強かった場合どうするつもりっすか?」
 サツマは深い溜め息を吐いて、配下達へ、ビルシャナに唆されての襲撃がいかに危険かを訴えた。
「自分達ケルベロスも焼肉を食べに来るし……運悪くカタギじゃない自由業のヒトとかに当たったらこんなもんじゃ済まないっすよ?」
 彼の諫言は大層斬新な視点で、連中を騒つかせる。
「た、たとえ襲った相手が強くても、俺達には教祖様がいるし」
 強がる彼らの声は震えていた。
「何言ってんすか。そいつが居るから自分等派遣されたんっすよ? 要するに警察を呼ばれたのと同じ様な状況っす」
 と、にべもないサツマ。
「相手が弱くても警察呼ばれれば終わりっす、普通に脅迫罪っすからね」
 容赦なく最後の切り札を出して配下を追い詰めていく。
「警察沙汰まで行かなくても、そう言う問題行為で店から出禁食らう可能性も高いっすね」
「出禁なんて事になったら、どうやって肉を奢ってもらえば……」
「何を怖気づいておる、警察も出禁も関係ない! 邪魔する者は排除するのみだ!」
 配下達は情けない声を出しては、ビルシャナに激怒される。
 サツマの冷静な指摘のお陰で、彼らの結束に亀裂が入ったようだ。
「全員が全員他人の金で食うようになったら焼肉自体が成り立たなくなるでありますが……その辺考えて自分で払うやつ撲滅! とか言ってるでありますか……?」
 次いで、パール・ネロバレーナ(ガンガンいく狂戦鬼・e05000)が心底呆れた声音を出す。
 顔こそ無表情ではあるものの、周りに浮かぶ感情表現用デバイス【仮面】が代わりに呆れた顔をしているふうに見えた。
「そしておんどれらが否定する一人焼き肉……それは限られた予算から自分で払う、漢の生き様なる食卓であります!!」
 仮面へ表情を任せた筈のパール自身は、その刺々しい物言いから苛立ちの度合いと説得に懸ける覇気が感じられる。
「漢の生き様?」
 やたら格好良く表現された——それでいて決して嘘は言っていない——一人焼き肉へ、興味を示す配下。
「まぁ……他人の金頼りのみすぼらしい便所の底の肥溜め寄生虫のような人生に満足している連中には一生縁のない漢の悦びでありましょうが……」
「便所の肥溜め!?」
 だが、パールの考え抜かれた言い回しによる罵詈雑言で、一気に神経を逆撫でされた。
「はっきり言って、おたくらクズウジ虫でありますな」
「何だと!」
 ぎゃーぎゃーといきり立つ配下達へ、パールはドスの効いた大喝一声。
「クズでねーとほざくのなら、自分で稼いで自分で食うくらいの根性魅せやがれであります!!」
 配下達の背筋が自然と伸びそうな叱咤激励を送るのだった。
 それにしても、パールの見た目に反した威勢の良い語り口と語彙の豊富な暴言の数々は、配下を驚かせるに充分なインパクトだった。
 一方。
「奢ってもらうって事はその人に気をつかったり感謝しないといけない……逆の立場になったときの事を考えていると躊躇してしまうけどな」
 星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)は、責任感の強い彼ならではの真面目な意見を述べた。
「それができないようなら自己中心的な人って事だし、考えは改めるべきだな。まったく困った人達だな」
 やれやれと肩を竦める彼は、かっちりと軍服を着込んだ出で立ちからお固そうに見えるも、我から面白さを求めるノリの良さも持ち合わせている。
「焼き肉は他人のお金で食うのが一番だって? じゃあ、おまえの奢りでここにいるみんなに振舞ってくれるってことだよな」
 早速、配下の1人をビシッと指差して、説得に入る優輝。
「なっ、何で俺が知らない奴らの分まで奢んなきゃなんねんだよ」
 配下は、焼肉店へ襲撃した自分達を棚に上げているとしか思えぬ反発をした。
「どうした? 他人のお金で食うのが一番じゃなかったのか」
「ぐっ」
 自分は奢られたいけど奢るのは嫌だ。
 しかし、優輝にそんな利己的な矛盾を突かれて、反論などできる筈もない。
「まぁ、嫌なのが普通だよな。他人に奢れる金があるならそのお金で自分の欲しい物を買ったり、やりたいことがやれるんだからな」
 優輝は、幾分か大人しくなった配下達の心情を汲むかのように、うんうんと頷きながら言葉を続ける。
「いいか、奢ってくれる人がいなければ焼き肉を食べる事はできない、奢ってもらえるっていうのはそれだけハードルが高い事なんだよ」
 何より親しきの仲にも礼儀あり、だろ。
「そうだな。誰もが奢るのを嫌がってたら、奢って貰える状況は発生しないよな」
「ずっとタダ飯だけ食い続けられる程人生は甘くないか……」
 優輝の紛う事なき正論に圧されて、ごくごく当たり前の摂理を思い出す配下達だった。


「そもそもなー。大人数で食べる焼肉ってのは、基本奢る理由があるんだよ」
 と、呆れた調子で諭すのは霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)。
 水色や蒼を基調とした全身の外板が涼しげなレプリカントの男性だ。
「友人関係とか仕事関係とか、そういう付き合いしっかりしてりゃ俺だって奢るし。なんだかんだ言ってバイト仲間を労うのもバイト長としての責務だからな」
 そう何の衒いもなく語るカイトは、流石彼岸茶屋のバイト長。今日とて仲間をほっとけず世話を焼きにきたのがよく判る。
「んでな、一人焼肉ってのはこれは自分へのご褒美なんだよ、大概」
 元より他人とのコミュニケーションに長けた彼だから、配下達へ言い聞かせる内容も回りくどくなくて理解しやすい。
「奢る理由か……」
「自分へのご褒美なぁ」
 配下達も、奢り奢られる関係を構築するには努力が必要と知らされて、カイトの言葉の意味を真に理解しようという気が出てきた。
「他人に自分への褒美やる馬鹿がどこに居る? つーか人に迷惑掛ける奴になんで肉喰わせねーといけないんだ?」
 そう断言されると、当然ながら彼らに返す言葉はなくなる。
「てか、ビルシャナに墜ちるレベルでタダ肉に飢えてる時点で、お前、正直言って、そーいう『誘ってくれるヤツ』いないんじゃねーの?」
 今のカイトはバイザーを上げ意思の強そうな藍色の三白眼も見えているだけに、幾分砕けた物言いではあるが、
「ま、まさか。貴様、言うに及んで我を愚弄するとは……!」
「教祖様しっかり!」
「今度は私がお誘い致しますから!」
 ビルシャナの図星を的確に突いて、奴と配下を大いに動揺させる弁舌は見事なものだ。
 続いて。
「焼肉だけじゃなくて、ご飯はやはり自分の金で食べるほうが美味しいにゃ」
 深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)は、入り口から近い2人用のテーブルで、せっせと肉を焼いていた。
 予めカイトが入り口近くの客を奥へ移動させて、仲間が説得の為に好きに使えるよう店と交渉していたのだ。
 もふもふ尻尾が何より自慢の、レッサーパンダのウェアライダーである雨音。
「今のあんたたちは、他人がオーダーしたものしか食べられないよにゃ」
 その可愛い外見通りの天真爛漫さを発揮して、早速焼き上がった壺漬けカルビをパクッと食べた。
「自分のお金だったら、他人のことなど気にせずに、いつでも! どこでも! カルビでもヒレでもハツでもなんでも、好きなものをいっぱい食べられるにゃ!」
「……確かに奢りってメニュー決まってる事あるな」
 雨音は、羨ましそうな配下達の視線を一身に受けつつ、良い具合に焦げ目のついたヒレやハツをどんどん口に入れる。
「あと、例え一人焼肉でも、にゃ」
 と、彼らを生暖かい眼差しで見つめるのも忘れない。
「え……何で俺ら憐れまれてんの?」
 雨音にしろパールにしろ、簡潔なセリフで配下達の怒りを煽り立てるのが非常に上手く、かような力任せ勢い任せの説得にはうってつけと言えるだろう。
「……実は、焼肉を食べるお金、ないよにゃ? 一緒に行く相手も奢ってくれる人もいない、よにゃ」
 更には、配下の肩へ手をぽんと置いて、
「お、俺は一緒に行く相手も奢ってくれる相手もいるぞ! 教祖様と違って!!」
「貴様、我を馬鹿にしたな!?」
 ビルシャナと配下との仲間割れまで誘引してみせた。ここはカイトと図らずも連携プレーが活きた形だ。
「なにより、他人の金で焼き肉食べたり他人の焼肉を奪ったりするのは立派な犯罪にゃ……焼肉のために檻に入りたいかにゃ?」
 雨音が諭す為に選んだ犯罪や檻という重い単語も、配下をビビらせる効果抜群。
 配下達は首を横へ千切れんばかりの勢いで振るしかなかった。
 他方。
「焼き肉、焼き肉!」
 通路を挟んだ向かいのテーブルでは、白焔・永代(今は気儘な自由人・e29586)が嬉しそうにザブトンやランプをがっついていた。
「おまえも、説得、するんやで」
 そんな彼の頭をがしぃ! と掴んで仕事を促すのはカイトである。
「……ハッ!? 大丈夫、大丈夫。キチンとやるから怒らないで貰えると嬉しいかな!」
 永代は人懐こそうな面差しでケラケラと笑ってから、配下達へと向き直る。
「いやー、良いよね。こうやって奢られて食うのも」
「だろ〜!」
 奢られ信仰な配下達が同調するも、
「でもさ? 友達同士で奢ったり奢られたりとか、順番決めて奢り合う方が良いと俺は思う」
 言うべき意見ははっきりと言う、自由気儘な性格ながら説得へのやる気も満々の永代。
「ほら、社会人になると友達の縁とか知らず知らずの内に薄れていくものじゃん?」
「まぁ、そうだな」
 とっくの昔に成人しただろう配下達が肯く。
「そういう時に奢る奢られ云々は次に遊びや飲みに行く時の理由とか、切欠になるし」
「なるほど……」
 永代の理屈は、今もカイト達が焼き肉を奢ってくれたのへ芯から感謝している彼なればこその、強い説得力があった。
「そうやって約束を信じられる人と食う焼き肉って旨いじゃん?」
 今も、むしゃむしゃとイチボを食べている永代だが、完食した後には、
「カイト、リカルド、旨い焼き肉食わせてくれてありがとな!」
 共同でお金を出してくれる2人へのお礼を忘れないのだから。
「奢られるって奢られる以上の意味があるんだな」
「俺ら、奢ってくれる相手に感謝しないといけないよな……」
 永代の溌剌とした演説に、配下達も大きな影響を受けたようだ。


「肉を焼くことに手は抜けません……鉄板のコンディションをキープしなくては」
 と、仲間達のテーブルまで目を配りつつ、自分もハチノスを焼いているのはトリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)。
 『ステーキハウス「ビッグホーン」』のオーナーシェフとしてずっと肉を焼き続けている彼だから、牛肉への思い入れは人一倍強い。
「焼肉はとても美味しい。しかし、普通の晩御飯にするには少し高い。そう、ごちそうなのです」
 そんなトリスタンが眼光鋭く配下達を睨めつけて、しかも風貌に似合わぬ敬語で焼き肉を論じる様は、実に迫力がある。
「このごちそうをより美味く食べるには、自分で働き、追い込まれ、それでも耐えきって手にしたお給料で、自分にご褒美を与える事が必要なのです」
 ——他人に出して貰っては、この喜びは半減以下!
「自分を追い込み、そして自分を甘やかす、これが何よりも美味しく焼肉を食べるコツなのです!」
 力強く言い切っては、自分用に焼いた分厚いリブロースをもぐもぐ頬張るトリスタン。
 自ら働いて得た賃金で食べる焼き肉の方が奢られるよりもずっと美味しい。
 誰もが納得する感情論を説得の肝に持ってきた仲間の中でも、トリスタンは何故美味しく感じるのかを事細かに説く正統派。
「成る程な……焼肉の為にした苦労が焼肉を美味しくするんだな」
「タダ飯よりも自分で稼いだ金の方が有り難みは倍増するって訳か」
 噛んで含めるが如き丁寧な説明を、配下達も感じ入ったのか大人しく聞いている。
「そう、まずは……汗水たらして働き、焼き肉代を手にする事から始めましょう。働くからこそこの美味さがわかるのです!」
 トリスタンは、ぐびっと旨そうにビールを呷るや、自信たっぷりに言い放つのだった。
 さて。
(「うむ、普段は一人で食べることが多いし、せっかくだから普段の感謝の意や、祝辞の礼を兼ねて皆へ奢りたい所だな」)
 黙々とタン塩レモンを焼いては食べ焼いては食べのループに嵌まっていたリカルドだが、いよいよ説得の波状口撃に加わる。
「そもそも、奢ると言う行為には感謝の気持ちを伝える意味があるだけでなく、多人数で食べる口実を作ることにも繋がる」
 日頃から自分の事を滅多に語らない為、過去だけでなくその性格も謎に包まれているリカルドだが、
「なにより、その笑顔を見るという過程も喜びになる」
 冷静沈着な表向きの顔の裏には仲間を思い遣る温かな心があると、飾らない本音から看て取れた。
「俺の奢っている相手は、それぞれがそれ相応の働きをしている」
 そう言ってリカルドが視線をやった先には。
「……あ、『兄貴』ィ。俺この豚トロって奴頼みてェ」
 カイトに追加注文をねだるトウマの姿が。
「へいへい」
 カイトは呆れ顔をするも、日頃から多めにお金を持ち歩いているのと、今回はリカルドも半額出してくれる協定の為、実は口で言うほど困っていなかったりする。
「奢るってのは人間の『好意』なんだろォ? んじゃあ嫌われる奴には奢る肉も無いのがフツーだよなァ?」
 焼き目のついた豚トロを遠慮なく塩ダレでぱくつき、トウマは配下達へ辛辣な意見をぶつける。
「そもそも人から勝手に飯とって喰うってのは控え目に言ってスリじゃねェか?」
「別に嫌われてなんか……」
 面白いぐらい目が泳ぐ配下達。
 そんな彼らを尻目に、リカルド曰くの『相応の働き』をこなしたトウマは豚トロに集中る 。
 また、
「カイト、ここキムチあるなら頼んでいーか? 肉に巻きてぇ」
 トウマの向かいに座すアルトも思うがままに注文しつつ、
「つーかさ、他人にメーワクかけて楽しむ焼肉とか不味いだけじゃねーの?」
 彼らしい真っ直ぐな性根が滲み出た問いかけで、リカルドを援護する。
「それとまー。タダメシってのは働きで返すもんなのになんでぬくぬくタダメシサイコーって教義に浸かってんのか、これが俺にゃわかんねーもん」
 リカルドは、思い思いの正論を見舞うアルト達の様子に満足しつつ、咄嗟に言い返せない配下を見やる。
「店に迷惑をかける只の狼藉者に喰わす肉など無い」
「む……」
「何もしていない『ただ』程、対価は巨大なのだぞ?」
 まさに、タダより高い物はなし。
 現在進行形で仲間へ焼肉をご馳走しているリカルドなればこそ、言に重みが宿る。
「……俺、真面目に働くわ」
「俺も! そんでダチに焼肉奢るとこから始めてみる!」
 ケルベロス達皆の努力が実って、ついに配下達が全員正気に戻る。
 すぐにガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)が、彼らを店の奥へ逃がした。
「よ、よくも我が同胞を誑かしおって」
 後は、わなわなと震えるビルシャナを倒すだけだ。
「もも肉……手羽元……中……胸肉……鳥は塩焼きでも照り焼きでも美味しいにゃ」
 雨音は、店内に充満する焼肉の匂いに気を取られて戦闘に集中できない様子。
「根っから人の金で食おうなどと考えるその煩悩……実に愚かで意地汚く、不快である……いざ、歯を食い縛れェい!!」
 一方、凄まじい迫力でビルシャナへ拳を減り込ますパール。例えるなら他人の金に頼る生き様絶対殺す明王とでも言うべきか。
「自分の肉を無理やり食われた……彼らの痛みを思い知るがいい」
 最後は、真顔で顔面を殴り続けたトリスタンが、奴へトドメを刺した。
「さて、気を取り直して……上カルビ15人前ください」
 腰を据えて肉の追加を頼むトリスタンの傍ら、リカルドは店内で戦ったのを気にして店員へケルベロスカードを差し出す。
「焼き肉ごちそうさん、旨かったよん、また行こうぜー」
 一足先に満腹になった永代は、腹をさすって幸せそうだ。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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