ミッション破壊作戦~竜に奪われし地に光を

作者:陸野蛍

●竜の鱗にグラディウスと言う爪を立てろ
「みんなー! 集合! これより、ミッション破壊に向かうメンバーを募集する!」
 ヘリポートに大きな声を響かせる、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)の足元には開いたアタッシュケースが置かれている。
 その中には、淡い光を帯びた8本のグラディウス。
「新人ケルベロスも居るだろうから、簡単にミッション破壊の手順を説明するな。ミッション破壊に使用するのは此処にある、グラディウス。この小剣は、通常の武器として使用は出来ない代わりに、魔空回廊を攻撃し、破壊する事が可能と言う特性を持っている。通常、デウスエクスが移動に使用する魔空回廊は、時間が経てば消失するから、もとよりグラディウスで破壊する必要は無い。だけど、固定型の魔空回廊……つまり、日本各地の『ミッション』を破壊する事が出来る唯一の兵器がこのグラディウスだ」
 グラディウスを初めて見るケルベロス達がその小剣をまじまじ見る中、雄大の説明は続く。
「各地のデウスエクス達の拠点となっている『強襲型魔空回廊』を破壊出来れば、デウスエクスの地球侵攻に大きな打撃を与えられるけど、グラディウスは一度使用すると、グラビティ・チェインを吸収し、再び使用出来るようになるまで、かなりの時間がかかるんだ。だから、その時の状況を考えて攻略地域を考える必要があるんだけど、今回、俺のヘリオンはドラゴンのミッション地域へ向かう!」
 強い視線と共に雄大が口にした攻略地域は、最強の種族と言われる『デウスエクス・ドラゴニア』ドラゴンの領域だ。
「竜十字島をケルベロスが発見したことで、ドラゴン達の『重グラビティ起因型神性不全症』の罹患率は格段に上がった。だけど、それにより命をかけ特攻を仕掛けてくるドラゴンも居る。現状、ドラゴンの脅威は止まることを知らない。だからこそ、ドラゴンのグラビティ・チェイン搾取効率を少しでも下げたい。これが今回の撃破目標種族決定の経緯になる」
 雄大はヘリオライダーの顔で、これまでとこれからの為に言葉を紡ぐ。
「強襲型魔空回廊があるのは、ミッション地域の中枢となる為、通常の方法で辿りつくのは難しい。場合によっては、敵にグラディウスを奪われる危険もあるから、今回もいつも通り『ヘリオンを利用した高空からの降下作戦』を行う。強襲型魔空回廊の周囲は、半径30mドーム型のバリアで覆われている。このバリアにグラディウスを触れさせれば良い。で、ここで重要になってくるのは、ケルベロス自身の能力の高さじゃない。その地を開放しようとする、強い思いと魂の叫びだ!」
 グラディウスは使用者の思いによって威力が極端に左右される武器だ。
 どんなに戦闘能力に優れたケルベロスがグラディウスを振るおうとも、そこに熱い思いや確たる意志が無ければ、グラディウスは魔空回廊の破壊兵器になりえない。
 逆に戦闘経験の少ないケルベロスであろうと、その地を真に開放したいという思いがあればグラディウスは最大の力を発揮する……魂に呼応する武器と言っていいだろう。
「『強襲型魔空回廊』を壊す具体的な方法は、8人のケルベロスが、グラビティを極限まで高めた状態でグラディウスを使用し、強襲型魔空回廊に魂のこもった熱い叫びと共に攻撃を集中する事。その一撃に全てを込め、思いの丈を叫べばグラディウスは応えてくれる筈だ」
 場合によっては一撃で破壊する事すら可能……例え、一度の降下作戦で破壊できなくても、ダメージは蓄積する。その一撃が無駄になることは無い。
「但し、強襲型魔空回廊の周囲には、強力な護衛戦力が存在する。高高度からの降下攻撃をドラゴン達は防ぐ事は出来ないし、グラディウスは攻撃時に雷光と爆炎を発生させるから、この雷光と爆炎のダメージも無差別にドラゴン達に襲いかかる。強襲型魔空回廊の防衛を担っている精鋭部隊であっても防ぐ手段は無い。みんなには、この雷光と爆炎によって発生するスモークを利用して、その場から即時撤退してほしい。みんなは『グラディウス』を所持した状態だ。グラディウスは地球の技術では量産できない武器……これから先のことを考えれば一本たりとも、失うことは出来ないんだ」
 付け加えるなら、グラディウスを使用すれば、少なくないグラビティ・チェインを消費する。ケルベロス達が万全の状態で竜の巣に居られる訳ではないのだ。
「魔空回廊の護衛部隊は、グラディウスの攻撃の余波で、ある程度は無力化出来る。けれど、完全に無力化する事は不可能だから、強力な敵との戦闘は免れない。幸い、混乱する敵が連携をとって攻撃を行ってくる事は無いから、素早く目の前の強敵を倒して撤退出来る様にしてくれ。時間が掛かり過ぎて、脱出する前に敵が態勢を整えてしまった場合、撤退出来ず窮地に陥ってしまう。敵を倒したら、何があっても振り向かず竜の領域から離脱してくれ……」
 雄大が重く口にした言葉の意味……例え、誰かが皆が逃げる為の壁になることを選んだとしても、振り返るな……そう言うことだ。
「攻撃するミッション地域は、参加するメンバーで相談して決めてくれ。俺は、それに従いヘリオンを飛ばす。だけど、地域によって敵の強さも上下するってことは忘れないでくれ。強力な敵が居る地域を開放出来れば、それだけドラゴン勢力に大きなダメージを与えられるけど、とてつもないリスクが伴っているとも言えるからな」
 過去、ミッション破壊作戦に於いて、死亡者こそ出ていないが、暴走者が出てしまったという報告は多い……仲間を助ける為とはいえ、危険な行為だと言わざるを得ないだろう。
「それじゃ、覚悟の決まったメンバーからヘリオンに搭乗してくれ」
 言うと、雄大はケルベロス達に背を向けヘリオンに向かって歩き出す。
「俺が出来るのは、みんなを信じて、ミッション地域へ、ヘリオンを飛ばすことだけだ。だから、結果は出せた方がいいのは分かっているけど、何よりも……みんな揃って、必ずヘリオンに帰還してくれな」
 一度、ケルベロス達の方を振り返ると雄大は『二カッ』と笑って言った。


参加者
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)
スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
小車・ひさぎ(十九歳高校二年生・e05366)
メイリーン・ウォン(見習い竜召喚士・e14711)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)

■リプレイ

●徳島県鳴門市雪晶島
(「家族の為にも地球の脅威は追い払ってしまわなきゃ。少しでも多く……」)
 降下口から吹き込む風を受けながら、スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)は強く誓うと甲板を蹴る。
「みんなが居るから、大丈夫。私達ならやれるんだよ」
 宙へ舞ったスノーエルを追うように、7人のケルベロス達も宙を舞う。
(「今回は、バリアも強固そうですが、敵も厄介そうですね」)
『グラディウス』を手に取りつつ、スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)は、降下後に待ち受けるであろう敵『雪晶竜』を思い浮かべる。
 エメラルドを彷彿とさせる美しい鱗、そして傲慢とも言える思考のドラゴン。
 種の『病』の進行を遅らせる為だけに、この四国全域の支配を目論んでいる。
 到底許せることではない。
 その思いが、スヴァルトのグラディウスに輝きを与える。
「この地ならではの、言葉を贈りましょう。法然上人曰く『この世では寿命は決まっている』この地を望むなら、それを受け入れなさい。限りあるからこそ、出来ることがある。無抵抗で侵略を受け入れるなんて在り得ない。四人の子鬼達のように、悪行を悔いる時間も与えません!」
『法然上人』とは、岡山県に生まれた浄土宗の開祖である。
「大体、鳴門の海にこんな結晶島、似合いませんので、ご退場願います! 荒れ狂う鳴門の海の雄々しさ、美しさを取り戻します!」
 スヴァルトの叫びにグラディウスも呼応し、淡く光を帯びる。
「誇り高き竜、絶対の強者……しかし、今は定命化に怯える只の害だ。運命を、受け入れられるか、だと……? それはどちらの話だ」
 スヴァルトと同時に空へ降りた、ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)が雪晶島の主達に尋ねるように言葉を紡ぐ。
「この海に浮くこの島から、脅威失せる瞬間を市民へ見せ、見張られている恐怖を……塗り替える。回廊を壊し、逃げ道を残さない……。強者の心臓を鎖で縛り、示してやろう……“糧と成る”のは……お前達の方だ……!」
 ディークスとスヴァルトのグラディウスが兄弟剣のように同じ刀身、同じ輝きで同時にバリアに振り下ろされる。
 バリア内部に発生する雷光と爆炎。
 遠くから、ドラゴン達の叫びが空にも聞こえてくる。
「故郷を滅ぼし……俺から全てを奪ったドラゴン達への滾るほどの怒りと憎悪。忘れる訳がない……」
 負の感情がドラゴン達の延命に繋がる……螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)とて、それを忘れている訳ではない。
 しかし、セイヤの胸中を占めるのは、ドラゴンへの尽きる事の無い憎悪。
(「ドラゴン共は必ず……全て討ち滅ぼす!」)
 強く決意したセイヤのグラディウスは黒色の輝きを放ち一閃する。
「身勝手に他者の平穏を……命を奪うドラゴン共! 貴様等は全て、俺が必ず滅ぼす……ッ!!」
 仲間達のグラディウスの輝きと結晶島を見ながら、小車・ひさぎ(十九歳高校二年生・e05366)は、ある思いを抱いていた。
(「あの島と同じ、ドラゴン共が勝手に作り上げた島……気に入らない。……魔空回廊も城ヶ島とは、違う種類だと分かってはいても……気に入らない」)
 3人のケルベロスが帰って来なかったあの日……。
 ひさぎは、ただ一人で泣くことしか出来なかった。
 たった数日しか一緒に居られなかったあの人……。
 何をすべきか、分からなくて……ひさぎは、ずっと迷っていた。
 あの日……時計の針が止まってしまたのかもしれない。
(「今は仲間が居てくれる。別の場所で同じように頑張ってる。……だから、迷うフリして逃げ続けるのは、もうやめる!」)
 その強い思いは、ひさぎの力量以上の力をグラディウスに輝きとして注いでいく。
「これが、あたしのケルベロスとしての第一歩。恐怖などするもんか、憎悪など抱くもんか。お前達に延命などさせてたまるか。この海を、四国を蹂躙されてたまるか。おとなしく定命化を受け入れて、そのまま死んでいけ」
 普段より重い絞り出すようなひさぎの声音、嘆きを口にしているような悲痛さ……ひさぎのグラディウスは藍色に輝き、奔った。

●雪晶竜
「……プリンケプス! 今から回廊を破壊するわ」
 相棒の『プリンケプス』を片手に抱き、ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467) が、そう口にする。
 作戦メンバーに志願し、ティは過去のミッション破壊作戦のデータを可能な限り調べ尽くした。その過程で、仲間との作戦目的の擦り合わせやそれぞれの思いを話し合った。
 ティが語った多くの言葉は無駄ではなかった……だからこそ、ティは、確信めいたものを感じている。
(「前回のミッション破壊作戦では、命の恩人の師匠が殺された……あの時のことを思い、私がケルベロスになった理由、それらをグラディウスに込めた。それでも足りない……つまり不十分なのだ。自分だけの理由だけでなく、此処にいない皆の思いも込められるような何か。その答えを過去の作戦結果に求めた時、1つの事実に気づいた。強固なバリアでも、一撃で破壊した先例がある」)
「絶対に、この一撃で破壊してみせる!」
 砕けぬ意志、必ず魔空回廊を破壊するという思い、この場を開放したいという願い……自身の思いだけではなく、人々の気持ちすらも乗せるように、ティは、グラディウスを力の限りバリアに叩きつける。
 続くように、大きく翼を広げたスノーエルがグラディウスを清廉に輝かせ、叫びと共に強く振り下ろす。
「地球を傷つけ続ける存在は、ここには……いらないんだよ! それでも留まろうとするなら、これが報いだと知ればいい!」
 普段は穏やかなスノーエルの口元から出たと思えない程の強い叫びは、バリア破壊の力となる。
「おれは、人の温かさに触れて、人を守るためにケルベロスになったんだ……だから」
 ぬいぐるみのようなオレンジの相棒『メル』に普段と変わらぬ口調で、エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)は語りかける。
 だが、変わらぬのは口調だけ、メルがエドワウの瞳を覗けば強い意志が窺える。
「ここで、この強襲型魔空回廊をこわすことができれば、ドラゴンの脅威から人々をまもれる。……おれの役目は、みんなが笑顔ですごせる、あしたをつくること……この地に、地球に、光を……」
 柔らかくも意志のこもったエドワウの言葉に応えるように、グラディウスが煌く。
「グラディウス、おれにちからをかして……!」
 小さな身体から繰り出される斬撃は衝撃を生み、バリアにグラディウスが触れて数秒……エドワウの身体は弾き飛ばされる。
「エドワウ!」
 それを見、メイリーン・ウォン(見習い竜召喚士・e14711)が声を出すがケルベロスは落下ダメージを受けないことを思い出し、最後となった自身の攻撃に魂を込める。
「オマエ達の所為で人生を絶たれ、歪められた者達の無念を晴らす。そして、ワタシ自身の未来も返してもらう。その為には、竜十字島のゲートは破壊しなければならない。……これはその最初の一歩アル!」
 メイリーンの誓いは火龍の如きオーラを生み、それを纏ったグラディウスが、バリアを断じる為に、真っ直ぐ振り下ろされる。
 既にバリアから離れた者、未だにバリアと拮抗していた者、全てを呑み込むように大爆発が起こるとケルベロス達は白煙に包まれ落下した。
 ……彼らが気付いた時、手に触れたのは、ドラゴン達に造られた大地の感触。
 それを感じ、白煙に目が慣れてきたところで、ティが誰にでも無く声を上げて訊く。
「バリアは? 魔空回廊はどうなったんですか?」
「破壊には至っていないようですね……」
 スノーエルが答えたとおり、周囲にはうっすらとバリアが広がっている。
 彼らが仕掛けた攻撃の痕も残っているが、届かなかった……それを事実として受け止めるしかない。
「クソッ!」
 セイヤが苛立ちと共に大地に拳を叩きつける。
「仕方ないアルよ。グラディウスさえあれば、チャンスはまた来るアル。何よりもこの場は撤退アル。皆のグラディウス、ワタシが預かるアル。必ず、持ち帰らなければならないアルから」
 メイリーンの言葉で、ケルベロス達はそれぞれのグラディウスをメイリーンに手渡し、メイリーンは慎重に全てのグラディウスをアイテムポケットにしまう。
 その時、硬質的な飛翔の音がケルベロス達の耳に入る。
「定命の人間如きが何用だ!」
 距離はまだ数十メートルあるが『雪晶竜』の1体に間違いない。
「アレを倒さないと、逃げられないってことじゃん。なら先手必勝ってことじゃねえの!」
 言うや否や、ひさぎは、バスターライフルから凍結光線を発射する。
「メル、おれたちが、みんなの盾だ。まもりきるよ。みんなで帰ろう」
 メルと一瞬だけ視線を交わし、エドワウはグラビティを中和弱体化するエネルギー光弾を雪晶竜へと撃ち出す。
 雪晶竜が羽ばたきを止めずケルベロス達の間合いに飛び込んでくれば、スヴァルトのルーンを纏った斧が振り下ろされ、流れるような動きで続いた、ディークスの灼熱を宿す鎖が雪晶竜を絡め取る。
「“定命の人間如き”に、命削られる気分は……どうだ?」
 ディークスの言葉に雪晶竜は笑いを堪えきれぬような声で逆に言う。
「我らをこの程度の力で静止できると思っているとはな。無知にも程がある」
 雪晶竜の言葉が終わりきる前には、ケルベロスの周囲に巨大な雪の結晶が現れており、次の瞬間には嵐となって、前でポジション編成を行っていた者達に大きなダメージを与える。唯一、エドワウが庇ったセイヤだけは無傷だが、メルに至っては消失してもおかしくない程のダメージを負っている。
 その威力に呆然とするケルベロス達……だが、戦場にティの声が響く。
「動きを止めないでください。少なくとも、このドラゴンだけは、倒さなければいけないんですから」
 背丈程あるハンマーを砲撃形態に変えると、ティは竜砲弾を勢いよく射出する。
(「グラディウスは全て、メイリーンさんが持っている。魔空回廊を壊せる唯一の武器……メイリーンさんの帰還は絶対」)
 ティが思考している間も、プリンケプスはブレスを吐き、セイヤが流星の軌跡を描きながら雪晶竜に蹴りを与えている。
「私が回復の要アル。どんなダメージも打ち消すアルよ」
 黄金の果実をメイリーンが高く掲げれば、癒しの力が広がっていく。
「たった一回の攻撃だった筈アル!? なんで、回復量が追いつかないアルか!?」
 複数人の回復とは言え、メイリーンの回復力を雪晶竜の範囲攻撃はダメージ量として超える……この事実が、メイリーンに焦りを生む。
 相棒の『時刻竜クロノ』にも『刻』と言う自身の属性をディークスに注いでもらってはいるが……。
「メイリーンさん、落ち着いてだよ。私も可能な限り援護するから、ヒールの集中力を切らせちゃ、駄目なんだよ」
 カラフルな癒しの爆発を起こしながら、スノーエルがメイリーンを鼓舞する。
 だが、メイリーンの瞳には映っていたのだ……雪晶竜の瞳の中にある、殺戮者の炎が。

●――暴走、そして
「打ち貫け!! 魔龍の双牙ッッ!!」
 漆黒のオーラを全身に漲り、右手に黒龍を創りだすと、その暗き一撃をセイヤは迷い無く雪晶竜に打ち据える。
「エドワウ! 大丈夫か!?」
 セイヤの問いに声を出さず頷き、自身の傷を癒す魔法陣から無数の孔雀の尾羽を召喚する、エドワウ。
(「おれは、みんなをまもりきれるの……?」)
 既にメル、そしてプリンケプス、時刻竜クロノはグラビティの枯渇で姿を消していた。
 そして、エドワウ自身の負傷も酷く、メイリーンが施してくれた御業の鎧でもダメージが回復しきらない。
 仲間達の現状も酷いものだ。
 雪晶竜の攻撃は2種類とも複数人を一気に攻撃出来るが、護れても1人だけ……エドワウより体力が劣る者には、致命傷になりかねない威力の攻撃が飛んでくる。
 距離を選ばない雪晶竜の雪結晶の華吹雪は、ひさぎ、メイリーン、ティに膝を付かせ、回復を後衛陣優先にする他ない状況を作った。
 攻撃重視の面々も自身で回復するしか無く、比例して攻撃の手数も減っていく。
 雪晶竜に時間を与えれば、渾身の思いで付けた傷も回復され、雪晶竜の攻撃威力を強大にしていった。
 戦闘開始から15分以上は戦えているが……ケルベロス達は、ほぼ全員が大きく負傷し、雪晶竜は傷を広げても、雪結晶のグラビティを容赦無く放ってくる。
 全員で帰るのは不可能……誰かが思った時だ、ディークスが獣の爪を伸ばした。
「……お前如きに……俺達の生を妨げられる筋合いは無い」
 ディークスの爪は確かに雪晶竜に深く刺さった……しかし、雪晶竜が軽く体を振ればディークス自身が吹き飛ばされる……受け身を取る力も既にディークスには残されていない。
 それを受け止めたのは、スヴァルトだ。
「……アルト」
「こんな所で終われないですよね。グラディウスを次に繋げなくては」
 スヴァルトの言葉は、エドワウにも届いていた……だから。
「メル……もう一度、おれに力をかして」
「エドワウ! まさか!」
 聖なる鈍器で雪晶竜の注意を惹きつけていた、ひさぎが叫ぶ。
 消えた筈のメルが天から降りてくると、その力をエドワウは取り込み……過去の姿、継ぎ接ぎだらけのビスクドールの姿となって、本能のまま雪晶竜に襲いかかる。
「……仕方がありません、撤退です。私が道を拓きます。メイリーンさん、グラディウスを必ず持ち帰りましょう」
「……分かったアル」
 メイリーンも歯を食いしばり、ダメージの大きいひさぎに肩を貸し走り出す。
「セイヤさん、ディークスはもう歩けない……任せていいですか?」
「……ああ。……俺達も行こう」
 セイヤの言葉にスヴァルトが首を振る。
「私は、皆さんが離脱する時間を稼ぎます。――大事な人も、死なせやしない」
「待て! スヴァルト!」
 声を荒げつつも、セイヤは意識の無いディークスを優先する。
 選択とは時に無常――。
 セイヤが最後に目にしたスヴァルトは、虚ろな目でカードを手にした女の姿だった。
 ……だが、まだこの戦闘が終わりで無い事を逃走の最中……ケルベロス達は知ることになる。
「増援……時間が掛かり過ぎたのかよ!」
 ひさぎの視線の先、見間違える筈の無い……エメラルドグリーンの竜。
「みんな! 足を止めちゃだめだよ! ……今度は私の番」
 スノーエルが固い決意を込め言うと、スノーエルの二対の純白の翼が漆黒へと変わっていく。
「駄目アルよ!」
「メイリーンさんには、帰還してもらわなくちゃ……だからこれが最善なんだ……よ」
 最後に残った意識で言い、スノーエルは宙の雪晶竜に向かって、翼を羽ばたかせた。
 ……もう誰も振り向かなかった。
 ただ、脱出のことだけを考えた。
 8人で降り立った『雪晶島』
 ……戦場から逃れた時、自身の脚で立っていられた者は3人だけだった……。

作者:陸野蛍 重傷:ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544) 
死亡:なし
暴走:スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161) スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162) エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765) 
種類:
公開:2017年6月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 5/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 13
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